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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


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++ 視線 ++
「視線?」
 問い返す三下に大きく、そして実に得意そうな様子で頷いて見せたのは一人の女。年の頃は二十代前半であろうと思われるが、一度三下が尋ねたところ、『次に聞いたら殺す』などと言われてしまったために本当のところは分からない。
「そー。たまたま都市伝説のこと調べてて会った女子高生――恵子チャンっていうんだけど、彼女から相談されたの。部屋にいると窓から視線を感じるんですって」
「でもそれってよくあることなんじゃないですか? いえ……別に凪さんの話を疑っているとかではなくて、よく髪を洗っていると視線を感じるとかあるじゃないですか……だからなんで睨むんですか……!」
「うるさい馬鹿。だから普通じゃなさそうだからこうしてネタ提供してやろうってんじゃないのよ。たまには編集部でデカい顔したいでしょ?」
「……前にも同じことを言われて騙されて、結局ガセだったじゃないですかあああっ」
「黙れ馬鹿。この業界ガセなんて日常茶飯事でしょ――話戻すわよ。それでね、視線は部屋でしか感じないの。例えば通学途中だとか、家の……居間とかキッチンでは全く感じないんですって。恵子チャンが部屋にいるときだけ。変な話よね」
 煙草を一本くわえると、凪は無言でそれを突き出してくる。三下は彼女の怒りを買わないようにと細心の注意を払いながらテーブルの上のライターを手に取り、火をつけた。
 ふう、と凪が紫煙をくゆらせる。
「私も個人的に調べて見たんだけれど、恵子チャンの部屋の窓からみえるのって、四階建ての廃ビルくらいしかないのよ。で、そのビルが問題なのね――そこ、出るんですって」
「で……でででで出るって何がですか……」
「幽霊に決まってんだろ馬鹿。四階のベランダにガキんちょの幽霊が出るんですって。それが、人に話しかけられても何も答えずに、ただ膝を立てて体育座りをして、じっとどこかを『見て』いるとかって話よ。私はねえ、こういう情報を集めて一人でぐふぐふ笑っているのが好きなマニアであって、お祓いなんてできやしないの。でもこの手の編集部なら調べる人材も、いざってときに対応できそうな人の人脈もあるんじゃないかって思ったんだけど――それに上手く取材できれば、三下くんも編集長に褒められるかもしれないわよー、どう?」


++ 迷子の大人たち ++
 何棟かの団地の中を抜ける路地を歩きながら、地図を片手に首を傾げているのはスーツ姿に度の強そうな眼鏡の男だった。彼の名は三下・忠雄。月刊アトラス編集部に勤務する編集者である。そして対するは、時折編集部に出入りしている凪という名の女だった。
「おかしいな……道は間違いないはずで……」
「現に間違ってんだろ馬鹿。次間違えたら逆さに吊るすから覚悟して地図見なさいよ。ホラ、次の道はどっち?」
「え、えええええっ。ち、ちょっとまってくださいよおお……」
「大丈夫っす! 必ず俺が助けますから。俺は木登りも得意っすから心配しないでください!」
 地図を覗き込む三下を励ましているのは、日に焼けた高校生前後と思われる少年だった。確か編集部で出会ったときに互いに自己紹介をしている筈だ、と村上・涼(むらかみ・りょう)は少年の名前を脳裏から引っ張り出すことに成功する。
 そう――確か彼の名は湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)といった。
「それって、既に吊るされること前提で話してない?」
「ミノムシのよーに吊るされている三下さん相手であっても、俺の愛は薄れないから心配無用っスよ!」
 会話をしていてどこか、微妙にかみ合わないものを感じた涼が首を傾げる。その首をぐきりと、いささか強引に凪が自分のほうへと引き寄せた。
「馬鹿は吊るされて私を楽しませるくらいにしか使えないのよ。ほら三下道は?」
「だから凪さん、三下さんのことを馬鹿馬鹿言うのやめてくれって何度も言ってるっスよね?」
「私は誰にでも馬鹿馬鹿言うのよ。それが嫌なら耳塞ぐのね三下、道!」
「は。はいぃっ!」
「凪さん首痛い首!」
 ひび割れたアスファルトが、夕焼けに朱を帯びていた。編集部を出たときにはまだ昼間だったはずなのだが、三下が何度も道を間違えてしまったがために既に夕方である。
 四人が今向かっているのは、恵子の部屋から見えるという問題のビルである。涼としてはそのビルが廃屋と化した直接の原因を知りたいと考えているのだが、その前に問題のビルを見ておくのもいいだろう。
 歩き続ける三人の前に、ゆっくりと見えてくる灰色の建物。それは夕焼けに染め抜かれた景色の中で、一つだけ朱の洗礼より逃れ重苦しい――独特の雰囲気を放っているように見えた。
「で、どうするんスか?」
「そういう君は、三下さんと一緒に行動する気まんまんでしょ……」
 涼が問いかけると、龍之助が勿論っス! と言いながら頷く。
「私はちょっと調べものしてからまた来るわ。凪さんは?」
「恵子チャンが心配なんで、ここからすぐ近くだし足伸ばしてみようとは思ってるけど――何かあったら連絡して」
 スケジュール帳の隅にさらさらと携帯のナンバーを書くと、凪はぴっとその部分を破って差し出した。紙片を受け取りながら頷いて見せる涼の脳裏には、三下が凪のことを評した言葉の数々がふと思い出される。
「ところで――凪さん何歳?」
 それが勿論、首の痛みに対するささやかな逆襲であることは確実であった。


++ ハル ++
 この近辺は、問題の廃ビルのほかにも幾つかの建築現場があり、そのほとんどが頓挫した状況で放り出されているのだという。だが、廃ビルが他の建造途中の建物郡と違う点は、あのビルだけが取り壊しを待っていた、という点だ。
 穏やかな表情をした男は数年前まで、建築業者に勤務していたらしい。少し曲がった腰と、弱弱しい体つきからして、とてもそうは見えない――そんな涼の視線を感じた男は、照れたような笑みを浮かべた。その片腕には、子供がじゃれついている。
「といっても私は、主に事務仕事というか営業というか……まあそんな感じの仕事ばかりでしたので。ですがあのビルについては耳に挟んだことがありますよ。あれは、取り壊しを待っていたんです。だが取り壊すといってもやはり金はかかりますでしょう? ビルを手がけていた会社が不況で倒産し、結局あれは取り壊されることもなく、引き取り手もなく、今もああしてあそこに在るという訳で」
 やがて、男に相手にされないことに頬を膨らませた子供は、公園の隅に設置されていたブランコへと駆け出していく。
「取り壊しが決定した理由はご存知ですか?」
「勿論です――まあ元々建物が老朽化していたというのも理由の一つですが、子供がね、行方不明になったんです。女の子は結局数日後には発見されたそうなんですが、近所の子供たちはちょろちょろと入ってしまいますからね、どうしても。ならばいっそのこと取り壊してしまったほうが、ということなんでしょう。いつ壊れるか知れない建物の中で子供を遊ばせるよりも、平地で遊ばせたほうが目も届くし危険も少ないと、そういうことなのでしょうが」
 ブランコの上で男を呼び寄せる子供に、彼は手を振って見せた。涼は小さく頭を下げると、振り返り歩き出そうとする。
「ああ、そういえば――」
 男が何事かを思い出したようにして顔を上げた。涼が振り返る。
「少女は発見されたときに、大人たちにこういったそうですよ。『ハルがいたから寂しくなかった。だから、あの子も平気』と。ハルって、何なのでしょうかね。どう思われますか? それにあのビルで消えたのは女の子一人だった筈なのです。ならば、女の子の言う『あの子』とは何なのでしょうか?」
 逆に問われて、涼は首を横に振った。


 ひび割れたコンクリートの壁面を指先で撫でながら、涼はこつこつと足音を響かせて階段を上る。ビルの中に電源など通っているはずもなく、既に足元は真っ暗で、一歩一歩を確かめるようにして進まなければ足元すら危うい。
 階段を三階まで上がったとき、踊り場で涼が足を止めた。転がっているのは一体の、クマのぬいぐるみ。このビルの中に残されたもののほとんどが埃を被って古ぼけているのに対し、それは確かに古くはあったが、ほつれているところもない。
「子供が入り込んでいることがあるっていうし、落としたのかしらね、誰かが」
 一人でそう呟き、ぬいぐるみを拾い上げた。別にことさらに目的はないが、それを手にしたままで四階へ向かう。そこには、ベランダから一点を見つめているという子供の霊がいる筈だった。
 ゆっくりと息を吐きながら最後の一段を上がる。転がった瓦礫に足を取られないようにと注意しながら、ドアがあったであろう隙間を通り抜けた。そして、息を止めた。
 思わず立ち止まった涼の位置からはベランダがよく見えた。
 こちらに背を向けてベランダに座っている龍之助。そしてその隣には、小さな子供がじっと体育座りをしている。おそらく小学校高学年前後であろうかと思われる子供が――否、子供の霊が、ゆっくりと振り返った。
 空ろな眼差しが、涼の持つクマに注がれる。
『……ハル……』
 霊が、そう名前を呼んだ。弾かれたように龍之助が振り返る。
「あれがハルなのか?」
『うん。僕はずっとあれを、恵子に返してあげたかったんだ。ずっと――』
「なんで今まで自分で返そうとしなかったんだ? 恵子さんの家だってこっから近いみたいだし、機会はあったんじゃないかな」
 龍之助の言葉に答えないまま歩み寄ってきた霊に、涼がそっとぬいぐるみを差し出す。すると霊は寂しげな笑みを見せてクマにむけて手を伸ばす――だが、その手はするりとクマをすり抜けてしまう。
「そうね――触れないものね」
 少年が何故クマを恵子に返したいのか、その理由は知らない。
 だが、返せない理由ならば分かる。彼はこれに触れることができないのだ。
『このクマは、元々恵子のものだから――恵子が僕に、貸してくれたものなんだ。けれど僕は知ってる。恵子がこれをどれだけ大切にしていたのかを』
 断片化された情報が、少しずつ涼の中で繋ぎあわされていく。パズルさながらに。
 このビルで数日間姿を消した少女。
 ハルがいたから寂しくなかった。だから、あの子も平気、という言葉。
 そして、ハルを恵子に返そうとしている少年の霊。
「ここで行方不明になったっていう子供は、恵子さんのことなのね」
 恵子はおそらく、何らかの事情によりこのビルから出ることが出来なくなったのだろう。そして、それを慰めたのがハルと、この少年だ。
 大人たちの手で救出された恵子は、少年にハルを託す。少年が一人で寂しがらないように――それはおそらく幼い恵子も知っていたのだということを示唆している。
 そう、恵子は知っていた。
 自分と共にいた少年が、自分と同じところにいるモノではないということを。
 そして少年が、このビルから出られないのだということも。
「これを、恵子さんに返してやりたいんだけど――さっき、凪さんの携帯聞いてたっスよね?」
 ああ、と涼は凪から手渡されたメモのことを思い出す。
 ハルは恵子の元に帰るだろう。
 誰にでも、帰る場所はある。どこかに。
 だが、少年は?
 彼らの住まう世界のことなど涼は知らない。
 そして、彼らに帰る場所があるのかどうかすらも。


++ 何処に ++
「記憶に少しだけ、曖昧なところがあったみたいなの。それも特に幼い頃のことが」
 長い黒髪の一部を赤く染めた女は、皮ジャンに真っ赤なパンツ、そして腿近くまであるブーツという、一目見たら忘れられそうにない出で立ちをしていた。ライブハウスなどで活動をしているのだという女は、宝生・ミナミ(ほうじょう・みなみ)と名乗る。
「一緒に恵子チャンのほうをいろいろ調べていたのよ。あとは――彼女のことは二人も知ってるでしょ」
 ちらりと、凪が視線だけでビルの敷地と外とを隔てていた壁のほうを示す。それはおそらく門があったところなのだろうが、今や門などというものはなく、そこはぽっかりと外への入り口を開いていた。
 そして、そこから歩いてくる二人連れ。一人はセーラー服の少女。そしてもう一人は、涼も龍之助も見知った人物――シュライン・エマ(しゅらいん・えま)だった。
 恵子たちと涼たちとの間には、ぽつりと少年が立っていた。何らかの決断を待つ彼は、それでも穏やかな顔をしている。
 少年の声が、聞こえた気がして涼ははっと顔を上げた。そんな彼女の元に、恵子が駆け寄ってくる――少年をすり抜けて、真っ直ぐに涼の持つクマのぬいぐるみへと。
 その瞬間、少年が振り返った。
「ハル――!」
「恵子ちゃん、聞きたいことが――」
「やめておきなさい」
 手を伸ばしかけた龍之助を制したのは、ミナミだった。
 だが恵子はゆっくりと顔を上げて頷いた。
「覚えています。ここであったことは――どうやって入り込んだのか覚えていないけれど、小さな物置場みたいな部屋から出られなくなってしまったとき、私はハルと一緒でした。そして、もう一人が加わったことも――私が出られないはずのところから、あの人は自由に出入りすることができた。けれど、ここから出て行くことができた私と違い、あの人はここから出ることができなかった――」


『ねえ、行こうよ』
 母の胸に抱かれる幼い恵子が振り返る。差し伸べられた手に少年は寂しげな顔をして首を横に振った。
 母は言った。誰に向かって話しているの、と。母には見えなかった。恵子とともにあった少年の姿が。
 そして恵子は悟る。少年がここから出ることができないのだという残酷な現実を。
『――ハルを、貸してあげる! 恵子は寂しくないから、ハルがいればきっと平気だよ!』


「あの視線は、『あの人』のものだったんでしょうか――?」
 少年はじっと恵子とハルとを見ていた。やがて呟く。
『そうか、僕はもう、彼女には見えないんだね――』
 そして少年は涼に歩み寄った。涼に小さく耳打ちする。
『伝えてくれないかな。もう視線を感じることはきっとないって――ねえ、ハルは恵子のところに帰っていくね。ならば、僕もいつかどこかに帰るのかな――僕には、帰る場所はあるんだろうか』
 それは、誰にでもある。いつかは誰しもが帰るのだ、何処かに。
 今はその道を忘れていても。自分には、彼のそれが見えなくとも。
『僕は、ドコに帰るんだろう――?』


++ 人はいつか辿りつく、どこかへ ++
 地響きとともに巨大な鉄球がコンクリートの建物へと振り下ろされる。
「年代モノだけあって簡単に終わりそうね」
 シュラインの言葉に一同が頷いた。
 廃ビルは取り壊されることとなった。今までずっと放置されてきた取り壊しが、ハルの帰還にタイミングを合わせたように実行されるという、というのがどこか奇妙な気がしないでもない。
「ところで三下さんはドコっすか?」
「ああ、なんかさっき凪さんが煙草買ってこいって。ついでだから私もジュース頼んだんだけど」
 しれっとして答える涼に、龍之助が血相を変える。
「なんであの女の横暴を許すんっスか……っていうか三下さんをパシらせるなんてとんでもないっスよ」
「パシらせるなんて人聞き悪いわよ。凪さんはともかくとして私は『お願い』したの」
「ああああ悪っス。ここは悪の巣窟っス! 待っててください三下さん。今すぐ俺が助けに……!」
「でも頼んだの私だけじゃないもの。みんな何か頼んでるわよ――キミ以外は」
「……どういうことっスか……よりもによって皆でよってたかって三下さんになんて仕打ちを……! もう黙っていられないっス。戻ってきたら三下さんに対する態度を改めてもらうために皆で話し合うっスよ!」
 走り出した龍之助。苦笑し肩をすくめた涼たちもそれに続く。ふと、ミナミに肩をつつかれて涼が振り返った。今まさに取り壊されつつあるビルのほうへと。
 ビルの間近――瓦礫が降り注ぐのではないかと思われるくらい間近で取り壊しをじっと見つめる少年の影。それがゆっくりと振り返る。
『やっと、ボクはここから行ける。何処かへ』
 コンクリートから覗く鉄筋がひしゃげた。がらがらと大きな音を上げる取り壊しの現場で、少年と涼たちとの距離は離れていた。本来ならば、その声は聞こえないはずだった。

 だが、聞こえたのだ。確かに。


『だから僕は行こうと思うよ。いつか誰しもが何処かに帰り、辿り着くのならば。それはきっと僕にもあるはず』


 繰り返される言葉。それは胸を打つ響き。


『だから僕は、探そうと思うよ』


 ふと凪の手が涼の首に絡めるようにして回された。密かに嫌な予感がしたものの、それでも涼は一瞬だけ目を閉じ――そして開く。そこにはもう少年は見えない。
「そういえば、まだ答えてもらってなかったなーとか思っちゃったんだけれど。凪さんって結局何歳……って痛い! だから首は痛いって何度も何度も……!」
 必死で凪に抵抗しつつも、それでも涼は振り返った。
 いつか、見つかるといい――そう、願いながら。


―Fin―





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0218 / 湖影・龍之助 / 男 / 17 / 高校生】
【0381 / 村上・涼 / 女 / 22 / 学生】
【0800 / 宝生・ミナミ / 女 / 23 / ミュージシャン】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。虫歯治療中で死ぬ思いをしている久我忍です。
 どちらかといえば、虫歯の痛みよりも治療費の膨大さに死ぬ思いだったりします。

 ここのところシリアスものばかり書いておりましたが、次は幽霊も妖怪も出てこないほのぼの系のお話か、登場人物はシリアスなつもりなのに何故か滑稽に見えてしまいそうなお話しのどちらかで行こうと思っております。
 ということで、どこかで見つけたらどうぞよろしくお願いします。ではでは。