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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>



<オープニング>
 依頼人を前にして草間は少しやりきれなさそうにため息をついた。
 この依頼人が席に着いてから何も話さず、黙り込んだまま暗い雰囲気ばかり出し続けているからだ。
「話してくれなければ、対処の仕様がないんだが」
 草間が苛立ちまじりに促すとようやく依頼人の青年が話し始めた。
「影を探して欲しいんです」
 意味を把握できないまま、草間が下を見ると確かに青年の影が無い。
「私は神社の者なのですが、先日、能面のお祓いを頼まれまして。ところがお祓いをしようとすると、私の影が無いことに気付きました。その時、能面が笑ったのです。そのまま逃げようとする能面を何とか部屋に封じたのですが、私の影は外へ逃げてしまった」
「その影を探して欲しいと?」
「ええ。能面の仕業なのはわかっているのですが……私の力ではどうしようもありません」
 男は相当神経が参っているようだった。話し出すたびに声が小さくうめくようになっていく。
「まぁ、何とかしましょう」
 草間はそれだけ告げた。

「今日は影についての依頼を片付ける日だと思ったが、どうしてここにいるんだ?」
 草間武彦が興信所に来たシュラインを不思議そうに見る。
「そうなんだけど……武彦さんお仕事柄顔が広いでしょう?その依頼のことで頼みたいことがあるの」
「俺の範囲内なら協力するが……何だ?」
「照明器具を借りたいの。何とかして手に入らない?」
「以前の依頼主の中に舞台系の人間が何人かいるな。連絡を取るから少し待ってろ」
「お願いね、武彦さん」
 十分程待つと、草間がシュラインに言った。
「オッケーだそうだ。今から車に照明器具を何台か入れてこっちへ来るらしい」
「良かったわ。武彦さん、ありがとう」
 シュラインが胸を撫で下ろして礼を言うと草間が微笑した。
「礼なら、貸してくれた人間に言うべきだろう」

 車に乗せてもらい神社に着くと、早速シュラインは照明器具を境内に運び入れた。
 まだ集合時刻からは随分余裕がある。
 シュラインは依頼主の話を聞いた時に、解決の鍵は影を探すことにあると思った。
 依頼主は集合時刻を夕暮れに設定してきたが、照明を当てれば影が目立ち、昼間よりも探しやすい。
 神社というのは神聖な場所である。依頼主の逃げた影も、そうそう神社の外へは逃げられないだろう。
 シュラインはそう考えた。
 割と小さい神社だが、照明器具を設置するとなると、場所は計画的に選ばなくてはならない。
(本殿の裏に小さな林があるわ。あの辺りに重点を絞った方がよさそうね)
 シュラインは照明器具を持つと、本殿の裏へまわった。
 五台あった照明器具を全てセットすると、神社の表から話し声が聞こえてきた。
「もう、集合時間なのかしら」
 本殿の裏から顔を出してみると、表で話している二人の内一人がシュラインに気付いた。
「シュライン、こっち」
 シュラインと同じ白い肌に黒髪、青い瞳をしているがシュラインのように細身のタイプではなく、グラマーな身体付きをしている。
 川島志摩だ。
 シュラインは二人のいる所まで走った。照明器具を運びこんだ後すぐに走ったため、少々息が乱れる。
 息を整えてから、シュラインは返事を返した。
「志摩。こんにちは。この時間じゃあ、こんばんはかもしれないけど」
「こんにちは。何であんたあんな所から来たのさ」
「私は先にここに来ていたのよ。さっきまで神社の裏にいたんだけど、話し声が聞こえたから戻ってきたの。それよりあんたも影を探しに?」
 シュラインはもう一人の方に訊きながら観察する。
 男装した細身の色白な身体に、長い黒髪がかかっている。瞳も髪と同じように漆黒を映していた。
 この女性は表情を変えず、冷静沈着といった面持ちで答えた。
「ええ。鴻鴎院静夜(こうおういん・せいや)と申します」
「私はシュライン・エマよ。よろしくね」
 静夜は会釈をすると、本題に入った。
「では早速今回のことで伺いたいのですが。依頼主様の影と能面と問題が二つありますが、どうしますか?私は能面の方を先にどうにかしようと思うのですが」
 志摩が頷く。
「ああ、あたしも能面の方を片付けようと思うよ。シュラインは?」
「私は影の方を先に片付けようと思うわ。だから志摩と静夜さんが能面を何とかして後で合流しましょ」
「そういえばシュラインが先にここに来ていたのも、影を捕まえる用意でもしていたのかい?」
「ええ。照明器具をセットしていたの。照らせば出てくるんじゃないかしら。辺りは暗いし」
「では、私と志摩様は中へ入りましょう。能面を壊すなり救うなりした後で、又ここに戻ってきます。志摩さん行きましょう」
「ちょっと待ってよ。能面のことなんだけどさ、まだどんな目的で影を盗むのかわからないから対処法も見えてこないじゃない。だから、ダウンロード……サイコメトリーで記憶とか技術とかを呼び出すっていうことなんだけど……それをしたいと思うんだけど、どうかねぇ?能面が影を盗む理由とか技とかが呼び出せれば解決出来ると思うんだけどね」
「サイコメトリーということは、能面に触れなければなりませんね?それなら、私は志摩様が能面に触れられるようサポートします」
 静夜は静かに姿勢を正すと、滑り込むように志摩の影に沈んだ。
「え……ちょっと、あんた何したのさ?」
「影に潜みました。能面に近付いた時に私は影から出て能面の背後を取って捕まえます。その瞬間にダウンロードしてください」
「それじゃあ、あんたが危ないんじゃないのかい?」
「大丈夫です。そのまま志摩様が能面に触れようとして怪我でもなされたら、ダウンロードどこではなくなりますから。こちらの方がリスクが小さい筈です」
 静夜の口調は、乱れることなく淡々としている。
 シュラインは志摩の影を覗くようにして眺めた。何も変わっていないただの影にしか見えないが、ここに静夜がいるのだ。
 志摩も影を見ていたが、とりあえずこのまま進むことに決めたようだった。
「まぁ……これで行くとするかね」
「いってらっしゃい。私も影を捕まえたら、あんたたちのところへ行くから」
 シュラインはそう告げると神社の裏手へと歩き出した。
 後ろで、本殿の扉を開く音が聞こえた。

 林に戻ると、いつの間にか人がいる。
「依頼主の方……ですよね?」
 シュラインの声に依頼主はビクついたように振り向いた。
 顔が青ざめている。文字通り、見る影も無い。
「ああ、シュラインさんですか……いえ、影を探しに来たんですが……」
「そんな顔色で、外を歩くのはお薦め出来ませんわ。お休みになった方が良いです」
「ですが、じっとしていられないのです」
 依頼主は訴えるようなまなざしをしている。
(お気の毒だわ……)
 その時、本殿からけたたましい笑い声が聞こえてきた。
「な、何?」
 シュラインが振り向くと、再び声が聞こえた。
「ケケケケケケケケケ」
 それに続いて、志摩の声が境内に響き渡る。
「ちょっと、待ちなよ!!」
「……何かあったんだわ」
 シュラインは本殿へ駆けつけた。
 本殿の扉の所に志摩が立っていた。だが、志摩の影が無い。
「どうしたのよ?」
「静夜ごとあたしの影が連れて行かれた。能面の奴、素早いよ」
「どこに行ったの?」
「あっちの雑木林。静夜を取り戻して、能面を片付けてくるよ」
「片付けるって、ダウンロードは出来たのね?」
「まぁね。あいつ、橋姫(はしひめ)っていう面らしいよ。なんか女の愛憎とか嫉妬とかそんな負の面らしいんだけど。作った奴が巨匠だったんだね、面自身が意志を持ってるみたいなのさ。だから用が済んで燃やされる時に逃げ出したんだね。死にたくないのさ。けど生き続けるためには人間の影を食わなければいけないみたいだね。負の面には影のような人間の負の部分が必要なのさ。あいつはもう行き着くとこまで来ちゃってる。壊してやった方が親切ってもんだろ。ところでシュラインの方は依頼主の影、見つけたのかい?」
「まだだけど……さっき依頼主に会ったわよ。人間の負が無いからかしら、やつれていくのが判るの」
「なら早く見つけた方がいいよ。依頼主の影は逃げたみたいだからまだ橋姫に食われずに済んでるけど、ぼやぼやしてたら橋姫に食われちまうよ」
「わかってるわ。早く影を見つけてそっちへ行くから。じゃあね」
 シュラインは急いで持ち場へ戻った。依頼主のことも心配だった。

 依頼主はさっきと同じように木の傍にいた。
「あの、能面について伺いたいのですが……」
「はい、何ですか?」
「あれは橋姫という面らしいですね。今回は、その橋姫という面が意志を持っていたとか……」
「ええ、そうだと思いますよ」
「その面がここに来るまでのいきさつを伺ってよろしいかしら」
「そうですね。まだ話しておりませんでした」
 依頼主は呟くように話し始めた。
「あれは……本当は燃やされる筈だったのですが……面を持って来た方がおっしゃるには、燃やす直前に逃げたらしいのです」
「ええ、そこまではさっき知りましたけど……」
「ただ逃げたのではありません。一族の影を盗んで逃げたのです」
「影を……?」
「その後すぐに面を捕まえたらしいのですが、面は一族の影を食べてしまったらしいのです。発見された時、丁度橋姫が影を食べているところだったらしいのですよ。それで、捕まえたはいいが、一族の方々はこの面を恐れ、私にお祓いを頼んできたのです」
「そうでしたか……」
「さっき、影を捕まえる手がかりが得られるかと思い、私にお祓いを頼んできた一族の方々の家へ伺ってきました。一族の方々はどうなっていたと思います?」
 依頼人は木に寄りかかり、うめくように先を続けた。
「皆さん亡くなられていました」
 これ以上、外にいさせるのは危険だとシュラインは感じた。
「影はまだ食べられてはいません。私が絶対に取り戻します。依頼主というのは、変な心配はしないで家で待っているものですわ」
 シュラインは依頼主を一旦神社の隣にある家まで連れて行った。
 戻ってくると、シュラインは照明器具一つ一つにスイッチを入れた。電池で光が付くようになっているので、コンセントは要らないのだ。
 片手には懐中電灯も用意した。これでどこまでも影を追いかけられる。
「早く影をみつけないとね」
 シュラインが懐中電灯を一本の木に向けた時、黒いものが光を横切った。
「影だわ!!」
 懐中電灯を影へ向け、シュラインは走った。

 影は素早く動き、境内を走り回る。
 シュラインは必死に追いかけた。
「何としてでも捕まえなくちゃならないわ」
 だが影の動きは速すぎて、シュラインには追いつけない。
 しかも一体どうやって捕まえればいいのか。
「影、影、影」
 シュラインは何度も繰り返し言ってみる。
(影……影を捕まえるといえば、影踏みがあるじゃない)
 上を見上げると、大きな大木が見える。
 シュラインは木の一番低い枝に登り、懐中電灯で真下を照らした。
 この木の上で待ち伏せして、影が寄ってきたら飛び降りて影を踏めばいい。
 そう時間を取らずに影はこの木の下へやってきた。
 シュラインは瞬時に飛び降りて、影を踏んだ。
 案の定、踏みつけると影は動かない。後は簡単に捕まえられた。
 シュラインは急いで依頼主の家に影を持っていった。
 じっとしてはいられなかったのだろう、インターホンを押すとすぐに玄関が開いた。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます!!」
 シュラインが差し出した影を受け取ると、依頼主は影を抱いたまま部屋へ引っ込んだ。おそらく鏡の前で、影をくっつけるのだろう。
「こっちは何とか解決したわね。後は向かいの雑木林に行けばいいのよね」
 シュラインは雑木林へと向おうとしたが、さっきの影踏みを思い出した。
(そういえば、志摩が言っていたわね、影は負の部分が強いから、橋姫は影を食べるって。橋姫は愛憎や嫉妬、負の部分というところで影と同系なのよね。面にだって光を照らせば影が出来るわ。醜い感情を強く持っている今の橋姫の、更に負の部分の強い影……それが弱点なんじゃない?影を踏んで、更に光で照らせば……)
 シュラインは神社の裏へ引き返し、片手に照明器具、もう片手に懐中電灯を持ってから雑木林へ向かった。

 雑木林の規模は小さい筈だが、人を探すとなると広く感じる。
「どこにいるの?」
 シュラインが戸惑っていると林中に響き渡る声が聞こえた。
「あっ また逃げる気かい?」
「志摩だわ。あっちかしら」
 林の中は暗かったが、懐中電灯で照らすとよく見える。シュラインは急いだ。
 木の間をくぐり抜けると、丁度志摩が橋姫を殴りつけて割ろうとしているところだった。
「あんた、もう逃がさないよ。その能面、壊させてもらうからね」
「待って!!」
 声と共にシュラインは懐中電灯の光を橋姫に向けた。
「面を殴っても意味は無いわ!!弱点は影よ、橋姫の影を踏んで!!」
 シュラインの声が響いたと思うと、志摩の影に潜んでいた静夜が、志摩の影ごと橋姫の後ろから踊り出ると、木の葉の上にはっきりと映っている面の影を踏みつけた。
 悲鳴が上がる。心の内の闇を吐き出させたら、こんな声になるのだろうか。
「おのれ……お前のせいか……」
 橋姫は訳のわからない恨み言を吐きながら、静夜へ襲いかかった。
「ちょっと、あんたもいい加減に成仏しなよね。あんたの技を返す代わりに静夜返してもらうよ!!」
 志摩が右手を掲げると、静夜と志摩の影とが橋姫を擦り避け、強風に飛ばされるような勢いで志摩に吸い寄せられた。
 シュラインが照明器具の光も橋姫に当てると、面は砕け散った。

「もうすっかり夜になってるよ。随分時間かかったよねぇ」
 神社に戻ってくるなり志摩は空を見上げ、呟いた。
「そうですね。肌寒いですし、そろそろ帰りましょうか」
「あんた、冷静だねぇ……さっきまでさらわれてたのにさ。あたしが迎えに行かなかったらどうなってたかわからないんだよ」
「そうですね。あの面は陰の部分が強くなり、橋姫から鬼女になりかけていましたから、かなり危険な状態でした。あのままいたら、私は無傷では済まなかったでしょう。志摩様とシュライン様に感謝しています。……さっきまでは結構ドキドキしていましたし、今はホッとしているのですが」
「表情、変わってるようには見えないけどねぇ。まぁそれも個性かね。シュライン、影はどうしたのさ?」
「捕まえて依頼主に返したわよ。今頃、自分の影をつけているんじゃないかしら」
「あたしたちが苦労したってのに、挨拶なしかね」
 志摩が軽く不満を漏らすのに、静夜が添える。
「でも影が戻ったのなら依頼主様、ホッとしているでしょうね。私と同じですね」
「あんたはそうは見えないけど」
 シュラインと志摩の台詞がかぶる。
「でも、帰るたってあの照明器具どうしようかしら。重いのよね。担いで帰るなんて嫌だわ。持ってきた時は車で運んでもらったんだけど、もう車は帰っちゃってるし。どうしようかしら」
「その必要はないんじゃない?」
「何でよ、志摩が担いでくれるの?」
「違うよ。それでもいいけどさ。あっち見てみなよ」
 神社の入り口に車が止まっていて、前に男性が立っている。
「……武彦さん……?」
「お迎えだろ。行ってきなよ。ほら」
 志摩がシュラインの背中を軽く押す。
 シュラインは草間の傍へ行った。
「どうしたの?」
「照明器具はお前だけじゃ運べないだろう。もう車に積んだから後はお前が乗るだけだ。送ってやる」
 辺りは暗くなっているとはいえ、草間の表情に少しだけ、親切を表に出す照れが入っているのはわかる。
「……ありがとう」
 シュラインは車に乗り込んだ。

 終。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1045/鴻鴎院・静夜(こうおういん・せいや)/女/927/古本屋の店主
 0417/川原・志摩(かわはら・しま)/女/25/ピアニスト&調理師
 0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

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■         ライター通信          ■
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「影」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。

●今回は一部が個別となっております。ご自分のお話を読まれて疑問が生じた場合は、他の方のお話もあわせると良いかと思われます。
●話上出てくる能面ですが、あくまでも意志を持った面という設定なので、独自のものとしてお考えいただければ幸いです。

*シュライン・エマ様*
初めまして。今回、一つの話をご一緒できて、非常に嬉しく思っております。
プレイングを拝見した時、事前に色々と策を考えておく計画性や冷静さを感じました。
それ故に、発想の鋭いところを目立たせ、別行動が多くなるという形にさせていただきましたので、他の方との会話が少なくなってしまった反面、事件の解決の鍵を握るという役回りとなりました。
そして、発想の鋭さという冷静さを要求する部分とは反対に、依頼主の心情を汲むという情のこまやかな面にも重点を置くようにしましたが、これらはあくまでも私の中のシュライン様のイメージですので、違和感を持たれた個所がありましたら、どうかご指摘願います。