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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:怨念の蔵
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 ある日、草間零は奇妙なものを見た。
 古い土蔵である。
 それ自体は妙でも珍でもないが、新宿という土地にはあまり似つかわしくなかった。
「誰か個人の持ち物かしら?」
 小首を傾げる。
 まあ、国や地方自治体が新宿に土蔵を持っているという話は聞かないから、個人所有であることは間違いないだろう。
 土壁の匂いが鼻をくすぐる。
 普通の人であれば、古い匂いに顔をしかめるかもしれないが、
「懐かしい香り‥‥」
 呟く零。
 さまざまな意味で、普通とは異なっている少女なのだ。
 こんな土蔵は、かつて東京にも沢山あった。
 苦みを伴った懐旧が、胸郭を満たしてゆく。
 こういったものが姿を消していったのは、時代の変化と、なにより大空襲が直接の原因だから。
 見上げる黒い瞳に、僅かな寂寥が揺れていた。
「こんな土蔵が面白いかえ?」
 突然、背中から声がかかる。
 慌てて振り返ると、そこには老婆がたたずんでいた。
 あの悲惨な時代を生き抜いた世代であろう。
「‥‥これはお祖母さんの持ち物なんですか?」
 やや躊躇いつつ、零が訊ねる。
「そういうことになるのかねぇ」
 老婆は否定も肯定もしない。
 曖昧な事ではあったが、べつに怪奇探偵の妹は気にしなかった。
 もっと気になることがあったので。
「そんなに気に入ったなら、中も見るかえ?」
「見せてもらえるんですか?」
「たいしたものは入っておらぬでのぅ」
「ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げる。
「そうさのぅ。今宵にでも、もう一度訪れるとよいわ。カギを開けてやろうほどに」
 笑う老婆。
「はい。必ず」
 こちらも笑顔で応じ、零はその場をあとにした。
 白皙の美貌に、なぜか哀惜の表情を浮かべながら。



※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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怨念の蔵

 空気清浄機が声高にレゾンデートルを主張している。
 秋の午後。
 穏やかな陽光が事務所に注ぎ込む。
 なんとなく長閑な一日である。
「土蔵ねぇ」
 シュライン・エマが呟いた。
 黒い髪、澄み渡る秋の空のような瞳。
 草間興信所の大蔵大臣という異称を持つ女性だ。
「はい。ちょっと珍しいでしょう?」
 答えるのは、所長の妹たる草間零である。
 午前中に散歩を楽しんでいた彼女は、置き忘れられたように土蔵を発見していたのだ。
「うむ。なかなか珍しいな」
 コーヒーを啜りつつ、武神一樹が頷く。
 漆黒の瞳に興味の色が輝いていた。
 骨董屋の勘だろうか。逸品に巡り会えるような気がする。
「それで、行くつもりなんですか? 零ちゃん?」
 ノートパソコンから顔を上げ、那神化楽が尋ねた。
「行くつもりなの〜?」
 絵本作家にじゃれついていたイーゴラ少年が唱和する。
 それなりに邪魔だ。
 だったら家で仕事をすれば良さそうなものだが、邪険にできないところが那神の那神たる所以であろう。
「行ってみるつもりです。多少、気になりますし」
 白皙の顔に穏やかな微笑をたたえ、零が応えた。
「もちろん」
「俺たちも行くぞ」
 シュラインと武神が言う。
 事件があるわけでもないし、金になるわけでもないが、秋の夜長を零の冒険譚に付き合うのも悪くはない。
「そういうことでしたら、俺も」
 コーヒーカップを取りあげつつ、絵本作家も同行を申し出る。
 もともと金銭には執着の薄い三人である。
 動機が興味本位の方が、気軽で良い。
「お前らも好きだねぇ」
 からかうように言ったのは草間武彦だ。
 興味がタバコにしか向かわない変人である。
「べつにお前は留守番していてかまわないさ。イーゴラとでも遊んでいろ」
「あら? ダメよ一樹さん。武彦さんには重要な仕事があるんだから」
「重要、ですか?」
「そう。報告書書き。明日の朝までに、これお願い」
 所長のデスクの上に、タワー型パソコンよりもうずたかく書類を置くシュライン。
「‥‥こんなに‥‥」
 泣きそうな顔の草間。
 むろん、誰ひとりとして同情しなかった。
 溜め込むヤツが悪いのだ。
 もっとも、ほとんどの書類は青い目の事務員が清書しており、あとは決済印を捺すだけである。
 このあたり、所長のものぐさの原因の一端であろう。
 優しさは、ときとして人を堕落させる。
 そこまで大げさなモノでもないが。


 剣のように細い月が、弱々しい光を放っている。
 月齢 二八日。
 もうすぐ新月である。
 太陽暦が使われるようになってからは、あまり月の運行に興味を示す人間もいなくなった。
 かつては、地球から最も近いこの星は、尊敬と畏怖の対象であったものだが。
「良い夜ねぇ」
 なんとなく空を見上げるシュライン。
 蒼眸が、夜の闇を写し込んだかのようだ。
「虫の声も聞こえるな。まるで東京ではないようだ」
「風情があるというか、不気味というか」
 男ふたりが呟きを漏らす。
「シュラインさん。那神さん。手を繋ぎましょ」
 意外なことを、零が言った。
「‥‥そうだな」
 声をかけられたものたち以外の男が応じる。
 やや釈然としない顔で、事務員と絵本作家が少女の手を握った。
 にっこりと笑う零。
 仲の良い兄妹、に見えなくもない。
「もう少し行くと見えてきます」
 先導するように歩き出す。
 やがて、四人の男女の前に土蔵が姿を見せた。
 その前にたたずむ老婆も。
「こんばんは。お婆さん」
 怪奇探偵の妹が一礼する。
「よくきなさった。この方々はお友達かえ?」
 老婆の問いかけ。
 軽く頷く三人。
 べつに自己紹介などはおこなわれなかった。
 わずかに武神が眉を動かした程度だ。
「たいして見る価値などはないのだがのう」
 言いつつも、照れたように老婆が笑う。
 こんな土蔵を見たいなどと言ってくれるものがいるとは。
 物好きというものだろうが、ありがたいことだ。
 滑るような足取りで案内する老婆。
 やや遅れて四人が続く。
 古い土蔵が、昼間に見るとは違った迫力をもって口を開けていた。


 漆黒の闇。
 か細い月明かりすら入り込まぬ内部は、まさに常闇の世界だった。
 絶望を具象化したしたような空間である。
「‥‥‥‥」
 無言のまま、零が目を伏せる。
「なんか‥‥妙な雰囲気ね‥‥」
 いつも強気なシュラインも、どことなくうそ寒さを感じていた。
 と、小さなあかりが灯る。
 闇に足を取られることすらなく奥に歩を進めた老婆が、蝋燭に火をつけたのである。
「ありがとうございます‥‥」
 礼を述べる那神の背後で、蔵の扉が閉まる。
 風もないのに。
 武神の目が、すっと細まった。
「‥‥どういうおつもりかな」
 剣呑な気配を口調に含め、老婆に問いかける。
 かびと埃が入り交じるすえた匂いのなか、老婆が笑みを浮かべた。
 ニタリ、と。
 その口から血が滴る。
 罠か。
 那神とシュラインが身構える。
 否、身構えようとした。
 動作が途中で止まったのは、握りしめた手を零が放さなかったからだ。
 不審そうな顔をする二人の男女に、ゆっくりと首を振って見せる少女。
 探偵たちが無言の会話を交わす間にも、土蔵の内部は間断のない異変に苛まれていた。
 何処からともなく冷たい空気が流れ、一行の首筋を撫で回す。
 蝋燭の炎が不自然に膨らみ、萎み、不気味な影を壁面に映し出す。
 ごうごうという音とともに、蔵自体が鳴動を始める。
 埃が舞い上がり、悪意の嘲笑を浮かべながら空中を踊る。
「‥‥このような真似をなさる理由、お聞かせ願おうか」
 剛胆さに糸屑ほどのひび割れも作らず、調停者が詰問した。
「呪ってやる‥‥呪ってやる‥‥呪ってやる‥‥」
 だが老婆の口からは、壊れたレコードプレーヤーのような声が虚ろに響くだけであった。
「あのねぇ」
 溜息混じりに、シュラインが口を挟む。
 その顔に恐怖の色は浮かんでいなかった。
 こんな商売をしていれば、超常現象など珍しくもなんともない。
「呪ういわれて、ハイそうですかなんて応えるわけ無いじゃない」
 正論である。
「ついでに、呪われる理由もないですからね」
 那神の台詞が補強した。
 怪奇探偵たちは、少なくとも、この老婆の恨みを買うような行為はしていない。
 これで呪われるのでは逆恨みも良いところだ。
 付き合いきれるものではない。
「話してみてはどうか? あるいは力になれるかもしれん」
 淡々と武神が語る。
 老婆の肩が、がっくりと落ちた。
 自らの敗北を認めるように。


 その娘は、冬実(フミ)といった。
 子供の頃から体が弱く、よく高熱を発しては両親を心配させていたという。
 だが、そのフミが一六歳になったとき、転機が訪れる。
 恋に落ちたのだ。
 相手はフミの家に仕えていた書生の青年。
 それは、熱く激しい激しい恋だった。
 人目を盗んで逢瀬を重ね、ついにフミは青年の子を身籠もるにいたる。
 不幸のはじまりであった。
 事実に恐れをなした青年は逃亡し、身重の彼女だけが残された。
 そして両親の怒り。
 不義の娘。
 土蔵の中の牢。
 産み落とされてすぐに里子に出される赤ん坊。
 暗い暗い蔵の中、日の光さえ差し込まぬ。
 弱っていく身体。
 口から溢れ出す鮮血。
 肺結核という名の伝染病。
 やがて、土蔵とフミは見捨てられる。
 はるか昔の物語である。

 幾千夜。
 大きな地震があり、大空襲があり、街は滅び、そして復興された。
 だが、見捨てられ忘れられた場所には、忘れずにいる魂が厳として存在していた。
 恨みという名の感情に支配された、哀れな魂が。
 

「‥‥で、あなたは何を望む?」
 武神が言った。
 具体的でない問いかけの意味は、だが、正確に仲間たちに通じた。
 調停者は尋ねているのだ。
 このまま地縛わ続け、ついには悪霊と成り果てるか。
 それとも浄化を受け入れ、輪廻の輪の中に立ち戻るか。
「‥‥‥‥」
 老婆の姿は、いつの間にか若い女性のものに変わっていた。
 何十年も前に亡くなった女性の姿に。
「へぇ‥‥」
「なるほど‥‥」
 事務員と絵本作家が感心したように眺める。
 零を。
 つまり、ずっと手を繋いでいたのはこういう事だったのだ。
 霊視能力のないふたりに、一時的に力を仮借するため。
「最初から、全部判ってたのね? 零ちゃん」
「‥‥すみません‥‥」
「謝るような事じゃないですよ」
 穏やか会話。
 高い霊能力を持つ零だからこそ、老婆と出会うことができたのだ。
 そして出会った以上、見過ごすことはできなかった。
 どうやら零も、草間並みにお節介になったきたようである。
 朱に交われば赤くなる、というヤツだろう。
「優しいんだから、もう」
「ふふふ。興信所の人たちは優しい人ばかりですよ」
 自覚のない朱たちが、なにがしかの結論を導く。
 まあ、無理にまとめる必要もないのだが。
 一方、武神とフミの会話も、そろそろ終わりの時を迎えていた。
 いくらフミが現世に執着を遺そうとも、もはやここは、彼女がいるべき場所ではない。
 無理に留まっても、良いことなど何一つない。
「人をとり殺し、悪霊と成り果てれば、今度はあなたが逐われることとなる。それでよいのか?」
 厳しい口調だが、それは調停者なりの優しさである。
 事実とは、常に冷厳なものだ。
 中途半端な慰めなど、かえって本人のためにならない。
 地上は、生あるものの住まう場所だ。
 執着があろうとなかろうと、死してなお留まることは摂理にすら逆らうことだろう。
「‥‥お任せします‥‥」
 ついに、フミは頭を垂れた。
 気になることはいくらでもある。
 産んだ子の行く末。
 愛した青年の未来。
 家族たちの終末。
 だが、それを求めても詮なきことだ。
 もはや。
「道を拓いてやる‥‥」
 調停者の両手に淡い光が灯る。
 暗闇を照らす道標のように。
「そくらや巫ほど上手くはないがな」
 苦笑しつつ、詞を紡いでゆく。
 やがて、土蔵が眩く輝きはじめた。


 涼しい夜風が、四人の男女の黒髪をなぶる。
 新宿の片隅、置き忘れられたような空き地。
 そう。
 土蔵もフミも、もうここには存在しない。
「‥‥なるほど‥‥ここでしたか‥‥」
 那神が言った。
「ここって?」
 シュラインが訊ねる。
「どうしても建物が建てられない土地。そんな話を聞いたことがないですか?」
 よくある怪談話だ。
 呪われた土地。建築業者に降りかかる災難。相次ぐ事故。
 ようするに、この土地もまたそういうものの一つだったのだ。
「きっと‥‥日本中に幾つもあるんでしょうね‥‥そんな場所が‥‥」
 ふたりの仲間から手を放した零が、ぽつりと呟いた。
 酬われぬ霊。
 それは、怪奇探偵の妹の過去に繋がる回廊だった。
 俯く彼女の頭に、軽く手を置く調停者。
「だからこそ、俺たちのような存在も、無意味ではないということだ」
 僅かな寂寥を帯びた言葉と、ほろ苦い表情。
 風が、伸び放題の草をざわざわと揺らしていた。


  エピローグ

「‥‥こんなところね」
 資料をプリントアウトし、シュラインが呟いた。
 疲れた目を労るように、右手でこめかみを揉む。
「こっちも終わりました」
「菩提寺も判ったぞ」
 那神と武神も、資料を抱えて事務員に歩み寄る。
 土蔵とフミのその後について、調査をおこなっていたのだ。
「木塚子爵家。けっこう良家だったみたいね」
「フミという人の産んだ娘は、大谷という家に引き取られています」
「墓は静岡だな。最終的にはフミの遺骨もちゃんと葬られている」
 フミの死後、まもなく木塚子爵家は消滅する。
 呪い云々というより、華族というもの自体がなくなったからであろう。
 むろん、族滅したわけではなく、細々と血統は続いている。
 フミの産んだ子は女児だった。
 この子は福島県の大谷という家に引き取られ、八二歳の天寿を全うしたという。
 とくに治績を残したとか、そういう人生ではなかったが、まず平穏で波乱のない生涯であったようだ。
 現在、大谷家はその人の孫の代に移っている。
「と、いうわけだ。零」
 人数分のコーヒーを運んできた零に、武神が笑いかけた。
「はいこれ。静岡と茨城までの旅費。ちゃんと領収書もらってね。切符買うとき」
「これは俺からのカンパです。墓前に花でも供えてください」
 事務員が事務用封筒を、絵本作家が可愛らしい封筒を差し出す。
 中身は、むろん現金だ。
「余計なことを言わずに、挨拶して墓参するだけなら問題なかろう。行ってやるがいいさ」
 武神も、財布から幾枚か紙幣を取り出した。
「ついでにこれで土産物を買っていくと良いだろう」
 怪奇探偵は、アフターサービスも万全なのだ。
「‥‥はい!」
 表情の選択に困った顔で、だが大きく探偵見習いの少女が頷く。
 すっかり高くなった空が、事務所の窓越しに無限の青を連ねていた。



                         終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0374/ 那神・化楽    /男  / 34 / 絵本作家
  (ながみ・けらく)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「怨念の蔵」お届けいたします。
ホスト役が零ちゃんです。
楽しんでいただけたら幸いです。

では、またお会いできることを祈って。