コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


竜神を救え!

-----<オープニング>--------------------------------------
少女は、巫女装束のままだった。
息せき切って、ここに飛び込んで来たのである。
零に言って、冷たいお茶を持って来てもらい、ひとまず草間は煙草に火をつけた。
「それで、今回の依頼って言うのは・・・」
「はい・・・、竜神様の救出なんです」
少女――――水無月果林(みなづき かりん)は、グラスを置いて、必死の形相でそう告げた。
「りゅ、竜神様の救出?!」
さすがの草間も、思わず身を乗り出す。
「何だって一体、竜神様を救出するなんてことになったんだ?」
「それは・・・」
果林は、悲しそうに話を始めた。
元々、果林の家は、小さな神社であった。
そこに祀られているのは白い竜で、厄除けの神だという。
しかし、長年人の厄を祓い続けた竜神が、その厄を自身に引き受け過ぎたために、厄に取り込まれてしまったのだ。
「水無月神社の竜神様は、本当に若い竜なのです。それなのに、その厄を懸命に祓って下さっていました・・・ですから、その厄に取り込まれた竜神様を、どうか、元通りにして差し上げて欲しいのです!!」
「事情は分かった。で、具体的にはどうすればいいんだ?」
果林は、懐から、袱紗に包まれた珠を取り出した。
「これは、竜神様からお預かりしている竜珠です。これを使って、竜神様を正気に戻して欲しいのです」
「使うったって、どうやるんだ?」
「まず、お使いになる方が、竜珠に波長を合わせます。これは、竜珠を手にお持ちになれば自然と出来るはずです。竜珠の力を使えるのは一度きりです。竜神様が弱ったところで、私の父がすべての厄を祓います。危険なことですが、もうそれしか方法がありません」
「ひとつ訊きたいんだが」
草間は、ため息と共にそう言った。
果林が頷く。
「普通の人間の攻撃が、その竜神様にも効くのか?」
「はい。竜神様と言えど、生身の身体はございますから」
「・・・分かった」
竜珠を、草間は受け取った。
「依頼を受けるよ」
「あ、ありがとうございます!!」
果林の目に涙が浮かぶ。
「それでは、明日、境内にてお待ちしています!!」
深々と頭を下げ、果林は帰って行った。
草間は手の中の竜珠を見つめ、それから、所内を振り返った。
「おーい、誰か、戦闘に自信のある人間はいないか?」
何人かが頷く。
草間は彼らに竜珠を渡し、ひとつだけ言った。
「くれぐれも、神社を壊さないようにな」


〜境内にて〜

翌朝。
風も冷ややかな、澄んだ空気の神聖な場所――――水無月神社の境内には、四人の人間が現れた。
最初に現れたのは、天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)である。
居ずまいをただし、凛とした表情で佇む彼女は、普段のおっとりした感じとは随分と印象が違う。
それもそのはず、彼女にとって、今日の依頼は大事なものであるからだった。
まっすぐな黒髪をうなじで束ね、着慣れている欅がけの巫女装束で、戦いに臨む。
真っ赤な袴と真っ白な小袖が、朝の霧の中でひときわ鮮やかに浮かび上がっていた。
その手には、実家の神社の御神刀『神斬』、懐には、『妖斬鋼糸』を持っている。
『妖斬鋼糸』とは、神鉄製の鋼糸で、極細・丈夫・柔軟、そして霊力を通わすと結界用術具にもなる彼女の武器である。
そのすぐ後に、朝の静けさを一刀両断にするような快音を響かせて、花房翠(はなぶさ・すい)が到着した。
バイクを神社の入り口、鳥居のすぐ横に停め、厳しい顔で地面に降り立つ。
正直、彼は、今回の依頼にどれだけ自分の力が発揮できるか、疑問を感じていた。
フリーのジャーナリストとして草間に情報の提供をしに寄ったところで、昨日の場面に出くわしたのだ。
元々、人や物から発する念を読みとることができる能力――――サイコメトリーはあるが、自分自身に攻撃の力がある訳ではないからだ。
それでも、草間が所内に声をかけた時、思わず頷いてしまった。
なぜなら、彼には守りたい人がいるからである。
短い黒髪に手をやり、彼は鳥居を見上げる。
スリムな全身に緊張感をまとい、その鳥居をくぐった。
「俺は、俺に、やれるだけのことを、やるさ」
そう、つぶやいて。
その彼のすぐ後に、鳥居の近くの木々の間から、ふわりと飛び降りた者がいた。
「えっと、ここ、かな?」
彼の名は、卯月智哉(うづき・ともや)。
実は、人間ではない。
古木の精である。
だが、その外見はどう見ても16歳の少年の姿であった。
よく見ると、瞳がきれいな緑色なのだが、カラーのコンタクトと間違われることも昨今では珍しくない。
そのおかげで、彼が古木の精であることが他の人にばれなくて済んでいる面もなきにしもあらずではあるが。
さすがに1000年も生きているだけあって、外見とは裏腹にひどく落ち着いている。
全身に漂う神気は、彼をすっきりした印象に見せている。
また、涼しげで穏やかな表情は、見るものを安心させるのであった。
今日は、神社の竜神様の件だから、主(本体の杉の木)に行け、と言われたのだった。
それでも、竜神が若い竜だということで、彼は知り合いになれるかも知れない、という期待を胸に、今日の戦いに参加する気になったのであった。
「殴って目を覚まさせる、みたいなことは苦手なんだけど、しょうがない」
少し肩をすくめて、彼は周りの木々を見上げた。
「力を貸してくれるかな?今日、僕が使う力は、キミたちの主を助けることになると思うんだ」
木々たちは力強くざわめき、智哉の台詞に精一杯の返事をした。
満足そうに頷いて、彼は境内に歩き出す。
最後に到着したのは、来生十四郎(きすぎ・としろう)である。
相変わらず、ぼさぼさの髪と常に汚いジーパンとシャツ姿である。
その見た目に騙されそうになるが、眼光の鋭さに気付いた者は、一種の畏怖を抱くだろう。
だが、基本的には楽天家で、何かあっても何とかなるだろう、くらいにしか思っていない。
昨日も、たまたま、暇に開かせて、草間をからかいに興信所に寄っただけだった。
依頼書の山に埋もれて窒息寸前の草間に、スパイスの効いた嫌味と皮肉の嵐を浴びせ、その矢先に舞い込んで来た依頼であった。
「竜と喧嘩か。そんなの、滅多に経験できねえよな」
先刻の3名とは逆に、どこか楽しげな雰囲気を漂わせ、彼はジーパンのポケットから手を引き出した。
彼は、ゴシップやスキャンダル、風俗記事やオカルト記事など、あやしげな特集ばかりを集めた弱小三流雑誌「週間民衆」の記者兼ライターである。
いつもネタを求めて歩き回っているが、怪しげなネタというのはそうたくさんは転がっていない。
だが、草間のところには山のように転がっているのだ。
そのため、よくネタをたかりに行くのである。
しかし、今回はネタをたかりに行った訳ではなく、草間をからかいに行ったのだが。
「人間、望まない時にこそ、イイもんが手に入るってことだよな」
もっともらしくそんなことを述べ、彼は足音高く境内へと歩き出した。
そこには、既に5名の人物が待ち受けていた。
「みなさま、本日はありがとうございました」
水無月果林が丁寧に頭を下げる。
その傍ら、細い目に優しげな顔の男性がいた。
「みなさま、おはようございます。当水無月神社の神主をしております、水無月柳曾(みなづき・りゅうそう)と申します。本日は朝早くから、当神社の竜神様、飛湧(ひゆう)様のためにお集まり下さいまして、誠に感謝しております。何とぞ、お力をお貸し下さい」
柳曾は丁寧に頭を下げた。
それを見、撫子は強く頷いて言った。
「同じく神社に縁のあるわたくしとしましては、このような悲しいことは見過ごす訳には参りませんわ。必ず、飛湧様をお助け致します。ご安心なさって下さいませ!」
「撫子さん・・・」
果林はまたも、涙ぐむ。
「ありがとうございます・・・本当に・・・」
「気にするなって。困った時は、お互い様だ」
翠が、元気付けるように果林に言う。
物言いは乱暴に聞こえるが、その声には優しさが滲み出ていた。
「で?竜神様ってのは、どこにいるんだ?」
早くも、急かすように十四郎は周りを見回す。
柳曾が表情を引き締め、先に立って歩き出した。
「こちらです」
神社の裏手に続く小道へと、柳曾は進む。


〜決戦の場〜

朝の日差しをすべて葉陰に追いやって、薄暗いその道の終わりに小さな祠があった。
一瞬、撫子が険しい表情をした。
「この祠に飛湧様がいらっしゃるのですね?」
「そうです」
撫子は、全身を締め付けるような禍々しい気に細い眉をひそめた。
既にただならぬ状況のようだ。
柳曾はひとつ息を深く吸うと、四人に向かって言った。
「これから、私はこの祠の結界を解きます。飛湧様の御力は強大で、すぐにでもこの祠から飛び出していらっしゃるでしょう。飛湧様のご神力は、炎、水、土に属するもので、その御力を発動させる際には必ず全身からオーラが噴き出します。その数秒後に、口からその御力を吐き出すのです。それはおそらく避けられません。ですが、私と果林で、みなさまをお守りする結界を作ります。みなさまはその瞬間、竜珠をお使いになるかならないかお決め下さい。そして、使う時には、その竜珠を左手で持ち、手のひらに包み込むようにしながら、竜珠の力の発動を想像して下さい。それが竜珠に伝わった時、その想像通りの力が具現化するでしょう――――準備はよろしいですか?」
「いいぜ」
十四郎が薄く笑う。
他の三人も頷いた。
柳曾が、低い声で何かを唱え始めた。
祠を覆っていた膜のようなものが、その声に反応して徐々に膨らんでいく。
「な、なんだ、あれは・・・」
翠が目を細めてその様子を見やった。
その視線の先に、ゆらゆらと陽炎のような姿が浮かび上がっていく。
やがて、柳曾の声を揶揄するように、陽炎が形を取り出した。
体長は10メートルほどはあろうか、真っ白く、輝く鱗に包まれた特別な存在が、祠を弾き飛ばして天に駆け上っていく!
『誰だ、私をこのような狭いところに押し込めたのは・・・!!』
心臓を鷲掴みにされるような地の底から響く声に、思わず智哉は耳をふさいだ。
「直接、頭の中に話しかけてくる・・・!!」
『愚かなる人間ども・・・我の自由を奪い、その上、我を殺そうというのか』
「どうか、目をお覚まし下さいませ!飛湧様!!」
しかし、飛湧は、撫子の必死の言葉にも心を揺らそうとはしない。
「仕方ねえな、これは・・・先に行くぜ!」
不敵な笑みを浮かべて、十四郎は言う。
不意をついて飛湧の足元に滑り込み、その柔らかい腹に二、三発、自慢の拳を叩き込んだ。
それを見、すかさず柳曾が榊の枝を手に、結界を張る言葉を口にした。
「天薙撫子、参ります!!」
御神刀『神斬』を手に、撫子も走り出す。
その刀身が鋭くきらめいた。
一番近く、そしてダメージを与えられそうなその腹に、彼女は全身の気をこめて『神斬』を振り下ろした。
ダイヤモンドを弾いたような澄んだ音がして、『神斬』は弾き返された。
しかし、そこにはうっすらと一文字の傷が出来ている。
「おい、お嬢さん、むやみやたらと攻撃するなよ!!」
撫子のすぐ近くから十四郎の声が飛んで来た。
「竜にはな、触れちゃいけねえ、『逆鱗』ってもんがあるんだ。そいつの場所はわからねえが、振り下ろす場所に変な鱗がないかどうか、確認してくれよ!」
「はい!!ご忠告、ありがとうございます!!」
その時だった。
不意に風が変わったのだ。
「来る!!」
智哉の叫びに、撫子と十四郎は一旦退いた。
その智哉の手には『大地の珠』があった。
握り締めた途端、ゴオウ、という音がして、嵐のような風が智哉を守るように取り巻いた。
その風に包まれた時、智哉の視線が飛湧を鋭く射抜いた。
飛湧を覆う真っ白なオーラが瞬時に蒼くなり、竜巻を起こして周りの木々を根こそぎ天へと持って行く。
凄まじい風の氾濫に、四人は顔を守るように両腕で覆った。
ドゴオン、という不吉な轟音と共に、飛湧の神力は放たれた。
それと同時に、智哉の力も発動した。
「地よ、我を助けよ!『大地の憂える声』!!」
地響きと共に、無数の植物の根が飛湧に向かって飛んで行く。
飛湧の真っ白な全身を絡みとり、飛湧の動きが鈍くなった。
ボコボコボコ、と音がして、他の木々の根が辺りに被害が及ばぬよう、網のようになり壁を作る。
「今だ!!」
翠と十四郎が飛湧に向かって走った。
十四郎が瞬時に背後に回る。
翠はスライディングの要領で腹の下にもぐり、ありったけの力でパンチを無数に繰り出した。
十四郎が竜の尾を反動の効いた一撃で蹴り上げ、そこに肘鉄を食らわしていく。
飛湧が放った力は「水」の力であった。
「水」の力は「大地」の力に弱い。
弾き返されただけでなく、植物の根が全身に細かい傷を作り、そこから血が流れ出していた。
『おのれ・・・こしゃくな・・・』
ふらりと、飛湧の身体が一瞬揺れた。
体勢を立て直すと同時に、飛湧が大きく息を吸い込んだ。
第二波の緋色のオーラが、辺り一面に津波のように広がった。
「は、速い!!」
十四郎はとっさに数メートル飛びのいた。
翠も背中側に抜け、かなりの距離を取った。
ゴオオオオオオ、とその口から炎の濁流が彼らめがけて放たれた。
「きゃあああー!!」
撫子が顔を覆って叫ぶ。
その前に柳曾が立ちはだかり、榊を手に結界を強化した。
智哉は高い木に飛び、その炎の猛攻から逃れ出でた。
果林も翠と十四郎の側で、結界を全身で維持していた。
しかし、その炎が去った途端、柳曾と果林は地面にくず折れた。
「柳曾さん!!果林さん!!」
思わず撫子が駆け寄る。
二人はぐったりとしたまま、滝のような汗を流して倒れ込んだ。
「申し訳ない・・・次の攻撃は・・・」
「無理することはないよ」
智哉が静かに、だが力強く言った。
「だって、次が最後の攻撃なんでしょう?他の三人は、まだ竜珠の力を使っていないから」
「やっぱりトドメで使うべきだろうよ」
にや、と十四郎は笑った。
それは、こけた頬に浮かべた、自信に満ちた鋭利なナイフの笑みだった。
翠も父娘を振り返った。
「行くぜ、最後の一撃!」
四人は前方を見晴るかした。
飛湧はまたしても体勢を立て直し、最後の攻撃に入ろうとしている。
『おぬしたちも終わりだ・・・』
飛湧の直接的な声が脳にガンガンと響く。
『我にはまだ力が残っておるのだ・・・覚悟をするのだな・・・』
余裕の台詞に、翠の勇ましい声が応えた。
「こっちにも力は残ってる。勝負だ、竜神!!」
『望むところだ』
飛湧は、最後のブレスを周りを真空にする勢いで吸い込んだ。
木々がその風になぎ倒される。

四人は最後の攻勢に、ぎり、と竜神を睨み据えた。
オーラの色が変わった。
今まで白かったオーラが黄金に輝き、最後の神力、「大地」の力を吐き出そうとしている。
「炎よ、我に力を!!」
翠が、左手の『炎の珠』にすべての念を叩きつける。
撫子が、『水の珠』を左手に、右手に『神斬』を持ち、一心に祈りをこめた。
そして十四郎は、左手の『大地の珠』に、一切の力を封じ込めた。
その瞬間。
飛湧が一気に『大地の神力』を呼気に通わせ、四人の命灯を吹き消すべく、爆音と同時に吐き出す。
ほぼ同時に、四人の攻撃が始まった!!
「食らえーーーーーーー!!必殺ーっ、ファイヤークロー!!」
翠の両手から巨大な炎の奔流が現れた。
それは一瞬にして緋の狼の形になり、あっという間に天空を駆けていく。
周りの木々は瞬く間に炭に代わり、空気すら焦がして、飛湧めがけて炎狼は襲い掛かった。
「水よ!我に力を!水龍撃ーーーーーーっ!!!!」
天から地に豪快に振り下ろされた撫子の『神斬』から、爆音がとどろいた。
地を裂いて噴き上げる水流と共に、激しく光がスパークする。
霊気をまとった雪崩のような水の塊は、大きな蛇の姿に変わって、飛湧に喰らいついていった。
「俺の出番だな」
ぎらぎらする眼光をそのまま竜珠に向け、十四郎は左手に力をこめた。
「飛湧、トドメだーーーーーっ!!」
大地が割れた。
そこから強烈な土砕流が天高く貫いた。
それはそのまま大きな獅子になり、飛湧の喉首に牙を剥いた。
飛湧の大地の神力は、そのまま、四人に襲い掛かった。
全員が神社の入り口まで弾き飛ばされ、鳥居に叩きつけられる。
「ぐはっ・・・」
「うぐ・・・」
あまりの激痛に、四人はその場に崩れ落ちた。
しかし、飛湧もただでは済まなかった。
巨大な白い体がぐらりと傾いだ。
それを見て取り、同じく吹き飛ばされた柳曾が渾身の力を振り絞って立ち上がったのだ。
「お、目覚めくださ、い・・・竜神よーーーーーーっ!!」
榊の新緑の葉が舞い狂った。
その中心で、血まみれの柳曾が一心に祈りを唱えていく。
柳曾の立つ地面があわ立ち、うねりのような地響きがした。
『な、何だと・・・!!』
「竜神、飛湧様、どうか、どうか、お目覚め下さいーーーー!!」
――――光が弾けた。
豪音が響き、辺り一体が白い光に包まれた。
激しい悲鳴と共に、飛湧の白磁の身体から無数の霊体が天へと散っていく。
おおおおおお、という嘆きのうめきが、少しずつ少しずつ、薄れていった。
撫子が、晴れた霧の向こうに何かを見つけた。
よろよろと立ち上がり、その塊に近寄る。
「・・・人?」
それは、真っ白い装束を身に付けた人であった。
全身傷だらけで、気を失っているようだ。
「それは、飛湧様だよ」
果林に支えられた柳曾が、撫子に告げた。
「飛湧様、なのですか・・・?」
「ああ。飛湧様が人の形を取られたお姿なのだよ」
飛湧の身体が、わずかに動いた。
思わず撫子が手を貸して起こした。
「こ、ここは・・・」
「飛湧様・・・」
「柳曾、ここは、境内か?」
「はい」
どうやら、飛湧は記憶がなくなっているようだった。
かいつまんで、柳曾は事の次第を話す。
見る見るうちに青ざめ、飛湧はその場にいた者たちに深々と頭を下げた。
「勇気ある者たちよ、我の未熟ゆえに犯した過ち、どうか赦してくれ」
「頭を上げて下さい、竜神様」
撫子は、自らの怪我を隠すようにしながら、飛湧に微笑む。
痛む傷を押さえながら、智哉が飛湧に近付いた。
「過ちは、誰にでもあるものだし」
「しかし・・・」
その時飛湧は、彼らの手に自分の力が残っているのを感じた。
柳曾を振り返る。
「あの竜珠を、彼らに?」
「はい。やむなく、そうさせて頂きました」
「そうか・・・」
飛湧は、彼らにこう言った。
「その竜珠、もし必要であれば、我より切り離しておぬしたちに差し上げよう。おぬしたちに属するものになるゆえ、身体にアザが残るが」
十四郎は竜珠を飛湧に渡した。
「俺はいらない。だが、今回のことをネタに書かせて欲しいんだが」
「・・・それも良かろう。此度のこと、我も悔いた。肝に銘じ、焦らず、ゆるりとこの世の浄化に務めていこうぞ。他の者たちはいかがする」
「わたくしは、ありがたく頂戴致します」
撫子は、両手の中の竜珠を大事そうに包み込んだ。
それに片手をかざし、飛湧はその竜珠の力を撫子に向けた。
まばゆい蒼の光は、撫子の左の肩口に吸い込まれるようにして消えていった。
そこには、小さな、天に向かって駆け上る竜の姿のアザがあった。
「俺ももらうぜ」
翠も、頷く。
彼の炎の珠は、鮮やかな紅の軌跡を描いて、右胸の位置に安住の地を得た。
「僕も頂こうかな」
智哉は竜珠を見つめ、そう言った。
彼の大地の珠は、黄金の矢のように左肩を貫いて消えた。
「おぬしたちの力は、おぬしたちの心の強さに比例する。おぬしたちが、心からその力を正しいことに使おうとした時、必ず巨大な力を発揮するであろう。しかし、おぬしたちの心、悪しき色に染まった時、そのアザは消え、その力、永久に失われる。忘れるでないぞ」
三人は頷いた。
それを見やり、飛湧は少しだけ笑みを見せた。
そして、天を仰ぎ、すうっと息を吸う。
すると、その身体が宙に透け、あっという間に先程の竜の姿になった。
『礼を言う、勇気ある者たちよ。おぬしたちの清き魂が、我を救い、目覚めさせたのだ』
また深く頭を下げ、そして、飛湧は消えていった。
それを見て、柳曾はほっと息をついた。
「これでまた、この地に平安が訪れます・・・ありがとうございました、みなさん」
「ありがとうございました」
父娘は、彼らに何度も礼を言った。
それを胸に、傷だらけの身体を抱えて、四人はそれぞれの住む町へ帰って行ったのだった。

〜秋の余興〜

赤と黄色の木々の葉が、ひらひらと涼やかな風に舞う、秋の一日。
四人は再び、水無月神社に足を運んだ。
撫子のたっての願いで、秋の茶会が催されることになったのだ。
特別に結界を敷いた上で、飛湧も人型を取り、茶会に参加することになった。
「本日は、とてもおいしい中国茶が手に入りましたので、月餅と共に持って参りました」
手際よく、撫子が全員分のお茶を淹れていく。
中国茶特有の小さな茶器で、ずずず、と十四郎が茶をすすった。
「竜神様よ、ここんとこ、この神社、人が大勢来てるらしいじゃねえか」
「そうなのだ。おぬしの書いた記事によるらしい」
「ああ、あれは売れた。滅多に出来ねえケンカだったからな」
「俺も読んだぜ」
翠も頷く。
「ルポの出来としては最高だったな」
「まあな」
その隣りで、撫子と果林が、紅葉を眺めながらゆったりと白茶の香りを楽しんでいた。
「秋ですわね」
「そうですねえ」
はらはらと、色とりどりの葉が落ちて来る。
人間の醜い感情も、ここにはない。
あるのはただ、静かな時の流れと、澄み切った秋の清々しい空気だけ、であった――――


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/ 女 /18/ 大学生(巫女)】
【0516 / 卯月・智哉(うづき・ともや)/ 男 /240/ 古木の精】
【0883 / 来生・十四郎(きすぎ・としろう)/ 男 /28/ 雑誌記者】
【0523 / 花房・翠(はなぶさ・すい)/ 男 /20/ フリージャーナリスト】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせしました!
ライターの藤沢麗(ふじさわ・れい)です。

バトル全開の、今回の依頼、ご参加ありがとうございました!
竜神様は、見事正気に戻られました。
依頼完遂、おめでとうございます。

来生さん、初めまして。
今回、恐らく一番活躍されているかも知れません。
というのも、竜珠を使わないタイミングの攻撃方法を、かなり細かく描かれていらしたのが来生さんでしたので、ガンガン戦って頂きました(笑)。
戦いモノは、結構好きですので、ぜひ次回は、その破壊力を披露していただけたら、と思います。

それでは、また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。