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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


コンタクト




 草間武彦がめずらしく自分で煙草を買って帰ってくると、興信所の応接机で零が何やら書き物をしていた。
「ただいま」
 草間が声をかけると零は顔を上げた。
「おかえりなさいお兄さん」
「なんだ?書類の整理でもやっているのか?」
「いいえ、違います。依頼内容をまとめているのです」
 零は目を閉じながら首を振った。そのしぐさを少しかわいいじゃないか、と思いながら草間は零の手元を覗き込んだ。
 覗き込むと草間は眉根を寄せた。
「…依頼って以前の依頼をまとめているのじゃないのか?」
「違います」
 また目を閉じて首を振る。
「これは、今日の依頼です」
「今日?」
「はい。先程お客さまが来られました。お兄さんによろしく、とのことです」
 草間を軽い目眩が襲った。
「もしかして。俺がいない間に依頼を受けたなどと言うんじゃないだろうな」
「はい。詳細を今、ここにまとめてあります」
 零から渡された書類に目を通して、さらに頭痛がしてくるようだった。

----- 
 みのる君がいたずらをして大入道に捕まってしまったので助けてほしい。大入道は身の丈七尺の大男。妖術を使う。大入道との勝負に勝てればみのる君を解放してくれる。自分達の妖力では歯がたたないのでお願いに来た。……中略……残りの報酬は大入道を倒せた後支払い。
-----

 要領が良い、とは言えない調書であった。みのる、という子供がどう捕まっているのか、そもそも大入道とは何なのか一切書かれていない。
「…さっき、詳細をまとめている、と言わなかったか?」
 震える声で草間は零に聞いた。
「はい。ですからこちらに」
 さらに続けて何か言おうと草間は口を開けたが、ふと空しくなり、しばし目を閉じた。
「大体、この「鄙尾(ひなび)」なんて村、俺は聞いたことないがな…」
「大丈夫です。駅まで行けば、村へはまこと君とただし君が案内してくださるそうです。ええと、駅から徒歩50分だそうです」
「徒歩50分?しかもこの駅だとかなり山奥だな…」
 一瞬、首を傾げた草間だった。今何かを聞き逃しはしなかったか。
「ちょっと待て。まこと君とただし君って、依頼人はもしかして子供なのか?」
 聞きたくはないが、一応確認しておかなくてはならない。
「はい。十くらいだとお見受けしました」
 零はこともなげにうなづいた。
「しかも残りの報酬だと?」
「はい。こちらに手付け金をお預かりしました」
 草間は苦い顔をした。
「手付けを貰っては無視するわけに行かないか…。で、向こうの連絡先は?」
 零はメモを指差した。
「連絡先は教えられないが、とにかくこちらの駅に行けば迎えに行くとおっしゃられました」
「行けば、っていつ行くのか連絡できないだろう?」
「大丈夫です。着けば分かるとおっしゃっていました」
「……。なにやら妙な感じがするな。」
 草間はそっと眉根に指を押しあてた。
「とにかく誰に頼むか報酬次第だな」
 草間は手付けが入っているという封筒を開けた。開けて封筒をさかさにすると、机の上へと中身をぶちまけた。零が目を見開く。
「これは…」
「零が受け取ったのは」
「確かに紙幣でしたと思います」
 机の上には幾枚もの葉っぱが散らばっていた。零が笑い出した草間を見上げる。
「お兄さん」
「ここまでが仕組まれているのか、それともただそいつらが未熟なのか。おもしろい。話に乗ってやろうじゃないか」
 草間は受話器を手にした。




 シュライン・エマ(しゅらいん・えま)が興信所のドアを開けると先客がいるようだった。入り口近くに居た、草間の妹、零に声をかけた。
「零ちゃん、こんにちは。どなたかお客様かしら?」
 零はシュラインの姿を認めると少し微笑んだ。
「こんにちはシュラインさん。はい。探偵の方がおいでです」
 零は独特の話し方で返事を返すと事務所奥の応接机の方を指差した。
「探偵?」
「はい。お知り合いのようでした」
「そう、ありがとう」
 シュラインは礼を言うと、応接机へと向かった。


 応接机へと近付くと目隠しから豪快な笑いが聞こえてきた。
「あはははっ。こりゃ絶対に狸だな。狸」
 龍堂・玲於奈(りゅうどう・れおな)は葉っぱを手にしながら爆笑していた。
「怪奇探偵・草間武彦の名は狸界でも有名だって?しかし良くこんな依頼受けたもんだな。あんたも物好きっていうかさ」
 からかわれている草間は憮然として煙草をふかしている。
「で、手伝ってくれるのか、からかいに来たのか、どっちなんだ」
「悪い悪い。もちろん手伝ってやるよ」
 ひとしきり笑うと玲於奈は手にした葉っぱを机に戻してソファにゆったりと背を預けた。
「武彦さん?」
 状況が飲み込めずにシュラインは声をかけた。目隠しから顔を覗かせたシュラインを見つけて、草間はほっとした、といった表情を見せた。
「やあ、君か」
「いったい何ごとなの?」
 言ってシュラインは草間の隣に腰掛けた。
 応接机には幾枚もの葉っぱが散らばっていた。
 草間の向いには体格の良い女性が座っていた。零の話では依頼者ではないらしい。
「こちらは?」
「あたしは龍堂玲於奈。街の掃除屋だ。まあ、なんでも屋だな」
 草間が答えるより早く玲於奈が自己紹介をする。
「同業者だよ」
 草間はシュラインに苦笑して見せた。
「あら。私はここで手伝いをしているシュライン・エマです」
「よろしくな」
 二人は軽く握手する。
「ところで武彦さん、この葉っぱは一体何なのかしら?」
「それだよ!」
 玲於奈がさもおかしそうに手を上げた。



「すみません」
「すんません」 
 事務所の入り口で二人分の声がした。草壁・さくら(くさかべ・さくら)と今野・篤旗(いまの・あつき)である。さくらは手に風呂敷を、今野は学校帰りなのか少し膨らんだ鞄を下げていた。
「いらっしゃいませ」
 零は二人に挨拶すると、草間へと報告に行った。
「お兄さん。またお客さまのようです」
「ん?依頼人か?」
「いいえ、違いますと思います」
「まあ、とにかくこっちへ通してくれ」
 心当たりがあるのか、草間はそう言った。
「はい。分かりました」
 零はうなづくと入り口の方へと向かった。

「誰かしら?」
 草間の隣に座っていたシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は首を傾げた。
「あたしの他にも誰かに頼んだのかい?」
 草間の向いでゆったりとソファに身体をしずめていた龍堂・玲於奈(りゅうどう・れおな)が草間に話し掛けた。
「ああ、もう一人暇そうな奴に声をかけてみたんだが」
 言いながら人影に気付き、草間が首を巡らせた。
「暇そうな奴って僕のことですか?」
 今野は心外だ、という顔をして立って居た。その横にいるのは風呂敷を持ったさくらだった。
「草間さん、武神より品物を預かって来ました。お受け取りいただけますでしょうか?」
 予想外の人物の来訪に、草間は姿勢を正す。
「ああ、これはどうも。まあとりあえずお座りください。今野もそこに」
 草間は手招きした。人口密度が高くなる。
 さくら、今野が座ると、入れ代わりにシュラインが席を立った。
「二人ともお茶で良いかしら?」
「お気づかいなく」
 さくらは親友ににっこりと微笑みかけた。
 


「で、これが前金だと渡された葉っぱなんだ」
 草間は封筒に入っていた葉っぱを皆に見せ、依頼の概要を説明した。お使いを届けに来ただけのさくらも、いつの間にか興味のある顔つきで話を聞いて居た。
「うわ、それ貉(むじな)や。貉とちゃうかな」
 今野がおもしろそうに声を上げた。
 それに同意するようにシュラインも言う。
「そうね、多分狐か狸ねその子達」
「でも大丈夫なのでしょうか、早く助けに行ってあげないと」
 さくらが一人、心配そうに呟く。
「場所がな、かなり山奥なんだ。今からだと着いたら夕方だろう。できれば明日の朝一番で向かってみて欲しいんだが」
 言って草間は玲於奈と今野の顔を見た。
「明日は土曜で講議もないし、ええですよ」
「いいよ。まあまかせときな」 
 きっぷよく玲於奈はそう言うとにやりと笑った。
「狸でも人でも困ってるんなら助けてやりたいからな。しかしわざわざそんな山奥から依頼に来るなんてな。…今度から狸界の電話帳にここの電話番号載せてやったらどうだい?」
「まだ狸と決まった訳じゃない」
 からかわれて苦笑すると草間は煙草に手を伸ばした。
「それにしても武彦さん、本当に良くこんな依頼受けたわね」
「…事情があるんだ。まあうまく解決できたら話すよ」
 シュラインに目配せしながら草間はそう言った。
「それじゃあ集合時間とか行動の概要を今から相談しましょうか」
「そうですね」
 今野がうなづいた。
 隣で、しばらく考えるようにしていたさくらが口を開けた。
「明日ですか…。皆さん、私も御一緒して構いませんか?」
「さくらさん」
 シュラインが驚いたように見返す。
「私、その子達に興味がありますわ」
「いいじゃないか。人数は多い方が心強い。楽しいしな」
 玲於奈が明るく言う。
「決まりね、じゃあ早速相談なんだけど…」
 シュラインの先導で救出計画は立てられていった。



 ガタゴトと列車は揺れる。開け放たれた窓からは明るい陽射しと、少しだけ冷たい、乾いた風が入り込む。山の空気は澄んでいる。土曜日の車内、街ではなく山へと向かう列車にはちらほらとハイカーらしき集団が見られた。
「良いお天気で良かったですわね」
 さくらは窓の外を眺めてそう言った。手には何やら大きい風呂敷包みを抱えている。
「本当に。なんだかピクニックにでも行く気分よ」
「シュラインさんも皆さんもなんや大荷物やなあ。一体何がそんな大きいんですか?」
 今野が女性陣を見回して聞いた。当の今野は斜がけのショルダーバッグ一つで、手ぶらという軽装備であった。
「あたしのはもちろん昼飯だよ」
 玲於奈が答えた。
「いざと言う時はあたしの力が必要になるかもしれないからな」
 玲於奈は常識を外れた怪力の持ち主であったが、力を使った後は大量の食料が必要になるのだ。
「私もお弁当です。うまく解決できたら皆さんで、と思って」
 さくらが嬉しそうに微笑む。
「私のは、昨日計画したあれよ。…今野君は随分と身軽そうよね。もしかしなくても荷物持ちの為の軽装なのかしら?」
「…はい。しっかりがんばらせてもらいますわ」
 薮蛇やなあ。今野は苦笑した。
 キキーッと列車の止まる音がした。
「スイッチバックね」
 シュラインが腕時計に目をやった。
「そろそろ目的の駅よ」


 
 その駅は無人駅だった。
 改札に置かれた切符入れに各々切符を入れると駅を出た。
 駅前にはごくこじんまりとした広場。小さな個人商店、転々と数えられるほどの民家があるだけだった。木でできたベンチが少し朽ちているのが見える。
「本当に辺鄙なところだな」
 玲於奈が思わず声を上げる。
 登山や観光が目的なら、きっともう少し上へと登るのだろう。なんとなく寂しい雰囲気のする所だ。
「鄙尾村、だったかしら。お迎えが来るという事だったけれど」
 シュラインが首を傾ける。駅に着けば迎えに行く、というなんとも適当な取り決めではあった。
「僕、ちょっとそこの店の人に聞いてきますわ」
 言うと、今野は両手に荷物を持ったまま店へと走り出した。
「案内板とかもないんだな」
 玲於奈が広場の方へと向かう。
 とりあえず移動することもできず、3人は今野の帰りを待った。
 ふと、さくらがかすかな音に気付く。
「あら。ほら、あの子達がそうじゃないでしょうか?」
 ごそごそとこちらへ向かってくる人影を指差しさくらが言った。手入れのされない草むらに二つ頭が覗いている。ちょうど聞いていた年格好である。
 そこへ今野が帰ってきた。
「お、多分あれが依頼人の子供じゃないかって言ってたんだけど」
 玲於奈が戻った今野に説明する。
「ああ、ほんまですね。それは良かった」
「良かったってどういうこと?」
 今野の言葉尻を捉えてシュラインが聞き返す。今野は苦笑いする。
「店の人の話では、鄙尾って村は大分前に廃村になったらしいんですわ。地名としては残ってても人は、住んでないそうです」


 着物を着た子供が二人、一同の前に姿を現した。二人良く似ている。
「あの…」 
「草間さんの所の人ですか?」
 二人はおどおどとそう言った。
「そうよ。えーと、まこと君、ただし君、ね?」
 シュラインはしゃがんで二人と目の高さを合わせるとそう言った。
「はい。こっちがただしで、僕がまことです」
 まことは自己紹介をしてみせる。
「結構礼儀正しいやん」
 今野が感心したように言うので、さくらは笑ってしまった。きっと今の文頭には「狸か狐の割に」と付くのだろう。
「とりあえず詳しいことは道々聞こうじゃないか。その村まで時間がかかるんだろう?」
 玲於奈の提案で一行は歩き出した。



 鋪装のされていない砂利道を歩きながら、草間興信所一行はまこととただしの話を聞いた。
 山道を行く子供達は何か見つける度に、やれあの栗の木がどう、だの、そこの草むらがどう、だの良く脱線した。脱線箇所を省くとおおよそこのような内容だった。

「僕らは大入道と一緒に住んでるの」
「みのるが大入道の大事にしていた壷を割っちゃったの」
「毎日床掃除させられてるの」
「一緒に遊べないの」
「謝ってもだめなの」
「毎日床掃除なの」
「大入道との勝負に勝ったら許してくれるって」
「でも僕らの力じゃ歯がたたないの」
「一緒に遊べないの」
「だから助けて欲しいの」

 横道にそれまくる話の概要をようやく理解した今野は呆然として足を止めた。
「それって」
 自業自得やん。
 そう突っ込もうとした今野の口を慌ててシュラインがふさぐ。
「ちょ、シュラインさん」
 くぐもった声で今野が抗議する。
「しっ。とにかく大入道のところへ連れて行って貰わないと話にならないでしょ」
 シュラインが小声で答える。横ではさくらが苦笑している。
「でも、誘拐監禁などではなくて良かったですわ」
 やはり小声でそう言った。
「ああ。でも力比べができなくなるのは残念だな」
 言いながら玲於奈が腕を振り回した。
 


 大入道の家。山道を歩いて来た一同はその邸宅を見て驚いた。およそ山奥にそぐわない、立派な屋敷だった。
「これは…」
「すごいな」 
 言葉をなくすシュラインと玲於奈の後ろで今野が呟いた。
「この屋敷は」
「え?」
 思わずシュラインが聞き返す。
 今野には温度を感知する能力があった。
「普通とちゃいます。屋敷の辺りだけ温度が低なってる。多分幻なんやろうけど、せやけど、こんなにはっきりと見えてるってことは」
「主は相当の妖力の持ち主ですね」
 今野の言葉にさくらが答えた。
「それにここは…」
 さくらが何か言いかけたが子供達がそれを遮った。
「こっちだよ」
「こっちこっち」
 二人は門の前で手招きしている。
「まあ、腹を括って大入道ってのに会ってみようじゃないか」
 玲於奈はそう言って歩き出した。
 残りの3人も後についていく。
 門をくぐると広い庭が続いていた。ただしとまことは既に屋敷の戸の前で手招いている。両開きの大きい引き戸だった。
 そこへふと戸が開き、戸の奥からは身をかがめるようにして、大男が現れた。
「ようこそ。お客人」
 良く通る声で話し掛けてくる。この大男がただし達の言う大入道だろう。妖怪、というよりは、ただ身体の大きい坊主のようであった。
「はじめまして。私共は…」
 シュラインが挨拶をしようとするのを手で留めて大入道が口を開く。
「いや、皆まで言わずともよろしい。全て分かっておる。悪戯坊主共が御迷惑をかけましたな」
 子供二人はきまり悪そうに一行の方へと駆け寄っていった。
「この人達がおじいを倒すんだからな」
 おじい?と、今野は首を捻る。
「ほう、それはおもしろい。どなたが相手になるのか知らないが、そう言うことなら道場の方へ行こうかの」
 大入道はさもおかしそうに笑って庭の奥へと歩き出した。
「行こう」
 躊躇する一行を玲於奈が促した。
 道場で手合わせできるなら予定通りじゃないか。
 玲於奈は拳を握り、気合いを入れた。



 板張りの道場の床はきれいに磨き上げられていた。きっとみのるという子供が毎日磨いているのだろう。みのるはまだ姿を現してはいない。
 道場の中心には大入道と玲於奈が立っていた。二人の間にお互いの気迫が目に見えるようだ。
 玲於奈は怪力の持ち主だが、それだけではない。猫のようにしなやかな俊敏さも彼女の武器である。
 お互いの力量を量るように、二人は睨み合い、ぴくりとも動かなかった。
 興信所の3人、そして子供2人の見守る中、どれくらいの時間が経ったのだろうか。睨み合う二人はもちろん、それをみつめる一同も身動きできないでいた。その場をただ静寂が支配する。唾を飲むことさえためらわれた。
 隙を見せたほうが負けだな。
 玲於奈は感覚を研ぎすませる。
 そのようにして、睨みあいが永遠に続くかのように思われた。しかし勝負はあっけなく、そして一瞬で決したのだった。
「おじいちゃん?ここなの?」
 幼い子供の声がして道場の戸が開けられた。現れたのはやはりここにいる子供達と同じ年格好の子供だった。きっとみのるだろう。
 みのるは道場の中心にいる二人を見、小首を傾げると駆け出した。いや、駈けようとした、と言う方が正しい。
 駆け出そうと足が床を蹴った瞬間、己が磨いた床で子供−みのるは足を滑らせた。キュっと床が鳴る。
 その場にいる誰もの意識がみのるへと向けられた。否、玲於奈を除いて。
 玲於奈は唯だ、対峙した相手にのみ神経を集中させていた。
 その彼女がこの機を逃すはずがなかった。大入道の隙をつき、すばやく踏み込むと玲於奈は全力を込めた拳を突き出した。
 パン!という鮮やかな響きが道場に鳴り響いた。
 玲於奈の拳は大入道の左掌によって弾かれた。大入道もまた、玲於奈から意識を外してはいなかったのだ。玲於奈の拳を受け、大入道は驚いたように口を開く。
「なかなかやりおる」
「そっちこそな」
 お互いに視線を交わしたその時、入り口から聞こえてきた鈍い音が停戦の合図になった。



 今野が転んだみのるのおでこに手を当てている。どうやら、打った所を冷やしてあげているようだ。
「よし、どや?さっきと比べて痛ないやろ?」
「うん」 
 みのるがうなづいた。
 普通の子供やんなあ。ほんまに狸とかなんやろうか?
 今野は目を細めてみのるを見た。
「今野君、ちょっとちょっと」
 そこへさくら、玲於奈と一緒に弁当を広げていたシュラインが手招きをする。
「何ですのん?」
 ついでとばかりにみのるを抱えて今野が近付いてくる。
「お弁当なんですけれど、きっと温めた方が美味しいものもあると思うんです」
 さくらが無邪気ににっこりと微笑んだ。
「あの。そういう神経使わんなあかんもんはちょっと、いやかなりしんどいんですけど…」
 今野が苦笑すると、そこへ勢い良く玲於奈の手刀が飛んだ。
「美女3人がこうしてお願いしてやってるんだろう?男のくせにぐずぐず言わない!」
「はあ。…善処しますわ」
 くすくすと笑うシュラインとさくら、そして大入道。停戦、あるいは仲直りということで、設けられた食事会の準備は和やかに進められていた。しかし今野に抱えられたままのみのるはさておき、ただしとまことだけは不服そうにその様子を見守っていた。
「ほら、あなたたちもこっちにいらっしゃい?」
 大方のセッティングが出来たところでシュラインが二人に気付いた。一瞬お互いに顔を見合わせて、こちらにやってくる二人にさくらが箸と取り皿を渡した。
 


 食事会は和やかに進められた。シュラインが用意してきた酒も振る舞われていた。実はこの酒はある計画の為に前もって準備されたものだったが、すでにその計画は意味を成さなくなっていた。
「美味しいなあ」
 今野が言う。さっきから玲於奈に負けず劣らず食べている。
「あたしのも食べてるか?」
 玲於奈が肩を叩く。
「ええ、美味しいわよ」
 シュラインが代わって答えた。
さくらが徳利を入道へと向ける。
「お酒はいかがですか?」
「うむ。いただこう」

 和やかに時が過ぎ、皆が今回の目的をすっかり失念した頃だった。まことが隣に座って居たさくらの袖をひっぱり小声で尋ねた。
「ねえ、いつ大入道をやっつけてくれるの?」
「まあ」
 さくらは驚いてまことを見つめた。
 子供達はまだ自分達の要求を通すつもりなのだ。
「どうしたの?」
 二人が何やら話しているのを目にとめて、シュラインが声をかける。
「実は………」
「あら、それなら最初の計画通りで行きましょうよ」
「え?でもあれは…」
「そうね、でもこう…」
 小声で秘密の相談が続いた。

「そこ、二人して何話してるんだい?」
 玲於奈が声をかける。
 シュラインは皆に分からないように玲於奈に目配せした。
「いいえ、何でもないのよ。それよりお酒はどう?足りている」
「ああ、ありがとう。でもまだ…」
 そこへシュラインが片目をキュっと瞑った。
 飲めってことか。
 玲於奈は察してコップを差し出す。
「今野君もどう?」
「え?僕はお茶で結構で…いたあ!」
 玲於奈が思いきり今野の背中を叩いた。
「美人がお酌してくださってるのに飲めないってのか?」
「玲於奈さんひょっとして酔ったはりますか?え?」
 今野もシュラインの合図に気付く。
 気付いて渋々とコップを差し出した。
「大入道さんも…。あら、そういえばお名前をお伺いしてませんね」
 ふとシュラインが気付いて尋ねてみる。
「名か。名とは呼ばれると途端に己を縛り付けるものだ。儂の事は大入道でよろしい」
「そうですか。それでは大入道さんも」
「うむ。いただこう」
 大入道へとシュラインが徳利を傾ける。と、杯半ばでようやく徳利が空になったようだ。
「よし」
 シュラインが無意識に呟き、さくらの方を見る。
 さくらはうなづくと口を開いた。
「大入道様。貴方は尋常でない妖力をお持ちだと、お見受けしましたが」
「うむ」
 ほろ酔いの大入道が軽く首を縦に振る。
「変化などもお手のものなのでしょうが、その徳利に入れるほどに小さくはなれないでしょう?」
「なるほど、おもしろい」
 大入道は盃を置くと立ち上がった。
「馳走の礼に、一興お見せしよう」
 言うやいなや、大入道はぐんぐん縮み、そのままシュラインの持つ徳利へ吸い込まれるように姿を消した。シュラインが左手に握っていた栓を閉める。
「すごい…」
 3人の子供達はひどく感心した様子である。
「ほんまにすごいなあ…」
「はあー…」
 今野と玲於奈も感心してその様子を見守った。

 もともとはさくらのアイデアでこの徳利は持ち込まれた。
 子供達の言う大入道がもし、性質の悪いものであったのなら、今の様に閉じ込めてしまえるように。

 シュラインが徳利を片手に子供達の方を振り返った。
「これで約束通り、大入道をやっつけたわよ?」
 言うと徳利を差し出した。子供達から歓声が上がった。
 3人は輪になって徳利を眺めていたが、やがて中にいる大入道へ向かって話し掛けた。
「もう出られないぞ」
 コンコンと徳利をつつく。
「助けて欲しかったらみのるを解放しろ」
「え?」
 当のみのるは事情をよく飲み込めていないようだった。
「ほら、もう掃除しなくていいか?って聞かなきゃ」
 ただしがみのるに促す。
「もう、掃除しなくていいの?」
「もう掃除しなくていいよな?」
「おい」
「おじいちゃん?」
 コンコンと徳利をこづきまわすが返事はない。
 しばらくその様子を眺めていたシュラインが微笑し、3人に声をかける。
「あなたたち何をやっているの?」
「えあ?みのるを、みのるを解放しろって」
 まことが当然だろう?という顔でシュラインを見返す。
「その徳利は私がさくらさんに頼んで用意してもらったものだけれど」
 シュラインは言ってさくらを見る。
「はい。それは中に入れた物を溶かしてしまう不思議な徳利なんです」
 さくらは笑顔を浮かべる。勿論、うそである。
 その言葉を聞いて、子供達は飛び上がり、顔面蒼白になった。どうしよう、どうしようと呟きながら徳利の周りをぐるぐるまわっている。
「あ!」
 小さく、今野が声を上げた。隣の玲於奈の肩をたたく。
「どうしたんだい?」
「あれ、あの子らの着物の裾…」
「あれは。…狸のしっぽだね」
 気が弛んだのか、それともそれどころではないのか、子供達の着物の裾からは紛うことなき狸の尾が覗いていた。 
 相変わらず子供達は徳利の周りでおろおろとしている。顔は今にも泣き出しそうだった。
 そんな様子を見て、心が痛んだのか今野が声を掛ける。
「シュラインさん、もう」
「そうね」
 今野にうなづくとさくらの方を見る。
「ええ、懲りたと思います」
「やっぱりなんだかんだ言っても子供だな」
 玲於奈も笑っている。
「少しきついお仕置きになったかしら?」
「いや、養ってくれてる人をやっつけろなんて言うからにはこれくらい」
「ふふふ。では仕上げと行きましょうか?」
 玲於奈が立ち上がり、子供達に近付いた。
「壷を割ったみのると掃除をさせる入道と、どっちが悪かった?」
 玲於奈は良く通る大きい声でそう聞いた。
 3人はびくっと振り向き、そして泣き声で答えた。
「みのる」
「僕ら」
「僕達」
「よし。それが分かれば上出来だ」
 玲於奈はさくらを振り返る。
「大きい声で呼べば、溶けて消えたものも戻ってくるかもしれませんよ?」
 さくらは優しく、そう言い徳利の栓を抜いた。
 子供達は慌ててその口へと向かって大声を上げた。
 


「泣きつかれたようだね」
 玲於奈はひざにまことを抱かえて頭を撫でた。シュライン、さくらの膝の上でも同じように子供が眠っていた。さくらも寝入るみのるの頭を撫でた。狸でも子供だと思うとかわいらしいから不思議だ。
「そのようだな。それにしても、おもしろい事を考えることだ」
 老爺がそう言った。
 子供達の呼び掛けに応えて徳利から現れたのは大入道ではなく、この老爺だった。帰って来た老爺に子供達は泣きながら謝った。
「いえ、それよりもお手伝い頂きまして。ありがとうございます」
 さくらが頭を下げた。
「ちょっとお灸が効き過ぎた気もするけどな」
 玲於奈が笑った。
「せやけど、普段はなんで大入道に化けたはるんですか?」
 今野が疑問を口にした。疑問、と言えば先程の変化にしてもそうだが、どうしてこの老人がそのような物に化けられるのか。まずそこが疑問ではあったが、そこは暗黙の了解という風に、誰も聞こうとはしなかった。
 老爺はしばし目を閉じると口を開いた。
「お気付きだろうが、その子達は子狸だ。親を亡くしたので儂が面倒をみておる。大入道は、親が良く化けていたようなのでな」
「お優しいのですね」 
 さくらが笑むと老爺は首を振る。
「さて、子狸共を怒鳴るのが楽しいのかもしれんて」
 場に朗らかな笑い声が響いた。



「すっかり長居しました」
 草間興信所からの一行は荷物をまとめると門の前で老爺に挨拶をした。老爺の傍には子供達が寝ぼけ眼で立っている。相変わらず着物の裾からしっぽが覗いたままだった。
「これを」 
 老爺がシュラインに包みを差し出した。
「確か、残金は依頼後、ということだったとか」
「あら」
 失礼かと思ったがシュラインは包みを受け取り、それを開けた。中には現金が入っていた。結構な額が入っている。
「それで、足りるのだろうか?」
「ええ…、十分ですわ」
 中身を見て驚くと、シュラインはそう言ってもう一度礼をした。
「では気を付けて。そのまま道なりに進めば人里へ出られよう」
「分かりました」
「さようなら」
「また」
 各々が口々に別れの挨拶をし、歩き出した。



 もと来た道を歩きながらシュラインがふと話す。
「このお金も葉っぱに戻る、なんてことないでしょうね」
「それは、大丈夫でしょう」
 さくらが確信を持つようにそう言う。
「なんでそうやと言い切れるんですか?」
「それは…」
 今野の問いかけにさくらが答えようとした時だった。
 ざあっと、一陣の強い風が吹き抜けた。木が撓んで葉を揺らした。
 思わずその風を追うように後ろを振り返った一同の目に、先ほどまで存在した屋敷は映らなかった。代わりにそこに在ったのは…
「鳥居…」  
 玲於奈がぽつりと呟く。
「じゃあこれはお賽銭なのね」
 シュラインが納得するように言う。
「せや、お稲荷さんや。あの爺さんはそしたら狐…」
 今野も自分に言い聞かせるようにそう言った。
 お稲荷さん、とシュラインがふと気付いてさくらに問う。
「さくらさん、もしかして貴女、初めから全部気付いていたのかしら?」
 妖狐たるさくらが気付かないわけがない。
 さくらは皆に笑いかけ、こう言った。
「折角施してくださった演出をばらそうなんて、不粋なことは出来ませんでしたわ」
「まあ、無事に解決できて良かったけどな」 
 玲於奈があっけらかんとそう言うとシュラインも
「そうね。無事報酬もいただけたことだし」
「楽しかったですしね」
「うん。ほんまに上手くいって良かった」
 一行は日が暮れてしまわないうちにと、駅へ向かって再び歩き出した。



「ただいま」
シュラインが事務所のドアを開けると、やはり零が出迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
 事務所の奥へと進み、草間の姿を見つけるとシュラインは報告を始めた。


「というわけで、これが残金ね。これは大丈夫、葉っぱじゃないわ」
 草間は苦笑した。
「ごくろうだったな。ごくろうついでに、報酬の振り分けも君に任せるよ。よろしく頼む」
「はいはい。分かりました」
 言ってシュラインは草間を見つめる。
「で?」
 草間は驚いたようにシュラインを見返す。
「で?とはなんだ?」
「この依頼を受けた理由よ。また今度話してくれるって言ってたじゃない」
「ああ。憶えていたのか」
 草間は仕方なく、自分が煙草を買いに出た隙に零が依頼を受けた事を話した。
 聞いてシュラインは溜め息をついた。溜め息をつくと立ち上がり、草間のデスクに隣接した棚の一番上の戸を開けた。そこには草間愛用の銘柄が3カートンほどあった。
「この間ここに入れておくわねって言わなかったかしら?」
「そうだったかな。…いや、やはり君がいないと…」
 敢えて最後までは言わない草間に、まったくこの人は。と思いながらも微笑んでしまうシュラインだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/ 26/
      翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0134/草壁・さくら  /女/999/骨董屋『櫻月堂』店員 】
【0527/今野・篤旗   /男/ 18/大学生        】
【0669/龍堂・玲於奈 /女/ 26/探偵         】

※整理番号順に並べさせていただきました。


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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマさん初めまして。
 この度は御参加どうもありがとうございました。
 設定や画像、他の方の依頼等参考に
 勝手に想像を膨らませた所が多々あると思います。
 イメージではないなどの御意見、
 御感想、などありましたらよろしくお願いします。
 
 それではまたお会いできますことを祈って。

                 トキノ