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壊れた季節の中で【完結編】
貴方が消えたあの日から、私の四季は止まっている――
◇
夢崎英彦は、窓からジッと庭を見下ろしていた。
屋敷の2階から3階へと続く大階段の踊り場にあるバルコニー。
(この殺人事件は、遠藤の自演ではないのか…?)
遠藤が発見された直後から直感していたそれを、もう一度自分の中で反芻(はんすう)してみる。
遠藤は死んでいない。よって、彼を殺した犯人など、はじめから存在しない。
そう考えた方が、すべての事柄がうまく繋がるのだ。
(だが、なぜこのような事を『仕組んだ』のか…その理由まではわからんがな)
動機に関しては、まだ憶測の域を出ない。
関係者の誰もが、尻尾を出しているようで出していないからだ。
近くに誰もいないのを確認して、英彦は舌打ちした。
窓を開けてバルコニーに出ると、心地よい風が吹きすぎる。
しばらくそこで思案していると、背後で窓を叩く鈍い音がした。
何事かと振り返ると、知人のひとりが窓の向こう――踊り場に立っている。
「…シュライン」
その美しき女性の名を呼び、英彦は肩をすくめた。
向こうから接触してくるとは、珍しいこともあるものだ。
「どう?解決しそう?」
暗い表情で問いながらバルコニーに出てくるシュライン・エマに、小さく笑みを返す。
「さて、ね。だいたいの見当はついているが、確証は持てないな」
正直に打ち明けると、私はさっぱりよ、とシュラインは苦笑した。
しばらく、ふたりの間に沈黙が流れる。
ややあって、シュラインが小さく呟いた。
「…かもしれない」
「なんだ?」
風にさらわれ聞こえなかったので、聞き返す。
シュラインは一瞬逡巡(しゅんじゅん)したが、手すりに身体を預け、はっきりと言った。
「武彦さんは、もう答えを知っているのかもしれない」
「…草間、か」
たしかに、さきほど情報交換のために集まったときに、そう感じさせるような態度をとっていた。
「少し、あいつと話をしたほうが良いのかもな」
英彦の言葉に、シュラインは無言で頷く。
「…一緒に行くか?」
「私は、もう少しここにいるわ」
「そうか」
いつも通り、にべもなく断られたことに何故か安堵してしまい、英彦は胸の内で苦笑した。
彼女には、いつも変わらず明るくいて欲しいものだ、と改めて思う。
◇
英彦が草間のいる客室を訪ねると、探偵はソファに埋もれるようにダラリと座っていた。
ずいぶんと疲労の色が濃い。
気遣うわけではないが、男同士――しかもシュラインをめぐる宿敵同士で顔をつき合わせているのもなんなので、単刀直入に用件を切り出した。
「貴様の知っていることを、全て俺に話せ」
「なんだ、唐突だな」
苦笑する草間を、キッと一瞥する。
都合が悪いとすぐにはぐらかす。短いつきあいだが、それがこの男の悪い癖だということぐらいは知っていた。
「答えにたどり着いているはずの貴様が動かないならば、代わりに俺が動いてやろうと言っているんだ」
英彦は草間の向かいのソファに座り、足を組んだ。
「だから、話せ」
「…わかったよ」
草間は困惑したような表情を浮かべていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
そして、彼の口から語られた話は、英彦の予想だにしていない話だったのである。
「少し、長い話になるが…」
◇
大学時代、草間武彦はあまり真面目な学生ではなかった。
学校に出てきても、たいてい中庭のベンチで煙草を吸っているか、サークル(友人に無理やり入れられた推理小説研究会、通称ミス研である)の部室で寝ているかのどちらか。
授業にはほとんど出席したことがなく、心優しき友人のノートだけが頼りだった。
そんなある日のこと。
『天高く』の言葉通り、澄み渡る青空の下、草間が読書をしながら煙草を吹かしていると、突然声をかけられた。
「おーい、武彦」
その声の主は、断りもなく草間の隣に腰を下ろすと、馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「あんまり本ばっかり読んでると、そのうち本になるぞー?」
「そいつは良い。なれるものなら、是非なってみたいね」
「そしたらオマエ、世界びっくり人間コンテストで優勝できるぜ」
「…の前に裕樹(ゆうき)、首が絞まってる」
こんな風に軽口を叩き合える程の仲なのは、このキャンパス内ではごくわずかであった。
サークルに入るキッカケを作ったのはこの男、尾藤裕樹(びとう・ゆうき)である。
入学してすぐに知り合い、気付けば大学にいる時間の大半を、この男と過ごしていた。
「ところで、どうなんだ?就活のほうは」
裕樹の拘束から逃れた草間は、本を閉じ、吸い終わった煙草を手近の灰皿に放り込む。
入学してから3年と少し。順調にいっていれば、就職活動も終わりに近づいている頃合いだ。
「まぁ留年続きの武彦には無縁な話だろーけど…」
「…五月蠅い」
からかうような口調の裕樹を一蹴して、草間は新しい煙草に火をつける。
その横で苦笑しながら、裕樹は大きくVサインを作った。
「小さい所だけど、芸能プロダクションに所属することが決定いたしましたー」
「そうか。良かったな」
裕樹は根っからの芝居好きで、役者を目指して上京してきた男である。
彼が演劇サークルに所属して、芝居に打ち込んでいる姿をずっと見てきただけに、所属先が決まってホッとした。
まるで父親のような心境だな、とひそかに苦笑する。
「ホント、武彦にも感謝してるよ。ありがとな」
「ああ。いつかお前が有名になったら、3倍くらいにして返してくれ」
「ははっ、任せとけって」
これから卒業論文の指導を受けると言って裕樹が去った後、再び草間は本を開いた。
取り立ててどこが好き、というわけでもないのだが、惰性で読み続けている作家の新刊である。
「『世界が罪と悲しみでできているというのなら――』」
ふいに、背後から、草間が読んでいる部分を朗読する者が現れた。
その存在に、気付いていなかったわけではない。
気付かない振りをしていただけだ。
「『私はもう、生き続けることは出来ない』――だって。あなたもそう思う、草間くん?」
その女性の名は、相沢縁(あいざわ・ゆかり)と言う。
「裕樹なら、研究室に行ったぞ」
「知ってるわ。あとで逢う約束、してるから」
彼女こそが、草間がミス研に入るハメになった『裕樹の』口実だ。
縁は童顔で、草間と同い年にはとても見えない。だが外見とは裏腹に、かなりしっかりしている。
そんなところが良いのだと裕樹は言うが、草間にはよくわからない。
「おまえは、就職決まったのか?」
視線を合わせようとしない草間の問いにも慣れた様子で、縁は笑った。
「私は、父の会社にいくから」
「そう、だったな…」
その時視界の端に映った縁の表情が、今にも泣き出しそうだったので、草間は思わず振り返る。
「相沢…」
だが、その言葉を遮るように、遠くから縁に声をかける者がいた。
「縁先輩!」
「…彼、サークルの後輩でね、近所に住んでる幼なじみでもあるの。じゃ、私もう行くわね」
後輩に手を振り返し、簡単な説明を残して縁も去った。
行き場をなくした右腕が宙をさまよい、苦笑する。
しかし、唐突に現れては唐突に去るこのカップルが、草間は嫌いではなかった。
裕樹と縁が卒業した2年後、ようやく草間も卒業論文なるものの制作を始めていた。
そのころになると、裕樹はテレビドラマにも良く出演するようになった。
草間はそういう方面には疎いのでよくわからないが、新人としては異例のスピードで若手トップクラスに登りつめたと、再履修のクラスで一緒になった名前も知らない少女が言っていた。
縁の実家である相沢貿易も、貿易会社として不動の地位を気付いていた。
そんな、ある秋の日の午後のことである。
『ユウガタ5ジ シリツコウエン ケンセツヨテイチ デ アオウ ユウキ』
相変わらず唐突に、裕樹からポケベルのメッセージが届いた。
市立公園の建設予定地とは、縁の家の近くにある広大な敷地のことである。
確かに、そこならば人気も少ない。
いまやトップスターの仲間入りをした裕樹も、お忍びでやってくるにはちょうど良いのだろう。
(久しぶりに会ってやるか)
ここ数ヶ月、互いの近況報告すらしていないことに思い至り、草間は出掛けることにした。
そのころには知人のツテで、ある興信所に住み込みでバイトをしていたので、所長に断って約束の1時間前に興信所を出る。
おそらく今日は縁も来ているはずだろう――そんな風に思案しながら、約束の場所にたどり着いたのは、待ち合わせ時刻のちょうど5分前だった。
いつも遅れがちな草間にしては珍しいことだ。
刺すような冷たい風の中、薄いコートの襟を掻き合わせて、裕樹を待った。
そして、『建設予定地』と表示してある低いフェンスに腰掛け、6本目の煙草が燃え尽きるころ。
「草間くん!」
予想だにしなかった方向―公園予定地の中から、縁が真っ青な顔をして走ってくる。
何かあったのは明白だった。
もともと生えている木々や、工事に使われる予定の機材などで遮られて、奥の方は見通せない。
「救急車…ッ、裕樹が、裕樹が…!」
「落ち着け、相沢」
「だって裕樹が死んでるのよおぉぉぅ…!」
最後のほうは、嗚咽にまじって聞き取れなかった。
死?裕樹が?
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。
その瞬間に、草間は駆けだしていた。
すっかり葉を落とした木々の向こう、凍える土に赤黒い血を流し、地に倒れ伏しているのは――
「裕樹…」
絞り出した声は掠れていた。
頼りない足取りで近寄り、流行最先端のファッションに身を固めた友人に触れる。
もうその体は冷たくなっていたけれど、割れた額からはいつまでも鮮血が流れ続けていた。
◇
草間から話を聞いた後、英彦はある場所へ向かった。
早い話、この事件の『犯人』のところである。
「こんにちは!」
ドアの前で『元気良く』挨拶し、扉が開くのを待つ。
少し待つと、目的の人物がドアの向こうから顔をのぞかせた。
「あら…どうしたのかしら、英彦くん」
それは、相変わらず不自然なまでの優しい微笑を浮かべる、相沢縁だった。
「僕、お姉さんとお話したいんだ」
「ふふ、私と?」
英彦が子供の『ふり』をしていると気付いていない縁は、怪しまずに部屋に入れてくれる。
礼儀正しく礼を言って部屋に入り、英彦は内心ほくそ笑んだ。
「それで、なんのお話かしら?」
ソファをすすめながら、縁は英彦の顔をのぞき込む。
(あまり引き延ばしても仕方がないな)
さっそく英彦は、本題にはいることにした。
「あのね、僕、遠藤のお兄さんに会いたいんだ」
「…英彦くん、遠藤さんは亡くなってしまったの。わかるかしら?」
途端に表情を曇らせる縁に、笑顔でさらに畳みかける。
「ううん。お兄さん、死んだふりをしてただけでしょう?」
「……!」
平静を装っているものの、ほんの一瞬、縁の目が大きく見開かれたのを、英彦は見逃さなかった。
「それで、お兄さんにそうしてってお願いしたのは、縁お姉さんだよね?このおうちの人みんな、お姉さんに頼まれて、遠藤のお兄さんが死んだように見せかけてる。違う?」
ここまでは英彦の推理通りである。
草間に確かめたところ、間違いないとのことだった。
「…どうして」
縁が口元を覆って、一歩後ずさる。
「どうして僕みたいな子供が、って思ってる?」
「あなたは、一体…?」
その言葉に、英彦は不敵に笑ってみせた。
「夢崎英彦。探究者さ」
縁が今回、この事件を仕組んだのは――要するに、草間への訴えだったに違いない。
草間の話を聞いて、英彦はそう推理していた。
かつて、自分の恋人である尾藤裕樹を殺害してしまった縁だが、そのことに気付いていながら、草間は何の行動も起こさなかった。
また、両親が相沢の名を使って、事件をうやむやにしてしまったのだろう。
そんな理由で、縁は今まで普通に生活してきた。
しかし、恋人を亡くしたその時から、縁の中での時は止まってしまっていたのだ――行く場所を失った罪悪感と共に。
それゆえに、公園の建設予定地を買い取り、その場所にこの『四季の館』を建て、草間を招いた。
草間に、今度こそ自分の罪を糾弾させるために。
「俺の推理は的中しているかな、縁お嬢さま?」
自分の推理を披露し、普段通りの口調にもどった英彦に、縁は観念したかのように微笑んだ。
肯定も否定もしないが、彼女は既に答えている。
「後は任せたぞ――草間」
英彦は、少し前から扉の外にいた草間に向かって呼びかけた。
火をつけていない煙草をくわえた草間が、姿を見せて頷く。
「ああ…あとは、俺と相沢の問題だな」
どこか清々しい表情の草間と縁を残し、英彦は部屋を立ち去った。
名探偵の出番は、これで終わりだ。
◇
四季の館を出ると、夕日が庭を照らしていた。
先程まで賑やかなパーティ会場だったはずが、今ではすっかり閑散としている。
暖かい春が来て、楽しかった夏が終わり、静寂の秋と眠りの冬へ。
まるで四季を1日で体験してしまったような錯覚にとらわれ、英彦は苦笑した。
(いつかまた――)
止まってしまった縁の季節が、動き出す日は来るのだろうか。
おそらく英彦がそれに立ち会うことはないのだろうけれど、あの女性がまた心から微笑むことが出来る日が来ればいいと、切に思った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0365/大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)/男/300歳/大学生】
【0375/小日向星弥(こひなた・せいや)/女/100歳/確信犯的迷子】
【0487/慧蓮・エーリエル(えれん・―)/女/500歳/旅行者(兼宝飾デザイナー)】
【0523/花房翠(はなぶさ・すい)/男/20歳/フリージャーナリスト】
【0555/夢崎英彦(むざき・ひでひこ)/男/16歳/探求者】
【0633/保月真奈美(ほづき・まなみ)/女/22歳/タッチセラピスト】
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■ ライター通信 ■
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たいへん永らくお待たせいたしました…!
担当ライターの多摩仙太でございます。
これにて『壊れた季節の中で』シリーズ完結と相成りました。
ほとんど全員の方に第1話からお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
今回は大きく分けて3つに話が分かれております。
いわゆるパラレルな展開なのですが、事件の本質的なところはすべて同じです。
また、2PCで会話している場面は、そのお相手の方の文章を読むと、その時の相手の感情などがわかるという…多摩仙太初の試みです(笑)
お暇なときにでも、他の参加者さんの文章を読んでいただけると、さらに楽しんでいただけるのではないかと思います。
ちなみに、事件の真相などではっきり書いていない部分(特に、草間の過去の部分でしょうか…)に関しましては、みなさんに想像していただいて、それが真相ということでよろしくお納め下さい。
また、どうしてもはっきりとした解答が欲しい場合には、私のホームページやテラコンのメールなどで質問して下さいませ。
ほとんど全員が『犯人』は見抜いていたようですが、動機に関してはやはり難しかったですね。
実を申しますと、続けていくうちに予定とかなり違う展開になってしまいまして(汗)
結果的には上手く完結したと思うのですが…いかがでしたでしょうか。
感想などなどお待ち申し上げておりますので、よろしくお願いいたします。
夢崎英彦さん。
【調査編】のプレイングの時点でかなり見破られていたので、内心あせりましたよ(笑)
さすが、名探偵は伊達じゃないですね…どうもありがとうございました!
次回は11月頃に新作を発表いたします。
詳細はホームページにてお知らせしておりますので、よろしければチェックしてみて下さいませ。
それでは、みなさま本当にありがとうございました。
心よりの感謝を込めて…。
2002.10.16 多摩仙太
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