コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原>


電脳世界、異変あり
●オープニング【0】
 天川高校『情報研究会』――誰かしら外部の人間が訪れることの多いこの部室だが、この日はまた少し状況が違っていた。会長の鏡綾女が顔をしかめているのである。
「……お酒臭いよぉ」
 綾女がそう訴えた相手は顔の紅い中年男性、冬美原情報大学の教授である坂上史朗であった。
「わはは、大丈夫だとも! この坂上史朗、酒は飲んでも飲まれはせん! 昨日もたった2升飲んだだけだ!」
 笑って言い放つ坂上。その息はとても酒臭かった。さすが大学で『酒飲み教授』とあだ名されているだけのことはある。
 ところで何故坂上がここを訪れているかといえば、綾女の姉である鏡巴に紹介されてやってきたのだった。何でも極秘に頼みたいことがあるということで。
 冬美原情報大学が開発に協力したネットワークRPGの発表が延期されたことは記憶に新しい。しかし、その理由については全く表に出てきていなかった。だが坂上の語る所によると、とんでもない問題が発生したというのだ。
「うちの大学で開発協力していたネットワークRPGはいわゆる仮想現実、バーチャルリアリティを組み合わせたシステムで、プレイヤーは自らのままゲーム世界へ入り込むという物だ。ゲーム世界ではプレイヤー当人のデータが、数値として表されている。これにデータを付加することにより、ゲーム世界では魔法が使えたりするという訳だ。問題があったのはその最終テストの段階なんだよ」
 真面目な表情で語り出す坂上。綾女は黙って坂上の話を聞いていた。
「最終テストはこの冬美原をデータ化してゲーム世界として使用していた。その上でうちの学生にテストしてもらったんだが……全員が昏倒状態に陥ってしまった」
 ……全員が昏倒状態とは穏やかではない話だ。システムに欠陥があったのではないか?
「プログラムはもちろん見直したとも。だがバグらしき箇所は見当たらない。アルゴリズムは当然として、論理式のチェックも念入りに行った。それなのにだ」
 けれども何がしかの原因がなければ、全員昏倒などという事態は起こらないはずである。
「1つ気になることはある。昏倒した学生の1人が、うわ言でこう言っていた。『熊が出た。神薙南神社の近くに熊が出た』と。これは僕の想像なんだが、ゲーム世界にバグが実体化しているんじゃないかと思う。そこでだ。我と思わん者にゲーム世界へ入ってもらい、そのバグらしき物を退治してもらいたいんだ」
 そう語る坂上の表情は真剣そのものだった。
 ゲーム世界に入るって……あの、本気なんですか?
「大丈夫だとも、データを付加すれば、ゲーム世界ではほぼどんな能力も使えるぞ」
 いや、そういうことじゃなくってですね、教授。

●酒談義は結構【1】
「酒なくて、何が我が人生かな……っと。こりゃ、結構なもんを頂いたもんだ。さっそく今夜の晩酌にさせてもらおう」
 坂上はラベルに『鬼殺し』とある一升瓶を愛おしそうに抱えながら、ほくほく顔でそう言った。午後2時過ぎ、冬美原情報大学内の特別研究室でのことである。
「手土産に『鬼殺し』を持参しましたが……お口に合うでしょうか」
 そう言ったのはミュージシャンの宝生ミナミであった。坂上が酒好きと聞いて、ミナミとしては珍しく手土産を持参でここへやってきたのだ。
「合うとも合うとも。どこのどのような酒であれ、美味しく飲もうとするのが酒飲みというものだよ、君。わっはっはー!」
 豪快に笑う坂上。これは、筋金入りの酒飲みのようだ。
「そうそう、僕が去年スコットランドへ行った時の話だが、そこで飲んだモルトがまた……」
「酒談義は後でええから、詳しい話してくれへん? うちらかて、暇人ちゃうんやから」
 そのまま酒談義へ流れ込もうとした坂上に対し、すかさず突っ込みを入れる者が居た。呆れ顔の高校生ギャンブラー・南宮寺天音だ。
「おおっと、すまんすまん。いい酒を前にするとこうだから我ながら困る」
 笑いがなら坂上は一升瓶を残念そうに机の上に置くと、その場に居る一同に向き直って顔を見回した。
 ここに居るのは坂上を含めて8名だった。坂上、ミナミ、天音以外に研究室に集っていたのは、エミリア学院の非常勤講師・宮小路皇騎、陰陽師・真名神慶悟、以前に1度坂上と飲んだことのある青年・卯月智哉、エンジニア・霧原鏡二、そして何でも探偵屋・依神隼瀬である。
「普段はここでネットワークRPGの研究開発を行っているんだが、どうかね」
 一同に尋ねるように坂上が言った。広い研究室には大小様々なサイズのコンピュータが所狭しと並んでおり、さらにはSF映画に出てくる冷凍睡眠装置のごとき大きさのカプセルが何台も並んでいた。
 慶悟がカプセルをじっと見つめ、口を開いて話し始めた。
「陰陽とは……光と影の交錯……融和。電脳とて光と影の交錯に支配され、そこに刻まれたプログラムは人の手によりし言霊が連なったものに等しいと観る。さすれば電脳とて我が道何ら支障なし」
「確かに」
 皇騎が大きく頷いた。しかし慶悟はそこまで話してから一旦小さな溜息を吐き、さらに言葉を続けた。
「……とはいえ機械はサッパリだ。怪しげなカプセルも気が引けるが……仕方ない」
 いかに有能な陰陽師といえども、得手不得手な領域というのは存在するようだ。
「ゲーム世界に入ってバグ退治などという危険な役目を回して、心苦しいとは思うがね」
 坂上が申し訳なさそうに言った。
「要するにバグ退治ってのは、実体化したのを倒せば良いんだよな? ってことは、つまりゲーム内で日本猟友会になって、ハンティングに精出せってこと?」
 隼瀬が的確なんだか的外れなんだか、よく分からない質問を投げかけた。ただ坂上が頷いた所によると、大きく的外れという訳ではなかったようである。
「そうゆーたら、冬美原をデータ化っていったいどんなデータ入れたんや?」
 室内をきょろきょろと見回し、天音が尋ねた。確かに、一口にデータ化といってもどこまで実世界のデータを収集し、ゲーム世界に反映させたのかまだ分からない。
「それは様々だが、まずは地図だ。つまりどこにどのような道や建物があるかという位置データだ。それから各建物固有のデータだね。各々広さや高さが異なるのだから。そして画像データか。住宅は別にして、公共施設等については外見が大きく異なるとあれだからね。もっともあくまでテストデータだから、簡素化出来る部分は簡素化しているんだが」
「つまりそれは、ゲーム世界内では住宅が『誰某の家』ではなく、単なる『家』として存在していることもあるということだろうか?」
 鏡二が坂上に尋ねた。
「平たく言えばそうだね。そもそもそうしなければ、データ量が莫大になってしまう。ただでさえ巨大なデータであるというのに、だ」
 苦笑する坂上。鏡二も坂上が言わんとすることは理解出来た。
「何や難しいけど……神薙神社とかは、あるってことやろ?」
 一部理解し難い部分もあったが、天音が坂上に確認した。
「うむ、あるとも」
 坂上はきっぱりと答えた。

●調査の方向性【2】
「何か嫌な予感」
 ここまでずっと黙っていた智哉がぼそっとつぶやいた。皆の視線が智哉に集中する。
「もしかして数値に置き換えられない、何て言うのかな? 本でいう、行間にあたる所に潜む物が本当に居て、それがゲームの世界にも現れている……ってことはないかな?」
「……何者かが関与してるんかもな」
 同意するような天音のつぶやき。天音も何やら思う所があるらしい。
「原因が現実の冬美原にも少なからずある、ということはありませんか? ゲーム世界に入るのは、それからでも遅くないのでは……」
 ミナミが坂上にそう提案した。
「今からかね?」
「そちらはあたしにさせてもらえませんか?」
 現実世界での調査を志願するミナミ。
「ならば、並行して行うことにしよう。そっちで何かあったら、すぐに知らせてくれたまえ」
「はい、ありがとうございます」
 ミナミは何故か安堵したような溜息を吐いた。
「僕もこっちへ残って調べてこようかな?」
 何気なくつぶやく智哉。どうやら智哉も現実世界へ残るつもりのようだ。
「でも変だよな」
 隼瀬が不思議そうにつぶやいた。
「何がだね?」
「普通研究室って、助手やら学生やらが出入りしてるもんだよな? ここに来てから、誰にも会ってないけどな」
 隼瀬の言うように、一同がここへ集まってから誰1人としてやってはこなかった。
「助手は今日は出張だね。学生……まあ、僕ん所のゼミ生だが、先に言ったように全員昏倒したんだ」
「そら誰も来んわな」
 苦笑する天音。ゼミ生が全滅してしまったら、そりゃこちらへお鉢が回ってくる訳である。
「ああ、その昏倒した学生たちのことですが、先に病院へ回ってデータを借りてきました」
 皇騎が分厚く大きな封筒から、昏倒状態にある学生たちの健康状態の記録データの写しを取り出した。
「奇妙だったろう?」
「ええ」
 神妙な表情になる坂上。皇騎もやはり神妙な表情で答えた。
「どう奇妙だと?」
 鏡二が怪訝そうに尋ねた。
「体温・脈拍・心拍数、その他諸々のデータはほぼ異常なし。ただ脳波に乱れが見られるのと、一向に意識を回復しないことだけです」
 皇騎が淡々と答えた。
「一応、医師が言うには強い精神的ショックを受けたのじゃないかということなんだが……」
「何かに取り込まれている可能性もあるでしょう」
 坂上の言葉に対し、きっぱりと答える皇騎。
「何にしろ、実体化したバグを退治すれば解決するんだろう? ここであれこれ議論してるよりは、早く中に入って退治した方が有意義だと思うんだけどさぁ」
 そう言って隼瀬が小さく欠伸をした。
「おお、それもそうだ。さっそく準備に取りかかるとしよう……突っ込みを入れてくれる青年が1人2人居ると、便利なものだ」
 感心したような坂上。隼瀬が一瞬坂上を見たが、何も言わずまた欠伸をした。
「……あんな、あの人女性やで」
「を?」
 ぼそっと突っ込みを入れた天音の言葉に、坂上が目を丸くした。

●準備作業【3】
 長々とした話し合いも終わり、実際にゲーム世界へ入るための準備作業が始まった。
 皇騎と鏡二は坂上とともに、プログラムデータに新たなルーチンを組み込んだり、問題発生時前後の管理用ログデータの把握に努めていた。
「煙草が欲しいな……」
「ついでにパートナーとして優秀な猟犬がいると最高なんだけどなぁ。秋田犬とかさぁ」
 慶悟や隼瀬がそんな要望を出す度に、皇騎と鏡二、そして坂上は何かしらデータをいじくっていた。
「なるほど、キャラの各パラメータの上限は2バイトで……」
「待て。そこを触ると、ここの判定条件が変わってくるはずだ」
「ここのオーダーは、こっちのアルゴリズムを使うと低減出来ると僕は思うね」
 3人の会話は、コンピュータ知識皆無の人間が聞くとまるで呪文のようである。
「ああもうっ! 数値化する前のデータでこんなにあるんかいな……」
 3人が作業している隣では、天音が収集された冬美原のデータ内容の把握に努めていた。地図や主要な建物の写真など、データの内容は様々である。ただ問題はあれである、どこまでデータが使用されているかは、実際にゲーム世界に入ってみなければ分からないのだが……。
「それじゃあ、あたしたちも行ってきます」
「ここは冬美原だし……気を付けてね」
 そう言い残し、ミナミと智哉が研究室を出ていった。こちらはこちらで調査を開始するのだ。
 結局準備には1時間強を要し、終わったのは午後4時を回っていた。

●注意事項【4】
「確認するが、君たち4人のサポートは我々2人が外から行う」
 坂上がゲーム世界へ入る者たちに対し、最後の注意を行っていた。ゲーム世界に入るのは皇騎、慶悟、天音、そして隼瀬の4人と決まった。鏡二は現実世界へ残り、坂上とともに外部からサポートすることとなっていた。
「恐らくゲーム世界に入ると、ヘッドセットマイクがついているはずだ。本来はこちらから一方通行だった通信を、双方向で行えるよう改良した」
 モニタの前の椅子に腰掛けたまま、鏡二が4人に言った。隼瀬の要望を受けて、本来システムに備わっていた通信手段に改良を加えたのである。
「各種パラメータに関しては、最大値で固定されるようにした。残りの弾数を気にすることもない」
 その鏡二の言葉を聞いて、隼瀬が拳をぐっと握った。射撃の名手である隼瀬にとって、弾数が無制限というのは嬉しいことであった。残りの弾数を気にする必要があるかどうかで、動き方も変わってくるのだから。
「他にも組み込んだ物はあるが……」
 鏡二はちらりと皇騎を見てから言葉を続けた。
「……詳しいことは中に入ってから、あいつに聞いてくれ」
 皇騎を指差す鏡二。皇騎が薄い笑みを浮かべた。
「ともあれ皆、気を付けてくれたまえ」
 坂上の言葉を受け、ゲーム世界へ入る4人は各々のカプセルへと向かった。天音がカプセルの中を覗き込む。
「これ被って横になったらええんやな」
 カプセルの中には、旧タイプのヘッドマウントディスプレイのようなヘルメットがあった。
 4人はカプセルに入り、ヘルメットを被って横になった。カプセルの扉が坂上の手によって全て閉じられる。
「システムの開始を」
 坂上の合図で、鏡二がキーボードを叩いた。カプセルの内部に穏やかな音楽が流れ、ヘルメットにつけられた液晶画面に色とりどりな幾何学模様が巡るましく映し出される。やがてそれは冬美原の風景へと形を変えてゆく。
 いつしか4人の意識はゲーム世界へと落ちていた――。

●サポート開始【5C】
『準備はいいか』
 4人がゲーム世界に入って少しして、鏡二がキーボードを叩き回線を開いた。モニタに文字が出力される。ここで入力したことは同時に4人へと伝わるようになっていた。
『問題発生当時の管理用ログを分析した所、いずれもほぼ同じ場所で戦闘発生を示すデータが記録されていた』
 皇騎の主導で分析した内容の説明を行う鏡二。やはりモニタに出力された後、それに続いて皇騎からのメッセージが出力された。
『皇騎:場所は神薙南神社のすぐそば、ここからずっと南です』
 回線を開いていると、このように向こうのメッセージがこちらへ出力されるシステムなのだ。
『今の所、敵らしきデータは観測されていない。とりあえず、神薙南神社の方へ向かってほしい』
 続けてそのように入力する鏡二。そして位置情報を4人に提示してから、1度回線を閉じた。
「ふむ、4人揃って移動を開始したようだ」
 別のモニタを監視していた坂上がつぶやいた。4人がどこに居てどこへ向かっているか、こちらで分かるようになっていた。
「お? 1人別の方へ向かったか……そちらでもデータを確認してくれんかね?」
 坂上の指示で鏡二は別行動を取った人物のデータを呼び出した。それは天音であった。位置情報を見ると、何故か1人だけ冬美原城址公園の方へ向かっているのだ。
「何か考えがあるのか……まあいい」
 天音の行動を奇妙に思いつつも、鏡二は各種データの監視に戻った。今の所、別段異常は見られなかった。

●異常データ【6C】
「それはアメジストかね?」
 坂上が不意に鏡二に話しかけてきた。奇妙なことに、鏡二の左手には宝石が埋め込まれていたのだ。
「……ええ、まあ」
 素っ気無く答える鏡二。坂上に見えないよう、すっと左手を隠す。
「ピアスの一環かねえ。僕にはよく分からないが」
「…………」
 鏡二はそれに対し、何も答えなかった。べらべらと話すようなことではないし、話す気もないのだから。
「ふむ……今度はあちらへ向かったのか」
 モニタを見ながら坂上がつぶやいた。と、その時だ。鏡二が監視していたデータに異変が起きたのは。
「不審なキャラデータ発生……!」
 新たに発生したキャラデータを確認する鏡二。それは4人とそれに附随した物ではないデータであった。キャラデータの名称が『unknown』となっており、各種パラメータが最大値になっていたのだから。
 鏡二は不審なキャラデータの現在地を確認すると、神薙南神社の近くに来ていた皇騎、慶悟、隼瀬の3人に対して回線を開いた。
『敵と思しきデータが自然発生した。敵は1体、場所は現在地、各自気を付けろ!』
 キーボードを叩いて3人にそう伝えると、鏡二は他のデータの確認を行った。他のデータには異常は全く起きていない。
(どうして自然発生した?)
 ゲームのシステムプログラムには敵が自然発生するようなルーチンは組み込まれていなかった。一応組み込めるようにはなっていたが、現在では何もせずに処理を終えるようになっている。
「闇の存在か……?」
 一瞬手を止めてつぶやく鏡二。しかしすぐにまた、各種データの監視へと戻っていった。

●増殖【7B】
 モニタには戦闘の発生を示すシステムメッセージが出力され、随時戦闘の状況が報告されていた。
「敵のHPは断続的に減少中……3人に被害はなし」
 刻一刻と変わる各種データに注意を払いながら、鏡二は口頭で坂上に報告を行っていた。
「つまりあれかい、一方的に攻撃してるってことかね」
「袋叩きでしょう」
 尋ね返す坂上に対し、鏡二はしれっと答えた。報告される戦闘の状況を見る限り、そうであったのだから。
 やがて敵のHPは0となり、死亡というステータスがシステムメッセージによって確認された。
「やれやれ、これで解決出来そうだ。今夜の酒はさぞかし旨かろうな。どうかね、一緒に1杯」
 舌舐めずりする坂上。けれどもまだ事件は終わっていなかった。何と死亡したはずの敵のキャラデータが元の数値に戻ったのである!
『おい、緊急事態だ! 今倒したはずの敵のデータが、元に戻っている!!』
 鏡二は即座に3人に通信を送った。しかし異変はそれだけで終わらなかった。何と敵のキャラデータが増え始め、10体以上にもなってしまったのだ!
「どういうことだ……?」
 呆然とする鏡二と坂上。だが手をこまねいている訳にはいかない。こちら側からも対処すべく、敵たちのキャラデータを呼び出して強制介入を行おうとした。敵のパラメータを強制的に書き換え、交戦状態にある3人の負担を軽減しようと試みたのだ。

●データロック【8D】
 坂上と2人がかりで敵データへの強制介入を行おうとした鏡二だったが、30分以上経過してもなお介入に成功していなかった。
「参ったな……完全にデータがロックされとるぞ」
 苦々し気につぶやく坂上。そう、敵のデータが全てロックされていたのだ。
 これはつまり何を意味するかというと、まずこちらからデータを書き換えることが出来ない。そして、ゲーム世界の3人がいくら攻撃を命中させても、敵のHPを減らすことが出来ないということでもあった。
 3人のデータに目をやる鏡二。幸いにも3人のパラメータに変動はないが、長期戦になればどちらが不利になるか、鏡二には分かっていた。
「……まずいな」
 ぼそりつぶやく鏡二。敵はただのデータ、それに対し3人は生身の人間である。どこまで精神が持つか、それが問題となる。
「教授、ゲーム世界から脱出する用件は?」
「うむ、1つはスタート地点に戻り、正しい手順で終了すること。もう1つはゲーム世界内で行動不能……つまり死亡すること。最悪の場合、強制終了させることも可能だが……これだと精神に多大な負担がかかると思われる」
 坂上は、額の汗を拭きながら鏡二の質問に答えた。
 やがて皇騎から通信が入ってくる。
『皇騎:応答願う! イレイザーがまるで通用しない! 各種データの状況を答えたし!!』
 ゲーム世界の混乱が伝わってくるようなメッセージであった。
『味方に関するデータはオールグリーン! しかし敵データ変動なし、さらに強制介入不可! 非常に強力なデータロックがかけられている模様! 現在、2人がかりでロック解除中だ!』
 鏡二は素早くメッセージを返すと、またロック解除の作業へと戻っていった。

●ばらした!(ロック解除)【9B】
 それから数分後、研究室に1本の電話がかかってきた。電話に出る坂上。
「もしもし、今取込み中……お、宝生くんかね! 何? 現実世界の熊を退治した……?」
 怪訝な表情を浮かべる坂上。どうやらミナミが電話をかけてきたようだが、その内容が理解出来ないらしい。が、それは研究室やゲーム世界に居る者にとっては吉報だったのだ。
「ロック解除! そうか、自己修復のプログラムがデータ自身に潜んでいたのか……」
 そう、敵データのロックが解除されたのだ。鏡二はロックを解除するや否や、敵データのHPを片っ端から下げていった。
『ロック解除に成功、思いきりやってくれ!』
 3人にそう通信を送ると、鏡二は事の推移を見守った。
 敵のデータは1体、また1体とHPが0になった後に消滅してゆき、瞬く間に全て消え去ってしまった。
 これで本当に事件が終わったのである――。

●事件解決【10A】
 夜7時、研究室に再び8人が集っていた。8人の視線の先には、携帯電話とノートパソコン、頭部がぼろぼろになったテディベア、それから布に描かれた魔法陣があった。
「で、これがどこにあったって?」
 天音がミナミに尋ねた。
「神薙南神社近くの、今は誰も住んでいないアパートの1室に」
 ミナミはそう言って、正確な住所を地図で示した。これらの物品は、ミナミと智哉がそのアパートから回収してきた品々であった。
「そこって、最初に熊が出現した所じゃないのか?」
 ふと気付いて、隼瀬が言った。それを受けて、坂上が管理用ログを確認する。
「うむ、データとしては相当するようだ」
「想像するに、何者かがその魔法陣を用いて、ゲーム世界に熊を送り込んだ……ということか?」
 慶悟が自らの推論を述べる。だが自分で言っていても何かすっきりしないようである。
「ゲーム世界に居たヒトが神社の境内で戦ってた頃、こっちの神社でも風もないのに木々が揺れたんだよ。だから相互で影響が及んでいたんじゃないかなあ」
 智哉が興味深気に言った。時間を突き合わせてみると、見事に一致していた。
「きっと、そのテディベアがバグの本体だったんじゃないですか?」
 ミナミがテディベアを指差して言った。前後の状況から判断するに、その可能性は非常に高い。
「そして本体を倒したことにより、ゲーム世界でのバグも取り除くことが出来た……と、いうことですね」
 納得したように頷く皇騎。
「ついでに言わせてもらえれば、クラッキングも疑った方がいい。携帯にもノートパソコンにも何らデータは残ってはいなかったが」
 鏡二は頭を掻きながら言った。先程少し調べてみたが、こんな事件を起こした犯人に繋がるデータどころか、何のデータも入っていなかったのだ。
「そういう報告は僕の所に入っていないんだが……」
「上には上が、闇の奥には闇が居ますから」
「アクセスログをも改竄したんだろう」
 坂上のつぶやきに対し、皇騎と鏡二がほぼ同時に答えた。
「ああ、分かった。明日からさっそく学内システムの見直しを行おう。何にしても、これで研究開発の方も続けられる。感謝するよ」
 坂上が一同に対して深々と頭を下げた。
「……さて、と。君たち、お腹は空いていないかね。今日のお礼だ、夕食を奢らせてくれないかな。飲める者は、今夜はとことん飲もうじゃないか。問題解決のお祝いだ」
 そう言って坂上は、ニヤッと笑った。

【電脳世界、異変あり 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0493 / 依神・隼瀬(えがみ・はやせ)
                / 女 / 21 / C.D.S. 】
【 0516 / 卯月・智哉(うづき・ともや)
                 / 男 / 20? / 古木の精 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
           / 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 0800 / 宝生・ミナミ(ほうじょう・みなみ)
               / 女 / 23 / ミュージシャン 】
【 1074 / 霧原・鏡二(きりはら・きょうじ)
                 / 男 / 25 / エンジニア 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全22場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしました、電脳世界でのバグ退治についての物語をお届けします。タイトルには電脳世界とありますが、現実世界との両面で物語は動くこととなりました。実は現実世界で動く方が皆無だった場合、今回の物語は次回へ続けるつもりでした。が、そういう事態は見事に回避されました。
・もちろん電脳世界で動かれる方も重要ですので、優劣があるということはありません。皆さん各々がいいプレイングを出されていたと思いますよ。ありがとうございます。
・本文の翌日、昏倒した学生たちは全員意識を回復しました。2、3日経過を見てから退院出来るとのことです。またネットワークRPGの研究開発の方も再開されました。もっとも何者が妨害したのかは分からないままですが……今回の目的はバグ退治でしたから、そこまで気にする必要もないかもしれませんね、今は。
・霧原鏡二さん、初めましてですね。研究室でのサポートお疲れさまでした。自らの能力を活かしたいいプレイングだったと思いますよ。かなりてんやわんやだったとは思いますが。果たして高原はイメージ通りに描くことが出来たでしょうか?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。