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真夜中の遊園地 〜ゴーストタウンの住人〜
■オープニング■
「あ、ゆきくんからメールが来てる」
雫は自分のパソコン宛に届いた、一通のメールに気がついた。
ゆきくん、とは、倒産した「山中遊園地」を買い取った社長の息子さんだった。
『こんにちわ。ゆきです。
もうすっかり秋になっちゃったね。遊園地の工事も大分進んだんだよ♪みんなのおかげです。本当にありがとう。
それで、…またまたお願いなんだけど、実は山中遊園地には「ゴーストタウン」っていうオバケ屋敷があってね。その中に悪戯をする幽霊がいるっていう噂なんだ。
どうやら子供の幽霊らしいんだけど、笑う声がしたり、足音がしたり、後ろから髪を引っ張られたりするんだって。泣いてる声を聞いたって人もいるの。
だけど、そこはオバケ屋敷だし、特に今まで気にしてなかったんだ。怖がらせる手伝いをしてくれてるみたいなものだし、それ以外の害は無かったからね。
前の社長さんからも、ゴーストタウンの幽霊はそのままにしておいて欲しいって言ってたみたいだし。
ただ最近になって、そのオバケ屋敷の中の雰囲気がすごく冷たくて、なんだか危険な感じがするって、工事のおじちゃんたちが怖がってるの。
子供の声もあまり聞こえないし、中で作業をしたら天井の照明が落ちてきて、怪我をした人もいるんだ。
「ゴーストタウン」は今度のリニューアルで新しく建て直して、そこから30メートルくらい離れたところに移設しなきゃいけないの。
もう建物自体は出来上がってて、幽霊の見えるおにーさんおねえさんたちに、幽霊さんたちのお引越しをお願いできないかなーって思ったんだけど、どうかなぁ』
「ふむふむふむ」
雫はそのメールをしばらく眺め、それから返信を打った。
『じゃ、ゴーストネットに行ったらみんなに聞いてみるね♪ オバケさん達、お客さんが来ないから拗ねてるんじゃないかなー? なんちゃって♪』
■夜の遊園地■
季節はすっかり秋。夜にもなると、空気はすっかり冷え込み、上着を着こんでも、冷たさがしみこんでくるような季節だ。
都心から車で二時間程度の場所に「山中遊園地」はあった。その名の通り、深い山の奥に作られた遊園地である。
現在「山中遊園地」は、数ヶ月前に管理会社が倒産し、閉鎖の憂き目を見ていた。現在は新たなオーナーの元で、テーマパークとして生まれ変わる計画で、全面工事中である。
その人気のない広い駐車場で待ち合わせをしていた六人は、遊園地の入り口に立っていた現在のオーナーの息子、里中雪斗の前に集まっていた。
「こんばんわ、いつもすみません。ありがとうございます」
丁寧に雪斗は頭を下げて彼らを出迎えた。12歳というが、見た目よりも幼く、年齢よりも大人びた表情を持っている。
彼にはいつも付き添う黒服を着、サングラスをかけた執事がついていたが、彼も雪斗の後ろで黙って頭を下げている。
「幽霊ってそんなに簡単に居場所移せたかしら?」
シュライン・エマは雪斗に挨拶をしながら、ふと疑問を口にしていた。
知的でクールな印象の彫りの深い美しい女性である。雪斗は「そうなのですよね」と小さく溜息をついた。
「それは僕も疑問なんです。でも、皆さんのお力なら、と思ったんです」
そう言ってニコニコと笑顔を見せる。
そんなこと言われても…とシュラインは困惑気味に笑顔を返した。
「まあ説得してみるしか無いだろうな」
同じく苦笑しつつ二人に話しかけてきたのは、真名神・慶悟だ。優しげな顔立ちに凛々しさを加えた端正な顔立ちの青年だ。金色に染めた髪が秋の夜風にかすかになびいていた。
「説得ねぇ…」
「しゅーちゃん、<おいも>あげる〜」
背後から話しかけられてシュラインが振り返ると、そこにいたのは宙に浮かぶ赤い着物の少女がいた。おかっぱに切りそろえられた髪に、白い抜けるような肌、大きな瞳が印象的だ。
「あら、ありがとう〜」
ほかほかの芋を手にとり、シュラインは微笑んだ。
寒河江・駒子(さがえ・こまこ)という少女の正体は座敷童子である。ゴーストタウンの子供たちも、彼女の仲間のようなものなのだろうか。
「<みぃちゃん>からの<おみやげ>だよ〜」
駒子は微笑むと、他の人にも芋を渡しにまたふわふわと飛んで行ってしまった。
雪斗も慶悟もよく見ると芋を手にしている。
暖かいうちにと、それを口に含んで遊園地を眺めていると、やはり芋を手にしたステラ・ミラが白い狼を伴い近づいてきた。漆黒の腰まで届くほどの長い髪、闇夜のような深い瞳を持つ美しい女性だ。
「雪斗様、そのゴーストハウスに子供さんの幽霊が取りついてしまった由来などご存知ですか?」
神秘的ともいえる何か高貴な雰囲気を持つ彼女に話しかけられて、雪斗は少し緊張したように頬を赤らめた。
「…特にはわからないんです。…でも、この遊園地、もともと幽霊がたくさんいるみたいで…」
雪斗は頭をかいた。
「なんとか幽霊と仲良くしたいって、パパは思ってるみたい」
「仲良く…ですか」
ステラは思わず破顔した。珍しい経営者だ。
「まあ、任せろ。市民に愛される警官が俺のモットーだからな!その子供達もうまく説得してやるさ。と、俺のことはゴドーって呼んでくれ」
豪快に笑いながら近づいてきたのは、ゴドフリート・アルバリストだ。がっしりとした立派な体躯の男性だ。カリフォルニア市警出身で、今は日本の白バイ隊に交換留学という形で来ているという。
「説得で簡単に応じてくれるかしら…。とりあえず、現地に行ってみないとわからないわね」
シュラインはゴドフリートに微笑み、頷いた。
少し離れたところで一人離れて、遊園地を眺めていた西園寺・嵩杞(さいおんじ・しゅうき)も、戻ってきた。
優秀な医者であり、合気道の師範でもある。文武に優れた彼だが、その雰囲気はとても物静かで穏やかなハンサムな青年だ。
「今迄それほどの悪さをしなかった霊が、人に怪我をさせるというのも不思議な話ですし。…引越しはともかく、中で何かが起こっているのかもしれませんね」
「そうだな」
慶悟が頷いた。
「雪斗、そろそろ案内してもらえるかな」
「はい、よろしくお願いします」
雪斗はまっすぐに頷いた。
■リニューアル山中遊園地■
夜の遊園地にだんだんと灯りがともっていく。
雪斗の側にいつもいる黒眼鏡の男性が警備室で照明を点けてくれたので、彼らは街灯のつけられた一本道を並んで歩いていった。
カサカサカサ…。
『ん…?』
オーロラがふと足を止めた。ステラもそれに気がついて歩を止める。
「どうしたの?」
『足音が…聞こえる』
オーロラはステラを見上げた。ステラの隣を歩いていたシュラインが苦笑して告げた。
「この遊園地、ほんとに出るのよ。…それもたくさん」
「そう…」
ステラは微笑みでシュラインに返した。確かに空気からは邪悪ではないが、霊気があたりにかかっているのがわかる。秋の夜の空気以上に冷たく感じさせるのは、そのせいもあるのだろう。
『子供が多いようですね』
オーロラが告げた。ステラも頷く。
あちらこちらから覗かれているような気配がさっきからしていたのだ。
悪意というよりもむしろ好奇心、もしくは警戒心。その視線は自分の背よりも低い位置から発せられていることをステラもシュラインも気づいていた。。
「着きました、あれです」
先頭を歩いていた雪斗が立ち止まって、指をさす。
「ここです。ここが古い方のゴーストハウスです」
その先にあったのは、古びた和風のオバケ屋敷だった。こじんまりとした、今にも崩れそうな藁葺きの家に、血塗られたような赤いペンキや、ぼうぼうに生えた草などで装飾がこらされている。
ボロボロになった木片に見える看板に、筆で殴り書きされたように「ゴーストハウス 入るな危険」と書いてある。
「それで…あっちが新しいゴーストハウスです」
さらに、雪斗が指差した方向には、黒い蝙蝠と骸骨のイラストの描かれた城のようなものがあった。
古いオバケ屋敷からは少し離れた場所だが、遊園地の中央にかなり近いところだった。そして、その壁面に描かれた蝙蝠や骸骨のイラストはどこかで見覚えのあるものだった。…確か外国のキャラクターグッズだったであろうか。
「えーと…」
シュライン・エマはふと額に指をあてた。何かを思い出したのだ。
「この遊園地、テーマパークに生まれ変わると言ってたわね…それって」
「はい。ナイト・メア・ホラーマスターズをテーマにしたゴーストハウスになるって聞いています。僕の父、アメリカのキャラクターが大好きで…」
「うーん…そうなんだ」
微かにシュラインは苦笑を浮かべてしまった。
山中遊園地というのは、古くて広いことだけが特徴の寂れた普通の遊園地である。
確かに辺りをよく眺めて見ると、建設中の建物には、アメリカらしいポップアートの色合いが描かれているらしい。見たことのあるキャラクターもあちらこちらにいる。
「…これは嫌がる理由もちょっとわかるかも…」
「そうですね…雰囲気が今までとはずいぶん違いますね…」
「でも、今までと同じ遊園地のままじゃ、お客さんは戻ってきません」
雪斗は二人に言った。確かにそれは最もな意見かもしれない。
「移動しやすいように何か道代わりの物作ったほうがいいかもしれないわね」
「俺がやろう」
シュラインに慶悟が申し出て、式神の符を数枚手に取り、口の中で呪を唱える。符は笠をかぶった道士の形をとり、細い道の両脇に並んで立った。そのまま、新しいゴーストハウスの方へと、分身の術を使ったかのようにその数を増やし、青白く光りながらも一本道を作り上げていく。
「確かに道ですね。この間を行くなら迷いません」
ステラは目を細めた。
その足元で、オーロラはゴーストハウスから視線を動かせずにいた。そして、何かを見つけたように、突然、唸り声を上げた。
「どうしたの?」
『見てください…っ』
ステラはゴーストハウスに視線を戻した。シュラインも「あっ」と声を漏らす。
いつの間にか、古いゴーストハウスの前に、一人の青白い光を体に纏わせた少年が立っていたのである。
『…あなた達、何をしにきたの?』
それはとても聡明そうな少年だった。年の頃は12歳前後、雪斗とあまり変わらないくらいだろう。
Tシャツに半ズボンをつけた夏の装いだ。
「こんばんわ。…あなたはこのゴーストハウスに住んでらっしゃるの?」
ステラが唸り声をあげるオーロラの頭を、なだめるように撫でながら微笑んで訪ねた。少年は警戒心を隠さないような視線で、彼らを睨みかえしている。
『そうだよ…。ここは僕の家。あなたたち何をしに来たの?早く帰ったほうがいいよ…』
その少年の声に反応するかのように、古びたゴーストハウスの屋根や壁から白い丸い光が次々と浮かびだしてくる。大きなホタルの光のように見えたそれは、地上や屋根の上に着地すると、少年や少女の形になって、観察するようにこちらを見つめた。
ステラは瞼を閉じた。
目の前にいる少年の過去透視を試みたのである。
少年は一家心中で亡くなっていた。それも無理心中だった。
両親が生活苦と病気で悩み苦しんでいることを、彼は知っていた。だが、妹や弟の世話をし、自分なりに両親の手伝いをすることしか、彼に出来ることはまだなかった。
あるとき両親は、彼と妹や弟を連れて、この山中遊園地に連れてきてくれた。一日中、楽しく遊んで、とてもとても幸せだった。
だが、その帰り道、遊びつかれて折り重なるように眠っていた子供達を後部席に乗せたまま、車は炎上した。
母に睡眠薬を飲ませ、父はガソリンを車に撒き、火をつけたのだ。何故か父だけ生き残ったことは、子供達は知らない。
少年は、自分が死んでしまったことは何となく理解が出来ていた。
それは燃える車の中で、目を覚ましてしまったからである。だが、その時、彼の体は既に燃えていた。
肉が焦げていく匂い、激しい煙、そして熱さに悲鳴を上げながら、彼は両親を呼んだ。返事がなかった。妹や弟達は自分が守らなければ。そう思い、二人の身を寄せた。
そこでまた意識が尽きた。
再び目覚めたとき、彼は妹や弟達と一緒にいた。
とても寒くて寒くてたまらなくて、家に帰ろうとしたが、帰り道がわからなかった。うろうろしていて気づくと、山中遊園地に出た。
そこに一軒の古い家があった。ゴーストハウスと看板に書かれている、その廃墟じみた屋敷にいた子供達は、少年を見つけると楽しそうに手を振った。
少年は弟や妹を連れて、その古い家へ入った。そこはとても暖かくて気持ちのいい場所に思えた。
「…あのオバケ屋敷、中に何かあるのかしらね」
ステラはふと呟いた。
「何かって?」
シュラインが問い返す。
「よくわからないけど、霊をひきつける何かっていうか…そうですね」
何か思い出しかけた気がするが、上手く形にならない。ステラは軽く苦笑を浮かべた。
二人の様子を観察するように見ていた幽霊の少年は、突然口を開く。
『じゃあね』
そして背を向けて、目の前にいた少年はゴーストハウスの壁の中へと消えていった。
■幽霊達は夜の住人
帰れといわれたからって、簡単に引き下がるわけにはいかない。
シュラインとステラはオーロラを伴い、ゴーストハウスの入り口から中に潜入することにした。
古びたきなくさいような匂いが漂う入り口を抜け、建物の内部に入る。入り口から見えていたのは破れ障子の向こう側にいる、化け猫である。
化け猫が赤い目を光らせながら、生首や死体の転がる部屋で包丁を研いでいる。陰惨な風景だが、ただ、どうにも見慣れた感じもする。
二人はあまり気にせずに、次のフロアへと向かった。
次のフロアは古井戸と、その中から覗く濡れた女の模型だった。井戸の音がカラカラと鳴り響き、時々、恨めしい顔の女が井戸の中から現れる。
『…むぅ』
「あら、怖いのかしら?」
足を止めたオーロラにステラは微笑した。シュラインも気づいて振り返る。
「どうしたの?まだ入り口よ」
『…怖いわけじゃ…』
オーロラはムキになったように歩き始める。
刹那。
『フフフ…』
『クスクス…』
と天井の付近から、子供の笑うような声が響いてきた。彼らの向かう次のフロアは、蛍光色の手形の書かれた黒くて狭いトンネルである。
人の声が響く趣向がこらされている風ではない。
「出た…のかな」
シュラインはその聴覚に意識を集中させた。彼女の能力は聴音にも優れている。いくつかの足音がぱたぱたとこちらの方に集まっているのがわかった。
『…駄目だよ』
ほとんど聞き取れないような小さな声が、笑っていた子供達の声を制した。
辺りは再びしんとなる。
さっきの少年の声かしら? シュラインは思った。
「ねえ、ちょっとあなたたちに話があるんだけど…」
シュラインは天井に向けて呼びかけた。ステラも辺りの様子を伺いつつ、建物の角の辺りにいくつかいる白い光に包まれた子供達を見つけていた。
だが、ステラに見つかった途端、すっと彼らは影にまた戻ってしまう。
シュラインの呼びかけにもしばらく返事はなかった。
「先に進んでみましょうか」
ステラはオーロラと共に歩き出した。シュラインも続く。
次のフロアは古い寺の墓場の風景が広がっていた。卒塔婆が奇妙に左右に揺れている。その後ろに髪を振り乱す赤子を抱えた幽霊の人形がいるらしい。
墓場の先に、赤い前かけをした小さな地蔵が置かれていた。
二人がそのまま先を選んで歩いてゆこうとすると、突然、天井から瓦礫のかけらのようなものがばらばらと降ってきた。
『危ないっ』
オーロラが咄嗟にシュラインとステラの服を引っ張り、難を避けた。大怪我をするほどのものではないが、あたれば埃まみれになり、こぶくらいは出来るだろう。落ちたものを拾い上げると、5センチ大のコンクリートの破片だった。
「…もう…」
服を払いながらシュラインは立ち上がる。ステラも苦笑して、立ち上がる。
「ちょっとお痛が過ぎますわね…。私、彼らと交信してみます。少しお待ちいただけますか?」
ステラは闇の中に潜む子供達に神経を合わせた。
そこには無数の子供達がいた。十数人、いや、三十人くらいは数えられるだろうか。だが、その背後にも潜んでいる影もある。百人以上の可能性もあった。
その中にさっきの少年の姿もある。
他の子供達が少し怯えるような瞳で、こちらを見ているのに対しその少年だけは睨むように二人を見ているのだ。
(どうしてそんなに怖い顔をしているのかしら?)
ステラは問いかける。
少年は顔をそむけた。
『僕たちが出て行けば、このおうちを壊すんでしょう?』
(そうね…でも仕方ないわ。形あるものはいつかはなくなるの…。新しいおうちもいいところよ?)
『…絶対に嫌だ。…それに家といっしょに母さんを壊したりしたら…』
(母さん…?)
シュラインはステラが霊と交信している間、墓地の端にある小さな地蔵の側に、小さな子供達が身を寄せ合っているのを気づいた。
彼女は地蔵に近づくことにした。
(そういえば、お地蔵様は子供の味方だったわね)
地蔵菩薩は、三途の河原で鬼に苛められる子供達を慰める役割だったはずだ。このゴーストハウスに住む彼らにとっても、優しい母親代わりなのかもしれない。
地蔵に近づき、その隣に彼女は腰掛けた。ゴーストハウス内にいる子供達の中でも、特に幼い、赤ん坊のような子供達がそこにはたくさんいた。
シュラインは子供達に微笑み、地蔵に触れる。そして、それが本物の地蔵であることに改めて気づいた。
「…作り物じゃないのね…」
もしかすると、このゴーストハウスに子供の霊が集まっているのはこの地蔵の為なのか。
何故こんなところに本物の地蔵が建てられているのか分からないけれど。
『触らないで』
腕の側におかっぱ頭の少女が顔を出して、怒鳴った。
「あ…ごめんなさい…。このお地蔵様は貴方たちにとって大切なのね」
『みんなの…お母さん…なんだよぉ』
足の間から、坊主頭の男の子がにゅっと顔を出した。さすがに小さく悲鳴を上げたが、彼のほうには悪気はないらしい。
「お母さん…そうなのね」
シュラインは微笑んだ。
「新しいおうちにも、このお地蔵さん連れていってもらわなきゃね。お母さんと一緒なら行けるでしょ?」
『うんっ』
小さい子が明るく頷いた。
『お母さんは移りたくないと思うよ〜』
女の子が頬を膨らませて、シュラインに言った。
「そうかなぁ〜?」
シュラインは微笑んで、彼女に答えた。
「お母さんが居心地いいように、遊園地の人に頼んでみるし、それに、新しいおうちって面白いのよ。広くて、大きな壁とか、声を出すとすごくよく響くし、それに楽しい音楽もかかってるし」
『えー…』
女の子の表情が戸惑いを見せた。
『ぼく、行ってみたい〜』
坊主の男の子が甘えるように目を細めてシュラインを見上げた。
「試しに行ってみる? お外に出ると多分、まっすぐに行けると思うわ」
『うん! お母さんも後から来るんだよね!』
『じゃあ私も行く〜』
男の子と女の子はゴーストハウスの入り口の方に駆けていった。話を聞いていたらしいほかの白い影も、二人の後についていく。
シュラインはその姿を見守って、小さく吐息をつく。
「ふぅ…」
オーロラを足元に控え、立っていたステラが吐息をついて、シュラインを振り向いた。
「終わった?」
シュラインが尋ねると、ステラは軽く頷いた。
「お地蔵さんを移して欲しいって」
「…なるほどね」
シュラインはステラに微笑んだ。
「雪斗くんに相談してみましょう。出来ないことはないと思うわ」
「そうですね」
ステラは頷いた。二人は雪斗に相談するために、入り口の方へと戻ろうと歩き出した。
子供達がぱたぱたと天井を歩いていく足音が聞こえる。きゃっきゃっと明るい声も時々混じっていく。あそこを気に入るかどうかは分からないが、新しい遊び場が出来たつもりではしゃいでいるのだろうか。
並んで歩く二人の後ろをついていたオーロラが、突然、前を行くステラのスカートの端を噛んだ。
「どうしました? オーロラ」
足を止めたステラが後ろを振り返ると、先ほど地蔵があった場所に、長い黒髪の巫女服の女性が立っているのが見えた。
彼女はとても優美な笑顔で、二人にゆっくりと一礼する。
ありがとう、と伝えるかのように。
■エピローグ
「お地蔵さんですか?」
雪斗はステラとシュラインの話を聞いて、驚いたような表情をしてみせた。
「そういえば、あのお地蔵さんと同じものが遊園地のいろんなところにあるんですよね。何か意味があるのかなぁ」
雪斗はしばらく首を傾げて、それから、うんっと頷いた。
「父に相談してみますね。あんまりいい顔はしないと思うんだけど、置けないってことはないと思うし。僕も母がいないので、その子達の気持ち、ちょっと分かる気もします」
「ありがとう…雪斗くん」
シュラインは彼に礼を言うと、新しいゴーストハウスの方へと向かった。
慶悟の作ってくれた、式神に囲まれた道の間を通りぬけ、真新しいまだペンキの匂いすら漂うその建物に入る。
そこは、怖さよりも、何か心をわくわくさせるようなアトラクションだった。乗り物に乗り、ホラーハウスを一周するような内容になっている。
早速先ほどすれ違った子供達が、乗り物の辺りや、新しい壁や天井に集まり、楽しそうにはしゃいでいるのが見えた。
きっとこの遊園地がオープンした後は、霊感の強いお客には彼らの姿が見えてゾッとすることだろう。
「でも、古いほうも取り壊さずに出来るならそのほうがいいんだけどね」
新しい遊園地の雰囲気に合わない、そんな理由でまだ故障もしていないのに壊されていく建物達。シュラインにはそれがとても気の毒に思えた。
古いゴーストハウスの隣の建物は、先日取り壊されたばかりのローラーコースターの残骸が積まれている。
シュラインは持参していた花束をふと、そのコースターの隅において、手のひらを合わせた。
「御苦労様でした」
たくさんの子供達に喜びを与え、お勤めを果たしてきた乗り物。ただの鉄の塊になっても、たくさんのお客さんの感情を染付かせていることだろう。
『御苦労様でした♪』
高い声に気づいて見下ろすと、彼女の横で、さっきの坊主頭の少年がシュラインの真似をして祈るポーズをとり、そしてにっこり笑った。
「もぅっ」
シュラインは微笑む。少年もにかぁっと笑って、そのままふっと姿を消した。
夜の冷え込みが少し厳しく感じる、そんな秋の夜の出来事である。
真夜中の遊園地〜ゴーストハウスの住人〜 了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ 女性 26 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0389 真名神・慶悟 男性 20 陰陽師
1057 ステラ・ミラ 女性 999 古本屋の店主
1027 ゴドフリード・アルバレスト 男性 36 白バイ警官
0291 寒河江・駒子 女性 218 座敷童子
0829 西園寺・嵩杞 男性 33 医師
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ。鈴猫(すずにゃ)と申します。
大変お待たせいたしました。「真夜中の遊園地〜ゴーストハウスの住人〜」をお届けいたします。
この作品が、鈴猫の10作目のお話となります。
真名神・慶悟さん10作目、シュライン・エマさん7回目、寒河江・駒子さん2回目のご参加ありがとうございます。
ステラ・ミラさん、ゴドフリート・アルバレストさん、西園寺・嵩杞さんは初めましてですね。
皆様、数多い依頼の中から、私の依頼を選んで頂き、本当にありがとうございます。
今回のお話、いつもと少し手法を変えてみました。
リンクしてるところもところどころありますが、冒頭のシーン以外は、お二人ずつのペアごとにオバケ屋敷に入場していただきました。
そしてペアごとに少しずつお話の展開も変わっています。もしご興味がありましたら、他の方のノベルもごらんになっていただければ嬉しく思います。
今まであまり書いていなかった、遊園地のリニューアル後の姿や、遊園地の秘密(?)のヒントも今回こっそり入れてあります。どのように続くのは秘密ですが。
それではまた機会がありましたら、他の依頼でお会いしましょう。
昼夜の寒暖の差が身にしみるようになってきましたね。どうぞお体にはご自愛くださいませ。
風邪と筋肉痛に苦しみつつ 鈴猫
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