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恋逢い
>オープニング
「逢いたいの。あの人にちゃんと謝りたいの」
肩下で切り揃えられた黒髪が、鳴咽にあわせて揺れてる。
いつまでも泣き止まない少女を前に、草間は困り果てていた。
彼女の名前は春香。
去年知合った東京在住の彼氏と遠距離恋愛をしているのだという。
ところが昨日、僅かなすれ違いから電話で彼氏と喧嘩をしてしまった。
それを悔やみ、悔やみ、どうしても会って謝りたいと強く願い…なんとか彼氏の住む東京まで辿り着いたのは良かったが、東京に不慣れな彼女は彼氏に会いに行くどころか、何処へ呼び出せばいいのかもわからない。
だから彼氏に会って謝る手伝いをして欲しいというのが少女からの依頼だった。
彼氏の情報は、正確な住所こそわからないものの、名前も年齢も外見も携帯の電話番号とメールアドレスまで揃っている。
普通であれば仲直りの為のデート場所をセッティングしてやることもそう難しいことではないかもしれない。
普通であれば、だ。
携帯電話を握り締めて泣いている少女、春香。
彼女の身体は実体を持っていなかった。
>草間興信所
「それでうちらに任せたいいうんやな」
草間・零にお土産のチョコレートを渡しながら南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)は肩を竦める。
天音はこの近くのパチンコ屋からここへとやってきたのだが、チョコレートはその戦利品らしい。
…どうして高校生の彼女が戦利品を勝ち取れるのかは秘密ということにしておこう。
「…ここまでしっかり存在を誇示できるなんて…」
同じく高校生の月杜・雫(つきもり・しずく)は春香を見て呟きを漏らす。
雫は正式に認められているものではないが、実家の神社で巫女を勤めている。
草間興信所にある種の場の歪みを感知し時折訪れていたのだが、今日は特に場の乱れを感じ原因を探ろうとやってきた。
そこで春香を見つけたのである。
通常の霊体はある一定の条件が揃わない限り普通の人間には見えないものだ。
霊感と呼ばれる感覚のある者でも、余程でなければ存在を感じられる程度。
そして例え見えたとしても会話できるかどうかはまた別の話なのだ。
「幽霊の依頼人が珍しいとは言わないけれど、こういうケースは珍しいわね」
シュライン・エマも、ノートパソコンの蓋を閉じて会話に加わる。
「武彦さん、先週までのファイリングは終ったわ。確認しておいてね」
「すまないな」
武彦は拝むように手を添えながらシェラインに笑みを返す。
シュラインは草間興信所に事務アルバイトとして出入りしている。
しかし事務の大半をこなす彼女をアルバイトと呼んで良いものかどうかは微妙なところだ。
まあ本職が別にあり、待遇がアルバイトという意味でなら皆納得するのだろうが。
>草間興信所・入り口
「ああ…また来ちまった…」
草間興信所の扉の前で工藤・卓人(くどう・たくと)はそう呟いた。
仕事はデザイン工房『インフィニティ』オーナー兼デザイナー。
特にシルバーアクセサリーを得意とする卓人はその業界では有名人で、仕事も順調、忙しい毎日の筈なのだが…
超常現象などについ好奇心が向いてしまい、ことある毎に草間興信所へと足を向けてしまう今日この頃。
「また怒られるんだろうなあ」
留守を任せて来た店員の顔を思い浮かべると、少しばかり申し訳ないような気持ちと、怒られる自分の姿を想像してつい溜息が漏れてしまう。
「まあ、何もなかったらすぐ帰ればいいんだし、少し寄るだけ、少しだけ…」
そう心に言い聞かせ興信所の扉を開く。
「よ、また来ちまった………」
武彦と零に挨拶するつもりが、 まず目に飛び込んで来たのは何やら話し込む女性達の姿。
一度開けた扉を確認し、それが興信所の扉に間違いないことを確認すると
「……もしかして修羅場?」
微妙な沈黙が流れた。
どこか張り詰めたような嫌な空気も。
「あんさんも大概難儀なお人やなー」
それらを破るように天音は武彦の肩を軽く叩いた。
>再び草間興信所
春香の姿を発見し、武彦から事情を聞きだした卓人も含め、再び話し合いが継続される。
春香の恋人についてはシュラインと天音の活躍ですぐに情報を集めることが出来た。
「小林・智浩(こばやし・ともひろ)さん、年齢は28歳。職業は中堅印刷会社の営業ね。
会社の場所は判明しているし、まだ自宅は解らないけれど探し出せると思うわ」
「その智浩さんやけどちゃんと生きとんな。怪我も病気もなく元気一杯や。
さっき、うちの知合いに確認してもらったから、間違いないてぇ」
「それでどう春香さんを恋人に会わせるかだけれど…」
シュラインは春香を現状のまま恋人に会わせることを提案したが、それに反論をいれたのが天音。
「生身の相手にいきなり恋人の幽霊会わせたって、普通は信じんて。
下手したらびっくらこいて逃げ出してしまうかもしれへんやろ。
それじゃ折角の感動のご対面も水の泡や」
「でも春香さんがどのような状態にあるのかまだわからないのよ」
シュラインは春香は死んでいたりするのではなく、逢いたさに幽体離脱しているのではないかと考えていた。
そこで直前までの状態を春香に尋ねたところ、彼女が生身を把握しているのは勤め先から帰宅する為に電車に乗り込んだところまで。
その後は気がつくと東京行きの新幹線に乗っており、そこから思い出のある東京駅銀の鈴、池袋メトロポリタン口、サンシャイン水族館、上野動物園、アメ横、浅草などを知らぬ間に移動し、
彼を捜し、困り果て、そのうち何かに呼ばれるように草間興信所へと辿り着いたのだという。
「春香さん本人の身体を探し出す以外に、方法は二つあります。
一つ目は形代を使う方法、二つ目は人間の身体に憑依させる方法…」
雫が提案したこの方法にはそれぞれ利点と欠点がある。
形代は半永久的に人の姿でいられるが、生身の人間に触れられると元の形代に戻ってしまう。
人間に憑依する方法は触れられても大丈夫だけれど、安全を考えると1〜2時間が限界。
「ほんなら、彼氏とご対面する時にうちの身体を貸したる。
それならなんも問題ないやろ?」
「そうすると対面までの間は形代かそのままついて来てもらうかよね。
1〜2時間程度では呼び出すことも含めると時間が足らないと思うわ」
「ならさ、俺に手があるんだけどいいかな」
それまで黙って話を聞いていた卓人が、軽く手を挙げた。
そしてその腕にはめられた、トルコ石の腕輪を見せるようにして春香に話し掛ける。
「俺、アクセサリーを作ってるんだけど、それに魂なんかを封じ込めることが出来るんだ。
この腕輪はまだ出来たばかりで何も入ってない。
本当はあんたにあわせて作ってあげたいけれど、あまり時間もないからさ…
もしあんたが良ければここに封じて連れていこうと思うんだ」
封じる、という言葉に春香の表情が曇った。
今の自分が生身ではなく幽体であることは、雫からしっかりと専門的な話も含めて聞いている。
それ故に己を封じるという言葉に良い印象を持たないのは道理だ。
「ああ、ごめん。別に封じるといったって、悪いようにはしない。
俺の力って、本来攻撃的なものなんだが、あんたを一旦この指輪に封じ込めれば姿を具現化することが出来るんだ。
生身通りって訳にはいかないけれど、智浩って人に言いたいことは言える。」
「元々天然の石には力が宿るものですが、工藤さんはそれを場として安定させることが出来るようですね」
横から雫が手を伸ばし、指で腕輪の石に触れる。
淡々と語る雫の右目が、微かに赤く光った気がした。
「春香さんは今の状態でも力の消耗がありますから、なんらかの対策が必要です。
工藤さんの場は私の形代よりは実体状態を保つことは出来ますし、憑依よりは長時間もつと思います。
ずっと具現化させるのはやはり消耗の問題から無理だと思いますが」
触れた指をそっと離しながら、どうしますか?と問うように春香を見る。
「今回の依頼、俺、どうしても協力したくてさ。何て言うか…俺もそういう経験あるから…」
微かに目を伏せて声を落とし語る卓人は何処か寂しそうだ。
「俺が協力できるのはそのくらいだが、あんたが自分の言葉でちゃんと相手に気持ちを伝えられる手伝いができれば本望さ。
あ、用が済んだら指輪からは解放するよ。あんたを封印するつもりはない」
顔を上げ、真っ正面から春香を見詰める卓人の言葉に春香は微笑んで頷いた。
そして相談は進められる。
まず春香には卓人の腕輪に入ってもらい、皆と再会場所を決定、電話でシュラインが春香の声を真似て智浩を呼び出す。
呼び出したところで雫が儀式を行い、天音の身体に春香を憑依させて対面させる。
対面も卓人の指輪から具現化させれば良いのではとの案もあったが、霊格の低い霊体が器から離れたまま具現化を続けると霊力を消耗させていくとの雫の忠告により、対面時には天音の身体を借りることとなった。
>呪言
雫は床に描かれた五芒星の前に立ち、静かに種字を描くと同時に声がその音を辿る。
それは彼女が家から伝えられた憑依の為の呪法。
通常はドーマンと呼ばれる九字を使うことが多いのだが、彼女のそれはセーマンと呼ばれるもの。
日本では清明桔梗とも呼ばれる五芒星を使用した呪法だった。
「バン…ウン…タラク…」
呪言が進むと共に薄く開かれた雫の右目が少しずつ赤みを強くしていく。
綺麗な黒から血の色、そして焔の色へ。
呪が全て紡がれた瞬間、朱に染まった右目が煌き床に描かれていた五芒星が淡く輝きだす。
「ハァッ」
気合いの息と共に伸ばされた手の動きに呼応して、春香は更に輝きを増した五芒星の中へと飛び込んだ。
正確には五芒星の中央に横たえられていた天音の元へ。
光の中天音と春香の姿がぼやけ、重なり、やがて一つになる。
光が収まった時、そこにある姿は一つ、天音のものだけ。
だが…
「大丈夫みたい…雫さん、ありがとう」
状態を起こし雫に微笑んだその人は、天音の姿をした春香。
「いいえ。私から提案したことですから」
軽く頭を振って雫は春香を見詰めた。
赤みを持った彼女の瞳には、術の成功が映し出されている。
天音が精神的に安定した状態であったこともあり、何の歪みも持たず憑依は完了していた。
もちろん、今のところはであるが。
「ですが…念を押すようですが約束は護って下さい。それは南宮寺さんの身体なのですから」
雫の瞳は既に赤い光を失い、普段の黒さを取り戻している。
確認しようとするかのように右の頬に指をはわせる雫の姿を正面から見ながら、春香は力強く頷いた。
微笑みを浮かべて。
>数日後草間興信所
「春香さん、無事回復したんやて?」
零に紙袋を渡しながら天音が事務所の奥へと問い掛ける。
本日もパチンコでの勝利報酬を持参したという訳だ。
…やはり年齢は気にしないことにして。
「ええ。体力は落ちていたけれど元々怪我などがあったわけではなかったのだもの」
微笑みを浮かべて答えたのは、先日の経過報告を兼ねて興信所を訪れていたシュライン。
そこには雫の姿もあった。
「歪みもなく無事にすんで良かったです。
下手なことをすれば、肉体に戻れずそのままさまようところでしたから」
「それにしても、うちなんか損した気分やわ。特に報酬もないし、焦らされるし」
何処か大袈裟にそう口に出した天音に、シュラインは悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「キスはされなかったのだから、良かったじゃない」
それともあのままキスされた方が良かったかしら?」
「あー、それを言わんといてや。
それだけはさっさと忘れたいんやから」
「ファーストキスは大事ですよね…」
「「え?」」
天音とシュラインの二人から見詰められ、呟いた雫は赤面して俯くのだった。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 (ふりがな) / 性別 / 年齢 / 職業】
1026 / 月杜・雫(つきもり・しずく) / 女性 / 17 / 高校生
0086 / シュライン・エマ( ―・― ) / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0825 / 工藤・卓人(くどう・たくと) / 男性 / 26 / ジュエリーデザイナー
0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね) / 女性 / 16 / 高校生ギャンブラー
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■ ライター通信 ■
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今回参加していただきありがとうございました。
月杜雫様。
五芒星を使った呪法を調べてみたのですが、憑依や止めおくという呪法に関して調べがつかず、一般的な修験道での呪を使用しております。
意図していたものと違いましたら申し訳ありませんでした。
まだまだ未熟者です…
またこちらのミスで納品が遅れてしまいまして大変ご迷惑おかけ致しました。
二度とこのような事が無いよう、心がけたいと思います。
それでは月杜雫様のこれからのご活躍をお祈りしつつ…今回はこれにて閉幕とさせていただきます。
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