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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


兎目の石

「ちょいと、お兄サン、月の石ってのを知ってるかしらねェ?」
 やけに馴れ馴れしい態度で話しかけてきたのは、水商売上がりと解るような徒っぽい女だった。年の頃は四十過ぎだろうか。だが、長年の化粧で痛んだ肌は五十過ぎにも見える。色の抜けた髪は艶がなく、きめの粗い肌と相まって女を乾燥した印象に見せていた。
 私はゆっくりと足を組み替えながら首を横に振った。
「いいえ、存じません」
「だろうねェ。アタシも知らないのさ」
 喉の奥で引きつった笑い声をあげ、女は身を乗り出してきた。
「だからね、お兄サン。それを探して欲しいのさァ」
「料金の方はどのようにしてお支払いいただけますでしょうか」
「その月の石をあげるよォ。アタシはそれが見たいだけなんだから、手に入らなくたって構やしないのさァ」
「わかりました。では早速、調査に」
「あァ、そうだ。お兄サン。兎に気をつけなさいよォ」
 そう言って、死んだ女は姿を消した。現れたときと同様に。
 残された私は行動を共にしてくれる調査員を捜すことから始めなくてはならなかった。




 読んでいた本を閉じ、斎悠也の細身の体が優美な仕草で立ち上がる。
「珍しい依頼人ですね」
 俺の雇い主である草間探偵は悠也を一瞥した。そして、冷め切ったコーヒーに口を付ける。淹れ直せばいいのにと、俺はだらしなくソファに寝そべったまま考えた。
「月の石……何のことでしょうか」
「言葉の意味そのまま……ってワケじゃないだろうな。本物の月の石は上野の国立科学博物館に二つも展示されている。だから、月面で採取された『月の石』じゃない」
「だからといって、宝石でもないでしょう。ムーンストーンが見たければ宝石店にでも行けば済む話ですから。とすると、月に関係した石ということでしょうか」
 空になったカップをソーサーに戻し、草間探偵は頬杖をついた。
「月の伝説は多いからな、石に関係したものもあるだろう。そっちの方面からアプローチをしてみたらどうだ?」
「そうしましょう。上総君」
 神秘的な金色の目が振り返る。
「手伝ってくれませんか? どうやら、この仕事は一人では手に余るようです」
「手伝う?」
「ええ。依頼人の身元調査、お願いできますか?」
 にこりと笑った悠也に、俺は両手をあげて降参の仕草をした。この男に逆らう方が馬鹿を見る。おとなしく手伝った方が無難だし、それに暇つぶしにもなる。
「OK。依頼人は水商売に関係していたっぽいな。年齢は四十才代。この事務所の場所を知っていたことから、この近辺に暮らしていたか、もしくは勤めていたと考えられる。特徴は話し方と……」
「指にペリドットの指輪をしていました。変わったデザインでしたから、覚えている方がいるかも知れません」
「変わったデザイン?」
「ええ。ユニコーンの頭部を模した指輪でした。その目がペリドット。ですが、ユニコーンの目はブルーと伝説では決まっているのですけどね」
 苦笑した悠也は、僅かに目を伏せた。そしてほっそりとした指先で自分の唇をなぞる。
「上総君、身元調査の方、お願いします。俺は少し行くところがありますから」
「どこへ?」
 草間探偵が頬杖をついたまま目を上げる。それにうっすらと笑って、悠也はソファに引っかけていた上着を取り上げた。それを着込みながら、俺の方を向く。
「明日の夜には戻ります」
「おう。気を付けてな」
「あなたもね」
 金色の目を隠すためのサングラスをかけて、悠也は笑った。そして、草間探偵に軽く会釈をして部屋を出ていく。ドアの外で零の声がした。
「上総」
 色の入った眼鏡越しに突き刺さる鋭い視線に、俺は眉を上げた。
「気を付けろ。……この依頼人は、恐らく殺されている」
 俺はゆっくりと頷いた。




 福岡県久留米市。そこに九州一と謳われる社がある。高良大社だ。祭神は高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)、八幡大神(はちまんおおかみ)、住吉大神(すみよしおおかみ)の三神である。
 悠也は久留米駅からバスで高良大社へ向かっていた。
 月の石、とは何であろうか。月で採取した石でも、宝石でもない。となれば、月と関係した石、ということか。或いは、月のエネルギーに関係したものか。後者だとすれば、悠也にとっては話が簡単だ。折しも、今日の夜は満月。一番月のエネルギーが強まる中秋の夜ではないが、それでも充分なエネルギーはある。それを凝縮して結晶にすれば良い。それで済むのなら良い。だが、どうやら話はそう簡単ではないようだ。
 悠也は前髪を掻き上げながら、ため息を零した。
 この仕事が意外と複雑だと感じたのは、依頼人が身につけていたお守りのせいだ。くたびれたスカートのポケットから、僅かに覗いていた鈴守り。それに見覚えがあった。
 高良大社のお守りだ。
 ややこしいことになりそうだと、悠也は唇に指を当てた。
 バスを降りて、高良山中にある高良大社へと向かう。
 高良大社に祀られている神の内、八幡大神と住吉大神に用はない。悠也の目的は、高良玉垂命である。この神は、伝説によれば神功皇后が朝鮮出兵に際して戦勝祈願を行った際、天から明星天子と共に降りてきた月天子とされている。月天子は神功皇后を助けるように明星天子から命じられ、藤大臣と名を変えて地上に留まった。朝鮮出兵にも同行し、日本兵を助けた。その後、神功皇后と夫婦になり、皇后崩御の後は高良山の神となったとある。それが高良玉垂命だ。
 もし、月の石というのが、高良玉垂命に関係しているとしたら、厄介だ。なぜなら、高良玉垂命の伝説にあるもので石と呼べるようなものは一つしかない。それは、朝鮮で日本兵を助けるために使ったという、竜宮から借りた潮の満ち引きを自在に操るという珠に他ならないからだ。それは、潮干玉・潮満玉と呼ばれる。この玉の伝説で一番有名なのは、山幸彦・海幸彦の話だろう。だが、今はそれは良い。
 問題は、その潮干玉・潮満玉が月の石であった場合だ。その玉がどこに奉納され、祀られているのか。悠也にもそれが解らない。だから、わざわざ九州まで来たのだ。
 高良山の参道入り口には、立派な石造大鳥居がある。それを抜けると、山をくねりながら昇っていく参道に出る。脇に御手洗池を見ながら歩いていき、本殿に出た。
 さすが九州随一と謳われるだけあって、平日にも関わらず人出は多い。ぐるりと周囲を見回して、悠也は形だけでも参拝を済ましてから社務所へ向かった。
 石畳に一人の男が水を打っている。白い小袖に浅黄色の袴。神職にあるものだ。
「すみません」
「はい」
 桶を片手に顔を上げ、男は人の良い笑みを浮かべる。
「私は大学で日本書紀の研究をしているものでして、少々お訊きしたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「こちらに祀られている高良玉垂命が使ったという潮干玉・潮満玉ですが、現在はどこに祀られているかご存じでしょうか?」
「潮干玉・潮満玉……ですか? それでしたら、北九州市の速戸社に程近い満玉島と干玉島に奉納されていますよ。和布刈(めかり)神社はご存じですか?」
「いえ……不勉強なもので」
 悠也は首を振ったが、男は気にした様子もない。
「和布刈神社とは速戸社の別名ですが、今はそちらの方が有名なようです。JRの門司港駅からバスが出ています」
「どうもありがとうございます」
「兎に気を付けて」
 にこりと男は笑うと、ざっと柄杓で辺りに水を打ち始めた。
 悠也は目を丸くしたまま、しばらくの間、固まっていた。この男はいったい、何を知っているのか。依頼人の女と何か関わりでもあって、兎のことを知っているのか。だから自分が何を訊いても驚かなかったのか。
「あの……失礼ですが、あなたは?」
 男は何も答えず、その右手を中程まで桶の水につけた。その手を引き上げてから、悠也に笑いかける。
「急ぎなさい。潮干玉・潮満玉は竜宮のものです。地上にあげることはなりません」
「はい」
 深々と頭を下げ、悠也は踵を返した。
 どうやら、自分たちはとんでもないことに首を突っ込んでしまったようだ。海と陸の神々が絡んでいるとは、何ともスケールの大きな話である。しかし、あの女は、いったいどこで兎と出会ったのだろうか。もし悠也の想像通りだとしたら、あの兎は鳥取県にいるはずだ。勝手に動き回るはずがない。それとも兎を助けたものの仕業か。
 どちらにせよ、早めにこの仕事からは足を洗うに限る。幾ら悠也がたぐいまれな力を持つとは言っても、神を相手にする気は更々ない。築き上げた将来の設計図が音を立てて崩れ去ってしまう。
 ショルダーバッグから携帯を取り出し、メモリーからダイヤルする。参道を半ばは知るように下りながら、それを耳に押し当てる。
「はい、上総……」
「上総君、月の石の正体が分かりました」
「え、もう?」
「ええ。潮干玉・潮満玉です」
「しおひる……何だよ、それ」
「簡単に言ってしまえば、海の満ち引きを自在に操ることが出来るという宝珠です。これから僕はそれを取りに行ってきます。夜には東京に戻れると思いますから、それまでに身元調査の方は」
「あ、終わったから」
 思わず足を止めてしまい、つんのめりそうになった。悠也は慌てて逆の足を出して、歩み続けた。
「終わったんですか?」
「おう。依頼人の名前は水野礼子。三日前から行方不明。事務所の近くで『レイナ』って飲み屋を経営していた女だ。依頼人には内縁の夫がいたらしいって話があるから、それを確認してくる」
「待ってください。その男は?」
「本名、年齢、国籍不明。金髪碧眼の美男子らしいぜ。通り名は兎」
「……大当たり、ですね」
「ああ。湾岸で小さなバーを経営してるらしいぜ。どうするよ?」
 うっすらと笑って、悠也は足を止めた。
「当然、一緒に行きますよ。俺が戻るまで待っていなさい」
「……ハイハイ。東京駅まで迎えに行ってやるよ」
 苦笑混じりの上総の声が消え、プツリと通話が切れる。悠也も通話を切り、携帯をバッグに放り込んだ。
 参道の下でタクシーを拾い、久留米駅まで走らせた。この費用は経費で落として貰おうと領収書をしっかりゲットして、JRの駅に走り込む。
 依頼人は何故、「月の石」が見たいのだろうか。愛しい男のためだろうか。それとも、守ろうとしているのだろうか。
 ホームに走り込んできた列車を見ながら、悠也はほっと息をついた。




 俺が運転する車で「兎」の経営するバーへと向かう。ショルダーバッグを抱え込んだ悠也は何も言わず、車窓を眺めている。様子から察するに、首尾は上々、というところか。だが、それにしては不機嫌そうだ。
 その店はこぢんまりとした、見るからに隠れ家的な店だった。ビルとビルの隙間に隠れた地下への階段。そこを下っていくと、古びた木の扉に行き当たる。
「ここ、ですか」
 ネームプレートにはPhuleと崩れたアルファベットが並んでいる。
「フル……と言うのは、月を司る天使の名前です」
「ふぅん」
「月に兎がいるという伝説に引っかけたものでしょうかね」
 扉を開けると、ドアベルがからからと鳴った。心地よいカウベルの音だ。中から静かなざわめきが聞こえてくる。上品な客層なのだろう。だが、澄ました感じではなく、暖かく迎え入れるような雰囲気の店だ。
「いらしゃいませ」
 その男はカウンターの中にいた。男がシェイカーを振るたびに、硬質なものを連想させる金髪が揺れていた。口元には人当たりのいい笑みが刻んである。
「彼が?」
「ああ。兎だ」
 俺と悠也はカウンター席に並んで座った。そしてドライマティーニをオーダーする。間もなく、オリーブの実が沈んだ透明な酒が注がれたショートグラスが出てきた。つまみのナッツを口に放り込み、俺はそっとグラスを傾けた。悠也はさすがホストというか、慣れた仕草でグラスを傾けている。
「それで、その何とか玉ってのは、手に入ったのか?」
「ええ。もちろん」
 ふっと口元を緩めて、悠也はオーダーしたレーズンバターを口にした。
「少々強引な手を使いましたけど」
 俺は何も言わず、ナッツをもう一つ、口に放り込んだ。
「ことが済めば、戻しますよ。これは俺たちの手に負えるような代物じゃありませんからね。扱い一つで……世界を変えられる」
「そんなにヤバイのか?」
「ええ。海を操れるんですよ? 正しく使えば地球温暖化の影響で沈みかけている島国を救うこともできる。悪用すれば、アメリカだって滅ぼせます。そういう代物ですよ」
 俺は頭を抱え込みたくなった。実際に行動に移さなかっただけ、我ながら偉いとさえ思う。そういう代物を抱え込むような依頼だったとは、話を聞いたときには欠片ほども思わなかったのだ。頭を抱えたり、額を押さえたりしたくなるのは当然だろう。悠也はと見れば、平然としている。
 全く、こいつの神経はどうなっているんだか。真っ当な人間の俺としては疑いたくもなる。
「依頼人は、何だってまた、そんなヤバイものを……」
「さて……愛しい男のため、じゃないんですか? 俺には理解しがたいですが」
「冷たいヤツだな……」
 俺が言うと、悠也はふっと微笑した。冷笑に程近い笑い方だ。
「そうでなかったらホストなんかしません」
「あ、それで思い出した」
 がり、とナッツを噛む。胡乱に見上げる金色の瞳。それに向かって、俺は笑いかけてやった。すると細い眉がしかめられた。
「何をです?」
「依頼人の身元調査の時、お前のバイト先にも訊きに行ったんだ」
「何ですって?」
 眉根がきゅっとよる。俺は声を低めて兎の様子を窺いながら悠也の耳元に口を寄せた。
「そこでさ、あの……蝶ネクタイの」
「マネージャー?」
「そう。そいつが、水野礼子を知ってた。店に客としてきたことがあったんだと。で、マネージャーの出身が博多ってんで、久留米出身の依頼人と話があったらしい。そのとき、潮干玉・潮満玉だっけ? それの話が出たんだってさ」
「どういうことです?」
「どういう流れでそういう話になったのかまでは訊いてない。けど、『月の石』ってその玉を言ったのは、そのマネージャーだ」
「……月の天子が使った玉だから、『月の石』というわけですか」
「多分な」
 悠也はため息を落とし、右手で前髪を掻き上げた。白い額にぱらぱらと黒髪が落ちる。それを手櫛で整えてから、俺に向き直った。
「兎の目的ははっきりしています。望みを叶えてやることは吝かではありませんが、彼の手段は強引すぎた。宝珠を渡すわけにはいかないようです」
 俺たち以外の最後の客が帰り、店内には俺たちと、そして兎だけが残った。




「水野礼子を殺したのはあんただな?」
 にっこりと、兎は笑った。自分のしたことに欠片ほども罪悪感を抱いていないような、そんな無邪気な笑顔だ。
「水野さんにはお世話になりました」
「なら、どうして殺した?」
 二十代後半とおぼしき男は、赤子のように無邪気に笑う。
「水野さんが私と一緒になりたいと言ったんですよ。だから」
「だから殺したんですか? 意味が分からないですね」
「私と一体になりたいと望んだのは彼女の方なんですよ?」
「お前と、一体になる?」
 言葉の真意を測りかね、俺は眉間にしわを寄せた。兎は小首を傾げ、閉店後のフロアで唯一のライトを見上げた。
「人は死なないと、私と一体になれないんですよ。お世話になった水野さんだから、私はその願いを叶えてあげようと思ったんです」
「訳が分からない!」
 吐き捨てるような俺の言葉に、兎は寧ろ困ったような顔をした。何故、俺が激高するのか解らないと言った顔だ。
「私が店を開くために手を貸してくれた水野さんだから、私は一緒になりたいと言った彼女の願いを叶えたんです。それだけのことでしょう?」
 こいつは、本当に解らないのだ。
 俺は慄然として、つばを飲み込んだ。
「水野礼子の死体は、どこにある?」
「ここですが?」
 そう言って、兎は自分の腹の上に手をおいた。意味を悟ると、悠也は喉を鳴らして目を見開いた。俺も知らず一歩退いた。
「……喰った、のか?」
「ええ。死んだ人は私の食料ですから。私と一体になってるでしょう?」
 そう言う意味か。
 再び唾を嚥下して、俺は退きそうになる足を叱咤し、その場に踏みとどまった。一歩進み出た悠也が金色の瞳で兎を真っ直ぐに見据える。
「神のくせに、人を食らったのか」
 そこでようやく兎の顔に緊迫感らしきものが浮かんだ。だが、それはほんの一瞬でかき消え、また笑みを浮かべる。
「何だ、ご存じじゃないですか。ええ。その通りですよ」
「かつて大国主命に救われた、因幡の白兎。あなたは神として祀られているはずです。それなのに何故?」
「私は元々、この国にいたのではありませんから。隠岐の、私が生まれた場所に戻りたくなったんです」
 良いながら、兎は実際に懐かしそうに目を細めた。
「飛行機でもフェリーでも使えば良いだろ」
「私たちは、そういったものは使えないのですよ。分社を建てて貰うか、神輿でも担いで貰うか、さもなくば神宝を使うか……」
「だから、潮干玉・潮満玉を?」
「ええ」
 にっこりと笑い、兎はじっと悠也を見つめた。その視線はショルダーバッグに向けられている。中にあるものの波動でも感じているのか。
「これを渡すわけにはいきません」
「では、何故、あなたはそれを持ってきたのです? 私に運んできたのでしょう?」
「違います」
「水野さんに見せるためだ」
「水野さんに……? そうですか」
 兎はその金髪を揺らして首を振った。
「では、こちらへどうぞ」
 マスターはカウンターの奥のドアを開け、手招いた。扉の先には階段があり、地下へと潜っている。薄暗いそこには小さな電灯が点っているきりだ。
「この先にね、お見せしたいものがあるんですよ」
 そう言って先に立ち、どんどん地下へと降りていく。俺はその後に続き、悠也が最後に続いた。扉は開け放したままだ。一階分ほど下ると、開けた空間に出た。古いワインセラーのようだ。中央にはコンクリートで作られた長方形の水槽。中に電灯でも仕込んであるのか、水面からほのかに光を放っている。
「この中ですよ」
 マスターはそう言って、コンクリートの水槽の中を示した。俺と悠也は恐る恐る近づいて中を覗き込み、息を呑んだ。
 水槽一杯に張られた水。その床には色とりどりの石が敷き詰められている。その上に横たわる、白い骨。漂白されたように白いそれに、石の光が反射して美しい。
「これは……水野さんの?」
「ええ。骨だけは残したんです」
 ごくりと息を呑んだ俺の隣で、悠也はショルダーバッグの開けた。その中から、紫の絹布に包まれた二つの玉を取り出す。潮干玉・潮満玉だ。
「あァ、ようやく見られたよォ」
 俺は引きつった声を上げ、思わず悠也の腕にしがみついた。思い切り顔をしかめられるが、頓着していられないほど吃驚した。
「み、水野さん?」
「ありがとうねェ。お兄サンの助手サン」
「おや、水野さん、どうしたんです?」
「あァ、兎。アタシはねェ、あんたがご執心だった『月の石』を見たくってねェ」
 水野礼子は自分の骨が漂う水槽を、満面の笑みを浮かべて覗き込んでいた。
「あんたと一緒になっちまう前に見せて貰おうと思ったのさァ」
 目元の辺りに笑みの気配を漂わせ、水野礼子は満足げに呟いた。マスターはにっこりと笑って、俺たちを見た。
「そういうことでしたか。それでは、私の方こそお礼をしなくてはいけませんね。そう……あなた方も私と一緒になりますか?」
「兎、やめておくれよォ。頼んだのはアタシなんだからさァ。アタシを少しでも好いてくれるんなら何もしないでおくれよォ」
「それは残念」
 腕を伸ばし、白い指先で水槽の水を跳ね上げる。濡れた指先を唇に当て、兎は冴え冴えとした笑みを浮かべた。
「水野さん。依頼は果たしました。宜しいですね?」
「あァ、ありがとうねェ」
 女の死霊は笑った。ゆっくりとその体は透き通っていき、ついには炎が消えるようにいなくなる。依頼人がいた場所に向かって悠也は気取った仕草で礼を返し、ショルダーバッグに二つの宝珠をしまった。じっと見つめる兎に、その金色の瞳を絡ませる。
「つまり、あなたは隠岐に帰れれば良いのでしょう?」
「ええ」
「では、これを返しにいくついでに、隠岐に立ち寄りましょう」
「悠也?」
「これを形代に」
 ポケットから小さなお守りを取り出し、兎の目の前にかざす。それを見て、兎は笑って頷いた。
「良いでしょう」
 その顔は晴れ晴れと明るかった。




 草間興信所の窓から空を見上げる。今日は十六夜の月だ。
「それじゃ、依頼は完了、と」
「ええ。なかなかシュールな依頼でしたね」
 悠也はちりり、と鈴守りを手の上で転がしながら呟く。
「結局、依頼人は何故、『月の石』が見たかったのでしょうか」
「何だ、そんなことも解らないのかよ」
 俺がからかうと、ぴくりと細眉が動く。
「簡単だろ。水野さんは、惚れた兎がどうしても手に入れたかったものに嫉妬していた。だから見たかったんだろ」
「……俺には解らない感情です」
 ちりり、と鈴が鳴った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0164/斎悠也・男/21/大学生・バイトでホスト

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■         ライター通信          ■
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この度は、ご注文アリガトウございました。神道に精通しているとの設定でしたので、日本神話をベースに物語を展開してみましたが、いかがでしたでしょうか。お気に召していただければ幸いです。
次回もヨロシクお願いします。反町 燵樹でした!