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ミスキャン・ジャッジ
◆怪奇審査員?
「……草間さんって、女装趣味があったのね」
「何の話だ……」
あからさまに不機嫌な顔で草間・武彦は草間・零を睨み付けた。
「だってこれに出るのでしょ? しっかり赤丸までつけちゃって、張り切ってるのねっ」
机の上に置かれた1枚のチラシ。そこには大学の文化祭にて開催される「ミス・キャンパスコンテスト」の案内が記されていた。
開催は文化祭の最終日の日曜日。チラシの下に記された地図に赤丸が付けられており、集合時間・開催場所へのルートなどが事細かにメモ書きされている。
「特別審査員を頼まれたんだよ。一応、俺はそこの出身だからな」
「へー……草間さんが審査員なら、幽霊とかが参加してきたりして」
「何でそうなるんだ、なんで」
「だって。『怪奇探偵の行くところ、幽霊有り』でしょ?」
そう言って、零はいたずらっぽい笑みをこぼす。武彦は大きくため息をついてくわえていた煙草を灰皿に押し付けた。
「参加は……部外者でも10代後半から20代までならOKかー。私もでようかしら?」
「……おい」
「公平な審査、よろしくね。草間せんせいっ☆」
●文化祭開催
晴れ渡る青空に浮かぶオレンジの旗。
秋風に揺れる旗を眺めて、滝沢・百合子(たきざわ・ゆりこ)は満面の笑みを浮かべた。
「んー…… 良い天気。まさに文化祭びよりよね」
ーー本当ー…良い天気ですよねーー
「うん、いっそこのまま……」
言いかけ、百合子ははっと目を見開き、振り返った。だが、そこに知る顔は無く、呼び込みらしき学生達が元気に声を張り上げている姿があるだけだった。
「えー……と、とりあえず会場を見て回るか……」
いきなり当たりくじをひいたかなと思いつつも、百合子はパンフレットを手に構内へと足を踏み入れて行った。
●ヒロイン再来
「先輩! お待ちしていました!」
がしっと手を握りしめ、コンテストの主催者である青年は武彦を笑顔で迎えた。
「来てくれて嬉しいっスよ! やっぱ審査員には元ミスキャンがいないとつまんないっスからね!」
「……え? ミス……?」
にやりと横目で見つめる零の視線を、武彦は必死に逸らそうとさせる。
「女装した先輩、すげぇ美人でしたからね! 思わずオレも一票いれちまったわけで……」
「へー……なる程。それで合点はいったわ」
突然の声に武彦はオーバーアクションで振り返った。不敵の笑みを浮かべたシュライン・エマが楽しげに微笑みかけている。
「そうよね、たかが卒業生ってだけで審査員になれるわけないもの。元優勝者なら審査員というのも納得がいくわね」
「エマ君、いいいいつからそこに!!」
「さて、いつでしょう」
悪戯っぽく、エマは艶やかな唇の端をゆるめる。
「あ、エマさん。水着は何にします? 私的にはビキニが似合うと思うんですけど……」
そう言いながら零は衣類の入った袋を取り出す。
「……え?」
「だから頑張って下さい。ミス・キャンパスコンテスト。私は運営のお手伝いをさせて頂く事になりましたので」
「え……? ミ、ミス……?」
「もうすぐ時間だから早く着替えて下さいね。あ、衣装は全部その中に入ってますから。それじゃ!」
びっと右手をあげて足取り軽く零は舞台裏へと姿を消していった。唖然とするエマに武彦はさりげなく呟く。
「20代後半の出場か……今大会最高年齢の参加だな」
「……何か言ったかしら? 元ミスキャン怪奇探偵さん」
途端、二人の間に張り詰めた空気が流れ出す。
怯えつつ互いを見つめるだけの主催者を救ったのは南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)の元気な声だった。
「ここやねー? 大会の案内所ちゅうんは。エントリーしに来たんやけど、まだ大丈夫なん?」
「あ、はいはい! まだ受け付けてっるスよ!」
これ幸いと、主催者は天音を連れてそそくさと出て行く。
その後しばらく、2人の不毛な睨み合いは続いたのだった。
●華やかな乙女達
真っ赤のくの一装束と弓道着姿の二人は何故か注目の的だった。
今時のゲームやアニメをモチーフにした過激な衣装が多い中、伝統的な和装が逆に目立っているのかもしれない。
「何か視線を感じるな……」
半目で文句を呟く弓道着姿の矢塚・朱姫(やつか・あけひ)に、護刀・架夜(ごとう・かや)はさりげなく麦茶をさしだした。
「いいんじゃない。これからもっと注目されるんだから」
「そういうものか……?」
麦茶をすすりつつ、朱姫は言う。
「はーっ……間に合った!」
ふわふわの白いうさ耳を揺らして、バニー衣装の百合子が控え室に飛び込んできた。
「あちゃー……衣装かぶっちゃったなー」
百合子の姿を一目見て、灰色のシックなバニー衣装をした天音が頭を抱えてため息をついた。
「まー……でもそっちの兎さんも可愛いやね。ん? この素材……もしかして手作りなん?」
天音は興味深げに百合子のうさ耳をつつく。
「折角のお祭りだから……友達に作ってもらったの。このしっぽとかお気に入りなんだ」
「ふーん。ええなぁー……うちも誰かに作ってもらおうかな」
不意に天音は会話を止めて出入り口を見つめた。
豪奢なマントを羽織り、銀の甲冑に身を包んだエマがゆったりと控え室へ入ってきた。いつもかけている眼鏡を外し、長い黒髪の先に少しだけカールをかけている。その姿はまさに男装の麗人だ。
「……零ちゃんたら……何でこんな衣装持ってるのよ……」
誰にも聞こえないよう小さな声でぶつぶつと文句を呟きながら、エマは憂いを帯びたため息をついた。その姿にその場にいた人々は言葉を失い、彼女を見つめる。
程なくして、大会の始まりを告げる司会の声が舞台から響いてきた。
「いよいよね……」
流行る好奇心を抑えつつ、トップバッターである架夜はゆっくりと舞台への階段を上がっていった。
●大会で遭遇したもの
舞台の横に設置された特別審査員席に座り、武彦はぼんやりと大会の進行を眺めていた。
参加者はやはりというか当然というか、学校の生徒が殆ど。それも一年生ばかりだ。
「まあ……3年以上は文化祭どころじゃないしな……」
レポートや課題の山におわれた日々を思い出し、武彦は苦笑いを浮かべる。
「どうですか? 草間先輩はどの子がお気に入りですか?」
「そうだな……さっきの羽織り姿の子なんか……ん?」
一瞬、視界に映った影を見つけて、武彦はがたりと席を立つ。
「すまん、急用を思い出した」
そう言うと、武彦は舞台裏へと駆けていった。
突然のことに戸惑うものの、あわてて司会者は休憩の知らせを場内に告げる。
「え、えー……っと。大会の途中ですが、ここで15分の休憩をとらせて頂きます! 休憩後は注目の水着審査ですので、皆様どうぞお楽しみに!」
●暗幕の少女
「休憩か……折角だから少し回ってくるか」
水着の上にパーカーを羽織った姿の朱姫はそそくさと外へ出ていこうとした。
「あ、ちょっ、ちょっと待って……! 一緒に行こうよ!」
ビキニのひもを急いで結び、上着のシャツを羽織りながら架夜は朱姫の後を追う。
「なあ、うちらも何か買ってこんか?」
着替えの終わった天音が百合子に声を掛ける。その言葉に答えず、百合子は暗幕を見つめながら小さな声で問いかけた
「ね……あの子エントリーしていたっけ」
滝沢は暗幕の隅に佇む少女を指差した。だが、天音には見えていないのか、不思議そうに首をかしげた。
「あの子? 誰もおらへんよ?」
「え? だって、確かに……」
「気のせいとちゃうの? まあええわ。うち、先にいくで」
手を振り、天音は丈の長いTシャツをはためかせながら控え室を出ていった。彼女を見送り、もう一度見ると、少女の姿はすでになかった。
「……あれ? 気のせい……なのかな」
「気のせいにしておいた方が良いかもしれないわよ」
黄緑色のガウンに身を包んだエマがさり気なく忠告の言葉を告げる。
「かなりしっかり見えていたから、余程未練があるみたいね。下手するとこちらも巻き込まれかねないわ」
「……でも、なんだか気になります……」
「気持ちは分からなくもないけどね……」
エマは暗幕の隅を見ながらひとつ息を吐いた。
◇すまうもの
暗幕の隅に佇み、じっと舞台を見上げる少女。なんとなく彼女が気にかかり、エマはしばらくその様子を眺めていた。
「失礼、皆……着替えは終わっているよな」
控え室に入ってきた武彦にエマは小さく会釈をする。
「やっぱり今年も来ているな。彼女」
「あら……ご存じなの?」
「まあな……毎年来ているらしいしんだ。俺が最後に見た時より、ずいぶんとはっきりしてきたな」
武彦は眉を寄せて苦々しく呟く。
「特に悪さをする感じでもないから、放っておいて良いんじゃない? まだ全員が見えているわけでもないようだし」
「感の良い子は気付いているだろうよ……下手にちょっかいをかけないよう、注意しておいてもらえないか? 俺は立場上、あまりこちらには来られないからな」
「あら? 来ても構わないと思うわよ。なんといっても『元ミスキャン』なんだし」
にやりと笑みを浮かべるエマ。横目で睨み付け、武彦はくるりときびすを返した。
「兎に角だ! これ以上被害が起こらないよう……見張っていてくれよ。幽霊のせいで大会が駄目になったとしたなら、またあいつに何を言われるか分かったものじゃないからな」
「……はいはい。でも……気になっちゃうわね、あの子。なんとかしてあげられないの?」
「殆ど自縛霊になっている感じだからな。俺の手ではどうしようもないよ」
武彦は深く息を吐き出す。エマも胸が痛むのか、そっと目を伏せて呟いた。
「そうね……せめて彼女の邪魔をしないようにしてあげなくちゃね。分かったわ、皆にそう伝えておくわね」
「……すまないな……」
「いいのよ。その代わり、今晩の夕食おごって下さいね」
そう言ってエマはにっこりと微笑んだ。
●水着審査
「お待たせしました! それでは今大会のメインイベント、水着審査を行います! 投票箱は舞台下に設置してありますので、皆様ふるってご参加下さい!」
巫女装束に着替えた零が朗々と言った。それを合図に水着姿の女性群が舞台へと上がってくる。中でも目立っていたのは、ほぼ裸に近いひもビキニの架夜と見事にハイレグを着こなす天音だ。
今までの集計でも2人は互角に近く、ミスキャンの栄誉は2人のうちのどちらかだろうと密かに話題が持ち上がっている。
「それではここで特別審査員の草間武彦さんにお伺いしましょう。草間さん、どの子が気に入っていますか?」
マイクをつきつけられ、渋顔を浮かべつつも武彦は仕方ないと言葉を紡ぐ。
「そうだな、俺は奥ゆかしい方がどちらかというと好きだな……」
「と、いうとビキニよりスクール水着ですか」
「……俺をどういう目でみてるんだ……とにかく、皆似合っている。以上だ」
じろりと睨み付けて武彦は椅子に深く座り直す。
「えー……それでは一通り投票が終わったようですので、集計に入りたいと思います。エントリーの皆様は着替えに戻って下さい。会場の皆様は発表までしばらくお待ち下さい!」
●表彰式直前
いつもの服に着替えたエマに天音は残念そうな声をあげた。
「なんや普通の服をもう着てしまうん? 折角やし、あの格好良い衣装をまた来たらええやん」
「別に……表彰式まで参加するつもりはないもの」
「えー。勿体無いわー……まあ、本人が嫌っちゅうんならしゃーないけどな……」
がっくりと天音は肩をおろす。
その時、呼び出しの声が響いた。名を呼ばれ、天音はハイカラさん風の黒い袴をひるがえして舞台へと上がっていった。
舞台にはすでに真っ赤なくの一姿の架夜とホオヅキの模様がはいった小袖姿の百合子の姿があった。どうやらこの三人が最終選考に残ったらしい。
三人が揃ったのを確認し、零は握られている用紙をゆっくりと開き読み上げた。
「それでは発表します……優勝者は……」
◆大会終了後
「お疲れさま。とりあえず終わったわね」
着替えの終わった百合子と架夜にエマはねぎらいの言葉を掛けた。
「うーん、やっぱハイカラさんは男の憧れなんですねー」
残念そうに架夜は大きくため息をつく。
「架夜。さ、帰るぞ」
着替えを袋に放り込み、朱姫はさっさと控え室から出ていこうとする。それを呼び止め、エマはにっこりと笑みを浮かべた。
「折角だから皆で食事にでもいきましょうよ。勿論、草間さんのおごりで。ね」
「あ、それ賛成!」
百合子は素早く声をあげる。架夜と朱姫も同意見のようだ。
「よし、それじゃあ決まりね。天音ちゃんの着替えが終わったら、皆でおしかけるとしますか」
「でも……草間さんが引き受けてくれるかしら?」
「大丈夫。手札はこちらにあるもの。必ず……おごってくれるわよ」
目を細め、エマは実に楽しそうに空を見上げた。
----おわり----
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 /性別/年齢/ 職業 】
0057 / 滝沢・百合子 /女性/17/女子高校生
0086 /シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家
+時々草間興信所でバイト
0550 / 矢塚・朱姫 /女性/17/高校生
0576 / 南宮寺・天音 /女性/16/ギャンブラー(高校生)
1037 / 護刀・架夜 /女性/17/忍者の末裔な女子高校生
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■ ライター通信 ■
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★ライターより
お待たせしました。
「ミスキャン・ジャッジ」をお届け致します。男性のエントリー参加がなかったのはちょっと残念でしたが(おい)お楽しみ頂けましたでしょうか?
シュライン様:巻き込まれついでにちょっと遊んでしまいました(笑)ちなみに最初の衣装のイメージはベルバラのオスカル様ということで。クールなお姉様にはきっとお似合いだと思うのですが、如何でしょうか。
それにしても。草間さんの女装姿をちょっぴり拝ませてもらいたいと思ったのは私だけでしょうか。誰かビジュアル化してくれないかなー……(まて)
それではまた別の物語でお会いしましょう。
今回のご参加、有難うございました。
谷口舞 拝
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