コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


空飛ぶ兎
●序
「ここは草間興信所でいいんですよね?」
 草間興信所を、親子連れが訪れた。草間は「ええ。どうぞ中に」とにこやかに笑いながら促す。母親と少年は中に入ってソファに座ると、母親の方が口を開いた。
「お願いしたい事がありまして。他の所では門前払いを受けたんですが、こちらなら聞いていただけるとお伺いしましたもので」
(またそっち関係か?)
 草間は苦笑しながら続きを促す。
「私、白井・真紀子(しらい まきこ)と申します。この子は、白井・真人(しらい まさと)です」
 母親は「ほら、言いなさい」と言って真人少年を促す。まだ小学4年生くらいであろうか。
「僕の、ぴょん太が飛ぶんだ」
「ぴょん太?」
 突如出てきた可愛らしい名前に、草間は思わず聞き返してしまった。
「兎です。この子の飼っている、白い兎の事なんです」
 母親が補足する。
「兎は、普通跳ぶものでは?」
 草間が言うと、真人少年は目に一杯の涙を浮かべて首を振った。
「違う。本当に空を飛ぶんだよ!」
 草間は絶句する。母親の方に目線を移すと、母親は溜息をついて頷く。
「本当です。私もこの目で見るまで、信じられませんでしたが……。突然宙を浮いて、10分くらい空を飛んだんですよ」
「それで、その兎は……?」
「見事に着地しましたわ。ですが、普通兎と言うのは飛ばない生き物でしょう?何だか気味が悪くて」
(そりゃそうだ。普通、空なんて飛ばないからな。兎は)
 草間は頷く。話によると、ぴょん太は一週間前から飛び始めたらしい。飛ぶ、と言うよりも浮くといった感じで。
「ぴょん太は空を飛ぶようになってから元気が無いんだ。でも、毎日必ず10分間は空を飛んでるんだ。僕が捕まえていても、駄目なんだ。いつの間にか、飛んでるんだよ」
 真人少年は本格的に泣き始めてしまった。草間は原因を探る事を約束し、白井親子を見送ったのだった。

●兎
 草間の前に、3人の男が立ち並んでいた。草間は煙草をくゆらし、面々をざっと見つめた。
「空飛ぶ兎……ですか」
 那神・化楽(ながみ けらく)はそう呟いた。ウェーブがかった長い黒髪に、端正な顔立ち、揃えられた髭。鋭い金の目は真実を見抜こうとするように光る。
「何ともほのぼのとしている響きですが……何より泣く子は放っておけませんからね……」
「ほへ?兎が……飛ぶ?」
 素っ頓狂な声を出し、影崎・雅(かげさき みやび)はそう呟く。黒髪に黒い目。最初は呆けたような顔をしていたものの、すぐににやりと不敵な笑いを浮かべる。
「ミョ―な日課のある兎だな」
「茶化さないの」
 ぴしゃり、と草間の隣で資料を整理していたシェライン・エマ(しぇらいん えま)に制される。仕事の邪魔にならぬように括られた黒髪に、切れ長の青の目。
「……まぁ確かに兎は一羽二羽と数えるけれど……そんなものは飛ぶ理由にはならないわね。飛ぶ理由が、必ずある筈だわ」
「それはそうだろう」
 シェラインの言葉に、真名神・慶悟(まながみ けいご)は頷く。金髪に黒の瞳は、派手な格好に良く似合っているものの、とにかく目立つ。
「弱っていく……というのは危惧すべき状況だ。外因的なものだろうな」
「とりあえず、ぴょん太君は弱ってきている。なるべく早く解決してあげたいものだな」
 ふう、と草間の吐き出した煙が天井へと立ち昇る。3人は頷きあい、草間興信所を後にする。
「ぴょん太君、無事だといいんですけれど」
 化楽の言葉に、雅と慶悟は頷く。
「急がねば、兎自体の命も危ういやもしれんからな」
 慶悟はそう言い、煙草を一本手に取って口にくわえる。それを雅がひょいと取り上げた。慶悟は眉間に皺を寄せて雅を睨む。雅はそれに笑顔で返しながら「歩き煙草は止めようぜ」と言い、煙草を慶悟に返した。慶悟は暫く考えた後、溜息をつきながら煙草を箱に戻した。
「確かに大変な状況なんだろうけど、兎が飛ぶっていうのはどうしてもメルヘンさが溢れてて何ともなぁ……」
 雅はそう言って頭をがしがしとかいた。化楽も苦笑しながら「そうですね」と同意する。慶悟は収めてしまった煙草の入ったポケットを、名残惜しそうに見つめているだけだ。
「待って。私も行くわ」
 そう声がしたかと思うと、後からシェラインが追いかけてきた。手にはいくつかの資料。
「ただし、私は途中ちょっと別行動を取るけど」
「そんな事、いつもの事だ」
と、慶悟。
「そうそう、マイペースが一番ですよ」
と化楽。
「最終的にぴょん太君を助ければいいだけの話だろ?」
と雅。シェラインは「それもそうね」と呟いて小さく笑った。
「それにしても、白井さん家の白兎……か。何やら因果を感じるね」
 雅はそう言ってあはは、と笑う。
「本当にそうですね。きっと可愛い兎さんなんでしょうね」
 ちょっとずれた答えを化楽が返し、笑う。
「あら、じゃあもし黒井さん家だったなら黒兎だっていうのかしら?」
 苦笑しながら、シェラインが言う。
「おい、くだらない事を話すのは後だ」
 呆れたように慶悟はいい、一行を促す。一路、白井家に。

 白井家は、何処にでもある二階建ての住宅だった。外に小屋などが見られないところから、兎は室内で飼っているのであろう事が予想できた。
 四人を代表して、シェラインがチャイムを押す。中から母親の真紀子の声がし、ドアが開いた。真紀子に、しっかりと真人がしがみ付いていた。少し赤くなった目をしたまま。
「どうぞ、上がってください」
 真紀子の言葉で、一同は家に上がる。通されたリビングに、白い毛玉がもぞもぞしているのが視界に入る。
「ああああ!ぴょ、ぴょん太君ですか?」
 頬を微かに紅潮させながら、化楽が尋ねる。真人は一瞬びくりとし、それから頷いた。化楽はほわんとした笑顔になり、ぴょん太に近付く。他の三人もそれに続いた。ぴょん太は知らない人間達に囲まれてびくびくとした態度になるものの、逃げようとしたりしない。
「よく慣れてますね」
 シェラインが言うと、真紀子は首を小さく振った。
「いえ。本当は人見知りが激しいんですよ。必死に逃げるんですけれど……」
(逃げる元気も無いというのか?……まずいな)
 化楽に大人しく撫でられているぴょん太を見、雅は小さく舌打ちする。それからふと真紀子に尋ねてみる。
「そういや、今日はもう飛んだのか?」
「いえ……」
 真紀子はちらりと時計を見、答える。「確か、まだです」
「飛ぶ時間は……」
「飛ぶ時間は決まっているのか?」
 シェラインが言おうとしたところを、慶悟が遮って先に言う。シェラインは「もう」と小さく言いつつ軽く慶悟を睨んだ。
「ええ。大体3時くらいに」
 時計は今、2時を指している。まだ1時間、余裕が残っている。逆にいうと、もう2時間しかないという事か。
「そうか」
 それだけ言うと、慶悟は懐から紙を出して何かの形に切り始めた。
「お、慶悟君。こんな所で切り絵か?」
 雅が茶化すように言うものの、慶悟は手元から全く目を逸らさずに手を動かしつつ戒める。
「ちょっと黙っててくれ」
「……了解」
(恐らくは、ぴょん太の形代だろうな)
 雅はそう思い、苦笑する。流石の慶悟も、兎の形代を作るのは初めてであろう。慶悟の手から生み出される兎の形は、切り絵そのものにしか見えない。
(とことん、メルヘンだな)
 雅はじっとぴょん太を見つめている真人に気付く。今にも泣き出しそうな顔だ。
「大丈夫だって」
 ぽん、と雅は真人の頭を軽く叩く。真人は一瞬びくりとしてから雅を見上げた。
「大丈夫、何とかするからな」
「でも……ぴょん太、あんな事されてるのに何の抵抗も出来ないんだよ」
 真人の視線の先には、化楽に高い高いされているぴょん太がいた。
(何故に高い高い?)
 雅は疑問に思いつつも、苦笑しながら真人の頭を何度もぽんぽんと叩く。
「大丈夫だって!あれだって、ぴょん太は喜んでるのかもしれないぞ」
「本当に……?」
 じっと真人は雅を見てくる。雅は暫く考え、小さく「……多分」と答える。今にも真人は泣き出しそうだ。雅はその場にしゃがみ込み、真人の視線に合わせる。じっと真人の目を見つめ、微笑む。
「大丈夫だ。絶対に俺達が何とかしてやる。約束だ」
 途端、真人は泣き始めてしまった。雅は微笑んだまま、頭をぽんぽんと軽く叩いて真人を慰めるのだった。

●飛
 化楽がもう一度高い高いをしていると、慶悟が近付いて来た。赤いつぶらな目でぴょん太は慶悟を見つめた。慶悟はぴょん太を撫でつつ、じっと見つめている。
「慶悟君、可愛いですよねぇ」
 嬉しそうに話し掛ける化楽に、慶悟は軽く睨んだ。
「ちょっと黙っててくれ」
「……はい」
(霊視をする気だな、慶悟君)
 やっと泣き止んだ真人の頭に手をおいたまま、雅はじっとその様子を窺った。慶悟はぴょん太を凝視した後、口を開く。
「これは……あてられているな」
「陰の気にか?」
 雅が、問い掛けると、慶悟はそちらを見て頷いた。そして暫く考え込むかのように慶悟は黙った。
(ははーん、さては……)
 確信めいたものがみやびの中に生まれ、ついつい口に出る。
「慶悟君さ、霊道を閉じようか考えてるでしょ?」
 にやりと笑いながら、見透かしたように雅が言う。慶悟は一瞬ためらうものの、諦めて頷く。
「全ての元凶は、その霊道からくる霊の仕業の可能性が高いからな」
「だけど、それは確かに解決だけど……完全な解決とは言い難いんじゃないのか?」
 雅はそう言って、真人の頭をぽんと軽く叩く。どうやら、真人の頭を軽く叩くのがおきに召したらしい。
「それでぴょん太君は元気になるかもしれないけど……一時的だ」
 霊の通り道と言われる霊道。それを閉じれば確かに霊は侵入が不可能となるものの、しかし、それはあくまでも一時的に閉じてしまっただけなのだ。他の霊道を使わないとは断言できないし、何より霊道を完全に閉じてしまうのは万物の流れを留めてしまう事になり兼ねないであろう。
「つまりは、様子を見た方がいいと?」
 化楽が一応の納得を見せた。彼自身、ぴょん太の飛ぶところを見てみたいのかもしれぬ。その意を悟ったのか、慶悟は再び小さく溜息をついた。
「分かった。霊道はまだ塞ぐまい。だが、形代だけは作らせて貰うぞ」
「上手くいくといいな。何てったって、相手は兎ちゃんだもんな」
 雅が茶化す。慶悟はちょっとむっとしたように口を開く。
「命あるもの、全てこの形代に移す事が出来る筈だ」
(なかなか冗談に乗ってくれないな……)
「そっか。……悪い」
 素直に謝る雅に、慶悟は黙り込んだ。
「真名神君、それが形代ですか?」
 化楽が慶悟の持っている兎型の紙を見て声をかけてきた。慶悟は小さく「ああ」と答える。化楽はそれをまじまじと見つめ、にっこりと笑った。
「可愛いですね」
(そうだよな。どう見ても、形代というより切り絵だよな)
 雅は心の中で頷く。
「念を押しておくか」
 慶悟はそう呟き、大難避けの符を体に貼ろうとし……結局巻きつける。
(ますますお遊戯だな)
「符の方が大きいもんな」
 けらけらと雅は笑う。慶悟はそれをあえて無視し、立ち上がる。
「何処行くんです?」
 化楽が声をかける。慶悟はそれには答えず、真紀子の方を向く。
「家の周りを見せてもらいたい。……いいだろうか」
「ええ」
 真紀子は快く頷く。慶悟は化楽のほうを見、「そう言うわけだ」と説明する。
「行ってらっしゃい」
 雅が声をかけた。慶悟は雅に近付き何かしら耳打ちしてから小さく笑い、慶悟は慌て気味に家から出た。ぴょん太が飛ぶという3時には、あと10分ほどしかなかった。

 後に残された化楽と雅は真紀子と真人、そしてぴょん太を代わる代わる見つめた。いずれもだんだん近付いてくる時刻にそわそわとしたものを見せる。
「さっき、慶悟君とシェラインさんに何か言ってたみたいだけど……」
 ぼそり、と雅が呟くように言う。真紀子は少しためらい、口を開く。
「赤坂・佐奈(あかさか さな)ちゃんの事かしら?」
 その言葉に、真人の体がびくんと震えた。雅は真人の頭に安心させるように手を置き、頷く。真紀子は小さく溜息をつき、続ける。
「佐奈ちゃんは、ぴょん太を買ったペットショップの娘さんです。ぴょん太を可愛がってたんですが、この子がどうしてもぴょん太がいいって言いましてね。そうしたら『仕方ないね』って言ってくれて……」
 真紀子の顔に、悲壮感が漂う。
「でも。佐奈ちゃんは2週間前に交通事故で……」
「……佐奈ちゃんなのかなぁ」
 ぼそり、真人が呟く。皆の目線が真人に集中する。
「佐奈ちゃん、寂しいのかなぁ。僕にぴょん太を譲って、やっぱり嫌だったのかなぁ……」
「真人君……」
 化楽は思わず声をかける。
(もしもそうならば、真人君は考えないとな。自分がどうしたいかを、明確に)
 雅はそう考え、口を開く。
「……もしそうだったら、どうする?」
 あえて問う。真人は一瞬答えにつまり、それからじっと考え込んだ。
「なあ、真人。人には譲ってはならない思いがあると思うぜ」
「どういう、事?」
 またもや泣きそうな顔になっている真人に、雅はにやりと笑う。
「それは自分で答えを出さないと駄目だな」
 カチリ。時計の音が、いつもよりも強く響く。空気が変わり、陰気が集中していく。
「お出ましか」
 雅が苦笑しながら呟いた。
(ついでに、結界を張ったな……?……慶悟君……かな?)
 雅はじっとぴょん太を見つめる。暫くして、ふわり、と白兎は浮き上がる。高さはおよそ二メートル、天井近くまで上がっている。それからぴょん太は円を描くように部屋を回った。
「本当に飛んでるな……」
 雅がぽかんとしたまま呟く。
(凄いな……本当に飛ぶなんて)
 呆けている瞬間、雅は何かしらの声を聞いた。小さな女の子の声で「うふふ」と笑う声を。
 永遠とも思えたその10分後、ぴょん太はもとの場所に下りてきた。だが、変わった空気は元には戻らなかった。現象は終わったのに、陰気は去らない。
「ははーん……」
 雅は何かを悟ったようにそう言うと、振り向いた。それにつられ、化楽も振り返る。そこには体制を構えの形に持っていっている慶悟と、シェラインが立っていた。
「結界張ったの、慶悟君でしょ?」
 慶悟が頷く。雅はにやりと笑う。
(さて、これでぴょん太を飛ばせていた要因は霊道に逃げ込めない。……いいタイミングで結界を張ったな、慶悟君)
 願わくば、要因が雅の性質を持ってないことを祈るばかりだ。慶悟の張った結界に普通に出入りする事が可能なのは、結界フリーパスと言う何とも便利なようで迷惑な能力を持っている雅だけなのだから。

●空
 部屋中に巡っていた陰気が少しずつ形をなしていく。真人と同じくらいの少女の姿に。
「やあ、今日は」
 にっこりと笑って一番に話し掛けたのは、雅だった。少女は何もかもを不思議そうに見つめているだけだ。
「佐奈、ちゃん?」
 真人が呟くように言う。佐奈はにっこりと微笑む。
『真人、君』
(やっぱり、佐奈ちゃんだったのか)
 雅が妙に納得していると、シェラインが佐奈に問い掛ける。
「ねえ、佐奈ちゃん。毎日、ぴょん太君と遊んでいたでしょう?」
『うん』
「その所為でね、ぴょん太君の元気が無いの」
『ふうん』
(うわ、素っ気無い!)
 雅は苦笑しながら問い掛ける。
「佐奈ちゃん、だったな。ぴょん太が弱ってもいいっていうのかい?」
 返事の変わりに、佐奈はただ微笑んだ。悪意の無い、純粋な笑み。
(わざと、じゃないな。そうなればいいと思ながら、ごく自然にそうしようとしているんだ)
「兎の衰弱は激しいものだ。このままお前が兎と遊ぶと兎は死んでしまうのかもしれない」
 慶悟の言葉に、一瞬戸惑いを見せながらも佐奈は『そう』とだけ言った。
『私、寂しいのよ。哀しいのよ。だからね、ぴょん太も一緒にいたら寂しくないと思うの』
 愛しそうにぴょん太を見、佐奈は言う。
『あそこは嫌い。暗くて、寂しくて……哀しい。だけど、ぴょん太は違うわ。優しいもの。私と一緒にいてくれるもの』
 佐奈の表情が変わる。微笑みから、一気に我を通そうとするものに。
『私、譲らないわ。今度ばかりはぴょん太と一緒にいるんだわ!』
「……だとよ、ぴょん太」
 今までずっと何かしらぴょん太と話していた化楽が口を開いた。否、普段の化楽とは口調が違った。化楽の内に住む、犬神の方であろう。
「ぴょん太の言葉を聞いたことがあるかい?お嬢ちゃん。ぴょん太はな、あんたについていっても良いって言ってるんだぜ?」
『……ぴょん太が?』
 佐奈の顔つきが変わった。ぴょん太は弱々しく、佐奈を見つめていた。犬神だけがぴょん太の声を聞く。
「ああ。お前さんが哀れなんだと。自分でいいなら行くってよ」
『本当に……?ぴょん太……?』
 佐奈はそっとぴょん太に手を伸ばす。その瞬間だった。
「嫌だ!」
 真人が、叫んだ。伸ばされていた佐奈の手が止まる。
「ねえ、佐奈ちゃん。連れて行かないで!ぴょん太は僕の友達なんだ!ぴょん太は生きているんだよ?多分……佐奈ちゃんの分まで」
『……真人君?』
「佐奈ちゃん、僕に言ってくれたでしょう?ぴょん太を大切にしてねって。だから、僕はぴょん太を大切にしたいんだ!……お願いだから、ぴょん太を殺さないで……」
 後の方は言葉になってはいなかった。涙混じりの、訴えのような言葉。佐奈の心にも何かしらの思いが通じたらしい。
『でも、私は、寂しい……』
 佐奈は繰り返す。ぴょん太を連れて行くか連れて行かないかで迷っているように。
「……ねえ、佐奈ちゃん。ぴょん太にリボンをあげたいくらい、好きだったんでしょう?ぴょん太が好きだから、赤いリボンをあげようと思ったんでしょう?」
「赤いリボンだと?」
 慶悟が訝しげに尋ねる。そして、ポケットから赤いリボンを取り出す。それを見た瞬間、佐奈の顔つきが変わった。何もかもを超越した、悟りの表情。
『……私……ぴょん太に似合うと思ったの……。ぴょん太の白い体によく似合うと思ったの……赤い瞳に、似合うと思ったの……』
「そう思ったから、リボンはここにあるのだろう。お前の思いが、ここにリボンを運んできたのだ」
 慶悟が言う。佐奈はじっとリボンを見つめたままだ。
(あ、いい事考えた)
 雅は何かを思いついたように慶悟からリボンを受け取り、暫くそれを引っ張ったり伸ばしたりしてから佐奈に渡す。
(中々頑丈なリボンだな)
「なあ、佐奈ちゃん。このリボンを返すよ。で、そのリボンでぴょん太を可愛くしてやってもいいし……首を締めても良い」
「「影崎!」」
 慶悟とシェラインが同時に叫んだ。
(流石に怒ってるなぁ)
 雅は不敵に笑う。
「さあ、どうする?佐奈ちゃん」
 佐奈は恐る恐るリボンを受け取り、ぴょん太の首に巻く。手が震えている。やがて思い切ったようにぎゅう、と強く締めようとする。
(まだまだ、力が足りないな)
 そう思った瞬間、ぴょん太を抱いている犬神が口を開いた。
「どうした?そんなもんでは死なないぞ?」
 佐奈の手は、更に激しく震えている。
「脈打つ音が聞こえるか?それはぴょん太が生きているという証だ。何者もそれを汚す事はできぬ、証だ」
 佐奈の手が止まる。そして、緩くちょうちょ結びをした。ちょっと不恰好なちょうちょ結び。
「……佐奈ちゃん……」
 真人の問いかけに、佐奈は半泣きの顔で笑った。慶悟は形代を手に取り、佐奈に渡す。途端、形代は本物のような兎に変わる。
「寂しいのだろう?連れて行け」
 佐奈は、最初は恐る恐る、やがてぎゅうっと優しく抱いた。
『ごめんね……』
(優しいじゃないか、慶悟君)
 雅はにやりと笑い、慶悟の方を見る。慶悟は少し赤くなりながら数珠を持って手を合わせる。
「昇華させてやる。影崎、手伝え」
「はいよ」
 辺りが光に包まれる。その中で、佐奈が笑ったようだった。『有難う』と言いながら。

●結
 草間興信所で、4人はそれぞれ報告書を提出する。草間はそれをぱらぱらと見た後、一つの報告書でぷっと吹き出す。
「どうしたの?武彦さん」
 シェラインが尋ねると、草間は笑いをこらえたままその報告書を差し出す。雅のものだ。そこには慶悟が兎の形代を作って佐奈に渡した所を、『慶悟君の優しさに触れた』と題して可愛らしい表現で連ねてある。
『慶悟君は最初、紙で兎ちゃんの形の形代を作り始めたからびっくりした。でも、それは全てこの瞬間に繋がっていたんだなぁと思うとそんな慶悟君の優しさにびっくりだった。そういえば、慶悟君は一度もぴょん太ちゃんって呼ばないけど、それは恥ずかしがりやだからかな?ちょっぴり違う慶悟君の一面を見れて有意義だった』
 途端、そこにいた皆が笑う。勿論、書いた当の本人の雅と書かれた被害者の慶悟以外が。
「……影崎?」
 慶悟がその報告書を読んで、顔を真っ赤にしたままつかつかと歩いて近寄る。
「や、やだなぁ!慶悟君ってば。俺は見たままをさぁ」
 慌てて弁明する雅を見て、シェラインが助け舟のように声をかける。口元は笑ったままだが。
「そういえば、あの賭けは勝って良かったわね。影崎」
「賭け?」
 首を捻る雅に「首を締めろとかいうものですよ」と化楽が説明する。
「ああ、あれね」
 にやり、と雅は笑う。
「あれはね、強く締めたらリボンが切れるはずだったんだよ」
「え?」
 思わずシェラインは聞き返す。雅は頭を掻きながら笑う。
「だからさぁ。ちょっと切れ目を入れてたんだよ。あのリボン」
「何て事を……」
 思わずシェラインは言葉を失う。あのリボンは、佐奈が交通事故に遭った原因の一端を担っていると言っても過言でもないのに。そのリボンに、切れ目を入れたというのだ。
「結構頑丈そうなリボンでしたが、それに切れ目を入れたんですか?」
 ちょっと驚いたように化楽は言った。慶悟は煙草を口にくわえて煙を吐き出す。
「この男の怪力を侮ってはいかん。全ての法則を無視した動きもたまに見せるからな」
(うわ、何か失敬だなぁ)
「人を観察したかのような言い方はやめようぜ、慶悟君」
「これでおあいこだ」
 ふう、と白い煙が天井へと昇る。草間は「まあまあ」と言って鞄から何かを取り出す。出てきたのはお団子だ。
「白井さんがお礼だってくれたんだよ」
「あ、これ美味いよな」
 雅はにこにこと笑って手を伸ばす。それを見て、慶悟やシェラインも手を伸ばす。
「まるでお月見ね」
 シェラインが呟き、団子を頬張った。化楽は団子を見つめ、何かしら考えている。
(最後の最後で美味いもんにありつけたな。意外な一面も見れたしな)
 雅は団子を頬張る。願わくは、あの赤いリボンが切れることの無いように。

<依頼完了・団子付>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 0086 / シェライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0374 / 那神・化楽 / 男 / 34 / 絵本作家 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 /陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせしました、霜月玲守です。今回は私の依頼をお受け頂き有難うございます。今回はシリアスとギャグを半々くらいに考えていたのですが……微妙な割合になってますね。それでも、少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。

影崎さんはプレイングでまず白兎で白井さんと見抜かれてしまいました。赤坂さんと合わせて白兎の完成となります。また、全体的に明るい感じがしたので取り入れてみました。
今回のテーマは、一人につき一つのテーマを持つ事でした。影崎さんのテーマは「悪戯」でした。真面目な所はとことん真面目に、そして悪戯する時にはとことん悪戯を。いつも以上に雅さんらしい悪戯好きな一面を描けたような気がしますが、如何でしょうか?

今回も四人の方それぞれのお話になっております。他の方のお話もあわせて見て頂くとより深く読み込めると思いますので、宜しければ読み比べてみてくださいね。

ご意見・ご感想等、心からお待ちしております。それでは、またお会いできるその日まで。