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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・地下都市 HEAVEN>
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黄泉へと誘う鈴 〜妖怪骨董堂【鬼哭】〜
「鈴が欲しいんです」
ある日、HEAVENのダウンタウン――その中でも非常にわかりにくい場所に位置する妖怪骨董堂【鬼哭】を訪ねると、店主のクライブ・冴羽が唐突に言ってきた。
「鈴?」
思わずオウム返しに問うと、灰髪の国籍不明男はフンと鼻を鳴らし、ノン・フレームの眼鏡を中指で押し上げる。
「そうです。なんでも地上の『奥州』と呼ばれる地域から流れてきた呪鈴(じゅれい)が、このHEAVENのどこかにあると言うのですよ」
所狭しと並べられた、妖怪図鑑や標本や謎の瓶などの奥で、クライブは楽しそうに喉を鳴らした。
「その音を聞いたら、3日のうちに死に至る呪われた鈴…ぜひコレクションに加えたいのでね」
その話が本当ならば、鈴の音を聞いてしまったら、死ななくてはいけないことになる。
不安が無意識のうちに顔に出たのか、クライブはスッと陶器製の小瓶を差し出してきた。
「これは?」
「妖の類を封じるためのアイテムですよ。呪いの元をこれに封じてしまえば、死ぬこともないでしょう」
『西遊記演義』の人を吸い込む瓢箪(ひょうたん)と、原理は同じらしい。
もっとも名前を呼ぶ必要はありませんけどね、と妖怪マニアは付け加えた。
「栓を抜いて、その対象物に向ければ封印完了です。ただし、それ相応に相手を弱らせておく必要がありますが」
せいぜい頑張って下さい、と皮肉まじりに微笑むクライブに見送られ、しぶしぶ【鬼哭】を後にした。
◇
大上隆之介がHEAVENにやってきたのは、ほんの気まぐれに過ぎなかった。
東京在住の大学生である彼だが、どことなく聞いたことのある内容の繰り返しである講義に興味を抱くことができず、あまり授業には出ていない。
無二の親友に代返とノートを頼んでいるため、試験に関しては何の問題もないのだが――先日、居候先の煙草屋の老婆に叱られたばかりである。
曰く、
「隆ちゃんや。あんまり遊んでばっかりだと、そのうち『金さん』になっちゃうんじゃないかい?そしたら、名前も『大上金之介』にしなくちゃいけないけど…なんだかダサイねぇ」
それは確かにダサすぎるかもしれないと、しばらく真面目に授業に出ていたのだが、暇つぶしにやってきた街で面白そうな依頼があると聞いては、黙って帰るわけにはいかない。
それに、隆之介のやることは何処に行っても変わらないのである。
つまりは、運命の娘探し――失った記憶を探すための、唯一の手がかりとなりそうなものだからだ。
まずは特殊警察機関【AX】に、情報収集に出かけることにした。
3日で死ぬというのなら、なんらかの被害がもう出ているはずだからである。
【AX】本部ビルは、噂に違わず厳重な警備体制がしかれていたが、クライブが榛名浩二(はるな・こうじ)に事前に連絡してくれていたらしく、たやすく面会することができた。
警官2人に案内され、応接室に入る。
警察署らしく、無機質で機能的な印象の、よく言えばシンプル、悪く言えば殺風景な部屋だった。
「やあ、いらっしゃい。大上くんだね?」
ブラインドが下ろされた窓にもたれている青年が、右手の安そうなコーヒーカップを持ち上げてみせる。どうやら、挨拶のようだ。
「あんたが榛名さん?」
浩二は、やや長めの前髪がうっとおしいが、それでも爽やかな好青年といったイメージの男だった。
笑顔で肯定すると、浩二はおどけて肩をすくめてみせる。
「冴羽さんに協力『させられてる』んだって?」
まるで『ご愁傷様』とでも言わんばかりの浩二を怪訝に思ったが、それよりも情報収集が優先だ。
「早速だけど、ここ何日かで不審な死を遂げた奴はいないか?同じ地区で何人も一緒に、とか」
鈴の音を聞いて死ぬ――そんなことがあり得るかどうか、半信半疑ではあるが、これまでにもいくつか不可解な出来事に関与してきた。
その鈴の音がどの程度の範囲にまで聞こえるものなのかわからないが、同時に複数が死んでいる可能性は高い。
「そうだね…事件は多々起きているけど、いちばん不審なのはこれかな」
手持ちのバインダーの資料を繰り、浩二はある報告書を読み上げた。
「北A地区で男女3人が死亡。聞き込みで収集した情報によると、死亡の3日前に男のひとりが『大きな鈴を見た』と言ってるのを聞いた、という証言あり」
「それだ!」
まさに、クライブの話と合致する。
浩二によれば、調査はしているものの、警官の数が多くないこともあり、成果は芳しくないらしい。
クライブの頼みを断れない様子だったのも、このように彼の趣味が【AX】の役に立つことがあるからなのだろう。
「もし解決できそうたら、うちに報告してもらっても良いかい?」
「いいぜ。警察に協力するのは、民間人の役目なんだろ?」
ニヤリ、とどこかで聞いたことのあるフレーズを口にする隆之介に、浩二は微苦笑した。
◇
HEAVENでは、《中央街》を基準にし、東西南北で地区を表している。
地図に書き起こしたときに《中央街の》上部に来るあたりが北地区で、さらに中央街に近い方から適当に、A、B、C…と区分けされている。
つまりは《中央街》のメインストリートを北へ抜けると、すぐに問題の場所に出ることになるのだ。
その北A地区の入り口で、今まさに、5人の青年たちが対面していた。
それぞれがクライブの依頼を受けた者たちなのだが――
「大上さん?」
「茅依子ちゃん?」
瀬田茅依子と大上隆之介、ふたりは互いに指をさし合いながら当初は困惑していたが、すぐにその表情を明るいものに変えた。
「随分久しぶりだな、榎真にはよく会うけど」
「そうですね。ホントは榎真も連れてくる予定だったんだけど、風邪ひきおってからに、もー…これだから東京育ちは…」
彼らは、茅依子の従兄弟も交えて、上の世界での知人なのである。
とくに、隆之介のほうは茅依子を妹のようにかわいがっていた。茅依子のほうは、別段そうでもないようだが。
そのふたりの様子を傍観していた3人のうちのひとり、真名神慶悟が、紫煙をくゆらせながら隆之介に問う。
「あんたも骨董屋の関係か、大上?」
「まあな。そっちはどこで情報収集してきたんだ?」
こちらのふたりも以前に別の事件で行動を共にしたことがあり、さほど親しくはないが、顔見知りだった。
隆之介の質問には、腕組みして壁に背を預けている遠野和沙が反応する。
「私と真名神くん、それから瀬田さんは【胡蝶の夢】に寄ってきたのですよ。あなたはいかがです?」
和沙は、モデルばりに長い足を組みかえ、ニヒルな笑みを浮かべた。
「この場所にたどり着いているということは、なにか有益な情報が得られたのでしょう?」
「ああ、それなりにはな」
頷く隆之介に、5人の中でいちばん若い、御崎月斗がここにきてようやく口を開く。
「で、どうすんのあんた達。情報交換でもしようってわけ?」
黙っていれば可愛らしい少年――おそらくまだランドセルを背負っているに違いない月斗の口から飛び出した生意気な言葉に、茅依子が息を飲んだ。
月斗も、独自の調査によって情報を仕入れてきている。
だが、挑戦的にも聞こえる月斗の台詞を、慶悟はあっさりと受け流した。
「どちらでも。好きにするといい」
「…あ、そ」
非常に大人びた仕草で、月斗は嘆息した。
「皆さーん。じゃあ、このあたりで情報をまとめてしまいましょ?」
妙に険悪な雰囲気になりつつあるのを察し、茅依子がパンパンと2度手を叩いて、皆を自分のほうに注目させる。
「私たちが手に入れた情報は、とりあえずこの場所で変死体が発見されたということだけ。大上さんは?」
「その死んだ奴のひとりが、死ぬ何日か前に大きな鈴を見たって証言してるらしいぜ」
隆之介が自分の顎を撫でながら答えた。
「大きな…とは、どのくらいの大きさなのでしょうね」
「ちょうど人の頭くらいだった話だけどな」
和沙に向けて両手でその大きさを示すが、にわかに信じがたい話ではある。
クライブからは外見についての話を聞かなかったため、普通の小さな鈴なのだと思いこんでいたが――
「大方、その話が骨董屋の耳に入ったのだろう。間違いない、それが呪鈴だ」
慶悟が、吸い終わった煙草を携帯灰皿に押しつけた。
人の頭ほどの大きさの、呪いの鈴。
「早く封印しないと、新たな犠牲者が出ちゃうかも…!」
茅依子の懸念は、まさに現実のものとなろうとしている。北A地区で見つかった3人が、いちばん最初の犠牲者だとするならば、これからどんどん犠牲者は増えていくだろう。
それだけは、阻止しなくてはならない。
「まだ、この近くに在ると良いんだがな」
言いながら、慶悟が懐から人型の紙片を取り出した。小声で真言を唱えると、瞬く間にそれは赤色の鳥に姿を変える。
慶悟の使役する式神の一つだ。
「呪物という位だ、相応の気を放っているだろう。それに件の効果も、式神ならば仮初めの存在――音を聞いたとて問題はない」
この式神に鈴の気を手繰らせて探すのだ、と慶悟は目を丸くする茅依子に説明した。
和沙もその様子を興味深そうに見物しているし、隆之介などは手を伸ばして触れようとしている。
「なら、俺は別の方向に飛ばすぜ」
同じように月斗も式神を召喚すると――こちらは白い鳥の姿をしている――何事かを命じてから、それを放った。
慶悟も月斗も、式神を自在に使役できるほどの腕を持つ陰陽師なのである。
「ところで、鈴の呪いの出所なのですが――」
紅白の鳥たちを見送りながら、独り言のように和沙が呟いた。
「奥州といえば、古くは戦も多く、処刑場もあったはずです。なにかと怨念の溜まりやすい場所だと思うのですが…どうでしょうか」
「つまり、鈴自体が関係あるのか、それとも『鈴』という響きに関係があるのか、ってことか?」
隆之介の言葉を、和沙は無言で肯定した。
すなわち、鈴そのものに何かしらのいわくが付いているのか、何者かが『鈴』に引き寄せられてしまったのか、ということである。
「あんた達、鈴鹿山の鬼伝説って知ってるか?」
式神の動向を追いながら、月斗が全員に尋ねた。
だが、みな一様に曖昧な表情をしている。聞いたことがあるような気もすれば、やはり知らないような気もするのだ。
「じゃあ、坂上田村麻呂は知ってるだろ?」
ため息混じりに吐き出す月斗。
坂上田村麻呂――それは、社会科の時間に誰もが一度は習ったことのある、征夷大将軍に任命され、東北へ蝦夷(えみし)の討伐に向かったという人物である。
「田村麻呂は、蝦夷の首長の阿弖流為(あてるい)ってヤツを、奥州に追いつめて殺したんだ」
「それで?」
「落ち着いて最後まで聴けよ。せっかちだな――で、この阿弖流為っていうヤツなんだけど。悪路王(あくろおう)なんていう異名をとる鬼のような男で、鈴鹿山で日本転覆を図ってたらしくてさ。それが原因で朝廷に疎まれ、田村麻呂の手にかかって死んだわけだ」
そこまで一息に喋ってから、月斗はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「今度の件は、絶対この悪路王の怨霊の仕業だと思わないか?」
式神に集中している慶悟を除く3人は、顔を見合わせる。
月斗のいうことは理に適ってはいる――しかし、それだけでは理由が弱い気がするのだ。
「御崎くんの論だと、『鈴』という響きが問題だということになりますね」
『鈴』鹿山で殺された悪路王の怨念。
だがそれだけで、聞いただけで死に至るような鈴の音に呪に発展するのだろうか?
和沙は暗にそれを指摘していた。が、その隣で思案を巡らせていた隆之介が、パッと顔を上げる。そして月斗に視線を投げかけ、
「いや、そうじゃないな。御崎っつったか、お前――その話には続きがあるんだろ?」
「ご名答。さて、この悪路王には奥さんがいました。それはそれは美しい奥さんだったわけだけど、ある日、人間の男に恋をしてしまいます」
おどけた調子で語り出す月斗に向かって、茅依子が小さく片手をあげた。
「わかった…坂上田村麻呂ね?」
「そういうこと」
そう…あろうことか、悪路王の妻は、夫を討伐にきた坂上田村麻呂に恋をしてしまう。
そして坂上田村麻呂に手を貸し、悪路王を滅ぼすのに一役かった――。
「鬼なのに夫を裏切り人間に荷担したこの女――さて、名前は何でしょう?このくらいは察しがつくだろ?」
『鈴鹿御前か!』
隆之介と和沙の声が重なった。
「自分を裏切った鈴鹿御前に対する恨み――それなら、呪鈴になるに相応しいかもしれない…」
どれだけ苦しかっただろう。
どれだけ遣りきれなかっただろう。
愛する妻に裏切られ、殺されていくものの気持ちは、彼らは想像することしかできない。
その時、慶悟の式神が高い声をあげながら戻ってきた。
「見つけた――どうやらこの地区のさらに奥のようだ」
◇
件の鈴は、まるで彼らを待っていたかの様に宙に浮いていた。
文字通り、誰が持ち上げているでもなく、吊されているでもなく、そこに浮かんでいる。
はじめは、ただの球状の鈴かと思っていた。
だがよく見れば、それは――
「――頭蓋骨!」
茅依子が小さく悲鳴をあげた。
すかさず隆之介が肩を抱き、大丈夫だとささやきかける。
頭蓋骨でできた鈴は、彼らの様子をうかがうかのように、その場でジッとしていた。
『…恨めしや…鈴鹿ァ…許さんぞぉぉぉぉぅぉぅ…』
「忌まわしい声だ。まずは音を絶つ」
宣言して、慶悟は右手の人差し指と中指の間に挟んだ符で、複雑な印を切った。
「我、五行を律し在りし気を留めん!流れし律音は我に届くこと適わず!」
符を鈴に投げつけると、それは吸い込まれるように消えていく。
その傍らで、茅依子もなにやらカバンの中から人型を取り出す。
「お願いね、木の葉天狗!」
天狗の能力を持つ従兄弟から借りた式神であった。木の葉天狗とは、天狗の中でも『吹けば飛ぶような』力しか持たない弱い天狗なので、茅依子でも十分使役することができる。
だが弱くても天狗――風と雷を自在に操る彼らのことであるから、空気の震えを止めることなど、得意中の得意だ。
いったん姿を現した木の葉天狗は、鈴にとりついて姿を消す。
この慶悟と茅依子の二重の呪によって、鈴の音は聞こえなくなったはずだ。
――だが。
『鈴鹿ァァ…あな恨めし…あな口惜し…』
地獄の底から響く呪いの声が、止むことはなかった。
それほどまでに、悪路王の恨みが深いのであろう。
「チッ…効かんか」
「構いませんよ。骨董屋の言によると、中身を小瓶に封印してしまえば呪いは無効となるはずです」
鳴きたいだけ鳴かせてやればいい、と和沙が不敵に笑った。
「さて、封印するにしてもまず弱らせる必要があるのでしたね…」
頭上を見上げるが、地下都市に月は無い。
和沙の霊力は月齢に左右されるのだが、ここでは月の加護を受けることは不可能そうである。
「ならばESPを行使するしかない、か…」
「っつーか、早い話がボコればいいんだろ?そういうことなら俺に任せろって!」
喜々として隆之介が拳を鳴らし、言うが早いか鈴に向けて跳躍する。
人並み外れた脚力で、一気に鈴までたどり着くと、腕を大きく後ろに振りかぶった。
その腕が、一瞬だけ獣のそれに見えたのは、目の錯覚だろうか?
太く、逞しく、鋭利な爪のついたしなやかな狼の腕。
「大人しく封印されるんだなッ」
鈴に向けて繰り出したその一撃は、人並みはずれた威力を持っていた。
本来ならば、頭蓋骨などは粉々に砕け散るはずである。
だが、逆に隆之介の拳が弾かれてしまった。
「なっ――!?」
その一瞬のスキをつき、鈴が隆之介の鳩尾に重い一撃を加える。
「痛ってぇ…っ」
衝撃で近くの建物めがけて弾き飛ばされたが、上手い具合に身体をひねって、逆に建物を足がかりにして再度鈴に向かって跳んだ。
今度は鈴を鷲掴みにして、地面に叩きつける。
「そろそろくたばれ、悪路王!」
隆之介が吼えたと同時に、HEAVEN全体を揺るがすような衝撃音が発生した。
地面にひびが入り、それは遠くで様子をうかがっていた月斗の足元にまで及ぶ。
「公共物損壊…」
「うるせぇな、鈴が封印できりゃあいいんだよ」
「できてないし」
「あ?」
ふてくされる隆之介が月斗に指摘されて手元を見れば、鈴は何のダメージも受けていない風に、ゆっくりと宙に浮かんだ。
『謀ったな、鈴鹿ァ…恨めしや…』
「やはり物理的にはダメージを与えられないようですね。ならば…」
和沙は瞳を閉じ、眉間に全神経を集中させた。
見えないはずの鈴の位置さえも、瞼の裏を通してハッキリわかる。
「大上くん、離れて下さい」
鋭い声に隆之介が跳びずさる気配を察し、和沙は開眼と同時に力を全て鈴に収束させた。
念力破壊と呼ばれる、サイコキネシスの一種である。
抵抗することさえできず、内側から木っ端微塵に破壊されるはずなのだが――
「無駄だな。恨みの念が頭蓋自体を強化してしまっている。晴らせない恨みなら、焼くのが一番だ」
炎は全てを浄化する作用を持っている。
慶悟は一行を見回し、まず同業者である月斗に声をかけた。
「結界を張れるな?」
「もちろん。結界で囲んで、ヤツの力を弱らせる…ま、手加減できるかどうかはわからねぇけどな」
自信たっぷりな月斗の言葉に、口の端に笑みを浮かべ、
「上等だ…それからそっちのお嬢さん。あんたの持ってる弓は、何の木で出来ている?」
今度は茅依子がずっと抱きかかえていた紫の細長い布袋に目をやった。
彼女の持っているのは、弓道で使われる弓である。
「檜(ひのき)です」
「『火の木』か…火気と木気を兼ね備えている、これ以上にない得物(えもの)だな」
その言葉で、茅依子も慶悟の意図することを察することが出来た。
陰陽師とは、五行を自在に操る者。
「つまり、あの頭蓋骨でできた鈴を土気とみなし、木気で相剋させるわけですか」
したり顔で、和沙も頷いた。
「じゃあ、やるぜ」
月斗はポケットから札を5枚取り出すと、ちょうど鈴を囲むようにその札を地面に貼りつける。
その間、鈴が動いてしまわぬようにと、和沙がサイコキネシスで動きを制御していた。
「桔梗の陣!」
真言の後、丹田からの鋭い呼気と共に月斗が声を張ると、鈴の周りにを晴明桔梗をかたどった方陣がしかれる。
それを確認し、茅依子が弓を引いた。
檜の弓につがれるは、破魔の光の矢。
「真名神さん、撃ちますよ!」
「ああ、外すなよ」
力一杯引き絞られた弓から、勢いよく光が放たれる。
それは狙い違わず、頭蓋骨のど真ん中を打ち抜いた。
『うあぁぁぁぁっ、田村麻呂ォォォォ!よくも、よくもぉぉ!』
鈴が苦しげに揺れるたびに、似合わず涼やかな音が響く。
それでも動じずに、慶悟は結界に歩み寄ると、赤色の符を鈴に貼りつけた。
「我、木気を奉じ土気を封ず」
『許すまじ…我を裏切った女ァ、末代まで呪ってやるぞぉぅぉぅぉぅ』
呪いの言葉を唱えながらも、力なく鈴は地面に落下した。
グシャリ、と頭蓋の割れる音が響く。
あれほどまでに強固だった怨念は、もう跡形もない。虫の息で、震えるのが精一杯のようだ。
「で、こいつで封印っと。楽勝、楽勝♪」
隆之介が、クライブに渡された小瓶を鈴に向けると、今度こそ鈴はピクリとも動かなくなった。
◇
「ご苦労様でした」
悪路王の鈴と、呪いの封印された小瓶を受け取り、クライブは満足そうな表情を浮かべた。
ノン・フレームの眼鏡を持ち上げ、しげしげと鈴を観察する。
「鈴本体の破損は――まぁ仕方ありませんね。むしろ欲しいのは、こちらの呪いのほうですし」
「呪いのほうが良いのか?」
隆之介が、不思議そうに首をひねった。頭蓋骨の蒐集家ならば、悪趣味ではあるが、居てもおかしくない気がする。
「ええ。様々な呪いの形態を調べている方や、呪殺が趣味の方などもいらっしゃるのでね。高く買っていただけるのですよ」
「呪殺とは――質(たち)が悪い」
和沙が整った顔を醜くゆがめ、毒づいた。
「人の趣向をあれこれ言うのは気が引けますが、その手の事件が起こると、また私たちが駆り出される。面倒事は御免ですよ」
「確かにそうですが、それで世の中は成り立っているのでは?現に貴方たちの内にも、そういう生業の方もいるようですしね」
喉の奥で不気味に笑うクライブに、和沙は呆れて嘆息した。
だが、彼の言うことは正しい。
和沙も、慶悟も、月斗も、そうして生活しているのだ。
「ところで骨董屋。俺たちの報酬はどうなる?」
慶悟が、手近の椅子を引き寄せながらクライブに質問した。
「そうですね…物に傷がついてしまったことですし、骨董品無料レンタル券くらいでしょうかね」
『はぁ!?』
全員の声が見事にハモる。
「だってクライブさん、今さっき『破損は仕方ない』って…」
「破損には目をつぶりましょうと言っているんですよ。これで、報酬まで要求する気ですか?」
抗議の声をあげる茅依子に、ピシャリとクライブは言葉を叩きつけた。
うっ…と言葉に詰まる一同。
特に手加減なしで殴ったり叩きつけたりしていた隆之介は、明後日の方向を向いてとぼけている。
最終的な破損の原因は、力が弱まって落下したときの衝撃なので、誰のせいでもないのだが――そんな理屈が通る相手ではない。
「仕方ねーな。それで我慢してやるよ」
「私の店には、ありとあらゆる道具が揃っていると思っていただいて結構です。ですから、何か貴方がたの役に立つときも来るでしょう。それまで大切に保管しておいて下さいね」
フン、と鼻を鳴らす月斗を無視して、クライブが笑った。
とは言っても、どこかシニカルな笑みだったけれども。
◇
依頼が完了した後も隆之介は【鬼哭】に滞在することにした。
曰く『あんたの仕事を代わりにこなしてきたんだから、茶ぐらい出せ』である。
「私をアゴで使うなんて、貴方ぐらいですよ。失敬な…」
はじめはブツブツと文句を言っていたクライブも、ついに重い腰を上げ、店の奥へ消えていった。
先程、慶悟が座っていた椅子を引き寄せ、腰を下ろす。
ふぅとため息をついたが、不思議と疲労はなかった。
むしろ、闘った後の高揚感が心地よくさえ感じられる。
「そういえば、以前に知り合ったあの男も……黒狼族には図々しい者が多いに違いありません……ああ、嫌だ嫌だ」
「は?何だって?」
「独り言に反応しないで下さい」
ピシャリと言ってのけるクライブから湯飲みを受け取り、隆之介はサンキューと笑った。
使っている湯飲みも、見た感じは高価そうだ。
「…力が、あり余っているという感じですね」
鑑定用の机に戻ったクライブが、横目で隆之介を観察しているのには気づかず、
「うん、そうだな。なんでか知らないけど、こう…とくに右腕がね」
手にした湯飲みも、少し力を入れれば簡単に砕けそうである。
しげしげと自分の右腕に視線を注いでいると、クライブのため息が聞こえた。
「自覚がないのですか…勿体ない」
「え?何の自覚?」
本日何度目になるかわからない問い返しに、クライブは冷笑する。
「その湯飲み、高いんですから砕いたりしないで下さいよ」
「はは、やっぱ?」
頭を掻いて、隆之介は一気に茶を飲み干した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0293/瀬田・茅依子(せた・ちいこ)/男/18歳/エクソシスト(普段は高校生)】
【0365/大上・隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)/男/300歳/大学生】
【0389/真名神・慶悟(まながみ・けいご)/男/20歳/陰陽師】
【0751/遠野・和沙(とおの・かずさ)/男/22歳/掃除屋(いわゆるなんでも屋)】
【0778/御崎・月斗(みさき・つきと)/男/12歳/陰陽師】
★獲得アイテム
妖怪骨董堂【鬼哭】の骨董品・無料レンタル券(但し、1回限り)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
担当ライターの多摩仙太です。
このたびは私のシナリオにご参加いただき、誠にありがとうございました。
久しぶりの界境線、しかも外伝的シナリオということで、随分と楽しんで書くことができました。
呪いの根源がなんなのかは『奥州』『鈴』あたりを検索すればすぐに出てくる単純なものでしたが、時間がなかったせいか、さすがにそこまで書かれている方はおられませんでしたね。
なんにせよ依頼は成功でしたので、皆さんお疲れさまでした。
東京に戻って、のんびりして下さい(笑)
また、ストーリー中の人物関係は、テラコン相関図を参考にいたしました。
今後もこのような形式を取らせていただくことが多くなると思いますので、お暇なときに相関図の更新をしておいていただければ、より充実した人物描写に繋がると思います。
また、悪路王の物語は諸説存在するようですが、今回はこの説を採用したということをご了承下さい。
・大上隆之介さま
いつもありがとうございます。
今回はクールな隆之介くんを目指したのですが、いかがでしたか?
そろそろ記憶を取り戻していく感じになるのかな…と思いながら、いつも楽しく書かせていただいています。
それでは、みなさま本当にどうもありがとうございました。
別の作品でお目にかかるようなことがあれば、その際はよろしくお願いいたします。
2002.10.26 多摩仙太
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