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闇に眠れヴァンパイア
●囚われた者と謎の女
とある高層ビルの屋上。そこで一組の男女がいた。
男は傷だらけで倒れており、黒いスーツの女はそれを楽しげに見下ろしている。
「明は‥‥どこだ?」
男‥‥いや、奥津城徹(おくつき・とおる)は女を見上げるように睨み付けた。
側には壊れたサングラスが落ち、その素顔が露わになっている。優しげな目元だろうと伺えるが、今はそんなところを微塵も出さずにいた。
「おお、恐い。でも安心して。明はここにいないわ。これから呼ぶところだから」
「なにっ!?」
このとき、初めて理解した。敵の罠に落ちたということを。
「でも‥‥残念だったわね。私のことを調べて来たんでしょう? ニンニクも十字架も、銀の弾丸さえも受け付けない‥‥そんな驚くあなたを見られて楽しかったわ。いえ、楽しいわ。それにもう一つ驚いて貰うわね」
朝日が昇る。女性の短く燃えるように赤い髪が、さらさらと風に舞った。
「太陽の光も平気なのよ。でもまだ‥‥パーフェクトでないわ。そのためには明を貰う。だって明は‥‥」
「止めろっ!!」
「『あの人』の半身なのだから‥‥」
女は優雅に笑った。
深月明(ふかづき・あきら)はいつものようにネットカフェを訪れていた。あれから何も起きていない。それは良いことのはずなのに‥‥無性に胸騒ぎがするのだ。
「こんなこと‥‥初めてだわ‥‥」
いつもの掲示板をチェックする。と、カーソルを送る指が止まった。
『深月明さんへ。あなたのお父さんが捕まっています。場所は‥‥』
がたん!
明は思わず立ち上がった。机に置く手が、震える。
「お父さん‥‥私の知らないお父さんなんて‥‥私には関係ない‥‥わ」
明の首からゆっくりとペンダントが揺れた。亡くなった母と、行方も知らぬ父との唯一の写真が入ったペンダントが‥‥。
●徹の言葉
高層ビルの屋上‥‥先日、女と徹が戦ったその場所で、徹は十字架のような柱に張り付けにされていた。そこに一人の青年が現れる。髪を金色に染めた陰陽師、真名神慶悟(まながみ・けいご)だ。徹の周りにあるはずの邪悪なる気配は全く感じられず、少し戸惑っているようにいる。
「‥‥誰だ?」
徹は慶悟に向かって訊ねる。
「そんなに睨むな。俺は真名神慶悟。明の知り合いさ。あんたを助けるために来た」
「!! 明が来ているのか!?」
明という言葉に反応する徹に慶悟は話を続ける。
「ああ、まだビルの前にいるがな」
「だったら‥‥急いで降りて、明に伝えてくれ。俺に構うな。さっさと帰れと‥‥」
「いいのかい?」
慶悟は試すように訊ねた。
「明が、ヤツの手に落ちたらそれこそ一大事‥‥この通り俺はまだ生きている。何とか俺が一人で脱出するから‥‥明を連れてここから去ってくれ。頼む‥‥」
その言葉に慶悟は瞳を細め。
「だがな」
徹の目の前まで顔を近づける。
「それを決めるのは俺じゃない。明だ。明が行きたいというなら来るだろうし、行きたくないと言うなら、ここへは来ないだろう」
「だったら、おま‥‥いや、この状況を見た君が、大丈夫だったと伝えればいいだけのこと。そうすれば、明は来ない」
「‥‥分かったよ。あんたが明のことをどう思っているのかは分かった。‥‥明に伝える前に聞きたいことがある。いいか?」
「‥‥いいだろう。何が聞きたい?」
徹の声を聞き、満足そうに頷きながら慶悟は口を開いた。
「どうしてこんなことになったんだ?」
その慶悟の言葉に徹は苦笑する。少し傷が痛んだのか、すぐに険しい顔に戻ってしまったが。
「明が囚われたと聞いてな。行ってみたらあの女がいた。‥‥そう罠だったんだよ。俺を呼び寄せるための‥‥それに俺はまんまと引っかかったわけだ」
「‥‥何故、明は狙われるんだ?」
「明は生まれる前から、大いなる力を秘めていると知らされていた。もっとも、明自身、そんな自覚はないようだけどな。まあそれが幸いして、今まで狙われずに済んだとも言えるだろう。誰かの生まれ変わりだとも聞いたが‥‥俺も詳しいことは知らないんだ。だが、その力は世界‥‥いや、宇宙までも手にするとされている‥‥それほどの力を、明は持っているのだよ‥‥」
徹は話している間、ずっと慶悟の目を見ていた。慶悟も同じく。
慶悟はずっと話を聞いていたが、実は彼をどんな人物なのかを見定めていた。
明を思う心。
それは他の誰よりも強いと思う。
そして、先ほどの質問の回答。
嘘ではないだろう。
相手の目をじっと見て、話をする彼が嘘を付いているようには感じない。
慶悟に警戒はしているようだが。
「俺は‥‥そんな明をヤツラに渡したくない。ただ、それだけだ‥‥」
「‥‥父親だと聞いたが、それは本当か?」
その言葉に徹は目を丸くさせた。
「それまで出ているのか? ‥‥参ったな。あれだけ明に近づかず、しかも名前も変えてきたというのに‥‥ばれていたのか。ああ、俺は明の父親だ。しかも‥‥最低な父親だがな」
「そうか。わかった‥‥」
「明に来るなと、そして、帰れと伝えてくれ‥‥」
もう一度、徹は慶悟に疲れた素振りでそう告げた。
●戸惑い、そして‥‥
高層ビルの前で、明は立っていた。ここにあの徹が待っている。けれど‥‥ここまで来た明は未だに迷っていた。
「本当に、‥‥私の父がいるの? もしかしたら、嘘かもしれないのに‥‥」
不安げにビルを見上げる明。
「何を迷う?」
明はその青年の声に振り向いた。そこにいるのは闇に溶け込むような黒衣を纏った紫月夾(しづき・きょう)の姿があった。
「夾、さん‥‥」
「後悔したいのならこの場に留まればいい。全てを終わらせたければ行けばいい‥‥それだけだ」
静かにけれど凛とした声で夾はそう明に告げた。
「‥‥そうですね。私がここで留まれば後悔することでしょう。でも‥‥本当は父親だとか、そういうことは関係なかったんです。ただ、助けを呼んでいるのを無視することは出来ない。ただの偽善にも思えるかもしれませんが‥‥それが、私の役目だと思うから。この不思議な力を得たときからずっと‥‥そう思っていたんです。だから、今回も助けたい。私を呼ぶ声がある限り」
夾はその明の言葉にふうっと息をついた。それと同時に何かを決めたらしい、決意を秘めた紅い瞳が輝きを強めている。
「先に行くぞ」
明と夾の様子を見ていたシスター姿のロゼ・クロイツが初めて声を出した。
「行こう、明お姉ちゃん。ボクも一緒に行くよ!」
そう言って明の手を引っ張るのは冬野蛍(ふゆの・ほたる)だ。蛍の愛らしい微笑みに明も思わず笑みを零す。
「ええ、行きましょう!!」
明はそのしなやかな足で力強い一歩を踏みしめた。
●ヴァンパイアの女
風が強くなった。徹と慶悟はふと、屋上の入口を見た。そこに彼らはやって来ていた。そう、明達だ。
「どうやら、言う前に来たらしいな」
その慶悟の言葉に徹は切なそうな、困ったような表情を浮かべた。
「何故来た!! 帰れ!! これは罠だ!!」
徹は力の限りそう叫んだ。
「でも」
強く吹く風に負けない声が響き渡る。
「たとえ罠だとわかっていても、囚われたあなたを助けたい。それが私の役目だから!」
その明の言葉が響き渡った。
「あらあら、可愛いことを言うじゃない、明」
いつの間にか屋上の縁から現れたのはあのスーツ姿の女性、ヴァンパイア。赤い髪が強い風でゆらゆらと炎のようにはためいている。
「だけど、それも今日で終わりね。私のモノになるんだから」
と、突然、明のいたアスファルトから黒い帯のような触手が明を襲う!!
「きゃあああ!!」
「明っ!!!」
バシュン!!
「‥‥やるわね」
その触手が解かれた。夾の放った鋼糸で切り刻まれたのだ。バランスの崩した明を颯爽と受け止める夾。
「‥‥全く、柄でもないことを‥‥」
思わず夾は呟いた。
「ありがとう、夾さん」
「‥‥気を付けろ。戦いは始まったばかりだ」
そっと夾は明を後ろに追いやり、ヴァンパイアと対峙する。
「あら。いいの? そんなことをしても?」
面白そうにヴァンパイアは優雅に微笑んだ。
「ぐあああ!!」
徹を縛っていたツタが突然、締め上げたのだ!
「ちっ‥‥」
夾は舌打ちする。徹がいるかぎり、ヴァンパイアに攻撃することは出来ないのだ。
と、緊迫した空気がその場を支配しようとしているとき。
「今だよ!! お願いっ!!」
蛍の可愛い声が響き渡った。
そして。
「きゃあ!!」
「うわっ!!」
明と徹が同時に消えた。否、明と徹が地中へと沈んだのだ。
蛍があらかじめ呼んでいた二匹の巨大モグラの騎士。彼らに頼んで、二人を地中から保護したのだ。蛍も彼らの後を追って、既に姿を消していた。
「何っ!!?」
流石のヴァンパイアもこの状況は想定していなかったらしく、かなり慌てているようだ。
その隙を彼女は逃さなかった。
ロゼの放った銀の矢がヴァンパイアを襲う!
「ちっ!! こざかしい真似を!!」
ヴァンパイアの爪が長く伸び、その矢をうち払う。
「食らえっ!!」
夾がすかさず、試験管に入ったものをヴァンパイアに投げつけた。
「‥‥水か? そんなもの私に効くと思ったかっ!?」
易々と払いのけられ、夾は苦虫を咬んだように後ろに下がる。
「水ではなかったか!?」
鋼糸で応戦しながら、夾はヴァンパイアの弱点を探す。
「我は神の手により放たれし雷。神罰の化身なり」
そう言ってロゼも試験管を放ち、それを銀の矢で射抜く。
「どんな液体でも効かぬわぁ!! さっさとどけっ!!」
ロゼの放った液体に身を浸しながらヴァンパイアはなおも己の爪で二人を翻弄する。
「‥‥我、ある限り、邪業の在るべき場所は無し!!」
またロゼが試験管を放った‥‥はずだった。
「うるさい!!」
先ほどの黒い触手がそれを握りつぶしてしまった。そのことにロゼは愕然とする。そう、それは発火材だったのだ。しかも、先ほど放ったので最後。その前に放った液体は聖なる油で、それでヴァンパイアを燃やす予定であった。しかし‥‥それは未遂で終わってしまったのである。
「だが、負けるわけにはいかない!!」
ロゼはその手から銀の剣を取り出し、躍り出る。夾とロゼ、二人で応戦しているのだが、ヴァンパイアの攻撃は一向に衰える兆しを見せないでいた。
「我、五行火気を奉じ、司命の理に背きものを在るべき道へと帰さん‥‥燃えよっ!!」
そのとき、後ろで援護していた慶悟の放った炎がヴァンパイアを捉えた!!
ゴオオウウウウウウン!!!!
ロゼのあらかじめ放った油にも引火し、ヴァンパイアは火だるまになる。
「ぐああああああ!!!」
苦しみ出すヴァンパイアの姿に、三人はこれがヴァンパイアの弱点だったことを理解した。
「おのれ‥‥たかが人間ごときに‥‥覚えておれ‥‥必ずお前達を‥‥おま、え‥‥達‥‥を‥‥‥‥ああ‥‥ガ‥リ‥‥様‥‥」
最後の言葉を苦々しく吐き出しながら、ヴァンパイアはトドメと慶悟の二度目の炎を受け、炎の中、消えてしまった。
後に残ったのは黒く焦げたアスファルトの跡のみ。
ゆっくりとあがる朝日に三人は眩しそうに瞳を細めたのだった。
●新たに始まる時間
ことこととみそ汁とお粥を温めるコンロの音が部屋中に響いた。
「ここは‥‥」
徹はぼうっとした頭で天井を見上げる。
「ああ!! 明はっ!!」
がばりと起きあがり、そして。
「つううううう‥‥」
痛みにうずくまる。
「まだ動かない方がいいって」
声を聞きつけた制服姿の明が徹の側に寄る。
「明‥‥大丈夫だったのか?」
「ええ、彼らのお陰。あのヒトも倒したって‥‥だから、安心して」
「そうか‥‥」
明の手助けも借りて、徹はもう一度布団に横たわった。
「そういえば、ここは‥‥」
「私の家よ。ちょっと狭いけど‥‥いいところ。あっと、ご飯、もうすぐだから。お粥でいいよね?」
ことことと暖まったみそ汁を止め、お粥の出来具合を見る。
ふと思い出していた。
傷つき倒れる徹を見て、酷く懐かしいと思ったこと、そして、命に代えても助けたいと思ったこと。けれど、本当に自分の父親なのか‥‥迷っていたとき、慶悟が言った言葉。
『何があっても肉親の血は変わらない。それは尊ぶべきものだ』
その言葉で徹を自分の家まで運んで貰ったのだ。
「うん、いい出来」
火を止め、お盆に乗せて徹の側まで運ぶ。
「熱いから気を付けて」
ゆっくりと起きあがった徹にそう声をかけ、明は立ち上がり、背を向ける。
「早く怪我を治して‥‥お‥‥とうさん‥‥」
照れくさそうに顔を火照らせながら、明はばたばたと支度を始めていた。
「あちっ!! ‥‥え? 明? 今、今何て‥‥」
火傷した舌を冷やすために水を含みつつ、訊ねる徹。
「‥‥行ってきますっ!!」
ばたんと勢い良く扉が閉まった。その外では明が顔を真っ赤にさせていた。
「‥‥お父さん、か‥‥。あっと、冷めないうちにさっさと食べるか」
もう一度お粥にスプーンを差し込んだ。
「もう大丈夫みたい☆ よかった!!」
嬉しそうに木の上で声を上げるのは蛍。その肩には白い鳥が止まっていた。いや、白い鳥ではなく、慶悟の持つ式神、である。
「どうやら、上手く行ったようだ」
安心したように慶悟が呟く。
「さて、戻るか」
静かに黒衣を翻し、夾は自宅へと向かう。
「私も失礼する」
ぶっきらぼうに、けれど安心したような声でロゼも帰って行く。
そう、彼らは少し離れたところで、明達の様子を見ていたのだった。けれど、その心配は無用だったらしい。その片鱗を見ることが出来たのだから。
「さてっと、俺も行くか。嬢ちゃん、送って‥‥」
慶悟がそう言って見上げた場所。そこにはひっそりと佇む鳥の式神の姿のみだった。
くすりと笑い、慶悟もその場を去る。
こうして、ヴァンパイアとの戦いは終わりを告げたのであった。
ささやかな幸せと共に‥‥。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0423/ロゼ・クロイツ/女/2/悪魔払いのシスター】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師】
【0279/冬野・蛍/女/12/不思議な少女】
【0054/紫月・夾/男/24/黒衣の暗躍者】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました☆ ノベルのお届けです☆ どうも、相原きさです。今回も参加していただきありがとうございました!! 今回の依頼はいかがでしたか? どうやら、皆さんのお陰で明達も少しずつ近づいていったようですし、無事、ヴァンパイアを倒すことが出来ました。お疲れさまです☆ これで、青い日記シリーズは終了するわけですが、けれど、彼ら親子のお話は終わったわけではありません。良ければそちらにも参加していただけると嬉しいです。
今回はいろいろと活躍出来ました☆ 特に徹と会話する方が慶悟さんしかいなかったので、とても助かりました(苦笑)。それによって、徹のこと、明のことが少し理解することが出来たのではないでしょうか? 次回もこの調子で依頼をこなして下さいね。
それでは、今日はこの辺で。また、次の作品でお会いできるのを楽しみに待っています☆
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