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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


歪みを断つもの
++プロローグ++
 時計台の上から飛び降りた少女は、『世界を終わらせ、歪みを正す』と書き残してこの世を去った。
 マスコミは競うように彼女が死という手段をとって伝えようとした言葉の真意を探ろうとした。だが、いつしか真実はそれらの嘘や憶測の中に埋もれようとしていく。
 これは、そんなある日の出来事だった。

「本当のことが、知りたいんです」
 草間興信所を訪れた少女は、綾杉みのりと名乗った。彼女の着ている制服は、都内にある全寮制の私立女子高のものだ。
 元々ミッション系の学校であったらしいその学園は、礼儀作法などに力を入れているという、いわゆるお嬢様学校であった筈だった。そしてつい最近、学園内にある時計台にて自殺した生徒がいたという事件も記憶に新しい。
「学園内で……それもあの時計台に幽霊が出るっていう噂があるんです。みんなが言っています。あれは……あれは葉月の幽霊なんだって……!」
 時計台の上から飛び降りた少女の名は桐生葉月。
 彼女はみのりのクラスメイトであり、ルームメイトでもあった。
 そして葉月は、不思議な力を持つ少女だったのだという。
「葉月は、見えないものを見て、聞こえない声を聞くことができたんです。葉月はいつも言っていました。この力は大人になるにつれて、失われていくものだけれど、本当は私たちも――みんなが子供の頃に持っていたものだって。みんなは見ていたことを、忘れてしまっただけだって。あの葉月が、自殺なんて……」
 みのりの言葉によれば、葉月という少女は非常に優秀な生徒であるにもかかわらず、それを鼻にかけるようなことは一切なかった。そして、その独自の存在感から生徒たちにも、そして教師陣にも一目置かれるような存在であったのだと。
「葉月が生きているときは、みんな葉月の言葉を疑ったりすることはなかったんです。でも……」
「ちょっと待ってくれ」
 状況を把握するためには、もう少し話を整理する必要がありそうだった。そもそもみのりは、『本当のこと』が知りたいのだという。彼女の欲する真実とは何なのだろう。
 草間は幾つかの質問をして、状況をまとめる。

○時計台から飛び降りた少女、桐生葉月は『世界を終わらせ、歪みを正す』と書き残していた。
○葉月は見えないものを見、聞こえない声を聞くことのできる――いわゆる霊能力といった類の力を持っていると主張していた。
○最近になって時計台に幽霊が現れ始めた。葉月の持っていたとされる力が嘘だったのではないか? そんなことを話していた生徒の前に決まって霊が現れるのだという。

「私は知りたいんです。葉月は何を伝えようとしているのか。葉月の正そうとした歪みとは何だったのか――そして、もしも時計台に現れる幽霊が葉月なのだとしたら、何故生徒たちを怯えさせるのか……いいえ、そもそもその霊とは葉月なのかどうかを」
 草間はふと、依頼内容がまとめられた書類のファイルを開く。『時計台の幽霊』に関する依頼――すぐに目当てのものを見つけ、彼はその書類を抜き出してしげしげと内容を眺めた。
 それは、みのりが通う学園の学園長からの依頼だった。時計台に現れる幽霊について――生徒たちの噂だけに及ばず、実際に学園長が動いているとなると、学園側もこの幽霊騒ぎを重く見ているようだ。それに草間の記憶によれば、この校長という男は依頼内容を語るときも終始びくびくと怯えた様子で、どこかひっかかるものがあった。
 みのりは震える手を握りしめながら言った。
「私と葉月は親友でした。だから、尚更に知りたいんです。葉月がどうして――あんなことをしたのかを」

++来訪者たち++
 都心から二十分ばかり電車で揺られ、さらに駅前からただひたすらに真っ直ぐ、電車で揺られたのと同じほどの時間を歩いた末に、問題の私立北条学園があった。駅からのバスの本数もあまり数がなく、タクシーそのものもあまり見られないために結果的に徒歩で訪れるほうが効率がいい。
 学園は色の古びた煉瓦の壁で周囲を取り囲まれている。そして正面には、鉄製の門があった。それは中央が一番高いアーチ型をしており、ところどころに蔦を模した彫刻が施されているためか、あまり重苦しさを感じさせない華奢な印象を見るものに与える。
 正門から真っ直ぐに進むと、まずは日頃授業が行われている校舎が目に入る。校舎は上から見るとちょうど逆さにしたT字型をしていた。その突き出た部分には、図書室や特殊教室の類が並んでいるのだという。
 そしてT型の突き出た部分の先端から、さらに渡り廊下を通った先に学生寮があった。時計台は、学生寮に向かって渡り廊下を歩くと丁度右手に見える。
 誰に許可を得るでもなく、勝手に学園内に入り込んだ挙句にあちこちを散策していた村上・涼(むらかみ・りょう)は、渡り廊下の途中で立ち止まると、時計台のほうを指し示す。
「あれじゃない――あの高さから落ちれば、そりゃあ死ぬわよねぇ」
 涼に声をかけられた学生服の少女の名は、月杜・雫(つきもり・しずく)。この校内で初めて雫に出会ったときは、ここの生徒なのだろうかと思ったものだが、よくよく話してみると彼女もまた草間興信所にて、時計台の幽霊についての依頼を知ってやってきたのだという。
 涼は彼女よりも早くこの学園内をうろついていたために、多少ではあるが校内の構造を理解していたので、雫を時計台まで案内していたのだ。
 雫はしばし、放心したようにじっと時計台を見上げていたが、やげて緊張からか――ごくりと喉を鳴らすと数歩歩き出した。
 そして、思い出したように立ち止まり、涼のほうを振り返るとぺこりと一礼する。
「行ってみます。もしかしたら、葉月さんと話をすることができるかもしれませんから」
 雫は、霊と対話することのできる力があるのだという。
 それを聞いたときに、涼が思い出したのは時計台から飛び降りたという少女――葉月のことだった。
「ねえ……『見える』ってことは、幸せなことなのかしら、それとも――」
「見える者にも、苦悩も幸せもあるでしょう。見えない者にも、苦労や幸せはあるのだと私は思います。それぞれの場所でそれぞれの幸福を見つけることはできるでしょう。けれど、そのどちらかが幸せなのかは、私には答えられないんです。私は、『見える』景色しか知らない。当たり前のようにその世界で生きてきましたから」
 ならば、それは多分自分も同じなのではないかと涼は思う。
 雫にとって『見える』景色が当たり前のものだったように。
 自分にとっては『見えない』景色こそが当たり前のように広がっていた。
 そこには多分、とてつもない壁があるのだろう。そしてその見えない壁の間で、悩み、傷ついていくものたちがきっといるのだ。
「どうかしましたか?」
「――なんでもないわ。キミは時計台に行くのよね? 私もちょっと野暮用をすませたら行こうと思っているから、後で合流する? 一人でふらふらするのも不安ではあるし」
 涼の申し出にはにかんだような笑みを浮かべつつ、雫が頷く。
 渡り廊下を、学生寮とは反対側――校舎の方向へと戻りながら、涼がふと振り返ると、雫は時計台に向かおうとしていた。
 どこに、意味があるのだろうか?
 そして葉月は何に悩み、何を正そうとしてあの場所から飛び降りたのだろう――?

++学園長++
「学園とか学校とかっていうのは、かなり特別な場所だと思うんです。ましてや全寮制を売りにした隔離された場所では、幽霊話の一つや二つあったところで当然、という態度が大人の態度ではありませんか?」
 草間興信所に依頼をしてきたのは綾杉みのりだけではない。
 この学園の学院長が直々に、草間興信所を訪れているのだ。しかも、その時の様子はかなりおどおどとしていたと聞く。たかが学園内の噂に対して過敏に反応する学園長は何かを隠しているのではないかと、そう考えた涼は職員室にて、問題の男と対峙していた。
「……しかし、あまりに生徒たちが怯えるので、これは放置しておけぬ問題であると……」
「そうじゃあなくて、何か心当たりがあるんでしょう? 生徒が噂話に怯えているだけで探偵に依頼をする学園がどこにあります? 静観すべき大人が生徒たちの恐怖を煽るようなことをするのが得策であるとは思えません。なにかの理由があると考えるのが当然でしょう」
「…………」
 詰問に対し、学園長はソファに座ったままで沈黙している。じっと、腕を組んだ涼は、学園長のどんなささいな動きも見逃すまいと視線を向けている。既に残っている教師もいないのか、職員室には涼と学園長の姿しかない。
 だが、そこに新たな人物が現れる。
 がらりと、横開きのドアを開く音を響かせて現れたのは一人の男。
 男は職員室に足を踏み入れると、真っ直ぐに二人の元へと歩み寄り、そして座ったままの学園長を見下ろした。
「なにか隠し事をされているようですね、学園長」
 どうやら男は、涼と学園長の会話を聞いていたようだ。そうでなければ、このタイミングでこの問いを発することができる筈がない。
 学園長が何かを恐れているのは、そのおどおどした態度からも明らかだ。そして草間興信所に依頼してきた内容からも、『何か』が葉月の幽霊であることは容易く想像できる。
 もしも、校長が幽霊を恐れているのであれば、それには原因がある筈なのだ。
 じっと、自分の膝の上で両手を組んだ学園長の手が、僅かに震えているのを涼は見逃さなかった。それを指摘してやろうと彼女が口を開きかけるが、それは男が学園長へと向けた言葉により行き先を失った。
「葉月と、学園長の間には何があったのかお聞きしたい。情報を正しくいただけないのであれば、俺たちはもうこれ以上この件にかかわることはできません。霊が現れるには原因がある。原因が分からなければ解決しようのないものを解決しろと言われても困ります」
 にべもなくそう言い切ると、男は涼の腕をつかんで歩き出す。自分の意思を無視され、職員室から立ち去るはめになりつつある涼は、腕を振り払おうと必死に抵抗するが、憎らしいことに腕をつかむ力はまったく緩む様子はない。
「……ちょっと! 邪魔しないでよ!」
「押して開くドアを引いても開きはしないさ」
 男の囁きに、涼が首を傾げる。そしてその隙に、男が涼ともども職員室を後にしようとしたその時だった。学園長が慌てた様子で立ち上がる。
「……ま……待ってください! 全て……全て話します」


「桐生くんから、『嘘をつきつづけるのは辛い。けれど、友人達もいつか自分から離れていくのではないかと思うと、どうしても本当の自分を見せることができない』……と」
 震える手を握り合わせた学園長は、じっと自分の足元に視線を注いでいた。
「それって、『見えないものを見る力』ってこと?」
「はい……そして、相談を受けた私はそれを彼女の担任に告げてしまいました。判断と対策を担任に任せたことは失敗だったのかもしれません。何より、私が担任にそれを告げているところを生徒に聞かれてしまったことにより、桐生くんは少しずつ、追い込まれていきました。自分のついてきた嘘というものによって、少しずつ、桐生くんは――……」
「その時に、学園側は何か対策をとったのですか?」
 男の質問に、学園長はしばし沈黙した末に首を横に振った。
「……いいえ。私は、何も……」
「じゃあ何!? 葉月が死んで自分に復讐するとでも思ったから、だから依頼してきたっていうの? ただ単に自分の身が可愛いだけ!? 生徒たちに葉月の嘘がバレた時点で何らかの対策をとれば、そもそも葉月は死ななかったかもしれないのよ。葉月の死をただ見ていただけのくせに……ちょっと邪魔しないでよ!!」
 学園長に食ってかかっている涼の腕を、再び男が掴む。そして学園長を置き去りにしてその場を後にしようとした。
 ばたばたと暴れる涼を職員室から連れ出すのは、なかなかに骨の折れる作業だろう。だがやがて男は小さくため息をつくと、彼女を連れ出すのではなく、言い聞かせることに方向転換をしたらしい。
「おまえは草間興信所の依頼を受けてきたんだろう。ここに?」
「そうよ」
「ならば、あんな男にかかずらっている時間はないんじゃないのか?」
「――そういうキミ一体誰よ! そもそも腕離しなさいよ腕を!!」
「ああ。悪かったな――俺は久我・直親(くが・なおちか)。おまえは?」
 不承不承ながらも、涼は名乗った。そして直親もまた葉月の霊に関する調査に来たということを知ると、その後二人は雫と合流し、時計台に向かうこととなる。

++再会++
 最終的に時計台に集まったのは涼と直親、そして学園内で涼が出会った少女、雫。
 そして直親と顔見知りらしい知的な印象の少年、雨宮・薫(あまみや・かおる)と、直親と薫の共通の知人であるというシュライン・エマ(しゅらいん・えま)と名乗る女の、合計五人だった。
 ふと横を見ると、雫は降り始めた雨にそっと手をかざしている。
 学園長はもう涼の目の前にはいない。目の前にいれば当り散らすなりできるのだが、現状では難しい。涼はやり場のない怒りをぶつける相手として、渡り廊下の柱を選択した。てい、と蹴りをいれると、多少ながらもすっきりした気がしないでもない。
 さらにもう一発、と涼が足を踏み出しかけたところで直親がそれを止める。
「気持ちは分かるがな。暴れるのはどうかと思うが」
「気持ちが分かるなら放っといて。あのオヤジを殴れないぶんをこうやってストレス発散してるんだから。それとも蹴られたい? 変わりに蹴られてくれるの?」
「それは遠慮する。なんなら今から戻っていって学園長を蹴ってきたらどうだ?」
「あんなオヤジに手も触れたくないわ」
 学生寮で話を聞いていたという薫たちの話によれば、葉月の能力が疑われるようになったのは教師たちが話をしているのをたまたま生徒が聞いていた、といったことが原因であったらしい。
「葉月さんは、『皆に注目されたい』という理由から自分に特殊な力があるという嘘をついてしまったんです。けれど、嘘を重ねるうちにそれが苦痛になってきた……そして、学園長に相談をしたのですが、たまたまそれが生徒に漏れてしまったそうです……」
 ここにやってくる道中で、直親や涼から話を聞いた雫が小声で言った。穏やかな印象を与える雫であったが、そんな彼女にとっても学園長の『何もしなかった』という対応は釈然としないらしい。
「それなら自分でちゃんと責任取ればよかったのよあのオヤジが。その時点ならまだ幾らでも、葉月を救う手段はあったはずでしょう。それなのにあのオヤジはどうしたと思う? そしてどうして草間興信所に時計台の幽霊に関する調査を依頼してきたと思う? ああ嫌。もう同じ空間の空気吸ってるのも不快だったわ」
 涼は気持ちいいほどに自分の感情を隠そうとはしなかった。そんな彼女の様子に、直親が頷いて見せる。
「信じられないことだが、学園長はなにもしなかった。葉月が死に、彼女を疑ったものたちの前に霊が現れると知って、葉月が復讐をしようとしていると考えた。そして――」
「自分が危険になって初めて、草間興信所に依頼してきたということか」
 薫が顔をしかめるとシュラインが歩き出す。時計台に向かって。
 雨は強く彼女の体を濡らしたが、それに構うことはなかった。そして、ふと薫のほうを振り返る。
「式は、あそこにいるのね?」
「ああ――」
「一体呼び戻して。武彦さんが依頼を受けたときに、学園長のデータもとっていたはずだから、それも使うわ。それを、学園長に見立てましょう。写真があれば大丈夫?」
「やってみないと分からないな。姿さえ似ていれば問題ないのか?」
「声は、私の得意分野よ――外見さえ似ていれば何もいらないわ。そう、何もね」

++世界は残酷に++
 歯車が回る音と、激しい雷雨の音が交じり合った中、涼たちは時計台の中へと足を踏み入れた。そこには巨大な時計を動かすための歯車の数々と、その中にひっそりと隠れるようにして、上へ上へと続く階段があった。
「一人でいたくないなんて感情は、きっと誰にだってあるわ。だからといって『特別な力がある』なんて安易な嘘をつくのもどうかと思うけれど」
 シュラインの後には、校長の姿をした式が無言で階段を上がり続けている。おそらくシュラインは、ああやって葉月の霊を挑発することで、葉月を呼び出そうとしているのだろう。
 そして、涼と同じく雫もまたシュラインの真意に気づいたようだった。
「夕方、私もここで葉月さんの霊に話を聞きたくて語り掛けてみたのですけれど、結局会えなかったんです。『葉月さんの力を疑う人のところに霊が現れる』って、みのりさんも言っていましたから。多分シュラインさんはああやって葉月さんを呼び出そうとしているのではないでしょうか……?」
 シュラインの背に視線を注ぎながら、直親が頷いた。
「そうか……とにかく出てきてもらわないことには話しにならないからな」
「葉月さんの願いが、私に出来ることならばいいのですけれど……」
「見ろ。あれが桐生葉月だ」
 ようやく、シュラインの言葉に葉月の霊が現れたようだった。
 みのりが着ていたものと同じ、セーラー服を着込んだ少女の霊――真っ直ぐな髪と、精巧に作られた人形のような顔立ちは、確かに人をひきつける『何か』があった。空気感とでもいうのだろうか? 女子高生にありがちな浮ついた様子は微塵も感じられず、あらゆるものを遠い高みから見下ろすような達観した眼差し。
 けれど、その眼差しが学園長の姿を捉えた途端、感情を――それも憎しみをあらわにする。美しい顔を歪ませた葉月の髪がふわりと揺れた。外に続く小さな小窓が、次々に音を立てて割れていく。
「葉月さん……待って、憎しみに捕らわれては駄目です。その方法は、その方法では何も変わったりしません!」
 風が吹き込んでくる中で、雫は懸命に葉月に呼びかけた。だが葉月はその声には耳を貸そうとはしない。
 時計台の中を照らしていた小さな電球たちが破裂する。思わず耳を塞いで雫がその場に座り込むのと、直親が雫に上着をかけてやっているのが目に入った。
 そして、涼が新たな人物の出現を悟ったのはその直後だった。
「……キミ、なんでこんなところにいるの!? 戻りなさい」
 そう、そこに現れたのは綾杉みのりだった。たった一人でここまでやってきたらしいみのりは、緊張からかうっすらと額に汗が浮かんでいた。だが、涼の言葉にみのりは首を横に振る。
「戻りません」
「彼女は、キミにだけはこの姿を見られなくはなかったのよ。彼女の選んだ手段は確かに間違いだらけだったかもしれないけれど、彼女が最後まで守りたかったものくらいは、守ってあげてもいい筈。だから……」
「葉月がどんな嘘をついていたって、友達は友達です。それに本当のことを知りたいと言ったのは私自身ですから」
 みのりはじっと葉月に視線を注いでいた。逸らされない視線に、物静かなみのりの中にある芯の強さが見え隠れしていた。自分に寄せられている思いに、みのりのこれだけ真っ直ぐな感情に、何故葉月は気づかなかったのだろう?
 たとえ葉月が嘘をついていたとしても、そのくらいのことでみのりは葉月の元を去ったりはしなかっただろう。ただの女子高生であるみのりが、ただ一人で夜――幽霊が現れると噂される時計台にこうしてやってくる。どのくらいの恐怖があっただろうか? それでも、みのりはやってきたのだ。葉月のために。
 葉月がもう少しだけ、勇気を出せば彼女は自ら命を絶つような必要はなかったのだ。
「あんたがやりたいのは、こいつに対する復讐でしょう?」
 シュラインが指し示したのは、学園長の姿をした式だった。
 割れた電球や、ガラスの破片が音もなく宙に舞い上がる。
「やめろ!」
 薫の制止の声には構わず、それらの破片が真っ直ぐに学園長へと切っ先を向けた。そして次の瞬間、数え切れないほどの破片が学園長を切り裂く――だが、もともと式であったそれは、白い紙片となってゆらゆらと地面に落ちていくだけだった。
 そして、学園長が偽物であるのを察した葉月の怒りは、シュラインへと向けられた。
 床に突き立ったガラスの破片が音もなく、再び宙に舞い上がる。直親と薫が緊張した面持ちでシュラインを庇うべく駆け寄ろうとしたが、破片が動き出すほうが僅かに早いようだった。心の中で直親が舌打ちをする。
 その時、雫と涼に守られていたみのりが、駆け出した。


「だめだよ葉月! もうやめて!」


 その時初めて、葉月はみのりの姿に気づいたようだった。怒りと憎しみに歪んでいた表情が、生来の彼女のものへと戻る。葉月は、悲しそうな笑みを見せた。
 葉月にとってみのりは大切な友人だった。そして大切であったが故に、葉月はみのりに自分の真実の姿をさらせなかったのではないだろうか? 誰でも、自分の大切な人には、自分の良いところだけを見て欲しいと思うものだ。それが不可能であると知りながらも――。
 本当の姿を見せたら、失われてしまうのではないだろうか?
 そんな恐怖に怯えながら完璧な自分を演じ続けなければならなかった苦痛。それにも増して、相談した学園長が原因で葉月の力が嘘であるという噂が流れたとき、彼女は何を思ったのだろう?
 結局彼女が選んだのは、死によって自分の人生を、世界を閉じてしまうことだった。
 そして、彼女を裏切った学園長を――彼女の能力を疑った歪みである人物達に復讐をしようとしたのだ。歪みを正すために。
 皆が沈黙して、みのりと葉月を見守る中で、最初に動いたのはみのりだった。
「……葉月が嘘をついてたことなんかどうでもいい……そんなことより、私達の部屋に今葉月がいないことのほうが、もっと……ずっと辛いよ」
 透明な涙が、みのりの頬を濡らす。
 葉月が、自分の生を終わらせることさえしなければ、まだやり直しはできたはずなのだ。
 けれどもう遅い。彼女はもう自ら死を選んでしまった後なのだ。
 怒りよりも、何故か悲しみの方が上回っていた。どうにもならないことが分かってしまっているが故の、これは苛立ちなのだろう。
 涼がぎゅっと拳を握り締めながら、葉月と対峙する。
「キミが終わらせなければならなかったのは、理想の自分を演じ続けることよ。本当の歪みは、キミが憎んだ他者の中にあったわけじゃなく、キミ自身の中にあった。多分、それって誰にでもあるものだわ――キミは自分が死ぬことを、世界が終わらせるなんて書いたけれど、人一人が死んだって世界は残酷に存在し続ける。キミが死んでも、世界は変わらないし、何も変わらない。世界は終わったりはしないのよ。世界はただ一人のためには変わったりはしない。自分が、変わるしかなかったのに」
 その場にぺたんと膝をついていた葉月の霊が、ゆっくりとした様子で涼を見上げる。
『生きていれば、変わったのかしら。今はもうできないけれど、もしあの時、別の選択をしていたら――……』
「生きていれば、多分ね」
 葉月はみのりのほうを見た。泣いている彼女が痛ましい。けれどそんな顔をさせているのはほかでもない葉月自身だった。
『ねえ、みのり。私は嘘をついていたし、最後まで本当のことは言えなかったけれど――』
 手を伸ばす。頬に触れようとした指先はするりとみのりの体をすり抜けてしまう。触れることすらできない――これが、自分のしてしまったことなのだ。
『ねえ、みのり……』
 最後に小さく囁かれた問いに、みのりはこくりと頷いた。
 時計台の時計の針がちょうど12時を示す。夜には鳴らない学園のチャイムが、まるで葉月の消滅を悼むように学園内に響き渡った。


『本当のことは言えなかったけれど、でも……友達だって、思ってくれて。泣いてくれて、ありがとう。ごめんね』


 葉月の最後の言葉が、チャイムの音にかき消される。けれどそれは間違いなくみのりには届いたのだと、涼たちは思った。

++エピローグ++
 その後、時計台に現れるという霊はぱったりと目撃されることはなくなった。みのりの言葉によれば、今だ葉月に関する噂は生徒の間で囁かれてはいるのだという。
「葉月が語ってくれる不思議なものの話は、とても綺麗で感動したのを覚えています。葉月は見えないものを見る能力はなかったのかもしれないけれど、でも人を感動させる才能はあったんだから、それでいいんです。今も、ずっと前から葉月は私の友達でした。それは変わらないんですから」
 みのりは事件が終わった時、時計台で皆に向かってそう告げた。
 生徒たちはいつか、時計台の幽霊のことを忘れてしまうだろう。ごくごく一部を除いて。
「シケた顔してるわね」
 直親の顔を間近で覗き上げながら涼がいうと、そうか? と曖昧な言葉が返ってきた。
「納得いかないという顔ですよ」
 雫もやはり、涼と同じ感想を抱いているらしい。
 おそらく彼は、葉月のことを今だ思い悩んでいるのだろう。
 だが、葉月は決して不幸ではないのだと、涼は思う。
「葉月には理解者がいるもの」
 涼が答えたのはそれだけだった。雫と涼は、視線を合わせ笑みを交し合っている。
 見える景色しか知らない雫も、見えないことが当たり前の世界に生きる涼も、完全に葉月のことを理解することはできないだろう。だが、見える者にも見えない者にも、不幸はあるし幸福はある。それらは、それぞれの世界に避けがたく存在するのだから。
 けれど、葉月が一人ではないなら。
 彼女は不幸ではないのだ。彼女が最も恐れたのは『孤独』なのだから。
「みのりのことか?」
「そうです。生徒たちは葉月さんのことを噂するかもしれません。けれど葉月さんの本当の姿はみのりさんがちゃんと知っているし、みのりさんは決して葉月さんのことを忘れないから、だからきっと最悪の結末ではないと思うんです。だって、葉月さんが一番恐れいていたのはきっと、自分の本当の姿を知って、みのりさんが離れていってしまうことだった――けれどみのりさんは、葉月さんの嘘を知っても、それでも友達だって言いました。だから、最悪の結末じゃあないんです」
「分かってくれる人が一人でもいる限り、そう悪いもんじゃないわ。きっとね――」
 三人は駅に続く道を歩いている。この時間では、おそらく駅についたとしても電車はないだろう。
 駅までついたとしても、タクシーは捕まらないだろうし、始発を待つくらいしか手はない。どうやって家に帰ろうか、などと雫と話していた涼の耳に、少し離れて後をついてくる直親の小さな呟きが聞こえた。
 おそらく、彼はそれが彼女たちの耳に届いているとは思っていないだろう。ならば、聞こえていないフリをしてやるのもいいかもしれない、と涼は無言で唇の前に人差し指を立てて見せた。沈黙の合図に、雫も彼女の意思を察したらしく、くすぐったそうな笑みを見せて頷く。
 もうすぐ日が昇る。
 学園は昨夜時計台で起きた事件など知らない生徒たちが朝の挨拶を交わし始めるだろう。


『――ありがとう、ごめんね……』


 あの時の葉月の声が、ふと涼の耳を掠めていく。
 それはもしかしたら、葉月が残した、涼たちに対する謝罪なのかもしれない。


―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0112 / 雨宮・薫 / 男 / 18 / 陰陽師。普段は学生(高校生)】
【1026 / 月杜・雫 / 女 / 17 / 高校生】
【0095 / 久我・直親 / 男 / 27 / 陰陽師】
【0381 / 村上・涼 / 女 / 22 / 学生】

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■         ライター通信          ■
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 始めまして。久我忍です。
 今回は五本の物語を書きました。
 それぞれストーリーの流れは同じですが、PCの行っていた行動が違うように、全く同じという物語は存在しません。
 自分のところに納品される物語だけでも楽しめるようにと気をつけて執筆しておりますが、他の人に納品された物語に目を通して見ると、自分のPCが他のキャラクターからどんなふうに思われているのかといったことが分かったり、といった新たな発見があるかもしれません。

 では、今後もまめに依頼文をアップしていく予定です。どこかで見かけたら、どうぞよろしくお願いします。