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■夜闇に立つ野狐■
■オープニング
/暗い夜道を一人で歩いていると、後ろから誰かが付いて来たの。年は‥‥18才くらいかな。目が切れ長で、ピカッて光ってたよ。でも人間の目って、動物みたいに光らないものなんだって。それじゃあコンタクトでもしてたのかなぁ‥‥。段々近づいて来たから怖くなったんだけど‥‥なんだか急に姿が見えなくなったの。そうしたら、目の前に小さな祠が見えてきた。祠の神様、守ってくれたのかな?
/確かここって、前に小さな巫女の女の子が出てきたって噂の場所の、隣の地区だよね。ここの交差点とその横の細い路地、事故が多いんだってさ。いつも若い男の人が立っていて‥‥霊感のある友達は、タチの悪い場所だから近づいちゃダメだって言っていたよ。
そして又今日も、事故が起こった。若い男が飛び出して来たとか、たっているとかいう噂はたえない。とはいえ、その場所はもう随分と前からこんな噂がたっていたから、今さら誰も驚いたりはしないらしい。ただ、いつも良くない噂がたっているその場所は、以前ゴーストネットで噂になっていた小さな狐巫女の出没していた場所に近く、そしてその若い男は、霊能者や霊感のある者の間では“野狐”であると言われていた。
野狐。神社にもひとにも属さない、霊体の狐。
『野狐? ‥‥おれは野狐ではない。稲荷の使いだ』
その男は、いつもそう言うという。
ここにきて、その噂の調査をネットで依頼した者が居る。者というかモノというのか、それは小さな狐の巫女、比奈である。比奈は、この野狐騒ぎのとなりの地区にある、人間の目に見えない場所にある稲荷社の狐だ。
「儂は、この辺りの地区を束ねる狐。だから、この野狐のことが気になるのじゃ。‥‥ここには今、神社は無いが、野狐の言う事が間違っておるとも考えられぬ。もしや、ここに稲荷が以前、あったのかもしれぬ。この狐に会って、話をしてみてくれぬか」
比奈は、文明の利器に四苦八苦しながら(2時間もかけて)書き込みをすると、きょろきょろと辺りを見回した。誰も、比奈が狐であると気づいて‥‥いるのか? そのオシリに尻尾がちらちらと覗いていた。
■死の交差点
草壁さくらが待ち合わせ場所に到着すると、小さな巫女装束の少女が、電柱の角にちょこん、と立っていた。赤茶色の髪、その髪の毛の合間から覗いている耳、赤い袴のお尻から出てフリフリ動いている尻尾。
彼女は、人目もはばからず、狐である証拠を露出していた。澄んだ瞳。彼女はきっと、今まで人に傷つけられた事はないのだろう。
遠い昔には、そんな時代もあったが‥‥。
「あなたが比奈ちゃん?」
さくらがちょっとかがみ込んで、比奈に話しかけた。比奈はこくりと頷いた。
「儂は吉備ノ比奈という、伏見から千畳稲荷につかわされた狐じゃ」
「いくつ?」
「‥‥よく分からぬが、二百にはならぬ」
さくらはうっすら笑った。
「そう‥‥。よろしくね」
さくらの顔を、比奈はじっと見ている。
「おぬしも狐か」
「内緒よ?」
しいっ、と指を口元に当てて小声で言った。
比奈の呼びかけに集まったのは、全部で五名だった。その中の一人の青年は、比奈や祠の写真を撮り続けている。格好からすると、ジャーナリストなのだろう。比奈の事は、以前から知っているようだった。もう一人、比奈と親しげに話している子がいる。こちらは、女子高生の月見里千里と言った。
残る二人は、一人は紅蘇蘭という中国出身の女性だった。もう一人は、九尾桐伯という、男性。九尾というからには狐かと思ったが、見ていても側に寄っても、ケモノの気配は全くしない。彼は普通の人間のようだ。だが、紅という女性は、違っていた。
この中の誰とも毛色が違う。
「ちょっと、いつまで写真撮ってんのよ。‥‥もしかして、どこかの雑誌社とかに売りつけようっていうの?」
千里が、写真を撮っていた男に向かって叫んだ。男は振り返ると、写真を撮る手をとめた。
そしてその自分の手を、じっと見つめた。
「はっ‥‥お、俺はなんでこんな所で‥‥」
「へえ」
冷たい千里の返事。
すると男は困ったような顔で、すがりついた。
「いや、もっと何か言ってくれよ‥‥こう‥‥。あ、俺花房翠。フリーのジャーナリストなんだ。よろしくな」
「あたし、お稲荷さんがあったのかどうか調べて来るから、その間にこの祠とか、調べておいてよね」
千里はそう言い残すと、九尾と二人で図書館へと向かった。
残ったのは、翠と比奈、紅と自分だ。
「‥‥じゃ、あいつが言ったように、この辺を調べてみようぜ」
翠が三人にそう言うと、祠を調べはじめた。
紅は比奈の方を、じいっと見ている。
「稲荷の狐についての記事、見たわ。‥‥でもあなた、飯綱の身でどうしてここに来たの?」
「儂はイズナではないぞ」
その勢いに、翠が振り返った。さくらも、比奈の声に少し驚いて、紅と比奈を見る。
しかし、飯綱と一緒にされたのでは、比奈が怒るのも無理は無いだろう。さくらは神社に使える狐ではないが、彼女の気持ちは分かる。
「あの‥‥何かあった?」
と翠が紅に言いながら、助けを求めるように視線をさくらへと向けた。
「イズナとは、古来から日本にすみ、人や一族の者に仕えたとされる霊的存在のこと。イズナは人に仕えるけど、彼女は神に仕えている狐よ。その本拠地は伏見稲荷‥‥そうよね」
さくらは紅に教え、比奈に笑みを向けた。比奈はこくりと頷いた。
ほっと息をつく、翠。
「そうじゃ。稲荷狐は皆、伏見の御山で修行をして、各神社に迎えられるのじゃ」
「そうだったの。‥‥わたしが勘違いをしていたのね。ごめんなさい」
「分かってもらえば、良いのじゃ」
比奈は怒気を落として、笑顔を取り戻した。
二人の様子を伺い、翠がおずおずと声を出す。
「あのー‥‥悪いんだけどさ、俺が今ちょっと現場を調べたら、比奈ちゃんが時々来ている事が分かったんだけど‥‥何しに来てるんだ?」
「なんじゃ、どうやって調べた」
比奈が聞き返す。
「まあ、そりゃあ‥‥何でもいいじゃん」
「それもそうじゃな。わしがこの祠に来ておったのは、祠の手入れをする為じゃ。この祠は長い間放置されていたようじゃから、儂が綺麗にしてやろうと思うて。そうすれば、神様も守ってくれるじゃろう。しかし、例の野狐を防いでおったのは、本当にこの祠なんじゃろうか」
比奈は考え込みながら、祠の扉に手を掛けた。祠は1m四方ほどの、小さなものだ。扉は長い間開けられたことが無いのか、金具がさび付いている。
比奈が開けると‥‥。
事故が多発するという交差点には、既に調査を終えて戻ってきた千里と九尾が待っていた。
千里はノートを左手に抱え、歩いてくる比奈達に手を振った。
「ここの事、調べて来たよ」
千里はノートを開くと、比奈達に調査内容を話してきかせた。
この国道の交差点には、明治末期まで確かに神社が存在した事。しかしその後、震災やその後の地区整備の中で無くなってしまった。そのさいにご神体をどこかに保管したのだが、神社が再建されず、そのままになっているらしい。
「じゃあ、当たりだったようね」
さくらは、比奈の持っている箱に視線を向けながら、言った。比奈は両手に抱える程の古い箱を抱えている。
「これが祠にあった。‥‥伏見から授かった、ご神体に違いない。祠に一時安置したはいいが、神社再建はならなかったんじゃろう」
「ねえ、比奈ちゃん。ここに稲荷の祠を建てることはできないかしら」
さくらは比奈に聞いた。
「あの野狐‥‥いえ狐は、元は稲荷の狐。きっと、きちんとした神社移転の為の儀式を受けていないから、ずっとあそこに居るのね。だったら、ここに祠を建てて人間達に守ってもらうように言えばどうかしら」
「うーん‥‥。それがのう、神社を建てるには、色々と難しい人間の決めた法律があって‥‥。そう簡単にはいかんのじゃ。‥‥江戸期に稲荷神階をあちこちに勧請した事が原因で、このように困っておる狐があちこちに居る。儂はその為、狐を儂の千畳稲荷に一時、迎える権利を伏見から受けて来た。じゃから、あの狐は儂があずかろう」
比奈は、交差点から続く細い路地の方をじっと見つめた。そして視線を、先ほどからあちこちで怪しい行動を取っている翠に向ける。
「こら、何か分かったのか?」
「‥‥あ、バレた?」
「まあ、分かった者も分からぬ者も居るようじゃが。何が見えたのか話せ」
翠はアスファルトに添えていた手を離し、立ちあがった。どうもおかしいと思っていたが、彼は何か現実と離れたものを見る力があるようだ。彼は事故に関する話を、比奈にきかせた。
それは主に事故に関するものだった。交差点は視界は悪くは無いが、どうやら端に一本だけ立っているミラーにドライバーは注意を引きつけられ、その一瞬の隙に歩行者や車が交差点に差し掛かって事故に、というパターンが多いようだった。
翠には、そこに何かが見えているようだ。
何か‥‥狐の姿が。
「儂がおびき出してやろう」
比奈が、路地の一角にゆっくり近づくと、声を張り上げた。
「これ、狐! 儂は千畳稲荷に属する狐、吉備ノ比奈じゃ。何故このような所に居る。姿を見せよ」
比奈の声に応えるように、ゆっくりとその場に姿が現れる。それは着物を着た男の姿から、狐へとかわった。
『千畳稲荷‥‥見えぬ社の狐か。あそこに狐は、今は居らぬはずだが』
「新たにつかわされたのじゃ」
比奈が答えた。
「これ、いなり寿司。‥‥あの‥‥やっぱり、狐さんにはお稲荷さんかなぁ、と思って」
千里は苦笑いをしながら、稲荷寿司を差し出した。すると九尾が、ちょっと驚いた様子で、何かをカバンから出した。奇遇にも、九尾も稲荷寿司を持ってきていたらしい。九尾は他にも、御神酒として日本酒を持ってきていた。
「私たちは、あなたと話しに来たんです」
九尾はうっすら笑うと、酒瓶と稲荷を置いた。
「ここで事故が多発しているのは、知っていますよね」
『ここはわしの神社の境内だ。あのように乗り物で通るなど、無礼きわまりない』
「確かにあなたの言う事は尤もだわ。でも、あなたのせいで、ひとがたくさん死んでしまっているの」
紅は、柔らかい口調で話しかける。
「名前は何て言うのかしら」
『わしは兵部。清水ノ兵部だ』
「じゃあ清水の兵部さん、ここに今稲荷神社が無くなっているのは、分かっているでしょう?」
「紅の言う通りじゃ。‥‥今、ご神体はここから離れた祠に安置されておる。しかし、その祠は元は稲荷ではない祠。いつまでもそこに安置しておくわけには、いかぬ」
比奈が語り掛けた。
『では、わしに立ち退けと言うのか!』
「そんなに怒らないで。‥‥あなたは神の使いなんでしょう? だったら、人に害を成すのは良くないわ。あなたには、神の使いとしての誇りがあるはずよ」
じいっと清水ノ兵部を見つめて、さくらが言った。兵部は分かるはず。比奈もさくらも兵部もみな、霊狐として人を、生き物を見守り続けたものなのだから。
「比奈ちゃんが、あなたを千畳稲荷に迎えてくれるそうよ。伏見の御山と連絡が取れたら、又御山に戻るといいわ」
「ご神体も伏見からの文も、ここにある。さあ、儂と行こう」
比奈の訴えかけるような眼差しを受けて、兵部はようやく首を縦に振った。
『わかった‥‥。迷惑を掛けて、すまなかった』
小さく息をつく、さくら。もし言う事をきかなければ、力ずくで退かさなければならないかと思っていたが、出来るなら同族にそういう真似はしたくなかったから‥‥。
兵部が入ったご神体を抱えた比奈は、さくらの前にとてとてと歩いて来た。千里は家が近所であるようだし、翠はどうやら付いていくつもりらしい。
「色々と世話になった」
「いいのよ、又何かあったら言ってね」
さくらはにっこり笑った。
「あなたはずっと、稲荷としての務めを果たしていかなければならないわ。それはとても辛く大変な道だけれど、それを自分で選んだのなら、きっと人々やケモノ達を守る立派な狐になれる」
「うむ」
比奈はこくりと頷いた。
「今度、街へ連れて行ってあげるから。‥‥まだ人間の世界に慣れていないんでしょう? 甘いものは好きかしら。一緒に食べにいきましょうね」
さくらは比奈と再会を約束すると、店番をしているはずの“彼”の元に、戻っていった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0134/草壁さくら/女/20才/骨董屋『櫻月堂』店員
0165/月見里千里/女/16才/女子高生
0332/九尾桐伯/男/27才/バーテンダー
0523/花房翠/男/20才/フリージャーナリスト
0908/紅蘇蘭/女/?/骨董店店主
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■ ライター通信 ■
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やはり、さくらさんは設定的に(笑)比奈も心強いと思います。一人で暮らしてますからね、人里離れた異次元の神社に。
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