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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


歪みを断つもの
++プロローグ++
 時計台の上から飛び降りた少女は、『世界を終わらせ、歪みを正す』と書き残してこの世を去った。
 マスコミは競うように彼女が死という手段をとって伝えようとした言葉の真意を探ろうとした。だが、いつしか真実はそれらの嘘や憶測の中に埋もれようとしていく。
 これは、そんなある日の出来事だった。

「本当のことが、知りたいんです」
 草間興信所を訪れた少女は、綾杉みのりと名乗った。彼女の着ている制服は、都内にある全寮制の私立女子高のものだ。
 元々ミッション系の学校であったらしいその学園は、礼儀作法などに力を入れているという、いわゆるお嬢様学校であった筈だった。そしてつい最近、学園内にある時計台にて自殺した生徒がいたという事件も記憶に新しい。
「学園内で……それもあの時計台に幽霊が出るっていう噂があるんです。みんなが言っています。あれは……あれは葉月の幽霊なんだって……!」
 時計台の上から飛び降りた少女の名は桐生葉月。
 彼女はみのりのクラスメイトであり、ルームメイトでもあった。
 そして葉月は、不思議な力を持つ少女だったのだという。
「葉月は、見えないものを見て、聞こえない声を聞くことができたんです。葉月はいつも言っていました。この力は大人になるにつれて、失われていくものだけれど、本当は私たちも――みんなが子供の頃に持っていたものだって。みんなは見ていたことを、忘れてしまっただけだって。あの葉月が、自殺なんて……」
 みのりの言葉によれば、葉月という少女は非常に優秀な生徒であるにもかかわらず、それを鼻にかけるようなことは一切なかった。そして、その独自の存在感から生徒たちにも、そして教師陣にも一目置かれるような存在であったのだと。
「葉月が生きているときは、みんな葉月の言葉を疑ったりすることはなかったんです。でも……」
「ちょっと待ってくれ」
 状況を把握するためには、もう少し話を整理する必要がありそうだった。そもそもみのりは、『本当のこと』が知りたいのだという。彼女の欲する真実とは何なのだろう。
 草間は幾つかの質問をして、状況をまとめる。

○時計台から飛び降りた少女、桐生葉月は『世界を終わらせ、歪みを正す』と書き残していた。
○葉月は見えないものを見、聞こえない声を聞くことのできる――いわゆる霊能力といった類の力を持っていると主張していた。
○最近になって時計台に幽霊が現れ始めた。葉月の持っていたとされる力が嘘だったのではないか? そんなことを話していた生徒の前に決まって霊が現れるのだという。

「私は知りたいんです。葉月は何を伝えようとしているのか。葉月の正そうとした歪みとは何だったのか――そして、もしも時計台に現れる幽霊が葉月なのだとしたら、何故生徒たちを怯えさせるのか……いいえ、そもそもその霊とは葉月なのかどうかを」
 草間はふと、依頼内容がまとめられた書類のファイルを開く。『時計台の幽霊』に関する依頼――すぐに目当てのものを見つけ、彼はその書類を抜き出してしげしげと内容を眺めた。
 それは、みのりが通う学園の学園長からの依頼だった。時計台に現れる幽霊について――生徒たちの噂だけに及ばず、実際に学園長が動いているとなると、学園側もこの幽霊騒ぎを重く見ているようだ。それに草間の記憶によれば、この校長という男は依頼内容を語るときも終始びくびくと怯えた様子で、どこかひっかかるものがあった。
 みのりは震える手を握りしめながら言った。
「私と葉月は親友でした。だから、尚更に知りたいんです。葉月がどうして――あんなことをしたのかを」

++来訪者たち++
 都心から二十分ばかり電車で揺られ、さらに駅前からただひたすらに真っ直ぐ、電車で揺られたのと同じほどの時間を歩いた末に、問題の私立北条学園があった。駅からのバスの本数もあまり数がなく、タクシーそのものもあまり見られないために結果的に徒歩で訪れるほうが効率がいい。
 学園は色の古びた煉瓦の壁で周囲を取り囲まれている。そして正面には、鉄製の門があった。それは中央が一番高いアーチ型をしており、ところどころに蔦を模した彫刻が施されているためか、あまり重苦しさを感じさせない華奢な印象を見るものに与える。
「不便なところにあるわね、随分と」
 サイドに流した長い前髪をかきあげながら、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)はそうひとりごちた――つもりだった。夕焼けに染め抜かれた学園の建物を遠目に見つめていた彼女は、やがて校門の前で自分と同じようにして校舎を眺めている人物の姿に気づく。
「シュラインか――類は友を呼ぶというヤツなのかもな」
「私と、あんた以外にまだ誰かいるってことなのかしら?」
 校門の前に立っていた学生服を来た人物が振り返る。眼鏡の奥から覗く知的な眼差しからは、歳不相応とも思える落ち着いた雰囲気を感じさせる。彼――雨宮・薫(あまみや・かおる)は、シュラインの言葉に頷くでもなく、再び視線を学園へと向けた。
「直親は教師陣から当たるとか言っていたが、後で時計台で落ち合う手はずになっている。俺はこれから依頼者であるみのりと、生徒達に話を聞くが?」
 薫の問いには、一緒に行くか、という意味が込められているのだろう。彼はあまり感情を表に出さない類の人物ではあるが、それでも一人であることを好んでいる、というわけでもない。そう見えはするが、仲間や友人といった人々に対してはどこまでも心を許してしまうことをシュラインは知っていた。
 そして、それが心配でもある。全ての人々が善意に溢れている訳ではない。もしも彼が、心を許した相手に裏切られてしまう時が、この先ないとも言い切れないのだ。そんなとき、ただでさえ多くの人に心を許そうとはしない彼は、その扉を完全に閉ざしてしまうのではないか?
「――行くわ、私も」
 考えていることを顔には出さず、シュラインが答えると薫は無言で頷いただけだった。

 闇が、夜の闇がもうすぐ学園を包み込もうとしている――。


++学生寮にて++
 正門から真っ直ぐに進むと、まずは日頃授業が行われている校舎が目に入る。校舎は上から見るとちょうど逆さにしたT字型をしていた。その突き出た部分には、図書室や特殊教室の類が並んでいるのだという。
 そしてT型の突き出た部分の先端から、さらに渡り廊下を通った先に学生寮があった。時計台は、学生寮に向かって渡り廊下を歩くと丁度右手に見える。
 シュラインと薫は、その時計台を視界に収めながら学生寮へと向かった。
「みのりは知らないかもしれません……」
 寮内をみのりによって案内されていた二人だったが、みのりが寮長に呼び出されると、彼女は仲がいいらしい友人にシュラインたちの案内を頼んで行った。少女はこちらに手を振って寮長室のほうへと小走りで駆けていくみのりの姿をじっと見つめながら呟く。
「葉月のことか?」
「はい。確かに葉月は自分には特別な力があるということを主張していましたし、沢山のとりまきがいたのも事実です。けれど、葉月がああなってしまう前から、ずっと噂はあったんです。一部の生徒達は、葉月が主張しているのは嘘じゃないかって話をしていました」
「だが、葉月にどうして嘘をつく理由がある?」
「馬鹿ね。あり得ることなのよ――この年代の子たちにとっては十分すぎるほどに」
 腕を組んで考え込んでいたシュラインが薫に向かってそう言った。
「注目されたかったのかもしれないわね、葉月は。だとすると、彼女は絶望的なまでの孤独の中で生きていたんだわ。どれだけ多くの取り巻きがいたとしても、嘘で皆の注目を集めなければならなかった。それは、彼女が多くの人に心を開けなかったということよ。そうしなければ、皆が自分から去っていくかもしれないと不安で仕方がなかったのかもしれないわ」
「けれど葉月は実際、教師にも生徒にも常に注目されていた存在だったんだろう? 周囲に目を向ければ分かったはずだ。そんな嘘が必要ではなかったことくらいはすぐに……そもそも葉月の力が嘘だったという確証はなにもないんだぞ」
「葉月が孤独だったのは、本当かもしれません」
 少女は窓から外に視線を投げ出した。その先に見えるのは時計台。
 視線を時計台から逸らし、少女は真っ直ぐに薫を見上げる。
「葉月は確かに独自の存在感を持ってはいたけれど、聖女ではなかった。彼女は自分の力を疑うものたちに対しては、彼女たちが不信を言葉にすることすらためらうくらいに攻撃的でしたから……でも、葉月はそんな自分の姿を誰に見せても、みのりにだけは見せようとはしなかった」
「特別、か」
 ぽつりと呟いた薫に、少女が頷く。
 窓ガラスにぽつぽつと雨が打ち付けられる。厚く黒い雲に覆われた空を眺めていると、自分の心まで暗雲が立ち込めそうな気がしたシュラインは、再び事件に――少女への問いに集中した。
「で、葉月の力に対する不信が噂されたのはいつ頃からなのかしら? それと、彼女の姿が確認できるものだとか、特に声が残っているものがあると嬉しいわね」
「それが、おかしな話なんです。葉月が先生にそれを相談したことがあるらしくて……そしてその先生が、たまたま口を滑らせたとか、多分そんなことが原因なんだと思います。写真は……ちょっと待ってください。多分部屋に戻れば何かある筈ですから」
 立ち並ぶ扉のうちの一つを少女が視線で指し示す。そこが彼女の部屋なのだろう。
 ふと視線を上げると、みのりが寮長室からこちらに戻ってくるところだった。その姿をじっと見つめた少女が、口を開く。
「多分、葉月にとっては特別だったんです――みのりだけが、特別だった。自分の醜いところを見られたくないと思うくらいに」
 シュラインは思う。
 彼女は死ぬことでどんな歪みを正そうとしたのだろう?
「みのりだけが、特別だったんです――」
 ふと、シュラインは少女を見た。その視線には寂しさの中に僅かな羨望が含まれているように見える。
 そう、おそらくこの少女もまた、葉月の友人でありたいと願っていたのではないだろうか? それにもかかわらず、彼女に関する噂を、良いものも悪いものも全てを話してくれたその姿勢には頭が下がる思いだった。
「ありがとう、本当に」
 心からのシュラインの言葉に、少女ははにかんだような笑みを見せた。

++再会++
 学生寮で情報収集した後に、シュラインと薫は別行動をしていた久我・直親(くが・なおちか)と合流した。
 シュラインたちが一人ではなかったように。久我もまた同じ目的を持つ人物と行動を共にしていたらしい。
 月杜・雫(つきもり・しずく)は降り始めた雨にそっと手をかざしている。物静かな雫とは裏腹に、村上涼(むらかみ・りょう)はよほど気に入らないことがあったのか、てい、と渡り廊下の柱を蹴飛ばしていた。
 雫は、そんな涼にどう声をかけたものかと、おろおろした様子で涼と直親を交互に見やっている。救いを求めるような雫の視線に、とうとう直親が口を開いた。
「気持ちは分かるがな。暴れるのはどうかと思うが」
「気持ちが分かるなら放っといて。あのオヤジを殴れないぶんをこうやってストレス発散してるんだから。それとも蹴られたい? 変わりに蹴られてくれるの?」
「それは遠慮する。なんなら今から戻っていって学園長を蹴ってきたらどうだ?」
「あんなオヤジに手も触れたくないわ」
 学園長と会ってきた三人は、彼に対してあまりいい印象を持ってはいないらしい。
 よくよく話を聞けば、葉月が持つ特殊な力が嘘であるという噂が流れたのは、学園長が原因であったようだ。
「葉月さんは、『皆に注目されたい』という理由から自分に特殊な力があるという嘘をついてしまったんです。けれど、嘘を重ねるうちにそれが苦痛になってきた……そして、学園長に相談をしたのですが、たまたまそれが生徒に漏れてしまったそうです……」
「それなら自分でちゃんと責任取ればよかったのよあのオヤジが。その時点ならまだ幾らでも、葉月を救う手段はあったはずでしょう。それなのにあのオヤジはどうしたと思う? そしてどうして草間興信所に時計台の幽霊に関する調査を依頼してきたと思う? ああ嫌。もう同じ空間の空気吸ってるのも不快だったわ」
 雫の後に続けて、怒涛のように言い募る涼。
 薫が無言で話の先を促すと、直親が肩をすくめた。
「信じられないことだが、学園長はなにもしなかった。葉月が死に、彼女を疑ったものたちの前に霊が現れると知って、葉月が復讐をしようとしていると考えた。そして――」
「自分が危険になって初めて、草間興信所に依頼してきたということか」
 薫が顔をしかめるとシュラインが歩き出す。時計台に向かって。
 雨は強く彼女の体を濡らしたが、それに構うことはなかった。そして、ふと薫のほうを振り返る。
「式は、あそこにいるのね?」
「ああ――」
「一体呼び戻して。武彦さんが依頼を受けたときに、学園長のデータもとっていたはずだから、それも使うわ。それを、学園長に見立てましょう。写真があれば大丈夫?」
「やってみないと分からないな。姿さえ似ていれば問題ないのか?」
「声は、私の得意分野よ――外見さえ似ていれば何もいらないわ。そう、何もね」

++世界は残酷に++
 歯車が回る音と、激しい雷雨の音が交じり合った中、シュラインたちは時計台の中へと足を踏み入れた。そこには巨大な時計を動かすための歯車の数々と、その中にひっそりと隠れるようにして、上へ上へと続く階段があった。
「一人でいたくないなんて感情は、きっと誰にだってあるわ。だからといって『特別な力がある』なんて安易な嘘をつくのもどうかと思うけれど」
 シュラインの後には、校長の姿をした式が無言で階段を上り続けている。雨に濡れたのが原因だろうか? 背筋に感じる寒気があったが、それでもシュラインはいまだ姿を現そうとはしない葉月を挑発し続けていた。
 やがて、一向は階段を上りきった。そこには時計の文字盤へと続く小さな梯子と、踊り場のようなスペース、そして真上には大きな鐘が見える。
「――ようやく会えたわね。桐生葉月」
 シュラインが唇の片方を上げて笑みを見せた。
 みのりが着ていたものと同じ、セーラー服を着込んだ少女の霊――真っ直ぐな髪と、精巧に作られた人形のような顔立ちは、確かに人をひきつける『何か』があった。空気感とでもいうのだろうか? 女子高生にありがちは浮ついた様子は微塵も感じられず、あらゆるものを遠い高みから見下ろすような達観した眼差し。
 けれど、その眼差しが学園長の姿を捉えた途端、感情を――それも憎しみをあらわにする。美しい顔を歪ませた葉月の髪がふわりと揺れた。外に続く小さな小窓が、次々に音を立てて割れていく。
「葉月さん……待って、憎しみに捕らわれては駄目です。その方法は、その方法では何も変わったりしません!」
 風が吹き込んでくる中で、雫は懸命に葉月に呼びかけた。だが葉月はその声には耳を貸そうとはしない。
 時計台の中を照らしていた小さな電球たちが破裂する。思わず耳を塞いで雫がその場に座り込む。シュラインは目を背けず、真っ直ぐに葉月を見ている。
 同じように葉月に視線を注いでいた涼が、ふと人の気配を感じて振り返った。
「……キミ、なんでこんなところにいるの!? 戻りなさい」
 そう、そこに現れたのは綾杉みのりだった。
「戻りません」
「彼女は、キミにだけはこの姿を見られなくはなかったのよ。彼女の選んだ手段は確かに間違いだらけだったかもしれないけれど、彼女が最後まで守りたかったものくらいは、守ってあげてもいい筈。だから……」
「葉月がどんな嘘をついていたって、友達は友達です。それに本当のことを知りたいと言ったのは私自身ですから」
 大人しそうな外見とは裏腹に、みのりの芯の強さを見せ付けられたものの、悪い気はしなかった。こうして彼女を思っている人物が一人でもいるのであれば、彼女に語り掛けることも無駄ではないと涼は思う。
「あんたがやりたいのは、こいつに対する復讐でしょう?」
 シュラインが指し示したのは、学園長の姿をした式だった。
 割れた電球や、ガラスの破片が音もなく宙に舞い上がる。
「やめろ!」
 薫の制止の声には構わず、それらの破片が真っ直ぐに学園長へと切っ先を向けた。そして次の瞬間、数え切れないほどの破片が学園長を切り裂く――だが、もともと式であったそれは、白い紙片となってゆらゆらと地面に落ちていくだけだった。
 そして、学園長が偽物であるのを察した葉月の怒りは、シュラインへと向けられた。
 床に突き立ったガラスの破片が音もなく、再び宙に舞い上がる。直親と薫が緊張した面持ちでシュラインを庇うべく駆け寄ろうとしたが、破片が動き出すほうが僅かに早いようだった。心の中で直親が舌打ちをする。
 その時、雫と涼に守られていたみのりが、駆け出した。


「だめだよ葉月! もうやめて!」


 その時初めて、葉月はみのりの姿に気づいたようだった。怒りと憎しみに歪んでいた表情が、生来の彼女のものへと戻る。葉月は、悲しそうな笑みを見せた。
 一人でいたくないという気持ちは、きっと誰にでもある、とシュラインは思う。
 葉月にとってみのりは大切な友人だった。大切な友人であるが故に、葉月はみのりに自分の真実の姿をさらせなかった。本当のことを知ったら、彼女が失われてしまうのではないかと恐れたからだ。完璧な自分を演じ続けなければならなかった苦痛。それにも増して、相談した学園長が原因で葉月の力が嘘であると噂が流れたとき、彼女は何を思ったのだろう? みのりに知られないように処理するためにはどうしたらよかったのだろう?
 彼女は、死によって自分の人生を、世界を閉じてしまった。
 そして、彼女を裏切った学園長を――彼女の能力を疑った歪みである人物達に復讐をしようとしたのだ。歪みを正すために。
 皆が沈黙して、みのりと葉月を見守る中で、最初に動いたのはみのりだった。
「……葉月が嘘をついてたことなんかどうでもいい……そんなことより、私たちの部屋に今葉月がいないことのほうが、もっと……ずっと辛いよ」
 透明な涙が、みのりの頬を濡らす。
 涼は苛立たしさを感じていた。葉月が、自分の生を終わらせることさえしなければ、まだやり直しはできたはずなのだ。
 けれどもう遅い。彼女はもう自ら死を選んでしまった後なのだ。
 怒りよりも、何故か悲しみの方が上回っていた。どうにもならないことが分かってしまっているが故の、これは苛立ちなのだろう。
 涼はぎゅっと、拳を握り締めた。痛いほどに。
「キミが終わらせなければならなかったのは、理想の自分を演じ続けることよ。本当の歪みは、キミが憎んだ他者の中にあったわけじゃなく、キミ自身の中にあった。多分、それって誰にでもあるものだわ――キミは自分が死ぬことを、世界が終わらせるなんて書いたけれど、人一人が死んだって世界は残酷に存在し続ける。キミが死んでも、世界は変わらないし、何も変わらない。世界は終わったりはしないのよ。世界はただ一人のためには変わったりはしない。自分が、変わるしかなかったのに」
 その場にぺたんと膝をついていた葉月の霊が、ゆっくりとした様子で涼を見上げる。
『生きていれば、変わったのかしら。今はもうできないけれど、もしあの時、別の選択をしていたら――……』
「生きていれば、多分ね」
 葉月はみのりのほうを見た。泣いている彼女が痛ましい。けれどそんな顔をさせているのはほかでもない葉月自身だった。
『ねえ、みのり。私は嘘をついていたし、最後まで本当のことは言えなかったけれど――』
 手を伸ばす。頬に触れようとした指先はするりとみのりの体をすり抜けてしまう。触れることすらできない――これが、自分のしてしまったことなのだ。
『ねえ、みのり……』
 最後に小さく囁かれた問いに、みのりはこくりと頷いた。
 時計台の時計の針がちょうど12時を示す。夜には鳴らない学園のチャイムが、まるで葉月の消滅を悼むように学園内に響き渡った。


『本当のことは言えなかったけれど、でも……友達だって、思ってくれて。泣いてくれて、ありがとう。ごめんね』


 葉月の最後の言葉が、チャイムの音にかき消される。けれどそれは間違いなくみのりには届いたのだと、シュラインたちは思った。

++エピローグ++
 その後、時計台に現れるという霊はぱったりと目撃されることはなくなった。みのりの言葉によれば、今だ葉月に関する噂は生徒の間で囁かれてはいるのだという。
「葉月が語ってくれる不思議なものの話は、とても綺麗で感動したのを覚えています。葉月は見えないものを見る能力はなかったのかもしれないけれど、でも人を感動させる才能はあったんだから、それでいいんです。今も、ずっと前から葉月は私の友達でした。それは変わらないんですから」
 みのりは事件が終わった時、時計台で皆に向かってそう告げた。
 シュラインと薫は、学園から駅までの道のりを歩き出す。雨はすっかり上がっていた。「一人でも理解者がいれば、救われるものよね、きっと」
 校舎のほうを振り返り、小さく呟いたシュラインの言葉が聞こえたのか、薫が立ち止まった。
「帰らないのか? どうせ始発待ちだろうがな」
 この時間になってしまっては、流石に電車はない。学園に来るときの駅前の様子を思えば、タクシーを捕まえることすら怪しい。
 ふとシュラインは、ここに来て、薫に会ったときのことを思い出す。限られた人にしか心を開かない彼が、もしも裏切られたらどうなってしまうのだろう、と考えたときのことを。
 葉月は、みのりに心を許した。だが、学園長のこともきっと信頼していたはずなのだ。そうでなければ、そもそも相談など持ちかけたりはしない。
 葉月には、みのりがいた。かけがえのない友人であるみのりという存在が。だからこそ救いを見出せた。
「大丈夫ね。多分」
 少なくとも葉月ほどに薫は弱くはない。それに、彼にはシュラインも含めて友と呼べる存在がいるのだから。
 二人はゆっくりと歩き出した。もうすぐ日が昇り、学園は昨夜時計台で起きた事件など知らない生徒たちが朝の挨拶を交わし始めるだろう。


『――ありがとう、ごめんね……』


 あの時の葉月の声が、ふとシュラインの耳を掠めていった。
 それはもしかしたら、葉月が残した、シュラインたちに対する謝罪なのかもしれない。

―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0112 / 雨宮・薫 / 男 / 18 / 陰陽師。普段は学生(高校生)】
【1026 / 月杜・雫 / 女 / 17 / 高校生】
【0095 / 久我・直親 / 男 / 27 / 陰陽師】
【0381 / 村上・涼 / 女 / 22 / 学生】

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■         ライター通信          ■
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 始めまして。久我忍です。
 今回は五本の物語を書きました。
 それぞれストーリーの流れは同じですが、PCの行っていた行動が違うように、全く同じという物語は存在しません。
 自分のところに納品される物語だけでも楽しめるようにと気をつけて執筆しておりますが、他の人に納品された物語に目を通して見ると、自分のPCが他のキャラクターからどんなふうに思われているのかといったことが分かったり、といった新たな発見があるかもしれません。

 では、今後もまめに依頼文をアップしていく予定です。どこかで見かけたら、どうぞよろしくお願いします。