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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・ルナティック イリュージョン>


ファイル名:幻想の月にかかる仄かなる影
◆冒頭
 あなたはルナティック・イリュージョン、シャドウエリアにあるオフィスにいた。簡素な部屋だ。他にも集まっている者が何人かいる。ごく内密にして貰いたい仕事があるのだという。話を聞いて断っても良いが秘密は守らなくてはならない、それがここに来る条件だった。扉が開く。現れたのは白い制服姿の若い女だった。

 こんばんわ、皆様。さっそくお集まりいただきありがとうございます。わたくしは黒澤紗夜と申します。本来はルナティック・ミラージュでお客様のお世話係の様な事をしているのですけれど、人手不足なので借り出されて参りました。皆様に内密にお集まりいただきましたのは、極秘に調査していただきたいことがあったからです。実は『アペニン』の中に幽霊が出るというのです。若く美しい女の幽霊だそうです。あ、『アペニン』というのは当施設の観覧車ですわ。幸い、幽霊は営業時間中ではなく、休業時間に出ているみたいなのでまだ悪い噂にはなっていません。けれど、このままではいつお客様に危害が及ぶかもしれず、とても安心して営業を続けてはいられないとオーナーが言うのです。皆様はこのような事例に大変精通していらっしゃるとお伺いしました。是非、この騒ぎが事件となるのを未然に防ぐ為のお力添えをお願いします。

 女はしとやかに礼をした。そして、ルナティック・イリュージョンの略地図を皆に渡す。
大きな丸印があるところには、観覧車『アペニン』と記されている。

 ちなみに幽霊を目撃したのは桜庭螢です。桜庭はいつもこの建物の4階にある警備室にいるか、それとも見回りをしている筈です。皆様の事は伝えておきますのでもし、話を聞きたい場合はご随意にどうぞ。では、一日でも早い解決をお願い致します。

◆序章
 集まった10名のうち、最初に立ち上がったのは南宮寺天音だった。きびきびとした立ち振る舞いで、説明の終わった黒澤紗夜に駆け寄る。
「お姉はん、ホンマに商売上手やなぁ。新設のアミューズメントパークに心霊スポットなんて普通思いつかへん事やで」
 初対面ながらなれなれしい態度でそう言うと、紗夜の脇腹を軽く小突く。紗夜がどう思ったのかはわからないが、表情に変化はあまりない。
「オーナーがどう思っているかはわかりませんけれど、わたくしはそういう風にルナティック・イリュージョンを売り出そうとしていると聞き及んではいませんわ。何かの災厄となる前に解決していただきたいのです」
「わかった。ほな、そういうことにしとくわ。こないにおもろい事そうないさかい、うちへの報酬はここの『一日無料ペア招待券』で手打つわ」
「承知いたしましたわ」
 紗夜は同じ報酬を他の者達にも約束した。
 桜庭螢の居場所を探している途中、ふとガラスケースの中にあるディスプレイに惹かれたのは羽柴戒那であった。全身黒い装いだが、デザインはカジュアルだし、光の具合で微妙に煌めく素材だから喪服と間違われる事はない。モデルの様にすらりとした姿が立ち止まってじっと中を見入る。それはファンタジックなジオラマだった。満天の星、荒涼たる大地、そして沢山のウサギ型ロボットと中央に彼らの姫君が立っている。
「お気に召しましたかしら? オーナーのイメージを再現したものだそうです。あの姫君を元にして出来たのがこのプリンセスカグヤですのよ」
 戒那の後ろから解説をした紗夜は、大きなぬいぐるみを持っていた。月のアクセサリーをつけたウサギの姫、プリンセスカグヤだった。およそ戒那の持つ外見的イメージとはかけ離れている。
「How cute! カワイイデース」
 プリンキア・アルフヘイムは思わず紗夜の持つぬいぐるみに抱きついた。
「スゴク気に入りました。是非、娘のオミヤゲに1つ欲しいデース」
 紗夜は微笑んで頷く。
「プリンセスカグヤのグッズは販売ブースで売っておりますわ。種類も豊富ですから、是非お仕事の合間にでもご覧になってください」
「Oh sorry つい取り乱してしまいましたね。ではカグヤは後ににして先ずミスタ桜庭にお逢いすることにしましょう」
 プリンキアはちょっとだけ名残惜しそうにぬいぐるみを抱きしめると、それを紗夜に返した。
「羽柴様はよろしゅうございますか?」
 笑いを含んだ紗夜の言葉に戒那は頷く。巨大なプリンセスカグヤは愛くるしい笑顔で戒那に抱きしめて貰うのを待っている様だ。強烈な誘惑だったが、戒那は首を横に振った。
「えぇ。私も後で‥‥今は仕事を優先」
 色々と土産の事、そして土産を渡したし相手の事などを思いめぐらしながらも、戒那は氷点下のクールな表情でそう言った。

 紗夜は桜庭螢の仕事場である部屋に皆を案内した。だが、彼は不在であった。
「休憩中か、施設内を見回っているのか‥‥どちらかだと思います」
 普段は連絡用の携帯電話を持ち歩くのが義務だが、桜庭は電話に出ないらしい。
「じゃ後はこちらでなんとかします」
 天薙撫子はそう言うと、プリンキアと連れだってクレッセントエリアへと向かった。建物の中を探そうとする者達もいて、事実上ここで集団は解散ということになった。
「よろしくお願いします」
 巨大なプリンセスカグヤのぬいぐるみを抱いたまま、紗夜は一礼した。

◆ターゲット:桜庭螢<輝史&撫子>
 建物の中を桜庭螢を探して彷徨った灰野輝史はさすがに疲れてきた。そんな時小さなカフェテリアを見つけたのだ。およそ飾り気のないそのカフェテリアはどちらかと言うと学生食堂といった雰囲気で、大学時代が思い出される。関係者ではないからと叱られるかと思ったが、咎める者は居なかったのですんなりと輝史は中に入った。
「あの、こちらは誰でも利用して良い施設なのでしょうか?」
 背後で若い女の声がした。礼儀正しいがどこか古風な口調の声に、輝史は振り返る。そこには先ほどまで同じ部屋で黒澤紗夜の話を聞いていた者の1人が立っていた。秋の意匠を裾に描いた和装の娘、天薙撫子だった。普段から和服を着慣れているのだろう。立ち居振る舞いにぎこちなさはない。
「俺もわからないのですが、注意書きもありませんし大丈夫でしょう」
「はい。有り難うございます」
 撫子は輝史に続いてカフェテリアに入る。少し迷った末に輝史はグレープフルーツジュースの食券を買いカウンターに置いた。その横に撫子がアイスコーヒーの券を置く。すぐに出てきた冷たい飲み物を持ってテーブルへと目を向けると、そこに桜庭螢がいた。会った事はないが紗夜から写真を見せてもらっていたのですぐにわかった。前に置いてあるグラスは半分ほど空になっている。2人は同時に目配せをして、螢の座るテーブルへと歩み寄った。
「警備を担当していらっしゃる桜庭螢さんですね。俺は‥‥」
「もしかして、君達も弓月が雇った人?」
 弓月とは誰だっただろうかと輝史はちょっと考える。すぐにこのルナティック・イリュージョンのオーナーの名だったと記憶が浮かび上がる。企業から依頼される仕事をする場合、その組織について簡単にでも調べておく事は輝史の様な仕事をする者にとっては鉄則であった。そうでなければ射かけられる矢が来る方角さえわからない。
「そうです。お話は黒澤さんから伺いましたが、目撃者である桜庭さんにもっと詳しい状況をお聞きしたいと思って探していました」
「わたくしもです」
 輝史に続いて撫子もそう告げる。
「わかりました。どうぞ」
 グラスを持って立っていた輝史と撫子に、螢は自分の真正面の席を促した。素直に2人は螢と同じテーブルにつく。螢は興味深そうに輝久と撫子を見つめていたが、そういう視線は2人とも慣れていた。多分、輝史の瞳の色が珍しいのだろうし、撫子の装いにも見慣れていないのだろう。
「で、聞きたい事って何かな。霊が出た場所なら観覧車の中だよ。お客さんが乗るところ」
 先回りするように螢が言う。もちろん、それも知りたいことではあったがそれだけではない。輝史は更に詳しい事柄を螢に聞く。
「時間はどうでしょう。いつも決まった時間とかではないのですか?」
「たとえば必ず夕刻だとか、夜中であったとか‥‥です」
 螢は首を振る
「時刻というのなら決まってないみたいだ。だいたいここの営業時間自体が冗談みたいなものだろう。‥‥そいういえば、閉園してから3時間後ぐらいだな、いつも」
 螢は半分ほど残ったグラスの中身を一気に飲んだ。
「桜庭さんの他に目撃された方はいらっしゃらないのですか?」
 撫子が聞くと螢はすぐにうなづく。
「ここは人間の従業員が少ない。俺しか霊を見ていないっていうのが不思議に思えるだろうが、つまり俺しか閉園後の見回りをしてないって事なんだ」
「なるほど。では最後に1つだけ‥‥その霊に見覚えはありませんか?」
「ないな。自慢じゃないが女っ気は泣きたくなるほどない」
 男としては不名誉な事を、螢はきっぱりと言った。

◆依頼実行
 そして10月20日日曜日。月は早朝4時半頃に没する。つまり観覧車・アペニンで霊が目撃される可能性が高いのはそれから3時間後の午前7時半頃ということになる。依頼を受けた者達は今は動かないアペニンの前に集合していた。満月を明日に控え、なんとか今日中に仕事を終えてしまいたいと言う気分もあったのかもしれない。
「そろそろやな。その霊ってうちにも見えるンやろか?」
 天音はわくわくしながらその一瞬を待っている。螢が異能者だという話は聞いていない。だから、自分にも霊が見えるかも知れない。真夜中ならば怖いと思ったかも知れないが、総勢10人で見る朝の霊は少しも怖いとは思わなかった。それはこの場にいる誰もが思っていることだろう。
「ちょっと失礼するわ」
 戒那はしなやかな動きでアペニンに近寄ると、この巨大な建造物の支柱に手を添える。そっと目を閉じるとわずかなながら何かが感じられる。
「‥‥攻撃的なものではない。なにやら甘やかな‥‥ほんわかしたものを感じるが‥‥」
 アペニンに残る沢山の想い、それは大概が幸福で優しい思念だ。
「あたしもやってみるわ」
 戒那に続いて志摩も名乗りをあげる。志摩は支柱ではなくゴンドラに触れてみた。霊が出るというゴンドラは地上からは手の届かない場所にあるので、やむなく最も低い場所にあるゴンドラで我慢する。これは後で螢立ち会いのもと、吉村裕一が動かしてくれる事になっているが、今は普段と変わらない状態で霊の出現を待っている。
「どうデスか〜?」
 巨大なプリンセスカグヤの姿をしたプリンキアが手を離した志摩に声を掛ける。志摩は首を振った。
「だめ。ここで楽しんだ人の思念が強すぎるみたいで、霊の思念が拾えないわ」
 戒那にも志摩にも、霊が放つ意志を捉える事は出来ない。そろそろ閉園から3時間が経とうとしている。いつも通りに見回りをしている螢の姿が段々と大きくなってくる。
「ね〜桜庭さん。本当にここに霊が出るの?」
 夏生がまだ遠い螢に大きな声で叫ぶ。
「出てるって。ほら、見えるでしょ?」
 螢がピンク色のゴンドラを指さす。皆の視線がそのゴンドラに集中する。雫の右目が血の色に染まる。まるで熱を持っているかのように熱くなる。
「います」
 雫は一挙手でその場に結界を張る。霊を逃がさない為でもあったし、霊から外界を守る為でもあった。
「随分ぼんやりとしていますけど、言われてみれば霊の様ですわね」
 撫子の手が護身用の糸へと伸びる。
「確かに霊だけど‥‥それにしても弱々しいね。ちょっと触れただけで消えちゃいそうな程だ。強い思いがあってここに残っているって風じゃあないみたいだけど‥‥」
 デュナンは思ったままを告げる。
「その様だ。このままにしておいても悪さをする力も意志もないだろう。そもそも意志を疎通させるだけの確たる存在でもないようだ」
 輝史は目を凝らしながら言う。本来なら螢に見える事の方がおかしいのだ。
「‥‥あんたの目にははっきりと映るのか?」
 寿が視線だけで螢に霊の事を聞く。
「あぁ。白い服を着ていて、髪をまとめていて‥‥」
 どうやらこの場にいる誰よりも、螢には霊が見えている様だ。
「そいつは重傷だな。普通に暮らしたいなら医者にいじらせて頭を治して貰った方がいい」
「‥‥幻だっていうのか?」
 螢の問いには答えず、寿はすたすたと歩き出した。もうこの事件には興味を失った様だ。
「ま、待ってよヒッシー!」
 夏生が後を追うが振り返る様子も立ち止まる気配もない。
「皆さんも俺が幻覚を見ていると思っているんですか?」
 螢の口調は怒気を含んでいる様だった。
「そうは言ってないデース。でも、あの霊はとーってもか弱いデース」
 プリンセスカグヤの格好のままプリンキアが言う。
「つまり‥‥あの霊はあなたに対してだけ何か特別の関わりあいがあるのかもしれないということです。今の段階ではそれしか言えません」
 雫は静かに言う。
「わたくしもそう思います。あなたに思いを寄せていた方‥‥或いはあなたのお血筋のどなたかもしれませんわ」
 撫子も考えられる事例をあげてみせる。話を聞くうちに螢の様子は落ち着いてきた様だ。
「今日はこのままにして報告します」
 輝史は霧の様に儚い霊をもう1度見上げると、ゆっくりときびすを返した。

◆火種
 問題はアペニンではない、輝史はそう思う。あの霊は邪なものではないし力もほとんどない。だが、このルナティック・イリュージョンにはそういう危険な霊もいるのだ。誰もまだ問題にしていないから、もしかしたらこのまま何事もなく念が薄らいでいくかもしれないから、迂闊に手を出す事もためらわれる。なによりこれは依頼された仕事ではない。
「またここに来る事になるかも知れない」
 輝史はせめて危険な霊の出現している場所だけは把握しておこうと思っていた。

◆終章
 紗夜への報告書には『現状維持と経過観察』という文字がくっきりと記されていた。このまま営業しても問題はないと皆が感じたのだ。
「わかりました。ありがとうございました」
 報告書はオーナーである弓月桂に廻され、その後報酬が銀行振り込みで各人に渡った。
と同時に『一日無料ペア招待券』が1枚ずつ依頼を受けた者達全てに郵送されたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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0017/榊杜・夏生(さかきもり・なつき)/16/女/ 高校生
0121/羽柴・戒那(はしば・かいな)/35/女/大学助教授
0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/18/女/大学生&巫女
0417/川原・志摩(かわはら・しま)/25/女/ピアニスト&調理師
0576/南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)/16/女/高校生ギャンブラー
0763/城之宮・寿(しろのみや・ひさし)/21/男/スナイパー
0818/プリンキア・アルフヘイム(−)/35/女/メイクアップアーティスト
0862/デュナン・ウィレムソン(−)/16/男/高校生
0996/灰野・輝史(かいや・てるふみ)/23/男/霊能ボディガード
1026/月杜・雫(つきもり・しずく)/17/女/高校生
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■         ライター通信          ■
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 界鏡線ルナティック・イリュージョンにようこそ。初依頼にご参加いただき大変嬉しく思っています。次回以降ルナティック・イリュージョンにおいてのみ、輝史さんは『一日無料ペア招待券』を使用することが出来ます。また『園内地図・危険地点記載済み』も同様にお使いになれます。