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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


調査コードネーム:夢の続き
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :ゴーストネットOFF

------<オープニング>-----------------------

 ゴーストネットOFF、掲示板にて──
 
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■- 昔に戻りたい人
    >>ハル09/21(Sat) 03:00

嘘か本当か分かりません。
ただ、あの公園には不思議なスポットがあって、
異世界へ繋がってるそうです。
そこへ足を踏み入れると、誰もが皆、子供の頃に戻ってしまい
そこに住む少女と遊ばないと帰れなくなるとか。
そのスポットを見つける手がかりは大きな池だそうです。
もし見つかったら教えて下さい。

 -------------------------------------RES

                 聞いた事ある! -■
              09/22(Sun) 10:00雫<<
  
     こんにちわ! 書き込みありがとう!
     えっと、確か練馬区の石神井公園だったかなあ?
     真夜中に三宝寺池の橋の上に立つと、少女が
     出てきて引きずりこまれる、とか……
     うーん、確かめられた人は書き込みお願い!
      
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   夢の続き
 
 ── 午後十一時 扉を開けて ──
 
「あら。薫君に珪君じゃない」
 池の端を歩いていた久喜坂咲(くきざか・さき)は、橋の上にいる二人の少年に声をかけた。振り返ったのは、見知った顔の雨宮薫(あまみや・かおる)と、久夏珪(くが・けい)だ。咲とは古い付き合いである薫が、指先で眼鏡を押し上げた。
「咲も噂の真相を確かめに来たのか。神隠しに合うとか悪い噂があるらしいな」
「え? 神隠し? 何の事?」
「違うのか?」
 薫の言葉に咲は眉を潜めた。ゴーストネットにあった書き込みは、異界へのゲートがそこにあるかもしれない、という内容だ。どこをどう勘違いして薫は神隠しと取ったのか。
 ふと横を見ると珪が苦笑いしている。何かたくらみあっての事のようだ。触れない方が無難だろう。咲は肩をすくめた。
 木々も水も黒い。微かな風の吹く橋の上から、三人は欄干に手をかけた。ガラスのように張りつめた水の表面に、三つの白い顔が浮かんでいる。違和感。それはまるで微動だにしない。
「変だよ、水が動かない」
 驚く珪の声を薫が遮った。女の子の──
「待て、何か聞こえる!」
『──ソボ──』
 ──声。
 薫と咲が動いた。二人の陰陽師は周囲へと目を走らせる。声の主を捜した。橋の上に異常は見あたらない。その中で珪は一人固まっていた。水面にありえない物が映っている。橋から離れたはずの二人の顔は、まだそこにあった。ジッと珪を見つめている。それが、ヘラリと歪んだ。珪は咄嗟に欄干から離れようと飛び退った。
 ──アソボ──
 今度はハッキリと声が聞こえた。脳を直接撫で上げるような、奇妙な感覚が三人を襲う。発光。橋の下から溢れ出る光に目が眩んだ。
「咲、珪! 離れるな──」
 薫の声が光の中へ飲み込まれていった。
 
 ── 午前十二時 橋の途中で ──
 
 練馬区石神井公園。戦国時代に名を馳せた武将の城跡としても有名だが、その武将の娘が池へ身を投げたなどの逸話から始まる心霊スポットとしても名高い。生い茂った水生植物に、ビルの群を隠す森。池をグルリと取り巻く木道は、都会の尾瀬を思わせる。
 浄業院是戒は、その池の畔に佇んでいた。寂静の夜半、微かな風に水面は揺れ、映り込んだ丸い月がその輪郭を泳がせている。
 豪壮の大阿闍梨は橋の上に移動すると、真っ黒な水面を見つめ、周囲を伺った。
「遊び好きな娘がおると聞いたのだが……留守かな」
 池は沈黙している。そこへ二つの影が近づいてきた。
「何だ。アンタか」
「おお、また逢うたな」
 是戒の元へ合流したのは真名神慶悟と今野篤旗だ。やはりあの噂を調べに来たという。篤旗は周囲へグルリと目をやった。何の異常も無いようだ。
「その女の子、何でここにおるのやろ。こうしとったら逢えるんやろか」
 慶悟は、さあなと肩をすくめた。
「入って直ぐに式神を放ってある。ここ以外で何かあれば直ぐに知らせに来るだろう」
 三人は橋の欄干から下を覗き込んだ。ユラユラと暗いさざ波に、自らの影が映っている。
「あんまりいい気持ちせえへんな。アレが別の顔になったり、突然笑うたりしたらと思うと」
 苦い笑いを浮かべる篤旗の言葉に、是戒はハッハと声を立てて笑った。夜の公園、不気味な水面。これが普通の反応だろう。
「面白い事を言う。だが、この公園にはかなりの霊気が飛び交っておる。何が起きても不思議はあるまい」
「ええっ?」
 笑わない慶悟の視線が、スッと篤旗の肩越しで止まった。それがゆっくりと横へ移動する。意味ありげな友の仕草に、篤旗は顔を引きつらせた。
「な、なあ。僕の肩に何か、いてるんか?……堪忍や、慶悟。シャレになってへん」
「いや、違う。後ろを見てみろ。どうやら俺達だけじゃなさそうだ」
 是戒と篤旗が振り返ると、池の端に走ってくる影が見えた。さらにその後方にも一つ。
 やがて橋を回り込んで合流したのは、南宮寺天音と十桐朔羅の二人だ。それぞれ別に訪れたが、場所と時間から察するに同種と踏んだ天音が声をかけたらしい。
「別に昔を懐かしがるっちゅう訳は無いねんけれども、面ろそうやないの」
 天音は橋の上から周辺を見渡すと、噂の少女を捜し始めた。頭上では早い風に流される雲が、空を横切っていく。池を見下ろしていた朔羅が呟いた。
「……これは──」
 ガラスのように張りつめている黒い水。是戒もその異変に気が付いた。
「む。どういう事だ。水が全く動いておらんぞ」
 慶悟の放った式神が橋の袂に佇み、ツイと水面を指さした。
「やっぱりここなのか?」
 二本の指を揃えた。式神に退くよう命じると、五行を奉じ気を調律する。凪の水面に水紋が一つ。広がっては消え、消えては現れる輪に向かって慶悟は言った。
「来客だ……」
 それは突然発光した。足下から空へ向かって光が伸びる。大きな柱を中心に四方から光が放たれた。辺り一帯に広がったそれは、五人を飲み込み静かになった。

 ── まぼろしの中で ──
 
 白い。目に付く全ての物が白かった。空も地面も霧のようなモヤに覆われている。珪と薫の二人は同時に目を覚ました。
「あ……薫がちっこい!」
「馬鹿! ちっこいじゃない! これは一体どういう事だ!」
 三人は子供に戻っていた。神隠しなど起こらない。最初からこれが待っていたのだ、と珪は事の次第を説明した。薫の拳が珪の後頭部にきまる。
「人が消えるっていうのは嘘だったのか! それならそうと早く事情を話せ」
「いやだって、薫がどんな子供だったのか見てみたくて、アタッ

 ポカリともう一発。珪は苦笑で涙目をこすった。その手が小さい。
「すごいや。本当に子供になっちゃったんだね」
「なっちゃったじゃない。どうするんだ。少女と遊ぶって言ったって、俺は遊んだ記憶がない。修行ならしていたが……」
 二人のやりとりに顔をしかめながら、咲が完全に目を覚ました。幼い二人を見つめた後で、氷解とばかりに目を輝かせる。その手はポケットを探っていた。
「薫君! 珪君! 二人共、子供になったのね? そうと決まれば善は急げよっ!」
「どうしたの?」
「鏡よ、鏡」
 薫は呆れて首を振った。そんな物が都合良くポケットに入っているはずがない。しかし……。
「あった!」
 咲は柄付きの手鏡を取り出すと、自らの前に掲げウットリと微笑んだ。どこにどう入っていたのだろう。手鏡よりも確実に小さいポケットに、二人の視線は注がれている。しかし、咲は気にした風もなく、鏡の中の自分に笑いかけていた。
「私の愛らしさは健在ね」
 沈黙。二人の目は咲から逸れた。周囲を見渡し、どこまでも広がる霧を見る。
「とにかく噂の少女を捜さないとな」
 この広いモヤのどこかに少女はいるのだろうか。薫は二人を促して立ち上がった。歩きだした途端。
「うわ!」
 珪は大声を上げた。何の前触れも無く、突然左右に家が現れたのだ。数えて三軒、その向こうは霧に包まれて見えなかった。振り返ると後ろにも同じような景色が広がっている。薫の顔に険が走った。
「……どうなってるんだ」
「分からない。でも俺達の周りにだけ町が現れたみたいだよ」
 薫と珪は顔を見合わせた。歩きだすとさらに不思議な事が起こった。後方に流れた家は消え、前方のモヤからまた新しい家が姿を現す。咲は呆然と町を見渡した。
「すごい、どういう仕掛けなのかしら」
「幻だろう?」
 冷静な薫の声。珪が近寄り、家を囲うブロック塀に手をかけた。
「触れるよ」
 通り抜けもせず、手はしっかりとコンクリートの壁に触れている。幻とは違うようだった。町は歩いた分だけ、現れては消えた。夢の世界にいるように、どこかボンヤリとしていて現実味が無い。どこまで行ってもそれは続いた。
「あれ? 人がいるよ」
 珪が前方を指さした。ポツンと誰かが立っているのが見える。小さな女の子のようだ。四、五歳であろうか。三人は駆け寄った。
「遊ぼ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
 二つに垂らした髪。赤いスカートと白いブラウス。黒目がちな、笑顔の可愛い女の子だ。
「貴方、どうしてこんな所にいるの? 一人?」
 少女は頷くと、咲の手を取った。遊ぼうとせがむ姿に薫は難しい顔をしている。不可思議な世界の住人。これが噂の少女なのであろうか。だとすれば遊んでやらなければ、元の世界には戻れない。戸惑う薫の後ろで咲が「そうだ」と手を打った。
「私ね、折紙でよく遊んだの。鶴でしょ? ぺんぎんでしょ? それでねぇ暫くすると勝手に動き出すの! 楽しかったわ、従妹ともそれでお人形さんごっこして遊んだっけ。ねえ、折り紙で遊ばない?」
 咲はゴソゴソとポケットから白い紙を取り出した。中にはヒト型の物もある。折り紙にはどう見ても見えなかった。
「……それって式神?」
 二人の言葉を無視して咲は、少女の前に座り込んだ。少女も咲の前にペタリと座り、その手元を見つめている。アッという間に出来た鶴は、咲が手を放すと宙に浮かんだ。
「ホラ、見て」
 鶴は羽根を羽ばたかせて空を舞った。少女が嬉しそうな歓声を上げる。もっともっととせがむ声に、薫も珪も苦笑した。
「まあ、仕方ないか……」
「うん、楽しそうだよ」
「ね! 皆も一緒にやりましょーよっ! もっと面白い事も出来るのよ」
 そう言って咲は器用に紙を折る。今度は馬の形になった。
「いい?」
 咲と薫は式の術で馬に息吹きを吹き込んだ。少女を乗せやすいよう、小型の馬を選ぶ。馬は首をブルンと振り、今にも走り出しそうだった。珪は少女を馬の背に乗せた。
「よし、このまま泥警だ! 警察は薫な!」
「泥警? 警察? 何だそれは」
 わーっと声をあげて、珪達はモヤの中へと駆けだした。走っていく方角へ向かって町がどんどん伸びていく。一人出遅れた薫は何をしていいのか分からず呆然と佇んでいた。珪の笑顔が振り返る。
「目をつぶって百数えて! 俺達はその間に逃げるから! 見つかったら警察になって、他の泥棒を一緒に捕まえる、簡単だろ!」
 薫は仕方なくその場で目をつぶり数を数え始めた。
 
 ── 友達はやがて増え ──
 
「一、二、三……」
 その声を背中に珪は角を曲がった。途端、数軒の家並だったはずの景色が町へと変わった。ズラリと並んだブロック塀。道はどこまでも延びている。進んでもそれは消えなかった。
 珪は一人、町中を走った。髪の中を抜けてゆく風。早く、早く、早く──。足は思いのまま、加速する。笑みがその顔から零れた。ワクワクが止まらない。
「絶対に最後まで掴まらないで残ってやるんだ」
 後ろに流れていく屋根。誰もいない路地。車にも自転車にも気を配らなくていい。十字路だって停まりはしない。怖い物など何も無い。珪はとにかく走った。どこをどう走ったのか覚えていない程、足は軽やかに動く。
 やがて、珪は曲がり角で少年を見かけた。誰だったか思い出せない。反射的に隠れようとすると、少年が名前を叫んだ。
「珪!」
「わ! 見つかった!」
 塀を越えようともがいていると、少年が駆け寄ってきた。珪は諦めて苦笑いを浮かべた。
「えっと、他にいたっけ?」
「いたっけ、ってお前……咲とあの女の子だろう」
「咲?」
「咲は咲だ。お前ふざけてるのか?」
 珪は首を傾げた。少年は訝しげな顔をしている。それにしても……この少年は誰なのだろう。珪の事を知っているのは間違いない。話の内容から考えても、泥警をしている仲間には違いないのだが……。
「そういえば……君、どうして俺の名前知ってるの? 君の名前、まだ聞いてなかったよね」
「俺は薫だ! お前の友達の──」
 そこまで言って少年は絶句した。珪の記憶の中には薫という名前は見あたらない。この少年が驚いている理由も、珪には分からなかった。
「……珪。年はいくつだ?」
「八。どうして?」
 そして少年は考え込んでしまった。何故そんな事を聞いてくるのか、珪にはその意図が見えなかった。とにかく今は、遊びの最中だ。少年が誰であろうと、楽しい事には替わりはない。珪は早く走りたくて仕方がなかった。
「うーんと、咲って子を探すんだね? それともう一人の女の子はどんな子?」
「五歳くらいの女の子だ。馬に……乗ってる」
「よし、じゃあ早く見つけようよ!」
 右へ曲がって直進。突き当たりを左に折れ、また直進。広い町の中を珪と薫は縦横無尽に走り回った。思う付くままに右へ左へ駆け抜ける。十字路の向こうに、馬の尾が見えた。
「居た!」
 二人は全速力でそれに向かって走り出した。途端、十字路で少年達とかち合った。
「ッわ! ゴメン! 大丈夫?」
 珪は咄嗟にそれを躱して駆け抜けた。薫は上手く迂回した。早くしなければ、馬を見失ってしまう。他に数人の子供が目の端に見えたが、珪は立ち止まらなかった。ぶつかった少年から声が飛んできた。
「何してんね?」
「泥警!」
「! 入れて!」
 少年は呼び止める仲間の声を振り切り、二人についてきた。馬の事を話すと「楽しそうだね」と目を輝かせる。篤旗と名乗った。
「わー! どこ行ったんだー!」
 珪が騒ぐと篤旗は笑った。薫は何も言わずに二人の後を追いかける。別の少年の声が聞こえた。
「俺も入れてくれー!」
 三人は顔を見合わせた。
 
 ── 夢の途中 ──
 
「あ! いた! あんな所にいる!」
 走り回って元に戻り、十字路にいる影達を珪は指さした。後から加わった少年、篤旗と是戒の仲間の慶悟、朔羅、天音もいる。馬の馬上の少女は嬉しそうだ。
「よかった、見つかったか。咲、大変だ。珪が子供に戻った。お前は大丈夫か?」
 薫は馬の横に佇む咲に声をかけた。しかし咲は眉を潜めている。
「子供に戻る? 何を言ってるの? 薫君。それに珪ってどの子?」
 幼なじみの言葉に薫は戸惑いを隠せない。慶悟と朔羅は、やはりと顔を見合わせた。どうやら何かがスイッチとなって、子供に帰ってしまうらしい。だが、その何かが分からない。天音は首を傾げた。
「どうしてウチは平気なんやろ……?」
 少女が馬の背から、フワリと降りた。遊ぼうと言って天音の手を引く。そこに咲がそこに加わった。
「女の子同士、ママゴトでもしましょう!」
「ママゴト?」
 二人の手に引かれて、天音は少し先の道ばたに腰を下ろした。 咲が篤旗と是戒、それに珪に声をかける。少年達三人は、恥ずかしそうに頭を掻きながらその輪に加わった。五人の周りにはいつのまにか、ママゴトの道具が出現している。それがカチャカチャと音を立てていた。誰もそれを不思議に思う者はいない。朔羅は目を細めた。
「望めば現れるのか」
 慶悟はポケットに手を入れた。冷たいプラスチックの感触が指に触れる。玩具の車。これも望んだからここにあると言うことなのだろうか。消えろ、と念じてもそれは消えなかった。だが、その理由を慶悟は分かっている。心の迷いだ。本当に消えてもいいとは思っていなかった。
「俺は、修行修行で遊び方を知らない」
 慶悟は目を伏せた。朔羅も薫も似た過去を持っていた。
「私もそうだ……身体が弱かったせいで外に出て遊ぶ事など出来なかった」
「俺も家が陰陽師の家系だ」
 ママゴトに盛り上がる笑顔を、三人は見つめていた。楽しげな会話。
「おかわりもたくさんあるから、どんどん食べてね」
 天音の関西弁が消えていた。
 白い空、白い地面。色彩の薄い町並み。この世界の主である少女の声が頭の中に響いた。
「楽しいと思えば子供に戻れるよ、お兄ちゃん。ここでは皆、一緒なの。夢も時間も思い出も、みぃんな。だから、したいと思えば出来るし、戻りたい所へも戻れるよ」
 それは全て思い通りにならないものばかりだった。触れたくても触れる事のできない記憶や過去。もし全ての概念に境が無ければ、今まで起きた事も不思議ではないだろう。慶悟はポケットの中の小さな塊を握りしめた。
「だが何故こんな事を?」
 朔羅が問う。少女は寂しげな笑みを浮かべた。
「あのね、お友達と池で遊んでたら落ちちゃったの。それでもう遊べなくなっちゃった。最初は皆、お花を持って遊びに来てくれたよ。池の中から見えたもん。でもね、そのうち、大きくなって遊びに来なくなっちゃった。大きくなると綾の事、忘れちゃうの」
 少女は綾という名前のようだ。花というのは供養の為の物だろう。友達は大人になって少女を忘れ、その場所にも訪れなくなった。そして少女は池に訪れた人を、自分の世界へと引き込むようになったのだ。
「ねえ、遊ぼう。お兄ちゃん、ね? 子供だから綾と遊んでくれるでしょ?」
 綾は三つの顔を覗き込んだ。大人では遊んでもらえない。皆を子供の姿へ替えたのもそんな理由があったのだ。年齢がバラバラなのは、それぞれに依存している年が反映したのだろう。一番記憶の強い時代へと戻ったのだ。
 少女の背後でママゴトに飽きた是戒が立ち上がった。
「町の中を探検しよう!」
 子供達はゾロゾロとその後へと続いてゆく。是戒はわざわざ歩きにくい道ばかりを選んだ。垣根や藪を越え、民家の庭先を突っ切り、狭い脇道へ入ると壁に背や腹を擦って進んだ。やがて道は塀に囲まれた空き地へとぶつかった。中央に土を盛った小山と、大きな水たまりがある。水たまりは空を映し、地面は土色をしていた。ここだけ地に色がある。薫が一興と式の力で虹を出した。無邪気な歓声が起こる。綾は手を叩いて喜んだ。
 誰かがこの場所を望んだに違いない。案の定。ワーッと歓声をあげて、是戒が走って行った。バシャバシャと跳ね上げる水。篤旗と珪がそれに呼び寄せられた。靴が濡れるのも構わずに水たまりの真ん中で水を蹴散らしている。
 天音と咲は少女の手を繋ぎ、呆れ顔でそれを見守った。泥玉を手にした是戒が、ニヤリと笑う。珪と篤旗がジリジリと後退した。
「食らえ、泥爆弾!」
 是戒が放った泥玉は放物線を描かずに、篤旗の胸元にヒットした。ガハハと笑って逃げていく是戒に「やったな」と叫んで、篤旗は泥山に駆け寄った。日頃ならした草野球。コントロールには自信がある。右往左往する是戒を追っていた篤旗の目が──
「おい……ちょっと待てよ」
 慶悟で止まった。薫が慶悟から数歩、横へ移動する。
「逃げた方がいいんじゃないのか?」
 薫の台詞と同時に泥玉は篤旗の手を離れた。避ける間などない。こういった遊びに慣れていない慶悟は、まともにそれを額で受けた。ベロンと泥が顔を撫でながら落ちる。慶悟の視界が泥で埋まった。薫は間一髪でそれを逃れ、ホッと胸を撫で下ろしている。逃げなかった朔羅の着物には、泥の水玉が出来ていた。篤旗は大喜びで、慶悟を指さしている。
「アハハ、すごい泥ん子や!」
「今野〜」
 慶悟は言うと泥山に向かって走り出した。小さな体は思うよりも早く動く。是戒に珪、それに篤旗が熾烈な泥合戦を開始した。その間を抜け後頭部と背中に二発。泥玉を手にする頃には、慶悟の身体は泥まみれだった。
「このっ」
 慶悟の投げた泥は目標から大きく外れ、脇で見ていた薫の頭にヒットした。薫の顔から表情が消えたのを朔羅は見た。天音と咲は少女を連れて、塀の向こうへと撤退する。朔羅もそれに倣った。
 第二波、珪の投げた流れ弾がまたしても薫の側頭部に貼り付いた。
「あ! ゴメン!」
 立ち止まって詫びる珪の背後に篤旗が回り込む。
「止まったらアカンで!」
 珪の右目に篤旗の泥玉がめり込んだ。是戒が横で大笑いをしている。そんな是戒の後頭部にも泥玉が当たった。ベシャリ。振り返ると慶悟が、不敵な笑みを浮かべていた。
「やったなあ、このチビスケ!」
 是戒は足下の水を思い切り、すくい上げた。泥山に近づこうとしていた薫と逃げ回っていた珪が、それをまともに喰らってズブ濡れになった。慶悟は二人が楯となったせいで無事だった。
「こうなったら」
 薫は式神で壁を作り、その影から泥を投げた。是戒に当たり、珪、篤旗と撃破し、最後に慶悟を泥まみれにした。
「ずるいぞ!」
 是戒の声に薫は笑った。その屈託の無い笑い方に、慶悟は薫が子供に帰った事を悟った。あと、二人。
「お姉ちゃん、私も行ってくる」
 塀の影では綾が、咲と天音の手を振り解こうとしていた。二人は朔羅の着物についた泥を横目に、必至になって少女を呼び止めた。服が汚れるのを気にしたのだ。
「そうだ、歌でも唄わない?」
 綾の顔が輝いたのを見て、三人は腰を下ろした。塀にもたれかかり、何を唄うか相談しあう。綾のリクエストで歌は「どんぐりころころ」に決まった。
 三つの声が空に響き渡る。慶悟が歌声に足を止めた。是戒、珪、篤旗、そして薫も泥合戦の手を休めた。おずおずと、そして元気良く。いつのまにか始まった大合唱。
「探検再開!」
 是戒の声で一同は、手に手を取って歩きだした。
「あ、また外れたわね? そこは上がるのよ」
 時々、音程が外れる慶悟に咲の笑い声が飛んだ。その外れ方のタイミングの絶妙さに、子供達は大笑いしている。慶悟は真っ赤になりながらも、はにかんだ笑みを浮かべていた。泥にまみれた顔も、そうでない顔も皆、笑っている。朔羅は慶悟の態度がすでに大人のそれでない事に気が付いた。
「とうとう、私一人か」
 大所帯の行進は止まらなかった。町は消えず、終わりさえ見えない。どこかでオルゴールが鳴っていた。キョロキョロと辺りを見渡す九つの顔。数軒先の軒先に大きな桜の枝が見えた。ハラハラと花びらが散り、白い地面に吸い込まれるようにして落ちる。
「わー! 綺麗ム!」
 口々に歓声を上げ八人は一斉に駆けだした。朔羅はソッと目を閉じる。懐かしい音色。
「こんなに大勢で桜を見た事など無かったな」
 珪と天音が呼んでいる。朔羅の口元に淡い笑みが浮かんだ。
 
 ── 夕暮れはいつも ──
 
 子供達は大きな家の縁側で、桜を眺めているうちに、いつのまにか寝てしまったようだった。遊び疲れて横たわった体には、いくつもの桜の花びらが付いていた。最初に目覚めたのは篤旗だった。白い空がオレンジ色に輝いている。
「……もう帰らな」
 目をこすり、一人一人の体を揺すった。皆、夕焼けの空に気が付いたようだ。カラスが何処かで鳴いていた。綾は縁側から飛び降りると、桜の木の下でチョコンと頭を下げた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。今日はありがとう。綾ね、今までで一番楽しかったよ! ママゴトに探検にお兄ちゃん達の泥遊び……お歌もね、あんなに一杯で唄った事なんてなかった!」
 庭に降り立った八人は、綾を中心に円陣を組んだ。木の根本に穴を掘り始めた綾の手には、スコップが握られている。そこへ折り紙の花を置いた。咲が少女と二人きりでいる間に、折ってあげた花だった。
「あのね、無くさないように、宝物を埋めとくの」
 大切な物──。玩具の車。形見のネクタイ。弓道の道具。オルゴール。母の日記。祖母との写真。兄弟や友との思い出。願えばそれは現れる。それぞれが自分の中で大切な物。それを穴へ入れた。八人の手と一つのスコップで、土をかける。桜が舞った。立ち上がった時、一同の顔には笑顔が溢れていた。是戒が土にまみれた手で顔をこすった。
「また、遊ぼうな」
 珪と篤旗が頷く。
「うん。いつかまた!」
 慶悟がおずおずと笑った。
「秘密の仲間だね」
 薫が元気良く頷いた。
「仲間ですね」
 朔羅が大樹を見上げた。
「この桜を目印に……また」
 咲と天音は手を握りしめた。
「また、ママゴトしようね」
「うん」
 そして少女──綾は走り出した。
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん! 綾、おうち帰る。ママの所に!」
 バイバイと手を振る影。八人は一斉に手を振り返した。町並みが徐々に消えていく。家も、空も、桜の木も──白いモヤに覆われ始めた。少女の影が薄く見えなくなる。足下から霧が登り始めた。
 光──。
 眩い光に包まれる。何もかもを包み込む白い光。目を閉じた瞬間──。
 
 ── 午前一時 夢の続き ──
 
 虫の音が聞こえた。慶悟はヨロヨロと橋の欄干にもたれかかった。頭を振る。金の髪が揺れた。
「戻った」
 辺りを見やった。同じように、ふらつき膝を付く影があった。橋の中央で四つん這いになりながら、篤旗は慶悟を見上げた。ハッキリとしない記憶の片隅で、『綾』という名前が浮かんでいる。天音は顔をしかめた。
「……何がどうなったんや? 子供の頃に戻れるっちゅうアレは?」
 園内は来た時と同じ静けさに包まれている。起きあがった一同は、誰もが釈然としない顔付きをしていた。皆、天音の問いに分からないと首を振った。
「確か真っ白な世界へ飛ばされて」
 咲は白い空と白い地面を思い出した。式神で馬を作り、少女を背に乗せた所までは覚えている。だが、それ以降の記憶が無い。皆、そうだった。ある地点から綺麗に喪失している。一番長く覚えていたのは、朔羅だった。
 見たまま、聞いたままを一同に伝えると、溜息が起こった。篤旗は視線を慶悟にやった。
「……何も覚えてへんなんて」
「ああ。だが、とにかく無事に戻れたようだな」
 薫は鋭い視線で池の周囲を伺った。穏やかな水面には、月影がたゆたっている。まるで何も無かったかのようだが、確かにここから異世界へと飛んだのだ。是戒は橋の上から池を覗き込んだ。
「家へは戻れたか……? 生まれ変わって陽の下で遊ぶというのも、悪くないぞ」
 満足したのだろう。もう何も感じない。少女は行ってしまったようだ。「疲れたね」と笑う珪に、天音は頷いた。
「大事なモンを忘れてきたような……」
「いいや」
 慶悟はクルリと背を向け、丸い月を見上げた。耳の奥に刻まれているあの唄声。
「大切なものは……心の中にある」
 色褪せても無くしはしない。
 微かな記憶と閉じこめて陰陽師は歩きだした。それぞれの想いはそれぞれの胸の中に。例え覚えていなくとも。小さな円陣を組んだあの笑顔も思い出も、それぞれの見えぬ心の片隅に刻まれている。
 静かな池のほとり。月が優しく輝いていた。



                        終




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 】

【0112 / 雨宮・薫 / あまみや・かおる(18)】
     男 / 陰陽師。普段は学生(高校生)
     
【0183 / 九夏・珪 / くが・けい(18)】
     男 / 高校生(陰陽師)
     
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師
     
【0527 / 今野・篤旗 / いまの・あつき(18)】
     男 / 大学生
     
【0576 / 南宮寺・天音 / なんぐうじ・あまね(16)】
     女 / ギャンブラー(高校生)
     
【0579 / 十桐・朔羅 / つづぎり・さくら(23)】
     男 / 言霊使い
     
【0838 / 浄業院・是戒 / じょうごういん・ぜかい(55)】
     男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧
     
【0904 / 久喜坂・咲 / くきざか・さき(18)】
     女 / 女子高生陰陽師
     
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■         ライター痛心          ■
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 こんにちわ皆様、それから初めまして。紺野です。
 この度は当依頼を引き受けて下さり、ありがとうございました。
 慶悟さんと是戒さん、いつもありがとうございます。
 今回は違った面が見れてとても楽しかったです。
 大変、大変遅くなりましたが『夢の続き』をお届け致します。
 同じエンディングとなっておりますが、一部個人視点となっております。
 もし宜しければ他の方のお話もぜひご一読下さいませ。
 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 
 今回は『幼い頃』と言うことで皆様の記憶を垣間見る事が出来ました。
 その中でも珪さんの『どろけい』には、そうそうと頷き……。
 紺野の所では地域なのか年代なのか『あっかん』と呼んでいました。
 皆様の所はいかがでしたでしょうか。
 ちなみに紺野は北野たけしと同じ下町っ子育ちです。
 
 それから、機会あってまたご一緒できるような事がありましたら
 プレイングにはここぞと言う時の台詞や仕草など、
 どんどん書き添えて下さいませ。
 ライターとしてはまだまだ全然不慣れですので、
 どんな事でも皆さんとの大切な橋渡しになります。
 また、それによってお話に花が添えられるのは言うまでも
 ありません。ぜひ宜しくお願いします。
 
 今後ますますの皆様のご活躍をお祈りしつつ……
 再び、お逢いできますよう。
 私の所ではこんな呼び方をしていたよ、などの一言レス、
 また、ご意見ご感想などありましたら、どんな事でもご遠慮なく
 紺野まで宜しくお願い致します。

 それでは皆様、この度は本当にご苦労様でした。
 ゴロ寝では風を引く季節になりました。
 夢の続きは布団の中で。
 
                  紺野 ふずき