コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:闇を狩るもの
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 男たちが古ぼけたビルを眺めていた。
「‥‥ここだな‥‥」
 呟きが漏れる。
 ターゲットが、ここに匿われているはずだ。
 こんな場所に、たいした戦力があるとは思えないが、先遣部隊が全滅したのは事実である。
 油断するわけにはいかなかった。
 ハンター‥‥。
 彼らは、そう呼ばれている。
 この世の秩序を守るもの。
 人ならざるものを狩り、もって人類の繁栄の礎を築く。
 それが彼らの任務だった。
 リーダーらしき男が、さっと手を挙げる。
 その合図で、一〇名ほどが裏口に回った。
 残った二〇名が、正面玄関からビルへと侵入を開始する。
 まるで特殊工作員のように訓練された動きであった。
「‥‥油断するな」
 無線を通じ、各員に指示が飛ぶ。
 わだかまる闇の中、銀の銃弾を装填する音が微かに響く。
「全員、配置に付きました」
「了解した。一〇秒後に突入する。抵抗するものは排除せよ」
『イエス、サー』
 無線機が唱和する声を運ぶ。
 そして‥‥。
 草間興信所の扉が、音高く蹴破られた。







※was it a cat i sawの続編です。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

------------------------------------------------------------
闇を狩るもの

 秋の夜長。
 穏やかに過ぎてゆく時間。
「平和だねぇ」
 欠伸を噛み殺しながら草間武彦が言った。
 まったく、平和なことである。
 事務所内を見渡すと、事務員のシュライン・エマと妹の草間零は何やら談笑しながらテレビのロードショーを見ている。
 居候のイーゴラ少年と遊びにきている巫灰滋は、サッカーのボードゲームに夢中だ。
 ガチャガチャとうるさいゲーム盤の音に苦笑を浮かべつつ、那神化楽がノートパソコンを叩いていた。
 のどかな光景。
 こんな穏やかな夜には相応しい。
 いつもの喧噪というのも悪くはないが。
 怪奇探偵と呼ばれる男の指に挟まれた煙草から、ゆっくりと紫煙が立ちのぼっている。
 デスクの上には競馬新聞。
 秋のG1ラッシュは、もう始まっているのだ。
 有馬記念へと向けて。
 今年こそ、プラス収支で終えたいものだ。
 たたでさえ少ない小遣いを、減らすわけにはいかない。
 そのためには、一に研究、二に研究、である。
 まあ、ギャンブルをやめれば小遣いは減らないのではないか、という正論は無意味である。この場合。
 黒髪の探偵に限らず、ギャンブラーというものは、そういうものだ。
 諦めているのか呆れているのか、万事に締まり屋のシュラインも、その事はあまり口うるさく言わない。
 と、そのシュラインが立ち上がった。
 秀麗な顔に、緊張の色が印刷されている。
「どうした?」
 草間が訊ねる。
 青い瞳の事務員が応えるよりはやく、イーゴラと零も席を立っていた。
 探知能力に優れた三名がこのような行動を取れば、事態が安穏なものでないことは明白である。
 那神がノートパソコンの電源を落とし、巫がゲームを片付け、草間が競馬新聞を折りたたむ。
「‥‥囲まれてるわ。人数は三〇人くらい‥‥」
 淡々とシュラインが言葉を紡ぐ。
 どう考えても依頼客などではなかろう。
 借金取り、という可能性もないではないが、夜に債務者宅を取り囲むような金貸しから、草間興信所は借金などしていない。
 だいたい、以前にあった借金は完済済みなのだ。
 シュラインの経理能力に感謝、というところである。
「悪意の気配がビシビシ伝わってくるぜ。なにモンだ? いったい」
「ひょっとして、イーゴラくんが話していた『ハンター』ではないでしょうか?」
 巫と那神が、囁くような会話を交わす。
 ハンター。
 魔を狩るものたち。
 キリスト教の暗黒面を凝縮した狂信者ども。
 話し合いや、歩み寄りのできる相手ではなかろう。
 覚悟を決めるしかないだろう。
 ‥‥人を殺す覚悟だ。
 人間レーダーのシュラインが、相手の数は三〇と告げている。
 その目算に誤りのあろうはずがない。
 となれば、数の差は三〇対六。
 まともな勝負にはならない。
 しかも、こちらの陣営で肉弾戦能力を有するのは、巫くらいものだ。
 手加減しつつ戦う余裕は、残念ながら無いだろう。
 ちらりと浄化屋が那神を見る。
 せめてベータが現れてくれれば‥‥。
 だが、絵本作家の人格交代は、那神自身にはコントロールできない。
 外部からの刺激で強制的にチェンジさせることもできるが、失敗したときのデメリットが大きすぎる。
 ただでさえ少ない戦力を、これ以上減らしてどうするのだ。
 そんな巫の思考とは裏腹に、シュラインが戸口に洗剤を撒く。
 ささやかなものだが、ブービートラップだ。
 ビルの四階である。
 侵入は、入り口からしかありえないだろう。
 この際は、窓を考慮に入れる必要はない。
 無言のまま頷き合った探偵たちが、それぞれに戦闘態勢をとる。
 戸口の正面に巫が立ち、その右斜め後方にはシュライン。
 さらにその奥には、那神と草間が子供たちを庇うようにして立っていた。
「くるわよ!」
 シュラインの声。
 瞬間、蹴破られる扉。
 血戦の幕が、切って落とされた。


 黒天鵞絨に宝石を散りばめたような夜空。
 空気の濁った大都会でも、気まぐれのように星が見えることがある。
「んー 良い夜です」
 草壁さくらがのんびりと呟いた。
 櫻月堂から草間興信所まで。
 食後の散歩には適度な距離である。
 ただ、この金髪緑瞳の美女は、散歩のためだけに秋の夜風に当たっているわけではない。
 興信所に届け物があるのだ。
 より正確には、興信所に居候しているイーゴラに、である。
 両手に抱えた風呂敷包みが、それであった。
 内容物は、鶏の唐揚げだ。
 じつは櫻月堂にも居候がいて、その娘の好物なのである。
 自然、さくらの料理は揚げ物が多くなり、同居している恋人と喧嘩になったこともあった。
 まあ、どうでもよい話だが。
 そして今宵は、作りすぎた唐揚げをお裾分けにきた。
 と、これが口実である。
 明らかに過大な量を作るあたり、和装の美女はなかなかの確信犯といえるだろう。
 要するに、イーゴラと遊びたいのだ。
「お口に合えば良いですけど」
 そんなことを口にしている。
 イーゴラが食事に不満を漏らしたことは一度としてない。
 世話をしているシュラインが料理上手なこともあるが、育ってきた環境から粗食に慣れてしまっているのだろう。
 そう考えると、さくらは少し切なくなる。
 育ち盛りの少年が、満足に食事を採れないとは。
 同年の日本人より更に小柄な、人猫族の少年を思い浮かべる。
「栄養のあるもの、たくさん食べていただかないと」
 過去のことは過去のこと。
 これからは、自由に闊達に生きていって欲しいものだ。
 興信所には頼もしき仲間たちがいるのだから。
 しかし、過去のことを忘れるには、どうしても乗り越えなくてはいけない壁がある。
「‥‥‥‥」
 無言のまま、さくらは目を細めた。
 ビルの前にいる連中から、不穏な気配が漂っている。
 殺気‥‥人は、そう言い習わしてきた。
 どう考えても、草間の友達だとは思われない。
 であれば、答は一つしかなかろう。
 そっと風呂敷包みを路傍に置き、音すら立てずに走り出すさくら。
 一歩、二歩‥‥。
 三歩目には、和装に包まれた身体が光り輝く。
 突然の光に驚いた男たちが振り返った。
 そこに立っていたのは、純白の羽を持ち金色に輝く光の輪を頭上に戴いた見目麗しい女性だった。
「エンジェル‥‥」
 男の一人が呻き声を漏らす。
『この街での乱暴狼藉‥‥けっして許されません。武器を収めなさい』
 厳かに宣言するさくら天使。
 威光に打たれたかのように、数人の男がそれに従う。
 が、
「騙されるな! 大方、ヤツの仲間の小細工だ!!」
 リーダーらしき男が叫んだ。
 一斉に、さくらの方を向く銃口。
 内心の舌打ちを隠しつつ、天使が空に舞う。
 盲目的な狂信には、どうやら変化の術も効果が薄いようだ。
「撃て!」
 リーダーの声と共に、消音器つきの銃口が火を、噴かなかった。
 滑稽なほど軽い暴発音を立てて、何丁かの銃が爆発する。
 弾倉に火をつけられたのだ。
『口で言っても判らぬならば、その罪、自らの身体で償いなさい』
 朗々とした天使の言葉。
「ボウガンを使え」
 対するリーダー格の男も、小面憎いほど落ち着いていた。


 事務所内には、血と硝煙と焦げた匂いが立ち込めている。
 扉を破って侵入した男は、すでに床と接吻したまま動かない。
 だが、侵入者の波は途切れることを知らなかった。
 仲間の身体を踏み越え、瞳を狂信に燃やし、続々と事務所に入ってくる。
 最初はシュラインのトラップと巫の格闘戦能力によって、入り口近くで防戦していたが、じわじわと防御線は後退し、いまや入り口付近は敵の橋頭堡になってしまった。
「俺は綾ほど優しくねぇぜ! 燃えちまいな!!」
 浄化屋の言葉とともに、敵の一人が炎に包まれる。
 大気摩擦を利用して、衣服と頭髪に火を放ったのだ。
 苦しみ悶える男。
「一生、ヅラで暮らしな」
 冷たく言い放つ浄化屋。
「ここで火器なんて使わせないわよ」
 シュラインが奇妙なジェスチャーを取ると、男たちの銃口から放たれた弾丸が乾いた音をたてて床に落ちる。
 不可思議な技の使い手に、襲撃者が目を見張った。
 物理魔法と呼ばれる特殊な技能だ。
 それは、かつてこの国を守ってきた力。
 小さな島国が列強からの圧力に耐えるには、それなりの力量が必要だったのだ。
 たとえば経済力だったり、たとえば武力だったり。
 そして物理魔法もまた、そういった力の一つである。
 より正確にいうなら、得体の知れぬ技を使う一人の女を各国は怖れていた。
 薄気味悪がっていた、という表現の方が近いかもしれない。
 そして今、各国の諜報部員たちが幾度も目にした光景を、初めてハンターが目撃する。
「今度ばかりは物理魔法解禁でいくぜ。運がなかったなクソ野郎ども」
「不本意ながらね」
 好戦的な笑いを浮かべる巫と、あくまで冷静なシュライン。
 かなり奥まで侵入を許しつつも、探偵たちの戦意は衰えをみせない。
 とはいうものの、戦意が戦果に直結しないのが現実というものであろう。
 浄化屋と事務員の防御陣を突破したハンターどもが数人、子供たちへと迫る!
 と、その前に那神と草間が立ちはだかった。
 ここまで実戦に参加しなかった二人だ。
 ハンターが軽侮したとしても無理はない。
 だが、それが結局、襲撃者の命を縮める事となった。
 体落としで男の一人を引き倒した怪奇探偵が、もぎ取った銃を速射する。
 ほとんど狙いすら定めていないようだったが、数人が正確に肩口を射抜かれ横転した。
 一方、那神は敵の凶刃が間近に迫っても動かなかった。
 広刃のナイフが、絵本作家の腹部を貫く。
「何処を狙っていやがる‥‥」
 腹に響くような嘲笑は、ハンターの背後から聞こえた。
 瞬間、ごきりと嫌な音をたてて男の頸が有り得ぬ方向に曲がる。
 果たして、そのハンターは理解しえただろうか。
 自分が貫いたのは金瞳の男の残像に過ぎなかったことに。
「神とやらに飼い慣らされ、人間に飼い慣らされ、獲物を求めて這いずり回るキサマらは、まさに犬そのものだな。しかも、鎖に繋がれた飼い犬だ」
 凄まじいまでの迫力を持った笑顔で嘲弄する那神という名の男。
 一つの身体に巣くう魔性。
 いま、完全に檻から解き放たれた野生。
 思い上がったハンターどもに、鉄槌をくだすために。
 ふっと那神の姿が掻き消える。一瞬後、それは天井近くに現れていた。
 助走なしで二メートル半の距離を飛び上がったのだ。
 人間の動体視力で捉えきれるものではなかった。
「いくぜ‥‥」
 むしろ淡々と言った金瞳の男が、天井を蹴って突撃する。
 常軌を逸した速度と破壊力で。
 拳が唸りをあげ、顔面を打ち砕く。
 爪が鋭利な刃物のように喉笛を斬り裂く。
 爆発的なパワーを秘めた蹴りが、肋骨をへし折る。
 強い!
 否、強いなどという表現では、事実に追いつかない。
 南総里見八犬伝に登場する八房。地獄の番犬ケルベロス。
 伝説上の猛獣すら舌を巻くほどの危険さと獰猛さだった。
 幾度か金瞳の男の戦いぶりを見たことのあるシュラインと巫ですら、その凄絶さに視線を凍り付かせる。
 事務所内は、いまや血臭立ち込める地獄と化していた。
 と、ハンターどもがじわじわと後退を始める。
「恐れをなしやがったか‥‥?」
「そんな可愛げのある連中じゃないでしょ」
 構えを解かぬまま、浄化屋と事務員が小声で会話を交わした。
 このとき、ふたりの脳裡に去来したのは、ある危険な考えである。
 接近戦で勝利を得られないと思い知らされたハンターは、次にどういう手段を取るか。
 たとえば、事務所に爆弾を投げ込む。
 大惨事である。
 他者に知られることなく、というのが連中の条件であろうが、追い詰められたとき原則に拘りを持ち続けるだろうか?
 危険な想像は、熱雷を孕んで、弾けた。
「いけない! このままここで戦い続けたら!!」
 シュラインの叫びに、仲間たちが反応する。
 等しく同じ想像に支配されたのだ。
「那神! シュライン!」
「判ってる! 掴まれ! イーゴラ!!」
「零ちゃんはこっちへ!」
 所長の声に応じ、絵本作家がイーゴラを、事務員が零を抱えて窓から身を躍らせる。
 四階である。
 まともに考えれば怪我くらいで済みそうもない高さだが、この二人だけは大丈夫なのだ。
 超人的な運動能力と、摩擦力に干渉する物理魔法によって。
 宙を駆け、壁を走る。
 事務所に残されるのは、巫と草間だ。
 戦力は一気に半分になるが、男たちは不敵に笑う。
「初めてじゃねぇか? 武さんと肩並べて戦うのは」
「そうだったか?」
 なるべくなら最後の例にしてもらいたいものだ、と、探偵が嘯く。
 日本の平和は自衛隊なり警察なりに任せて、平穏な探偵生活を送りたい草間であった。
「もっとだ。けど、平和の夢に酔うには、まずはコイツらを片づけねぇとな!!」
 言うがはやいか、浄化屋の両手から紅蓮の焔が噴き上がる。
 それは、まるでしなやかな獣のようにハンターどもに襲いかかる。
 物理魔法の一つ、フィンガーフレアボムである。
 怯む男たちの中央部に、探偵と浄化屋が斬り込んだ。
 鍛えぬかれた二人の戦士が、士気の低下したハンターを撃ち減らしてゆく。
 そう。
 絵本作家と事務員が退去する時間を稼ぐために。


 事務所の中では激戦が展開されていたが、その外側で繰り広げられる戦いも、烈しさで劣るものではなかった。
 雨のように飛び迫るクォレルを、あるいははじき、あるいはかわし、さくらが戦う。
 問答無用に強力な術で吹き飛ばす、ということはできなかった。
 人目を避けているのは金髪の美女も同じである。
 変化しているとはいえ、不必要に目立つのはやはりまずい。
 自然、攻撃も手加減したものとなり、ハンターの姿はなかなか減らない。
 とはいえ、さくら一人で引き受けている敵は一〇名近く。
 全戦力の三割以上を釘付けにしているのだ。
 充分な戦果ということができよう。
 むろん、さくらは敵の全容を知らなかったので、満足感とは対極の位置にあったが。
「それにしても‥‥そら怖ろしいほどの粘りです‥‥」
 声に出さず呟く。
 男たちは退く事を知らないかのように、攻撃を繰り返している。
 瞳に狂信と妄執の炎を燃やし、いくつもの傷を負いながらも戦い続ける。
 正直、さくらは辟易していた。
 信仰心は人間を強くするが、同時に愚劣にもする。
 生きた例証が、この男どもだった。
「あまり長々とは付き合っていられません‥‥シュラインさまたちの様子も気になりますし‥‥」
 親友の身を案じつつ、空中を飛び回る。
 さすがに一カ所に留まっていれば、矢に貫かれてしまうからだ。
「お逝きなさい!」
 幻炎が男たちの視界を灼く。
 こうなっては、一人ひとり確実に倒していくしかない。
 そう思い定め、各個撃破の体勢に移行する。
 男たちが二、三人、立て続けに倒れ伏す。
 一時的にせよ、視力を奪われては有効な反撃もできなかった。
「あなた方に勝機はありません。武器を収めなさい」
 再三の警告。
 だが、やはりハンターたちは無視した。
 狙点すら定めずに銃とボウガンを乱射する。
 むろん、そんなものがさくらに当たるはずがない。
 全員倒さないと、この者どもを沈黙させることができないのだろうか。
 重い溜息をつく金髪の美女。
 狂信者とはそういうものであるというが、陰惨きわまりなかった。
 と、探偵事務所の窓が割れて人影が宙に躍り出す。
 はっとしたように、さくらが見遣った。
 シュラインと那神だ。
 視力の良い彼女には、抱えられているイーゴラと零の顔もはっきりと見えた。
「ご無事でしたか‥‥」
 安堵の息が漏れる。
 その時だった。
 流れ矢の形をした運命が、金瞳の男の間近に迫ったのは。
 狙って撃たれたものなら、あるいは彼が地に足をつけていたなら、回避はさほど困難なことではなかっただろう。
「ち!」
 舌打ちとともに左手でイーゴラを庇う金瞳の男。
 回避不可能と悟り、自らの掌を盾として利用したのだ。
 信じられない剛胆さだった。
 だが、弾丸並みの速度で射出された矢は、一本の手で支えるには荷が勝ちすぎただろう。
「ぐ‥‥」
 掌を貫き、幾分か勢いを削がれつつもイーゴラの身体に突き立つクォレル。
 銀の鏃。
 獣人にとっては、毒刃に等しい危険な金属。
「ぁぁぁぁああああ!!!!!」
 少年の悲痛な声が、深夜の路上に木霊した。


 そこから先の情景を、シュラインはあまり憶えていない。
 那神という名の男の叫び。
 さくらの怒り。
 千切れ飛び肉片と化すハンターども身体。
 内部の敵を一掃した浄化屋と怪奇探偵が、決死の覚悟で仲間の暴走を押しとどめる。
 それらのことを青い瞳に映しながら、彼女は立ち竦んでいた。
 戦場の片隅に、静かに横たわる少年の姿。
 少しだけはにかみ屋の少年。
 不器用な手つきで家事を手伝ってくれた少年。
 甘えるように草間の膝で眠った少年。
 もうけっして、笑顔を浮かべることのない‥‥少年の遺体。
 零が白い指でシュラインの頬を拭った。
 それによって、彼女は自分が泣いていることを知った。
 雫の形をした感情が、アスファルトにこぼれ落ちていた。
「放せカンナギ! こいつらを皆殺しにして、イーゴラの魂に詫びを入らさせてやる!!」
「もう誰も生きてねぇ! 落ち着きやがれ!!」
 血涙を流し荒ぶる金瞳の男を、巫が叱りつけている。
 ただ、叱る方も自分の感情を持てあましているのは、明白だった。
「草間さま‥‥」
 変化を解いたさくらが、ゆっくりと口を開いた。
「落ち着いたか‥‥?」
 怪奇探偵が羽交い締めにしていた腕を放す。
 激情の余波を受け、擦過傷と打撲傷で全身を化粧されていた。
「‥‥申し訳ありません‥‥」
「いや‥‥気にすんな」
 言い置いて、イーゴラへと歩を進める。
 無機質なアスファルトの上に、いつまでも寝かせておくのは、あまり不憫だ。
「‥‥せめて遺骨だけでも、セルビアに帰してやるからな‥‥」
 むしろ淡々とした呟き。
 仮面で心を鎧っていることは、誰の目にも明らかだった。
 少しだけ落ち着きを取り戻した金瞳の近づく。
「巻き込んでしまってごめんなさい‥‥それが、最後の言葉だったぜ‥‥」
 左手から流れる血を気にもせず、イーゴラの言葉を伝える。
 そう、彼らは巻き込まれただけだ。
 何も知らなければ、こんな思いをしなくて済んだのだ。
「‥‥シュライン」
 探偵が、恋人でもあり助手でもある女性に声をかける。
「シュライン。いま口座に、どのくらいの資金がある? うちの事務所」
「え‥‥? 二千万円ちょっとだけど‥‥」
「明日‥‥いや、もう今日だな。全部おろしてきてくれ‥‥」
 突然の言葉に事務員が息を呑む。
 イーゴラの葬式を出し、男どもの死体を片付けたとしても、それほどの金額は必要としない。
「武彦さん‥‥」
「俺が依頼人だ。ヤツらの足取りを追い、叩き潰してやる」
 静かに言い放つ。
 まるで、穏やかに流れる川面の下で激流が渦を巻いているようだった。
「‥‥俺も一枚噛ませろ‥‥クサマ」
「ヤツらの踏んだ地面ごと、火焔地獄に叩き落としてやる‥‥」
 那神に続いて、巫が猛々しい冷静さで宣告を下した。
 一言の遺漏すらなく実行してやるつもりだった。
 そのくらいせねば、弟のような存在のイーゴラに申し訳が立たない。
 無言のまま、さくらが視線を動かす。
 置き忘れられたような風呂敷包み。
 イーゴラに食べさせるための唐揚げ。
 それは、もう冷め切っていることだろう。
 緑色の瞳から溢れた涙が一滴、頬を伝った。




                         終わり


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0374/ 那神・化楽    /男  / 34 / 絵本作家
  (ながみ・けらく)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせしました。
「闇を狩るもの」お届けいたします。
さて、今回は悲劇の回でした。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。



☆お知らせ☆
10月17日(木)21日(月)24日(木)の新作アップは、著者、私事都合およびMT13執筆のため、お休みいたします。
ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。