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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


欲望を喰らうもの


■ オープニング1・コートの男

 目の前に、1人の男が立っていた。
 カーキ色の飾り気のないコートを着た、長身の男だ。
 顔は、光の加減のせいか、よく見ることができない。
 やがて、男はゆっくりと話し始めた。
「我は欲望を叶えるもの……」
 コートのポケットから四角い何かを取り出し、こちらへと差し出してくる。
「これを受け取った時から、お前の運命は変わる」
 それは、何も書かれていない、1枚のカード。
 真っ白な表面が、鈍く光を反射している。
「これにお前の欲望を書き、指定された場所に来い。そこでまた会おう」
 それだけを一方的に告げると、男は現れた時同様、煙のように消え失せた。
 ただ、最後にニヤリと口元を歪めたように見えたが……定かではない。


■ オープニング2・目覚め、そしてはじまり

 翌朝、あなたは普段どおりに目覚めた。
 そう、あの男も、その言葉も、全ては夢だったのだ。
 が、しかし、ふと枕元を目にした時、あなたは愕然とする。
 そこには夢の中で男が手にしていたあのカードが……
 同時に、頭の中に何者かの声が響いた。
『今日18:00、東京駅、中央線ホームに来い』
 それが誰の声かは、言うまでもないだろう。
 あなたは無言で、じっとカードを見つめる。
 ……どうするか?

 時を同じくして、ゴーストネットの掲示板でも、このカードの話題がチラホラと飛びかっていた。
 どうやら、この正体不明の品を受け取ったのは、1人だけではないらしい。
 果たして、このカードは何なのか?
 あの男は、一体……

 そして、あなたはこれに、何と書く?

「我は欲望を叶えるもの……」

 その言葉が、もう一度あなたの耳元で聞こえたような気が……した。


■ 接触・行先は異界

 JR中央線快速。
 東京から高尾までを結ぶ50キロ程のこの路線は、途中、神田で山手線、御茶ノ水で総武線、新宿で埼京線、高崎線、東海道線などにも繋がり、いわゆる通勤、通学電車として広く親しまれている。
 が──
 それとは別に、この路線は非常に不名誉な事でも、その名が知られているのだ。
 ある年の統計によると、JR東日本全体での走行中への電車の飛び込み死亡事故は37件。そのうちのなんと22件がこの中央線で起きたものなのである。
 郡を抜いて高い、その数字。
 そう、そこは都内でも有数の「自殺の名所」なのであった──

 午後5時50分、東京駅中央線快速。そのホームに、1人の少女が現れた。
 時間からして、ちょうど帰宅ラッシュのあたりであり、5分とたたずに、次々と電車が大勢の人を乗せて走り去っていく。
 が、少女はそのどれにも乗る事はなく、ただ静かな視線を流れゆく人波に向けている。
 いささかレトロな、しかしだからこそ人気の高い某ミッション系学校のセーラー服に身を包んだ彼女の名は、篠宮夜宵(しのみや・やよい)といった。
「あら、あなたもかしら?」
 と、その背後で、声がひとつ。
 夜宵が振り向くと、そこには鮮やかなライムグリーンのワンピースを着た女性が1人。
 一目でシャネルと見破ったが、それよりも彼女が手にした1枚のカードに目が行った。
 明らかに自分が持つのと、同じものだ。裏向きだったので、書いてある文字はこちらからはわからない。
「……そちらも、ですか」
 ごく自然に、夜宵はこたえた。
 ゴーストネットで話題になっていたのは知っていたし、自分以外にも、ここに来る者がいるのは不思議ではない。
 それに何より、夜宵には、目の前の女性がなんらおかしな意志を持っていないという事を感覚的に掴んでいた。
 その手の直感には敏感であったし、自信もある。
「よろしくね、わたしは──」
 シャネルを纏った女性が微笑み、自己紹介をしようと口を開きかけようとしたその瞬間、
「あーーーー! 仲間発見!」
 大きな声がして、2人が揃ってそちらに首を傾ける。
 タタタッっと走ってくるのは、これまたセーラー服の少女だった。ただし、夜宵とは少々デザインが異なる。同じ学校というわけではないようだ。
「あんた達も、そのカードもらった関係のヒトなんだよね? ボクもだよ」
 快活な笑顔と一緒に、そう告げる彼女。
 見るからに元気! という雰囲気は、どこか夜宵とは対照的だった。
 顔立ちも大人っぽく、セーラー服に多少の違和感を感じる程に色っぽい。あくまで健康的に……という意味ではあるが。
 その彼女は、森永ここ阿(もりなが・ここあ)と名乗った。
 夜宵と同じく17歳の高校生との事だ。
「えっと、わたしは──」
 先程言いそびれたシャネルの女性が、再び自己紹介をしようとしたが、不意に途中で言葉を切り、顔を横に向ける。
 人の良さそうな笑みが、その瞬間にふっと消えていた。
 夜宵、ここ阿の順で、同じ方向に目をやる。
 その先に、こちらを見ている少女がいた。
 ちょうど夜宵やここ阿と同じくらいの年齢だろうか、その手には、やっぱりカードが握られている。
 仲間がいる事に気づいて、話しかけようかどうしようか迷っている……表情はそんな感じだ。3人と目が合うと、顔に薄く微笑みを浮かべた。
 けれど、夜宵はすぐに、
「逃げて!!」
 鋭く、そう叫んでいた。


■ 犠牲者・喰らうもの

 その少女の隣に立つ、コートの男。
 夢の中に出てきてカードを渡した、あの男だった。
 目の前にいる少女を見下ろした口元にあるのは、ぞっとするような温度のない笑み。
 見た瞬間に、夜宵は叫ばずにいられなかった。
 そうでもしなければ、大変な事になる。
 あまりにも明確なイメージを伴った、予感。
 それが──現実のものとなった。
 コートの男の手が伸び、無造作に少女の身体を押す。
「え?」という表情を浮かべつつ彼女の身体は流れていき、白線を越え、線路へと舞った。
 間を置かず、そこに電車が滑り込んでくる。
「!!!」
 警笛と、悲鳴のような激しいブレーキ音。
 やや遅れて、誰かが本物の悲鳴を上げた。
「事故だ!!」
「女の子が飛び込んだぞ!!」
「救急車! 救急車だ!!」
 ラッシュ時の騒がしさが、別の種類の喧騒へと変わる。
「なんて……事を……」
 やや間を置いて、夜宵がつぶやく。
 握られた拳が、細かく震えていた。
 どうやらあの男の姿は、カードを手にした者以外には見えていないらしい。
 少なくとも、自分達以外、気に留めている人間は皆無だ。
 やがてコートの男は、ホームへと近づくと、何かを拾い上げる。
 それは……真っ赤に染まったカード。
 今、あの少女の命を吸い上げた……その品であった。
 そして、声も上げずに、男が笑う。
「まず──1枚」
 3人の耳には、そんな台詞が忍び入ってきた。
「ちょ、ちょっとちょっと! 人が轢かれちゃったよ! 大丈夫だったのかな!?」
 さすがのここ阿も、目を丸くする。
 ──大丈夫ではない。
 他の2人は既にそれを感じ取っていたが、口には出さなかった。
 男の目が、ゆっくりとこちらを向く。
「次は……お前達のカードだ」
 限りなく暗く、低い声がそう告げた。
 それと同時に、あたりの様子が一変する。
 自分達を除いた全ての人間の姿が消え、電車も、線路も、キオスクも消えた。
 残ったのは、左右どちらを見ても、無限に続くのではないかと思われるコンクリのホーム……それだけだ。
「うわー、すごい手品、あいつ何者よ」
 きょろきょろ見回してつぶやいたのは、ここ阿だった。
 感心しているようには聞こえても、恐がっているようには見えない。ある意味大物である。
「……そう。そんなに欲しいなら、返しましょう。私の望みと一緒に」
 静かな声が、つぶやいた。
 制服のポケットからカードを取り出すと、男へと向かって突きつける。
「私の願いは──これです!」
 夜宵のカードには、しっかりとした字で、こう書かれていた。

『人を害する欲望を無闇に叶える者がいなくなる事を望む』

 稟とした声と共に、夜宵の周囲から光が消滅する。
 彼女を中心として広がる、漆黒の影。
 夜宵は闇を召喚し、操る事ができるのだった。
 それは、敵対するものから光を奪い、動きを奪い、全てを奪う絶望の使者。
 ひとたびこれに捉えられれば、逃げられる術はない。
 ──が、
「くっくっくっく……」
 男の口から、笑いが漏れる。
「……無駄だ」
 男の様子には、なんの変化もない。
「……」
 それを知っても、夜宵の表情もまた、何も変わらなかった。
 ならば、他の手で攻める。それだけの話だ。
「今度は、こちらからゆくぞ」
 男の口の端が吊り上がる。
「!?」
 同時に、足元のホームから、次々と生えてくる何か。
 見ると──それは手だった。
 生白い人間の手が、数十、数百と沸き出してくる。
「わっ! 悪趣味!!」
 素直な感想を口にするここ阿。
 求めるように、探すように、手はぐねぐねと動き、掴みかかってくる。
「くっ!」
 飛び下がる夜宵だったが、そこにも手が──!
「!!」
 反射的に蹴り飛ばそうとしたが、その必要はなかった。
 刹那、銀色の線が空気を薙いで走ったと見るや、目の前の手が根元から分断され、宙に舞った。
 それは何度か空中でのたうつと、すうっと溶けるように消えていく。
「香月流霊斬糸」
 悪戯っぽい笑みを含んだ声。
 そちらを向くと、
「わたしは香月千那(こうづき・せんな)。こう見えても、その道ではちょっとは名前が知られてたりする家の出なの。よろしくね、夜宵ちゃん」
 シャネルを着たあの女性が、小首を傾げてにっこり微笑んでいた。


■ 求めるもの達・かりそめの決着

「えーい!! このこのこのーーー!! あたしの足に触ろうなんて1000億年はやーーーい!!」
 傍らでは、ここ阿が奮戦していた。
 一抱えもある巨大なピコピコハンマーを持ち、次々に生えてくる手をモグラ叩きよろしく張り倒している。
「ねえ、ここ阿ちゃん、ひとつ聞いてもいい?」
「なに? もうちょっとでハイスコアなんだけど」
「そのハンマー、どっから出したの?」
「……知りたい?」
「うん、是非」
 千那の言葉に、チラリと振り返ると、
「企業秘密だからダメ」
 ニヤリと笑って、言った。
「そっかぁ、残念」
 本当に残念そうにつぶやきながら、千那が手を振る。
 指先からは、わずかばかりの光に反射して、キラキラと細いものが伸びていた。
 それはまるで生き物のように空中に広がり、3人の周りを円で囲んでいく。
 先程の糸だと、夜宵はすぐに見破った。
「うん、こんなもんかな」
 完全に囲んでしまうと、満足げに頷く千那だ。
「結界……ですね?」
「ええ、そうよ。こうしちゃえば、並の奴は入ってこれないから」
 その言葉に嘘はなかった。
 無数に湧き出した手は、全て輪の外側で、そこに何かの壁でもあるみたいにせき止められ、空しくもがいている。
「でも、これじゃ何も変わらないわよね。アイツをなんとかしないと」
「……ですね」
 そう言った2人の目が、同じ対象に向けられる。
 コートを着た、あの男に。
「あれは、一体なんなんでしょう?」
「さあ、わからないわね。でも、はっきりしてる事もあるじゃない」
「あいつは、こちらの望みを叶えるような存在ではないという事……ですね」
「ぴんぽーん」
 明るい声で、千那が微笑む。デキの良い生徒の答えを聞いた先生みたいな反応だ。
「えーーーーっ!!!」
 一方、思いっきり不満そうな声を上げる者が約1名。
「あら、もう手と遊ぶのはやめたの?」
「うん、だってキリないんだもん。パターンは同じでつまんないし、隠しキャラくらいあればいいのに──って、そうじゃなくて、今の本当? あのヨレヨレコートが、こっちの望み聞いてくれないって?」
「まずそう思って間違いないわ。あなたも見たでしょう、あの男が女の子を線路に突き落とすのを。それに、こうして私達を襲っているわ。その2点が、何よりの証拠よ」
「えー、でも……うーん……そっかぁー……そうだよねー、言われてみれば……そうかも」
 夜宵の台詞に、しばし腕を組んで唸っていたが、やがてパッと顔を上げ、
「よくも純真なボクをだましたな!! 許さないぞっ! もう怒った! 一生懸命ボクは怒った!!!」
 男に向かって指を突きつけ、憤然と食ってかかった。
「大体そのコートは何なのさ! もしかして下は裸? この変態!! スケベ!! 逮捕されちゃえ! お前の×××なんかきっと××××で×××××に違いないんだ! このバーカ!! えーとそれから……」
「まあまあ、とりあえずそれくらいにしたら? 気持ちはわかるけど」
 さらに何かを言おうとするここ阿を、千那がなだめる。
「だってぇ、ひどいよアイツ、嘘ついたんだよ、望みを叶えるって」
「……いえ、そうとも言えないんじゃないかしら」
「え?」
 静かな声は、夜宵だった。何かを考える顔で、じっと男を見つめている。
「思い出してみて、あの男は確か、自分は「欲望を叶えるもの」だと名乗ったわけよね?」
「……うん、確かそうだった」
「でも、それが私達の欲望だとは言ってないわ」
「へっ? じゃあ、誰の欲望よ? あいつの?」
「そうかもしれない。そして……それだけじゃないかもしれない」
「……どゆこと???」
 目をぱちくりさせるここ阿。
「つまり、ここは都内でも屈指の自殺の名所だっていうこと……かな」
 相変わらず微笑んだまま、千那が言う。
「そう。そして、自殺をした人というのは、たいてい夢や希望、その他多くのものを失い、死を選ぶしかなかった人達よ。その人達が、死んでもなお浮かばれずにさ迷い、苦しみ、何かを求めているとしたら……」
「そういった人達は、何を欲しがると思う、ここ阿ちゃん?」
「えっ? えーと…………なんだろ。ボク死んだ事ないから、よくわかんない」
「ふふっ、そうね、ここ阿ちゃんみたいな元気なコには、一生縁のない感情かもしれないわね」
「……それ、ほめてんの?」
「ええ、もちろんよ。わたし、ここ阿ちゃんみたいなコ、大好きだもの」
「そう? あんがと」
「いえいえ、どーいたしまして」
「……とにかく、仮定のひとつでしかないけれど、あれはそういった者達の悲しい欲望の集まりかもしれない。自分の願いや夢が果たせなかった代わりに、他の者の欲望を奪おうとする……そういう存在というわけね」
「わたし達にカードを渡して、欲望を書けっていうのも、つまりそういう事かな」
「……そうなの? よくわかんないけどさ……」
「でも……命を奪うのまではやりすぎね。それは許せない、絶対に」
 はっきりと、言いきる夜宵。
「どうする?」
 と、千那に問われて、
「私がやります」
 そう、こたえた。
「さっきは効かなかったけど、大丈夫?」
「心配無用です」
「ふふ、じゃあお願い」
「はい」
 そして──千那が手を振り、結界を解いた。
 同時に夜宵の身体から、漆黒の世界が放たれる。
 何もせずに、ただそれを受け入れる男。
 自分には何の効果もないと、信じて疑わないのだろう。
 しかし……今度は違った。
「がっ……!?」
 初めて、男の口から苦鳴が漏れる。
 夜宵の闇は、先程とは違い、もうひとつの面を見せていたのだ。
 全てを暗黒に閉ざし、相手を恐怖に陥れるのも闇。
 人を優しく眠りへと誘い、癒すのもまた闇。
 欲望の化身とも言える存在に対しては、恐怖など役に立たぬかもしれない。
 だが、後者ならばどうか?
 果たして、男は、
「おぉぉおおぉおぉぉおぉぉーーーーーっ!!」
 頭を押さえ、叫び、苦悶する。
 数百と生えた全ての手もまた、激しくもがいていた。
 音もなく千那の糸が舞い、男の身体へと巻きついていく。
「とどめーーーーーっ!!」
 ここ阿も、ハンマーを男へと投げつけた。

 ──ピコーン☆

 響き渡る、軽い音。
 闇に巻かれ、糸に四肢を寸断され、頭にハンマーの直撃を受け……欲望という名のものは、消えていくのだった。


■ 帰還・滅びなき終焉

「……」
「……」
「……」
 気がつくと、3人は再び喧騒渦巻く中央線ホームに立っていた。
 ホームの時計は、午後6時5分をやや過ぎたあたり。
 実際の時間は、わずか5分あまりしか経過していないらしい。
 多くの警官、駅員、救急隊員らの姿が見え、それ以上に多数の野次馬がホームの一角を囲んでいる。
 その様を見ると、3人共何も言えなかった。
 やがて──
「では、私は帰ります」
 最初にそう言ったのは、夜宵だった。
「え? もう行っちゃうの?」
「ええ、さようなら」
「あ……」
 ここ阿が何か言う前に、夜宵は薄く微笑むと、階段の方に歩いていく。
 すぐに人波に飲まれ、見えなくなった。
「じゃあ、わたしも行こうかな」
 と、千那がつぶやくと、
「えー、お姉さんも行っちゃうのー!」
 とたんに頬を膨らませるここ阿だ。
「そんなのつまんない!」
「つまんないって……それじゃあどうするの?」
「そうだな……じゃあボクになんかおごってよ」
「え? わたしが?」
「そう! うん、それいい! グッドアイデア! すぐ行こう! さあ行こう!」
「え? え? あの…」
「れっつらごー♪」
 かくて──千那はここ阿に腕を掴まれ、半ば引きずられるようしにして、その場を去るのであった。

 ──あの男が本当にあれで滅んだのかどうかは、結局わからない。
 ただ、その年の中央線での飛び込みによる事故は、例年よりも少なかったと記録にはある。
 決して、ゼロではなかったわけであるが……
 もしかしたら、今でも誰かにカードを贈り、密かに欲望を満たしているのかもしれない。
 決して満たされる事のない、底なしの暗い望みを──


■ エピローグ・夜宵

 ──翌日。
 夜宵はいつものように、学校へと向かう車の中で、その日の朝刊に目を通していた。
 後部座席に座る彼女の隣には、日本の有名どころの新聞はおろか、英字やフランス語、ドイツ語、アラビア語等のものまでが丁寧にたたんで置かれていた。
「……お嬢様」
 と、声。
 目をやると、運転主兼執事が前を向いたまま、
「3週間前にお嬢様の言いつけで買いました株が急騰しております。いかがいたしましょう」
 うやうやしく、尋ねてくる。
「午後までに全部売って」
 さして悩んだ様子もなく、即答する夜宵。
「一時的なものよ。明日にはまた下がっているはずだから」
「かしこまりました。では、元金以外は、またいつもの所に寄付という事でよろしいですか?」
「ええ、そうね……」
 と、言いかけたが、すぐに手元の新聞を手に取り、
「今回は、この家族に振り込んで頂戴。匿名でね」
 そう言いなおして、とある記事にペンで印をつけた新聞を手渡した。
「わかりました、お言いつけの通りに致します」
「お願いね」
「はい」
 それ以上夜宵は余計な事を何も言わず、運転手兼執事も何も聞かない。一流とは、そういうものだ。
 ちなみに、彼女が印をつけた新聞記事とは、昨日の事故のものである。
 人身事故……としか書かれてはいないが、読んだ者のほとんどは、それが自殺であると思うだろう。
 中央線とあれば、なおさらだ。
 自分だって、昨日の事がなければ、単に人身事故で電車のダイヤが乱れた……くらいにしか思わなかったに違いない。
 でも、今は違う。
 自分もその場にいて、そして止められなかった。
 そんな思いが、夜宵の中にはある。
 不可抗力だったとも言えるが、それで自分自身が納得できるかどうかはまた別の話だろう。
 ……単に、自分の気持ちに整理をつけたいだけかもしれないわね。
 流れゆく外の景色を眺めながら、ふと思った。
 他に考えねばならぬ事は山ほどあるし、いつまでもひとつの事に捕らわれているわけにもいかない。
「……少し冷たいかしら」
 思わず、そんな言葉が口から出た。
「ヒーターを入れましょうか?」
 すぐに、前から声が飛んでくる。
「いえ、いいわ」
「そうですか?」
「ええ……」
 やや微笑んで、彼女はこたえた。
 頭を振って、余計な事を考えないようにする。
 ただ……こう思った。
 ……次にあのカードを受け取る事があったら、いえ、何度来ても、全て出向いて潰してみせる。
 そして、後は完全に頭を切り替えると、夜宵は普段の生活へと戻るのだった。
 ごく普通の、日常の世界へと──


■ END ■


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0801 / 森永・ここ阿 / 女 / 17 / 高校生】

【1005 / 篠宮・夜宵 / 女 / 17 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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 どうもです、ライターのU.Cです。
 森永様、篠宮様、この度はご参加ありがとうございました。
 偶然にも参加者のお2人が17歳の高校生という設定でしたので、こちらも対抗して(?)NPCは女性で攻めてみました。女3人ぶらり魔物狩りって感じです。火曜ワイドとかでやりそうですね。(←やらないって)
 お2人のキャラクターがいい感じで正反対でしたので、書いていて楽しかったです。
 篠宮様、なかなか素敵な特殊技能をお持ちで。その設定を読ませて頂いた時に、大体のストーリーが固まりました。お世話になりました。
 森永様、設定には特に書いてなかったのですが、ピンナップの方にピコハンがあったので「あ、これが特殊攻撃なんだな」と判断して使わせてもらいましたが……これでよかったんでしょうか? 実はそれだけが不安だったりしてます。

 篠宮様、森永様、本当にご参加ありがとうございました。
 読んで下さった皆様にも、感謝致します。

 ご縁がありましたら、また別の話でお会いしましょう。

 それでは、その時まで。