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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


もの言わぬ牙達の咆哮

■ オープニング

 皆の前で新聞を開くと、草間は静かに口を開いた。
「この事件の事は知っているな?」
 草間が指差した記事の見出しには「連続ペット虐待事件、昨晩でついに50匹を超える」とある。
 最近、都内のいたる所で、犬や猫を始めとする動物達が虐殺されるという事件が起きていた。
 記事には、そのあまりに陰惨な手口と、未だに犯人の目星すらつけられない警察への苛立ちが書き連ねられている。
 手口の類似性から、同じグループによる連続犯行か、もしくは単独犯ではないかとも言われているのだが……
「実は、今朝方にこの犯人って奴から電話があった」
 あっさりと、そう言ってみせる草間。
「今晩、ウチの近所にある公園に出向いてやるから、俺を捕まえてみろ……だとさ」
 椅子に背を預け、さらに淡々と説明する。
「ここだけの話だが、昨日は警察にも同じ電話があったらしい。しかし、この犯人は数十人の警官相手に派手に暴れまわった挙句、無事に逃げたって話だ。知り合いの警部が、絶対に口外しないって約束で、こっそり教えてくれたよ。どうやら、普通の相手ってわけじゃないようだな」
 そこまでを告げると、また新聞をたたみ、その上にぽんと手を置く。
 そして、最後にこう言った。
「どうする? 誰か行くか?」


■ 結集・狩人達

 その事件は、先月の初めあたりから、人の口にのぼり始めた。
 連続ペット虐殺事件──
 ある犬は、四肢を切断された上、生皮を剥ぎ取られていた。
 ある猫は、腹を大きく切り開かれ、内臓の全てを引き出されて、それを口に詰め込まれた姿で発見された。
 数十羽の伝書鳩を飼育していた者の家では、1羽残らず絞め殺され、その全てが軒先に吊るされていた。
 他にも、焼かれ、潰され、引き裂かれ……見るも無残な姿で、次々と動物達が殺されていったのだ。
 マスコミは連日こぞってこれを報道し、警察も必死に捜査を続けたが、犯人の手がかりは杳として掴めず、その姿も、動機も、ほとんど何もわからぬままというありさまだった。
 人に見られることもなく、ただ動物殺しを重ねる犯人……
 その犯行には、奇妙に一致している特長が一点だけある。
 犠牲となる動物は、人に飼われている「ペット」だけだったのだ。
 野良犬や野良猫、野鳥などは、一切被害に遭ってはいない。
 これは、どういうことなのか? 何かの意味があるのか……?
 この事件を知る者は誰もが思う事だったが、無論、誰にも分からなかった。
 そして今、事件は新たな局面を迎えようとしていたのだ──


「──どうして、犯人は急に犯行予告をするようになったのかしら?」
 薄闇の中に、そんな声が流れた。
 均整の取れたプロポーションの影の中で、知性ある瞳がじっと前方を見つめている。
 彼女の名前は、シュライン・エマ。
 本業は翻訳家兼ライターであり、草間の所で事務やその他の仕事も手伝っている女性である。
 お世辞にも綺麗好きとは言えない草間の事務所が比較的片付いているのは、彼女と零の力による所が大きかったりするのだが……まあ、それはまた別の話だ。
「さあ、どうしてでしょう。自分の力を顕示したいとか……そういった理由も考えられますが、よくは分かりませんね」
 シュラインの言葉に、落ち着いた声がこたえた。
 闇よりも濃い髪と、同色の瞳。
 わずかばかりの風に、腰までかかるその長い髪がゆらゆらと揺れている。
 見た目は20歳代にしか見えないが、それ以上の、どこか超然とした雰囲気を感じさせる娘だった。
 名は、ステラ・ミラというらしい。
 彼女の足元には、純白の毛並みを持った獣が1匹、ピタリと寄り添っている。
 見た目は中型犬に見えるが、犬にしては目に宿した光が少々強い。
 知っている者が見れば、一目で狼と見抜くだろう。名前はオーロラだと、ステラは皆に紹介していた。
「やだわ……だから人間って恐いのよ。お前もそう思うわよね?」
 と言ったのは、長身で細身の美女であった。
 街を歩けば、さぞや無粋な男が寄ってきて大変だろう。そう思わせる程に妖艶であり、容姿も極上に整っている。
 ……が。
 実際彼女が街を歩いても、その心配は無用と言えた。
 なぜなら、彼女の身体には、常に4メートルはあろうかという大蛇が巻きついているからだ。
 この美女の名は、巳主神冴那(みすがみ・さえな)。
 切れ長の目で愛しげに身に纏った大蛇を見つめ、蛇の方もよほど居心地がいいのか、離れる様子もない。
「……なに、それもすぐにわかる事でしょう。犯人はここに来ると自分で言ったのですから……余程自分に自信があるのか、愚かなのか、あるいは……」
 低くかすれた声が言い、笑った。
 なんとなくシュラインが眉を潜める、そんな笑いだ。
 声の主は、黒のロングコートに、同色の鍔広帽を目深に被った男だった。
 帽子と、立てられたコートの襟のせいで、その顔はほとんど見ることができない。
 ただ影を落とした輪郭の中で、白い歯のみが鈍く光っている。
 見る者に漠然とした不安を抱かせる姿、声、そして雰囲気……
 彼の名は、無我司録(むが・しろく)。自称探偵だと、皆には名乗っていた。
 ──以上の4名が、草間の元に届けられた「誘い」に乗った者達である。


「その犯人についてですが、私、昨夜相手をした警官達の証言を聞いてきました」
 と、ステラ。
「え? 本当?」
 シュラインが彼女へと振り返る。
 実はシュラインも警察関係者から直接話を聞けないものかと色々手を尽くしてはみたのだが、さすがに公僕の壁は厚く、何も聞く事はできなかったのだ。依頼を受けた草間ですら、最低限の事しか伝えられてはいないようだった。そこらへんは、守秘義務もあるだろうが、捕まえられなかった事に対する警察のメンツだろう。なにしろ昨夜は呼び出された挙句、さんざんにやられて逃げられたらしいのだから。
「ええ、何とか伺ってきました」
 真面目に頷くステラに、嘘はないようだった。
 実は……彼女は犯人と相対した警官達の「心を覗いて」情報を得てきたのであるが、そこまで説明する気はさすがにない。
「で、その人って、どういう方だったのかしら? 人間? それとも別のなにか?」
 冴那が聞いた。ステラはそちらをチラリと見て、
「ライカンスロープ──獣人だったようです」
 あっさりと、言った。
「……ほう」
 司緑が頷く。興味を引かれたようだ。
「着ているものはごく普通のシャツにジーンズだったようですが、肌の見えている部分は全て毛に覆われていて、人相も分からなかったそうですわ」
「……なるほどね。で、他には何か特長とかあるのかしら? 外見上だけじゃなく、例えば特殊な能力とか」
「そうですね……」
 シュラインに問われて、ステラがしばし目を細める。警官達から得られたビジョンを整理するのに、数秒かかった。
「動きは相当に素早いようです。あと、力もかなりのものですね。武器は主に爪と牙で、警察の皆さんも、それで随分病院に送られたとか……その他にも何か能力があるのかもしれませんが、そこまではちょっと」
「……つまり相手は狼男ってわけね。満月の晩でもないのに、無粋だこと」
 蛇の頭を撫でながら、冴那が言った。
「いえ、狼のライカンスロープかどうかは限定できません。他にも熊とか、虎とか、あるいは犬神や牛鬼といった、この国に古くから伝わる妖怪の眷属といった可能性も考えられます」
「現時点での断定は、しない方がいいわね」
「はい」
 シュラインが言い、ステラが首を縦に振る。
「でも、どうしてそんな奴が動物を苛めるのかしら?」
「……それは……」
 冴那の口から出た、疑問。
 ──わかりません。
 素直にステラがそうこたえようとして──
「……細かい事は、実際本人に聞くのが良いでしょう。人間の言葉が通じれば、ですが……」
 低い声が、代わりにそう言った。
 司緑の顔は、公園の入口へと向いている。
 彼だけでなく、全員の視線がその瞬間にそちらへと飛んだ。
 宵闇はいまやただの闇へと変わり、そこから湧き出したかのように、人影がぽつんとひとつ、たたずんでいる。
 うつむいていた顔を上げると、ステラの話にあったように毛むくじゃらで、輪郭すら判然としない。
 ただ、狂気に満ちた赤い光がふたつ、まっすぐに4人へと向けられたのはわかった。
「話をする気は……ないようですね」
 司緑の口元が、笑いの形に歪んでいた。


■ 強襲・夜陰の獣人

「オアァアアアァァアアアァァアァァァァァァ!!!!」
 そいつが、吼える。
 空気がビリビリと震え、次の瞬間──
「……なるほど、興味深いですね、貴方は」
 いきなり獣人の隣に、司録が立っていた。
 たっぷり50メートルは離れていたはずなのに、その間をいつ移動したのか……見たものは誰もいない。
 獣人の爪が唸った!
 空気を切り裂き、彼の身体を貫く。
 が、それは残像であった。
「くっくっく。わかりましたよ。そういう事ですか」
 いつのまにか獣人の背後に移動した司録が、楽しげに笑う。
 彼には、一体何がわかったというのか……?
「……やるわね、あのおじさん。じゃあ、あたしもやらせてもらおうかしら」
 冴那がつぶやいた。
 シュラインがそちらを見ると、彼女の身体に巻きついていた大蛇がいなくなっている。
「かかりなさい、みんな」
 号令と言うよりは、囁きに近かった。
 が、その言葉が冴那の口から発せられたのを合図に、木の上や砂の中、その他の物陰から、多くの何かがざわざわと這い出してくる。
 それは……蛇だ。
 何十、何百という蛇の群れが、波のようにうねりながら獣人めがけて殺到していく。
 しかも、全てがマムシであった。
 いくら獣人といえども、これだけの毒蛇に噛まれたら、さすがに無事ではいられまい。
「ガァァァッ!!!」
 すぐにそれを悟ったのか、一声叫ぶと、一気に空中へと身を躍らせた。
 助走もなしで、1回の跳躍は約10メートルを楽々と超える。
「……あら、こっちに来たわね」
 と、冴那。
 その事実とは裏腹に、声にも表情にも緊張感は皆無だ。
 数秒とかからずに距離を詰めると、獣人は空中で大きく爪を振りかぶった。
 その先にいるのは──シュライン・エマ!
「!!」
 それはもはや、とてもではないが人間に避けられるスピードではなかった。
 が──
「危ないですわ」
 両者の間にすっと入ってくる影。
 ステラであった。
「何を──!?」
 シュラインが声を上げた時は、もう遅かった。
 ──バシュッ!!
 爪が閃き、ステラの身体を簡単に両断する。
「!!!」
 シュラインの目が、大きく見開いた。
 2つにちぎれたステラの身体が見る間に縮み、厚さを失っていく。
 やがてそれは、手のひら程の大きさの、人型をした紙に姿を変え、地面にヒラヒラと舞い落ちた。
 表面には、魔術的な幾何学模様が刻まれている。
 あっけに取られるシュラインに向かって、人獣の第2撃!
 バシッ!!
 しかし、今度はシュラインの手前で、まるでそこに見えない壁でもあるかのように弾かれていた。
「……無駄です」
 静かな声の主は、ステラだ。
「この公園内の空間は、今や全て私の支配下にあり、どこにでも結界を張ることができます」
 冴那とシュラインが揃って彼女の姿を探したが、気配すら感じられなかった。
 おまけに、聞こえている声すらも、どこからしているのかはっきりしない。
 上下左右、ありとあらゆる方向から流れてくるようであった。
「あなたはもう、逃げられません」
 落ち着いた響きが、宣言する。
 実は、ステラは他の3人がここに来る以前に、既に闇と同化して姿を隠し、事の成り行きを見守っていたのだ。
 先程まで皆と一緒にいた彼女は、ご覧の通りの身代わり──傀儡であった。
「……じゃあ、今度こそ、あたしの番ね」
 冴那が言い、一歩前に進み出る。
 獣人が彼女へと顔を向けたが……それが冴那の誘いだった。
 反対側から音もなく忍び寄った長い影が、獣人へと絡みつく。
 冴那が身に纏っていた、あの大蛇である。
「グ、ガァァッ!!」
 獣人が身をよじるが、無論そんな事では離れはしない。
「少しスマートにしてあげるわ。あなたはちょっと元気が良すぎるようだから」
 言葉と同時に、蛇が本格的に締め上げ始めた。
 ギリギリと肉が食い込み、骨の軋む音が聞こえる。
「ゴ……アァァアアァァァァアアアアアァァァァァーーーーーッッ!!!」
 顔を空へと向け、獣が咆哮する。
 圧力を伴ったような凶悪な響き。
 シュラインの足が、無意識のうちに半歩下がった。
 ……ぎち、ぎち、ぎちぎちぎち……
 低い、何かが少しづつ千切れていくような湿った音。
「……こいつ……」
 はじめて、冴那の表情が変わった。
 髪に隠れて見えない片方の瞳に、暗い炎の色が灯る。
 徐々に、蛇の戒めがその幅を広げつつあった。
「あたしの可愛い子に何をするの!」
 言いざま、長い足が跳ね上がる。
 常人では目で追えないほどの超速の蹴り!
 が、それが獣人の頭へと頭へと吸い込まれる寸前。
 ──ザンッ!!
 大蛇を纏いつかせたまま、何の予備動作もなしに獣人は空へと舞う。
 一気に十数メートルは上空に跳躍しただろうか。一体どういう身体構造をしているのか。
 ……しかし、
「逃がさない!」
 今度は、シュラインが鋭い瞳を向けた。
 息を吸い込み、止めると、

 ──キィイィイィィィイイイィィィ……

 高周波の旋律が、真っすぐに空の獣へと放たれる。
 シュラインは声帯は、この世に存在するありとあらゆる「音」を自在に再現する事ができるのだ。
 指向性を持たせた音波を相手にぶつけたり、共鳴振動によって対象物のみを破壊する事すら可能なのである。
 この場合は、前者であった。
 夜空を駆け抜ける、無色透明の音声による1本の矢。
 それは狙い違わず、獣人の顔に正面から当たり、脳内をかき回して、背後の空へと抜けていった。
「……!!」
 頭をのけぞらせ、獣が声にならない叫びを上げる。
 あるいは空中にいなければ避けられたかもしれない。
 羽でも持っていなければ、空を自由に舞うことなど不可能だろう。
 重い音を立てて、獣人は背中から地面へと落下した。
「お見事」
 冴那がシュラインに告げ、獣へと近づく。
 大蛇がすぐに、彼女へと戻ってきた。
「よしよし、痛かったでしょう。大丈夫だった? え? ……ふんふん。そうなの……」
 その場にしゃがみ込むと、その蛇となにやらコミュニケーションを取り、
「あなた、シュライン、とか言ったわね?」
 やおら、背後へと振り返った。
「ええ」
 シュラインがコクリと頷く。
 冴那は大蛇を手にすると立ち上がり、そのままシュラインの元へ。
「この子がね、助けてくれたお礼をしたいって言ってるわ。あのままじゃ危なかったからって」
「……え?」
「キスしたいんですって、あなたに」
「…………」
 その言葉を耳にして頬がヒクつきかけたが、シュラインは気合でそれを押さえた。
「もう、この子ってば恥ずかしがっちゃって。そんなに赤くならなくてもいいじゃないの、ウブね」
「……」
 蛇を見てそう解説する冴那の顔は、どう見ても冗談を言っているようには思えなかった。
 ちなみにシュラインには蛇が恥ずかしがっているのも分からなかったし、赤くなっているようにも見えない。
 ……どう辞退すれば、収まるのかしら……
 真剣に方法を考え始めた、その時、
「グアァァッ!!!」
 短く吼えると、また獣人が跳躍した。
 ただし、今度は公園の入口へと向かって。
 すぐにその姿は、闇に紛れて見えなくなる。
「へえ、まだ動けるのね」
「追わないと」
「でも、あのステラって子が結界を張ってるんでしょ、それなら……」
「いえ、だめです。逃げられました」
 と、2人の脇で、不意に声。
 いつのまにか、すぐ側にそのステラが立っている。
「あなたは、本物?」
「はい」
 冴那の問いに、頷くステラ。
「でも、結界は? あなたさっき、この公園は自分の支配下にあるって言ってたわよね?」
「ええ、そうです。ですが……」
 シュラインが尋ね、ステラが何かを言いかける。
「相手が人間では、結界の力が発揮されない……そういう事ですよ」
 それを告げたのは、司緑であった。
 こちらもいつのまにか、3人の側に立っている。気配すら感じさせずに。
「……そうなの?」
「はい。何らかの突発的な理由で万が一普通の方が入ってきても、すぐに出られるようにと、人間用の施術はしていなかったのです」
「でも、あいつはどう見たって人なんかじゃ……」
 と、シュラインが眉を寄せた。
 その疑問にこたえたのは、またしても司緑だ。
「結界に触れる寸前に、人に戻ったのですよ」
「戻った?」
「そうです、あの人は人間です」
 ステラも頷き、それを認める。
「じゃあ、本当に狼男みたいなものなのね?」
「いえ、それはどうでしょう……」
「違うの?」
「はっきりとした事はわかりませんが、なんとなく違うような感じも受けます」
「じゃあ……」
「追えば、その謎も解決するでしょうな」
 司緑が、言った。
「手傷を負い、混乱した人間の気配を辿るなどたやすい事のはずです。違いますか?」
「そうですね……オーロラ、任せてもいい?」
 ステラが足元に控えていた狼に声をかける。
 はしばみ色の瞳がしばし闇をみつめ、そして進み始めた。
「行きましょう」
「ええ」
「そうね、きちんと引導を渡さなくては」
「……」
 4人もすぐに、それに続いた。


■ 研究室・声なき叫びの果て

 徒歩による追跡はそれから15分程続き、とある建物の前で全員の足が止まった。
 飾り気のないコンクリートの門には、こう記されている。

『×××製薬研究開発センター』

「ここのようですね」
 ステラが建物を見上げ、言った。
 外見は、それほど大きくはない。
 1辺が20メートル弱の正方形で、2階建て。白い外壁を持った、一見して鉄筋コンクリート造りと思われる建物だ。さして特徴のない、平凡とも言える見かけだろう。
 電気は、全てが消えていた。
「ねえ、あのドア、開いてるわよ」
 と、それに気づいたのは、冴那だった。
 見ると、正面入口とは別の、建物脇にあるスチールのドアが半分程開いている。通用門……と言うのかどうかはわからないが、そういう意味合いの入口だろう。
 4人は音もなく、その入口から侵入した。

 目指す場所は、すぐに知れた。
 建物の地下の一番奥に「実験室」というプレートが掲げられた部屋があり、そこから無数の気配がしたからだ。
 まず最初に部屋の中に入ったのは、冴那だった。
 ステラとシュラインが罠ではないかと疑い、部屋の中に入る手段を話し合っているうちに、「入るわよ」と声をかけつつ、何の構えもなく無造作にドアを開けてしまったのだ。
 大胆……と言えるが、彼女は単に細かいことを気にしていないだけだった。
 続いて司緑、慌てた様子のシュライン、無表情のステラとオーロラが中へと進んだ。
 そして、
「……これは……」
「ほう……」
 シュラインが驚きの声を上げ、司緑がニヤリと笑う。
 冴那とステラの表情は変わらなかった。
 そこにいたのは、鉄の檻に入れられた、無数の動物……
 ただし、普通の状態のものは1匹もいない。
 ある犬は体中に電極を打ち込まれ、何かの計測器と思しき機械に繋がれていた。
 ある猫は、体を台に固定され、首にチューブを差し込まれて、何かを流し込まれていた。
 脳を半分露出させた猿がいる。
 得体の知れない機械を埋め込まれた鳥がいる。
 その全てが、茫洋とした目を宙空に向けていた。
 見知らぬ者が入ってきたというのに、鳴くものはおろか、顔を向けるものすらいない。
 ただ、生きている……
 いや、生かされている。それだけだった。
「……新薬かなにかの動物実験……というわけですね」
 感情のない、ステラの声が流れる。
 その声に反応して、部屋の奥で何かが動いた。
 かすかな音だったが、4人の目が全てそちらに向くには充分だった。
「貴方が先程の獣ですね?」
 司緑が、言った。
 いつのまにか部屋の奥に移動していて、物音の主の隣に立っている。
「ひぃぃっ!!」
 引きつった声を上げ、床の上を這いずったのは……20代半ば程と思える男だ。
「お、おまえら一体なんなんだ!!」
 表情を恐怖に歪め、男が喚く。
「それはこっちの台詞ね。あんたは何者?」
 一方、対照的に落ち着いた声で、シュラインが問う。
「お、俺……俺、は……」
 4人を交互に見る男の声は、ひどく震えていた。
 目の前の侵入者が恐いのか、それとも……
「あなた、呪われましたね」
 ポツリと言ったのは、ステラだ。
「!!」
 男の目が、大きく見開かれる。
「毎日毎日、実験と称して幾多の動物達を手にかけてきた……そしていつしか、あなたは変わった──違いますか?」
「う、うぅぅぅ……」
 頭を抱え、その場にうずくまる男。
「嫌だった……俺は嫌だったんだ。でも、会社の命令で仕方なくやってた……そしたら、ある日から「殺せ」と声が聞こえるようになった……殺せ殺せ殺せ……そいつは何度もそう俺に言うんだ……俺に!!」
 血を吐くような響きで、男は言葉を絞り出していた。
「恐かった……逆らえなかった……次第に慣れていくんだ。殺すことに。そして殺さずにはいられなくなる。もっと獲物を……もっと……もっともっともっと……ふふ、ふは、ふははははは……」
 床に頭を押し付け、低く笑い始める。
 目は血走り、すでに正常な光を宿してはいない。
「……自分達が虐げられたから、逆に人間に愛されているものを憎むというの? ……哀れね」
 冴那がつぶやいた。あくまで無感動に。
「でも、あんたは誰かに止めて欲しかったんじゃないの? だから警察や探偵事務所に、わざわざ連絡を入れてその場所に出向いていった……そういう事ね?」
 と、これはシュライン。
 果たして、男は……
「ふ、ふふふふ……そうさ、このままじゃ、俺は動物だけでなく、人まで殺してしまうに違いない。だから……止めて欲しかったのさ。お前の言う通りだ。だが……」
 ゆらり、と、立ち上がった。
「……だんだん、どうでも良くなってきた……なんでだろうな……ふふ、ははは、はははははは……」
 粘ついた笑い声が、部屋の中にこだまする。
 それにつれて、男の爪が、体毛が、しだいに長く伸びていく。
 口の端からは犬歯がせり出し、筋肉は膨らみ……
 男を包む雰囲気も凶悪なものへと変化していき、部屋の温度すら下がっていくような感覚……
 ──来るか?
 シュラインが身構え、冴那の蛇が牙を剥き出した。
 が──
「……貴方の言い分はわかりました。好きにすればよろしい。ですが、その前にこれを見て頂きましょう」
 妖々と変化を遂げる男の前に立ったのは、司緑。
 半ば獣人化した顔が上がり、光る目が彼を捉える。
「……クククク」
 司緑はむしろ楽しげにそれを見返すと、ゆっくりと目深に被った帽子を自ら取り去った。
 刹那──

「あぁぁあああああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!」

 男の口から迸る、絶叫。
 変身はそこで止まり、男の身体がどうと床に倒れ伏す。
「……なに? 一体……?」
 他の3人が駆け寄ると、男は白目を剥き、口から泡を吹いて悶絶していた。
 顔に刻まれたのは、これ以上ない程の恐怖の相であり、髪の毛まで真っ白だった。
 ……一体何を見れば、こうなってしまうというのか……
 その時にはもう、司緑は再び帽子を被っていたので、他の者にはわからない。
「……他愛もない。少々がっかりしましたね。その方は所詮、他のものの命を奪う事ができるような器ではなかったのですよ。負けたのは呪いでも、私達にでもない。自分自信に負けたのです」
 誰に言うでもなくそうつぶやくと、部屋の入口へと歩き出した。
「……後は任せます。警察にでも連絡すればいいでしょう。きっと裁判所や精神病院が、その方にふさわしい対処をしてくれるでしょうから」
 それだけを告げると、本当に出て行ってしまった。
「……」
 無言のまま見送ると、シュラインがポケットから携帯を取り出す。
 が、液晶に目をやっただけで、何もしなかった。
「地下だから電波が弱いようね。外でかけてくるわ。悪いけど、誰か残っててくれる」
 そして、返事も待たずに、彼女もまた部屋の外へ。
「……あたしも、もう行っていいかしら?」
 続いて、冴那もそう口にした。
「ええ、構いませんよ」
 ステラがこたえると、彼女もまた、この場を後にする。
「じゃあね」
 部屋を出るときに、手をヒラヒラと振る冴那だった。
「……」
 後に残ったのは、ステラとオーロラ。
 他にも生き物の気配は無数にあるが、死んだように静かだった。
 やがて……
「……あなた達は、これで満足?」
 小さな声で、つぶやくステラ。
 ややあって、

 ──ニャア……

 と聞こえたような気がしたが、それは幻聴だったかもしれない。
「そう……」
 それからはもう、彼女も何も言わなかった。


■ エピローグ・シュライン

 ──翌朝。
 いつものように、9時には草間探偵事務所に顔を出すシュライン。
「おはようございます、シュラインさん」
 おなじみの部屋に入ると、零が声をかけてきた。そういえば今日は土曜日、学校は休みだ。
「ええ、おはよう零ちゃん」
 笑顔の挨拶につられて、シュラインの頬の線も、多少和やかになる。
「昨日はどうでした? 危なくありませんでしたか?」
 しかしすぐにそう言われて、再び少々厳しい顔つきになってしまう。
 正直、昨夜のあれはあまり後味の良い事件ではなかった。
 容疑者も無事逮捕され、事件は一気に解明に向けて動き出した──と、朝からマスコミはえらい勢いで報道している。
 まあ、確かに犯人はあの後自分が通報して、逮捕された。それはいい。
 ……が、どうにもスッキリしないのである。
 あの時、司緑という男は、犯人は自分自身に負けたと言った。他のものの命を奪えるような器ではなかったとも。
 では……あの犯人が平気で他の命を奪えるような冷血漢だったとしたらどうだったのか……
 いや、それ以前に、そんな人間があの実験を続けていたら、恐らく後悔や自責の念に囚われる事すらなかったろう。もしそうだったとしたら、あの人獣そのものが生まれなかったのではないだろうか……
 実験によって虐げられた動物達の、恨みの念。
 最初からそんなものが生まれなければ、あるいはこんな事件そのものが起きなかったに違いない。
 が、しかし、全ては起きてしまった事であるし、いまさら自分が考えても、どうしようもない……
 それは、自分でも分かっている。
 とはいえ……納得できるかと言われれば、答えはノーだ。
 ここに来る前、シュラインは新聞社や雑誌社、テレビ局等のマスコミ、及び動物保護団体など、思いつく限りの所に、あの研究所で見た光景を記して匿名で送り付けていた。
 今回の事件で、世間の動物愛護の気運も高まっている。そんな中で悲惨な動物実験の実態が暴かれれば、きっと報道関係は飛びついてくる事だろう。
 それでどうなるかは分からないが……少なくとも、自分の気は少々晴れそうだ。
 個人でできる事など、たかが知れている。今はそれで納得するしかなかった。
「あの……シュラインさん、どうかしたんですか?」
「え? ええ……」
 ふとそんな事を考えていたら、零に心配そうな顔をされてしまった。
 ……いけないいけない。
 首を振り、頭の中から昨日の件の全て放り出す。
 目の前の優しい少女に、こんな事を話すわけにはいかないだろう、草間名探偵ならともかく。
「なんでもないわ。それより零ちゃん、朝ご飯まだ? もしそうなら、どこかに食べに行かない? 私がおごるわよ」
「え? いいんですか?」
「ええ」
 ニッコリ微笑むと、とたんに零も嬉しそうな顔になった。
「あ、でも、草間さんもそろそろ起きてくる頃じゃないかと思うんですけど……」
「ほっとけば? 下働きより起きてくるのが遅い責任者なんて、気を使う必要ないわよ」
「あは、あははは」
 はっきり言ってやると、零が困ったように笑った。
 そしてふっと真面目な顔つきになり、
「……一理あるかも」
 と、つぶやく。
「決まりね」
 ニヤリと笑うシュライン。
「はい、お供します!」
 そして、声を上げて笑う2人だった。
「どうせだったら、食事のあと、カラオケにでも行く? 今日はトコトン付き合うわよ」
「え、いいんですか? わーい、私、シュラインさんの歌、好きなんですよね」
「なによ、嬉しい事言ってくれちゃって。そんな事言ってると、今日は夜まで離さないわよ」
「望む所です!」
「よーし、よく言った。覚悟なさい」
「はーい♪」
 そして、そのまま楽しそうに事務所を出て行く2人であった。

 シュラインは思う。
 面白くない事は、徹底的に遊んで、早く忘れるに限る……と。
 そうすれば、また次の事件へと赴く活力にもなるというものだ。

 ……かくて、シュラインと零は、その日一日を思いっきり楽しむのであった。

 ちなみに……
 腹を空かせた草間名探偵が事務所に現れたのは、2人が去って5分後だった事を最後に記しておく。
 彼の朝食は、戸棚を漁って見つけたカップラーメン1個だったとの事だ。


■ エピローグ・冴那

 ──数日後。
 知る人ぞ知るペットショップ、水月堂。
 爬虫類関係を中心に集めたこの店は、その手のペットが好きな人間と、店主が超絶的な美人である事で、かなり狭い範囲でもって名が知られている。
 が、それでもあまり客が訪れる事はない。
 なぜなら、店内には生物を閉じ込めておくような無粋なものなどほとんどなく、皆おおらかに放し飼いにされているからである。
 体長4メートルを超える大蛇や、毒蛇なども自由に店内を這いまわっているため、余程の好き者か命知らずしか訪れないという、素晴らしい店なのだ。
 一度、会社をクビになって自暴自棄になった中年が自殺するためにこの店に飛び込んできたこともあるが、その時はニシキヘビに巻きつかれて失神した挙句、ヘビだらけの店内で人間離れした美貌の店主に説教され、無事に社会復帰を果たした……などという逸話もあったりする。この店に入って無事に生きて出て来れたら、それだけでもう生きている事の喜びを実感できるらしい。
 ……それはともかく……
 今日も今日とて、誰ひとり客のいない店内で、大蛇を身体に巻きつけたまま、籐の椅子に腰掛けてくつろいでいる店主──冴那の姿があった。
 今、彼女は優雅な仕草で愛読書の女性週刊誌のページをめくっている。
 タレントのゴシップ記事を熟読し、ダイエット特集ページを斜め読みし、星占いの自分の星座だけを確かめて、次の時事関係のページに移った時、その美しい指がピタリと止まった。
 見出しは、こうだ。

『残酷な動物実験を行っていた有名製薬会社の研究所が閉鎖』

 冴那の脳裏に、数日前の夜の出来事が蘇る。
「……まったく、だから人間って、恐いのよね……」
 ポツリと、つぶやいた。
 あの暗い実験室で動物達に非道な行為をしていたのも人間なら、それに怖気づいて動物達の呪いの意志に捕らわれたのも人間だ。
 結局、人間が全てを引き起こした事であり、動物は被害者だった。
 世の多くの動物は、自分が生きるために他の者を殺す。
 けれど、人間だけは、さしたる理由もなく、同じ人間を、そして他のものの命までをも奪っていく。
 牛や豚は平気で殺すくせに、クジラやイルカは可愛いから守ろうとする人間。
 この星の環境を散々壊しておきながら、いまさらエコロジーなんて言葉で取り繕おうとする人間。
 冴那からすれば、さっぱり理解できない。一体彼らは何がしたいのか、何が言いたいのか……
「……うん、なに?」
 そんな事をぼんやりと思っていると、身体に纏った大蛇がじっと自分を見つめているのに気がついた。
 冴那は彼らと、自由に意思の疎通を図ることができる。
「おまえ、まだあの人──シュラインとかいう人のことが忘れられないのね」
 そう告げると、そっと目を伏せる大蛇。
「会いたいの?」
 と尋ねると、彼はチロチロと舌を出した。どうやら会いたいらしい。
「お年頃だもんね……まあ、仕方ないか」
 言いながら、立ち上がる冴那。
「確か探偵事務所によく顔を出してるという話だったわね。どうせ暇だし、行ってみましょうか」
 その言葉に、嬉しそうに尻尾を振るわせる大蛇であった。
「はいはい、焦らないの」
 そして、店を後にする冴那。

 確かに、人間はよくわからない。
 しかしだからこそ面白いとも、彼女は感じていた。
 この大蛇ではないが、自分もあのシュラインみたいな人間は嫌いではない。
 もしかしたら、そんな出会いがあるから、自分は色々な事に首を突っ込んでいるのかもしれない……などとも思う冴那なのだ。

 ちなみにこれ以降、しばらくの間、シュラインは大蛇のアタックを受け続ける事になるわけだが……
 その恋の行方がどうなったのかは、また別の話である。


■ エピローグ・ステラ

 ──数日後。
 某所にある小さな洋風の古本屋、極光。
 ステラはその店主として、普段は店を切り盛りしている。
 もちろん、忠実なるしもべにして使い魔、オーロラも一緒だ。
『……ステラ様』
 と、そのオーロラがふと主を呼んだ。
「なに?」
 古代ヘブライ語でネクロノミコンと表紙に書かれた分厚い本を本棚に押し込めながら、ステラが振り返る。
『今しがたテレビのニュースで言っていましたが、どうやらあの研究所が閉鎖される事になったようです』
「へえ、そう」
 さして感心した様子もなく、ステラは言った。
 ……恐らくは誰か、たぶんあのシュラインという方が、情報をリークしたのだろう。
 ステラは既に、そう見抜いていた。
『思えばあれは、悲しい事件でしたね』
「そうかしら、あなたは犬だから、特にそう思うのかもしれないけれど」
『……ステラ様』
「なに?」
『犬ではありません、狼です。といいますか、狼ですらありません。ご存知のはずでしょう』
「ええ、もちろん知ってますよ。知ってますから、こっちを手伝って頂戴。片付かないから」
『は、ご命令とあらば』
 生真面目に言うと、オーロラもまた本の整理を手伝いはじめた。
 とはいえ、姿は狼であるから、人間よりはるかに仕事の効率が悪い。
 ……ホムンクルスでも大量に作って手伝いをさせた方が、いいかもしれないわね……
 などと、内心思うステラであった。

 ステラももちろん、あの事件に関しては思うところがある。
 虐げられたものの恨みは、時に恐ろしい力となって、周囲に毒を振りまく事となるのだ。
 この日本には、蠱毒(こどく)という呪法がある。
 これは、ありとあらゆる種類の動物を何十匹もひとつの容器に閉じ込め、共食いをさせて、やがて最後に残った1匹を、およそ考えうる限り最高に残虐な方法で嬲り殺す事により、生き残ったものの生命力、死んでいった者の恨みの念の両方を呪術的なパワーに変えて相手を呪う──というものである。
 あの研究者がこれを知っていたとは思えないが、研究室自体が、この蠱毒の呪いに近いものだったと言えるだろう。
 そして、蓄積された動物達の呪いの念が研究者へと襲いかかり、平穏に暮らす幸せなペットの全てにも向けられた……
 オーロラが「悲しい事件」と評した気持ちも分からないでもないが、そう感じたからといって、どうなるものでもない。
 物事には原因があり、その延長線上に結果がある。
 今回のような事を起こさないためには、原因を2度と造らなければいいわけだが、そんな事はステラにだってできはしないのだ。いくら世界中を旅して魔道を極めた身であったとしても、この世にはできる事とできない事がはっきりと存在する。
 それがわかっているから、ステラは何もしない。
 ただ、そういう事があったと胸に刻み、決して忘れない。
 ……それだけだ。
 それに、他に気にしなければならない事は、いくらでもあった。
 とりあえずさし当たっては……

『……今日も客が来ませんね』
 片づけが一段落したあたりで、オーロラがつぶやいた。
「品揃えに問題はないはずなんだけど……」
『ここはひとつ、特別セールでもやりましょうか?』
「何かいいもの、あったかしら」
『メジャーな所でしたら、ソロモンの小鍵と72柱の魔神が収められた壺のセットとか……』
「……誰が買うのよ、そんなもの」
『持ち主を確実に不幸のどん底に叩き落す古代マヤの水晶ドクロも、確か何個か在庫にあったはず』
「……不幸にしちゃまずいでしょ」
『むぅ……ではどうしましょう……』
「そうね……一般的な所では、占いをするとか」
『しかし、ステラ様の占いだと、的中率が100%になるかと』
「まずいかしら?」
『は、おそらく一般の方の多くは恐がられるでしょう。ある程度適当な事を言ってごまかすのがよろしいのでは?』
「……オーロラ」
『はい、なんでしょう』
「あなたは私に嘘をつけというの?」
『……こ、これは大変失礼を。お忘れ下さい』
「まあいいわ。それより本当にどうするか、よ」
『まさに難問ですね』
「うーん……」
 と、真面目な顔を突き合わせて、頭を捻る2人。
 どうやら、商売繁盛への道のりは、果てしなく遠いようだった──


■ エピローグ・司緑

 ──事件の後、数時間後。
 街の明かりを見下ろす雑居ビルの屋上に、黒い影がひとつわだかまっていた。
 司緑である。
 ……あさましき人の欲望。それにより人間はさまざまなものを生み出し、同時に滅ぼしてきた。この街の灯りもまた、然り。
 灯りの数だけ人があり、欲望も、それと同じ数だけ存在する。
 決して尽きる事のない、両者。
 光があり、欲があり、そして闇がある。
 人のために動物を殺して来た者が、その動物によって滅ぼされた……
 巡る因果が、闇を呼ぶ。
 これだから、人間というのは面白いのだ。
 闇を恐れるくせに、同時に闇に憧れる者も多い。
 その果てに何があるのか、知りもせずに……
 知らないのならば、教えてやろう。
 心の奥底にある闇を、見せてやろう。
 それを見たときに、人はどんな顔をするか……
 自らの中にある、決して表には出てこない部分。
 どんな聖人君子にも、それはある。
 それこそが、人間の証なのだから。
 さあ、人よ、罪深き者達よ。
 次なる闇を、見せてくれ。
 私はそれを知り、体現するために存在しているのだから。
 そのためだけに……

「そこに誰かいるのか!!」

 ふいに響く、鋭い声。
 パトロール中に通りかかった警官だった。
 屋上に怪しい人影があるのをみつけ、登ってきたのだ。
 懐中電灯で物陰を照らし、くまなく探すが……
「……誰もいないな」
 しばらくして、彼は1人、首を捻る事となった。
 何かの見間違いかと判断して、戻ろうと思ったその時──

「ご苦労様ですね」

「!!!」
 不意に背後で声がして愕然と振り返る。
 が……やっぱり誰もいない。
「……」
 2、3度呆然とあたりを見回す彼だったが、すぐに顔を蒼白にして、階下へと降りていった。

 ──ククク……

 生物の気配すらないその場所に、低い笑いがこだまする。
 やがてそれも途絶えると、その場所には静寂と──闇だけが残された。
 暗い、吸い込まれるような闇だけが……


■ END ■


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家】

【0441 / 無我・司緑 / 男性 / 50 / 自称・探偵】

【1057 / ステラ・ミラ / 女性 / 999 / 古本屋の店主】

【0376 / 巳主神・冴那 / 女性 / 600 / ペットショップオーナー】

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■         ライター通信          ■
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 どうもです。最近ようやくド田舎の我が町にもADSLが開通して、その速さに毎日うっとりしているライター、U.Cです。
 シュライン様、司緑様、ステラ様、冴那様、この度は当シナリオにご参加頂きまして、誠にありがとうございました。
 しかし……なんですね、ここまで強力なメンバーが揃うと、半端な相手(敵)ではとても勤まりません。
 音使い、恐怖使い、蛇使い、古今東西の魔道に精通した者……なんかもう、ガンダムすら倒せそうな気が。
 いや、さすがに東京怪談にガンダム出すわけにはいきませんが。(←あたりまえ)
 それはともかく、皆さん非常に魅力的な設定で、書かせて頂いている間、とても楽しかったです。
 願わくば、皆さんのキャラクターを壊していない事を祈るのみですが……如何でしたでしょうか。気に入って頂ければ、これに勝る喜びはありません。

 シュライン様、またのご参加ありがとうございます。今回は前回と違って真面目な(?)ストーリー展開となっております。こういうものも書けますので、どうかご安心下さいませ。
 司緑様、最初に設定を拝見させて頂いた時点で、今回のとどめはこの方に任せようと決めました。個人的にこういう正体不明のおじさまキャラは大好きです。私自身もかくありたいとか思ったり思わなかったりしております、はい。
 ステラ様、プレイングに「早めに現場に行き、潜む」とありましたので、こういう形にさせて頂きました。オーロラ君の活躍の場がちょっと少なかったので、エピローグで絡ませたのですが……なにやらあまり役に立ってないですね。彼を知らない方のために、本当はもっと有能な使い魔だと、この場で述べさせて頂きます、はい。
 冴那様、温和で天然なお姉さんと設定にありましたので、安心して書いたのですが……安心しすぎたかもしれません。エピローグの店内の設定、あれで良かったでしょうか? それがちょっと心配だったりしております。笑顔でマムシを送りつけられたらどうしようとか思って、現在ドキドキしてます。

 当初、各エピローグをそれぞれ各キャラクター毎の文章に分けた形で納品しようかと思っていたのですが、微妙に他のキャラクターに関っているものもありましたので、全てのキャラのエピローグをまとめた形で納品させて頂きました。ですので、それぞれのキャラクターに納品した文章は、今回全て同じ物となっております。
 どうかその点、ご了承下さいませ。

 ご参加してくださった皆様をはじめ、これを読んで下さった方に、厚く御礼申し上げます。

 ご縁がありましたら、また別の物語でお会いしましょう。

 それでは。

 2002/OCT by U.C