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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>



<オープニング>
 依頼人を前にして草間は少しやりきれなさそうにため息をついた。
 この依頼人が席に着いてから何も話さず、黙り込んだまま暗い雰囲気ばかり出し続けているからだ。
「話してくれなければ、対処の仕様がないんだが」
 草間が苛立ちまじりに促すとようやく依頼人の青年が話し始めた。
「影を探して欲しいんです」
 意味を把握できないまま、草間が下を見ると確かに青年の影が無い。
「私は神社の者なのですが、先日、能面のお祓いを頼まれまして。ところがお祓いをしようとすると、私の影が無いことに気付きました。その時、能面が笑ったのです。そのまま逃げようとする能面を何とか部屋に封じたのですが、私の影は外へ逃げてしまった」
「その影を探して欲しいと?」
「ええ。能面の仕業なのはわかっているのですが……私の力ではどうしようもありません」
 男は相当神経が参っているようだった。話し出すたびに声が小さくうめくようになっていく。
「まぁ、何とかしましょう」
 草間はそれだけ告げた。

 神社というものはやはりどこか雰囲気が違う。
 夕暮れ時、本殿へと続く砂利道を鴻鴎院静夜は歩いていた。神経を集中させて歩いているため、右手に持った小さな鞄の中で何冊かの本が揺れる音がはっきりと聞こえてくる。
 神経を尖らせる反面、雰囲気を味わいつつ神社を眺めていると、後ろで人の気配がした。
「ねぇ、あんたも能面の件で来たの?」
 静けさを裂くようにはっきりとした声と話し方だ。静夜は振り返った。いきなり声をかけられた事に驚いているのだが、静夜の表情は変わらない。真っ直ぐに相手を見る。
 声をかけて来たのは女だった。色白の肌に黒髪が映えていて艶っぽく、青い瞳が静夜を窺がうように見ている。意志の強いタイプだ、と静夜は思う。
「ええそうです」
「やっぱりね。後ろ姿見たときにそんな気がしたのよ。あたしも能面の事で来たんだけど、あんた名前は?あたしは川原志摩(かわはら・しま)。よろしくね」
「私は鴻鴎院静夜です。よろしくお願いします」
 志摩が静夜の鞄に目線をやる。
「気になったんだけど、それ何が入ってんの?」
「これは能面に関する本です。調べてみたのですが、能面にも色々あるみたいですね。面はストーリーに合わせて使われますが、影を盗む話は見つけられませんでした」
「そう。一体何で影を盗むのかねぇ」
「さぁ……しかも能面は使い終わると燃やしてしまう物のようですが」
「なのに燃やされなかった?何かあったんだろうね」
「それも考えられますが、燃やされないようにしたのかも知れません」
「どういう事さ?」
 訝しそうに志摩が訊く。静夜は少し考えた。本で調べた時から、静夜は能面が偶然意志を持った可能性があると睨んでいた。だが、それはまだ空想の域を出ない。確証がないことで論議しても仕方がない気がする。
「いえ、私の想像ですから。とにかく能面を拝見しましょう」
「なんか気になる言い方だね。まぁいいけど……あら、もう一人来たみたいだよ。シュライン、こっち」
 静夜の背中越しに砂利を蹴って走ってくる音が聞こえてきた。
 何で神社の奥から来るのだろうと不思議に思いながらも、静夜は志摩に向けていた身体を再び神社の方へ向けた。
 志摩と同じく黒髪に白い肌、瞳の色は青をたたえていたが、体つきは細身だった。中性的な香りがある。
「志摩。こんにちは。この時間じゃあ、こんばんはかもしれないけど」
「こんにちは。何であんたあんな所から来たのさ」
「私は先にここに来ていたのよ。さっきまで神社の裏にいたんだけど、話し声が聞こえたから戻ってきたの。それよりあんたも影を探しに?」
 シュラインが静夜の方に視線を向ける。
「ええ。鴻鴎院静夜と申します」
「私はシュライン・エマよ。よろしくね」
 静夜は会釈をすると、本題に入った。
「では早速今回のことで伺いたいのですが。依頼主様の影と能面と問題が二つありますが、どうしますか?私は能面の方を先にどうにかしようと思うのですが」
 志摩が頷く。
「ああ、あたしも能面の方を片付けようと思うよ。シュラインは?」
「私は影の方を先に片付けようと思うわ。だから志摩と静夜さんが能面を何とかして後で合流しましょ」
「そういえばシュラインが先にここに来ていたのも、影を捕まえる用意でもしていたのかい?」
「ええ。照明器具をセットしていたの。照らせば出てくるんじゃないかしら。辺りは暗いし」
「では、私と志摩様は中へ入りましょう。能面を壊すなり救うなりした後で、又ここに戻ってきます。志摩さん行きましょう」
「ちょっと待ってよ。能面のことなんだけどさ、まだどんな目的で影を盗むのかわからないから対処法も見えてこないじゃない。だから、ダウンロード……サイコメトリーで記憶とか技術とかを呼び出すっていうことなんだけど……それをしたいと思うんだけど、どうかねぇ?能面が影を盗む理由とか技とかが呼び出せれば解決出来ると思うんだけどね」
「サイコメトリーということは、能面に触れなければなりませんね?それなら、私は志摩様が能面に触れられるようサポートします」
 静夜は静かに姿勢を正すと、滑り込むように志摩の影に沈んだ。
「え……ちょっと、あんた何したのさ?」
「影に潜みました。能面に近付いた時に私は影から出て能面の背後を取って捕まえます。その瞬間にダウンロードしてください」
「それじゃあ、あんたが危ないんじゃないのかい?」
「大丈夫です。そのまま志摩様が能面に触れようとして怪我でもなされたら、ダウンロードどこではなくなりますから。こちらの方がリスクが小さい筈です」
 静夜の口調は、乱れることなく淡々としている。志摩は自分の影を見る。今までと変わらない影に見えるが、何かが違うような違和感がある。ここに静夜がいるのだろうか。
「まぁ……これで行くとするかね」
「いってらっしゃい。私も影を捕まえたら、あんたたちのところへ行くから」
 シュラインはそう告げると神社の裏手へと歩き出した。
 志摩はシュラインの後姿を見届けてから、本殿の扉を開けた。

 本殿の中は暗かった。志摩は扉を開けっ放しにしておく。
 静夜は影に潜んだまま、耳を澄まし、目を凝らした。
 夕暮れ時だからあまり光は入らないが、それでもなんとか能面の姿は見えた。
 能面はひどく歪んだ顔をしている。
 橋姫(はしひめ)だ、と静夜は思う。女の愛憎と嫉妬の面だ。
 志摩は少しずつ橋姫との距離を縮めていった。間隔が大分近くなってきて、志摩が手を伸ばしかけた時、今まで微動だにしなかった橋姫がけたたましく笑い出した。
「ケケケケケケケケケ」
 この声を合図に静夜が志摩の影から飛び出した。瞬時に橋姫を捕らえる。同時に志摩が橋姫に触れた。
 橋姫の記憶、能力、封じ込まれていたものが全て志摩の思考の中へ駆け巡る。
「ケケケケケケケケケ」
 橋姫は凄まじい勢いで静夜を振り払った。静夜は強い衝撃を受けて志摩の影に沈みこんだ。
 橋姫がけたたましい笑いを特に強く発した。瞬間、志摩の影が静夜ごと橋姫へ引きずりこまれる。
 衝撃が強すぎたため、静夜の意識は遠退いて行った。
 静夜ごと志摩の影を連れたまま橋姫は外へ逃げて行く。
「ちょっと、待ちなよ!!」
 志摩の声が遠く聞こえた。

 一瞬意識が遠退いたものの、静夜はすぐに思考を回復させ、考えあぐねた。
 今、橋姫は静夜と志摩の影とを連れて、神社の向かいにある雑木林に逃げ込んでいる。
(橋姫が自分を攻撃してこないということは、影だけを連れてきたつもりで、私の存在には気付いていないんだわ。だったら、このまま影に潜んで、脱走や攻撃の好機を狙っている方がいい)
 とりあえずこれからすべきことを決めると、静夜は橋姫を観察し始めた。
 この面はどうして影を盗むようになったのだろうか。静夜にはなんとなく理解出来る気がする。
 まず最初に静夜が睨んでいた通り、橋姫に自我が宿っていることは間違いないようだった。
(自分が橋姫だったら、どうするか……用が済んだ後、燃やされたくないと思う筈。ということは当然逃げる。でも橋姫は愛憎や嫉妬の面。人間の闇の部分、負の感情がないと生き長らえない。だから影を盗んで自分の栄養にしている……というところか。それではもう救いようがない、あるいは壊すことが救いになるのか……)
 考えがまとまってきた。静夜は改めて橋姫を見る。
 ……おかしい。さっきまでの表情と違っている。形相がひどくなっている。
(これは……そういえば橋姫は愛憎が増した時に鬼女に変わるという記述があった気がする……完全な鬼女になったら手の打ち様がなくなるかもしれない)
 焦りを感じ始めた静夜の目に、志摩の姿が飛び込んできた。近くの木に身を隠している。
 志摩がもっと傍へ来たら、橋姫を壊す方法があるかもしれない。
 息を殺して静夜は待った。
 志摩が更に近付こうと足を踏み出した時、木の葉が大きく音を立てた。
(感付かれた)
 橋姫が声を立てて笑いながら、影ごと静夜を引っ張り逃げていく。
「ケケケケケケケケケ」
「あっ また逃げる気かい?」
 再び遠くで志摩の声が聞こえた。

 静夜は考えを巡らす。
 どうすればいいのか、どうすることが一番安全なのか。
 静夜は身体を硬くする。
 何をどうすればいいかは今はまだ不明だが、何かが起きた時には自分が盾になってでも守りたい。
 素早く移動し続ける橋姫の前に、志摩が現れた。待ち伏せしていたようだ。
「あんた、もう逃がさないよ。その能面、壊させてもらうからね」
 志摩が腕を振り上げて面を殴りつけようとした時に
「待って!!」
 と大声が林に響いた。次の瞬間、林の中が明るくなる。何が起きたのかと静夜が光を辿ると、シュラインが照明器具を片手に、懐中電灯の光を当てているのが見えた。
「面を殴っても意味は無いわ!!弱点は影よ、橋姫の影を踏んで!!」
 反射的に身体が動いた。
 静夜は、志摩の影ごと橋姫の後ろから踊り出ると、木の葉の上にはっきりと映っている面の影を踏みつけた。
 悲鳴が上がる。心の内の闇を吐き出させたら、こんな声になるのだろうか。
「おのれ……お前のせいか……」
 橋姫は訳のわからない恨み言を吐きながら、静夜へ襲いかかった。
「ちょっと、あんたもいい加減に成仏しなよね。あんたの技を返す代わりに静夜返してもらうよ!!」
 志摩が右手を掲げると、静夜と志摩の影とが橋姫を擦り避け、強風に飛ばされるような勢いで志摩に吸い寄せられた。
 シュラインが照明器具の光も橋姫に当てると、面は砕け散った。

「もうすっかり夜になってるよ。随分時間かかったよねぇ」
 神社に戻ってくるなり志摩は空を見上げ、呟いた。
「そうですね。肌寒いですし、そろそろ帰りましょうか」
「あんた、冷静だねぇ……さっきまでさらわれてたのにさ。あたしが迎えに行かなかったらどうなってたかわからないんだよ」
「そうですね。あの面は陰の部分が強くなり、橋姫から鬼女になりかけていましたから、かなり危険な状態でした。あのままいたら、私は無傷では済まなかったでしょう。志摩様とシュライン様に感謝しています。……さっきまでは結構ドキドキしていましたし、今はホッとしているのですが」
「表情、変わってるようには見えないけどねぇ。まぁそれも個性かね。シュライン、影はどうしたのさ?」
「捕まえて依頼主に返したわよ。今頃、自分の影をつけているんじゃないかしら」
「あたしたちが苦労したってのに、挨拶なしかね」
 志摩が軽く不満を漏らすのに、静夜が添える。
「でも影が戻ったのなら依頼主様、ホッとしているでしょうね。私と同じですね」
「あんたはそうは見えないけど」
 シュラインと志摩の台詞がかぶる。
「でも、帰るたってあの照明器具どうしようかしら。重いのよね。担いで帰るなんて嫌だわ。持ってきた時は車で運んでもらったんだけど、もう車は帰っちゃってるし。帰りはどうしようかしら」
「その必要はないんじゃない?」
「何でよ、志摩が担いでくれるの?」
「違うよ。それでもいいけどさ。あっち見てみなよ」
 神社の入り口に車が止まっていて、前に男性が立っている。
「……武彦さん……?」
「お迎えだろ。行ってきなよ。ほら」
 志摩がシュラインの背中を軽く押す。
 シュラインを送り出すと、静夜が口を開いた。
「草間様はシュライン様と仲がよろしいのですか?」
「さぁ。どうかねぇ。あたしは当人じゃないからね。それより、あたしたちも帰るかねぇ?」
「待ってください。誰か来ますわ」
 青年がこちらへ走ってきた。依頼主だ。やたらとはしゃいでいる。
「助かりました。影が戻ったお陰で、気分も明るくなりました。皆さんのお陰です」
 志摩が静夜に小声で言う。
「影って負の部分だろ?戻って明るい気分になるなんて変だねぇ」
「きっと、負の部分を知ってこそ、明るさも感じられるのですよ」
 依頼主はひたすら弾んだ大声で続ける。
「是非、お礼がしたいのですが。お茶でもどうですか?……あれ、もうお一人は?」
「ああ、シュラインは帰ったよ。じゃあ、あたしたちは遠慮なくご馳走になろうかね」
「どうぞ、どうぞ。我が家は神社の隣にあります。こちらです」
 青年は浮き足立ちながら、神社の出口へ向かう。
「なんか、凄いはしゃぎようだねぇ。クリスマス前の子供みたいだよ、ねぇ静夜?」
 志摩の問いには答えず、静夜は微笑んでいた。
「な、何笑ってんのさ?」
「いえ……なんだか幸せそうじゃないですか。そういうのっていいなぁって思って」
「あんたねぇ、そのお陰であたしたちは滅茶苦茶疲れたんだからね。振り回されたんだよ」
「ええ、まぁそうですね。あの笑顔のために私たちは疲れたんですよね。でもそれって、何だかいいですよね」
「何がいいのよぉ」
「志摩さん、とても素敵でしたよ」
 静夜は心から伝えたつもりなのだが、志摩はもう置いていくからね、と小声で言うと依頼主の後を早足でついていってしまった。
 何故早足で行ってしまうのだろうと思いながら志摩の後を駆け寄ってみると、志摩の耳が少し赤い。照れているらしい。
 なんだか余計に嬉しくなって、静夜は小さく声を立てて笑った。
「やっぱりこういうのっていい」
 夜の帳の中で、柔らかな思いに静夜は満たされていた。

 終。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1045/鴻鴎院・静夜(こうおういん・せいや)/女/927/古本屋の店主
 0417/川原・志摩(かわはら・しま)/女/25/ピアニスト&調理師
 0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

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■         ライター通信          ■
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「影」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。

●今回は一部が個別となっております。ご自分のお話を読まれて疑問が生じた場合は、他の方のお話もあわせると良いかと思われます。
●話上出てくる能面ですが、あくまでも意志を持った面という設定なので、独自のものとしてお考えいただければ幸いです。

*鴻鴎院静夜様*
初めまして。今回、一つの話をご一緒できて、非常に嬉しく思っております。
プレイング等を拝見した時に、表情は変わらず表には出ないけれども、周りを第一に考え行動するという面倒見のよさを強く感じました。
そのため、今回の話の中では少々身を呈した役回りにしました。
最後の部分では、「微笑み」という形で優しさを出しましたが、これらはあくまでも私の勝手なイメージに過ぎません。
違和感を持たれた個所がありましたら、どうかご指摘願います。