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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>



         <蠱毒の檻>

調査組織名   :月刊アトラス編集部

執筆ライター  :朧月幻尉


------<オープニング>--------------------------------------

「秋葉原のガード下に悪魔が出るっていうのよ。そう頻繁には出会えないって噂だけど、眉唾ものね」

 碇麗香はにこりともせずに云った。
 どうしてこの人はこうも挑戦的に見えるのだろう。
 三下は思ったが、それを口にはしなかった。

「・・・・・・なんて云ってたら商売にならないわね。頼んだわよ」
「お・・・・・・お願いしますぅ!」

 三下はへこへこと頭を下げまくった。
 どうやらこの件は三下の担当らしい。
 そんな三下を横目で見ると、碇はデスク上にあったコピー紙の束を流し読みし、ひょいとシュレッターに投げ入れる。

「あ・・・・・・あ、あぁっ!!またですかぁ〜〜〜(泣)」

 シュレッターに手を伸ばした三下を嘲笑うかのように、コピー紙はバリバリと音を立てて消えた。

----------------------------------------------------------

●美軍団と下僕未満

「悪魔なら凶悪なのが此処にもいるんですが。どうして雑誌には載らないんでしょうね?」
 傍若無人な振る舞いを見かねて、桜井・翔(さくらい・しょう)は云った。
 知性の片鱗を見せる桜井の瞳は眼鏡の奥で輝き、目の前の女をねめつけている。
 いつもの優しげな雰囲気は瞳の中には存在しなかった。

 ――アンタは無能。

 今にもそう云わんばかりの眼光と、にこやかな笑顔が相まって、『嫣然』とも『不敵』とも思える表情になる。
 それでも碇・麗香は眉一つ動かさない。
 格の低いチンケな『イイ男』なんぞはお呼びでないほどの美青年を前にしていて、何ともないとは呆れるほどの鉄面皮である。
 二人の間に挟まれて、三下は「あわわ・・・」とか「ひえぇ〜」とか云っていた。
 下手に口を出せば、あとで碇の鉄拳が飛んで来ることは間違いないだろう。
 云わないことに越したことはない。
 いいや・・・云わなかったら、それはそれで制裁が待っている。
 しかし、無力な三下に何を云えと言うのだろう。
 彼はうなだれるしかなかった。
「あの・・・・・・」
「はいぃっ??」
 コブラ(碇)とマング―ス(桜井)?に挟まれていた三下は、突如降って来た天雅な声に振り返った。
 何事かを考えていた遼・アルガード・此乃花(このはな)が、どっちにも付けず、おろおろしている三下に声を掛けてきたのだ。
 神の啓示が降臨(おり)たのか!と、ふいに三下は思った。
 光の加減によって、新緑・濃碧・真紅と変化する遼の瞳がじっとこちらを見つめている。
 少し困ったような、優しい笑みを向けている遼の顔を見て、三下は日々の地獄を忘れた。

 ―― あぁ、この人は愛の欠如に喘ぐ僕に、天が使わした御方に違いない!!

 などと勝手な妄想を抱く三下であった。
 それも仕方ない。
 現に、いつもなら情報激戦地と化す編集部が水を打ったような静けさに包まれていたのだから。
 女も男も、とろんとした表情でこちらを見ている。
 彼の仕草一つで女記者たちは恍惚となり、声音一つで失神した。無論、男性編集者達も例外ではない。
 この者の前ではどんな芸術家も『美について』語ることは出来ないであろう。青く馨しい香気を放つ未だ世の不浄を知らぬかのような美童は、長身ゆえ大人びて見えたがどこか幼さが残っていた。16歳と云う脆く危うい時期のせいであろうか。
 これで【魔法少年養護育成センター】で教鞭を執っているとは信じ難い。
 彼のような人材が存在するということ自体が、まさに脅威だと桜井は思った。
「三下さん・・・・・・」
「はい!」
「秋葉原って」
「はいっ!!」
「・・・・・・何処ですか?」
 辺り一体に緩んだ空気が満ちる。まるで、春の精霊達が彼のために豊穣たる気を届けたような穏やかさだ。 
 『あぁ、やっぱり天の御使いなんだっ!!』と舞い上がる三下は、心清くもないのに天国の門をくぐる妄想にと突っ走っていった。
 云われた意味が飲み込めず、睨み合いを忘れた碇と桜井は半ば呆然と遼を見る。
 この編集部の中で一番冷静であったのは、宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)だけだった。
「箱入りだったってわけでもないんだろう?」
「いいえ、本当にわからないんですよ。俺はこの歳になるまで学校から出たことが無かったんです。家の近所か、ここぐらいしか移動しないので地理に詳しくないんですよ」
「じゃあ・・・・・・私たちの後について来るんだな」
 皇騎は神秘的な光を湛えた瞳をふっと細めた。
 それが侮蔑であるのか、好奇の目であるのかは知れない。
 しかし、不可思議が入り混じる新宿では、そんな人物は存在してもおかしくはなかった。皇騎は冷徹に現状を把握していただけのことだ。
「ここで話していても埒はあかないな。噂になっているぐらいなら、インターネットで検索をかければ、更に情報を集められるだろう。私は即、作業に取り掛かりたいんだが・・・・・・」
「お、お願いします!」
 三下は皇騎に思い切り頭を下げた。
「じゃあ、僕は聞き込みをしますか。百聞は一見にしかずだからね」
「いきなり出掛けては危険ですから、よリ多くの情報を集めてからでもいいのではないでしょうか?それに・・・・・・」
『準備が必要でしょうから』と、笑って遼は云う。
 皆は同意し、桜井は編集部に送られてきた手紙を物色することで、より正確な情報の入手に専念することにした。
 遼は一旦家に帰って『対悪魔用』の香を調合することを申し出る。
 無論、皇騎は精神感応によるネットワークダイブで検索することにした。

 当の三下はと云うと・・・・・・お茶を汲み始めた。


●優曇華の花

 覚束無い手で遼が営団地下鉄の切符を買うと、彼が来るのを待っていたかのように電車が来た。
自動改札機に切符を通し、遼は通り過ぎた。反対側から切符が出てくると、それをそっと引っ張った。
遼はどうしても自動改札機が好きになれない。
 詰め所に人がいるのに、何故このような機械を必要としているのか理解できない。それに、改札から出るタイミングを計りそこなって、毎回のように引っかかるのか何より恥ずかしかった。
 それを見るたび、最寄駅の駅員が笑うのだ。最近は顔を覚えられてしまったようで、何かと声をかけてくる。
 今日は非番らしく、編集部に向かう時にはその駅員は居なかった。
 遼は入構してきた大江戸線に乗り込んだ。薄手のコートを翻し、遼はドアから離れる。またドアにコートが挟まれないかとヒヤヒヤしていたのだ。
 自動ドアも改札同様遼の苦手な物の一つだった。

 麻布駅を出て、麻布十番商店街を抜ける。坂を上がりきったところに遼の自宅はあった。
 ここを棲家としたのは、良質の花が買えるのが麻布と銀座、青山ぐらいだったからである。
 勿論、他にもいい場所はあったし、大田区の市場周辺に住めばいいのだがあそこらへんは住みたくなかった。『磁場』が悪すぎて、浮遊霊などが多いのだ。職業柄、そのような存在に非常に敏感な為、住むのを避けたのだ。
 毎日、ちょっかいを出されたのでは疲れてしまう。
 それが大田区周辺に居を構えなかった理由だが、他地域に住まわない理由は
 花に覇気とかそういう凛としたところがなく、ぼんやり見えたからだった。
 理由としてはかなり変だが、遼には死活問題なのだ。
 花から創造り出す『香』が遼の使う術の一つにある。
 まぁ、一つにしか過ぎないと云えばそれまでだ。
 しかし、遼はこの『香』が気に入っていた。
 力技の『退魔術』や『降魔術』は当然習得済みだったが、ねじ伏せて送り還すのが忍びなく、つい説得しようと遼はいつも躍起になった。
 興奮状態の霊に『香』は絶大な力を発揮してくれた。
 優しさが大切なんだといつも遼は思う。
 しかし、今回の悪魔は大丈夫だろうか?
 悪霊を悪魔と勘違いしている人間は多いものだ。
 厳密には『悪霊』も二種類あり、(あくりょう)と(あくれい)があった。
 前者はかなり凶悪で残忍であり、後者はあの世で迷って縋っている程度のものだ。生きている人間にはどちらも甚だ迷惑な存在のように思えるが、神々はさすがに分別なさっている。意識的に貶めようと企むのと、気が付かないで縋っているのでは、境涯に大きな違いがあるのだ。
もし、その『悪魔』と呼ばれているものが『悪霊』だった場合、説得の余地はあるかもしれないが、『本当の悪魔』だったら調伏してしまわないと被害は大きくなってゆくだろう。
なんとも頭の痛い話だ。

 ――何故、東京(ここ)はこんなにも荒み、こんなにも人の心は揺れているのだろう?

 遼は呟いた。
 答えの無い遼の呟きに応じるものはいない。
 ただ一人を除いては・・・・・・
 いくら仰いでもなかなか届かぬ思いは、少々、遼を苛立たせた。
 忘れられない笑顔が脳裏に浮かぶ。
 ふと、いつも云い聞かされていた言葉を思い出した。

『忍耐強くありなさい。辛抱を忘れたときに、全てを失ってしまうものだから、何事も諦めてはいけないよ。それが○○の条件だからね』

いつかあの人はそう云って、上手く出来ない自分を慰めてくれた。
あの人は自分の頭上で輝く恒星のような人だった。
思えば必ず心は届き、いつでも恩恵は与えられた。
・・・・・・そんな存在だった。

『諦めてしまう必要も無いけどね・・・・・・』

そんな強い言葉が『俺たち』の宝物だった。

 ――先生・・・・・・道のりは永いですね・・・

遼はたった一人、師と仰ぐ人の姿を心に描いた。
 もしも、自分の疑惑が本物だったとしたら、宮小路さんたちはかなりの苦戦を強いられるであろう事は予想できる。万全の準備をしなければならない。
 遼は自宅前に着くと杖を出した。
「開け!」
 そう云うと、木製の引き戸がカチャリと音を立てる。鍵が外れた。
 靴を脱ぎ、家に上がると真っ直ぐ作業場に向かった。
 そこは作業場と呼ぶにふさわしい所だ。研究室と云えなくもないが、六畳の和室に卓袱台が置いてあるとそう呼ぶのが躊躇われそうだ。卓袱台の上にはガラス製の瓶とフラスコ、ビーカー、ピペットなどが所狭しと置いてあった。
 いつかちゃんとした机が必要だと思っていたが、何を買ったらいいか皆目見当がつかない。第一、品揃えが良くて、あまり遠くない丁度いい場所にある店があるのかどうもわからなかった。
 遼は棚から瓶を取り出した。
 クリスタル製の小さな瓶で、それは遼の手にすっぽり収まる大きさだった。
先生がくれた『優曇華』の花の香油だ。
 優曇華は天上に咲く花で何億年に一回咲くか咲かないかという、まさに奇跡の花だった。それは一切の魔を許さない。

「これを持ってくのがいいのかもしれないな・・・・・・」
 遼はそう呟くと、ナップザックにそれを入れた。
 いくつかの香木、香油も詰め込んだ。
 本当はこんなに物を持っていく必要なんか無かった。ただ、唱え、杖を振り、悪魔を調伏してしまえばいい。
 だが、どうしてもそれが自分のやり方には合わないと感じていた。
 甘い考えなのはわかっていた。悪しき行為には厳しさが必要で、それが愛なのだと云うこともわかる。

―――力に溺れてしまいたくないんだ!ありとあらゆる奇跡が当たり前だと思いたくないんだ!!

 ナップザックを背負うと、遼は部屋を飛び出した。
この思いを振り切ってしまいたかった。
 編集部では宮小路たちが待っている。きっと三下は怯えているだろう。自分は彼を守らなくてはいけない。
遼は街へと思いを馳せる。
こんな苛立ちを人に見せてはいけない。
守らなければならない人たちの為に戦おう。

自分が愛した世界の為に、遼は街へと向かった。

●飛んで火に入る三下の身柄

 『秋葉原ガード下、仲御徒町方面に悪魔が出現する。出現場所は不特定で、何処のガードかは不明。120センチ前後。こげ茶色の体毛に包まれ、外見はサルに酷似している。出没時間はPM19:00〜AM3:00の間。被害者は老若男女問わずで、被害は甚大。症状は凶暴化が一番多い。人によっては幻覚、幻聴、インフォマニア(性的妄想症)など多数』

 検索結果と手紙を見ると、ほぼ内容が一致した。

「ほ・・・・・・本当なんだ・・・」
半ば呆然としていた三下が溜めていた空気と一緒に、恐怖と諦めを吐き出すように云った。後は言葉にならないらしく、ガタガタと震え、脱獄を発見された囚人のような目で彼らを見る。
「さて、情報は揃ったな・・・・・・行くか」
「えぇっ!宮小路さん、今からですか!」
「今はPM19:34。条件が合えば、悪魔に遭遇できる。まさか、自分は行かないとは云いませんよね、三下さん?」
「まあまあ、僕らがいるから大丈夫ですよ。居てくれるだけでいいですから、三下さんは取材に専念してくださいね」
「は・・・はあ」
「三下さんは俺たちが守りますからね」
「此乃花さん・・・・・・」
「三下さんは悪魔が好むタイプなんですよ。居てくださったほうが遭遇しやすそうですからvv」
「・・・・・・・そんなぁ〜(泣)」

 すっかり泣きべそになった三下を引っ張り、一同は編集部を後にした。

 移動には三下のクレスタ使うこととなった。
 まとめて行動できるようにとレンタカーを借りていたらしい。
 平日ということもあって、さほど渋滞もせずに秋葉原へとついた。
 三下は駐車できる場所を見つけるために暫く走り、丁度良い場所が見つからなかったため、桜井が途中で車を降りることにした。先に聞き込みを済ませるためだ。
 勿論、緊急連絡の手段は携帯電話だ。
 いい時代になったものである。
 桜井を降ろしたクレスタは神田方向へと向かった。


●The thing which should be bet at the end. ――

 皇騎と遼は三下に同行した。
 不運の代名詞、三下を一人にしたら危険だからである。
 彼の『運』では命さえ落としかねない。足手まといではあるが、彼から漂う『不遇』の匂いは悪魔を必ず呼び込んでくれることだろう。
 遼は準備と称して調合した香水と香木をナップザックから出し、内蔵型ライターを取り出した。
 ダッシュボックスの上に置かれた長さ30センチほどの杖を三下はマジマジと見る。これからの事を考えると憂鬱を通り越して、窒息死しそうだった。
 警察に駐禁を切られなくても済みそうなスペースを発見し、そこに車を止める。鍵を掛け、辺りを見回したが何の気配も無い。
 5分少々すると桜井から連絡が入り、聞き込み情報の内容を伝えてきた。
 内容は変わらないことが判明したので、桜井はこちらへ向かうと云ってきた。
 正確な場所を桜井に告げて、皇騎は電話を切った。

「あ・・・・・・あの、宮小路さん」
「何ですか?」
「コーヒー買ってきますね・・・…」

 背中を丸めて三下は自動販売機のほうへ向かった。
 20〜30mしか離れてないが、暗い夜道に一人で立つ三下はとても小さく見えた。

「ぎゃああああぁぁぁっ!!」
 ガコンという缶の落ちる音が聞こえると同時に三下の叫び声が響いた。
「三下さん!!」
 二人が駆け寄ると三下は地面にへたり込み、暗闇に向かって指差していた。
 そこには、ごわごわした茶色の体毛を持った生き物がいた。
『オマエ、不幸ノ匂イガスル・・・』
「あわわ・・・・・・」
『オマエ人生楽シイカ?』
「み、宮小路さ・・・・・・助け・・・」
「!!・・・・・・実体化している・・・」
 
 それは明らかに質感があった。たまにふわりと半透明になるものの、存在感はしっかりしていた。
 
『チカラナラ負ケナイ。タクサンノえねるぎぃヲ頂イタカラナ・・・』
「エネルギー?」
『ソウダ』
 それはにぃと顔を引き攣らせ、けけけともつかぬ声で哄笑(わら)った
 悪魔はチャラッと音をさせて、手にあった物を見せる。
 よく磨かれた鎖と鎌だ。

『コレハ・・・・・・失望トイウ名ノ鎖ダヨ!!』
 そう云うやいなや,びゅんとうなりを上げ、鎖が三下に襲いかかった。
鎖は三下を絡め捕り、縛り上げる。
グイと引かれ、三下は地面につっぷした。
 三下はやすやすと悪魔に捕まり、宮小路はなす術が無かった。
 問答無用に術を振るおうとしても、三下が邪魔で打ち込むことが出来なかったのだ。
 三下の脳裏には苦渋に満ちた人生の数々が浮かんでは消える。
 努力しても成績は悪く、顔も良くない自分。運動もからっきしで、とりえも無い。
 これからず〜〜っとHITも出せず、延々とこき使われて、寝不足と緩慢な 自殺にも似た毎日を繰り返さなきゃいけいのかと思うと、三下は自分がまるでゴミのように思えてきた。

 価値の無い自分。けれど、行き場も無い自分。
 何だ、俺はダメなんだ・・・・・・俺はいらないんだ。

 どんどん力が抜けていき、立ち上がることさえ出来なかった。


●霊刀『髭切』――

『アトチョットデ、コイツハ堕チルゾ』
「三下さん、避けろっ!!」
『何ィ!!』
「衝撃波ぁ!」

 ドゴオォォォォォッ!!
 閃光が悪魔を包んだ。
 突如起こった圧倒的な力に巻き込まれ、三下と悪魔は吹っ飛ばされる。
 皇騎は三下を抱きとめたが、悪魔はそのままクレスタに突っ込んだ。悪魔なんぞを助けてやる義理など、皇騎は持ち合わせていない。
 派手な音を立ててボンネットがひしゃげ、フロントガラスが粉々に砕け散る。
 駆けつけた桜井が念動力を発動させたのだった。
「グウ・・・・・・虫ケラドモガァ!!」
 鋭い咆哮を放つと桜井めがけて鎖が襲いかかる。それはあたかも意志を持つ獣のスピードで桜井を絡め取った。
 ギリギリと締め上げ、自由を奪う。
 念力で鎖を切ろうとしたが、一向に千切れる気配は無い。
「くっ・・・・・・」
『大層ナ恥辱ダロウナ・・・能力者ヨ。失望ハ誰モ切ルコトガ出来ヌ。マシテヤ人間ニハ無理ナ事』
「やってみなければわからないな!!」
 皇騎は叫んだ。
 三下を放り出すと、悪魔に向かって走り出す。
 全身の力を振絞って跳躍すると、印を結び、捕縛術符を投げつけた。
 それは不動尊の威を込めた符であった。
 知られていない事実だが、日本神道は仏教を受け入れている。
 故に、陰陽師である皇騎にもその符を作ることができた。
「ノウマクサンマンダ・バサラダン・センダ・マカロシャ・ソハタヤ・ウン・タラタ・カンマン」
 顕現した不動尊は易々と悪魔を押さえ込んだ。
 捕縛されながらも悪魔は攻撃を試みる。念動刃が皇騎の肩を切り裂いた。
 苦悶の表情をチラと見せたが、皇騎は意識を集中し、愛刀『髭切』を念じた。
 皇騎の掌中に光は生じ、徐々に眩いほどの『威』を持つ霊刀へと変わる。
 悪魔は身を竦めた。
 遼は機を見計らったかのように、『髭切』に香油を降注いだ。
 『髭切』の霊気と『香油』の力が混ざり合い、白熱した霊気が『髭切』の中で渦を巻く。これほどのものを秘めた愛刀を見たのは初めてだった。
皇騎と桜井は驚愕をよそに、遼は淡々と云った。
「これで『場』に取り付いた『悪気』も丸ごと祓うことが出来ます」
「染み付いた気は拭えない。無理だ!」
「大丈夫です。宮小路さんの『髭切』があれば」
「此乃花さん、君は・・・・・・」
「出来ます。切り祓ったあとに、桜井さんは念を打ち込んでください」
「此乃花さんはどうするんだい?」
「俺は・・・・・・送り還す通路でも作りますよvv 下手に霧散させたら大変ですから・・・・・・・」
「わかった」
 心にわいた不安を押し込めつつも、皇騎は了承した。
 三人は三下に背を向けると、悪魔に対峙した。
 皇騎は『髭切』をかざすと精神を集中させる。

 ――今のこの刀なら『あれ』が出来るかもしれない。

 求めてやまぬ秘儀の一つ。
 宗家でも稀なる召喚術であるそれは、主とて容易には出来ぬ代物であった。
 しかし、この状態なら必ずできる。
 皇騎は確信した。
 当家で新世紀初の偉業を為し得た【偉大なる召喚者】と呼ばれることだろう。
悪魔の存在をこの場から根絶するために、脳裏に天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を思い描いた。
 捧げ持つと、『髭切』は空に浮く。
二度掌拍し、【音】で清める。再び『髭切』を手にすると、想像を絶するエネルギーが皇騎の内部で爆発した。
 意識がショート寸前になり、血が逆流するかのような感覚で満たされる。天御中主神の力が皇騎の精神を焼き切りそうな勢いで暴れまわった。
 感応によるネットワークダイブを得意とする皇騎には強すぎる刺激である。
神の力を支えるのは、人の身体では小さすぎるのかもしれない。
 ぐっと丹田に力を入れると、意識は飛ばずに済んだ。
 さすがは宗家随一の陰陽師である。

「祓いたまえ清めたまえ。天御中主神よ、我に御力を与えたまえ。一切の不浄消滅を為したまえ。招来急々如律令!」
『ヤメロオォォッ!!』
「光烈破っ!!」
「喰らえ!!」
 言うないなや、桜井は封印用の眼鏡を外し、皇騎の背後から全力で念をぶち込んだ。
「先程のお返しはきっちりさせて頂きますよ!!」
『ギィヤャアアァァァァッ!!』
「はあぁぁっ!」
 桜井は念の上から重力波も打ち込んだ。
 悪魔の四肢は千切れ飛び、クレスタを血染めにした。
 桜井の穏やかな瞳の奥には、狂喜の色が踊っている。彼らが敵に回してはいけない人間達であるいうことに、悪魔は早く気が付くべきであった。
「虫けらって言いましたよね?」
『ヒイィッ!!』
「覚悟・・・・・・出来てますよね??」
「まあまあ、桜井さん・・・・・・」
 困ったような微笑みを浮かべて遼は云った。
 イチイの木で出来た杖を取り出すと、遼は軽やかに振る。
 すると地面に直径2メートル程の暗いトンネル状のモノが現れた。うねうねと揺らぎ、時には拡大し、それはあたかも意志をもっっているかのように脈打っていた。
 桜井は何より不浄なものを嫌悪していたため、見るだけで強烈な嘔吐感を催した。
「何だ・・・・・・これは」
「地獄ですよ」
 にべもなく遼は云う。
 これがあるだけで、身が腐悪な気に犯されそうな錯覚を覚えるのに、遼は気にならないらしい。
 否。
 遼の周囲だけ、それらが避けているようにも思える。
 全てを侵食するような『気』でさえも、遼には手を出せない。不可侵の存在とはこの事を云うのだろう。
「地獄そのものを開くと辛いかと思って、ただ扉を開けただけなんですけど・・・・・・その。やはり悪魔ですから、地獄が出てきてしまいましたね」
「送り還すだけなのか?随分と優しいことだな」
「いえ・・・かなりの人を巻き込みましたから、今度は無間地獄の一歩手前まで落ちますね。ここはまだいいですよ、【無間地獄】そのものが見えたら、きっと桜井さんは窒息しそうになりますよ」
「冗談じゃない!!」
 桜井は我慢しきれなくなって叫んだ。
「此乃花さん!とっととそれを消してくれないか?俺には辛すぎる」
「了解しました」
くるりと遼は悪魔のほうに向き直った。
「汝、【失望】と呼ばれし【蠱毒の檻】を持つ者よ。汝が所業、目に余るもの多し。よって、汝が向かうべき場所、更に深きところなり。しかし、汝も主が創造られし命の一つなり。もとは人として光多き人生を生き、最高に輝いた人生をもって人々に感化するを使命とすべき魂であった。甘言で陥れ、影響力をもって人を惑わすは許されざる所業なり。再度、更生の機会を与えられること、主の御慈悲と心得、反省行に専念すべし」
徐々に杖は光を放ち、金色の杖とに変化した。

二つの蔓と翼。女神の面を抱いた・・・・・・それはケリュ―ケイオンの杖。
奇跡の証。神の顕現。
それらを持って、遼は誅せんとしているのだ。
「桜井さん、宮小路さん」
「何だい?」
「手伝ってくださいね♪」
「了解」
「では行きましょうか・・・・・・」
『ヒイィィ!!』
 悪魔は身を捩ろうにも、逃げようにも、ばたつかせる四肢さえ持ち合わせていなかった。
 悪魔の前に三人が迫る。
 皇騎が『髭切』を振りかざし、薙ぐと同時に桜井が念動破を叩き込む。

「天孫招来急々如律令!!」
「でやあぁぁぁっ!!!」

 遼は前方の宙に向かって、二回、十字を切り、五芒星を描いた。

「主よ。我と共にあって戦いたまえ!!!」
『ギャァ!!』

 悪魔は衝撃をもろに受け、真暗き地獄に落ちていった。


―☆The miracle of being alive.

「三下さん・・・・・・三下さん!」
「う・・・・・・あ、あれ?」
「大丈夫ですか?」
「え、あ。悪魔・・・そうだ!悪魔はどうなったんですか!」
 皇騎は冴えた笑みを三下に向けると「消しました」とだけ云った。
 ほおっと安堵の溜息を三下は吐いた。段々、辺りの情景に目が行き、意識がはっきりしてくる。何やら異様な物体が三下の瞳に映った。
「も・・・もしかして、これは」
 自分の置かれた最悪の状況にやっと気が付いたのか、三下は真っ青になった。

「ク・・・・・・クレスタがぁっ!!」
「怪我も無かったんだし、万々歳ですよ、三下さん」
「何処ぞの漫画じゃあるまいしぃ〜〜〜!」
「命があっただけマシだと、僕は思いますよ」
「そうですね。今回は大変でしたよね、宮小路さん。そう思いませんか?」
「あれだけの事件でしたから・・・・・・しかし、取材は大丈夫ですか?三下さんは、ずっと気絶してましたけど」
 更に自分は悪い状況にいるという事実が三下を襲った。
「あ・・・・・・あぁっ!!(泣)」
「仕方ないですねぇ・・・・・・僕が手伝ってあげますよ」
「ほ、本当ですか、桜井さんっ!!」
「えぇ・・・だけど」
「だけど?」
「ご飯ぐらいはおごってくれますよね」
「勿論です!」
「いいんですか?いいんですよね??」
「はぁ・・・・・・」
「じゃあ、築地の『黒川』に連れて行ってください。あそこの天婦羅おいしいんですよ。遼さんも行きますか?」
「はい。おいしいものは大好きですから行きます♪宮小路さんも行きましょうvv」
「『黒川』か・・・・・・確か、鳴門金時芋の天婦羅が好評だったな」
「あ、よく知ってますねえ。『鳴門金時芋の天婦羅』は、さすがに一個3000円するだけのことありますね。僕、常連なんですよ。あそこは刺身もおいしいですよ」
「本当ですか、桜井さん。俺、楽しみだなあ♪」

 クレスタ大破という事件と、担当者のくせに気絶していた事実に三下は打ちのめされ、どんどん肥大していく驕りの話に歯止めをかけることをすっかり忘れていた。
 その後、その事がどれだけの被害になるか思いもよらなかった。




―☆After an incident ... (事件の後)

 二度とガード下には悪魔が出没することも無く、穏やかに日々は過ぎていった。
 それからと云うもの、事件のあった場所には花が咲くようになり、あの日以前の面影は無くなってしまった。

 そこを寝床にしていた浮浪者は、ふいに自分の人生を振り返り、このままでは自分はダメになると思った。それから職を探し、働き始めた。
 ある中学の先生はそこを通りかかり、閃いた。
 急いで家に帰り、その教師は子供達がいかに素晴らしい子であったかを思い出し、生徒の前で発表することを誓った。

 三人の青年と神の力が残していった場所は、誰にも告げること無く、密やかに恩恵を与える場所になっていた。

『失望』は人の意志を萎えさせ、未来を食い潰す【蠱毒の檻】
『絶望』は生きているという奇跡さえ忘れてしまう【孤独の檻】

 欲望にまみれたまま人を害して生き永らえる悪魔の武器は、心に隠された思いを肥大させる。
 しかし、それは天地の理に反した行いであり、誅されるべき所業である。
 神の理に反した人間の心は、人間によって自ら修正されるべきなのであろうか。神は今日も沈黙をもって問い掛ける。

 ――人よ。愛を与えたか?この一日に何かを学んだか?一日を輝かせたか?

 今日もガード下には花が咲き、人と人との間を結ぶように風は吹いていく。
 それは神が希望と呼んだ風であった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0416/桜井・翔(さくらい・しょう)/男/19/医大生&時々草間興信所へ手伝いにくる。
0461/宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)
1006/遼・アルガード・此乃花(りょう・あるがーど・このはな)/男/16/高校生教師


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■         ライター通信          ■
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 本日は発注いただきありがとうございます。

 遼君の活躍が多くなり、随分と華やかになりました。いかがでしたでしょうか?

私信などで、感想・意見・苦情等を頂けるようでしたら、今後の参考とさせていただきます。
このような作品にお時間を割いて頂けました事、厚く御礼申し上げます。

――――――朧月幻尉 拝