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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


鏡に映るレクイエム
<オープニング>
 深夜に新記事がひとつ、増えた。
 投稿者の名前も、記事のタイトルも無い。
 それはこんな短い文章だった。

 現実に在り、現実に無い場所に記憶の町がある。
 置いていかれた町は時をとめたまま廃退していく。
 住民は心だけ取り残されている。この町の記憶に縛り付けられている。
 この町の記憶は貴方の記憶、
 取り残された住民の心は貴方の封じ込めている記憶。
 この町にあるのはたくさんの鏡。貴方を映す鏡。
 貴方が自分の罪に答えを出せば、この町も消える。
 ここに来たければ一言口にすればいい。
「回顧する」と。

翌日になって、雫はこの記事に気付いた。
「本当にそんな場所、あるのかなぁ……」


 記事に疑問を感じていたのは雫だけではなかった。
 巫聖羅も又、パソコンの前で疑問を呟いていた。
「回顧……。昔を懐かしむこと……どういうことかしら。戻りたい場所に戻れるってこと?誰が何の目的でそんなことをするんだろう」
 この記事だけでは何もわからない。疑問だらけだ。
「興味はあるけど……お金になりそうにないのよね」
 高校生だが一人暮らしをしている聖羅はお金と甘いものに目が無い。ついついそっちへ惹かれてしまう。
「お金にはならない……けど興味はあるし、面白そうじゃない。やっぱり行ってみるしかないよね」
 聖羅はパソコンの前から少し離れて、記憶の町への『言葉』を口にしようとしたが、止めて一度パソコンを切った。
 記憶の町へと行っている時間がとても長くなったりしたら、ネットを繋ぎ放題にしているとはいえ、電気代はかかってしまう。
「というより、それ以前に何となくそうした方がいい気がするのよね」
 聖羅は部屋の電気も消した。中央に座り、目を瞑る。
 それ位に神聖な気分でないと『言葉』を口にしても記憶への町へは行けない気がした。
「それじゃあ……回顧する」
 身体から意識が抜けていく感じに覆われた。
 緩やかな気持ちの中で、聖羅の耳元では声が聞こえていた。
(誰かがあたしに話し掛けてきている……)
 聖羅は冷静に判断した。
 だが誰だかは判らなかった。
 何を言っているのかは曖昧だった。舌足らずな話し方から、相手が子供なのはわかる。
 聞き覚えのある声だった。

「ここが記憶の町……?」
 アスファルトの道が一本、続いている。
 その道に沿って、家々が立ち並んでいた。
 家々は変わっていて、窓が無く全て大理石で出来ている。
 町は静まり返っていた。
 風は無いが、空気は冷たい。
「廃退しきっているわ……でも」
 反魂屋の聖羅にはわかる。ここには魂が溢れかえっている。
「大体、家が全部大理石で出来てるなんておかしいわよ……ここは本当に存在しているの?」
 聖羅は辺りを見回す。少し駆け寄って家々を眺めてもみた。
 魂がひしひしと肌を切るように聖羅を押し込めるようと圧迫してくる。
(もしかして、魂を閉じ込められて出来た町なの?行き場の無い魂のひずみとか……)
 聖羅がそこまで考えた時、又あの子供の声が響いてきた。
 うつむき加減にしていた顔をあげてみると、アスファルトの道の奥で、女の子が走っていくのが見えた。
 聖羅は息を呑む。
 非常に大きな魂を宿しているのが伝わってくる。
 道は先の方で下り坂になっているらしく、少女の姿は見えなくなった。
 何故だろう。追わなければいけない気がする。
 聖羅は空に目をやる。真っ暗ではないが夜空と言ってもいい時間の空だ。
「こんな時間に子供が一人でいるのも変だしね……ここに居ても始まらないし」
 聖羅は下り坂へと向かった。

 下り坂へ立ってみると、少女は下の方で走るでもなく、狭い歩幅で歩いていた。
 聖羅はそのあとを進む。
 声をかけようと思うのだが、どう話し掛けたらいいのかがわからない。
 普段の聖羅なら、ためらわず近寄っていけたのだろうが、この少女にはどこか話し掛けにくかった。
 人見知りする子供のような雰囲気は出ていないが、何か、聖羅には特別なものを感じ取れた。
 それが何だか聖羅自身でもわからないので、戸惑う部分がある。
「ねぇ」
 ふいに少女が振り返り聖羅に話し掛けた。
 少女は青い浴衣を着ている。
「この町に何か用なの?それとも私に用なの?」
「用って言うか……気になるのよね、ここが何の町なのか。だから来たんだけど……」
「ここは記憶の町よ」
 少女はそう言って微かに笑い、虚空を指差した。
「ほら、ねぇ、過去を思い出す必要の無い人が来たからみんな怒っているよ」
 聖羅にはさっきからわかっていた。魂が鉛のような重さでのしかかってきているような気がしていたのだ。
 だが、町の事はよくわからない。少女がからかうような口調をしていたことも手伝って聖羅は語調を強めた。
「いいじゃないのよ。大体、何でここはそんな過去を見せることにこだわっているわけ?」
 少女は答えない。
「そんなことより、鬼ごっこしようよ。私が逃げるからね」
 と言うと、少女は周りの魂に向かって、
「ねぇ、みんなごめん、後で話すから時間をちょうだい」
 と添えた。
「ちょっと、今はそんな話をしている訳じゃあ……って」
 聖羅が話し終わる前に、少女の姿は霧のように消えうせていた。
 急に目の前の景色が歪む。
 家々が消え、別の景色にすり変わっていく。
「どうなってるの……」
 聖羅の前には、祭りの出店が並んでいた。時も進んだらしく、完全と言ってもいい夜になっていた。
(記憶が町を操作しているのかしら?とにかく入ってみなきゃ解らないわね)
 聖羅は夜祭の人込みの中へと進んだ。

 あちこちにある提灯の下で大勢の人達が遊んでいる。子供、大人、浴衣姿や普段着と様々だ。
(変だわ。この人たちの魂……死人のものじゃない。この世界を覆っている魂とは違うわ。でも)
 聖羅は人だかりを見回す。
(完全に生きている人達の魂とも……何か違う感じがする。こんなの初めてだわ)
 そんな時、抑えた笑い声が聞こえてきた。
 人込みの奥に、あの少女の姿がある。
 少女が口を開くと聖羅の頭の中に声が響いた。
「似合ってるよ〜その浴衣」
 聖羅が自分の服を見ると、確かに聖羅は浴衣姿になっていた。
 赤い布地に白い花が咲いている浴衣だ。
「あれ……この浴衣、どっかで……」
「ねぇ」
 聖羅の声に被さるように少女は言葉を繋げた。
「鬼ごっこの最中なんだから。早く追ってきてよ」
 人込みの中へと少女は消えた。
「ちょっと待ってよ!」
 聖羅が後を追おうと人込みをかき分ける。
「痛っ」
 勢いをつけていたので、子供を突き飛ばしてしまったらしい。
「あ、ごめん」
 転んでしまった子供を見て、聖羅は胸が止まる思いになった。
 子供は聖羅が追いかけている少女によく似ている。
 聖羅の驚きに子供は気付かず、右手に持っていた赤い風船を確認してから表情に不満を浮かべた。
「もう少しで風船が割れちゃうところだったんだから」
「……ごめん」
 謝ると聖羅は人込みを更にかき分け祭りから出た。
 謝った時の聖羅の声は震えていた。
(ぶつかった子供は、確かにあたしの追いかけている子と同じ子だわ。それにあたし、あの子を知ってる。さっきみたいな出会い方をしたことがあるわ)
 どんどん鼓動が速くなる。
(よくわからないけど、早くあの子をつかまえなくちゃ)
 祭りを抜けた後には人通りの無い細い路地があった。
(あたし、ここにも来たことがある気がする)
 聖羅は迷わず細い路地に入った。

 路地を抜けると、広場に出た。
 小さなベンチが端にあり、中央には樹が一本生えていた。
 その樹の下に、少女が立っていた。
「追いついたんだね。じゃあ、鬼ごっこはもう終わりだね」
「さっきまであんなに逃げていたのに?」
「うん……」
 少女が頷いてすぐ、地響きのような唸り声が聞こえてきた。空を占領している魂の咆哮だ。
「聞こえたでしょ?」
 少女が悲しそうに聖羅に言う。
「もうやめろってさ。今回のことは全部私の我儘だったから」
「あのさ、私には意味がわからないんだけど」
「そうだったね」
 少女がフッと笑った。
「この町はね、死人の魂のひずみ……鏡のようなもので出来ているの。みんな自分の記憶に囚われて成仏が出来ない。みんな悲しんでる」
「なんで成仏出来ないの?」
「みんな、自分が生きていた過去が愛しい。離れる意志が足りない」
「………………」
「そしたら誰かが言い出した。他の、生きてる人間をここに呼ぼうって。私達の記憶を使って、その人の辛い過去を再現して、それでもその人が立ち直ろうとする姿を見れば、自分達も頑張れるんじゃないかって。そしたらみんな終われるって」
 少女は一呼吸置いた。
「それを聞いて思ったの。私はそんなことしなくても成仏出来るんじゃないかって。私はさっきのお祭りの年の秋に亡くなったから、それまでの一番楽しかったことを再現すればいいんじゃないかなって」
 また、一呼吸置く。
「みんながどこかの掲示板に、人を呼ぶ書き込みをしたって言うから、私も見張ってた。そしたら聖羅ちゃんが見ているのに気付いて……こっちに呼ぼうかなって思っていたら、聖羅ちゃんの方から来ちゃうんだもん、びっくりしちゃった。みんな聖羅ちゃんが本来の意図と関係なく来たことに怒っちゃってたね。でも、私にとっては嬉しいことだったから、あの後、私が事情を言って少しだけ時間をもらったの」
「あたしのこと知ってるの?」
「うん。お祭りの中で出会わなかった?」
 聖羅の脳裏にさっきぶつかった少女の姿が浮かぶ。
「……会った。前にもあんなことがあった気がしてたけど、やっぱりあったんだね」
「うん」
 少女は少し悲しそうに笑った。
「あれは過去の再現。私と聖羅ちゃんが会った時の、聖羅ちゃんにだけ見える残像。この広場はただの映像。あのお祭りのぶつかった後にね、聖羅ちゃんの着物可愛いねって言ったら、聖羅ちゃんは早口に、別に私が好きでこの浴衣着ているわけじゃないよって返したんだよ」
 聖羅は改めて浴衣を見る。記憶がはっきりとしてきたのか、この浴衣はお気に入りだったような気がした。
「お気に入りだったでしょ、その浴衣」
 少女は見透かしたように言う。
 そして続けた。
「あの後、私達仲良くなって、二人でお祭りを抜け出してここの広場に来たの。そしたら、私の風船が風に飛ばされて、樹の枝にかかちゃった。そしたら聖羅ちゃんが取ってくれたの」
 少女は樹の枝を指差した。
「聖羅ちゃん、取ってくれる?」
 聖羅は樹の枝を見上げる。
 祭りの部分が過去だっただけでここは広場に見えても魂の狭間だ。
 枝に赤い風船は無い。
 けれど、聖羅は枝に手を伸ばした。
 そして風船を掴む真似をすると、少女の手元に持っていった。
「はい、これでしょ?」
 少女は聖羅の手から架空の風船を受け取ると、ありがとうと言った。
「そうそう……この後、聖羅ちゃんのお兄ちゃんが探しに来るんだよ……」
 成仏間際の表情が寂しげで、聖羅は何と言っていいのかわからなかったが、一つ訊いておきたいことがあった。
「ねぇ、名前は何ていうの?」
 少女は消えかかる姿で口を開いた。
 声が聖羅の頭に響き渡る。
「木下 彩」
 次の瞬間、彩の姿は消え、鏡が割れる音がした。

「んん……」
 目をこすると、聖羅は自分の家にいた。
「あれ、あたし寝てた……?」
 まだぼやけている思考を働かすため、聖羅は思い切り背伸びをした。
 少しずつ記憶が戻ってくると、再び聖羅は周りを見渡した。
 少々乱雑な部屋。どう見ても聖羅の家だ。
「あの子……夢じゃないよね」
 聖羅は起き上がろうとして、毛布の上に写真が乗っているのに気付いた。
 写真を手にとり聖羅はまじまじと眺めた。
(……儲からなかったけど、充分、行って良かったよね)
 そこに写し出されていたのは、広場の樹の下で幼い聖羅が彩に赤い色をした風船を手渡している姿だった。

終。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1087/巫・聖羅(かんなぎ・せいら)/女/17/高校生兼反魂屋(死人使い)

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■         ライター通信          ■
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「鏡に映るレクイエム」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。

*巫聖羅様*
初めまして。
今回は元々枠を一人にしておいた分、最初から最後まで聖羅様を中心に書けるという反面、私のイメージがあまりに先立ちすぎたのでは、と気になっています。
聖羅様に対し、曲がったことが嫌いな分、優しさを強く持ち情も厚いというイメージを持っているので、今回それを前面に出した形となりました。
特に過去の部分は、イメージが強く反映されており、当初は「こんなに好き勝手過去を作ってしまっていいのかな」と悩みましたが、そのまま突っ切ってしまいました。
話が二転三転しオープニングのイメージと大分ずれてしまいましたが、これはこれで一つの話として雰囲気がまとまっていたら嬉しいです。
違和感を持たれた個所がありましたら、どうかご指摘願います。