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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・名も無き霧の街 MIST>


廃墟で踊ろう。

------<オープニング>--------------------------------------

 建築物は、創造されたときから廃墟になる運命にある。
 故に建築家は廃墟時の美観も考えなければならない。

 そう言ったのは誰だったか。
 カズン・ハッシュは思い出せなかった。
 目の前にある館へ視線が吸い込まれる。視界に収まりきらない、広大な敷地。天まで届くほどの高い城壁にはびっしりとツタがつき、四方を囲んで何人も近づけまいとしている。門の左右には金属製のガーゴイル象が翼を広げて座っていた。
 像に見られているような気がして、カズンは逃げるように門をくぐる。
 キンダー卿の第二別荘と言えば、幽霊屋敷として有名だ。作られた理由からして狂気じみている、誰も近づかない。
 門から正面玄関までも十分以上かかる。小道沿いにもうもうと枝を茂らせた木が並んでいた。細い枝の間から満月がちらつく。
 先鋭的な屋根が星空を貫いていた。国立図書館に残っていた資料によると、五階建ての本丸に、四方を守るための物見台としての棟。館主のための離れと、六つの建物で構成されているはずだ。
 よくこんな場所に友人たちは来たものだ。キンダー一族の財宝が眠っているという噂もあるが、はっきりしたことはわかっていない。デマを信じて探しにくるなど愚の骨頂だ。一攫千金より日々の暮らしを考えた方がいい。
 カズンと、カズンが誘った『外』の人間がこの場に訪れた理由は一つ。
 行方不明者探し。
 カズンの知人である三人が、財宝探し半分、肝試し半分に館へ入った。
 そして一人が消えた。
「ジャッシュの話によると、気がついたら居なくなっていたんだとさ」
 自分の後ろに続く、数人にカズンが説明する。
「三人は先週発売されたマタイを持ってた。それを飲み飲み散策したから、はぐれたんだろうと考えた……あ、あったぞ」
 吹き抜けのエントランスホールを抜け、三階にまで登る。廊下の一番奥にあった部屋に、カズンは入る。
 狭い部屋だ。三方の壁には棚が埋め込まれており、埃が積もっている。カズンが絨毯を踏むと、カンテラの光の中ぼっと埃が舞った。
 ラベルが腐食し長い時の流れに洗われたような、小瓶が落ちていた。
 『外』の人間の一人が手に取る。
「随分昔のもののようだけど」
 荒れ果てた館の風景の一部となっている。ふう、とラベルに息を吐いた。
 マタイ蒸留酒。
 ラベルにはかろうじて読める程度に、印刷されていた。先週発売された酒瓶が、これほどぼろぼろになっているのは変だ。
「二人はこれを見て、驚いて逃げ出したわけだ。それで、あんたたちに仕事が回ってきたってこと」
 にっこりと笑い、カズンは振り向いた。
 カンテラで同行者を照らす。
「今日の霧凪は五時間ぐらい。移動時間も考えて、探せるのは長くて三時間」
 霧が出る前に、首都へ戻った方がいい。あんな場所でも、ここよりは安全なのだ。
「さ、どこから探す? 探偵サン」


×


「……千里ちゃん、大丈夫?」
 隣に立っている少女に、風見璃音は恐る恐る声を掛けた。
「大丈夫だよ!!」
 ロボットのようにぎくしゃくとした返事が返ってくる。月見里千里の声が狭い室内に響いた。怖いのだろう、端々も震えている。
「消えた子も心配だし、時間もないし、急ぐよー☆」
 翻訳すると幽霊屋敷に一分一秒足りとも居られない、とっとと見つけてとっとと帰る、だ。急いで戻るのには賛成だ。璃音は腐食した酒瓶を拾い、鼻を近づける。煙るような埃の香りばかりで何もわからない。流石の鋭敏な嗅覚も時間の流れには勝てない。
 時間の流れ−−−か。
 この屋敷と外では時間の流れが違うのだろうか。だとしても、一週間前の瓶がここまでになるのなら、屋敷内は風化しているはず。これでは屋敷の時間に瓶が取り込まれたように感じる。さらりと滑る銀の髪を撫で、璃音は千里へ視線を動かす。
 千里は自らの能力で様々なものを知覚できる、ドーム型の機器を作り出していた。手元にはキーボードのような光が輝いており、それを叩いている。湾曲した面に屋敷内の様子が映し出された。どの角度から見ても内側から滲み出すような不安感を煽る建造物だ。
「なるほど……」
 興味深そうにドームを見ていた城之木伸也が呟いた。日本人離れした八頭身に彫の深い美貌。ギリシャ彫刻を連想させる派手な人間だ。
「建物の色々な部分が湾曲していますね……微妙にですが。この歪みが無意識に不安を与える」
「モナリザみたいだな」
 最年少の御崎月斗が同調する。何が気に入らないのか、今日は不機嫌そうだ。先日行動を供にしたときよりとんがった気が放たれ、璃音の肌をぴりぴりと刺激する。周囲に緊張を振りまいているようで落ち着かない。虫の居所が悪いというやつだろうか?
「モナリザ?」
 キーボードを叩く指を止めず、千里が問う。
「世界でもっとも有名な絵画モナリザは、顔のバランスが対称ではない。微妙に左右がずれているのです。良く見なければ気づきませんが、その歪みやずれが不思議な印象を与えるのです」
「構図的には安定したものだけど、落ち着かない感じしないか? あの目にじっと見られると」
 解ったような解らないような気持ちで、璃音は頷いた。
「カズンさん、ここに美術品はどれくらいあるかご存知ですか?」
 人数分のカンテラに火を入れていたカズンは、四人に背中を向けたまま首を振った。ぽつぽつと狭い室内が明るくなる。カズンは立ち上がり、それぞれに四角いカンテラを手渡した。
「先に言っておくけど−−−例え手がかりが有ろうと、後一歩で助けられても、三時間を過ぎたら諦めるからな」
 特に千里に強く言う。性格を読んでいるのだろう。
「……悪いけど賛成。ここには居ないほうがいい」
 月斗の低い答えは、予想外だった。小さな体を折り曲げ、自分で自分の肩を抱いている。
「具合が悪いの?」
「嫌な感じがする」
 ふと嗅いだことのある香りがした。璃音はドアへ体を向ける。廊下から懐かしいような安心するような匂いがする。知っている匂いだ。どこで嗅いだのかと記憶を手繰る。
「生体反応……はあたしたちを含めて十個」
「少ないですね。鼠や虫は?」
「居ないの」
 自分の調査結果に驚きつつ、千里は答える。キーボーから手を離すと、翠色のドームは暗闇に消えた。
「二手に分かれましょう。二時間後にここで」
 四人は時計の時刻を合わせ、別れた。


×


 千里と璃音は屋敷の南側を調べることになった。先刻から何かを考えているらしく、璃音は押し黙ったままだ。廊下に足音だけが響いていく。なくしたものを探しているような横顔に、千里は声をかけることが出来なかった。気を使ったのはいいが、無音は怖い。楽しい話が出来れば最高なのだけれど、邪魔はしたくない。
 じりじりと悩みながら廊下を進む。部屋を見つけては扉を開け、中を確認する。ただそれだけなのに怖い。ノブを引くたびにドアの軋む音に怯えてしまう。
考えなければいいのに、中に怖いものが居たらどうしようかと思うのだ。
 二人の足が止まる。壁に行き当たり、右左に道が分かれていた。
「あ……こっち」
 長い指で璃音が左を指した。
「怖くないの?」
「どうして?」
 聞き返され千里は言葉を捜す。怖いから怖い、それしか思いつかない。
「どうしてって言われると……」
 璃音は足を止めずに歩いていってしまう。
「置いて行かないでよぉ」
 数分歩くと、今までで一番立派な扉に行き当たった。磨き上げられ黒く濡れ光っている。璃音が顔の高さまでカンテラを掲げた。横幅も有るが、冗談のように背の高い両開きの扉。先刻話された歪みのせいか、こちらに倒れてくるような重圧感がある。
「重っ……!」
 協力して扉を押した。右側だけを前に引いて、中へ入る。
「うわぁ」
 長いテーブルが部屋の真中に置いてあった。テーブルクロスは白いレースで編まれ、くすんでいない。大人数の晩餐会に使われるようなテーブルの上には、等間隔にキャンドルが飾られていた。全て火がついており、ほんわりと暖かな光を室内に振り撒いている。人数分の椅子と食器が用意され、スープ皿のスープはまだ湯気が立っていた。
「映画みたい」
 怖かった気分はどこへやら、千里は踊るように部屋へ入った。自分がお姫様になったような気がする。
「誰かいたの? 料理が温かいわ」
「この部屋は他の場所と違うね……」
 千里は庭園を見渡せる窓に近づいた。窓ガラスにも埃はついていない。割れてもいないしカーテンも洗い立てのように清潔だ。
「部屋ごとに時間の流れが違うのかもしれない」
 テーブルの上にあったワイングラスを璃音は手にとった。紅玉色の液体が満たされたそえを、そっと下へ向ける。ワインはゆっくり、動いているのも解らないほどゆっくりと重力に沿ってこぼれ始めた。璃音がグラスから手を離す。グラスの時間だけが遅いように、空中で固まった。
「あたしたちは普段の時間で動いてるのに」
 ポケットに手を入れ携帯電話を取る。別れたときに合わせた時刻を見ても、自分の意識と同じように進んでいた。
「何があってもおかしくないから」
「確かに」
「そうよ」
 首を傾げた。千里の声に千里が同調したのだ。自分はそうよ、と言ってもいない。音源へ顔を向けると、暖炉の近くに女性が立っていた。年は二十歳ぐらいだろうか、健康的で明るさのある顔立ちだが、寂しそうな表情を浮かべている。茶色の長い髪を腰まで垂らしていた。
「いつからそこに」
「あなた−−−」
 璃音は息が止まった。女性と千里、同じ匂いがするのだ。
「……来るかなぁって思っていたら、本当に来ちゃったんだね」
 キャンドルの頼りない光だが、千里に顔がそっくりだ。浮かべる表情こそ違うものの。千里は違和感を覚える。
「誰なの……?」
「あたしは千里。貴方たちからすれば、一つの未来の形」


×


「これはすごいですね」
 美術品一つ一つに足を止める伸也に、月斗は閉口していた。時間が丁寧に鑑賞しては感想を述べる。美しい人を見たら口説きたくなるし、美味しい物を食べたらもっと食べたくなる。それと同じで、素晴らしい技術の結晶を見ると誉めずに居られない。説明され、月斗はうんざりしていた。
 ぎゅっと自分の二の腕を押える。パーカーの下の肌が粟立っていた。この屋敷の空気を吸ってから寒気と吐き気が取れない。後ろから凍った死体に抱きしめられているようだ。
 音が響くほど広いエントランスホールに二人は立っていた。中心に円形のガラスがはめ込まれ、下に置かれた造花が透けて見える。強化ガラスらしく踏んでも割れない。
「隠し扉はセオリーでしょう。きっとあります」
「根拠の無い話で……」
 一人では運び出せないような、重い像を探せと言われた。文句を言っていても仕方が無いので、月斗は従う。ホールは正確な円形で、騎士の鎧が等間隔に設置されていた。中世の騎士はこんな重装備で戦っていたのだろうか、すごい体力だ。
「俺としては外のガーゴイルを調べたいけどな」
「では次はそちらで」
 騎士の鎧を調べると、ヘルムに宝石がはめ込まれていた。一つ一つ色が違う、違う宝石なのだろう。月斗は鉱石関係にうとい。ダイヤモンドとルビー、サファイヤ程しか名前も知らない。石以外、騎士に違うところはなさそうだ。デザインやポーズは統一されている。
「宝石、怪しいな」
「同じ事を考えているようで」
 にっこりと微笑まれ、月斗は口の中で言葉を転がした。
「ガーネット、アメジスト、アクアマリン……そうか、この順番か」
 興味深げにヘルムを調べている伸也。月斗は小さく欠伸をした。肩に止まっていた、十二神将の一匹、迷企羅も同じように欠伸をする。迷企羅は鳥の神だ、夜は眠いのだろう。神将を従える月斗だが、迷企羅を一番重んじている。他の神将は屋敷内の調査に行ってもらっていた。
 家族はもう寝ただろうか?
「何かあったのか?」
 右から左へうろうろと伸也が歩き回っている。
「ええ。これでいいはずです」
 十分に調べたらしく、伸也はホールの中心へ行った。強化ガラスがはめ込まれた場所で立ち止まり、手招きをする。ごっと部屋全体が揺れた。
「騎士の並びを変えて見ました。月の順にね」
「月……?」
「誕生石ですよ」
 クラスの女子が誕生石がどうたらと騒いでいた憶えがある。生まれによってお守りになる宝石があるとかなんだとか。
「バレンタインみたいに、需要を作るためだと思ってた」
「起源は契約聖書ですよ。確かに商売にされている部分もありますが」
 騎士達が回転する。金庫の番号をあわせるように、かちかちと歯車を鳴らしながら。騎士達の回転が終わると、強化ガラスが左右に割れ、花が飛び散る。枯れていないから造花だと思ったら生花だったらしい、瑞々しい香りと色をしていた。花が飛び散ってあらわになった底には、地下へ続く階段があった。
「?」
 月斗の視線を感じたらしい。
「なんでもない」
「そうですか」
 てくてくと階段を下りていく背中を眺め、月斗は頭をぶんぶんと振った。
「花が似合う男って……なんか嫌だ」
 乱れ飛ぶ花びら受け、すらりと立っていた伸也や、髪についた花びらを掻きあげる仕草が、少女マンガのようにきらきらしていたなんて、言えない。
 ぴ。と耳の側で迷企羅が鳴いた。
「うん……?」
 二階へ視線を滑らせる。ホールは吹き抜けで二階を見渡すことが出来る、が誰も居ない。返答の代わりにひらひらと真珠色の羽毛が一枚落ちてきた。右手を向けてそれを受け止める。
 掌が憶えている感触。
「迷企羅の羽毛と同じ……」
「行きませんか」
「悪い」
 名残惜しげに天井を仰ぐがそれきり、何も落ちてこない。伸也を追いかけることにした。
 芳しい。
 地下室に下りてまず思ったことはそれだった。月斗はほうとため息を零す。
 巨大な温室だった。熱源がどこかは解らないが、細い水路が流れ巨大な木が無数に並んでいる。水路の中には睡蓮が咲いていた。上着を着ていると汗ばむほど暖かい。計算し尽くされた楽園といった感じだが−−−。
「生き物がいませんね」
 伸也も同じ事を考えていたらしい。楽園なのに鳥や動物、人間といったものが存在しない、妙に寂しい場所だ。自然が豊かな分恐ろしい。
「気持ち悪いな。この屋敷。どんなやつが作ったんだか……」
「お待ちしていましたよ」
 隣に立っていた伸也と、楽園の奥から聞こえた伸也の声。月斗の警戒が迷企羅に伝わったのか、大きく翼を広げた。
「こちらにいらっしゃったらいかがですか?」
「ありがとう」
 濃い緑の葉の奥から、得体の知れないものが呼んでいる。なのに、さらりと伸也は受け入れた。それが当たり前のように。
 どういう思考をしているのかと聞きたくなる。
 水路の横にはレンガ作りの小道が続いていた。そこを進んでいくと、広い空間に出る。丸いカフェテーブルと椅子がいくつか、そして一人の男が座っていた。
「やっと来て頂けた。もう十年近く待ちましたよ」
 鏡写しのように二人の伸也が向き合う。座っていた男の肌の色も髪長さも、寸分違わない。胸の広く開いた白いシャツを着、細身の割りには筋肉質の胸が晒されている。下はぴっちりとした黒い皮のパンツだ。こう温室に居られると、貴族のように感じる。
 むしろ、伸也という人間は現代日本より中世ヨーロッパのほうが向いている。
 そう思う。
 というか十年待って外見が変わらないのはどういうことだ。
「本当なら迎えたかったのですがね、俺はこの部屋から動けないもので」
「説明してくれますね?」
 ごくごく自然に席につく今の伸也。月斗も戸惑いながら座った。
「ここは時間軸がねじれているんですよ」


×


「時間軸がねじれている?」
 大人千里の言葉を聞き、璃音ははっとした。
 呼吸を感じたのか、テーブルの上のキャンドルが揺れる。三人は席につき言葉を交わしていた。
「私の匂いだわ……さっきからしていたの」
 仲間だと勘違いしていた。いや、仲間が居てほしいという気持ちがそうさせたのだろう。極々微量しか残っていなかったのも悪い。
「部屋ごとに時間の流れが違うってこと……あってたんだ」
 驚きながらも今の千里は頷く。同じように大人の千里も頷いた。
「この屋敷に染み付いている呪いを知ったときは遅かったの……もう、あたしは呪いの一部になっちゃってて、どうしようもなかった。貴方達にはそうなってほしくないの」
「じゃ璃音ちゃんや月斗くんも、居るの?」
「違う部屋で違う時間の流れの中に居ると思う。でも、会っている暇はないよ。呪いに取り込まれる前に屋敷を離れるか……解くか」
 時間に縛られ命だけを繋いでいる千里が、寂しそうに呟いた。
「つまり、貴方は脱出することが出来なかった場合のあたし、ってことね」
 多数の選択肢の中から一つ一つを選び出していく。選ばなかった未来はそのまま進んでいく。パラレルワールドと呼ばれる考え方だ。彼女はこの先、千里の目の前に訪れる選択肢のどれかの結果。その選択によって、ここに囚われたのだ。
「あなたを助ける方法はないの?」
 自分の心配をされるとは思わなかったのだろう。大人びた千里は、はっと瞳を大きくした。
「……わからないけど……」
「可能性の話だけだったら、あると思うわ」
「璃音ちゃん!」
 ぱんっと千里が嬉しそうに手を叩いた。
「やろうよ、それ!」
「まだどんな内容か言ってないのに」
「可能性があるならやるの」
「ようは今の私達が解呪をすればいいのよ。この千里ちゃんが今の千里ちゃんの直接未来に当たるかもしれない。そうしたら未来を変えられるわ」
 確率は低いけれど。
「やろう!」
 千里は元気良く椅子から立ち上がる。
「解呪の方法は伸也さんが知っていると思う。調査してたから……でも、時間がずれちゃったから会えない。頼んでいいよね?」
「安心して待っててね! 自分に言うのも変だけど」
 ふふっと千里は微笑み、巨大なドアへ歩き出した。そして大人になった自分へ手を振る。
「うん」
 璃音が扉を抜けた瞬間、部屋が暗闇に包まれた。一瞬でキャンドルの全てが燃え尽きのだ。


×


 ここにわたしの愛した唯一のものを残そう−−−。
 無慈悲な女神を。

 伸也は未来の自分から預かった、館の製作者の日記を閉じた。長い日記には男の苦労、狂気と呼ぶに相応しい哲学などがねっとりと書き込まれていた。無数の生贄を捧げ時間を捻じ曲げ、時の女神を捕らえた男の半生。
 日記を読みながら、テーブルの上にあった銀杯に手を伸ばした。綺麗に飴玉が山になっている。様々な色のキャンディは摘んだばかりの果実のように、鮮やかな色合いを身に秘めている。それを指先で取り、口元へ運ぶ。が、片手間の作業だったせいか唇に当たった。
 こつん、と床へ落ちる。
 隣に座っていた月斗をちらりと見、拾い上げた。息を吹きかけ埃を飛ばす。口の中に放り込んだ。
「っておい、汚いぞ」
「三秒まではセーフです」
「秒数関係ないだろ」
「染み込むんですよ。何かが」
 左右を伸也にはさまれ、月斗は居心地の悪そうにああそう、と答えた。
「ここにいるの?」
 ひょこっと木々の間から千里と璃音が顔を出した。二人とも肩で息をしている。走ってきたらしく頬も桃色に染まっていた。
「急がなきゃ、あたしたちも−−−」
「解っています」
 口の中でパッションフルーツのキャンディを転がしながら、伸也が答える。優雅な物腰で椅子を立った。
「簡単ですよ、建物自体を壊してしまえばいいのです」
「……ちょっと勿体無い気もするなー」
「人の命がかかってるのよ、月斗くん!」
 二人から説明を受け、月斗は羽毛のことを思い出した。時間軸の異なる自分にもあってみたいが、よぼよぼのおじいさんだったりすると泣けてくる。探すのは辞めておこう。
「館丸々壊すのも大変な作業ですね」
「任せて、壊すの得意だから!」
 何故か力こぶを作り−−−といっても細いままだが−−−千里はにっこりと笑う。
「千里ちゃんはクラッシャーだから大丈夫よ」
「そうそう♪ 私の太くて硬いビッグマグナムで一発よ!」
 女の子が口にする言葉じゃないような、と月斗は思うが子供だから黙っておく。
「……負けませんよ」
「あんたは黙ってろ」
 ふんぞり返った伸也を裏拳で殴った。しかも二人居るから二発分叩いた。女の子が口にするのもアレだが、男が言うと冗談に聞こえない。


×


 光が溢れる。
 千里の周囲を蛍のような輝きが飛び回っている。粒子は風に乗って遊んでいるように、くるくると無邪気だ。その光に照らされ邸宅が闇から顔を覗かせている。
「文化財級の建物なんだけどなぁ……仕方ないか」
 横に立っていたカズンの一言に、同じ芸術を愛するものとして伸也は頷いた。少年は大切そうに酒瓶を抱えている。足元に湧き出した霧に璃音が獣声で威嚇した。霧凪が終わりかけている。
「よっし行くよ!」
 光が凝縮し、一気に膨れ上がる。千里の背後に数十メートルの大きさの銃が現れた。星空に浮かび、鈍い輝きを放つリボルバー。見えない手が引くようにぎりぎりと引き金が絞られる。
 全員耳を押え、口を開けた。衝撃の備えるためだ。
 火花が散り、音が空を引き裂く。その後激しい風が突き抜けた。体重の軽い月斗がふわりと数センチ浮いた。
 エントランスへ銃弾が真っ直ぐに飛翔する。
 歪みを修正するように鎚が振り下ろされた。
 屋敷の中心に風穴が開き、崩れ始める。計算された歪みは弱く、自らの歪みに飲み込まれ崩れていった。
 二発、三発と連続して発射される。
 建築に何十年とかかかっただろう建物。崩壊は一瞬だった。
「あ……」
 もうもうと埃や破片が舞い上がる。その煙の中、人影を見た。
 大人びた千里が、煙の中でピースをしていた。極上の笑顔を浮かべて。


「アンナ!」
 立ち上る埃の山の中に、カズンが走り出した。千里の影があった場所に、二十台前半の女性が立っていた。カズンと同じ褐色の肌をしている。驚きつつもカズンを抱き締めた。
「……良かった」
「どうしてたの、あたし」
「説明は後にしよう。お礼は言えよ」
 目を白黒させながらも、アンナと呼ばれた女性は四人に頭を下げた。
「そろそろ戻りましょう」
 どうやら姿を消した人というのアンナらしい。仕事は無事終わったようだ。霧を感じた璃音は冷静に告げる。
「そうだな、マタイで乾杯といくか! 奢るよ」
「羽振りがいいじゃなーい♪」
「千里ちゃん未成年でしょ」
 なるほど、と心の中で伸也は呟く。
 カズンの抱いていたマタイの空瓶。
 その中にはぎっしりと貴金属が詰まっていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0778 / 御崎・月斗 / 男性 / 12 / 陰陽師
 0074 / 風見・璃音 / 女性 / 150 / フリーター
 0165 / 月見里・千里 / 女性 / 16 / 女子高校生
 1092 / 城之木・伸也 / 男性 / 26 / 自営業

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、和泉基浦です。
 依頼にご一緒出来てとても楽しかったです。
 廃墟で踊ろうをお送りさせていただきました。
 今回はかなり長い間かかってしまいました(汗)
 無事依頼は終了しました。お疲れ様でした!

 月見里千里様。
 度々のご参加ありがとうございます。
 ご希望どおりビッグマグナムを発射させていただきました(笑)
 あれについてのコメントもありがとうございました!
 またご一緒出来たら幸いです。では。  基浦。