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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:ゆらゆらとした光の中で  〜嘘八百屋〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 ‥‥減らないですねぇ。この手の事件は。
 保険金殺人ですか。
 で? あなたは、本当にお金のために奥さんを殺したのですか?
 まあ、普通は否定なさるでしょうねぇ。
 交通事故?
 事故に見せかけることなど、さして難しいことではありませんよ。
 おやおや。お怒りになりましたか?
 しかし現状、あなたには八〇〇〇万円という保険金が支払われています。
 疑いを持たれるのは、むしろ当然といって良いでしょう。
 まして奥さんの死から二年と経過していないのに、再婚なさろうとしている。
 どうぞ疑ってくださいと言っているようなものです。
 もっとも、そのあたりは警察の領分で、私どもが口を出すことではありませんが。
 それで?
 わざわざ、このような雑貨屋を訪ねられたからには、警察には言えないことがあるのでしょう?
 拝聴しましょう。
 ‥‥ほう。
 奥さんの霊ですか。
 それが夜な夜な現れる、と。
 おかしいですね。あなたに後ろ暗いところがなければ、なにも恐れる必要はありますまい。
 なるほど‥‥怖がっているのは再婚相手ですか。
 それならば良く判ります。
 普通は怖がるでしょうねぇ。
 承知しました。
 亡くなられた奥さん‥‥亜希子さんのことを調べ、除霊をおこなえば良いのですね。
 善処させていただきましょう。
 それでは、報酬の振込先は‥‥。




※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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ゆらゆらとした光の中で  〜嘘八百屋〜

 ――○月×日午前一〇時頃、軽自動車とダンプカーが衝突する事故があった。この事故で軽自動車を運転していた札幌市西区の主婦、立木亜希子さん(二五)が死亡した。現場は見通しの良い交差点で、警察では事故の原因を調べている――

「べつに珍しくも何ともない事故だ。年間に五〇〇件は起きてるような、な」
 当時の新聞を折りたたみながら、巫灰滋が言った。
 赤い瞳に、皮肉な光が揺れている。
 たしかに交通事故など珍しくない。
 今年の北海道でも、交通事故死亡者の数は三七〇名を超えている。
 使い古された言葉だが、交通戦争という警句はまだ生きているのだ。
「事故に不審な点なかったからこそ、保険金は支払われたのよね?」
 主人が煎れた緑茶を啜りつつ、シュライン・エマが小首を傾げる。
 なにしろ吝嗇で有名な生命保険会社のことだ。わずかでも不審な点があれば保険金の支払いは渋る。
 営利企業なのだから、むしろ当然のことだ。
「なんで今更になって、というのが一つのカギだな‥‥」
「やはり再婚話が原因なのでは?」
 武神一樹、草壁さくらの会話である。
 骨董屋コンビにしては、やや結論を急いだ格好だ。
 東京から参集した助っ人四名。
 嘘八百屋という屋号の雑貨屋で作戦会議の最中であった。
 会議の内容は、とある心霊事件についてだ。
 まるで、どこぞの怪奇探偵のような話ではある。
「やっぱり、成仏してねぇのかもなぁ」
 浄化屋と異名を取る男が呟く。
 酬われぬ霊というのは、意外に多いものだ。
 まして二五歳といえば過去より未来に多くのものをもつ年齢である。
 さぞ無念もあろう。
「自分の死後、ダンナさまが再婚するとあっては、なおさらね」
 青い目の興信所事務員が軽く嘆息する。
 死後まで愛するものを縛るというのは、どう考えてもおかしい。
 シュライン自身に置き換えても、そんなことは望んだりしない。
 人生から退場してしまった以上、居場所は生者の隣にはないのだ。
 だが、それでも、亜希子の気持ちは判るような気がする。
 夫、恋人、どういう言葉を使っても良いが、愛するものが自分のことを忘れてゆくのは切ないものである。
 たとえそれが自然の摂理だとしても。
 理性では判っていても、感情が承伏しない。
 そういうものだ。
「ではシュラインさまは、亡くなられた女性は夫を恨んでおいでだとお思いですか?」
 控えめに、さくらが訊ねる。
「いいえ。そうは思わないわ。そうだとしたら、もっと早くに霊障なりなんなりが出ているだろうから」
 あまり具体的でない言いようだが、その意図するところは全員に通じた。
「そうだな‥‥現時点での即断は禁物だが‥‥」
 慎重に腕を組む調停者。
 この段階で結論を導くことはできない。
 少なくとも、故人と生者の言い分を聞かなくては、断の下しようもない。
 それに、生前の夫婦仲も調べておいた方がよい。
 軽く頷き合った助っ人たちは、それぞれの思惑にしたがって行動を始めた。


 保険金殺人という犯罪が、後を絶つことはない。
 それどころか、より巧妙に悪質になっているようである。
 埼玉県の金融業者による殺人事件。
 福岡県の看護士四人による殺人事件。
 いずれも被害者の保険金を目的とした犯罪である。
 もちろんこれらは犯人が逮捕され立件されたものだ。
 そして世の中には、表面に現れない事象というものが、たしかに存在している。
「ひとつの可能性としてだけどよ。亜希子さんの自殺っていうのはどうだ?」
「どうかしら‥‥」
 巫の言葉をシュライン留保する。
 自殺したものが現れているにしては、霊現象が穏やかなもののように思う。
 それに、
「けっして夫婦仲が悪かったわけじゃないみたいだし」
 近所、職場、親戚筋から集めた情報である。
 立木夫妻は、まず、おしどり夫婦といって良いくらい仲が良かった。
 これはいくつもの証言から明らかだ。
 むろん、外面と内面は違うだろうが、トラブルを臭わせる情報がなかったのは事実である。
「まあな」
 やや憮然と巫が頷く。
 自分の意見が否定されたから不機嫌になったのではない。
 先刻面会した、亜希子の妹の態度を思い出したのだ。
 由香里という名のその女性だけは、立木夫妻、というより立木氏に否定的だった。
 夫婦のありようについても。再婚話についても。
「一時期、警察が動いていたのも、あの由香里って女が訴え出たかららしいからな」
「なんか、引っ掛かるわね‥‥」
 シュラインも腕を組む。
 由香里は現在二五歳。姉の享年と等しくなっている。
 預かった亜希子の写真。
 それとよく似た面影を持つ妹を思い浮かべながら、シュラインはひっそりと溜息を漏らした。


 一方、武神とさくらの調査も大詰めを迎えていた。
 調べたのは、立木氏の再婚相手である。
 そして結果はシロと出た。
 この女性は、もともとは亜希子の同僚だった。とくに美人なわけでも才走ったところがあるわけでもない平凡な人物である。
 それだけに、打算や野心とは縁遠い。
 立木氏との繋がりが本格化するのは、亜希子の死後である。
 妻を喪って傷心の男性を元気づけているうちに、互いに惹かれあっていった。
 ということらしい。
 同情と傷心。
 これが恋心に変わるのは、じつのところ、珍しくもない構図だ。
 それでも、立木氏と再婚相手には躊躇いがあったらしい。
 亜希子の死後、すぐにそういう関係になることに。
 結果、二年近くもの間、ふたりの関係は進展を見せない。
 死んだ妻への配慮と、死せる友人への遠慮。
 このあたりの心情は、骨董屋コンビにも理解できる。
 不器用なことだと思わなくもないが、人間の感情とは、そう割り切れるものでもないからだ。
 まして男と女ならば。
「‥‥ふたりとも、ちゃんとした大人のようだな」
 武神が呟く。
「はい‥‥このお二人を恨んで、ということになれば、亜希子さまという方はいささか救われません‥‥」
 寂しそうに、さくらが応えた。
 青い目の友人が言ったことを思い出す。
 死者の座る席は、生者の隣にはない。
 哀しいかな、それが摂理というものである。
 これを歪めることは、たとえ神であろうとも不可能なのだ。
「実際に、亜希子という人と話ができれば良いのだがな」
 奇妙なことを言う調停者。
 それは、異能者たる彼らには可能なことであった。
 とはいえ、武神にしてもさくらにしても、あるいは浄化屋にしても、イタコではない。
 冥界から霊を呼び出すことまではできない。
 したがって、先方が登場してくれるまで待つしかないのだが、そう上手いタイミングで霊が現れるか、微妙である。
 思い屈する様子の武神たちに、
「そっちはどう?」
 と、声がかかった。
 あらかたの調査を終えたシュラインと巫が合流したのだ。
 肩をすくめる調停者。
 代わって、さくらが応える。
「こちらで調べましたところ、立木さまにも、その再婚相手の方にも、これといった咎があるようには思えません‥‥」
「そか。こっちも、たいした収穫は無しだったぜ。気になることはあるけどな」
 労うように浄化屋が言う。
「結局、本人たちと会って話すしかないみたいね」
 総括するシュラインの視線は、札幌の郊外にたたずむ小さな一軒家に注がれていた。


 立木伸行と、その妻である亜希子は、ごく普通の恋愛結婚だった。
 夫は中堅どころのサラリーマン。
 妻はその後輩。
 いわゆる社内結婚である。
 結婚以前の付き合いは、約一年間。
 年齢差は三歳。
 このあたりも、あまり特筆するようなことはない。
 ごく平凡なカップルが、ごく平凡に結婚しただけである。
 夫婦仲も、ごく普通に良好だった。
 夫は妻のために懸命に働いたし、妻は夫のために家を守っていた。
 亜希子が亡くなったのは、結婚三年目の事である。
 さすがに新婚当初のアツアツムードは無くなっていたが、それでも家庭は円満だった。
 大きな喧嘩もせず、互いが互いに愛を注ぎあい。
 平凡だが、幸福に日々を送っていたといえる。
 だが、その平和の夢を破ったのが、交通事故だった。
 ある日、夫の忘れ物を届けるために、亜希子は愛車を駆って中央区に向かおうとしていた。
 慣れた道、慣れた車。
 油断があったのだろうか?
 それとも、急ぐ心があったのだろうか?
 信号を無視して突っ込んできたダンプカーを、亜希子の軽自動車は避け損ねた。
 彼女の人生は、それであっけなく終わる。
 まったく突然の終焉。
 しかし、残されたものたちの苦しみは、そこから始まった。
 亜希子は、自分の身に八〇〇〇万円の保険をかけていた。
 受取人は立木である。
 ここで注意しなくていはいけないのは、この保険に入ったのは亜希子自身だということである。
 ちなみに、立木は自分に一億円の保険をかけている。
 受取人は亜希子だった。
 ふたりとも、もし自分が先立った時に備え、多額の保険に入っていたのである。
 配偶者に不自由な思いをさせぬために。
 これはある意味、無言の優しさだったのだろう。
 だが、冷酷な噂が立った。
 立木が保険金目当てで妻を殺したという。
 嫉妬だったのかもしれない。
 多額の金銭を手に入れた者への。
 止まない悪戯電話。
 投石によって割られた窓。
 塀の落書き。
 妻を喪ったばかりの立木の傷は、より深いものになっていった。
 会社も欠勤が続き、家はカーテンが閉め切られ、酒瓶だけを友として一室に閉じこもる。
 まるで妻に殉じるかのように。
 これではいけない‥‥。
 行動を起こしたのが、亜希子の友人でもあった三杉さおりという女性だ。
 彼女は立木邸に日参し、心を尽くして友人の夫を慰めた。
 塀を掃除し、失礼な電話に応対し、荒れ果てた室内を片付け、食事の世話をする。
 すべて善意から出たことだった。
 もっとも、事実より解釈が少ないなどという例は、ほとんど存在しない。
 さおりもまた、噂のやり玉に乗せられることとなる。
 傷心の男に取り入る毒婦。保険金が目的の女狐。親切そうな顔をして何を企んでいるのか。
 それらの噂を、さおりは平然と聞き流していた。
 それどころか、歓迎していた節すらある。
 むろん、理由があってのことだった。
 自分に悪評が集中すれば、立木が注目されずに済む。
 彼に同情するものも現れよう。
 自分の悪名など、顧慮するに足りない。
 いずれ事実が明らかになれば、汚名は晴らされるのだから。
 剛毅な意志と優しさをもって、さおりは立木の心を癒していった。
 その甲斐あって、立木は再び社会に復帰する。
 妻の死から、一ヶ月あまりのことだった。
「なるほどなぁ」
 立木氏から、亜希子の死の前後の事情を聞き、浄化屋が息を洩らした。
 多少、美談すぎるような気もするが、男の言葉に嘘はないように思われる。
 一室に鎮座する仏壇からも、不穏な気配は感じられない。
「ところで、そのさおりさんは?」
 シュラインが訊ねる。
「一緒に暮らしてはないんです。ちゃんと入籍を済ませ、亜希子の墓に報告してからでないと、けじめがつきませんから」
 立木の返答である。
 ほう、と、骨董屋コンビが目を見張った。
 この立木という男、調停者と同年のはずだが、なかなかどうして立派な価値観を持っているようだ。
 イマドキの男性にしては、多少、物堅いような気もするが。
「では、亜希子さんの霊は何処に現れる? ここか? それとも、さおりさんの家か?」
 武神が質問する。
 これは大事なことであった。
 真に心霊現象であるなら、発現には法則性がある。
 霊というものは万能の存在ではないのだ。
 野別幕無しに現れるわけではない。
「主にこの家です。さおりさんが夜道で見かけた事もありますが、彼女の家に出たという話は聞きません」
「了解だぜ。あとは俺たちに任せて、アンタは寝んでくれ」
 巫が言う。
 やや乱暴な口調に、立木氏が不安を口にした。
「あの、亜希子には悪気はないと思うんです。ただ、ちょっと誤解があるだけで。できれば手荒なことは‥‥」
「大丈夫ですよ。そういう結末にはなりませんから」
 少しだけ寂しそうに、だがきっぱりとシュラインが言った。
 さくらが、なんとはなしに空を見上げる。
 吸い込まれそうな夜空に、星が瞬いていた。


 深夜。
 立木邸の広くもないに、ぼんやりと浮かぶ白い姿。
 亜希子‥‥。
 すでにこの世のものではないはずの人影が、薄ら笑いを浮かべつつ玄関へと向かう。
 そしてその手が、ドアノブに伸び、
「もうやめなさい。由香里さん」
 声が響いた。
 白い影の動作が急停止する。
 ややあって、影を囲むように四名の男女が姿を見せた。
 武神、シュライン、巫、さくら。
 むろん、この四人である。
「そっくりのかつら、そっくりのメイク、そっくりの動作‥‥」
 詠うように、青い目の美女が言葉を紡ぐ。
「でも、どんなに上手く化けても、呼吸のクセや足音まではコピーできないわ‥‥」
 超聴力を有し、聴覚的記憶力に優れるシュラインである。
 足音の接近によって、彼女は事の真相を再確認した。
 つまり‥‥。
「亜希子さんの霊などというものは存在しない。すべては貴女が仕組んだことだ」
 淡々と、調停者が断を下す。
 黒い瞳に寂寥の色が揺れていた。
「‥‥アンタの行為は、住居不法侵入に脅迫。立派な犯罪だ。どういうつもりでこんなことをしたのか、話してくれるだろうな?」
 巫が問いつめる。
 言葉は厳しかったが、これでも浄化屋は自分を抑えているのだ。
 彼は職業柄、霊に敬虔な畏れを持っている。
 その存在を悪用するものには、自然と手厳しくなってしまう。
「‥‥こちらへどうぞ」
 さくらが、由香里を邸内に導いた。
 真夜中に屋外で話すような話でもあるまい。
 観念したのか、黙然と由香里が続く。
 やがてリビングルームに場所を移した五人が、陰鬱な会談を始める。
「‥‥姉さんが可哀想‥‥」
 短い言葉。
 そして、それこそが今回の一件の動機であった。
 由香里は、仲の良い姉夫婦に憧れていた。
 姉への愛情。義兄への親愛。
 いつかは、自分もああいう家庭を築きたい。
 ごく自然にそう思っていた。
 だが、姉の死によって幸福の夢は潰えた。
 しかも、義兄は姉の死の直後から女性を家に引っ張り込み、あまつさえ、再婚まで考えているという。
 許せなかった。
 姉が哀れすぎた。
 こんな男のために、姉は命を落としたのか!?
 なにより、心の隙間に忍び込むように乱入した、あの女!!
 義兄は、姉に殉じるべきだ。
 死ねとまでは言わないが、生涯を姉のために使うべきだろう。
 それなのに、それなのに‥‥。
 由香里の言葉は、煮えたぎる感情のスープのようだった。
 誤解と思い込み。
 あるいは彼女は、亡き姉に自分の姿を重ねていたのかもしれない。
 かなりの時間が経過して、
「アンタは‥‥根本的なところを間違っている、と思うぜ」
 巫が口を開いた。
 立木氏の人生は立木氏のものだ。
 亜希子の人生が亜希子のものであったように。
 少なくとも、第三者が口をはさんでよいものではない。
 妻の死を悼む悼まないは、それこそ立木氏の心の問題である。
 他人が忖度することはできないし、してもいけない。
 まして、立木氏は充分に傷付いている。
 これ以上、彼を苛む必要があるだろうか?
 一言一言を噛みしめるような浄化屋の言葉。
 ついに、由香里は泣き崩れた。
「義兄さん‥‥っ! 私は、私はぁぁぁ!!!」
 リビングに木霊する悲痛な声が、この一件の幕引きだった。
 暗然と、四人の男女がたたずんでいる。


  エピローグ

「‥‥このようなお話をご存じでしょうか?」
 嘘八百屋が言った。
 あるところに、仲の良い姉妹が住んでいた。
 とある男性と恋に落ちた姉。
 祝福する妹。
 自分の想いを押し殺して。
 相手が姉なればこそ、消さねばならぬ恋の炎もある。
「それは、この件に関する話なの?」
 疑問を呈するシュライン。
「そて、どうでしょうか?」
 だが奇妙な屋号を持つ雑貨屋は、微笑するだけであった。
 面白くもなさそうな顔で、そっぽを向く巫。
 どうやらまた、この男の思惑通りに踊ってしまったようだ。
「で、立木氏からせしめた金で、何をするつもりだったんだ? 主人は」
「函館に、良い物件を見つけました。小さな家ですが、女性がお一人で住まわれるのには、充分でございましょう」
「‥‥風光明媚な彼の地であれば、自然と傷心も慰められる、というわけか」
 微苦笑を浮かべる調停者。
 どうせこの男のことだ、由香里が社会に復帰するための手段もちゃんと用意しているのであろう。
 そう思ったが、むろん、武神は訊ねたりしなかった。
 彼らの果たすべき任は終わったのだ。
「まあ!」
 突然、さくらが声をあげた。
 緑玉の瞳から放たれた視線が、店の一角に注がれている。
 優しげな表情で、武神と巫もそこを見つめた。
 ひとりだけキョトンとしているシュラインの肩に、笑みを浮かべた嘘八百屋が手を置く。
 すると、霊感のない青い目の美女にも、見えた。
 店の片隅。
 ゆらゆらと揺れる白い光が。
 それは、あるいは人の姿にも見えたかもしれない。
 光が、軽く頭を下げた、ような気がした。
「アンタの選んだ男、なかなか良い男だったぜ。見る目あるじゃねぇか」
 からかうように浄化屋が言った。
 そして、消えゆく光。
「いったのね‥‥」
「ええ、もう迷うこともないでしょう」
 シュラインの言葉に、さくらが応える。
 武神が、嘘八百屋を見た。
 何か言いたげであったが、結局、何も言わずに茶を啜る。
 冷涼な空気が、秋空を駆け抜けてゆく。
 半年ぶりに存在意義を与えられたストーブが、小さな炎を灯している。
 穏やかな‥‥。
 そう、穏やかといって良い午後だった。




                         終わり



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「ゆらゆらとした光の中で」お届けいたします。
えーと、秋ということで、すこし切ない感じのお話がです。
楽しんで頂けたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。