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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


調査コードネーム:夢の続き
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :ゴーストネットOFF

------<オープニング>-----------------------

 ゴーストネットOFF、掲示板にて──
 
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■- 昔に戻りたい人
    >>ハル09/21(Sat) 03:00

嘘か本当か分かりません。
ただ、あの公園には不思議なスポットがあって、
異世界へ繋がってるそうです。
そこへ足を踏み入れると、誰もが皆、子供の頃に戻ってしまい
そこに住む少女と遊ばないと帰れなくなるとか。
そのスポットを見つける手がかりは大きな池だそうです。
もし見つかったら教えて下さい。

 -------------------------------------RES

                 聞いた事ある! -■
              09/22(Sun) 10:00雫<<
  
     こんにちわ! 書き込みありがとう!
     えっと、確か練馬区の石神井公園だったかなあ?
     真夜中に三宝寺池の橋の上に立つと、少女が
     出てきて引きずりこまれる、とか……
     うーん、確かめられた人は書き込みお願い!
      
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   夢の続き
 
 ── 午後十一時 扉を開けて ──
 
「あら。薫君に珪君じゃない」
 池の端を歩いていた久喜坂咲(くきざか・さき)は、橋の上にいる二人の少年に声をかけた。振り返ったのは、見知った顔の雨宮薫(あまみや・かおる)と、久夏珪(くが・けい)だ。咲とは古い付き合いである薫が、指先で眼鏡を押し上げた。
「咲も噂の真相を確かめに来たのか。神隠しに合うとか悪い噂があるらしいな」
「え? 神隠し? 何の事?」
「違うのか?」
 薫の言葉に咲は眉を潜めた。ゴーストネットにあった書き込みは、異界へのゲートがそこにあるかもしれない、という内容だ。どこをどう勘違いして薫は神隠しと取ったのか。
 ふと横を見ると珪が苦笑いしている。何かたくらみあっての事のようだ。触れない方が無難だろう。咲は肩をすくめた。
 木々も水も黒い。微かな風の吹く橋の上から、三人は欄干に手をかけた。ガラスのように張りつめた水の表面に、三つの白い顔が浮かんでいる。違和感。それはまるで微動だにしない。
「変だよ、水が動かない」
 驚く珪の声を薫が遮った。女の子の──
「待て、何か聞こえる!」
『──ソボ──』
 ──声。
 薫と咲が動いた。二人の陰陽師は周囲へと目を走らせる。声の主を捜した。橋の上に異常は見あたらない。その中で珪は一人固まっていた。水面にありえない物が映っている。橋から離れたはずの二人の顔は、まだそこにあった。ジッと珪を見つめている。それが、ヘラリと歪んだ。珪は咄嗟に欄干から離れようと飛び退った。
 ──アソボ──
 今度はハッキリと声が聞こえた。脳を直接撫で上げるような、奇妙な感覚が三人を襲う。発光。橋の下から溢れ出る光に目が眩んだ。
「咲、珪! 離れるな──」
 薫の声が光の中へ飲み込まれていった。
 
 ── 午前十二時 橋の途中で ──
 
 練馬区石神井公園。戦国時代に名を馳せた武将の城跡としても有名だが、その武将の娘が池へ身を投げたなどの逸話から始まる心霊スポットとしても名高い。生い茂った水生植物に、ビルの群を隠す森。池をグルリと取り巻く木道は、都会の尾瀬を思わせる。
 浄業院是戒は、その池の畔に佇んでいた。寂静の夜半、微かな風に水面は揺れ、映り込んだ丸い月がその輪郭を泳がせている。
 豪壮の大阿闍梨は橋の上に移動すると、真っ黒な水面を見つめ、周囲を伺った。
「遊び好きな娘がおると聞いたのだが……留守かな」
 池は沈黙している。そこへ二つの影が近づいてきた。
「何だ。アンタか」
「おお、また逢うたな」
 是戒の元へ合流したのは真名神慶悟と今野篤旗だ。やはりあの噂を調べに来たという。篤旗は周囲へグルリと目をやった。何の異常も無いようだ。
「その女の子、何でここにおるのやろ。こうしとったら逢えるんやろか」
 慶悟は、さあなと肩をすくめた。
「入って直ぐに式神を放ってある。ここ以外で何かあれば直ぐに知らせに来るだろう」
 三人は橋の欄干から下を覗き込んだ。ユラユラと暗いさざ波に、自らの影が映っている。
「あんまりいい気持ちせえへんな。アレが別の顔になったり、突然笑うたりしたらと思うと」
 苦い笑いを浮かべる篤旗の言葉に、是戒はハッハと声を立てて笑った。夜の公園、不気味な水面。これが普通の反応だろう。
「面白い事を言う。だが、この公園にはかなりの霊気が飛び交っておる。何が起きても不思議はあるまい」
「ええっ?」
 笑わない慶悟の視線が、スッと篤旗の肩越しで止まった。それがゆっくりと横へ移動する。意味ありげな友の仕草に、篤旗は顔を引きつらせた。
「な、なあ。僕の肩に何か、いてるんか?……堪忍や、慶悟。シャレになってへん」
「いや、違う。後ろを見てみろ。どうやら俺達だけじゃなさそうだ」
 是戒と篤旗が振り返ると、池の端に走ってくる影が見えた。さらにその後方にも一つ。
 やがて橋を回り込んで合流したのは、南宮寺天音と十桐朔羅の二人だ。それぞれ別に訪れたが、場所と時間から察するに同種と踏んだ天音が声をかけたらしい。
「別に昔を懐かしがるっちゅう訳は無いねんけれども、面ろそうやないの」
 天音は橋の上から周辺を見渡すと、噂の少女を捜し始めた。頭上では早い風に流される雲が、空を横切っていく。池を見下ろしていた朔羅が呟いた。
「……これは──」
 ガラスのように張りつめている黒い水。是戒もその異変に気が付いた。
「む。どういう事だ。水が全く動いておらんぞ」
 慶悟の放った式神が橋の袂に佇み、ツイと水面を指さした。
「やっぱりここなのか?」
 二本の指を揃えた。式神に退くよう命じると、五行を奉じ気を調律する。凪の水面に水紋が一つ。広がっては消え、消えては現れる輪に向かって慶悟は言った。
「来客だ……」
 それは突然発光した。足下から空へ向かって光が伸びる。大きな柱を中心に四方から光が放たれた。辺り一帯に広がったそれは、五人を飲み込み静かになった。
 
 ── まぼろしの中で ──
 
「こらあ! お前が傍にいて何てザマじゃ!」
 大きな落雷。少年は身を縮ませて目をつぶった。弟達や妹達が、泥だらけの格好で障子の影から顔を覗かせている。すぐ下の弟が頭に氷嚢を当てていた。泥を投げ合った挙げ句、足を滑らせて転び頭を打ったのだ。少年は父のゲンコツを予測して、首をすくめていた。
「母ちゃん、兄ちゃんを怒んないで」
 下から二番目の弟の声だ。少年がうっすらと目を開けると、母の膝にすがりつく幼い顔が見えた。父は腕を組んで、怖い顔をしている。少年は上目使いに父を見つめた。父もまたそんな少年と包帯巻の弟と見比べている。
「まぁよいわ。幸いコブだけで済んだ。遊びは子供の仕事。それを取り上げるワケにはいかん。まみれるのは人の波でも泥でも、経験は経験じゃ」
 破顔。兄弟達は顔を見合わせると、お説教からの解放を喜び合い、体中についた泥を落とす為に風呂へ向かった。ワイワイギャアギャアと騒々しい笑い声に水の音。
「行くぞ! 水大砲!」
 狭い木風呂の至る所に、両手で叩いた水が飛ぶ。ワーッと言う声が挙がり、反撃とばかりに同じような水の飛ばし合いが続いた。
「こらあ! 風呂くらい静かに入らんか!」
「うわ! 敵の大砲が発射したぞ! 皆、湯船へ隠れろ!」
 鼻まで浸かった浴槽の中、幼い顔達は静まりかえる。やがて……。
「ゴボゴボゴボ」
 少年の鼻から大きな泡が上がり始め、最後には水中でガハハという笑い声になった。兄弟達が一斉に真似を始める。それはいつしか笑み零れ、ついには笑いが止まらなくなった。
 いくら怒られても、やんちゃ坊主達に懲りるという言葉は無い。湯船の水が無くなるまで大暴れをし、そしてまた怒られる。
 少年は布団に入っても明日の悪戯を考えていた。空には無数の星達がキラキラと瞬いていた。
 
  ── 友達はやがて増え ──
 
 どこまでも続く白い霧。空も地面も辺り一帯が、白いモヤに覆われていた。どこか遠くで子供の声がする。五人はその中で一斉に目を覚ました。
 互いに互いを見やる。目の前にいる幼な顔の年齢はバラバラだ。篤旗は目の前にいる慶悟をマジマジと見つめた。恐らく慶悟が最年少だろう。十歳前後の是戒、篤旗、朔羅。それに七,八歳の天音。対して慶悟は五、六歳にしか見えない。
「……ホンマに慶悟?」
「そういうお前は今野か」
 変わりのないその口調に篤旗と天音は吹き出した。慶悟の髪は、墨のように真っ黒だ。あの白金髪の伊達男の影は無い。しかし、それ以上に驚かされたのは是戒の姿だ。巨躯がゴボウのような手足の少年に変わっている。
「それにしても、こうも見事に戻るとはのう」
 是戒は自分の小さな手を見下ろした。その隣で朔羅もまた、何かをジッと見つめている。手の平の上に薄桃色の花びらが一枚乗っていた。
「これ……桜や」
 天音は辺りを見回した。周りには桜どころか木は一本も生えていない。どこまでも続く霧の世界だ。一同は首を傾げた。
「……夢ではなかったのか」
 朔羅の脳裏を過ぎる春の大樹。家の庭に咲き乱れていた桜。ハラハラと舞い落ちるそれを、亡き母と見上げた。優しい眼差しと声が、まだ朔羅を包み込んでいる。
「……いやや。あんなん夢や。遠い夢や。思い出したくもあらへん」
 天音はきつい口調で言って、背を向けた。両親を亡くし、里子と出された先で受けた惨い仕打ちは、夢にだって見たくはない。
 慶悟にしてもまた然りだった。厳しい両親に、囚われの身同然で叩き込まれた陰陽道。楽しかった思い出は少ない。慶悟は半ズボンのポケットに手を突っ込んだ。そこに何かが触れた。
「どういう事だ?」
 姉からもらった玩具の車。それを見て天音がスカートのポケットから、同じようにネクタイを取り出した。
「これ……父さんの形見のネクタイ」
 是戒のポケットからは小さな木の皮屑。篤旗のポケットからは豆が一つ出てきた。
「豆?」
 慶悟に問われ、篤旗はクスリと笑う。
「祖父ちゃんと食べた豆餅の豆や。せやけど、何でこないな所に」
「儂は木登りの最中にでも入ったのかもしれんが……。豆餅の豆だけとは、不思議よのう」
 夢か現実か、分からなくなりかけている。夢を見たのなら、今、この手の平の上に乗っている物を、どう説明付けたら良いのだろう。
 どこまでも続く白い霧。そもそもこの空間は一体何なのか。とにかく噂の『少女』を探し出さなければ、始まらない。先ほどから聞こえる声に向かって五人は歩きだした。
 やがて前方のモヤの中に町の姿が浮かび上がった。蜃気楼のように不確かで、ハッキリしないその輪郭に、是戒は厳しい目を向けた。
「進むしかあるまい」
 赤、青、緑。どこか鈍い色彩。両脇に並んだコンクリートのブロック塀は、遙か彼方まで伸びて終わりが見えず、果ては白い景色に飲まれている。無数にある十字路を覗く。やはり長く続く路地が見えた。
 五人は落ち着かない様子で、周囲をキョロキョロと伺いながら歩いた。子供達の声は直ぐ近くから聞こえてくる。路地を走り回っているようだ。絶えず動いていた。他には何の音もしない。足跡さえも聞こえない。無人。家はただそこにあるだけで、廃墟のように静まりかえっている。突然十字路から二人の子供が飛び出してきて、篤旗とぶつかりかけた。咄嗟に身をひねりながら、少年は篤旗を振り返る。その目は活気に満ちていた。
「ゴメン! 大丈夫?」
「何してんね?」
「泥警!」
 篤旗の顔つきが変わった。今にも飛び出しそうな雰囲気がある。状況の把握が出来ない世界での別行動は危険だと、慶悟は篤旗を引き留めた。だが、篤旗はどこか腑に落ちない顔を傾けた。
「……君、誰?」
 驚愕。篤旗の目はふざけてはいない。思わぬ言葉に絶句する一同を見渡して、篤旗は肩をすくめた。
「まあ、ええわ。僕、ちょっと行ってくるわ」
 そう残して篤旗は行ってしまった。小さな背中が角を曲がって見えなくなる。一体何が起こったのか、さっぱり分からなかった。遠ざかっていく少年達の声。今、合流したばかりだというのに、篤旗はすっかり溶け込んでいるようだ。楽しげに笑う声が聞こえてきた。慶悟は残された面々を振り返った。そして……
 是戒の異変に気が付いた。笑みが浮かんでいる。天音が声をかけたが、是戒は返事をしなかった。その代わりに突然大声をあげて、走り出した。
「俺も仲間に入れてくれー!」
 三人は驚いて言葉を無くした。是戒の言葉使いが、全くの別人へと変わっていたのだ。どんどんと遠ざかる声に天音が叫んだ。
「慶悟さん、朔羅さん。ここでこうしててもラチがあかんわ。行くっきゃないやろ!」
 少年達の後を追う。しかし、どこをどう進んでいるのか。一向に追いつく気配がなかった。路地を一つ入った所で、慶悟はふと立ち止まった。陰陽の気を感じたのだ。誰かの放った式神がいる。二人に動かないでいるように命じ気を張った。十字路の左手からゆっくりと小型の馬が姿を現した。その背中に五歳ほどの幼い女の子が乗っている。赤いスカートに白いブラウス。噂の少女だと三人は直感した。傍には別の少女が立っている。慶悟はこの馬に同胞の気を感じた。
「あら、分かるの? これ式神よ? 実物化したの」
 少女は言ってニコリと笑った。
 
 ── 夢の途中 ──
 
「あ! いた! あんな所にいる!」
 十字路で全員が集結した。馬を見るなり駆け寄ってその背を撫でたのは篤旗と是戒、それに先ほど篤旗とぶつかりそうになった少年、珪だ。馬上で少女が笑った。
「よかった、見つかったか。咲、大変だ。珪が子供に戻った。お前は大丈夫か?」
 駆け抜けていったもう一人の少年、薫は馬の横に佇む咲に声をかけた。しかし咲は眉を潜めている。
「子供に戻る? 何を言ってるの? 薫君。それに珪ってどの子?」
 幼なじみの言葉に薫は戸惑いを隠せない。慶悟と朔羅は、やはりと顔を見合わせた。どうやら何かがスイッチとなって、子供に帰ってしまうらしい。だが、その何かが分からない。天音は首を傾げた。
「どうしてウチは平気なんやろ……?」
 少女が馬の背から、フワリと降りた。遊ぼうと言って天音の手を引く。そこに咲がそこに加わった。
「女の子同士、ママゴトでもしましょう!」
「ママゴト?」
 二人の手に引かれて、天音は少し先の道ばたに腰を下ろした。 咲が篤旗と是戒、それに珪に声をかける。少年達三人は、恥ずかしそうに頭を掻きながらその輪に加わった。五人の周りにはいつのまにか、ママゴトの道具が出現している。それがカチャカチャと音を立てていた。誰もそれを不思議に思う者はいない。朔羅は目を細めた。
「望めば現れるのか」
 慶悟はポケットに手を入れた。冷たいプラスチックの感触が指に触れる。玩具の車。これも望んだからここにあると言うことなのだろうか。消えろ、と念じてもそれは消えなかった。だが、その理由を慶悟は分かっている。心の迷いだ。本当に消えてもいいとは思っていなかった。
「俺は、修行修行で遊び方を知らない」
 慶悟は目を伏せた。朔羅も薫も似た過去を持っていた。
「私もそうだ……身体が弱かったせいで外に出て遊ぶ事など出来なかった」
「俺も家が陰陽師の家系だ」
 ママゴトに盛り上がる笑顔を、三人は見つめていた。楽しげな会話。
「おかわりもたくさんあるから、どんどん食べてね」
 天音の関西弁が消えていた。
 白い空、白い地面。色彩の薄い町並み。この世界の主である少女の声が頭の中に響いた。
「楽しいと思えば子供に戻れるよ、お兄ちゃん。ここでは皆、一緒なの。夢も時間も思い出も、みぃんな。だから、したいと思えば出来るし、戻りたい所へも戻れるよ」
 それは全て思い通りにならないものばかりだった。触れたくても触れる事のできない記憶や過去。もし全ての概念に境が無ければ、今まで起きた事も不思議ではないだろう。慶悟はポケットの中の小さな塊を握りしめた。
「だが何故こんな事を?」
 朔羅が問う。少女は寂しげな笑みを浮かべた。
「あのね、お友達と池で遊んでたら落ちちゃったの。それでもう遊べなくなっちゃった。最初は皆、お花を持って遊びに来てくれたよ。池の中から見えたもん。でもね、そのうち、大きくなって遊びに来なくなっちゃった。大きくなると綾の事、忘れちゃうの」
 少女は綾という名前のようだ。花というのは供養の為の物だろう。友達は大人になって少女を忘れ、その場所にも訪れなくなった。そして少女は池に訪れた人を、自分の世界へと引き込むようになったのだ。
「ねえ、遊ぼう。お兄ちゃん、ね? 子供だから綾と遊んでくれるでしょ?」
 綾は三つの顔を覗き込んだ。大人では遊んでもらえない。皆を子供の姿へ替えたのもそんな理由があったのだ。年齢がバラバラなのは、それぞれに依存している年が反映したのだろう。一番記憶の強い時代へと戻ったのだ。
 少女の背後でママゴトに飽きた是戒が立ち上がった。
「町の中を探検しよう!」
 子供達はゾロゾロとその後へと続いてゆく。是戒はわざわざ歩きにくい道ばかりを選んだ。垣根や藪を越え、民家の庭先を突っ切り、狭い脇道へ入ると壁に背や腹を擦って進んだ。やがて道は塀に囲まれた空き地へとぶつかった。中央に土を盛った小山と、大きな水たまりがある。水たまりは空を映し、地面は土色をしていた。ここだけ地に色がある。薫が一興と式の力で虹を出した。無邪気な歓声が起こる。綾は手を叩いて喜んだ。
 誰かがこの場所を望んだに違いない。案の定。ワーッと歓声をあげて、是戒が走って行った。バシャバシャと跳ね上げる水。篤旗と珪がそれに呼び寄せられた。靴が濡れるのも構わずに水たまりの真ん中で水を蹴散らしている。
 天音と咲は少女の手を繋ぎ、呆れ顔でそれを見守った。泥玉を手にした是戒が、ニヤリと笑う。珪と篤旗がジリジリと後退した。
「食らえ、泥爆弾!」
 是戒が放った泥玉は放物線を描かずに、篤旗の胸元にヒットした。ガハハと笑って逃げていく是戒に「やったな」と叫んで、篤旗は泥山に駆け寄った。日頃ならした草野球。コントロールには自信がある。右往左往する是戒を追っていた篤旗の目が──
「おい……ちょっと待てよ」
 慶悟で止まった。薫が慶悟から数歩、横へ移動する。
「逃げた方がいいんじゃないのか?」
 薫の台詞と同時に泥玉は篤旗の手を離れた。避ける間などない。こういった遊びに慣れていない慶悟は、まともにそれを額で受けた。ベロンと泥が顔を撫でながら落ちる。慶悟の視界が泥で埋まった。薫は間一髪でそれを逃れ、ホッと胸を撫で下ろしている。逃げなかった朔羅の着物には、泥の水玉が出来ていた。篤旗は大喜びで、慶悟を指さしている。
「アハハ、すごい泥ん子や!」
「今野〜」
 慶悟は言うと泥山に向かって走り出した。小さな体は思うよりも早く動く。是戒に珪、それに篤旗が熾烈な泥合戦を開始した。その間を抜け後頭部と背中に二発。泥玉を手にする頃には、慶悟の身体は泥まみれだった。
「このっ」
 慶悟の投げた泥は目標から大きく外れ、脇で見ていた薫の頭にヒットした。薫の顔から表情が消えたのを朔羅は見た。天音と咲は少女を連れて、塀の向こうへと撤退する。朔羅もそれに倣った。
 第二波、珪の投げた流れ弾がまたしても薫の側頭部に貼り付いた。
「あ! ゴメン!」
 立ち止まって詫びる珪の背後に篤旗が回り込む。
「止まったらアカンで!」
 珪の右目に篤旗の泥玉がめり込んだ。是戒が横で大笑いをしている。そんな是戒の後頭部にも泥玉が当たった。ベシャリ。振り返ると慶悟が、不敵な笑みを浮かべていた。
「やったなあ、このチビスケ!」
 是戒は足下の水を思い切り、すくい上げた。泥山に近づこうとしていた薫と逃げ回っていた珪が、それをまともに喰らってズブ濡れになった。慶悟は二人が楯となったせいで無事だった。
「こうなったら」
 薫は式神で壁を作り、その影から泥を投げた。是戒に当たり、珪、篤旗と撃破し、最後に慶悟を泥まみれにした。
「ずるいぞ!」
 是戒の声に薫は笑った。その屈託の無い笑い方に、慶悟は薫が子供に帰った事を悟った。あと、二人。
「お姉ちゃん、私も行ってくる」
 塀の影では綾が、咲と天音の手を振り解こうとしていた。二人は朔羅の着物についた泥を横目に、必至になって少女を呼び止めた。服が汚れるのを気にしたのだ。
「そうだ、歌でも唄わない?」
 綾の顔が輝いたのを見て、三人は腰を下ろした。塀にもたれかかり、何を唄うか相談しあう。綾のリクエストで歌は「どんぐりころころ」に決まった。
 三つの声が空に響き渡る。慶悟が歌声に足を止めた。是戒、珪、篤旗、そして薫も泥合戦の手を休めた。おずおずと、そして元気良く。いつのまにか始まった大合唱。
「探検再開!」
 是戒の声で一同は、手に手を取って歩きだした。
「あ、また外れたわね? そこは上がるのよ」
 時々、音程が外れる慶悟に咲の笑い声が飛んだ。その外れ方のタイミングの絶妙さに、子供達は大笑いしている。慶悟は真っ赤になりながらも、はにかんだ笑みを浮かべていた。泥にまみれた顔も、そうでない顔も皆、笑っている。朔羅は慶悟の態度がすでに大人のそれでない事に気が付いた。
「とうとう、私一人か」
 大所帯の行進は止まらなかった。町は消えず、終わりさえ見えない。どこかでオルゴールが鳴っていた。キョロキョロと辺りを見渡す九つの顔。数軒先の軒先に大きな桜の枝が見えた。ハラハラと花びらが散り、白い地面に吸い込まれるようにして落ちる。
「わー! 綺麗ム!」
 口々に歓声を上げ八人は一斉に駆けだした。朔羅はソッと目を閉じる。懐かしい音色。
「こんなに大勢で桜を見た事など無かったな」
 珪と天音が呼んでいる。朔羅の口元に淡い笑みが浮かんだ。
 
 ── 夕暮れはいつも ──
 
 子供達は大きな家の縁側で、桜を眺めているうちに、いつのまにか寝てしまったようだった。遊び疲れて横たわった体には、いくつもの桜の花びらが付いていた。最初に目覚めたのは篤旗だった。白い空がオレンジ色に輝いている。
「……もう帰らな」
 目をこすり、一人一人の体を揺すった。皆、夕焼けの空に気が付いたようだ。カラスが何処かで鳴いていた。綾は縁側から飛び降りると、桜の木の下でチョコンと頭を下げた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。今日はありがとう。綾ね、今までで一番楽しかったよ! ママゴトに探検にお兄ちゃん達の泥遊び……お歌もね、あんなに一杯で唄った事なんてなかった!」
 庭に降り立った八人は、綾を中心に円陣を組んだ。木の根本に穴を掘り始めた綾の手には、スコップが握られている。そこへ折り紙の花を置いた。咲が少女と二人きりでいる間に、折ってあげた花だった。
「あのね、無くさないように、宝物を埋めとくの」
 大切な物──。玩具の車。形見のネクタイ。弓道の道具。オルゴール。母の日記。祖母との写真。兄弟や友との思い出。願えばそれは現れる。それぞれが自分の中で大切な物。それを穴へ入れた。八人の手と一つのスコップで、土をかける。桜が舞った。立ち上がった時、一同の顔には笑顔が溢れていた。是戒が土にまみれた手で顔をこすった。
「また、遊ぼうな」
 珪と篤旗が頷く。
「うん。いつかまた!」
 慶悟がおずおずと笑った。
「秘密の仲間だね」
 薫が元気良く頷いた。
「仲間ですね」
 朔羅が大樹を見上げた。
「この桜を目印に……また」
 咲と天音は手を握りしめた。
「また、ママゴトしようね」
「うん」
 そして少女──綾は走り出した。
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん! 綾、おうち帰る。ママの所に!」
 バイバイと手を振る影。八人は一斉に手を振り返した。町並みが徐々に消えていく。家も、空も、桜の木も──白いモヤに覆われ始めた。少女の影が薄く見えなくなる。足下から霧が登り始めた。
 光──。
 眩い光に包まれる。何もかもを包み込む白い光。目を閉じた瞬間──。
 
 ── 午前一時 夢の続き ──
 
 虫の音が聞こえた。慶悟はヨロヨロと橋の欄干にもたれかかった。頭を振る。金の髪が揺れた。
「戻った」
 辺りを見やった。同じように、ふらつき膝を付く影があった。橋の中央で四つん這いになりながら、篤旗は慶悟を見上げた。ハッキリとしない記憶の片隅で、『綾』という名前が浮かんでいる。天音は顔をしかめた。
「……何がどうなったんや? 子供の頃に戻れるっちゅうアレは?」
 園内は来た時と同じ静けさに包まれている。起きあがった一同は、誰もが釈然としない顔付きをしていた。皆、天音の問いに分からないと首を振った。
「確か真っ白な世界へ飛ばされて」
 咲は白い空と白い地面を思い出した。式神で馬を作り、少女を背に乗せた所までは覚えている。だが、それ以降の記憶が無い。皆、そうだった。ある地点から綺麗に喪失している。一番長く覚えていたのは、朔羅だった。
 見たまま、聞いたままを一同に伝えると、溜息が起こった。篤旗は視線を慶悟にやった。
「……何も覚えてへんなんて」
「ああ。だが、とにかく無事に戻れたようだな」
 薫は鋭い視線で池の周囲を伺った。穏やかな水面には、月影がたゆたっている。まるで何も無かったかのようだが、確かにここから異世界へと飛んだのだ。是戒は橋の上から池を覗き込んだ。
「家へは戻れたか……? 生まれ変わって陽の下で遊ぶというのも、悪くないぞ」
 満足したのだろう。もう何も感じない。少女は行ってしまったようだ。「疲れたね」と笑う珪に、天音は頷いた。
「大事なモンを忘れてきたような……」
「いいや」
 慶悟はクルリと背を向け、丸い月を見上げた。耳の奥に刻まれているあの唄声。
「大切なものは……心の中にある」
 色褪せても無くしはしない。
 微かな記憶と閉じこめて陰陽師は歩きだした。それぞれの想いはそれぞれの胸の中に。例え覚えていなくとも。小さな円陣を組んだあの笑顔も思い出も、それぞれの見えぬ心の片隅に刻まれている。
 静かな池のほとり。月が優しく輝いていた。



                        終




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 】

【0112 / 雨宮・薫 / あまみや・かおる(18)】
     男 / 陰陽師。普段は学生(高校生)
     
【0183 / 九夏・珪 / くが・けい(18)】
     男 / 高校生(陰陽師)
     
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師
     
【0527 / 今野・篤旗 / いまの・あつき(18)】
     男 / 大学生
     
【0576 / 南宮寺・天音 / なんぐうじ・あまね(16)】
     女 / ギャンブラー(高校生)
     
【0579 / 十桐・朔羅 / つづぎり・さくら(23)】
     男 / 言霊使い
     
【0838 / 浄業院・是戒 / じょうごういん・ぜかい(55)】
     男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧
     
【0904 / 久喜坂・咲 / くきざか・さき(18)】
     女 / 女子高生陰陽師
     
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■         ライター痛心          ■
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 こんにちわ皆様、それから初めまして。紺野です。
 この度は当依頼を引き受けて下さり、ありがとうございました。
 慶悟さんと是戒さん、いつもありがとうございます。
 今回は違った面が見れてとても楽しかったです。
 大変、大変遅くなりましたが『夢の続き』をお届け致します。
 同じエンディングとなっておりますが、一部個人視点となっております。
 もし宜しければ他の方のお話もぜひご一読下さいませ。
 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 
 今回は『幼い頃』と言うことで皆様の記憶を垣間見る事が出来ました。
 その中でも珪さんの『どろけい』には、そうそうと頷き……。
 紺野の所では地域なのか年代なのか『あっかん』と呼んでいました。
 皆様の所はいかがでしたでしょうか。
 ちなみに紺野は北野たけしと同じ下町っ子育ちです。
 
 それから、機会あってまたご一緒できるような事がありましたら
 プレイングにはここぞと言う時の台詞や仕草など、
 どんどん書き添えて下さいませ。
 ライターとしてはまだまだ全然不慣れですので、
 どんな事でも皆さんとの大切な橋渡しになります。
 また、それによってお話に花が添えられるのは言うまでも
 ありません。ぜひ宜しくお願いします。
 
 今後ますますの皆様のご活躍をお祈りしつつ……
 再び、お逢いできますよう。
 私の所ではこんな呼び方をしていたよ、などの一言レス、
 また、ご意見ご感想などありましたら、どんな事でもご遠慮なく
 紺野まで宜しくお願い致します。

 それでは皆様、この度は本当にご苦労様でした。
 ゴロ寝では風を引く季節になりました。
 夢の続きは布団の中で。
 
                  紺野 ふずき