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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


新月光
●其は始
 例えるのならば、それはぽっかりと開いた穴。私は空を見上げる。ああ、見えない。月は見えない。だけど存在しているのは分かっている。他のどんな時以上にも、大きな大きな姿をして。

「お話を纏めると……」
 草間はメモをしていた手を休め、依頼人である相模・芽衣子(さがみ めいこ)に向き直った。芽衣子は22歳、大学院に進む予定なのだという。
「変なものに取り付かれてしまった、と?」
「そうとしか考えられないんです。……私は超心理を研究しているんですけど、ある日資料の山を見て研究仲間が言ったんです。召還術とやら、本当なのか試してみようって」
 芽衣子の話は、こうだった。研究員は全部で芽衣子も合わせて5人なのだが、くじで召還術を試す本人は芽衣子となってしまった。半分冗談まじりに、芽衣子は召還術を行使した。すると黒い影が出てきて彼女を包み、それからというもの霊現象に悩まされるようになってしまったという。
「例えば……?」
「毎晩、変な唸り声が聞こえたり、ポルターガイスト現象が起こったり……一度は手に血みたいなものがついていた事もあります」
「それは、災難だね」
「お札とか、盛り塩とかもしたんですけど効果が無くて……」
 芽衣子は溜息をつく。彼女の目の下にある、化粧でも消せないくまが痛々しい。草間が依頼を受けると言うと、彼女は何度も礼を言いながら去っていった。
「早く何とかしてやりたいな……」
 芽衣子の後姿を見送り、草間はぼそりと呟くのだった。

●其は何
 見上げさせないで、見たくなんてないの。あなたがいるのは分かっているから、私を見ているのも分かっているから。だからせめて、どうか私を見上げさせないで。

 とある大学の研究室。5人の男女が芽衣子を待っていた。研究室内はしいんと静まり返っており、なんとも形容し難い雰囲気が漂っている。
「何というか……不思議な空間ね」
 切れ長の青い瞳を光らせ、シェライン・エマ(しぇらいん えま)は呟く。大学の研究室、という少し特殊な空間が気になったのかもしれない。
「そうかな?普通の空間だと思うけど?」
 両手を黒髪の後で組み、何事も無いかのように影崎・雅(かげさき みやび)は言った。なんとは無くの違和感に気付きはしているものの、そのような事はどうでも良いようだ。
「こんなものでしょう。何処の大学の研究室も、似たようなものだと思いますよ」
 緑の目で柔らかに微笑みながら、灰野・輝史(かいや てるふみ)は言った。彼自身、ついこの間卒業した大学と照らし合わせているのだろう。
「まあ、どうだったいいよ。要は金になるかならないかだし」
 細目を更に細くしながら、御鏡・聡梨(みかがみ さとり)は言った。ずりおちてくる眼鏡をくいっと持ち上げ、ぐるりと室内を見回している。口では気にしないように言っているものの、やはり初めて入ったという大学の研究室が物珍しいようだ。
「何やら不快な磁場が出来ているようだが……あの本のせいか?」
 金の髪を右の手でかきあげつつ、左の親指で一冊の本を指差して真名神・慶悟(まながみ けいご)は言った。そこには確かに一冊の本がある。黒い革表紙の、不思議な本。
「どれどれ」
 聡梨がひょいっと本を見る。眼鏡がきらりと光る。
「はっはーん……」
「何か分かったの?」
 シェラインが尋ねるものの、聡梨は答えない。ただ振り向いて、にっこりと笑うだけだ。
「……うちさ、金勘定じゃないと動かないんだよね」
「え?」
 シェラインが思わず聞き返す。聡梨はにっこりと笑ったまま、手を差し出す。
「うちからの情報が欲しいなら、それなりのもんを貰わないと動けないよ」
「……はぁ?」
「あはははは!!」
 呆気にとられるシェラインとは対照的に、雅が笑い始めた。聡梨の頭をぽんぽんと叩きながら大声で笑う。
「な、何するのさ?」
 聡梨は慌ててその手を払いのける。
「ああ、ごめんごめん。だってさ、ちゃっかりしてるなぁと思って」
「それくらいやってないと、生きてはいけないんだよ?」
「おお、そう来たか!」
「……あんた、うちを馬鹿にしてる?」
「え?してないよ。誉めてるつもりなんだけど」
「無駄だ、やめておけ。その男はそれが普通なんだ」
 雅と聡梨のやりとりを見て、小さく溜息をつきながら慶悟が言う。
「そうなんですか?いつも、こんな感じなんです?」
 少し驚いたように輝史が言う。慶悟はこっくりと頷く。
「確かに、影崎はこんなだわ。……諦めなさい、御鏡」
 ふふ、と笑いながらシェラインが言う。いつものペースを取り戻したようだ。聡梨は小さく膨れる。
「まあまあ。……どうでしょう、俺がその情報を買いましょう」
「え?本当?」
「ええ」
 輝史はにっこりと笑って、財布からお金を取り出す。……10円。
「……へ?」
 今度は聡梨が呆気に取られる番だった。雅はまたもや大声で笑い始め、壁をばんばんと叩き始めた。苦しそうだ。
「……聡梨さん、気持ちがとても分かりました」
「でしょ」
「……こればかりはどうしようもない。諦めた方が早い」
 慶悟はそう言い捨て、自らも小さく笑う。そして、シェラインも。口元の緩んだ三人は、ただただ輝史の10円を見ている。
「うちの情報、そんなもんだったんだ……」
 小さく小さく、聡梨が呟いた。そこに、トントン、とノックの音が響いた。室内に入ってきたのは、依頼人の芽衣子だ。
「遅くなってごめんなさい」
 お茶を皆に配ってから、芽衣子はそこにあった椅子に座る。丁度、5人とは対面になるようになっている。
「まず、皆さんの疑問は私達が一体何を呼び出したかだと思うんです」
「この本でしょ?」
 聡梨が先ほどの黒い本を差し出す。芽衣子は小さく「ええ」と言って、その本を受け取る。
「その本、おかしいよ」
「おかしい、ですか?」
 皆の目が聡梨に集中する。輝史は「あ、そうか」と呟いて、10円を納めて聡梨に別のコインを手渡す。今度は100円。再び雅・シェライン・慶悟の三人が吹き出す。
「……ま、いいわ。その本からね、変な霊道が出来てる。その本自体が出入り口になってるんだよ」
「へえ?」
 皆の目が、その本に集中する。
(変な霊道……ねぇ。物に出来るなんて、珍しいかもしれないわね)
 シェラインは感心したようにそれをまじまじと見つめた。
「これを閉じれば解決……とは行かないだろうな」
 慶悟が言う。それを受け、輝史が頷く。
「現在、不完全ながら契約は成立した状態になっている筈ですから。それを完全にしてしまうか、すっぱりと破棄してしまうかにしてからがいいでしょう」
「そういう事だな」
 慶悟も頷く。シェラインは芽衣子から本を受け取り、ぱらぱらと捲る。
「それで、どれを呼び出そうとしたの?」
「これです。グレムリンです」
 芽衣子はとある1ページで指し示した。そこには確かに「グレムリン召還方法」と銘打ってある。
「グレムリン……イギリスの悪魔ですね。子鬼を意味しているとも言われていますが」
 そこまで言い、輝史は眉を顰める。
「なあなあ。何でグレムリンを選んだのさ?何か理由があるのか?」
 雅が尋ねる。芽衣子は少し戸惑いつつも俯き、顔を赤らめて答える。
「……適当、です」
 またもや雅が笑う。シェラインが「失礼よ」と言って戒めるものの、雅の笑いは留まる事を知らない。
「ちょっと、いいか?」
 慶悟はそう言って、芽衣子に近付く。じっと芽衣子の目を見つめて霊視する。暫くし、慶悟は溜息をついて芽衣子に向き治る。
「お前の中に、いるようだな」
「何が、ですか?」
 慎重に芽衣子は言葉を紡いだ。慶悟は首を振って「そこまでは」と言う。
「とりあえず、芽衣子さんからグレムリンだかその他だかは分からないけれど……とにかく、楽にしてあげたいわ」
 シェラインの言葉に、皆が頷く。
「では、まず契約の破棄を狙いましょう。……どうも、完全にするよりは破棄を狙った方が……」
 輝史が言葉を紡いでいた、丁度その瞬間だった。芽衣子の中から黒い影が出てきて辺りを包み込んだのだ。
「い、いや……!」
 芽衣子が叫びながら、自らを抱きしめながらその場に座り込む。それを慌ててシェラインが支える。
「しっかりして。気を強く持って!」
「どうして?どうしてなの?嫌な事ばかり本当に……」
(今、何て言ったの?)
 シェラインは呆気にとられて芽衣子を見つめる。
「来るぞ!」
 慶悟が叫んだ。その瞬間、空間は形成されてしまった。各々の為に用意された、個別の空間に皆が誘われてしまったのだった。

●其は嫌
 知ってしまった、分かってしまった。月は、そこにあるのだとある日突然にして知ってしまった。無い日があるだなんて思ってた。だって、姿は見えないんだもの。でも、確かにあるんだわ。……もしも存在を知らなかったら、そこに月がないものだと思っていられたのに。

「しっかりして」
 芽衣子を抱えたまま、シェラインは叱咤した。芽衣子は自らを抱きしめたまま、怯えている。何かしらぶつぶつ呟きながら。
(まずいわね……)
 誰かに相談しようかと、顔をあげた瞬間だった。シェラインはその風景に衝撃を受ける。何も無い、誰もいない空間だったのだ。色すらついているかも分からないような、無の空間。ただぽつんと、芽衣子と自分だけが取り残されてしまったかのようだ。
「芽衣子さん?これは……」
 俯いていた芽衣子は、そこで初めて顔をあげて現実を見る。
「どうして……?どうしてなの?」
 目を見開いたまま、唸るように芽衣子は呟く。
「私、嫌なのに……どうして嫌な事ばかり起こるの?」
(嫌な事?)
 シェラインは一瞬、自分の嫌なものを考えてしまう。考えるのも嫌なので、ほんの一瞬の事であったが。
「芽衣子さん……さっきも言っていたけど、それって……」
 そう言いかけた瞬間だった。シェラインの顔がさあ、と青ざめた。背中をつう、と汗が流れていく。手も微かに震えているようだ。完全に動きが止まってしまったシェラインに、逆に芽衣子が声をかける。
「シェラインさん……?」
「……どういう事……?」
 震える声のまま、目は一点を捉えて離さない。芽衣子はシェラインの視線を辿り、気付く。そこには赤黒く光る、生命体がちょこんといた。つやつやと嫌味たらしく光る、脂ぎった体。ゴキブリ。長い触角がぴくぴくと動いている。
「シェラインさん、まさかこのゴキ……」
「やめて!最後まで言わないで!そいつの名前を聞くのも嫌なんだから!」
 すると、響くように『ゴキブリ』と聞こえてきた。そして、いつの間にかシェライン達の周りをゴキブリが囲んでいる。シェラインの顔は真っ青になって、冷静な判断は出来なくなっていた。
「……て……」
「え?」
 シェラインが何かを呟いた。思わず芽衣子は聞き返す。
「消えなさい!!!」
 大声だった。体の奥底からぎしぎしとゆれるかのような錯覚を覚えるほどの、大音量。空間の端々にまでそれは響き渡る。シェラインの不思議な声。それは全身からの拒否だと分かる、精神にまで関与する声。
「あ」
 芽衣子は思わず口に出す。何も無かった結界は、その声をきっかけにして硝子が割れるかのように、ぱらぱらと消えうせていったのであった。

 そこは、前にいた場所と全く相違無かった。何の変哲も無い、研究室。空間内にそれぞれが閉じ込められてしまった前と、全く同じ人数がそこにあった。
「……皆いるようね」
 心なしか、まだ青い顔をしたままでシェラインは言った。
「お陰様で。中々面白いもんを見れたしな」
 ちらり、と芽衣子を見ながら雅は言った。他の4人は「え?」という顔をする。
「僕が見たのは、魚でしたが。しかも生きている……」
と輝史。
「うちは納豆。……あ、しまった。情報料取れば良かった!」
と聡梨。
「口に出すのもおぞましい……奴よ」
とシェライン。
「……葱」
と慶悟。
「成る程。皆も中々面白そうなもんを見てきたんだな」
と雅。だが決して、彼は自分が見たものを口にしようとはしなかった。
(影崎は影崎で、きっと嫌なものでも見たんでしょう)
 シェラインはあえて聞かなかった。答えはおおよそ予想できるからだ。つまり、その者にとって嫌なもの。嫌なものは、人によって違う。
「……だから、別々……」
 ぼそり、とシェラインは呟いた。皆もそれを感じているようだ。方向性は固まりつつあった。
「あのう、聡梨さん」
 輝史が声をかける。「何?」と聡梨が聞き返すと、輝史はにっこりと笑う。
「その眼鏡、貸してくれませんか?」
「へ?」
「その眼鏡、霊的なものですね?先程からずっと気になってたんですよ。……契約をしましたか?」
 聡梨はじっと黙ったまま、答えない。
「何々?それってやばいもんなの?」
 雅がにやにやしながら尋ねる。
「いえ。今はそういう事を問題にしているのではなく……良かったら貸してはいただけないかと」
「……うちの、ソフィア・グラスを?」
 輝史は頷く。聡梨はにんまりと細目をますます細くしながら笑う。
「高いよ?」
「分かってますよ」
 輝史はにっこりと笑って、財布から千円札を出す。今までで最高額だ。それでも、千円。聡梨は一瞬考えこみ、「まあ、いっか」と言ってソフィア・グラスを輝史に渡す。勿論、千円を受け取る事も忘れずに。輝史は受け取るとそれをかける。そしてじっと芽衣子を見る。
「……成る程」
「何か分かったの?」
 シェラインが尋ねる。
「お金いるか?」
 雅が尋ねる。聡梨は不愉快そうに眉をしかめる。輝史は苦笑しながら「いえ」と答えた。
「結論を言いましょう。彼女がとりつかれているのは、グレムリンではありません。ただの浮遊霊……普段は何の力も持たない低級霊です」
「何だと?」
 慶悟は思わず聞き返す。
(ただの低級霊……ならば、どうして塩や札が効かないのかしら?)
 シェラインはそう考え、ふと芽衣子を見る。あの時、閉じ込められた空間がどうして崩れ落ちた?自分が叫んだから崩れたかのように見えた。そう、まるで自分が叫んだ事によって、だれかの意識がそちらに向いたかのように。
(ちょっと待って!)
 あの時、一緒にいたのは?それぞれが閉じ込められていた空間内で、自分の声に一番影響を受けたのは?
「……芽衣子さん。あなた、唸り声とか聞こえたって言ってたわよね?」
 シェラインの言葉に、芽衣子は頷く。
「それ、自分の中から聞こえなかった?」
 その一言に、皆の目がシェラインに集中する。芽衣子は突如しんとなった事態に戸惑いつつも、素直に「ええ」と答える。
「お、おい……まさか」
 雅がひきつるようにして言う。
 慶悟は「あ」と小さく言う。
 輝史は何も言わず頷く。
 聡梨は「は?」とだけ不思議そうに言う。
「さっきの黒い影……あれは芽衣子さんの意識の塊みたいなものじゃないの?」
 芽衣子の目が、大きく大きく見開いた。辺りは水を打ったようにしいんと静まり返ったのだった。

●其は月
 知ってしまったのならば、もう後戻りはできない。後戻りできないのならば、もう前に進むしかない。月がそこにある事を認め、その身を写す鏡だと認め……そうして前に進むしかないのだ。写っているのは、我が身なのだから。

 一同は、芽衣子の家にいた。慶悟が彼女の家を見たいと言ったためだ。
「……最悪の磁場だ」
 慶悟はそう言って溜息をついた。その言葉に輝史も同意する。
「本当ですね……どうしてこんなに淀んでるんですかね」
 そこに、ソフィア・グラスを通して情報を得た聡梨がにんまりと笑う。雅は黙ってポケットから100円を取り出して握らせる。
「え?何?」
 何も言う前から雅が100円を握らせてきた事に動揺し、聡梨は尋ねる。雅は至極真面目な顔でうんうんと頷く。
「分かってるって。情報が命だもんな」
「え?」
「ああ、そうでしたね」
 輝史も100円を取り出す。続けて慶悟・シェラインも黙ったまま至極真面目な顔つきで100円ずつ差し出してくる。
「……何だか馬鹿にされている気分」
 そう言いつつも聡梨は100円を回収してから口を開く。
「ここの磁場はね、霊道の逃げ場が無い状態なの。だから、篭ってる感じ」
「成る程ね。……でも、どうしてそんな事態になったのかしら?」
 シェラインは考え込む。
「とりあえず、中に入ってください」
 道端に6人も立っていたら、流石に目立つ。芽衣子は家の中に案内する。中に入った瞬間、5人は圧倒された。どの部屋の入り口にもお札が貼ってあり、至る所に盛り塩がしてあるのだ。
「こいつは……」
 雅が苦笑しながら呟くように言う。
「ああ、恐らくこれが原因だろう」
 慶悟が頷くように言う。
「これならば、なって当然というか何というか……」
 輝史が呆れたように言う。
「どういう事ですか?」
 芽衣子は不思議そうに尋ねる。シェラインは苦笑しながら皆を代表して言う。
「これはね、あなたが全て招いた事みたいよ。芽衣子さん」
「え?」
「ここは空気が淀んでいる。それは、全てあんたがお札や盛り塩を所構わず無節操にやったせいだ。……出口がないから、どんどん篭っていったんだ」
 慶悟はすう、と息を吸う。篭りすぎて、呼吸さえまともに出来ない気がするのであろう。
「私……どうすれば……」
「まずはお札や盛り塩を外そうか。で……」
 雅の言葉を遮り、聡梨はにんまりと笑う。
「そこから先はこれ次第で……」
 親指と人差し指でお金の形を作る。シェラインは「こら」と苦笑しながら嗜める。
「とりあえず、お札と盛り塩を取り除いてもらおう」
 慶悟が言う。芽衣子は「私が?」と言うが、輝史は苦笑する。
「そういうのは、やった本人が取り除かないと意味を為さないんですよ。とりあえずは取り除いてくれませんかね?」
「分かりました」
 取り除く作業は30分ほどかかった。そして集められたお札は4枚、盛り塩は約200グラム。
「……中々にして頑張ったな」
 その量に呆気にとられながら雅は言った。芽衣子は顔を真っ赤にして「すいません」と蚊の泣くような声で呟く。
「じゃあ、始めましょうか」
 輝史が言う。まずは輝史が結界を張る。そこだけが清浄な空気に包まれる。
「霊道は今、開放されたばかりで節操が無い。早めに終わらせる」
 慶悟が言うと、雅と輝史が頷く。シェラインは小さく震える芽衣子の肩を抱く。
「私のせいで……」
 芽衣子が小さく呟く。
「違うわ。……少なくとも、あなただけの所為じゃない」
 シェラインが言うものの、芽衣子はただ首を振るだけだ。聡梨は溜息をつきながら口を開く。
「そんな事言っても、今更仕方ないじゃん。それよりも、今自分が何をしてしまった結果どうなっているのかをしっかりと見なよ」
「結果を?」
「そ、結果。それくらいなら出来るでしょ」
「そう……そうですね」
 芽衣子が一応の落ち着きを取り戻す。すると、芽衣子の中からあの黒い影が出てきた。
「お出ましだ」
 にやりと笑いながら雅が言う。その手に経が握り締められており、相手を調伏する気まんまんだ。
「さっきは面白いもんを見せてくれて有難うな。しっかりお礼はさせてもらうからお楽しみに!」
 そう言いながら、にやり、と不気味なほどの笑みを見せる。
 輝史は結界の効力を強め、黒い影がそこから出られないようにする。そこは輝史の作った空間、結界内。黒い影が自由に出来る力を持ち得ない場所だ。
「先程のようには行きませんよ?」
 冷酷な目で、輝史は黒い影を射抜く。
「悪障為すは捨て置けず……理を語らねば救いなし」
 慶悟が静かな声で言う。じっと黒い影を見つめたまま、静かに静かに言葉を紡ぐ。相手は何も言わない。元々、何の思考も力も持たぬ低級霊たちだ。ただ集まってきて、芽衣子の思考を勝手に読んで、悪いものを選んで実現させていただけなのだから。
「嫌……やっぱり、私……」
「駄目、芽衣子さん!」
 シェラインが叫ぶも、遅かった。黒い影が動く。黒い影を取り囲んでいた三人に、襲い掛かっていく。
「何で?いきなり強くなったよ、あいつ!」
 ソフィア・グラスを覗いていた聡梨が眉を顰めながら叫ぶ。それから、ゆっくりと芽衣子を見る。
「そっか……あれ、あんたの思考だもんね」
「芽衣子さん、考えては駄目!もっといい事を……」
 シェラインは言うが、心でそれは不可能な事を本能的に悟る。誰だって、プラス思考よりもマイナス思考の方が先に働くのだ。それが人間の自己防衛本能なのだから。シェラインは深く呼吸をし、おなかの底から声を出す。
「芽衣子さん、大丈夫」
 精神からの声。他の誰にも出来ぬ、シェラインならではの声。精神的に関与しうる、心へと呼びかける声。
「芽衣子さん、絶対に大丈夫だから」
 だんだん、その声に答えるかのように芽衣子は顔をあげる。と同時に黒い影の動きも鈍くなってくる。それを見計らい、輝史は新たに結界を張って黒い影をそこに閉じ込める。そこに一気に慶悟と雅が調伏させていく。
「今だ!本の霊道を断ち切って!」
 ソフィア・グラスから見ていた聡梨が叫ぶ。それを受けて慶悟は雷火の呪を唱えて黒い影を消滅させ、雅が霊道を断ち切り、輝史が結界を縮ませていき全てを消滅させる。
「……終わった?」
 シェラインが恐る恐る尋ねる。皆がその場に座り込む。慶悟が小さく「恐らくは」と呟くように答えた。
「そう、終わったのね」
「あとはそのお札と盛り塩をどうにかしたら、終りです」
 ちいさく笑いながら輝史が言う。芽衣子はどこかしら晴れやかになった顔で頷く。
「そういう事なら、この寺の住職が何とかするって」
「え?」
 皆の目が雅に集中する。
「あんた……住職だったのか?」
 慶悟がぽかんとして尋ねる。
「失敬だな、慶悟君。俺はどこからどうみても住職じゃないか」
「すいません……見えませんでした」
 呆気に取られたように輝史が言う。
「うーん……素直に謝られても困るんだけどね、輝史君」
「見えない。絶対に見えない」
 きっぱりと聡梨が言う。「ソフィア・グラスにも写らない」
「断言されても、事実は変わらないぞ?聡梨ちゃん」
「改めて本人の口から言われると、不可思議な感じね」
 妙に感心したようにシェラインが言う。
「いや、知ってたんなら認めてくれよ。シェライン」
 くすくすと芽衣子が笑う。もう彼女には最初に草間興信所を訪れたような悲壮感は、残ってはいなかった。

●其は結
 それは月。鏡のように我が身を写し、じっと我が身を見守るような。認めて。見上げないで。知っていて。月はそこにあるから。姿は見えなくても、必ず、必ずそこにいるのだから。

「召喚術って、遊び半分で試すようなものじゃないですよ。しかも、仮にもそれを専攻しようって人が、どんな術なのか確認もせずに実行したのは……まあ、今更言っても仕方ないですけどね」
 輝史は諭すように言う。
「本職以外がそーいうのに手ぇ出しちゃヤバイって事だね。気をつけないと『自業自得』って言われても仕方ないぞ」
 苦笑しながら雅が言う。芽衣子はどちらの言葉にも頷き、頭を下げる。
「まあ、無事でよかったわ。何とか終わったようだし」
 シェラインが微笑む。芽衣子は「有難うございます」を繰り返す。
「あんたは仮にも研究者だ。これからは召還術を本当に勉強する事だな」
 慶悟が事もなげに言う。その言葉の裏には、全てが終わったという安心感を携えながら。
「でも、あんまし金にならなかった気がする……」
 口を尖らせながら聡梨が言う。ソフィア・グラスは大いに役に立った筈なのに、思ったよりも収入がない。
「あー!」
 聡梨は気付いたように大声をあげる。皆がびくっとして彼女に視線を集中させる。
「うち、貰ってない!霊道を閉じるタイミングをせっかく言ったのに、誰からも情報料を貰ってない!」
 暫く沈黙が続き、一斉に皆が笑い始める。聡梨だけが頬を膨らませている。
「まあ、いいじゃないか。代わりにいい情報をあげたんだし」
 腹を抱えながら言う雅に、聡梨は「え?」と効き返す。雅はにやりと笑って口を開く。
「俺が住職だって事」
「……それは別にいい情報でもないわ」
 そこでまた一同が笑う。雅は後頭部に手を当て、暫く考えてからぽんと手を打つ。
「よし、じゃあ取って置きのたこ焼きの店を紹介してやろう!」
「えー!そんなのよりももっといい情報はないの?」
 まだ頬を膨らませる聡梨に、妙に真面目な顔をして慶悟が言う。
「その男のB級グルメ情報をなめてはいかんぞ。教えてもらって損は無い」
「本当に?」
 未だ訝しげに見る聡梨に、輝史が提案する。
「ならば、今から皆で行けばいいじゃないですか。本当に美味しいかどうか調べに」
「あら、それいいわねぇ」
 シェラインが微笑む。
「それならば、私がおごります。お礼も兼ねて」
 芽衣子がそう言うと、一番に聡梨が「らっきー」と言う。その様子に皆も笑う。芽衣子も笑う。
「まるで……」
 芽衣子は呟く。誰にも聞こえないような小さい声で、それでも皆が聞こえる程の声で。
「まるで、姿は見えないのに光りつづける……」
 そこで言葉が止まった。シェラインは小さく微笑んで心の中で後を続けた。
(新月のようね)

<依頼完了・たこ焼き付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シェライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0842 / 御鏡・聡梨 / 女 / 17 / デーモン使いの情報屋(学生)】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました、ライターの霜月玲守です。私の依頼を受けて頂き有難うございました。今回はギャグとシリアスは半々くらいでしょうか。少しでも楽しんでいただけたでしょうか?そして、いつも以上に分かりにくいオープニングですいませんでした。それなのに素敵なプレイングを出された皆様の思考力が素晴らしいです。
今回始めて5人という大人数の方に参加していただけて幸せです。個人描写がいつもより少ないかもしれません。すいません……。でも多い人数の方に参加して頂いたお陰で、会話のテンポが良かったように思います。どきどき。

シェラインさんのプレイングは前回以上に深くオープニングを読んで下さったもので。「月」という存在に注目していただけて嬉しかったです。効かないというお札や盛り塩にも注目して頂けて……。あの分かりにくいオープニングを読み込まれたんだろうなぁと思いました。有難うございます。

今回、いつもよりは個別文が少ないながらもそれぞれの方のお話となってます。隔離された空間で、他の人がどんな体験をしてみたか見てみるのも楽しいかもしれません。宜しければ読んでみてくださいね。

ご意見・ご感想等、心からお待ちしております。それでは、またお会いできるその日まで。