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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


山登り隊
●序
――じゃじゃ〜ん!おっまたせしましたっ!このたび目出度く『集え!山登り隊!』の企画が始動しましたよぅ!さあ、レッツ山登り!
「……何ですか?その頭悪いような文章」
 草間はじっとそのような文章の書かれた紙を見つめ、呟いた。
「何気に失礼な事を言う人ですね」
 苦笑しながら依頼人である、楠木・大悟(くすのき だいご)は言った。年齢は30くらいであろうか。彼はその紙に書かれている『集え!山登り隊!』の隊長なのだそうだ。つい最近出来たばかりの、山登りの好きな者達の集うサークルなのだそうだ。
「先日、そのサークルで行く予定にしている麗峰山(れいほうやま)に登ったんですよ。ですが、登山口の所で……男の人に出会いまして」
「男の人……ですか」
「ええ。その人が言うには、この山は自分のものだから登山に使うなって言うんですよ」
「自分のもの?」
「ええ。でも、その山はちゃんとした登山できる山なんです。2週間前に下見に行った時はその人はいなかったのですから。それに、ちゃんと調べましたし。でも、その人はそう説明しても聞いてくれなくて……もし登ろうとしたら妨害するって」
「そういうのは警察に……」
 草間はそう言いかけて、押し黙る。少し考えたら分かる事だ。どうして彼が警察ではなくこの草間興信所に来たのか。
「その人、体が透けてたんですよ……?」
「……分かりました。つまりはあなた達が登山できるようにすればいいんですね?」
「お願いします」
 頭を下げ、楠木は去っていった。草間は『集え!山登り隊!』の紙をじっと見つめるのだった。

●準備
「麗峰山……」
 そう呟き、灰野・輝史(かいや てるふみ)は腕を組んだ。
(その名前自体がどうも気になるんですよね。言葉の響きといい、どうしてもひっかかってしまう……)
 麗しい峰の山、と書いて「れいほうざん」と読む。言葉の語感が、どうしても気になってしまう。
(山の由来や、神社や祠がないかどうかを調べておいたほうがいいかもしれないですね)
 そこまで考え、にっこりと輝史は笑った。大学時代に専攻していた民俗学のことが、思い出される。日本各地の独特な民俗を論じられた論文集を読みふけった事もあったし、自らが設定したテーマに即したものを書き上げる為に実際にその地に赴いた事もあった。その経験一つ一つが思い出されてくるのだ。
「いい機会ですから、昔を思い出して調べましょうか。何といっても、得意分野ですからね」
 そう言って小さく笑い、すっと輝史は立ち上がる。在籍していた大学の図書館に向かう為に。

 輝史は大学を見上げ、懐かしさがこみ上げてくるのを感じていた。ほんのついこの間の事なのに、まるで何年も前に来ていたような思いにかられる。
(郷愁の念、というものに似ていますね)
 苦笑しながら輝史は考え、門をくぐった。図書館は門を入ってからすぐのところにある。大学の生徒でなくても、利用できるようにという大学側の配慮からだ。
(僕にとっては、ありがたいシステムですね)
 図書館の扉を開ける。図書館独特の匂いが、つうんと鼻につく。レポート制作の為に、夜遅くまで残っていた事が昨日の事のように思い出される。
(いけませんね。こういったノスタルジックな想いは、全てが終わってからじっくりと味わうに限ります)
 民俗学の本の在る所に辿り着き、輝史は目を凝らす。ここからが本番だと言わんばかりに。
「ええと……ああ、これですね」
 地元の歴史や文化を書き綴ってある本を一冊取り出し、椅子に座らずに読みふける。じっと、立ったまま。
「山の神……登山者が、その登山の無事を祈って参る祠……ですか」
 麗峰山にあるというのは、ただそれだけだった。麗峰という名は、頂上から見る景色の美しさから来ているという。また、一説には……。
(霊の訪れる山……霊訪山……ですか)
 だが、それはあくまでも数ある伝承の一つにしか過ぎず、また寧ろ美しい景色から名づけられたとする説の方が有力であるという。
「成る程。……となると、あとはその当人と話してみるくらいしか出来そうにありませんね」
 苦笑しながら輝史はぱたんと本を閉じる。歩き出そうとして、ふと足が痺れている事に気付く。そんな事に気付かないほど、立ちすくんで本に読みいっていたらしい。
(いやあ、まだまだ僕も若いですね)
 その場で屈伸運動をし、輝史は再び歩き始めた。その伝承の書かれている本を手に持ったまま。カウンタで借りる手続きをし、図書館を後にする。
「では、明日の準備をしましょうか」
 持っていくものは大体決まっている。動きやすいようになるべく荷物は少なくし、今借りてきた本も持っていき……。
(これも、一応もっていくとしますか)
 懐のポケットに入れている写真を、輝史は思い浮かべる。それは家族の写真。大事な大事な、家族との。勿論、彼にとって大事なのはその写真そのものではなく、そこに写されているが目には見えない……絆。
(明日、いい天気だといいですね)
 空を見上げ、輝史はうーん、と伸びをするのだった。

●警告
 麗峰山の登山口。そこに草間興信所から派遣された人物が着々と集まってきていた。楠木は、合計5名を見回してから頭を下げる。
「今日は皆さん、宜しくお願いします」
「ほいほい。了解了解」
 にこにこと笑いながら影崎・雅(かげさき みやび)が言った。黒い目は言葉の軽さと反して鋭く光っている。
「出来うる限りの事は致します」
 にっこりと微笑み、シュライン・エマ(しゅらいん えま)は言った。切れ長の青の目が、優しく楠木を見る。
「何とか穏便に済ませたいものですね」
 苦笑しながら、輝史は言った。茶色の髪が、ふわりと風に揺れる。
「まあ、荒事は避けるに越した事は無い」
 煙草をくわえ、真名神・慶悟(まながみ けいご)が言う。楠木がその煙草を見て明らかに嫌そうな顔をしたが、慶悟は笑って誤魔化した。
「安心しろ。妨害してこようとも、受けて立つ!」
 にかっと笑って、工藤・卓人(くどう たくと)は言った。小麦色の肌に、歯並びの良い白い歯。爽やかさが妙に強調されている。
「それでは、皆さん。行きましょうか」
 登山口に足を踏み入れる。途端、空気が変わったのをそこにいた誰もが感じ取る。進もうとする足がぴたりと止まり、皆が警戒を剥き出しにしている。
(おや、早速)
 輝史は目を凝らしてそちらを見る。力の磁場のようなものが集まっていっている。まだ誰も結界を張ってない、何の準備もしていない段階だ。今からそれを実行しても遅いであろう。その対象となる何者かがやってこようとしているのだから。
「この山に立ち入らないで」
 目の前に、美少女が立っていた。ふわふわの栗色の髪、零れ落ちてしまうのではないかと心配になるほどの大きな瞳、薔薇色の頬に形の良い唇。年は15くらいであろうか。どれを取って見ても彼女が美少女である事は間違いが無かった。鈴の転がるような甘い声で、皆に語りかけてくる。
「お願い。この山は私の山なの。立ち入らないで」
「……楠木」
 静かに、卓人が楠木に言う。
「男ではなかったのか?」
「え?そ、そうですよ。確かに前は男の……」
 楠木自身も不思議そうに首を傾げている。誰もがその美少女に目を奪われていた。作り物に見えるくらいの、はっとする美少女。
「えっと……それは何でかな?」
 雅が尋ねる。少女の顔が、さっと曇る。
「ここは、私の山だもの。他人に入って欲しくは無いわ」
「どうして君の山だと言えるんです?」
 輝史が尋ねる。少女は小さく笑う。
「だって、ずっとずっとここは私の山だったもの。理由なんて無いわ。私の山だもの」
「理由が無いんじゃ、それを認めることは出来ないんだけど」
 エマが言う。少女は眉を顰めて不快そうに口を開く。
「どうして?私が、認めているのよ?」
「では、お前は何者だ?」
 慶悟が尋ねる。少女は暫く黙り、それから笑った。嘲笑のような笑い方で。
「何者、ですって?私は何者でもないわ」
 皆がさっと身構える。突如起こったこの現象に、誰も準備をしてはいなかった。今からが勝負だと言わんばかりに、身構えている。
「ふふふ……物騒な人達。どうしてもこの山を登ろうとするなら、妨害してみせるわ。そして、悔い改めさせてやるわ」
「待て!」
 卓人が叫ぶ。だが、一瞬のうちに少女は消えてしまった。
「ねえ、あの少女……楠木さんが会った男と同一人物なんじゃない?」
 エマの言葉に、皆はしばし黙る。
「……男で駄目なら、女の子って?」
 苦笑しながら雅が言う。エマはその言葉に頷く。
「確かに、それはあるかもしれない。または、複数を相手にしているという事を思わせたかったのかもしれない」
 慶悟がぽつりと呟く。卓人は「あー」と言いながら、後頭部をがしがしと掻く。
「と言われてもだな。言うだけ言って、去られたんじゃ堪んないよな」
「本当ですね。もう少しお話しをしたかったのですが」
 輝史が同意の意を見せる。
「とりあえずは準備を万端にしてから登る。話は歩きながらでも出来る」
 慶悟はそう言って、懐から符を出して小さく「我が内の理に従いて疾く……急々」と呪を唱える。途端、式神が四方に放たれていく。
「お、いいねぇ慶悟君。俺も真似っ子しようっと」
 うきうきした口調で雅はそう言って「ぽち」と小さく言う。すると、雅の足元に黒い獣が現れる。皆の目線がそこに集中する。
「犬ですか」
 輝史が興味深そうに「ぽち」を眺める。雅は「ちっちっ」と指を振りながら否定する。
「狼さんだぞー。じゃ、ぽち。俺と別行動で好きなだけ山ン中駆け回って来ていいから、何か異常が無いか見てきてくれ」
 雅の言葉にぽちはグルル、と唸り声を上げてからもの凄い速さで走っていった。
「格好いいな。お前の犬か?」
 卓人が目を輝かせて尋ねる。「狼さんだってば」と、苦笑しながら雅はやんわりと訂正する。エマはそれをくすくす笑いながら見ていたが、ふと何者かの気配を感じてそこに視線を向ける。そこには、先程駆け抜けていったぽちが口に何かをくわえて尻尾を振りながらちょこんと座っていた。誉めて欲しそうに雅を見上げている。
「あら。……影崎」
 エマが雅を呼ぶと、雅はにやりと笑ってぽちの元に行く。
「おや、ぽち。もう何かを見つけたのか?偉いなー」
「……ちょっと待て」
 慶悟がぽちのくわえているものを見てから、雅の肩にぽんと手を乗せた。ぽちのくわえているものに、ひどく見覚えがあった。というよりも、自分が先程放った式神の一つ以外に見えなかった。
「えーっと……ぽちさん?」
 雅は、たらりと汗を流しながらぽちに尋ねる。ぽちはただ誉めて欲しそうに尻尾を振っている。くわえられている式神が逃げようともがいている。慶悟に必死の声で助けを求めている。雅はとりあえずぽちから式神を離させ、慶悟に渡す。
「……ごめんね?」
「……俺の式神は、お前の犬に攻撃しなかったのに……躾がなってないな。影崎」
「俺の躾のモットーは、のびのび元気良くだから」
 妙に真面目な顔で答える雅に溜息をつき、慶悟は今一度式神を放った。輝史はその様子を見て、自然と笑みがこぼれてしまうのに気付く。気を抜くと、ぽちの口で必死にもがいている慶悟の式神の姿が思い出され、ついつい笑いを誘うのだ。
(中々やりますね……ぽちさん)
 突如現れた、面白い存在に輝史は笑みをこぼさずにはいられなかった。例え、慶悟の顔が不快そうに歪んでいたとしても。

●妨害
 どん、と大きな音がした。輝史が冷静に結界を張る。ぱあん、という音がして何ものかが弾き飛ばされる。
「良かったですね。地震とかにやって来られたら対策はどうしようも無い所でしたね」
 にっこりと笑って輝史は言う。
「いや、そんなに冷静に結界を張られた上に、弾かれても困るんだけどね」
 苦笑しながら雅が言う。
「で、結局なんだったの?」
「霊的なボールみたいなものだったようですね」
「そう……」
 やはり苦笑しながらエマが言う。
「にしても、霊的なボールにしては清浄な力というか何と言うか……」
「あ。それは俺も思った」
 卓人はそう言って、耳につけている十字のピアスを触った。
「じゃあ、山の神様かもしれないわね。祠があるみたいだし」
 エマはそう言って鞄から纏められたレポートを取り出す。
「祠……ここの山の神さんか?」
 雅の問いに、エマはぱらぱらとレポートを捲る。
「そうみたいね。この麗峰山に登る登山家達が安全を祈っていく祠。この山に由来する伝承や神というとそれくらいしか……」
「そうですね。それくらいしかないでしょう」
 エマの言葉を受けて、輝史が頷いた。
「成る程……ならば、周囲に気を張って警戒するだけで良いかもしれない」
 慶悟は辺りを見回しながらそう言う。そして、突然お辞儀をし始めた。
「えっと……慶悟君?」
 雅が恐る恐る尋ねると、慶悟ははっとして振り返った。皆が慶悟に注目していた。一体何をしているのかと、不思議そうな顔をしながら。慶悟の顔がさっと赤みをおびる。
「こ、これはだな!こいつが……」
「こいつ?」
 卓人はそう聞き返しながら覗き込む。小さなかばのような生き物。
「可愛いな」
「へー。どれどれ?」
 雅がついっと覗き込む。輝史とエマ、そして楠木も覗き込もうとし……。
「危ない!」
 慶悟が叫んだ時にはもう遅かった。かばのような生き物はにんまりと笑って、突如大きくなったのだ。
「うわ、可愛くない!」
 思わず卓人は唸る。先程までの可愛らしさは何処にも無い。かばは「うおおおお」と叫んだ。皆はその大声に耳を塞ぐ。目も塞ぐ。そして全てが収まって目を開けた時……。
「おや」
 輝史は思わず呆気に取られる。そこは先程まで自分がいた場所とは違っていた。そして、辺りには誰もいなかったのである。

「おやおや」
 輝史はそう言って口元に手をあてる。その顔には悲壮感というものが浮かんでいる様子は無い。
「おっと……」
 何かに気付き、輝史は懐を探る。確かに在る、写真の感覚にほっと一息つく。この写真一枚あったからといって、何が変わるわけでもない。だが、あると安心する。それで充分だ。
(この写真自体が大切なんではないですし……大切なのは、そこに込められているものですから)
 そう思うが、その次に「だけど」と言葉を続ける。
(写真というものは不思議なものです。既に無い空間を写し、残しておける。形として残らないものを大切にしている身にとって、片鱗として形を留めておけるというのは素晴らしいものです。そう……素晴らしいもの)
 きゅうに輝史は真面目な顔になる。現状で何が起こっているのか、まずは確認しなければ……と思ったのだ。冷静さが、じんわりと戻る。
「まずは、皆さんと合流しなければ」
 輝史はそう言って辺りを見回す。先程までいた場所からどれくらい離れているかも見当がつかない。頼れるような地図も、方位磁石も生憎持ち合わせてはいない。
「困りましたね……」
 そう言いながら、溜息をつこうとしたその瞬間だった。声が響いてきたのだ。響く声の主は、恐らくエマ。彼女の良く通る声は、山全体を包み込んでいる事であろう。
「成る程……あちらですか」
 エマの声で、おおよその方向は分かった。皆も同じようにエマの元に向かう筈だ。ならば、そこに向かえばよい。
(ですが……アバウトすぎますね)
 そう考えた時だった。慶悟の放っていた式神が突如現れ、先導し始めたのだ。
「ああ、あなたは……」
 真名神の……と言いかけて、輝史はぷっと吹き出す。雅のぽちにかまれていた時の式神の様子を思い出したのだ。式神は不服そうについっと後を向いて先導の速さを早める。
「すいません。つい……」
 式神の速度が、止まった。輝史は不思議に思いながらもゆっくりと歩調を緩めた。式神は警戒している。そして、本能的に自分も。
「……成る程」
 輝史の目の前に、あのかばがいた。皆を散り散りにした巨大なかばだ。可愛さの欠片も残ってはいない。
「少々物事を分かって貰う必要がありそうですね」
 輝史はそう言うと口の中で呪を唱え、結界を張る。意識を集中させ、武器を練成する。きらりと光る、白銀のレイピア。
「はっ!」
 レイピアの切っ先がかばの体の中心を突く。かばは「うおお」と小さく唸る。大きい体の割に早い動きをし、輝史に襲い掛かってくる。それを寸での所で避け、再び攻撃する。慶悟の式神も、それに応戦する。一点集中。輝史の作った空間内では、輝史と彼に組する者が力を得るようになっている。かばには不利な状況だ。
「はあ!」
 一層の気合を込め、輝史はレイピアを突きたてた。かばは「うおおおお」と大きく唸ったかと思うと、その場から姿を消した。否、元の大きさに戻ったのだ。輝史は小さく溜息をつき、かばを抱き上げる。
「痛かったですか?ですが、これも一種の試練だと思って諦めて下さいね」
 慶悟の式神は、輝史の言葉に首をかしげるようなジェスチャーをしたかと思うと、また先導をし始めた。かばは輝史の腕の中でひゅんひゅんと鳴いている。輝史はそのかばを抱いたまま、式神に続くのだった。

●祠
 再び、皆が集結した。皆同じようにかばを抱いている。その事に関しては皆何も言わなかった。何となく、それぞれの身に起こったことが予想されるからだ。皆はとりあえず互いの無事を喜ぶ。
「あら、楠木さんは?」
 エマが気付いて皆に尋ねるものの、皆一様に首を振るだけだ。楠木の姿は、何処にも無かった。
「もう頂上に行ったんじゃないのか?」
 雅が言うと、卓人も同意する。
「そうだな。楠木はこの山に登った事があるんだ。俺達のように迷ったりはしないはずだ」
「では、登ってみましょうか」
 輝史の一言で、一同は山を登り始めた。再開された山登りは、獣道でも何でもない、歩きやすい道だった為に、普通に皆登っていった。だんだん、上へと近付いていく感覚を味わいながら。
「ついたわよ」
 エマは「頂上」という看板を見つけてそう言った。先程の地点から、大してかからない量であった。これならば、楠木も頂上に登ってしまっている可能性が高い。
「あ、祠ですよ」
 輝史がそっと近付き、祠を覗き込む。だが、すぐに顔を顰めた。
「今は不在みたいですね」
「神さんが?」
 雅の問いに、輝史は頷く。
「ええ。……やはり、登山口で現れたのはここの……」
 そこまで言った瞬間だった。皆の抱いていたかばが光を放ち始めたのだ。
「うわあ」
 情けない声が向こうの方から聞こえてきた。見れば、巨大なかばにおいかけられている楠木の姿があった。皆の抱いていたかばはそのかばの元に集中していく。
(また散り散りにされるかもしれませんね……)
 輝史はじっとかばを見つめる。意識を集中させながら。
「……もう何もしない。攻撃しようとするのはやめてくれないかな」
 かばが喋った。理性的な言葉だ。万が一かばが言葉を話せたとしても果たしてかばにこのような喋り方が出来るのか?と疑問に思うくらいに。
「あなたは、一体」
 エマが絶句しながら尋ねる。光を放ちながらかばは一つの形を形成していく。人間の姿に。男の姿に。
「こ、この人です。以前出会ったのは、この人です」
 動揺しながら楠木は喋る。皆、何となく掴んできた正体に苦笑しながら頷く。
「どうしてあんな事をしたんです?」
 輝史が尋ねる。
「ここは、成る程、確かにあなたのものでしょうとも。ですが、あなたは登山の無事を祈られる立場でしょう?」
 男はふふ、と笑った。眉を顰めながら。
「いかにも。登山の無事を祈れば、なるべく叶えてやろうと思っている」
「それは、登山をする人間がいて初めて成立するものですよね?」
 エマが尋ねた。
「そう。だが、登山の無事を祈る人間などいない。ならば、登山して貰う必要も無い」
「ここに祠があるのに、祈る人はいないのか?」
 雅が尋ねる。
「祈るだけの人間ならいる。到底、叶えかねる祈りをしていくる……な」
「つまりは、見当違いの祈りを捧げてくるのがいやだった……と言う事か?」
 慶悟がうんざりしたように尋ねる。いかにも、いかにも、と男は頷く。
「この山を登って、祠を見て。彼女が出来ますようにとか宝くじは当たりますようにとか言われても、困る」
 楠木の顔が一瞬赤くなる。そのような事を祈ったのであろう。
「でも……でもな。逆に登山したいと思う人間を阻んでいいことにはならないと思うんだが」
 卓人が言う。その言葉を噛み締めるように男は微笑んだ。
「そうだ。妨害すると言っても登ろうとする人間を阻む事はできぬよ」
(あのかば……)
 輝史は苦笑する。
(試しましたね?あの人)
「あんたらみたいにそれでも山に登ろうとする人間もいる。……それが分かっただけでもいいとするか」
 男は寂しそうに笑った。一同に沈黙が起こる。
「そうだ!しかも、山に登ってマナーアップを図ろうとする人間だっている!」
 雅が突如言う。男は不思議そうに雅を見つめる。雅はにやりと笑いながら黒いゴミ袋を取り出す。お徳用、10枚入り。
「……そんなものを持ってきたの?影崎」
 呆れたようにエマが言う。
「しかも、東京都指定のゴミ袋だ」
「いや、それはどうでもいいんだが」
 呆気に取られたように卓人が言う。男はその様子を見て大声で笑った。
「良かろう。しばし、人間を観察するのも悪くない」
 ぱあん、とはじけたような音がして、辺りが一瞬光に包まれた。そして男の姿は消えうせた。
「……戻ったようですね」
 祠を見て、輝史が言った。慶悟はほっとして煙草に火をつける。
「ほらほら、皆一枚ずつ持って」
 雅は一人一枚ずつゴミ袋を渡す。本当に清掃をするつもりらしい。
「山って言うと、色んな仏神がいらっしゃるからな。頑張ろうな」
 にんまりと笑い、雅は言う。皆、その勢いに押されて黙々と清掃を始める。
「そう言えば……」
 ぽつり、と輝史が口を開いた。
「皆さんはどうしてこの山が麗峰山と言うか知ってますか?」
 清掃の手を休め、皆が顔を上げる。
「頂上から、綺麗な景色が望めるからじゃないですっけ?」
 楠木が言う。エマも頷く。
「ええ。それもあるんですけど……もう一つの説を発見したんですよ」
「どんな?」
 卓人が先を促す。輝史はふ、と笑って言葉を続ける。
「霊の訪れる山で、霊訪山とも」
 一同が静まり返る。
「その割に、この山は清浄な空気に包まれている」
 慶悟が言う。雅は苦笑しながら口を開く。
「まさかさ……あの神さんのお陰?」
「でしょうね」
 しいん、と静まり返る。
(つまり。俺は霊の通り道とも言えるこの山の空気を清浄に保てる程の力を持っている神の化身であるかばを叩きのめしたと言う事ですね。自分で言っておいてなんですけど)
 いくら力の一部だったとはいえ……何とも形容し難い思いが掛け巡る。
「な、なあ。その祠の下にゴミが落ちてるぜ」
 卓人が慌ててゴミを拾う。
「あら、いやあね。祠に埃が」
 エマが埃を払う。
「あ、ネジが緩んでるな。駄目だな」
 簡単なドライバーを手に雅は扉のネジを締めなおす。
「紙が古くなっているな……換えておこう」
 祠の所にひかれている和紙が黄色くなっていたのを、慶悟は手持ちの紙と換える。
「皆さん……」
 輝史が苦笑する。そう言いつつも、輝史も祠の周りを念入りに綺麗にしている。
「一体どうしたんです?」
 楠木だけが、訳が分からないといった顔でその光景を見つめるのだった。

●結
「いやあ、いい事をすると心地いいなぁ」
 最後のゴミ袋をゴミ捨て場に置きながら、雅は爽やかに言う。下山は大きなゴミ袋を持ってのものだったので、明らかに登山よりも疲労が激しい。
「まあ、確かに綺麗になるっていうのは気持ちいいからな」
 額の汗を拭い、卓人は言った。慶悟は何も言わずに煙草に火をつける。輝史は苦笑しながら手をぱんぱんと払い、エマはゴミ袋の回収を業者に頼んだ。
「皆さん、本当に有難うございました」
 楠木が頭を下げる。皆「よせよせ」と言うように手を振る。
「今回は色々なことを教えられた気がします。……山の清掃が、こんなにも大変だとは思いませんでしたし」
 集められたゴミを見つめ、楠木は言う。
「これから定期的にやったらいいんじゃないですか?」
 輝史の言葉に、楠木は頷く。
「そうですね。……でも、定期的にするには何分人数不足でして」
 皆が顔を合わせる。嫌な予感が皆の中を駆け巡っていく。
「宜しければ皆さん……」
「それは新たな依頼としてですか?」
 言葉を遮り、エマが尋ねる。楠木は暫く考え、にっこりと微笑む。
「じゃあ、そうします」
 卓人は慌ててエマを引っ張っていく。5人で円陣を組んで話し合いが行われる。
「マジで?」
 卓人の第一声に、エマは溜息をつく。
「そうみたいね。まさか、あそこでそうするだなんて言うと思わないでしょ?」
「変わった人だなー」
 雅が変に感心したように言う。
「お前に言われてはどうしようもないな」
 至極真面目な顔で慶悟が言う。
「でも、悪い事ではないですから、断りづらいですね」
 輝史が言う。そう、決して悪いことでは無い。寧ろいい事だ。そのいい事を依頼として扱える。……決して悪い事ではない……筈だ。それなのに、なぜか皆の気は晴れない。
「草間さんに言っても駄目ですかね?」
 輝史が提案する。エマと卓人が手を振る。
「駄目駄目。あの人、そういう人じゃないもの」
「寧ろ、俺たちがこうなった状況を楽しむ人だぜ」
 楠木はニコニコと笑っている。
(仕方ないですね、こればかりは。何か釈然としないものも感じるんですが)
 輝史は家族を思う。今日あった事を家族に話そう。恐らく、笑いながら話を聴いてくれる事だろう。輝史はそう考え、懐の写真を取り出しかけて……やめた。本当に大切なものは、それではないのだから。

<依頼完了・清掃当番付>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0386 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0825 / 工藤・卓人 / 男 / 26 / ジュエリーデザイナー 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました、霜月玲守です。今回は私の依頼を受けて頂き、本当に有難うございました。
今回のテーマは、山登り。コメディタッチを目指し、微妙に崩れながら去っていったけらいがありますね。まだまだ文章力を磨かなければ…と思い知らされます。頑張って修行します(笑)
私の依頼といえば、オープニングが分かりにくいという事なんですが…今回は分かりやすさを目指していました。それなのに、やっぱり分かりにくいのはどういう事でしょうか(苦笑)でも、いつも皆さんのプレイングを見て「ああ、オープニングあんなんでも大丈夫だな」とか思ってしまうのです。ごめんなさい。

灰野・輝史さんのプレイングは、まさかそこに注目されるとは…といった驚きを隠せませんでした。山の名前を気にしていただけるとは夢にも思っておりませんでした。有難うございます。
家族の写真が大切なものとは、凄くじいんとしました。しかも本当に大事なものは絆。そこら辺の表現は如何だったでしょうか?ちょっと力入れてます。

さて、今回も五人それぞれの方のお話となっております。今回は個別文をなるべく使おうという目的の元に動いております。他の方の話とあわせて読まれると、より一層読み込める事と思われます。
それと、何か一つシリーズ(勝手に命名)が続いております。それにも皆様の個性が出ていて、大変興味深かったです。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、また会えるその日まで。