コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


『MAD・RELEASE −遭遇−』

 極ありきたりな毎日。朝起きて、仕事をし、夜に寝る。
 ただそれだけのことが、今はひどく心地良い。

 だがそれでも。

「そろそろ、か……参ったな」
 霧原・鏡二(きりはら・きょうじ)の発した呟きが、人気の無い駅に響いた。
 ほんの僅か眉間に皺を寄せ、右手で左手を押さえる。軽い溜息。
 何のことは無い。いつもの“発作”だ。
 幼い頃、見た事も無い闇のものに奇妙な宝石を植えつけられた。紫色のアメジスト。悪魔の卵とそいつは言っていた気がする。卵というのは名前だけで、まだ、孵化することは無さそうだが。
 口の端に自嘲じみた苦笑を浮かべ、鏡二は駅構内をゆっくりと歩いてゆく。
 まずは帰ろう。
 それから、集めよう。情報を。
 幸い、インターネットの普及のおかげで、その手の噂には事欠かない。
 噂の中の真実を見抜くのは、意外とたやすい。
 案の定、その翌日にすぐ、見つけることができた。
 ゴーストネット。怪奇情報の宝庫。
 適当にピックアップしたものの中から、“渇き”を潤すのに最も適した“獲物”を探す。
 どんなに普通の生活を望もうと、卵は鏡二に渇きを与えてくる。ソレを潤す為には、闇の存在を喰らう必要があった。一月もすれば、耐えられなくなる渇きを癒す術は、今のところ狩り以外に無い。
「あたりだと良いが……」
 パソコンの画面に映る文字列をマウスカーソルでなぞりながら、鏡二は出来うる限りの情報を洗い出してゆく。
 ディスプレイには、『連続行方不明』の文字。
 ありきたりといえばありきたりな話だが、実際に人はいなくなっているらしい。

【**ちゃんが、誰かからメールを貰ったって。
 だから一人で廃ビルに行みるって、そう言ったきり、帰ってこなくなっちゃったんです!】

 どこの誰の投稿だかは分からないが、嘘ではないだろう。
 興味本位で向かったものも、謎の絶叫を最後に連絡が取れなくなったとある。

【わけわかんねぇよ。携帯で話してて、最初はなんてことは無いって笑ってて。
 そうしたら突然、「バケモノ!」とか言い出してさ。
 ただの噂じゃなかったのか? そういや、「モルモットは嫌だ」とかなんとか言ってたけど…。
 あの廃ビル、昔なんかヤバイ事でもやってたんじゃねぇの!?】

 その記事を見た途端、鏡二は笑うように口元を歪めた。
 よくある話だ。その手の噂も、邪推に過ぎないかもしれない。
 だがそれでも、“居るかもしれない”、が強くなる。
 逸る気持ちを抑えながら、当の廃ビルの位置をプリントアウトする。
 噂は流れきっているようだった。投稿も、そろそろ一人歩きしている状態に見える。
 お膳立てはバッチリだった。
 モルモット、という単語も気になる。
 ただの噂か、それとも何かが裏で働いているのか……いや、考えすぎかもしれない。だが……。
「……行ってみた方が早いな」
 幸か不幸か、卵は“渇き”の他にも与えてくれるものがある。
 全てのウィンドウを閉じ、鏡二は席を立った。
「それ、確認してくれるの?」
 直後、不意に少女が声をかけてきた。そちらへと視線を向けると、赤いリボンが目に入ってくる。
「ね? どうなの? あ、私、瀬名・雫ね」
 勢いに押されるようにこちらも名乗りを返し、当の少女の言葉に微苦笑を浮かべる。
 だからどうしたというのだ。
「聞いてどうするつもりだ?」
 少々キツイ言い方になってしまった事を気にかけつつ、鏡二が問う。
 だが雫と名乗った少女は意に介した様子もなくさらりと返してきた。大き目の瞳がひどく嬉しそうに、笑う。
「だったら、コレ、あげようと思って。できれば助けてあげてくれない?」
 瞳と同じように嬉しそうに、雫はひらりと一枚のコピー用紙を出してきた。
「あ、それと、何かあったら絶対に教えてね?」
 約束、と満面の笑みを浮かべる雫の持つ紙には、『行方不明者リスト』という文字が躍っていた。

 ――――……。

 コツ、コツ。
 人気の無い廃ビル郡は、それだけでどこか異世界のような感覚を覚えさせる。
 コツ、コツ、コツ……。
 鏡二が自分の携帯を確認すると、きちんとアンテナは立っていた。都市部に近い為だろうか。
 あの少女がくれた行方不明者のリストに目を通す。意外と多い、と言うべきだろうか。
 恐らくは、メールを受け取った以外の人間が半分以上といったところなのだろうが。
「……………………」
 とはいえ大声で名前を呼びまわるわけにもゆかない。
 助けてくれないかと頼まれたのは事実だが、自分の方を優先させるのは向こうも承諾済みだ。
 ちょっとした気休めだろう、と頭の隅で考えてみる。

 安心したいのだ。誰かに頼んだ事で、自分自身が。

 とはいえ、そう考えるにはあの少女の瞳には別の好奇心ばかりが浮かんでいた気がするが。
 廃ビルというのは不思議な空間だった。
 何も居ない。なのに、何かが居る。そんな感覚に満たされた場所。
 足元へと目を向けると、真新しいタイヤ跡があった。
「……やれやれ」
 不自然極まりない。これでは何かありますと言っているようなものだ。
 だが、人がいる可能性は否定できないことに気づく。迂闊だった。
「ウェルザ」
 鏡二の呼びかけに答えるように、微かに足元の埃が舞う。
 卵がもたらす魔力のおかげで、今のところ風の精霊の使役に困らない。だから、

 コツ、コツ、…………――。

 足音も消せる。
「良い子だ。そのままでいろ」
 傍らに風の精霊をおきながら、鏡二はゆっくりと歩を進めてゆく。
 何のことは無い、静かなビル。
 自分達を捨て去った人間への憎悪も持たず、ただそこに在るのみの存在。
 そこに在るのみの、だが、確実にそこに居る存在。
 ただ歩いているだけでも能が無いと、適当なビルの中に入り込む。さすがに鍵は、かかっていない。
「……」
 しん、と静まり返った、がらんとした空間。
 そこだけ見るとすれば、ただの廃ビル。何の変哲も無い、廃棄物。

 だが、
「居るな……誰だ?」

 前方に、影が見えた。
 小さな影。蹲っているのか、どこか丸く見える人影。
「……ぁ………………」
 なおも数歩近づいた鏡二の目に映ったのは、頭を抱えて苦しがっている少女。
 制服姿。という事は、もしかしたらあのリストに載っている者かもしれない。
「ぁ……ぁあ……」
「なんだ?」
 何か言いたそうだったので、聞いてみる。
 返ってくるのは意味不明のうめき声のみで、だが、それだけではなかった。
「ゃ…………いや、いやぁっ……!」
 突如鋭い叫び声を上げ、その体ごと鏡二へ向かってタックルをかましてくる。
「ウェルザ!」
 鏡二の呼び声に従って、風の精霊がその体を弾き返した。
 相手は少女。
 鏡二のその余裕だか遠慮だかのせいで、弾き飛ばされた少女はすぐさま飛び跳ねるように起き上がる。
 ちょっとした、違和感。
 だがそれを探る猶予も無く、少女が再度襲い掛かってきた。
 瞬きをする間に、予想以上に距離を詰めてきた。
「何っ……!?」
 その人間離れしたスピードに判断の遅れた鏡二の腹へと、少女は遠慮も無く拳を繰り出してくる。

 ほんの少し、嫌な音がした。

 ウェルザに受け止めてもらいなんとか転倒だけは免れた鏡二が、忌々しげにつばを吐き捨てる。
 少女とは思えないパワー。コンクリートの上に落ちたつばあ、僅かに赤い。
「人間か? あんた」
「ぁ……ぅ………………」
「答えなくてもいい。どうせ期待していない」
 本当は少し期待していたのだが、やはり返答は呻き声。
 何をされたと言うのだろう。少なくとも、、元は普通の少女だったはずなのだが。
「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 悲痛な叫び声と共に、少女はただ殴りかかってくる。
 ち、と一つ舌打ちをして、鏡二はさっと横に避けた。ウェルザの風が、素早い移動を補佐する。
 避けられた少女は数歩たたらを踏み、その間に鏡二はウェルザへの指示を叫ぶ。
「取り押さえろ!」
 風の鳴る鋭い音。動き出そうとした少女を押さえ込もうと、ウェルザが上から風圧を叩き込む。
 が、それすらもほんの些細な向かい風であるかのように、少女は尚も鏡二へと一歩、近づいてくる。
 痛みを感じていないのか、その顔は既に無表情。それ故に、どこか鬼気迫るものがあった。
 どうするか迷ったのは、一瞬。
「無駄か。ならば……!」
 鏡二の無言の指示に従うように、ウェルザが風の縛めを解き放った。
 風が吹き荒れる中を、一度は弾き飛ばされたはずの少女は、やはりすぐに起き上がると鏡二へ殴りかかってくる。
 鏡二が再度、同じように避け、

「がぁっ!」

 だが少女は、すぐにその横から鏡二の脇腹に拳を叩き込んだ。
「ぐ……!」
 吹き飛ばされぶざまにコンクリートの上に倒れこんでから、少女が攻撃後のタイムラグを強引にかき消したと悟る。
 ばかな。
 すぐさまそう思った。
 そんなことをすれば、体が……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 静寂の変わりに、少女の叫び声があたりを支配していた。
 飛び上がり、膝から落ちてくる少女から逃れるように横に転がる。スーツが汚れたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
 ボキリと、何かが折れる音がした。
 相手は何にも頓着していない。油断すれば、死ぬ。
「ウェルザ!」
 三度の指示。
 だがそれが実行されるより早く、少女の体がかくりと落ちた。
 鏡二が荒い息をついて目を凝らすと、両腕を庇うようにして蹲っている。
「……耐えられなかったのか……?」
 つい一瞬前の戦いを頭の中でリピートさせる。
 あの音は、少女の腕が折れる音のようだった。心配というわけではないが、それでも少女の方へ歩み寄ろうと痛みの引かない体を無理矢理起こし、そして、

 ………………―――――――――――……。

 何かの気配がした。