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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


エンド・オブ・ワールド
▼終わりの始まり

「…あの、編集長?」

 控えめな部下の声で、碇麗香(いかり・れいか)は顔をあげた。
「なに、三下君…頼んでた原稿が出来あがったの?」
「それはまだですけど…お客さんですよ」
 慌てる三下の指し示す方向には、見覚えのある服を着た少女が立っている。
(あら…あれは)
 麗香の母校、セント・ジョルジュワード女学院の制服に間違いがなかった。
 モスグリーンのブレザーに、紺色のネクタイ。
 胸元には、十字架とステンドグラスをあしらったエンブレム。

 少女を奥の応接間に通すと、麗香は人払いをした。
「はじめまして。セント・ジョルジュワード女学院の、四方聖(よも・ひじり)と申します」
「用件はわかってるわ。これね?」
 胸元から、今朝、編集部に届いていた白い封筒を取り出してみせると、聖はコクリとうなずいた。
 その封筒は、OBに毎年送られてくる学園祭の開催案内である。
 ただし、今年は少しばかり勝手が違っていた。
「『終わる世界』――この呪われた芝居をやるんですって?」
「はい」
 詰問口調の麗香にも臆することなく、聖はまっすぐにその目を見ていた。
 『終わる世界』とは、麗香が1年生だった頃に、当時の演劇部員が創った演劇のタイトルである。
 麗香の記憶によれば、1週間後に終焉を迎える異世界【イセルハーサ】で、主人公の少女が自立していくというストーリーだったはずだ。
 だが、この芝居は呪われていると言われるようになった。 
 なぜならば、主役を演じた少女が、芝居のラストで本当に死んでしまったからだ。
 原因不明の謎の死。
 その3年後、再び演じられた『終わる世界』で、またもや主人公の少女が死んでからは、永久にこの芝居は封印される――そう聞いていた。
「はじめに死んだのは、私の姉でした。姉に報いるためにも、なんとしてでも成功させたいんです」
「主役を演じれば、死ぬかもしれないのよ?」
 それは決して、脅しではない。
 だが、聖の決心は揺るがなかった。
「主役を演じるのは私です。死ぬのが怖くないと言ったら嘘になります――だから碇先輩、この芝居の呪いを解くのに、協力していただけませんか?」
「――わかったわ」
 知り合いには、そういう方面に詳しい者が何人かいる。彼らに頼めば、きっとなんとかしてくれるだろう。
 それに、若き日の麗香にとって、目の前で先輩の死を目撃したことは、少なからず衝撃的だった。
 今でも、鮮明に覚えているほどに。

 
▼悲劇の舞台

 広大な敷地の中央に、ヨーロッパに在りそうなの聖堂風の建物が建っている。
 それが校舎で、他にも博物館か美術館のような外観の図書館棟、オペラホールのような堂々たる造りの体育館、OBの結婚式を行うこともあるチャペルなどを同じ敷地に構える、この東京にあって屈指の規模を誇る学校――それがセント・ジョルジュワード女学院だ。
 その巨大な校門の前に、ひとりの少女が佇んでいた。
 腰ほどもある柔らかな亜麻色の髪に、上品な臙脂色のリボンがよく似合う。
 都内の名門校の制服のスカートが秋風に揺らされて、少女は鬱陶しそうにそれを抑えた。
「まったくもう、やんなっちゃう…」
 さらには自慢のウェーブヘアも台無しで、ここに来るまでの間に、だいぶ機嫌が斜めに傾いてしまった。
 手にした茶色の学生カバンを抱え直し、少女は改めて学院の建物を仰ぎ見る。その時、ちょうど校舎のほうからこちらに向かってくる人影が目に入った。
 栗色のボブカットの少女が、肩の辺りで小さく手を振りながら、
「久喜坂さん――」
 と、少女の名を呼ぶ。
「咲ちゃんって呼んでって言ったでしょう、聖ちゃん?」
 やっと知り合いに出会え安堵したような笑顔を浮かべながら、久喜坂咲(くきざか・さき)は校門に駆け寄った。 
 四方聖(よも・ひじり)は、校門の隅のほうにある通用口を開けると、咲を学院に招き入れる。
「来てくれてありがとう、咲ちゃん」
「ううん。私こそ、無理言っちゃってごめんね」
 互いの両手を握りあい、少女達は微笑みを交わした。

 咲は、高校で演劇部に所属している関係で、以前から聖とは顔見知りだった。
 演劇コンクールで知り合って、学校同士の合同練習を何度かしたことがある。中でも、咲と聖は不思議とウマが合った。 
 そのため、今回の話を碇麗香から聞いて、いても立ってもいられずに駆けつけたのである。
 
 練習場となっている体育館までの道を並んで歩きながら、咲は聖の様子を窺った。
 いわく付きの芝居を演るといっても、別段変わった風ではない。
「ねぇ聖ちゃん。アレ演るって本当なの?この前のコンクールの時に、噂で聞いたんだけど…」
 問うと、彼女よりも少し背の高い咲を見上げるようにして、聖は顔を上げた。
「うん、そうなの」
 その顔に翳りはない。おそらくは、亡くなってしまった姉のため…と必死になっているのだろう。
「今年で最後だから…」
 咲と同じ学年の聖は、この秋の学園祭を最後に、セント・ジョルジュワードの舞台に立つことは二度とない。
「…ひとつだけお願いがあるんだけど、頼まれてくれない?」
「なにかしら?」  
 パチンとウィンクを一つして、咲は聖の肩に手を置いた。聖は目を丸くして、咲の言葉を待っている。
 なにか聖の役に立てればと思い、今日はわざわざ此処に足を運んだのだ。
「あのね…できたら客演って言う形で、私もお芝居に出演させて欲しいの」
「でも…」
 さすがに困惑したような表情を浮かべる聖に、咲はガックリと肩を落とす。
「…駄目?」
 上演中に近くにいれば、万が一何かあったときに自分がすぐに対応できるから――我ながら名案だし、これは、当日一緒に護衛をするはずの月刊アトラスからのメンバー、シュライン・エマ、砂山優姫(さやま・ゆうき)、神楽弥琴(かぐら・みこと)の誰にもできないことだ。
 しばらく聖はあごに細い指を当てて考え込んでいたが、みんなに聞いてみてから、ということで了承を得ることができた。
 どんな役でも良い。それが叶わないなら、裏方でも構わない。
 大切な友達――咲がそう思っているだけかもしれないけれど、聖をなんとかして助けてあげたかった。  


▼残留思念

 久喜坂咲(くきざか・さき)が、セント・ジョルジュワードの演劇部に合流して練習を開始してから2日後。
「じゃあ、15分間休憩しましょうか!」
 部長の一声に、小さな歓声が上がった。本番間近ということで、非常に緊迫した雰囲気の中で練習が進められている。休憩は、部員達にとってかけがえのないオアシスなのだ。
 すっかり部の雰囲気にとけ込んだ咲が聖の姿を探していると、彼女は体育館の入り口で、見たことのない少女と話し込んでいた。
 珍しい銀色の髪を二つに結い、身につけたいわゆるゴスロリ系の服がよく似合う、美少女だった。
「咲ちゃん、ちょっといい…?」
 主人公キュロの衣装――【イセルハーサ】中を旅して回るという設定のため、かなりの軽装である――を身につけたまま手招きする聖に、咲は小走りに駆け寄った。
「こちら、碇先輩の紹介で来て下さった神楽弥琴(かぐら・みこと)さん。舞台の様子が見たいって…」
 弥琴は大きな瞳で興味深そうに体育館を見回してから、咲にペコリと頭を下げた。
「はじめまして!一緒に調査、頑張りましょう?」
「こちらこそ!私は久喜坂咲。咲ちゃんって呼んでくれていいからね」
 がっちり握手を交わし、2人は体育館の隅へと移動する。聖は部長と打ち合わせがあると言って、舞台袖へ向かった。
「それじゃあ、途中経過を報告しましょうか。まずは、弥琴ちゃんからどうぞ」
 ちょうどいい具合に近くにあったパイプ椅子に座り、咲が弥琴を促す。弥琴は持っていたバイオリン・ケースを床に置くと、指を折って話し出した。
「えーと…まず、弥琴の他にもシュライン・エマさんと砂山優姫(さやま・ゆうき)さんっていう人たちが調査してて」
 どちらも、咲は聞いたことのない名前である。
「シュラインさんは、脚本が書かれたときに魔術書なんかが参考にされたんじゃないかって、調べてるの。砂山さんは、OBの人に話を聞いて回ってるって」 
「なるほど…それで弥琴ちゃんは、実際に聖ちゃんのお姉さんの望さんがなくなった場所を見に来たってわけね」
 弾かれた咲の指が、パチンと軽快な音をたてた。
 弥琴は大きく頷いて、それからまじまじと咲の姿を凝視する。
「そういう…咲ちゃん?…は、何をしているの?」
 ぐっ、と喉を詰まらせて、大げさにのけぞってみせる咲。
 本当だったら、『終わる世界』の劇にキャストの1人として出してもらうのだが、本番1週間前では、さすがにそれは無理だったのだ。 
「…裏方だけど、特殊効果を担当させてもらってるの」
 苦笑いを浮かべる咲に、弥琴は首を傾げた。
「特殊効果?」
「そう。ラストシーンで雪が降るんだけど、紙吹雪で作った雪を降らせたりするのよ」
「ふーん…面白そうだわ♪」
 幼い頃からバイオリニストとして海外を巡っている弥琴は、バイオリンの都合で学校行事に参加できないことが多々あった。
 そのため、このような芝居に携わった経験がない。どんな仕事でも、新鮮に映る。
「一緒に練習を始めてから、何かおかしなことはあったの?」
 キョロキョロと体育館内を見回しながら、弥琴が問う。もっぱら興味の対象となっているのは、舞台の上のセットのようだ。
「何も。霊的なものが残っていれば、私が感じることができると思うんだけど――」
 鎌倉に居を置く陰陽師の家系に生まれた咲には、生まれながらにして霊能力が身に付いている。
 だが、この体育館からは何も感じることができないのだ。
 同じく霊能力を持つ弥琴も、舞台のあたりに意識を集中させてみるが、やはり同様に何も感じることはできなかった。
「うーん、おかしいなぁ…」
 呪いで死んだとなれば、絶対に思念が残っているはずだと思ったのだ。
「変わったことと言えばね」
 スッと咲は身をかがめ、弥琴の耳元に口を寄せる。
「このお芝居、脚本家が凄く力を入れて創ったらしくて。音響も全部指定があって、それ用のテープも脚本家が全部作ったんですって」  
 普通は、音響は音響担当のスタッフが決定するのだろう――だが、脚本家の強い要望があり、すべて脚本家が音楽を準備したのだという。
 しかも、練習用と本番用のテープは、内容こそ同じだが別のテープを準備するという気合いの入れようなのだそうだ。
 代々の演劇部に、台本と共に受け継がれてきたらしい。
「それ以外に…立ち位置が呪術的な何かを為してるっていうことは?」
「ないと思うわ。詳しい訳じゃないから分からないけど、立ち位置なんて練習の度に微妙にズレるもの。通し稽古も問題ないし」
 2人は顔を見合わせて、嘆息した。
 手がかりは――未だにない。


▼迫る終焉の日

 時は流れ、ついに学園祭前日を迎える。
 シュライン、優姫、弥琴、咲の4人は、退社時刻の過ぎた月刊アトラス編集部に集まっていた。
 オフィスからは残業中の三下らに麗香の叱責が飛ぶのが聞こえたが、反面、彼女たちのいる応接室は静かなものだった。
「結局、呪いを解とことはできなかったわね…」
 シュラインが、ため息とともにそう吐きだした。異国風の端整な顔立ちに、すっかり影が落ちてしまっている。
 『終わる世界』を書く際に参考にされたという本、『異国への誘い』を見つけ、内容を確認することはできたシュラインだったが、何故かその本自体は煙のように消失してしまった。
 内容は、終末思想と呼べるもので、我らの手で新しき世界を、としつこいぐらいに唱えていた。 
「もう少しという気はするんですが…」
 何かあと1本足りないのだ、と優姫は指摘する。
 優姫がOBをあたった結果、得られたのは、どうやら聖の姉の望が、脚本家の美理(みり)という少女を好きだったということくらいだ。
「いわゆる同性愛者ってこと?」
 それを聞いた咲は、とくに嫌悪するでもなく、あっけらかんと言う。
「でも、好きになっちゃったものは仕方ないわよね。男も女も関係ないし」
 咲は聖と顔見知りだったので、上手い具合にセント・ジョルジュワードの演劇部にスタッフとして合流し、調査を進めていた。
 しかしこちらも、これと言っておかしな点は見当たらない。
「聖さん、大丈夫かしら…」
 咲に合流し、一緒に舞台の調査を行った弥琴も、不安そうに眉根を寄せた。
 舞台そのものや、キャストの立ち位置などに、呪術的な要素は感じられなかった。
 ならば怪しいのは、美理が自ら選曲したという音響用のテープなのだが、こちらにも特に異常はなかったのである。 
「ゲネプロ(通し稽古)は上手くいったんだけどねー」
「とにかく、明日のお芝居のラストまで、聖さんから目を離さないでおきましょう。いざとなったら、私なんて役に立たないと思うけど…」
 弱気なシュラインの提案に、全員が力強く頷いた。


▼残された彼女の想い 

『どうして、どうして誰も抵抗しようとしないの!?私はこのまま終わるなんて嫌だ!!』
『仕方ないんだよ、キュロ…神様のお決めになったことだから』

 学園祭当日。芝居がスタートしてから、早くも10分が経過した。 
 体育館には大勢が詰めかけている。もともとこの演劇部のレベルが高いと言うこともあるが、呪われた芝居を演じるという噂が、思わぬ集客効果を生んでしまったようだ。
 それでも気負わずに、聖は舞台に立っている。
 芝居が始まる直前、舞台裏で一同は聖と話すことができた。
「私は呪いなんかに負けませんから。フォロー、よろしくお願いしますね」
 気丈に微笑む聖を抱きしめ、咲は自らの髪を結っていたリボンをほどく。それを手渡し、聖の顔をのぞき込むようにゆっくりと告げた。
「これ、幸運のお守りなの。御利益があるのよ。だから今日は絶対、成功するわよ!」
 陰陽師としての咲が、結界術を施したリボンである。
 聖はそれを受け取ると、衣装のホットパンツから伸びた太股にガッチリと結んだ。 
「じゃあ私は、客席の方から様子を見てるわ。何かあったらすぐに連絡する」
 いざというとき目立たずに行動できるように、という優姫の配慮で、黒いワンピースを着たシュラインが、優姫と弥琴の肩を叩く。
 もちろん優姫と弥琴も黒を基調とした服を身につけている。
 3人は視線を交わし、大きく頷くと、それぞれの持ち場に移動した。
 優姫と弥琴の担当場所は、上手(かみて)の舞台袖である。
「何か変なことがあったら、すぐに教えてね、優姫さん」
 クイクイと服のすそを引っ張る弥琴に、優姫は静かに微笑んだ。
 そして、特殊効果の担当である咲は、下手(しもて)にスタンバイする。 

 物語は、終焉が迫っていることを知ったキュロが旅に出る場面にさしかかった。
『私は、神様に会いに行くよ。世界を終わらせないでもらうんだ』
 
 客席から舞台を見守るシュラインは、ずっと違和感を感じていた。
 聴力とヴォイスコントロールに自信のあるシュラインだからこそ気付いたのだろうが――
(何か、音楽に声が…?)
 先程から、要所要所でかかる音響に、音楽以外のものが混じっている。
 シュラインは、両の耳に手を添えて、目を閉じた。

(汚れた世界を終わらせて、我らの手で新しい世界を――)

 同時に、弥琴も異変に気付いた。
 一度聞けば大抵の音楽は記憶できる弥琴にも、その声が届いたのである。  
「優姫さん、このテープおかしいよ…!」
「えっ…?私には、何も…」
 歯噛みする弥琴に、優姫はどうしてやることもできない。

『ねぇニドム。神様って、本当にいるのかな?』
 いよいよ終焉が近づいた世界で、キュロは精霊ニドムに問いかける。
 旅の途中で知り合った精霊は、力なく首を振った。
『わからない。でも僕はもう…この旅を続けるのは無理だ』
 そう言って去るニドム見送り、キュロは道ばたに崩れ落ちる。
 
「弥琴ちゃん、優姫さん、大変…テープに呪文が吹き込まれてるわ!」
 客席から舞台裏に駆け込んできたシュラインが、大きく肩で息をしながら説明した。
「でも、練習の時には――」
 異常はなかったのに、と言い募ろうとする弥琴の隣で、優姫がハッと顔を強ばらせる。咲は何と言っていただろうか?
「練習用のテープと本番用のテープは違うんですよね?ならば、本番用にのみ呪文が吹き込まれているのでは…?」
 そう、ご丁寧にも美理は練習用と本番用のテープを別に作っていたのだ。
 だとすれば、練習中に異常が発生しないのにも頷ける。
「要するに、洗脳よ…きっと、このままだと会場にいる全員に、何らかの異常が発生するはず…」
「でも、全員が死に至るような呪いなのかしら?」
 慌てるシュラインに、弥琴の冷静な指摘が飛んだ。その手はしっかりとシュラインの手を握っている。
「落ち着いて、シュラインさん。弥琴たちがしっかりしなくちゃ」
「例えば小さな呪いだったとしても、この場にいる全員の分を誰か1人が一身に受けたら――」
 独り言のような優姫のつぶやきに、シュラインと弥琴が顔を強ばらせた。
 その時、パタパタと音を立てて、下手から舞台裏の通路を通って咲がやってくる。
「なに、どうしたの!?」
 特殊効果の仕事は、別の生徒に任せてきた。咲は3人の顔をぐるりと見回す。
「何かあった?」
「あの…四方さんのお姉さんは、霊感体質だったのでしょうか?」
 呪いをかけたのは、台本を書いて音響のテープを作った美理だ。
 彼女は、世界が終わることを願っていた。
 だが、世界は終わらず、望が死んで、この呪術にはあっけない幕切れが訪れる。
「もし、会場中に広がった呪いを全て、お姉さんが自分の身に集めたのだとしたら…?」
 そのために、望は死んだのではないだろうか?
 
 物語は、クライマックスを迎えようとしていた。
 間もなく世界は終わる。力尽きかけるキュロの、儚き祈りが木霊する。
『神様、もし貴方がいるのなら、どうか私の話を聞いて下さい――』 
 音楽も、徐々に大きくなっていく。

「とにかく、あの曲を止めましょう」
 シュラインが言って、音響席の方に走っていこうとする。それを静かに制止し、優姫が右手をかざした。
 照準は、音響席にあるテープレコーダーに合わせる。
 ガシャンという耳障りな音が響き、ぷつりと音楽が途切れた。
 優姫の超能力は、破壊に対して絶大な効果を誇る。
「やった――」
 弥琴たちの歓喜の声は、すぐに悲鳴に変わった。
 次々に舞台の天井につけられたライトが割れていく。
 とたんに、会場は騒然としだした。同時に、演劇部の生徒たちにも動揺が広がっていく。
 何しろ、突然体育館は闇に包まれてしまったのだ。
「ごめんなさい、制御しきれなくて…」
「大丈夫、こっちはなんとかするわ」
 申し訳なさそうな優姫の声に明るく答え、咲は真っ暗になった舞台の裏を、下手に向かって駆けた。
 裏方スタッフ全員に渡されていた小型のペンライトで床を照らしながら、急ぐ。
 その時ようやく照明スタッフが、客席の後ろの方に設置されていたスポットライトで舞台を照らしたので、舞台の様子が再び見てとれた。
 聖は力尽きかけたときのまま、舞台に伏している。
「まさか――」
 死んでしまったのかと息を飲むシュラインに、弥琴が、持ってきていたバイオリンケースから愛用のバイオリンを取り出しながら声をかけた。
「大丈夫、まだ死んでないわ!シュラインさん、歌って!」
「歌うって…」
「弥琴のバイオリンに合わせて、適当にハミングでいいから」
 言うが早いか、弥琴の腕が美しい旋律を奏で始める。演劇部の練習に立ち会ったことがあるものだったら、すぐに気がつくだろう――音響テープにあったものと同じ曲だ。
 始めは戸惑っていたシュラインも、胸を張って美声を響かせ始める。
 会場のざわめきが、ピタリと止んだ。

『――泣くのはおよしなさい』
 舞台上に、オーロラの色に輝く衣を身につけた姿を現した。
 精一杯、力を振り絞って顔を上げるキュロの瞳が、驚愕に見開かれる。
『あなたは――』
 彼女こそが――自分の目の前で慈悲深き笑みを浮かべる人物こそが神なのだと、キュロは悟った。

「あれは、久喜坂さん…」
 優姫が、美しく着飾った咲に見とれながら呟いた。
 よく通る声に、もともとの外見の美しさ――なんと舞台映えするのだろうか。
 おそらく、とっさに『神』役の生徒と交代したのだろう。
 優姫は、咲が担当するはずだった『雪』の特殊効果を、自らの能力を使って行うことにした。今度は慎重に力を制御しながら、紙吹雪を降らせる。

『神様、どうして世界は終わってしまうのですか?私はまだ生きたい…!』
 キュロの必死の訴えに、神は優しく手をさしのべた。
 地面を這いながら、ゆっくりとそれに向かっていくキャロ。
『この世界は、汚れすぎました。だから一度、終わらせなくてはいけないのです』
『でも私は、家族や友達のいる、この世界が好きなんです』
 キャロの冷たくなった手のひらが、神のそれを握りしめる。
『ならば、もしも貴方の死で、この世界が守られるとしたら――どうしますか?』
 神の言葉は、あまりにも残酷だった。
 自分が死ぬか、世界が滅びるか、選択肢は二つしかないのだと――
『だったら私は――死を選ぶ』

 おそらくそれは、初演の時の望の選択と同じものだ。
 愛する美理の選択――『世界の終わり』と、自分の望み――『友や家族を守る』こと。
 ふたつを天秤にかけた結果が、自らの死だったのだ。
 すべての呪いを一身に集め、望は家族を――聖を守った。
「ねぇ、優姫さん…よく見て」
 いつの間にか歌うことを止めたシュラインが、震える指先で舞台を指した。
 咲の姿に、見知らぬ少女の姿が被って見える。
「あれは…望さんです!」
 望の友人の家で見た写真に写っていたのと同じ、少女の姿だった。
 一心不乱にバイオリンを奏でながら、弥琴は気がついた。
(望さんはこの場所に思念をとどめていたわけではなくて、聖さんにずっとついていたんだわ――)
 だから、彼女の存在に気付かなかったのだ。
 これほどまでに妹を思う気持ちが、強く、強く残っていたというのに――。

 神はキュロを優しく抱き上げた。その頭を撫で、
『あなたの選択は、私が引き継ぎましょう』
『え――』
 戸惑った声をあげるキュロに、優しく雪が降り注ぐ。
『あなたの世界を守りたいという気持ちは、しかと記憶しました。私は、あなたのような人を待っていたのかもしれません』
 逆境にも負けずに、世界を終わらせないでと懇願した少女。
 その少女の存在そのものが、世界を救う――。
『私は逝きますが、貴方はどうか、いつまでも元気で…』

 お別れも言えずに死んでしまってごめんね、聖。今度こそ呪いは全部持って行くから、いつまでも、いつまでも元気でいてね――

『おね……ッ、神様……!!』
 舞台上では、固く抱きしめあう二人を覆い尽くさんばかりの雪が舞い散る。
 弥琴のバイオリンが、切なく、最後の音を奏でた――。


▼そして、新しい世界へ

 碇麗香は、朝一番の編集部でモーニングコーヒーを楽しんでいた。
 手元には、シュライン、優姫、弥琴、咲の調査の結果報告書が置かれている。
 もちろん演劇部の舞台は、リアルで迫力ある効果や主役の演技力などが評判となり、大成功を納めたらしい。
 当然、誰ひとりとして死者など出なかった。
(呪いは全て、四方望が持っていってくれたのね――)
 『神』役の咲に宿った望の霊が、すべての呪いを取り払ってくれたようだ。
 その証拠に、音響のテープは劇が終わった後には無くなってしまったという。
 当日、体育館の一番後ろでひそかに芝居を鑑賞していた麗香は、一瞬だが、ありし日の望の姿を見た気がしていた。
(――さよなら、望)
 望の最後の舞台を、網膜に焼き付けて忘れないようにしようと、麗香は固く心に誓った。
 
 ―――The world is not finished but the play was finished.

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0495/砂山・優姫(さやま・ゆうき)/女/17歳/高校生】
【0771/神楽・弥琴(かぐら・みこと)/女/13歳/バイオリニスト】
【0904/久喜坂・咲(くきざか・さき)/女/18歳/女子高生陰陽師】

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■              ライター通信                 ■
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 こんにちは、担当ライターの多摩仙太です。
 この度は大変お待たせしまい、申し訳ありませんでした…!
 遅くなってしまった分、皆さんに喜んでいただける要素がたくさん詰まっていると良いのですが…いかがでしたでしょうか?
 どんな些細なことでも良いので、感想をお聞かせ願えると嬉しいです。
 「ここは自分のキャラの設定と違うんだけどなぁ…」という意見も、今後の参考となりますので、是非お聞かせ下さいませ。

 さて、今回の作品なのですが…
 「OBに話を聞く」というプレイングをかけて下さった方が大半を占めたので、調査の能率をアップさせるために各キャラに別々の調査内容を振り分けました。
 いずれも、プレイングに書いていただいた内容からは外れないとは思うのですが、全てを採用することができず、大変申し訳ありませんでした。
 己の未熟さを痛感いたします。

 久喜坂咲さん。 
 はじめまして。今回は、ご依頼ありがとうございました。
 とっても元気でしっかり者の咲ちゃんは、とても動かしやすかったです。
 少しでも気に入っていただけると幸いです。

 それでは、また別の依頼でお目にかかれることを願いつつ、今日のところはこれにて失礼いたします。

 2002.10.30 多摩仙太