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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:東京鬼奇譚 ─ 壱 ─
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜3人

------<オープニング>-----------------------

「遊園地でぬいぐるみ被って鬼退治してくれるような助っ人、紹介してくれ。武さん」
 草間の元を訪れたのは、退魔家業を継いだばかり十九歳、四月朔日・頼火(わたぬき・らいか)だ。腰に下げた柄だけの霊刀は、まだ新しい。困った事があると草間を頼ってやってくるのだが、今回、頼火が拾ってきた依頼は幕張にある大型遊園地での鬼退治だった。
 数は二体。どちらも『吸血の鬼』だ。園内に潜んでいて朝、昼、晩の三回に『食事』を取る。
「鬼は普通、人の目に見えない。それが人体を通り抜けて、血を抜いていく。でもま、死にはしないけどな。大勢いるから、一人から絞り取る必要が無いんだ」
 その際に貧血で救護室へ運ばれる者は十数人。鬼の存在を伝えると園側は退治を依頼してきたが、頼火だけでは心許ないらしい。どこに潜んでいるのか分からない上、挟み込まれれば返り討ちを喰らってしまう危険性が大いにあるからだ。出来れば敵を分散させたいと頼火は言った。しかし。
「何故ぬいぐるみを着なきゃならないんだ? 動きが鈍るだろう」
「いや、だって遊園地で鬼退治なんて物騒だから、せめて見た目だけでも可愛くって。好きなんだよなあ、お化け屋敷とかさあ。あ、俺は絶対にクマの着ぐるみだな!」
 楽しそうな頼火に、草間はやれやれと首を振った。
 
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   東京鬼奇譚 ─ 壱 ─ 
 
 ── 夢と魔法の国、『東京リズミカルランド』 ──
 
 十一月初めの日曜日。うすら寒い朝六時の空には、まだ星が瞬いている。夜が長い。冬は確実に近づいているようだ。頼火の運転で一行を乗せた車は一路、幕張にある大型テーマパークを目指していた。
 高速道の壁越しに見える水平線と、ライトアップされたシンボル城。夢と魔法の国、『東京リズミカルランド』が近づいてくる。シュライン・エマは双眸を崩した。
「良いわねえ、着ぐるみ」
 最後尾のシート。知性溢れる眼差しが、束の間夢を見たようだ。まとめた長い黒髪も中世的な顔のラインも、ひとえに怜悧。いつもクールな彼女がしかし以外にも楽しげな様子で、傍らの陰陽師は溜息を漏らした。
 徐々に空が白んでくる。リズミカルランドの開園は午前八時。二時間前には入る予定だった。
「俺は肉体派じゃないんだがな……」
 真名神慶悟(まながみけいご)は渋面で呟いた。小首を曲げると白金の髪が、サラリと揺れる。着崩しの黒いスーツもネクタイも、『伊達』と片づけるには決まりすぎた陰陽の使い。
 こうして二人が顔を突き合わせるのも何度を数えた事だろう。互いの性格は良く見知っている。シュラインは思わず笑みを漏らした。
「着ぐるみの中なら、どんな顔でも分からないわね」
「ああ、きっとこの調子だ」
 八人乗りの頼火の四駆には、七種七様の声が入り乱れていた。どちらかと言えば鬱なる声に比重が傾く。中でも複雑な顔で溜息をついているのは、龍堂玲於奈(りゅうどうれおな)だ。助手席に身を沈めた大柄筋肉質の身体は、シートを下げても窮屈そうに見えた。
「しかし、この歳でこんな物着込む事になるとはねえ。このガタイで着れるモンはあるのかい?」
と、ハンドルを繰る頼火を見る。
「ああ、大丈夫。心配ないよ。特別に用意してもらったから」
 車は大きく弧を描いて左へ折れ、リズミカルランドへの標識を辿った。ゲートを潜り、広すぎる駐車場に入る。
 中央シートの足下で、白い毛がフサと動いた。主人の膝に手をかけ、窓の外を見やる。虹彩の狭い射抜くような瞳は、物言わぬ哲学者のそれだ。大きさは柴。一種、甲斐犬のようにも見える顔立ちだが、犬では無い。オオカミだ。
「オーロラ、どうした」
 表情のない白い顔がオーロラを見下ろす。漆黒の長い髪と、それ以上に暗い闇を湛えた眼差し。古本屋の店主と言う肩書きを持つが、もっと危うい世界で生きているようにも見える。ステラ・ミラと言った。
 オーロラはツイと視線を逸らし、またシートの下へ沈んだ。その横で黙り込む少女が一人。
「もしかして、『これ』が駄目なのか?」
 ステラはオーロラをチラリと見た。少女、神崎美桜(かんざきみお)はユルユルと首を振ると、途方に暮れたように俯いてしまう。シュラインも溜まりかねて後部座席から身を乗り出した。
「どうかしたの?」
 美桜の大きな碧眼は微かに揺れている。
「亮一兄さんの頼みですし一緒だからと思って来たんですが、待ち合わせ場所に来なかったんです」
 シュラインとステラ、それに振り返った玲於奈は顔を見合わせた。美桜の華奢な身体と全体に漂う空気は、消え入りそうな程に脆い。
 ステラが肩に触れようとすると、美桜はそれを拒絶した。悪気は無いのだ。ただ、それが癖になっている。精神感応能力という特殊能力は、抑えていないと全ての内なる声や感情を拾ってしまう。美桜は囁くような小さな声で「ごめんなさい」と言った。中央シートの右。それまで遊園地の影に騒いでいた鬼頭なゆが、幼い顔を美桜の前に傾けた。
「大丈夫! お兄さんが来なくても、ここにいる皆が一緒だもん。ね?」
 ゆるやかな長いウェーブの髪は薄麦色をしている。レース使いの服装は黒。大きなクマのぬいぐるみを抱き締めているが、そのまま『園内の住人』と通用しそうだ。なゆの言葉に励まされ、美桜はコクリと頷いた。どうにか気分も落ち着いたらしい。頼火は耳の端でやりとりを聞きつつ、車を場内表示のポール脇に寄せた。
「さて、いいかな? 皆、改めて今日は宜しくな。依頼は鬼の殲滅。園内では着ぐるみ着用。詳しい事は中で話すから」
 一行はリズミカルランドに降り立った。

 ── 開園まで一時間半 ──

 フェンスに囲まれたそこは別天地。城にジャングル、妖精の家。ビビッドでクラシックなアーケードと街並みが並ぶ。園内に置いてある小物のどれ一つを取っても、そこには現実を遠ざける魔力があった。
「わーい♪ 鬼さんと遊ぶぅ〜♪」
 なゆは、早速その魔法にかかったようだ。幼い目が年相応の色に輝いている。頼火は一行を正面ゲート脇のバックルームへと案内した。中にはテーブルとイス、それにロッカーとぬいぐるみが七体置いてあった。やたらと大きなヒト型と、クマ、ネコ、ロバに、ウサギが三。男が一人、イスから立ち上がり頭を下げた。専務取締役の渋沢と彼は名乗った。
「もうご存じだとは思いますが、何の因果かこの園内に鬼が出るようになってしまいました。四月朔日さんだけでは、不安だと言うことで皆さんに来て頂いたわけですが、従業員関係者一同、鬼退治の為には協力を惜しみません。ぜひとも、早急に事を片付けて下さい。終わりましたら、自由になさって下さって結構ですので」
「園内全部、顔パスだそうだ」
 頼火はほくそ笑んでいる。鬼退治よりも、この報酬の一部を受け取りたかったようだ。なゆもその意味に気づいて、顔をほころばせた。
「遊園地で遊んでいいのっ? 頼火さん! なゆ、『平雪姫と八人の番頭』に乗るぅ!」
「おう! 乗りまくろうな!」
 渋沢はゴホンと咳払いをし、園の見取り図を取り出した。それをテーブルの上に広げる。園内は大きく分けて七つのパートに分かれていた。
 まずは入場ゲートからアーケードを抜けると、その正面にシンボルの『リズミカル城』が見える。その城を中心として一周できるメインストリートは、六つの国を結んでいた。
 国は地図の左下から上へ『アドベンチャーグラウンド』、『ウエスタングラウンド』、『クリーチャーカントリー』。地図の中央上、ゲートから城を挟んだ向こうにあるのが『ファンタジーグラウンド』。そしてその右手には『トゥーントゥーンタウン』と下に『スペースランド』がある。
 とにかく園内は広い。的を絞って動かなければ、鬼に遭遇する事さえ難しそうだ。シュラインは地図から目を離し、渋沢へと向けた。
「今までの被害者が出た場所と、朝昼晩の傾向、それからそれがどんな風に移動しているのか。パターンが判れば対策も練りやすいのですが」
 渋沢は頷いて、被害状況を話し始めた。取り出したボールペンで、入場ゲートとファンタジーグラウンドを円で囲む。
「まず開園直後ですが、この二カ所に鬼は出没するようです。ゲートにはキャラクター達がいて賑わいますし、ファンタジーグラウンドには、最も人気のあるアトラクション『フーさんのハニーハント』がありますから」
 鬼は集客率のいい場所を狙っている。頼火は珍しく真剣な面持ちで、印を付けられた二カ所を指し。
「二つに分かれて一網打尽と行こう。ただし、グループ間のサポートは無いと思って欲しい。見て分かると思うけど、駆けつけるには端と端で距離がありすぎるんだ。鬼の出現時間は短い。しくじったら次の食事まで待ちぼうけだ。出来るだけ初めのチャンスで仕留めようぜ」
 一同の顔をグルリと見渡した。
「で、終わったら『ホーンテッド・ハウス』を乗りに行く、と」
 渋沢の痛い視線に頼火は気づいていない。玲於奈とシュラインは苦笑した。
「それから昼と夜は、パレードのルート付近になりますが、こちらの方は全く予測が付きません。出発、中間、終点。全ての場所に鬼は現れています」
 渋沢はそのルートをボールペンでなぞった。ファンタジーグラウンドを出発したパレードは、リズミカル城をグルリと周り、トゥーントゥーンタウンへと帰ってゆく。ロープで仕切られたルート内は立ち入りが禁止され、その両脇には見物客が早い時間から座り込む。迂回を強いられる人々で出来た波を、かき分けて進むのは一苦労だ。とてもではないが鬼を追いかけられる状況ではない、と渋沢は付け足した。
 どうやら事実上のチャンスは、朝の一度切り。そして昼や夜に持ち越されない事を、渋沢は望んでいるようだ。これ以上、一人の被害者も出したくはないと言うのが本音だろう。頼火は助けを求めるような視線で一同を見回した。攻めの男に守りは無い。
「鬼は出現と同時に人を襲うんだ。こっちが攻撃する前に数人の被害者は想定済みなんだけど……。何か防御策があればなあ」
 一考のありそうなシュラインにその目が止まる。
「何かある? シュラインさん」
「防御策になるかどうか分からないけど」
と言って、シュラインは肩をすくめた。
「鬼が嫌いだって言われる柊の葉を、配ってみたらどうかしら。それでもし近寄る事が出来なくなれば、襲われる事もないわよね?」
 頼火はパチリと指を鳴らした。柊の葉にはトゲがある。鬼は尖った物が苦手とされ、節分などでも鬼を遠ざける物として使われてきた。
「そうか! でも葉っぱ一枚……皆、受け取ってくれるかな」
「風船にくくりつけるっていうのは、どう?」
 そのままでは受け取らない者も出てきそうだが、風船なら話しは別だろう。逆に子供達は喜んでくれるはずだ。
 それを聞いた渋沢の反応は早かった。開園までに何とかすると一礼し、部屋を飛び出した。時計はすでに七時を指している。頼火は着ぐるみの説明に移った。特に小さいウサギと、異彩を放つ大きさのヒト型はなゆと玲於奈のものだ。ウサギは『チッピー&ルールー』のルールーと言った。なゆ専用の特注だ。
「こっちのでけえのは玲於奈さんの。作るのが間に合わなかったみたいで、借り物だって」
 大きな壁のような身体の左右にぶら下がる、長い手。ギョロリとした目に、もみ上げから鼻の付けねまでを毛が覆う。青いシャツ。長すぎる茶色のベスト。明らかに園のキャラクターとは何かが違うが、インパクトは壮絶にある。玲於奈は苦笑いを浮かべた。
「これ、ジャンボマックスだろ? こんなのよく見つけてきたね」
「ああ、潰れた遊園地の倉庫で、眠っていたのを引っ張り出して来たらしいよ。玲於奈さんとなゆちゃんは決まりだから、他の皆はあみだで決めよう」 
 ステラは『不可思議な国のアマリリス』に出てくる『六月ウサギ』に決まった。シュラインは『クマのフーさん』の仲間、ネコの『キャレット』。美桜はルールーの姉『チッピー』。そして──、頼火は真顔で慶悟の肩をポンと叩いた。
「俺の『フーさん』を宜しくな、真名神君……」
「……俺は何でも構わないが」
「あみだの公平を破る訳には」
 フルフルと頼火は首を振る。寂しげな眼差しで、慶悟の足下のクマを見た。その隣には眠たげな顔に、太い眉毛のロバがいる。『ヨーイー』という着ぐるみだ。マックスに継いで大きく、マックスよりもかなり鈍重に見えた。頼火は諦め顔で、ヨーイーの頭を撫でた。背中には少し哀愁が漂っていた。
「とりあえず、コイツらの説明しとくね」
 言いながらその頭部をひっくり返す。そこには、それぞれ小型のマイクとスピーカーがセットされていた。会話は都度、無線を伝って行き渡る仕組みになっている。話の為に仲間を探したり集まったりという手間は省けるだろう。
「情報は逐次ここから連絡してくれ。それから、園内では何があっても着ぐるみを脱がないように。外に聞こえるような声を出すのもアウトだ。これはこういう生き物で、中に人はいないって設定になってるから」
 言いながらメモを一人一人に手渡した。そこには園内における最低でも守らなければならないルールが書いてあった。
「今言った事しか書いてないけど、後は『ただ走るな』ってさ」
 一同はメモに目を落とした。その項目を見つけて黙読する。
『やむを得ず走る時は、手を振ったり回転しながら立ち去る事。常に愛嬌を忘れず』
 慶悟と玲於奈は考え込んでしまった。
「四月朔日……」
「やれやれ、鬼を退治して欲しいんだろ? こんな悠長な事を言ってる場合じゃないと思うけどねえ」
「そう言わず、さ。報酬は見合った分、もらえる予定だから頼むよ」
 頼火は六人を二つのグループに編成すると、配置場所を決めた。正面ゲートには、玲於奈、美桜、なゆ。ファンタジーグラウンド側には慶悟、シュライン、ステラ。頼火はその中間に待機する事となった。
「よし、こうなったら朝の内に仕留めて、ガッツリ遊び倒してやろうぜ! で、『ついで』にあのオッサンを早いトコ安心させてやろう。とりあえず開園まで一時間。着替え終わったら各自配置に付いて、準備があればそれに取りかかるように。真名神君、男は隣に移動。それじゃ、散!」 
 ついで? と誰かが呟いた。本末転倒。頼火の言葉に一同は顔を見合わせた。
 
 ── 『キャレット』 ──
 
 配布されたオフィシャルグッズ。キャスト専用の黒Tシャツに黒ジャージには小さく、『TRL』と刺繍されていた。それに着替えて着ぐるみを被る。
 大きな耳とつぶらな瞳。部屋を出たシュライン──桃色ネコの『キャレット』はファンタジーグラウンドへ向かった。園内にはまだ従業員以外の人影は無い。だが、後三十分ほどで開園だ。やがてそこかしこが人で埋まるだろう。柊が効力を発揮してくれればいいが、それもまだ被害者を出さぬという確証は無い。
 鬼は目に見えぬと言う事が、シュラインにとっては悩みの種だった。
 例えば、吸った血が見えるという事はないのだろうか。それが音を立てると言うことは? 怪我を負う事で姿を隠しておけなくなったり、絵の具や符を貼る事で鬼の所在が分かるようになるのでは? シュラインは無線の向こうへ問いかけた。すぐに頼火の声が帰ってくる。
『吸った血液は吸収と同時に、不可視化されるみたいだ。俺も色々考えたんだけど、どれもあのオッサンに却下されちゃってさ』
「そう……目立ったらまずいって事ね。だとしたら私には見えないかも。見えるようになる護符でもあればいいんだけど」 
『あ、そうか了解! シュラインさん、今どこ?』
 シュラインは辺りを見回した。すぐ近くに船員の姿をした係員が立っている。建物の壁には輝く財宝とドクロ、それに大きな碇が描かれていた。
「『カブリの海賊』……? が見えるわ」
『じゃあまだ入口の所だね……っと。あ、いたいた』
 ロバのヨーイーが正面アーケードから出てくるのが見えた。ドタドタと駆け寄ってくる。その度に両側に垂れ下がった大きな耳が顔をはたいていた。少し間が抜けて見えた。辿り着いた頼火はすでに息が上がっている。シュラインは苦笑した。
『大丈夫?』
『うん、うん。シュラインさん、手』
 キャレットの差し出した手に、ヨーイーは一つの絵と二つの文字を書いた。そして、その手を上からグッと押さえるようにして、しばし。ヨーイーはスッと手を引いた。
『気を送ったからこれで大丈夫。だと思う。きっと……多分。うん』
 かなり頼りない。本当にこれで鬼が見えるようになるのだろうか。
 甘い匂いが辺りに漂い始めた。ストリートに構えたチュロス屋が準備に追われている。ニューテイストと掲げられているハニーレモンフレーバーだろうか。いい香りだった。
 
 ── 開園! リズミカルランド ──
 
 開園まで五分前。『フーさんのハニーハント』前で待機する三人の耳に、頼火の声が流れた。
『柊が間にあったって今、係りの人が知らせに来てくれた。風船と一緒にビラを配るらしい。それによると……』
 クスリと頼火は笑った。
『俺達が今日の主役らしいよ』
 渋沢の機転で風船と一緒に配布される事になったチラシには、今日限定のショーが開催されるとなっていた。園内に紛れ込んだイタズラ者のゴースト退治に七人の住人が立ち上がった、とあるそうだ。頼火はチラシを読み上げた。
『『ゴーストは目に見えたり、見えなかったりするよ。でも退治出来るのは、七人だけだから皆は絶対に近寄らないようにね! もし、七人が動き出したら皆は離れて応援してあげてね』だ、そうです。皆、がんばろうな!』
 頼火の声が終わらない内に、リズミカル城を突っ切って、小柄な女性が駆けてくるのが見えた。手には小さな袋を持っている。彼女は息を切らしながら、三人に袋を手渡した。
「これを……こ、腰に巻いて下さい。園内にはカモフラージュの為のゴーストを彷徨わせます。見かけたらこれを投げつけて下さい」
 袋の中には銀色の小さな粒がたくさん入っていた。シュラインはいくつかを手の平の上で転がした。大きさは大豆ほどだ。
「これってもしかして……」
「はい『豆』です。金色のラッカーを吹きました。これをぶつけるとゴースト達は逃げていきます」
 園内にBGMが流れ出す。どうやら開園の時が来たようだ。来た時と同様に、慌ただしいままで彼女は去っていった。柊に次いで豆。『本物には効くのかしら』と言うステラの言葉に、慶悟は肩をすくめ、シュラインは笑った。
『随分と面白くなってきたわねえ。着ぐるみを着て鬼退治か。最後にパレードを見て帰りましょ』
『随分と悠長だが、秘策でもありそうだな』
『秘策ってワケじゃないけど。見えるようにしてもらったの』
 そう言えば、そんな事を移動中の無線で聞いた。慶悟とステラはなるほどと頷いた。
 周辺にはポツポツと人が現れだした。鬼除けの為だとは露とも知らず、手に手に風船を持っている。ショーの演出だと、信じているのだろう。ほとんどの人が、真っ直ぐに三人のいる方向へ向かって駆けてくる。着ぐるみと一番人気のアトラクション。双方にアッという間の行列が出来た。
「わあ、フーさんだ!」
「キャレットも一緒だよ!」
「アマリリスのウサギがいるよー」
 三人はワイワイと引っ張りだこになった。中でもアマリリスに登場するチェシャ犬に化けたオーロラは大人気だった。少し目つきは悪いが、紫と白の毛並みは見事なマダラを描いている。よちよち歩きの小さな子が、オーロラの頭を撫でては叩き歓声を上げた。
 オーロラは無表情のまま、ジッとしている。連れ合いの不幸とも幸とも付かぬ状態にステラは苦笑した。
「なんか今日のフーさん、やさぐれてるね」
 若い女の子の声が言った。シュラインの目がフーさんへ向く。慶悟は手を振られても、「ああ」と面倒臭そうに片手をあげるだけで、よくある着ぐるみの大げさなパフォーマンスはどこ吹く風なのだ。それがずっと続いている。
『体力温存、だ』
 陰陽師は言ったが、単に愛想を振りまくのが苦手なのでは……? と、シュラインは苦笑した。
 ふくれあがった人の輪は尽きる事を知らない。次々と近づいては腕を組み、体に触っていく。これでは鬼退治どころでは無さそうだ。ステラは懐中時計を見、輪の外へ行こうと二人の腕を引いた。そして時計を指でトントンと叩く。
「あら、時間なんだって」
 手を繋いだ先の子供に、母親が言った。次の瞬間──三人の周りの景色が突然変化した。目の前にいた親子連れや人垣が無くなったのだ。振り返ると後ろに先ほどの輪が見えた。どよめきが起こっている。ステラは二人から手を放した。シュラインと慶悟の目がステラを見る。
『空間を渡ったのか』
『ええ、少しだけど』
『こういう使い方もあるのね』
 人混みから逃れた三人は周囲を見渡した。足の無い黒いゴーストの着ぐるみがクルクルと回りながらやってくる。時折、両手を大きく広げ、周囲の子供を驚かしている。三人は顔を見合わせ、一斉に豆を放った。パタパタパタと小気味のいい音を立てて豆が当たると、ゴーストは頭を抱えて逃げ出した。子供達から拍手が巻き起こる。落ちた金色の豆を拾いだす子供もいた。シュラインとステラが手を振ると、大人達まで一緒になって手を振り替えしてきた。
『何だか照れちゃうわね』
 シュラインの言葉にステラは頷いた。慶悟は、と言えば憂いを秘めた角度で視線を地に落としている。
「今日のフーさんは、妙にクールね」
 またしてもそんな言葉が飛び交っていた。
 辺りは平穏そのものに見えたが、それは突然にやってきた。オーロラが顔を上げ、慶悟の視線が動いた。ステラが移動中に張った結界、慶悟の放った十二神将達が反応した。まるでそこに見えない出入り口があるかのように、何も無い空間から鬼が出現したのだ。どうやら正面ゲートでも同様らしい。なゆの叱咤が無線から飛んだ。
 身の丈はヒトと同じくらい。猫背気味の背中に、醜悪な形相。広い額には角が一本生えていた。地面に届く長い手と、燃えるような紅い目をしている。鬼はどうやら風船に下がる柊に戸惑っているようだ。頼火のまじないが聞いたのか、シュラインの目にもそれが確認出来た。
 戦闘の邪魔にならぬようにと、シュラインは人々の誘導に回った。ステラとオーロラは慶悟の背後で、二の構えを作る。いつでも一戦を交える準備は出来ていた。
 暗黙の上に完璧なチームワークが成り立っている。慶悟はすかさずに九字を切った。乱杭の牙を剥きだして、鬼が唸る。禁呪で動きを封じ、印を唱えた。ただならぬ三人の様子に周囲の目が集まった。
「震の方、巽の方より疾く来たれ雷! 急々!」
 全てが瞬時の事だった。無駄の無い動き。呪縛から逃れようともがきながら断末魔の悲鳴を上げ、鬼は蒸気と化して空に舞い上がった。
「生きる為かもしれないが、他者にとって悪障と化せば討たれて然り、だ」
 呆然と見つめる周囲の目。シュラインは慌てて二人の手を取ると、それを高々と掲げた。
『ショーのフィナーレよ』
 フーさんとキャレット、それに六月ウサギが揃って深々と頭を下げる。パラパラと起こった拍手が津波のように広がった。『見えないゴースト』を退治した、というアピールにはなったようだ。頼火の慌てた声が無線から響いた。
『早い! もう終わったのか? じゃあ、俺は向こうへ回る』
 三人は顔を見合わせた。

 ── 光の競演 ──
 
「では、皆さん。パレードの最中は絶対に、今の約束を守ってくださいますようお願い致します。それでは! 『リズミカルランド・ドリームパレード2002・エレクトリカルライツ』をお楽しみ下さい!」
 ロープで仕切られたパレードルートから、足早に係員が退場する。辺りが一瞬、静まりかえった。機械音声のようなアナウンスが、独特の奇妙なテンポで流れ出す。
『トウキョウリズミカルランド・ドリームパレード』
 方々のスピーカーから一斉にファンファーレが鳴り出した。歓声と拍手の嵐が巻き起こる。それはいつしかリズムを取った手拍子へと変わっていった。
 どこを向いても笑顔、笑顔、笑顔。ルート上に光をまとったフロート群が見え始めた。それは闇に浮かぶ幻影のようだ。艶やかな虹彩を放ち、クルクルと回転する。シュラインは思わず溜息を漏らした。
「綺麗ねえ」
 二グループに分かれた鬼退治は、一人の被害者を出す事も無くほぼ同時に終了した。ゴースト退治ショーという名目上、午後まで豆を持って場内を練り歩いた一行は、その後園内を遊び倒した。
 食べ放題に乗り放題。ポップコーンにチュロスにパイ。カブリの海賊内にあるレストラン、ホワイトバイユーでの食事。数々のアトラクションの全てが顔パスだった。そして今、園の取りとなるパレードを見つめている。頼火は結局どちらにも間に合わなかった、と苦笑を浮かべた。
「ああやって突然現れるだろ? 俺一人じゃ調べるのがやっとで、退治なんてとても……。皆が来てくれて良かったよ」
 園内から鬼は失せた。パレードで夢見た眼差しは、ゲートを出るまで消える事は無いだろう。しかし、問題は全く無くなった訳ではない。一日三回、食事の時だけに現れる鬼。一体、それ以外の時間はどこで何をしているのか。シュラインは頼火を見上げた。
「どこかに住処があって、時間になると扉が開くって言うのは、考え過ぎかしら?」
 頼火はコクリと頷いた。
「そう。俺もそう思ってるんだ。恐らく空間自体がゲートになっている。アジトがあるならそれを叩かない限り、この先もどこかで事件を引き起こす可能性は十分ある。また、ここを選ぶかもしれないし、別の場所かもしれない。その時は、皆と一緒に仕事が出来ると嬉しいな。まだ色々と自身無いしさ。そう言えば、シュラインさん。鬼は見えた?」
「ええ、見えたわ。ありがとう」
「え?」
 それぞれが配置場所へ向かう間、頼火は鬼が見えるようにと、シュラインの手に呪いを書き気を送った。しかしその結果に、書いた本人は首を傾げている。
「ってことは俺、スキルアップしたのか? いや、シュラインさんがパワーアップ……でも、もともと俺のは『気合い』が全ての流派だしな」
「一体、何を書いたんだ?」
 慶悟が問う。頼火は全員の顔を見渡した後、ボソリと言った。
「『鬼の顔』と『必勝』」
 『必勝』……沈黙。煌びやかなライトに照らし出された六つの顔。頼火はへへへと頭を掻いた。まだまだいい加減な未熟者なようだ。
 一際、大きな拍手が起こった。パレードの最後尾を飾るフロートが流れてくる。煌びやかなネオンと大歓声に包まれる中、手を振っているのは今日の立て役者。腰に小さな袋を下げた七人の着ぐるみ達だった。



                        終




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 / 着ぐるみ】

【0086 / シュライン・エマ(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
     フーさんの仲間 ネコのキャレット
     
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師
     フーさん
     
【0413 / 神崎・美桜 / かんざき・みお(17)】
     女 / 高校生
     子ウサギの姉 チッピー
     
【0669 / 龍堂・玲於奈 / りゅうどう・れおな(26)】
     女 / 探偵
     ジャンボマックス
     
【0969 / 鬼頭・なゆ/ きとう・なゆ(5)】
     女 / 幼稚園生
     子ウサギの妹 ルールー
     
【1057 / ステラ・ミラ / ステラ・ミラ(999)】
     女 / 古本屋の店主
     不可思議の国のアマリリス 六月ウサギ

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■         ライターッー信         ■
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 こんにちわ、紺野です。
 大変遅くなりましたが、『東京鬼奇譚 ─ 壱 ─』をお届けします。
 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 
 さて、改めましてご挨拶を。
 美桜様、玲於奈様、ステラ様、初めまして。
 この度は当依頼に参加して下さって、ありがとうございました。
 シュライン様、慶悟様、なゆ様、いつもありがとうございます。
 今回の着ぐるみ選びにはリクエストを頂いた方のご意向も交えています。
 また文章中、ある方のある箇所に意図的におかしな文字の挿入が
 一つあります。お暇でしたら、探してみて下さいませ。
 
 そしてもし次回があるようでしたら、プレイングにはぜひ、
 ここぞと言うときの台詞や仕草をどんどん書き込んで下さい。
 それによって一文字でも一行でも多く、皆様の活躍時間が
 長くなり、またお話に花も添えられますので、
 ぜひ宜しくお願い致します。
 
 それでは今後ますますの皆様のご活躍を祈りながら、
 またお逢いできますよう……
 
                    紺野ふずき 拝