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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


東京怪談・ゴーストネットOFF「滴る想い」

■オープニング■
 佐藤和明(28歳サラリーマン独身)はどんよりと階段を下りてきた妹に、呆れた目を投げた。
「まだ続いてるのか?」
「それ以外のなんだというの、なんだと」
 普段なら噛み付いてくる麻衣(18歳女子高生)の生気の無さに、和明は鼻を鳴らした。麻衣はその涼しげな顔を睨みつけて睨みつけて…気力続かずがっくりと床に膝をついた。両親亡き後麻衣を育ててくれた兄ではあるが、どーにかならないだろうかこの無神経さというか面の皮の厚さは。
 事の起こりは一週間前に遡る。麻衣が眠ろうとすると音が聞こえた。ぴちょんぴちょんと雫が水の中に落ちる時のような音が。
 雨は降っていなかった。兄妹の暮らすこのマンションは四階で、その上にもまだ階はある。水漏れかとも思い管理人に確認してもらったが、問題はなかった。
 以来麻衣が灯りを消すと絶えず水音が響いてくる。しかも麻衣にしか聞こえない。
 蹲ってしまった妹を見下ろし、和明は軽く笑う。
「単なる音だろう? 気にすんな」
「…あんたね…」
 麻衣はがばりと立ち上がってテーブルにだんっと両手を付いた。
「苦しんでる妹に向かってその態度はなんなのよ!」
「苦しんでるのは俺じゃないしなあ」
「鬼かアンタはああ!」
 怒鳴った麻衣は、気が抜けたのかそのままへたりとテーブルに懐いてしまった。和明はそれを見下ろして肩を竦めた。
「水…ねえ?」
「心当たりでもあんの冷血女誑し兄貴」
「多分無い。…が、お前は対策探してきてやった兄にそういう可愛くない事をいうか」
「事実でしょうが女誑しも冷血も。…って」
 対策? と麻衣は顔を上げて和明を見つめる。
 怪奇現象を調べてくれるというそのHP。掲示板に書き込みを行うと有志が集うという。
 にやりと笑って和明は言った。
「ゴーストネットだ」

■本編■
 @日土曜日18:00、@@駅北口キオスク前。
 その丸一日前、掲示板にその書き込みがされるや否やその場に立った男があった。
 合わせ着物に羽織、下はジーンズ履きで挙句の果てに何故か目元を全部布で覆い隠している。
 その不審人物の姿に、佐藤麻衣は凍りついた。
 麻衣はこの駅を十年以上利用している。誓ってもいいがその間にこんな不審人物が現れたことなど一度も無い。
 しかも麻衣には心当たりがあると来ている。
 昼休みに学校を抜け出し、兄の和明と待ちあわせてネットカフェから件の掲示板に書き込みをしたのが約六時間前。それだけの時間があれば集客数の多いあのサイトのこと、無数の人間がその書き込みを目にしているだろう。そしてわざわざ出向こうと言う物好きは恐らく一筋縄では行かない。
「……本気で一筋縄じゃいかなそうだわ」
 このままとんずらこきたい気がしないでもなかったが、麻衣はそれをぐっと堪えた。多少風体が怪しいくらいなんだと言うのだ。このまま眠れない夜が続きその分の補填を授業中に行うような生活を続けていれば麻衣の方が怪しいと言うかいかがわしい風体で夜の街に立たなければならなくなるかもしれないではないか。
 立派に考え過ぎだが麻衣はまあその程度には追いつめられていた。
「あのう…」
 そろそろと男に近付いた麻衣は、おずおずと男に話し掛けた。
 それを力の限り後悔する事になる事を、無論この時麻衣は知らなかった。

 鉄筋コンクリートのマンションは、特に美麗と言う訳でもなかったが少なくとも小奇麗ではあった。兄妹は両親の死後、一戸建ての家を土地ごと売ってこのマンションに越してきたらしい。
 麻衣に誘われるままに大人しくマンションまでついてきた志堂・霞(しどう・かすみ)は進められたソファーにつく事無く真剣な面持ちでがしりと麻衣の肩を掴んだ。麻衣が内心冷や汗をかいたのは言うまでもない。何しろ兄は帰宅前で目の前に居るのは良く考えるまでも無く不審人物である麻衣の感覚では。
 霞は麻衣が完全に及び腰になっていることに全く頓着せず、怒涛のように言い募った。
「いいか、落ち着いてよく聞け」
「は、はい?」
「…間違いない。ゲイル・ハーべス…奴の犯行予告だ。奴は猟奇殺人鬼だ。急には獲物を殺さない。毎夜、女性の枕元に立っては、水滴を垂らし自らの領域を主張していく。そして七日目…奴は食欲のままに、女性の首筋にその牙を突き立て頭から食い尽くす」
「はあ?」
 麻衣が素っ頓狂な声を上げる。霞はそれを麻衣の怯えの現れと取った。
 …実際麻衣は怯えているのかもしれないがすでに対象が違っている事に霞は気付けない。
「今日までよく恐怖に耐えた」
 霞は頷き、麻衣の細い肩を撫でる。
「…いやあのえーっと…」
「俺が来たからにはもう心配はいらん。安心して眠るがいい」
 そして霞は麻衣の手を取り、先刻現場だと示された麻衣の部屋へ麻衣を誘おうとした。
「ちょ、ちょっと待とうよ、ね。えーと志堂さん?」
「霞でいい」
「いやそんなことは激しくどうでもいいんだけど。その安心して眠れと言うのは…」
「俺が返討ちにするからな」
 きっぱりと霞は言い切る。麻衣はひくっと頬を引き攣らせた。
「それは枕元に居るとか人の寝てる側に居るとかそういうことを意味するんでしょうか」
「……? 何をあたりまえの事を言っている?」
「帰れ」
 霞の手を振り払い、麻衣は座りきった目つきできっぱりと言い切った。
 霞は布の下の目を見張った。
「何を聞いていた。危険だと言っているんだ」
「得体の知れん男が枕元に居る方がよっぽど危険よ。っつーかそれ以前の問題としてなんなのよそのゲイル何とかって言うのは!」
「だから猟奇殺人鬼だ」
「そんな変質者がこの辺うろついてるなら何が何でも耳に入るわよ! この辺どころか日本全国どこに居ようとも!」
「報道管制は徹底されている。事実を知る者は極僅かだ」
「いいから帰れーっ!!!!」
 麻衣がいくら叫ぼうとも霞が帰らなかったことなど言うまでもない。

 翌日、麻衣の兄である所の佐藤和明に誘われるままに玄関からリビングに通された真名神・慶悟(まながみ・けいご)、冴木・紫(さえき・ゆかり)、月杜・雫(つきもり・しずく)の三人はきょとんと目を瞬かせた。リビングの中央に据えられたテーブルに少女が制服姿のまま突っ伏している。
「あの、彼女が…?」
 和明を見上げ問いかける雫に、和明が苦笑混じりに頷いた。
「ええ、妹の麻衣です」
 成る程憔悴し切っているのが一目で知れる有様である。
 人の気配に気付いたのだろう、麻衣はゆっくりとテーブルから顔を上げた。そして虚ろな目で三人を端から順に眺める。
 その生気の無い瞳が慶悟を見るなり爛々と輝きだした。
 麻衣はガタンと音を立てて立ち上がり、つかつかと大股で慶悟に近寄ってくる。
 慶悟は思わず身を引きつつ、傍らの紫に問い掛ける視線を投げる。
「…なんだ?」
「私が知るわけないでしょう?」
「そこの!」
 紫が言い終わるよりも早く、麻衣は慶悟に取り縋らんばかりに肉薄し声を上げた。
「俺か?」
「そうよ! 細かい所は置いておくとしてあなた!」
 慶悟のジャケットの胸を握り締め、麻衣は血走った目を慶悟に向ける。雫は勿論さしもの紫も困惑するばかりで声も無い。
 麻衣はそんな周囲の戸惑いに全く頓着しなかった。
「とりあえずあなたを見込んで頼むわ!」
「だからなんだ?」
「殺って!」
「は?」
 三人は異口同音に声を上げた。なにやらとんでもない事を聞かされたような気がするのは気のせいだろうか。
 麻衣は更に怒涛のように言い募る。
「人類の平和の為に犯罪履歴に殺人も追加して頂戴! 大丈夫今更一個増えたって誰も困らないって言うか私が助かる!」
「…おい」
 遠慮もなく爆笑し始めた紫の後ろ頭を一発小突いてから、慶悟はゆっくりと和明を振り返った。
「あんた妹の飼育課程で致命的な失態を犯した覚えは無いか?」
「面白いでしょう?」
 涼しい顔で答えた和明に、慶悟はがっくりと肩を落とした。

 一種異様な光景だった。
 ごてごてと少女趣味な部屋と言う訳ではなかったがそれなりに女の子らしい部屋の中央に、でんとそれは座していた。
 ジーンズなのはいいとして、上は合わせ着物に羽織姿。おまけに目元を布で隠している。
 それが女の子の部屋の中央に座しているのだから異様でない訳など無い。
 その事実に一人気付けない霞は戻って来た麻衣の気配にゆっくりと顔を上げた。
「麻衣か。ここは俺が守っているから安全だ。安心してゆっくり休むといい」
「出来るかああああぁあっ!!!!」
 麻衣が絶叫する。
 霞は不思議そうに小首を傾げた。
「何故だ? 俺の腕が信用できないか?」
「あんたの存在そのものが信用できないっつーのよ!」
 怒鳴った麻衣はビシリと霞を指差して慶悟を振り返った。
「だから殺って。お願いだからこの際殺って」
「…あー、気持ちはわからんでもないんだが」
 ぽりぽりと慶悟は後頭部を掻いた。一体どんな目で俺を見ているのかと突っ込みを入れる気にもならないのだろう。霞は以前に一度鉢合わせた事のある相手だが、相変わらず現代社会に今ひとつ適応出来ていないらしい。
 流石に絶句している紫と雫に和明が肩を竦めて、
「夕べからこの調子で」
 と苦笑している。
「なんか猟奇殺人鬼の犯行声明だとかって言うんだけどっ! だったらなんで私にしか聞こえないのよ! 友達泊めたり兄貴と部屋交換してみたりもしたわよっ!」
 麻衣は既に半狂乱の有様だ。人間寝不足の時は情緒不安定に陥りやすい。
 ……まあそう言うレヴェルを既に通り越しているという観もなきにしも在らずだが。
「…で、どうしろっていうのよこれは」
 紫が額を抑えながらうめいた。
 確かに状況は芳しくないどころか無茶苦茶である。
 被害者は大分参ってはいるようだが参り方が何か違うわ、現場の中央に男が居座っているわ、被害者の兄はアテにならないわ。
「おまけに殺人教唆だからな」
 慶悟もまた溜息を吐いた。雫もおろおろするばかりである。
「…真剣に霊視したわけじゃありませんからなんとも言えませんけど、少なくとも行き成り何かがどうこうなるというほど強いものとは…」
 そんなものなら流石にすぐわかる。それには慶悟も同感だった。
 それじゃあと和明がぽんと手を打ち鳴らした。
「明日からで構いませんから。今日のところはお引取り頂いて結構ですよ」
「ええと、それでよろしいなら…」
「……そーねー」
「そうさせてもらうか」
 三人はかなり投げやりにそう答えた。

 翌日日曜日。既に麻衣は限界に近付いていた。霞の困惑もである。
 こうして付きっきりで守っているのだから安心して眠っていいと言っているのに麻衣は眠るどころか寝室に近寄りもしない。ここ二日と言うものまともに横になってはいないのだ。このままでは殺人鬼の毒牙にかかる前に麻衣の方が自主的に参ってしまう。
 そう言うと、麻衣は血走った目を霞へと向けた。
「本気で言ってるのよね、なんか分かってきたけどあなたホントにとことん色々本気なのよね」
「無論だが…?」
「つまり本気でとことん色々わかってないのよね?」
 ふはーっと大息を吐き出し、麻衣はがばりとテーブルに突っ伏した。
「何をだ?」
 小首を傾げる霞に、麻衣はもう反応を示さない。
 一部始終をただ黙って静観していた和明は、霞の前にコーヒーのカップを置きつつ含み笑いを漏らした。
「どうも頑固で手のかかる妹で申し訳ありません」
「そうなのか?」
 問い返しても和明からは莢かな笑い声が聞こえてくるばかりだった。麻衣ももう兄に噛み付く気力も無いらしくぐったりとテーブルに懐いたままぴくりとも動かない。
 小首を傾げる霞を置き去りにして和明がキッチンへ消えた所へまず管理人の所へ聞き込みに出かけていた紫が帰ってきた。それを追うように、部屋の霊視を行っていた慶悟と雫もリビングへ戻って来る。
 広めの造りのリビングだったが、この人数だと少々狭く見える。
 いち早く二人の登場に気付いたらしい紫が指先でちょいちょいと二人を呼び寄せる。二人は顔を見合わせて紫のかけているソファーに近寄った。
「収穫は?」
 訊ねる慶悟に紫は渋面を作って首を振った。
「なし。一応真上の部屋にも行ってみたんだけど新婚がいちゃついてるだけだったし、雨漏りの線も天井裏に誰か潜んでる可能性もないわね」
「それはそうだろうな」
 マンションの構造上、そんな所に人が入り込めるはずも無いのだ。
 聞き耳を立てていたらしい麻衣がむくりと顔を上げた。
「あのですね志堂さん。ああ言うのが本来私がして欲しかった事何ですけど」
 低い声で言われ、霞は小首を傾げた。
「だが、お前から離れたらお前を守ることは出来ないだろう?」
「いやだから…猟奇殺人犯からいい加減離れてくれない?」
「何故だ」
「…もーいい」
 ぱたりとまたしても麻衣はテーブルに懐いてしまう。ぱふっと言う音と前後して、雫の声が聞こえてきた。
「こちらも特には。だからこれから和明さんと麻衣さんの霊視をと思ってたところなんです」
 雫がそう切り出した、その瞬間だった。
『霊視ですってえええええええ〜〜〜』
 地を這うような低い、とてつもなく低い女の声が響いたのは。

 生木を裂くような音がリビングのいたる所から響いてくる。自動的にカーテンが閉まり、薄暗がりが室内に作られる。
 麻衣が飛び起き、和明がキッチンから飛び込んできたその瞬間、それはぼんやりとその場に現れだした。
 長い髪に細い肢体。ブレザーの制服姿で、足元にはルーズソックス。流行り出した頃のコギャルのような出で立ちの女の……どこからどう見ても間違いなく幽霊だった。
「うっわ、お約束」
「落ち着くな!」
 腰を浮かそうともしない紫に怒鳴って、慶悟が紫と雫を背に庇った。霞も自分の背の後ろにすかさず麻衣を庇いこんだ。流石に驚いたのか、麻衣が霞の羽織の背中をしっかりと掴んでくる。
 しかし現れたその幽霊らしきものがまず顔を向けたのは麻衣ではなかった。勿論慶悟達や霞でもない。
『和明くん…』
「…俺?」
 和明は不思議そうな顔で幽霊を見返す。霊現象に遭遇した経験など無いだろうに、天晴れなほどの落ち着きぶりだった。
 幽霊は透ける体をくねらせてコクコクと頷く。
『わたしよ、トモコよ〜』
「…トモコ?」
 和明が小首を傾げる。
 慶悟にも雫にも紫にも、そして麻衣にも、なんとなくでは在るがこの幽霊の正体が見えてきていた。
 無論見えていないものも居たが。
「…妙だな、ゲイルのヤツは単独犯のはずだが…」
 手に既に光刃を呼び出し、霞は唸るように言った。最早麻衣に突っ込む気力も無い。
 ずれている約一名は置き去りにして事態は進む。慶悟がトモコに向かって一歩踏み出した。
「あんたな、まあ大体事情はわかる気はするんだがなんだってこの娘にイヤガラセ紛いの事を続けてたんだ?」
『気に入らないからに決まってるじゃない〜』
「あの、そもそもどうしてこんな、幽霊なんかに?」
『心残りだったから…』
 雫の問いかけにトモコはふっと遠い目をした。
『大好きだったの和明くん…高校ではらぶらぶで人も羨む仲で〜だけど二年の途中で和明くんは転校していって〜』
 一同の視線が和明に集中する。ああと和明は頷いた。
「ここに越してきた時の話かな。母さんが死んで家売って」
『わたしに何も言ってくれないで…それから連絡もくれなくて…』
「ちょっと待って」
 紫が眉を顰めた。
「それって聞く限りじゃ10年以上前の話じゃないの? なんだって今頃?」
『先月死んだところだからわたし〜』
 哀しげに目を伏せて、トモコは言う。雫が気遣わしげな視線をトモコへと投げた。
「まさか…和明さんを思う余り病気になったとか、そんな…?」
『いいえ〜、ちょっと車道に500円玉転がしちゃって取ろうとしたら車に跳ねられて〜』
 雫がかっぱりと口を開けて絶句した。
「……冴木かあんたは」
「いくらなんでも500円に命かけないわよ私は」
 紫に後ろ頭を小突かれつつも慶悟は『それで?』とトモコに先を促した。
『そうしたらどうしても和明くんのことが気になって〜あの頃の姿になって一生懸命探して〜』
 成る程だから今時ルーズソックスなのか。
 そんな周囲のどうでもいい納得を余所に、段々興奮してきたのかトモコは滂沱の涙に濡れながら髪を振り乱して叫んだ。
『やっと見つけたと思ったら〜!』
 トモコはビシリと麻衣を指差す。
『わたしの和明くんと同棲なんかして〜! 和明くんもわたしのことに気付いてくれないし〜』
 よよよとトモコは泣き崩れる。顔を覆った指の隙間から涙の雫がぽたりぽたりと落ちて床に染みを作った。
「成る程水ね」
 紫が呆れたように肩を竦める。そしてどーする? と言うように雫と慶悟をちろんと眺めた。
「まあ事情の程はわかったが…」
「どう、しましょう?」
 確かに悪霊の類いではあるのだろうが真剣に介入するのがどうにも馬鹿らしく思えてしまうのは何故だろう。
 そんな一同を余所に、霞は完全に困惑していた。
「…ゲイルは何処だ?」
「いやだからそんなのは居なくって!」
「しかしあれはどう見てもゲイルの足跡…」
「だからっ! よく似た手口の別の犯人だったのっ! ウチの馬鹿兄貴の昔の恋人でっ! 私を今の恋人と勘違いして嫌がらせしてくれてたのっ!」
 背中で喚きたてる麻衣に向直り、霞は麻衣を見下ろした。(見えては居ないが)
「そうなのか?」
「そうなのっ!」
「ではゲイルは一体何処に…」
「だから居ないっつーの!」
 和明がずいっと一歩踏み出したのは、一同が困惑して顔を見合わせ、麻衣が喚き散らし始めた、その時だった。
 憂いを湛えた瞳でトモコを見上げた和明は、ふっと口元に儚い笑みを刻んだ。
「すまなかったな…あの時俺は母さんが死んで、まだ小学生の妹を抱えて…自分の事で手一杯だったんだ…」
『和明くん…』
「お前に何も言わなかったのはお前に負担をかけたくなかったからだ。だけどあの時のことはずっと後悔してた」
 一瞬目を伏せた和明は次の瞬間真摯にトモコを見据えた。
「お前を、忘れたことなんかなかったよ」
 涙に濡れたトモコの顔がぱっと華やいだ。
「ごめんな…トモコ…」
『和明くん…嬉しい…!』
 薄暗い部屋に光が差した。天井から降り注ぐ光がトモコに向かって収束する。
 あまりの光量に思わず目を閉じた一同が再び目をあけた時には、既にその場にトモコの姿は影も形もありはしなかった。

 光の戻った室内に一同は呆然と立ち尽くしていた。
「ふう。何とかなったな」
 一人けろりとしている和明が息を吐き出す。その声に一同は漸く我に返った。
「一つ聞くがなあんた…?」
「なんですか?」
「あんたひょっとしてあの女のこと綺麗さっぱり忘れてなかったか?」
 疑わしげに慶悟が問う。和明は驚いたように胸の前で手を振った。
「まさか」
「そう、ですよね。忘れたりなんかしませんよね」
 多少引き攣りながらではあったが雫が微笑む。その傍らで紫が渋面を作っていた。甘い、とでも言いたげに。
「いやそうじゃなく。今も思い出せてませんから、過去形で言われると困るんですが」
 またしても雫が口を開けて硬直する。
「…つまり諸悪の根源はあんたか?」
「えっ!?」
 低く唸る慶悟に和明は心底驚いたと言うように声を上げる。
「じゃああなた一々付き合った相手の名前記憶してるんですか!?」
 麻衣は座りきった目で霞を見据え、己の兄を指差してきっぱりと言い切った。
「アレがゲイルよ」
「そうなのか?」
「そうでなくてもゲイル確定! 天誅!」
 わけがわからないままに麻衣に引き摺られ、霞は勃発した和明タコ殴り大会に参加する事と相成った。

 3分50秒後。
 目出度く沈黙した兄を前に、麻衣は肩で息をしていた。呼気は乱れ、汗で濡れた髪が額に張り付いている。
「大丈夫か?」
 霞の問いかけに、麻衣はくるりと霞を振り返ってにっこりと笑った。笑った気配が明確に霞に伝わってくる。
「これで…眠れ、る」
 カクリと麻衣の体から力が抜ける。慌てて霞が腕を差し出すと、人形の様にその中に麻衣の体が倒れこんでくる。
「麻衣?」
 問い掛けても答えはない。ただ気息正しい寝息が聞こえてくるばかりだ。
 霞は口の端に笑みを刻んだ。
 兎に角麻衣は安らかな眠りを手に入れたのだ。
「ゆっくり休め」
 力が抜けて重くなった麻衣の体をベッドへと運びながら、霞は小さく呟いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【1026 / 月杜・雫 / 女 / 17 / 高校生】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【0935 / 志堂・霞 / 男 / 19 / 時空跳躍者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。
 今回はかなり御馬鹿なお話となっております。
 一応交互に御馬鹿なお話と真面目なお話をやっております。
 どうにもゴーストネットは御馬鹿なお話ばかり思いついてしまうのですけども。
 今回の馬鹿大将は兄貴でございました。
 同じ女としてこういうのにだけは引っかかるまいと硬く心に誓っております。

 今回はありがとうございました。また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
 ご意見などありましたらお聞かせ願えると嬉しいです。