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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


空飛ぶ兎
●序
「ここは草間興信所でいいんですよね?」
 草間興信所を、親子連れが訪れた。草間は「ええ。どうぞ中に」とにこやかに笑いながら促す。母親と少年は中に入ってソファに座ると、母親の方が口を開いた。
「お願いしたい事がありまして。他の所では門前払いを受けたんですが、こちらなら聞いていただけるとお伺いしましたもので」
(またそっち関係か?)
 草間は苦笑しながら続きを促す。
「私、白井・真紀子(しらい まきこ)と申します。この子は、白井・真人(しらい まさと)です」
 母親は「ほら、言いなさい」と言って真人少年を促す。まだ小学4年生くらいであろうか。
「僕の、ぴょん太が飛ぶんだ」
「ぴょん太?」
 突如出てきた可愛らしい名前に、草間は思わず聞き返してしまった。
「兎です。この子の飼っている、白い兎の事なんです」
 母親が補足する。
「兎は、普通跳ぶものでは?」
 草間が言うと、真人少年は目に一杯の涙を浮かべて首を振った。
「違う。本当に空を飛ぶんだよ!」
 草間は絶句する。母親の方に目線を移すと、母親は溜息をついて頷く。
「本当です。私もこの目で見るまで、信じられませんでしたが……。突然宙を浮いて、10分くらい空を飛んだんですよ」
「それで、その兎は……?」
「見事に着地しましたわ。ですが、普通兎と言うのは飛ばない生き物でしょう?何だか気味が悪くて」
(そりゃそうだ。普通、空なんて飛ばないからな。兎は)
 草間は頷く。話によると、ぴょん太は一週間前から飛び始めたらしい。飛ぶ、と言うよりも浮くといった感じで。
「ぴょん太は空を飛ぶようになってから元気が無いんだ。でも、毎日必ず10分間は空を飛んでるんだ。僕が捕まえていても、駄目なんだ。いつの間にか、飛んでるんだよ」
 真人少年は本格的に泣き始めてしまった。草間は原因を探る事を約束し、白井親子を見送ったのだった。

●兎
 草間の前に、3人の男が立ち並んでいた。草間は煙草をくゆらし、面々をざっと見つめた。「空飛ぶ兎……ですか」
 那神・化楽(ながみ けらく)はそう呟いた。ウェーブがかった長い黒髪に、端正な顔立ち、揃えられた髭。鋭い金の目は真実を見抜こうとするように光る。
「何ともほのぼのとしている響きですが……何より泣く子は放っておけませんからね……」
「ほへ?兎が……飛ぶ?」
 素っ頓狂な声を出し、影崎・雅(かげさき みやび)はそう呟く。黒髪に黒い目。最初は呆けたような顔をしていたものの、すぐににやりと不敵な笑いを浮かべる。
「ミョ―な日課のある兎だな」
「茶化さないの」
 ぴしゃり、と草間の隣で資料を整理していたシェライン・エマ(しぇらいん えま)に制される。仕事の邪魔にならぬように括られた黒髪に、切れ長の青の目。
「……まぁ確かに兎は一羽二羽と数えるけれど……そんなものは飛ぶ理由にはならないわね。飛ぶ理由が、必ずある筈だわ」
「それはそうだろう」
 シェラインの言葉に、真名神・慶悟(まながみ けいご)は頷く。金髪に黒の瞳は、派手な格好に良く似合っているものの、とにかく目立つ。
「弱っていく……というのは危惧すべき状況だ。外因的なものだろうな」
「とりあえず、ぴょん太君は弱ってきている。なるべく早く解決してあげたいものだな」
 ふう、と草間の吐き出した煙が天井へと立ち昇る。3人は頷きあい、草間興信所を後にした。後に残された草間はちらりとシェラインを見る。
「行かなくていいのかい?」
「え?だって、資料……」
 草間によって頼まれた資料の整理が先。だが、先程の依頼に興味があるのもまた事実であった。
「いいよ、またやれば。君は君がしたい事をすべきだと思うけどね」
 苦笑しながら草間は言う。「行きたいんだろう?」
 シェラインの意思が固まる。「ええ」ときっぱりと言い放ち、微笑む。
「真人君の為にも、ぴょん太の健康の為にも、原因をはっきりさせなくちゃ。……そうでしょう?武彦さん」
 草間は微笑みながら頷く。シェラインはそれを見届けると資料を掴んで走って草間興信所を後にした。まだ3人は目の見えるところを歩いていた。
「待って。私も行くわ。……ただし、私は途中ちょっと別行動を取るけど」
(行ったら、近辺も調べてみたいもの)
 シェラインの言葉に、3人はそっけなく答えていく。
「そんな事、いつもの事だ」
と、慶悟。
「そうそう、マイペースが一番ですよ」
と化楽。
「最終的にぴょん太君を助ければいいだけの話だろ?」
と雅。シェラインは「それもそうね」と呟いて小さく笑った。
「それにしても、白井さん家の白兎……か。何やら因果を感じるね」
 雅はそう言ってあはは、と笑う。
「本当にそうですね。きっと可愛い兎さんなんでしょうね」
 ちょっとずれた答えを化楽が返し、笑う。
「あら、じゃあもし黒井さん家だったなら黒兎だっていうのかしら?」
 苦笑しながら、シェラインが言う。
「おい、くだらない事を話すのは後だ」
 呆れたように慶悟はいい、一行を促す。一路、白井家に。

 白井家は、何処にでもある二階建ての住宅だった。外に小屋などが見られないところから、兎は室内で飼っているのであろう事が予想できた。
 四人を代表して、シェラインがチャイムを押す。中から母親の真紀子の声がし、ドアが開いた。真紀子に、しっかりと真人がしがみ付いていた。少し赤くなった目をしたまま。
「どうぞ、上がってください」
 真紀子の言葉で、一同は家に上がる。通されたリビングに、白い毛玉がもぞもぞしているのが視界に入る。
「ああああ!ぴょ、ぴょん太君ですか?」
 頬を微かに紅潮させながら、化楽が尋ねる。真人は一瞬びくりとし、それから頷いた。化楽はほわんとした笑顔になり、ぴょん太に近付く。他の三人もそれに続いた。ぴょん太は知らない人間達に囲まれてびくびくとした態度になるものの、逃げようとしたりしない。
「よく慣れてますね」
(可愛いわ)
 思わず顔を綻びながらシェラインが言うと、真紀子は首を小さく振った。
「いえ。本当は人見知りが激しいんですよ。必死に逃げるんですけれど……」
(逃げる元気も無いの?)
 化楽に大人しく撫でられているぴょん太を見、心配そうにシェラインは考える。
「そういや、今日はもう飛んだのか?」
 ふと気付いたかのように、雅が真紀子に尋ねた。
「いえ……」
 真紀子はちらりと時計を見、答える。「確か、まだです」
「飛ぶ時間は……」
「飛ぶ時間は決まっているのか?」
 シェラインが言おうとしたところを、慶悟が遮って先に言う。シェラインは「もう」と小さく言いつつ軽く慶悟を睨んだ。何となくの敗北感が溢れる。
「ええ。大体3時くらいに」
 時計は今、2時を指している。まだ1時間、余裕が残っている。逆にいうと、もう2時間しかないという事か。
「そうか」
 それだけ言うと、慶悟は懐から紙を出して何かの形に切り始めた。
「お、慶悟君。こんな所で切り絵か?」
 雅が茶化すように言ってくる。慶悟は手元から全く目を逸らさずに手を動かし続ける。
「ちょっと黙っててくれ」
「……了解」
(形代かしら?兎の形代なんて作るの、初めてでしょうに)
 シェラインは小さく苦笑した。
「本当に、ぴょん太は元気になるんでしょうか」
 真紀子が不安そうに尋ねてくる。
「大丈夫ですよ。私達が何とかしますから」
 シェラインが慰める。真紀子は小さな溜息をつき、苦笑する。
「いえね、ぴょん太は真人が大事にしてますでしょ?真人にとっては友達なんです。あの子、ぴょん太をペットショップで見た瞬間からずっと離さなくてね……」
「それはいつくらいだ?」
 慶悟の目の奥が光る。同様に、シェラインの目も。
「丁度一ヶ月前だったかしら?……その時ね、そこのペットショップの女の子がぴょん太を気に入っていたみたいなんだけど、あの子がどうしてもって言ったら『仕方ないね』って言ってくれて……」
 真紀子の話は、そこで詰まった。暫く待っても、続きが出てこない。
「どうかなされたんですか?」
 シェラインが尋ねると、真紀子はちょっとためらってから口を開く。
「そこの子、二週間前に交通事故で亡くなってね……」
(亡くなってる?)
 慶悟とシェラインは互いに目を合わせた。何かしら関係があるのやもしれぬ。
「その女の子の名前と、ペットショップの場所を教えて下さい」
 シェラインはメモを片手に尋ねる。ペットショップはここから歩いて5分といった距離であろうか。そして少女が『赤坂・佐奈(あかさか さな)』だと言う事も教えてくれた。
「じゃあ、真名神。私はちょっと調べてくるわ」
 ちらりと時計を見、3時までには戻ると約束する。ぴょん太の飛ぶ現場は見ておくべきだと考えて。

●飛
 真紀子に教えられたペットショップはすぐに見つける事が出来た。白井家から歩いて5分。近いが、早くしないとぴょん太が飛ぶという3時に間に合わなくなる。
「すいません」
 シェラインの声が、奥まで響く。「いらっしゃいませ」という声がし、女性が出て来る。赤坂佐奈の母親であろうか。
「ああ、すいません。私はお客ではなくて……ちょっとお話を聞きに……」
「何でしょう?」
「ええと、赤坂佐奈ちゃんのお母さん、でしょうか?」
 言葉を慎重に選びながら、シェラインは問う。「ええ」と母親が頷く。
「先日は……ご愁傷様でした」
 未だ玄関先に残る喪中の紙が痛々しい。母親は「いえ」と言って目頭に指をやる。佐奈の事を思い出させてしまったのかもしれない。
「佐奈ちゃん、兎が好きだったんですってね」
「ええ。……白井さんの所の真人君が、えらく気に入ってくれてお嫁入りしましたけどね」
 ちょっと笑い、母親は遠い目をする。
「白い兎でね……あの子、一番気に入ってたのに、真人君がどうしてもって言うから『仕方ないね』って言って……」
 ふふ、と母親が笑う。
「きっと、真人君だったからでしょうね。真人君なら大事にしてくれるって分かってたんでしょう」
「優しいお子さんだったんですね」
「それなのに……」
 母親は口を噤む。シェラインも言葉を続かせる事ができず、口を噤む。
(言えないわ……まさか、もしかしたらぴょん太君を弱らせているのはその佐奈ちゃんかもしれないだなんて)
「宜しければ、事故のことを詳しく教えて頂けますか?」
 母親は大きく息を吐いた。気分を落ち着かせようとしているのであろう。そして口を開いた。
「あの日、佐奈はお小遣いをはたいて赤いリボンを買ったんです。それを持って何処かにでかけて行った途中に……」
「何処に行ったかは分からないんですか?」
 母親は首を振る。
「聞いても、『ちょっとそこまでだから』と言って教えてくれなかったんです。私もまさかそんな事になるとは思わなくて……近所に行くんだろうなと思って……」
 再び口は噤まれた。
(もしかしたら、佐奈ちゃんは真人君の所に行ったんじゃないのかしら?ぴょん太君に赤いリボンをつけてあげようと思って……)
 いささか考えすぎか、と思いつつも否定できない自分がいた。今は真人の家にいる白兎を可愛がっていた佐奈。真人になら安心していいと思って兎を譲った佐奈。真人ならばいいと思った理由の裏に、真人の家なら近いから、という事も含まれていたように思えて仕方が無いのも事実だ。
 シェラインはそこまで考え、はっとして腕時計を見る。時刻は3時10分前を指していた。早くしないと、ぴょん太が飛んでしまう。
「突然お邪魔して、すいませんでした」
「いえ。……ああ、もうすぐ3時なんですね」
 遠い目をして、母親は呟く。
「あの子があの白兎と遊んでいた時間だわ」

 シェラインが急いで白井家に戻ると、外で慶悟が何かしらしていた。結界でも張っているのであろう。不可侵の結界を張られたら、入れなくなってしまうではないか。シェラインは慌てて声をかけた。
「真名神!」
 声に気付いて慶悟が振り返る。慶悟はシェラインが結界内に入ったことを確認してから結界を完成させたらしかった。シェラインは一先ず安心する。
「シェライン、行くぞ。事はもう既に起こっている」
「そうみたいね。……そう、そうみたいね」
(事は起こってる……佐奈ちゃんが、いつもぴょん太君と遊んでいた時間だから)
 シェラインは一瞬何かをためらったような表情を浮かべ、それからまたいつものように背筋を伸ばした。迷いを振り切るかのように。
(でも、もう起こってはいけないんだわ。ぴょん太君の元気が無くなってきている。真人君はそれを懸念して哀しんでいる。佐奈ちゃんが原因だとしたら、今の現象は起こってはいけないことなんだわ)
 家の中では、ふわり、と白兎は浮き上がった所だった。高さはおよそ二メートル、天井近くまで上がっている。それからぴょん太は円を描くように部屋を回った。
(本当に飛んでいる)
 慶悟は一瞬呆気に取られるものの、霊視をする。ぴょん太を誰かが胸に抱き、部屋の中を回っている。姿としては、少女。
 永遠とも思えたその10分後、ぴょん太はもとの場所に下りてきた。だが、変わった空気は元には戻らなかった。現象は終わったのに、陰気は去らない。慶悟は数珠を出して構える。シェラインは、じっとこれから起ころうとする事象を見守っている。
 その時、雅が振り向いて慶悟に問い掛ける。
「結界張ったの、慶悟君でしょ?」
 慶悟が頷くと、雅はにやりと笑った。シェラインはただ、じっとぴょん太を見ていた。そして慶悟によって張られた結界から出られない筈の少女が出てくるだろうと思いながら。

●空
 部屋中に巡っていた陰気が少しずつ形をなしていく。真人と同じくらいの少女の姿に。
「やあ、今日は」
 にっこりと笑って一番に話し掛けたのは、雅だった。少女は何もかもを不思議そうに見つめているだけだ。
「佐奈、ちゃん?」
 真人が呟くように言う。佐奈はにっこりと微笑む。
『真人、君』
(やっぱり、佐奈ちゃんだったのね)
 諦めにも似た悲しみが、シェラインの中を駆け巡る。
「ねえ、佐奈ちゃん。毎日、ぴょん太君と遊んでいたでしょう?」
『うん』
「その所為でね、ぴょん太君の元気が無いの」
 シェラインは必死に訴える。ただその説明だけで万事終わって欲しいと願いつつ。だが、佐奈から返ってきた答えは簡単なものだった。
『ふうん』
 衝撃が、シェラインを貫く。
(この子、まさか……)
 嫌な予感と言うものは、中々拭い去れぬものだ。シェラインの嫌な予感……佐奈がわざとぴょん太を弱らせている事。
「佐奈ちゃん、だったな。ぴょん太が弱ってもいいっていうのかい?」
 雅の言葉に、佐奈はただ微笑んだ。悪意の無い、純粋な笑み。
(わざと、じゃないわ。そうなればいいと思いつつ、ごく自然にこの子はそうしようとしているんだわ)
 妙な悪寒がシェラインを襲う。
「兎の衰弱は激しいものだ。このままお前が兎と遊ぶと兎は死んでしまうのかもしれない」
 慶悟の言葉に、一瞬戸惑いを見せながらも佐奈は『そう』とだけ言った。
『私、寂しいのよ。哀しいのよ。だからね、ぴょん太も一緒にいたら寂しくないと思うの』
 愛しそうにぴょん太を見、佐奈は言う。
『あそこは嫌い。暗くて、寂しくて……哀しい。だけど、ぴょん太は違うわ。優しいもの。私と一緒にいてくれるもの』
 佐奈の表情が変わる。微笑みから、一気に我を通そうとするものに。
『私、譲らないわ。今度ばかりはぴょん太と一緒にいるんだわ!』
「……だとよ、ぴょん太」
 今までずっと何かしらぴょん太と話していた化楽が口を開いた。否、普段の化楽とは口調が違った。化楽の内に住む、犬神の方であろう。
「ぴょん太の言葉を聞いたことがあるかい?お嬢ちゃん。ぴょん太はな、あんたについていっても良いって言ってるんだぜ?」
『……ぴょん太が?』
 佐奈の顔つきが変わった。ぴょん太は弱々しく、佐奈を見つめていた。犬神だけがぴょん太の声を聞く。
「ああ。お前さんが哀れなんだと。自分でいいなら行くってよ」
『本当に……?ぴょん太……?』
 佐奈はそっとぴょん太に手を伸ばす。その瞬間だった。
「嫌だ!」
 真人が、叫んだ。伸ばされていた佐奈の手が止まる。
「ねえ、佐奈ちゃん。連れて行かないで!ぴょん太は僕の友達なんだ!ぴょん太は生きているんだよ?多分……佐奈ちゃんの分まで」
『……真人君?』
「佐奈ちゃん、僕に言ってくれたでしょう?ぴょん太を大切にしてねって。だから、僕はぴょん太を大切にしたいんだ!……お願いだから、ぴょん太を殺さないで……」
 後の方は言葉になってはいなかった。涙混じりの、訴えのような言葉。佐奈の心にも何かしらの思いが通じたらしい。
『でも、私は、寂しい……』
 佐奈は繰り返す。ぴょん太を連れて行くか連れて行かないかで迷っているように。
「……ねえ、佐奈ちゃん。ぴょん太にリボンをあげたいくらい、好きだったんでしょう?ぴょん太が好きだから、赤いリボンをあげようと思ったんでしょう?」
「赤いリボンだと?」
 慶悟が訝しげに尋ねる。そして、ポケットから赤いリボンを取り出す。それを見た瞬間、佐奈の顔つきが変わった。何もかもを超越した、悟りの表情。
『……私……ぴょん太に似合うと思ったの……。ぴょん太の白い体によく似合うと思ったの……赤い瞳に、似合うと思ったの……』
「そう思ったから、リボンはここにあるのだろう。お前の思いが、ここにリボンを運んできたのだ」
 慶悟が言う。佐奈はじっとリボンを見つめたままだ。雅は何かを思いついたように慶悟からリボンを受け取り、暫くそれを引っ張ったり伸ばしたりしてから佐奈に渡す。
「なあ、佐奈ちゃん。このリボンを返すよ。で、そのリボンでぴょん太を可愛くしてやってもいいし……首を締めても良い」
「「影崎!」」
 慶悟とシェラインが同時に叫んだ。
(一体何を考えてるっていうの?本当にぴょん太君を絞め殺したらどうするのよ?)
 そのような思いを見透かしたように、雅は不敵に笑う。
「さあ、どうする?佐奈ちゃん」
(馬鹿!)
 佐奈は恐る恐るリボンを受け取り、ぴょん太の首に巻く。手が震えている。やがて思い切ったようにぎゅう、と強く締めようとする。
(賭けに負けたわね、影崎!)
 そう思った瞬間だった。ぴょん太を抱いている犬神が口を開いたのだ。
「どうした?そんなもんでは死なないぞ?」
 佐奈の手は、更に激しく震えている。
「脈打つ音が聞こえるか?それはぴょん太が生きているという証だ。何者もそれを汚す事はできぬ、証だ」
 佐奈の手が止まる。そして、緩くちょうちょ結びをした。ちょっと不恰好なちょうちょ結び。
「……佐奈ちゃん……」
 真人の問いかけに、佐奈は半泣きの顔で笑った。慶悟は形代を手に取り、佐奈に渡す。途端、形代は本物のような兎に変わる。
「寂しいのだろう?連れて行け」
 佐奈は、最初は恐る恐る、やがてぎゅうっと優しく抱いた。
『ごめんね……』
 雅はにやりと笑い、慶悟の方を見る。慶悟は少し赤くなりながら数珠を持って手を合わせる。
「昇華させてやる。影崎、手伝え」
「はいよ」
 辺りが光に包まれる。その中で、佐奈が笑ったようだった。『有難う』と言いながら。

●結
 草間興信所で、4人はそれぞれ報告書を提出する。草間はそれをぱらぱらと見た後、一つの報告書でぷっと吹き出す。
「どうしたの?武彦さん」
 シェラインが尋ねると、草間は笑いをこらえたままその報告書を差し出す。雅のものだ。そこには慶悟が兎の形代を作って佐奈に渡した所を、『慶悟君の優しさに触れた』と題して可愛らしい表現で連ねてある。
『慶悟君は最初、紙で兎ちゃんの形の形代を作り始めたからびっくりした。でも、それは全てこの瞬間に繋がっていたんだなぁと思うとそんな慶悟君の優しさにびっくりだった。そういえば、慶悟君は一度もぴょん太ちゃんって呼ばないけど、それは恥ずかしがりやだからかな?ちょっぴり違う慶悟君の一面を見れて有意義だった』
 途端、そこにいた皆が笑う。勿論、書いた当の本人の雅と書かれた被害者の慶悟以外が。
「……影崎?」
 慶悟がその報告書を読んで、顔を真っ赤にしたままつかつかと歩いて近寄る。
「や、やだなぁ!慶悟君ってば。俺は見たままをさぁ」
 慌てて弁明する雅を見て、シェラインが助け舟のように声をかける。口元は笑ったままだが。
「そういえば、あの賭けは勝って良かったわね。影崎」
「賭け?」
 首を捻る雅に「首を締めろとかいうものですよ」と化楽が説明する。
「ああ、あれね」
 にやり、と雅は笑う。
「あれはね、強く締めたらリボンが切れるはずだったんだよ」
「え?」
 思わずシェラインは聞き返す。雅は頭を掻きながら笑う。
「だからさぁ。ちょっと切れ目を入れてたんだよ。あのリボン」
「何て事を……」
 思わずシェラインは言葉を失う。あのリボンは、佐奈が交通事故に遭った原因の一端を担っていると言っても過言でもないのに。そのリボンに、切れ目を入れたというのだ。
「結構頑丈そうなリボンでしたが、それに切れ目を入れたんですか?」
 ちょっと驚いたように化楽は言った。慶悟は煙草を口にくわえて煙を吐き出す。
「この男の怪力を侮ってはいかん。全ての法則を無視した動きもたまに見せるからな」
「人を観察したかのような言い方はやめようぜ、慶悟君」
「これでおあいこだ」
 ふう、と白い煙が天井へと昇る。草間は「まあまあ」と言って鞄から何かを取り出す。出てきたのはお団子だ。
「白井さんがお礼だってくれたんだよ」
「あ、これ美味いよな」
 雅はにこにこと笑って手を伸ばす。それを見て、慶悟やシェラインも手を伸ばす。
「まるでお月見ね」
 シェラインが呟き、団子を頬張った。化楽は団子を見つめ、何かしら考えている。
(兎に、団子。これで満月があったら最高なのに)
 ちらりと、草間を見てシェラインは考える。草間はそんなシェラインの視線には気付かずに団子をまじまじと見つめている。
「この団子、いくつ口の中に入れられるかな?」
 真面目な顔で呟く草間に、思わずシェラインは吹き出す。
(ムードの無い人ね)
 苦笑しつつも、草間から視線は離さない。本当に団子を口に入れ始めたからだ。これはお茶が必要になるかもしれない。シェラインはくすくすと笑いながら、お茶を入れに行くのだった。

<依頼完了・団子付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シェライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0374 / 那神・化楽 / 男 / 34 / 絵本作家 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 /陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました、霜月玲守です。今回は私の依頼をお受け頂き有難うございます。今回はシリアスとギャグを半々くらいに考えていたのですが……微妙な割合になってますね。それでも、少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。

シェラインさん、初めまして。お名前は何度も拝見させて頂いていたのですが、まさか私の依頼を受けて下さるとは思いもよりませんでした。有難うございます。
プレイングは慣れてらっしゃる印象を受けました。原因を幼い子どもの霊と見抜かれるあたり、流石です。
今回のテーマは、一人につき一つのテーマを持つ事でした。シェラインさんのテーマは「ムード」でした。何気ない一場面で、ちょっとしたムードを出すという事だったのですが……如何だったでしょうか?

今回も四人の方それぞれのお話になっております。他の方のお話もあわせて見て頂くとより深く読み込めると思いますので、宜しければ読み比べてみてくださいね。

ご意見・ご感想等、心からお待ちしております。それでは、またお会いできるその日まで。