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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


<古びた洋館にて>
東京怪談ウェブゲーム ゴーストネット調査依頼
文:伊那和弥

●オープニング
「誰か、わたしの家を調査してください! もう恐くて、これ以上我慢出来ません!
 わたし、霧崎杏子って言います。
 わたしは最近、一家で引っ越してきたんです。きたんですが……その、引っ越した先の家に、色々と問題があるんです。
 古い大きな洋館なんですが、なんて言うか、こう……おどろおどろしくって。引っ越す前から家具とか壷とかが残ってるんですが、不気味な形のものばかりなんです。パパ、捨ててくれればいいのに……
 あと、時々背筋がゾッと寒くなります。そういえば、引っ越しの挨拶をする時に近所の人達が「……そうかい、あんた達があの家に……」「へぇ。体には気をつけなよ」「何も聞かなかったのかい? ああ、知らないならいいんだよ……」とか言ってました。その時は気にしませんでしたが、今から考えればなんか変ですよね。
 後は……うーん、あ、そうそう、庭には小さな池と灯篭があるのですが、その側にひっそりと由来の分からない小さな祠のようなものがあるんです。これって、何かな?
 とにかく、さっきも言ったように時々ゾッとするんです。なにかこう、見つめられているような気配がして振り向くと、誰もいなかったり。夜中、何かの音で目覚めるんですけど、なんでもなかったり。

 全部、気のせいなのでしょうか?

 引っ越して来たわたし達ですが、以来、ママはずっと頭痛がすると言って寝込んでます。もう1週間も。パパは仕事が忙しくて、夜以外は滅多に家にいませんし、お兄ちゃんは鈍感で、笑って取り合ってくれません。

 でもわたし、死にかけたんです!

 学校帰りに家の門の前まで来た時でした。ふと気配がして振り向くと、その途端、誰かに突き飛ばされて、危うく車に轢かれかけたんです!
 よろめいたわたしの目の前を、間一髪、車が猛スピードで走って行きました。この道、住宅街だから、普段そんなにスピード出す車なんてないのに……
 その時、誰かに押された事は間違いありません。本当です! でも、誰も信じてくれないかも……だって、轢かれかけてからすぐにハッと振り向いた時、そこには誰もいなかったんです!
 辺りに隠れられるような場所はなかったと思います。
 もちろん、家の門は閉じたままでしたし。
 とにかく恐いんです。
 きっと原因はこの家にあるんだと思います。
 お願いです、誰かこの家を調査してください! そして、どうすれば良いのか教えてください! このままでは、わたし……」

 ゴーストネットの掲示板を覗いた時、ふとこの書き込みが目に止まった。
「ほう……」
 何かありそうな雰囲気が興味を引いた。
「面白そうだな」
 そう判断して、メールを出した。

 自らが経営するショットバーへ入って行くと、雇いのバーテンダーが軽く首を下げて挨拶する。
 いつもの指定席……一番端の席へ座ると、何もかも承知しているバーテンダーは早速カクテルを作り、スッと差し出した。
「……何かありましたか?」
 珍しく、バーテンダーが話し掛けて来る。
「……いや」
 その男――巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)は四十過ぎぐらいで、背が高く、がっちりとした体躯をスーツに包み、明らかに何か格闘技をやっているよう見える。茶色がかった髪に、引き締まった顔立ち。冷たい赤い双眸も異彩を放つ。ただ、その割に、紳士然とした雰囲気があるのはなぜだろう。
 バーテンダーと客……というより、顕龍は用心棒にしか見えない。もちろん、そう見られてしまう事は分かっている。
 他に客は居ない。
 顕龍は退屈していた。
 長い間暗殺という危険だがスリルのある仕事を生業として来たが、もう充分に金はある。若くもない。無茶な事、危険な事を殊更する必要もない。ショットバーの経営から来る上がりも、程々はある。だから、引退したのだ。
 いや、本当はそれだけではない。もっと大事なものがあった。
 だが……生死を賭けた戦いを生き抜いて来た顕龍にとって、この世はあまりに退屈すぎた。だから時々、危険に身をやつしたくなる。昔と違い、それは仕事ではない。報酬はなくてもいい。だが遊びでもない。
 血に飢えたケモノ……
「いやいや……」
 軽く首を振る。
 自分を卑下するのは好きではない。そういう思考方法は自らを滅ぼすと訓練して来た。暗殺者をやめた今になっても、それは自分を支配しているのか……と、顕龍は軽く自嘲気味に笑った。
 そう……たまにはいい。
 先程の掲示板の話……退屈を紛らわすには、丁度いいかもしれない。

●依頼人
 指定された時間通り、顕龍はやって来た。
 見ると、女性が二人いる。それも、子供だ。
「……すでに時間が……」
「時間通りだ」
 ギョッとしたように、二人はこちらに振り向いた。
「巖嶺顕龍だ。で、どっちが霧崎杏子なんだ?」
 名前を告げると、二人も自己紹介をはじめた。
「天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)です。杏子様の助けになればと思って、来ました。よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げる。
 撫子は、一見してそれと分かる黒髪の美人だった。通り掛かった人々が思わず見とれてしまうのは、ただ美人と言うだけでなく、萌黄色の秋物の京風の着物を着こなす、今時珍しいキリッとした和服美人であったからだろう。
「わたしが霧崎杏子です。あの、今日はありがとうございます」
 そう挨拶した一方の杏子は、中学生ぐらいに見える。
 メールでの約束通り、左腕に赤いハンカチーフを巻き付けているので、最初からこちらが掲示板の女だとは察しがついていた。意外なのは、自分の他にあの掲示板にメールした者がいた事だ。
 撫子が、意を決したように話し出した。
「わたしは、不動産を当たりたいのですが……杏子様、一緒に来ていただけますか?」
「あっ、はい……でも」
 杏子が、顕龍の様子を伺う。
「俺は館の調査をしたい。家の者にそう伝えておいてくれれば、一人でも問題ない」
 実際、一人の方がやりやすい。
 杏子を助けると言うが、この撫子と言う女にどれほどの事が出来るのか。顕龍にとってみれば、二人とも子供にしか見えない。
 顕龍は、二人と別れて直接洋館へと向かった。

●やかましい相棒
 顕龍は、洋館の前にやって来た。
 まがまがしい妖気……のようなものが感じられる。なるほど、これは本物だ。どうやら勘違いや思い込みというわけではなさそうだ。
 チャイムを鳴らすと、しばらく待たされてから、男が出て来た。
 見た所、二十ぐらい。ぼさぼさの茶髪、着古したジーンズ。ひょろりとした、やや幼い顔立ちの、冴えない男である。
「すみません、お待たせして。巖嶺さんですか?」
「ああ」
「オレ、霧崎恭平って言います。杏子の兄です。なんか杏子が変なお願いをしたみたいで……」
「入って良いか?」
「あ、はい、どうぞ」
 恭平が門を開けて、顕龍を招き入れる。
「お前は何ともないのか?」
「え? 何がです?」
「ここにいて、何も感じないのか?」
 だとすれば、余程の鈍感だと言うことだ。
「あ、オレ、霊感とかそういうのって全然ないんですよー」
 あははと笑い、歩き出した。
「でも杏子は確かに怯えてますね。あいつ、ここに来てからずっとなんですよ。確かに夜とかは薄気味悪い感じもするけど、そんな事いちいち気にしてられませんよ。まぁこの大きな家に四人……親父は夜しか帰ってこないから、実質三人ですか? さすがに広すぎるかなとは思いますけどね。人がいなきゃ寂しいし、薄気味悪い気がするってのは良くある事じゃないですか?」
「母親は寝込んでいると聞いたが」
「ええ……風邪だと思うんですけどね。医者は原因不明って言ってますが、頭痛だけですし。過労と言うほど働いていたわけでもないし。特に体が弱いってわけじゃないんですけどね。ただ、大事を取って寝てるだけですよ」
 庭の中に入ると、洋館の全容が見渡せた。
 大きな二階建の洋館で、パッと見た感じ部屋の数が十はありそうだ。
 洋館からはやや離れて、小さな池がある。その側に石灯篭と、何か小さな建築物が見える。これが祠であろう。
「まずは、館本体の方から調べたい」
「どうぞ、こちらです」
 大きな扉を開けて、顕龍は館の中に案内された。

●館の妙
 玄関も広かった。
 玄関から、すぐロビーと階段があり、ロビーは吹き抜けになっている。天井には明かり取りのガラス窓があり、その横から豪華なシャンデリアがぶら下がっている。ロビーの左右には扉がついていて、その先に部屋がありそうだ。階段は中二階で左右に折れ曲がり、それぞれに方向の階段の先には、二階の廊下が見える。
「今、この家のいるのはお前と母親だけだな?」
「はい」
「これより巫蠱の術を行う。静かにな」
「えっ?」
 きょとんとしている恭平を尻目に、顕龍は懐に手を入れ印を結び、何やらぶつぶつと唱え出した。
「あの……?」
 懐から手を出すと、その手から何匹もの小さな蜘蛛が素早く這い出して来た!
「うわあっ!」
「館の中を探れ!」
 まさに、蜘蛛の子を散らすとはこの事か。
 何匹も居た蜘蛛達は、一斉にそれぞれの方向へ移動して行った!
「な、な、なにを!」
「静かにしろ」
「だ、だって……!」
 顕龍は、辺りを見回しながら、
「巫蠱の術。いや、これは蠱術というべきか。今、蜘蛛の呪虫を使役してこの家を調べている。邪魔はするなよ」
 恭平は、恐る恐る尋ねた。
「巖嶺さん……あんた、何者なんだ!?」
 顕龍は、それには答えず玄関に幾つか飾ってある置物に目を止めた。
「これは、最初からここにあったのか?」
「え……ああ、それかぁ」
 奇妙な形の置物であった。
 手に取ってみる。
「……軽いな」
 陶器なのであるが、何を象っているのか良く分からない。普通、こういう物は動物だったり、神仏であったり、建物であったり、とにかくなにがしかの分かる形をなしているものだ。
 だが、この置物は生き物に見えない事はないものの、全面白塗りで何だか良く分からない形をしていた。少なくとも普通の人々には。
「オレ達が越して来た時にはもう、家のあちこちに家具と一緒に置いてあったんだ。別に困るものでもないし、置きっ放しにしてるけど。杏子は嫌がってたけどね」
「ほう……」
 この件に関する限り、間違いなく兄より妹の方が優秀だ。
 この置物は式神だ。いや、正確に言うと式を象ったものだ。酷く稚拙な模倣だが。その上に目鼻立ちも分からぬ白塗りのため、知らぬものはまずなんだか分かるまい。
 どちらにしても、間違いなくこの置物から念を感じる。
 振ってみる。何も音はしない。叩いてみる。軽い音が響く。
「……もしやこれは……ん?」
 蜘蛛達が、わらわらと帰って来る。
 恭平が、あたふたと蜘蛛を踏まないように注意して片足を揚げ、そのままバランスを崩してドスンと尻餅をついた。
 それには構わず、顕龍は使役した蜘蛛達に触り、見聞きした事を知る。
「むっ」
 ガッシャーン!
 顕龍は意を決して、置物を床にぶつけて割ってみた。
「あっ!」
「別に大切なものではないのだろう?」
「そりゃそうですけど……せめてひとこと言ってくださいよ」
 顕龍は聞いていなかった。
 じっと割られた置物を見ている。思った通り、中は空洞であった。そして、興味深いものが出て来た。
「……やはりな」
 護符であった。
「なるほど、馬鹿な話だ。護符が護符でなくなり、結界は結界でなくなったのか」
「えっ……?」
 顕龍は印を解き、蜘蛛達を消滅させ、
「もういい、外へ出よう」
 そう言って、踵を返した。

●帰って来た杏子
 間違った護符の配置。
 間違った結界。
 洋館の奇妙な空間は、どうやらそれが原因だと判明した。
 これはまだ推論でしかないが、おそらくは前の持ち主が誰かに頼んで結界を張ったのだ。何かから身を護る為に。それは、一時的には効力があったのであろう。あの、護符を張られた置物を、正しい位置に正しい数だけ配置しておけば。
 しかし、今は破られている。
 置物の数も足りないし、正しくない位置に置かれている。前の持ち主の時からそうだったのか、不動産屋がいじったのか、今の持ち主が変えてしまったのかは分からない。だが誰がいつやったのかはどうでもいい事だ。とにかく、今のままの配置が問題だ。
 むしろ何も無い方が良い。
 数が減少して妙な配置をされてしまった今は、低級霊を呼び込む霊道を作ってしまっている。もちろん、結界としての役割も果たしていない。
 残念だが、どちらにしろ新たに結界を張る事は顕龍には出来ない。顕龍の使う呪詛術は暗殺の法術である。敵を知り、呪い、殺す事は出来ても、人を護るには向いていない。大掛かりな結界を作るのも不得手だ。
 だから、結界を張り直す事は考えなかった。要するに身を護る必要を無くせばいいだけの事だ。
 顕龍は洋館の外をぐるりと一回りし、何も不審な点が無い事を確認した。
 やはり、祠だ。
 あそこに何かあるのだ。

 と、門の方から撫子と杏子の姿が見えた。
 やっと館へ到着したようだ。
「お兄ちゃん!」
 杏子の呼び掛けに、恭平は軽く手を挙げ、
「よっ! ……そっちは美人でいいなぁ」
 と言いながら妹に走り寄る。
「お初にお目にかかります。天薙撫子と申します」
 撫子が丁寧にお辞儀すると、恭平は照れながらぺこぺこと挨拶をした。
「あ、オレはその、霧崎恭平です。妹が変な頼み事言ってすいません」
「お兄ちゃん、まだそんな事言ってるの?」
 恭平は笑いながら不満そうな杏子の耳許に口を寄せて、何か囁いた。
「何か分かったか?」
 顕龍は、霧崎兄妹の事は無視して撫子に尋ねた。
「まだ、ハッキリとは。ただ、あの祠に問題があるのではないかと言うことは察しがつきます。あれは、この洋館が建てられる以前からここにあったもののようです」
「そうか」
「顕龍様は、どうです?」
「館を調べたが、元凶はここにある祠だという結論を得た」
 二人の意見が一致した。
「祠を調べてみましょう」
 顕龍と撫子は、祠へと近寄って行った。

●祠
 小さな池と古い石灯篭、そして小さな祠。
 池と灯篭は見たところ、それ程邪悪な念がこもっているとも思えない。やはり、祠が危険だ。顕龍は再び巫蠱の術を使った。ただし、今度は近くにいた百足を素早く捕まえて、祠の社へと潜り込ませる。
 祠は小さかった。何か文字が書いてある石碑のようなものが建っているが、古くなっている上に長い年月で削られてもはや読めない。
 その横に小さな木造の社が建っている。こっちは腐りかけていて、奇麗とは言いがたい。どちらにしても長い年月、誰も掃除やお供えはしていないようだ。
 突然、灯篭に暗い火が灯った。
「えっ?」
 杏子と恭平が、声を上げる。
「忘れていました。杏子様、恭平様、お下がりください。これより後は妖魅夜行の所業かも知れず、御身に危険が降り懸かるやも知れません」
 そう、撫子の声が聞こえる。
 顕龍は、腐りかけの社から出て来た百足に、呪文を唱えながら、手印を組んだ。
 百足を通して、社の中の様子が分かる。社の中には、強い怨念を宿した人形(ひとがた)……桐人(きりひと)が見えた。
 その、時。
『何奴じゃ!!』
 どこからか、声が聞こえた。
 杏子と恭平が、叫び声を上げる。
 ついに、怨念が姿を現した。
『去ね!』
 社の上に、鬼のような形相の、童がいた。
 体こそ童だが、目は爛々と赤く輝き、おかっぱ頭を斜めに傾げながら憎しみの念を撫子たちに放っている。その念は決して弱いものではなく、心臓病のものならこれだけで死んでしまうだろう。
『去ね!』
 口からは赤い毒々しい血を流し、見たところ年の頃は十になるかならずか……
 顕龍は、素早く祠に近づくと、社の木の隙間から人を呪い、操る呪詛術、厭魅の術を唱え、陰に手印を切りながら「針刺」を行った。
 「針刺」は本来、厭魅の術にて呪う相手を摸した人形に針を刺し、念によって本人に痛みを与える術だが、この場合は違う。念のこもった「モノ」である桐人に対して放たれたこの針は、相手を支配し、制御する針である。
 であるから、針が刺さった瞬間、顕龍はこの童の事が分かった。
 記憶が本流となって流れて来るのである。
 この地方では江戸の飢饉の頃、次々と童が神隠しに……実際には口減らしのために、神の名の下に童が殺されて行った。この童は、まさにその神隠しにあった子供である。
『うぬらは何じゃ! 何じゃ!』
 いつの間にか、童の後ろに童が、その後ろにも横にも童が、男の童も女の童も混ざりあって増えていく。
「わわわっ、ど、どーしよう!?」
「な、な、な、ど、な、」
 顕龍と撫子の後ろでは、杏子と恭平が腰を抜かしていた。
『死ね!』『去ね!』『死ね!』
『うちらだけではすまさん』
『忘れおって! 祟ってやる』
『呪ってやる』
『引きずりこんでやる』
『苦しめてやる』
 童たちが殺された光景が見えて来る。どの童も、自分の親や兄弟に殺された。
 どの童も、罪をおかしたわけじゃない。死にたかったわけじゃない。
 飢饉が去った後、後ろめたくなった親たちが、こっそり作った祠がここだったのだ。しかしいつからか忘れられ、放っておかれた。それが悲しく、辛く、怨念となったのだ。
 以来、代々この洋館に住むものを祟り、事故に遭わせ、病気にし、結局はここに長く住む者は居なかったようだ。由来の分からない祠も、むしろ無気味がるだけで放置していたのだ。
 危うく――霊達の念の強さに、飲み込まれかかった。
「喝っ!」
 気付くと、顕龍はそう叫んでいた。
 危なかった。思ったよりも童たちの力は強い。これだけの数がいるということと、本来厭魅の術は霊をなだめるためにあるわけではない、という所に理由がある。
 これ以上は危険だ。呪殺すべきか?
 だが、決断するより前に、撫子の声が聞こえた。
「……可哀想になぁ。そんなにわたし達が憎いか? 憎かろうなあ」
 不意に、涙が撫子の頬を伝った。
「悪かった。今までの者は、確かに悪かった。だけどあなたたちも祟る事、呪う事、嫉む事はよしなさい。その代わり、ちゃんと奇麗に掃除して、お供え物も忘れないから」
 童たちの怨念に微かな揺れが走る。
 今だ!
 顕龍は、制御の力を強くし、霊達の心を縛った。
 ざわめく、童たち。
「生きている者を祟っても、ただただ苦しみが続くだけなのよ。お願い、いい子だから聞き分けて」
 撫子の言葉に、また、ざわめく童たち。
 顕龍の制御がまた楽になった。
「そうだ、弔ってやるから消えるんだ。いい子だ、よーし」
 いつの間にやら……童たちの間に鬼気迫るものが少しずつ、少しずつ、なくなって行くのが伝わる。
 気がつくと、一体、また一体と童たちが消えていく。
「お願い……」
 撫子の哀願に、ついに霊達は抵抗を諦めた。
 そして、童の数が一人だけになる。
 不意に、童から制御不可能な言葉が漏れた。
『約束じゃぞ。裏切れば、許さんぞ』
 撫子は、うなずいた。
『頼むぞ……』
 そう言って、童は消えて行った。
 人形の、念の力が極端に弱くなった。
 顕龍は、印を解除した。
 一方の撫子は、しばらくその場を動く事が出来なかった。
「……杏子様、恭平様、大丈夫ですか?」
「はい。わたしは何とも……」
「……オレ、初めて見たよ、こんなの! 本当にいたんだ、幽霊って……」
 恐怖と興奮が入り交じったような目で、恭平は目をぱちくりした。
「終わったな」
 顕龍は呼吸を整え、
「いいな、館の中の置物は、全部壊して捨ててしまうんだ。それで仕舞いだ。後は任せたぞ」
 それだけ言って、立ち去る事にした。
 もう危険は去ったと見てよかろう。何かあっても、撫子がいる。思ったよりもかなり強力な使い手だった。娘より二、三年上なだけなので、油断していたようだ。
「待ってください! あの、お礼を! せめて住所とお名前だけでも!」
 杏子が追ってくる。
 しかし顕龍は、振り返りもせずに洋館から出ていった。
 そう、終わったのだ。
 また、退屈な日々が始まる。

●バーにて
 顕龍が、自らが経営するショットバーへ入って行くと、雇いのバーテンダーが軽く首を下げて挨拶する。
 いつもの指定席……一番端の席へ座ると、いつものようにバーテンダーは早速カクテルを作り、スッと差し出した。
 バーは程々に賑わっている。きっと、客たちは顕龍を用心棒だとでも思っている事だろう。話し掛けて来る者もいない。
 これでいい。
 これが、今の俺の生活。日常だ。暗殺術を使うことも有り得ない。
 だが、たまに昔の傷がうずくのだ。
 その時にはまた、この生活から……退屈から抜け出すだろう。渇ききった喉を癒すために。俺は、これまでも――これからも――

 おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子/女/19/大学生(巫女)
1028/巖嶺・顕龍/男/19/ショットバーオーナー(元暗殺業)

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、巖嶺顕龍さん。いえ、実は私自身今回が初参加だったのですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
撫子さんと違って顕龍さんは参考にする小説が無かったので、かなり自分のイメージで書かせていただきました。正直、言葉遣いなどイメージと違うのではないかと不安です。また、呪詛術の使い方もこれで合っていたでしょうか?

娘さんの耀子さんを出せなかったのが心残りです。さわりにでも出したかったのですが、なんかうまいシーンが思い浮かびませんでした。

それでは、どこかでまたお会いできたら嬉しいですね。
今回はありがとうございました。

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