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ありがとうの伝え方
◇OPENING
その日、草間興信所には一通の手紙が届いていた。
宛先の書かれていない真っ白な封筒─…
草間はそれを手に取り、訝しげな視線を送った。
というのもこの手紙には、差出人の名前すらなかったのだ。あるのは裏面に一つだけスタンプされている肉球の痕だけ。草間が不信がるのも当然である。
「……イタズラだな。そうだ、イタズラに違いない」
草間は咥え煙草そのままに、その手紙の封を切ることなくゴミ箱へと捨てる。
この手紙に関しては、それで終わるはずだった。
しかし数分後。
1本の電話により、草間は捨てたはずの手紙を、再度ゴミ箱から拾い上げることとなる…。
「はい、草間興信所…」
『あっ、どうもお久しぶりです。以前お世話になった黒影です』
「黒影……ってその口調から察するに、華月君の方かな?」
『はい。ご名答です』
草間が脳裏に浮かぶ二つの顔から、一つをチョイスしてみると、どうやら正解だったらしく、電話の向こうからクスっと笑う声が洩れてきた。彼は以前、霊を騙して欲しいと依頼してきた、踊りの家元をしている青年である。
「…んで今日はどうしたんだ?」
また面倒な依頼なんじゃないだろうな、と内心思いつつも、草間は咥えた煙草から紫煙を吐き出しながら尋ねる。
すると案の定華月の口から、普通じゃない調査依頼が舞い込んできた。
『えっと…そちらに宛先の書かれていない手紙が届いていると思うんですが、それが今回お願いしたい調査依頼です』
「手紙?…ってあれはイタズラじゃないのか!?」
『イタズラ?いえ、あれは私が草間さんの郵便受けに、直接入れたものですよ?』
持って来たなら、何故寄って行かない!?…と内心思ってみるが、草間はそのことには触れないで、捨てたはずの手紙をゴミ箱から取り出す。イタズラじゃないと分かった以上、内容を確認しないといけないからだ。
仕方なしに草間は受話器を肩に挟みながら、乱暴に封を破って開封する。
ところがそこには真っ白な便箋が入っているだけで、内容は何も書かれていなかった。
「…おい、これで何を調査しろって言うんだ?」
ペラペラと便箋を振り、草間の問いは華月へと向けられる。
『今から詳しいお話ししますが、今回の依頼主は猫なんです。だから文字が書けなかったんでしょうねぇ』
「猫だと!?」
人間じゃない依頼主というのは……。
草間は素っ頓狂な声を上げて正直に驚いてみせた。
しかし相手は何事もなかったように、依頼内容について語っていく。
『依頼主は黒猫の”シロ”です。野良猫でつい一ヶ月程前に交通事故で死んでしまったんですが、ずっと気になることがあって天に昇れないんだそうです』
「黒猫なのにシロなのか…まぁいい。それで”気になること”というのが依頼なんだな?」
『その通りです。シロさんは生前、高校生くらいの青年に、毎日餌を貰っていたそうなんです。それでその人に、アリガトウと伝えたいみたいですね』
「そこまで分かっているなら、どうして伝えてやらないんだ?華月君だって霊媒体質なんだから、シロの言葉を伝えることは出来るだろうに」
草間は最もなことを口した。
けれど華月は電話口で深い溜息を洩らし、それが出来ないんだと言葉にする。
『実は踊りの稽古で忙しくって、私には時間が取れそうにないんですよ。だから草間さんにお願いしたいんです。』
駄目ですか?と華月は草間に尋ねた。
こうなっては草間も、駄目と無下に断ることが出来ない。相手は困って自分の所を頼って来ているのだ。
しかし──猫が…しかも既に死んでしまっている野良猫が依頼主ということは、これはタダ働きってことになるのではないか?
「…………」
草間は暫く考えた後、これが金持ちの猫だったら…という思いを退け、「判った…」と承諾の意を表した。
『では宜しくお願いします。依頼料は私の方から少しですが、お渡し致しますので』
「別に華月君が気にしないでもいいんだが」
『いえいえ、”先行投資”ですよ♪…あっそうそう。男の子は毎日夕暮れと共に、今もその公園に来ています。その時間帯は、結構高校生が溜まっているみたいなので、相手を間違えないようにして下さい。あとシロですが、野良猫だったためか、フラフラ移動してましてね。シロも探して下さいね』
「…なんだか面倒な依頼だな…。依頼についてはシロを見つけることと、高校生を見つけること。そして最後に、アリガトウって伝えればいいんだな?」
『えぇ、それで合っています。但し「いきなりシロがアリガトウって言ってるよ」なんて男の子に言ったら駄目ですよ?彼の性格をよく考えて、行動して下さい。それと──…』
そこで華月が言葉を区切って、一呼吸置いた。
『男の子はシロが死んだことを知らないそうですので、それも考慮して下さい。』
ではお願いします、と言い残し、電話は通話を終了した。
さてこの依頼、どんな結末になるのだろう──…
◇SCENE.1─シュラインエマ
いつものように草間興信所に足を運んだシュライン・エマは、ホワイトボードに書かれているなんとも不思議な依頼に目を止めた。調査内容は”高校生を探す&猫を探す”とあるので問題はないが、依頼主の名前が普通じゃない。最も草間興信所に普通の依頼が舞い込んでくることが、ないに等しいのだからこれが正しいのかもしれないが。
「ちょっと武彦さん、あれは何?」
自身の机で煙草を吸っている草間の元へ近寄ると、シュラインはホワイトボードを指差して訊ねた。
「あ〜あれか。どうだ、行ってみてくれないか?」
「そうは言われても…依頼主が猫ちゃんって…」
シュラインが目を止めた依頼には、依頼主の欄に”のら猫(シロ)/霊”と書かれているのだ。流石のシュラインも、猫の依頼主は初めてだった。
「前に調査を頼んできた華月君が、シロの言葉を代返しての依頼だ。なんでも生前世話になった高校生に、お礼が言いたいんだそうだ」
草間が溜息交じりに依頼内容を口するのを見て、シュラインは仕方ないわねと微笑む。草間の頼みはいつものこと。手伝いに来ているのだから当たり前なのだが、こういう依頼には自分の能力が役立つことを相手は知っている。だから行ってくれと言うのだ。それは自分を信頼しているから出る言葉。
そう思い当たったシュラインは、早速来たばかりの道を戻ることにした。
「私は高校生の方を探してみるわ。夕暮れ時に公園に行けば見つけられるでしょう」
「行ってくれるか。あっ、高校生の方を探すなら、御堂君も一緒だと思うから合流してくれ」
「判ったわ。…そうそう武彦さん。皆の携帯ナンバーが判るなら、教えてくれないかしら?猫を探している人とも、連絡取った方がいいでしょうしね」
鞄を肩に掛けながら言うと、草間はメモ用紙に判っている携帯番号を書き写し、シュラインに手渡す。それを一度確認し、メモは鞄に仕舞われた。
「じゃ、行って来るわね、武彦さん」
そう言ってシュラインは、草間興信所を後にする。
夕暮れが近づいた街中で、シュラインは高校生が現れるという公園に向かう。
(それにしても華月さんって不思議な方ねぇ…猫さんから依頼を貰ってくるだなんて…)
依頼も持ち込んだ青年に対して苦笑を洩らしつつ、手には草間から受け取ったメモ用紙と携帯電話を握り、そのまま親指を動かして誰かに電話を掛け始めた。
電話の相手は同じ高校生を探す、御堂・譲《みどう・ゆずる》である。
耳に電話を当て相手が出るのを待っていると、数回のコールで相手の声が聞こえてきた。
『もしもし、誰?』
「私はシュライン。武彦さんの処で依頼を受けてるわよね?」
『はぁ…受けてますけど…』
「私も高校生を探すことにしたから、御堂君と合流しようと思っているのよ。それで今何処らへんにいるのかしら?」
その問い掛けに、相手は「今公園に着いたところです」と答える。どうやら先に到着したようだ。シュラインは譲の答えを聞き、暮れゆく太陽を眺めてから、少しだけ歩く速度を速めた。
あまり遅れるべきではないだろう。
「私も直に到着するから、そうしたら合流しましょう。それじゃ後で」
役目を終えた携帯電話を鞄に戻し、シュラインは靴音を鳴らして公園へと急いだ。
◇SCENE.2─シュライン・譲
無事シュライン・エマ《しゅらいん・えま》が公園へと到着し、御堂・譲《みどう・ゆずる》は早速高校生への聞き込みを始めようとしていた。
ここは近くに高校があるらしく、公園内には高校生が何人もお喋りをしに現れている。
「この中にいるんでしょうか?」
「そうね。兎に角猫ちゃんが探している、高校生の手がかりくらいは見つけられるんじゃないかしら」
「そうですね。それじゃ僕は向こうの高校生を当たってみます」
「お願いするわ」
二手に分かれて高校生を探し始める。
まずはシュラインが、男の子数人のグループに近寄ってみた。缶ジュース片手にゲームの話題で盛り上がっていた高校生達にしたら、いきなり美人でグラマーな女性が近づいて来ただけでも緊張ものである。しかしシュラインはそんな高校生の気持ちは一切気にせず、「ちょっといいかしら」と会話を中断させた。
「ねぇ貴方達、何時も来ているの?」
「学校がある時は大抵来てるけど…」
「そう。それじゃ、この公園に黒い野良猫がいたと思うんだけど、見かけたことないかしら?」
そう言ってシュラインは高校生達の心音に耳を欹て、表情に注意する。もしこの中にあの高校生がいれば、きっと内心心配していることだろう。そうなれば心音も微妙に変化するのだ。どんなにポーカーフェイスが得意な人間でも、何処かに何かしらの反応は示すはずではる。
「う〜ん、俺達は見たことないなぁ。野良猫もここらへんは結構多いし」
しかし残念ながら彼らからは心の動揺も表情の変化も見られず、口から出る言葉も望むものではなかった。
シュラインは「違うみたいね」と小声で呟いて、そっとその場から離れる。
「もしかしたらシャイなコで、他の高校生とは離れているかもしれないわね…」
そして公園内を見回して一人でいそうな男の子を捜していたシュラインの目に、譲が話しかけている姿が目に映った。彼は何故か盛り上がって話し込んでいるようだ。
「ここらへんって野良猫多いよなぁ。この公園も結構いるんだよ」
譲は他校の高校生に混じり、気さくに話し掛ける。残念ながら知人はいなかったが、サッカーの話題に入り込むように見知らぬ高校生の輪に加わり、いつの間にか譲を中心に会話が広がっていた。そこで譲は徐々に会話を猫の方へ話しを逸らし始めると、「あ〜ここの公園にもいるよなぁ」と一人の少年が口にする。
「そうそう。僕さぁ、ここの黒猫に餌やってたことあるんだけど、最近姿見せなくて」
「何、お前もあの黒猫に餌をやってたのか?珍しい奴だな…」
すると高校生の口から、シロの存在を知っているらしい言葉が譲の耳に届いた。譲はなるべく先を急がないよう、更に言葉を続けてみる。
「へぇ……僕以外にも黒猫に餌をあげてた人がいたんだ?」
「あぁ。ほら、あのベンチで一人座ってる奴。あいつも確か猫に餌やってんの見たよ。確か猫に名前付けてて……そうそう!黒猫なのにシロとか」
(ビンゴ!!)
譲はベンチで座る高校生に視線を向け、探していた彼の様子を伺う。見た目だけなら逆に動物を虐めそうな雰囲気のある高校生だった。体格も随分と大きい。
「僕、あの人とちょっと話してくるよ。ありがとう」
一刻も早くシロのことを話してあげたい。譲は話を聞いていた高校生に軽く手を上げてお礼を言うと、シュラインに視線で合図して、彼の元へと向かう。
「彼が例の高校生なのね。私が見た時はサッカーの話しをしていたように感じたんだけど…まぁいいわね」
クスリと小さく笑みを浮かべ、シュラインは譲の合図通りベンチへと向かった。
「ちょっといいかしら?」
シュラインはベンチに座る少年の前に来ると、徐に話しかける。その横には譲も一緒だ。
「どなたですか?」
「貴方、この公園にいる黒猫ちゃんのことを知っているわよね?」
「えっ!?」
少年が言葉を詰まらせた時、シュラインは彼の心音が一気に早くなるのを感じ取った。そして表情は見れば誰もが分かるくらい、驚いた顔をしている。
(彼で間違いないわね)
チラリと隣りに視線を送ると、譲も確信したのかこくりと頷いてみせた。
「……貴方達はシロを知っているんですか?今何処にいるか知ってるんですか?教えて下さい。もう一ヶ月も姿を現していないんです」
「ちょっと落ち着いて。えっと…君の名前は?」
興奮して話す少年に譲は隣りに座って、彼を落ち着かせようとゆっくり話しかける。
「すみません。…俺は近藤直也です」
「そっか…直也君はなんでシロに餌をあげてたんだ?野良猫なら他にもいるのに」
興奮が収まった直也に、譲がシロと彼との接点を尋ねた。シュラインは様子を見守るように、直也の様子を伺う。
「シロは…本当はうちで飼ってた猫なんです。けど家を売却しなくちゃならなくなって…今俺はアパート暮らしなんです。アパートで猫は飼えなくて、貰い手も探したんですけど、雑種で人懐こい奴でもないからって」
「貰い手が付かず、結局は貴方がこの公園で餌を与えていたわけね」
事情を悟ったシュラインが、助け舟のように言葉を紡ぐと直也は素直に頷く。
飼い猫が野良猫として生きていくのは実は大変なことである。餌を取ることもままならないだけじゃなく、危険予測が鈍いのだ。飼い猫として生きてきた時間が長ければ、尚のことだろう。直也はそれを知ってか知らずか、ずっとシロに餌だけは与えていたらしい。
「なぁ直也君。一緒にシロを探してみないか?」
「えっ?シロを…ですか?」
「シロのこと心配なんだろ?会いたいんだろ?」
「………」
問い掛ける譲に、暫く黙っていた直也だったが、
「会いたい…」
そうぽつりと呟いた。
直也の意思が会いたいというなら、例え霊だとしても彼は受け入れるだろう。最初は驚ろいてしまうかもしれないが。きっと彼ならシロの言い残した言葉も、判ってくれるに違いない。
二人の様子からシュラインは徐に携帯電話を取り出すと、メモに書かれたナンバーを押していった。相手はシロを探している黒磯一針だ。
「黒磯君?私はシュライン。草間興信所で依頼を受けているわよね?」
『えっと…何?』
「シロは見つかったかしら?こっちはもう高校生を見つけたから、後はシロが来るのを待つだけなの」
向こうがシロを見つけているのなら、こちらが探すことはないのだ。それを確認する為にシュラインは一針に電話をしたのだが、草間が頼んだ人材だ。どうやらヘマはしていないらしい。
『こっちも雫ちゃんがシロを呼び出したから、今から公園に向かう途中なんだ』
「なら問題ないわね。それじゃ待ってるわ」
電話を終えたシュラインは、一針の弾んだ声に安堵した。
「どうでした?」
「安心して。シロはもうすぐ公園に来るわ。今は待ちましょう、彼らを」
譲が尋ねると、シュラインはそう言って出入り口を見つめる。釣られるように譲も直也も出入り口に視線を向けた。
もうすぐ、シロの願いと直也の願いが叶うのだ。
◇SCENE.3─共通
一針との連絡を終えてから五分。当たりは徐々に暗くなり、周辺に居た高校生達も帰路へと付いた。今公園にいるのは、シュライン、譲、直也の三人だけだ。
そこへ出入り口から二つの大きな影と一つの小さな影が伸びてくる。
「来たみたいね」
シュラインの言葉に顔を上げた譲と直也だったが、猫の姿を目にした途端、直也が真っ直ぐに走り出した。譲もシュラインもそんな直也の姿を、一針達の方へ歩きながら見ている。
「シロ〜〜!!」
しかし直也がシロを抱き上げようと手を伸ばした時、その手は緑の髪の毛をした少年─黒磯・一針《くろいそ・いっしん》─により阻まれた。
「ごめん。残念だけどシロを触らせることは出来ないんだ。ねっ、雫ちゃん」
そう一針が言うと、一歩引いた位置に居た黒髪の少女─月杜・雫《つきもり・しずく》─が小さく頷く。
「貴方にはとても言いにくいことなのですが…シロは既に肉体を持っていない身。触れば、貴方には見えない存在になってしまいます」
「何…言ってんだよ!?あんたら、シロになんかしたんじゃないだろうな!」
目の前にシロがいるのに触れないことと、雫の言葉が理解出来ないことが苛立ちとなり、直也は乱暴な言葉を雫に向かって投げ付けた。無論、そんなことは承知の上だったのだが、やはり直に理解してもらうことは難しいらしい。
後からやって来たシュライン・エマ《しゅらいん・えま》と御堂・譲《みどう・ゆずる》も状況を察知して、二人へと説明を求めた視線を向ける。
「俺達は何もしてないし、シロに触ったらキミに見えないのも本当なんだ。今説明するから、落ち着いて聞いて欲しい」
「そうね。直也君も突然で混乱しているんでしょうけど、話して判らない相手じゃないはずだわ」
「そうだな。それに理解してもらわないと、シロが可哀相だ」
「……判りました。きちんと説明しますので、どうか私の話しを聞いて下さい」
皆の言葉を代表して、まずはシロを呼び出した雫が説明を始めることにした。
そこでシロが既に死んでいること、肉体の代わりに雫が形代で仮初の肉体を与えていること、シロの言葉は彼女の言霊で直也に伝えることが説明される。
それを静かに聞いていた直也は今はシロをじっと見つめて、伸ばした手を引っ込めるを繰り返していた。信じない、けど触って消えたらもう二度と逢えないんじゃないかという不安が、手の動きだけで全員に伝えられる。
「ねぇシロがどうして貴方に逢いたいと思ったか判る?普通動物と会話なんて出来ないの。それが直也君には少しだけど出来る。私達を信じて」
シュラインが優しい口調で直也に言う。
「僕達、こんなことで担いだりしないからさ」
続けて譲も口を開いた。
すると直也が小さく、それは聞き取れないくらい小さな呟きで「お願いします」と口にする。大事にしていた猫の死を受け入れ、今目の前にいるシロはシロではないことを認めたのだ。一針は直也の心情を察して、彼の肩に手を置くことで慰めた。
「それではシロの言葉を、私が言霊を使って直也さんに伝えます」
「よし!それじゃシロ。お前が直也君に言いたかったことを言っていいぞ」
雫の言葉を聞き、一針がシロに言い聞かすように言うと、シロが直也を見上げ生前と変わりないだろう声で一鳴きする。
「なんて言ってるんだ?」
それが直也の代弁のように、譲の口から洩れた数秒後、雫が静かにシロの言葉を口にした。
”……直ちゃん、元気だった?”
続けてシロがにゃーんと鳴き声を上げると、今度は直也が雫を見上げ言葉を求める。その想いに応えるように、雫はシロの言葉を口にした。
”どうしても直ちゃんに、言いたいことがあるんだ”
「なんだ、シロ。お前が死んだ後まで、言いたかったことっていうのは」
直也がシロに視線を合わせるようにしゃがみ込み、頭を撫でる仕草をしてみせる。こうして直也はシロと、会っていただろうことは想像出来た。
そして直也に言われたことで、シロが今までで一番元気のある声で一鳴きする。
シロが直也に伝えたかった、大切な言葉。
雫はそれを聞いた瞬間、目頭が熱くなり、直には言葉を発することは出来なかった。とてもシンプルで、気持ちの篭った一言。死んでも尚、伝えたかった最後の言葉。判っていても、シロが幸せだったことは感じ取れた。
「雫ちゃん?どうしたの?」
いつまでも言葉を発しない雫に、一針が小首を傾げて訊ねると、意を決したように彼女の口からシロの言葉が伝えられる。
”………今までありがとう♪”
伝えた瞬間、直也が思い詰めた表情をして触っては駄目だと言ったシロを抱き締めた。途端シロは姿を消し、直也の腕の中には一枚の猫型に切り取られた白い紙があるだけ。それでも直也は抱き締めた形を解く事はしなかった。
「ごめん…ごめんな。ずっと一緒にいてやれなくて。途中でお前を捨てるようなことになって。お前が死んだことすら、気付いてやれないで」
頭の中にはシロの生前の姿が巡り、捨ててしまった罪悪感と、それなのにお礼を言うシロの想いに、直也から洩れる声は少しだけ、震えているようだ。
「やばっ…譲ちゃん、ちと背中貸して」
「えっ、ちょっと、一針」
黙って見守っていた一針はひょいと譲の背中に回ると、貰い泣きしてしまった自分をすっぽり隠してしまった。シュラインも顔を伏せ、自身の表情を見せないようにする。
「シロ…お前のことは一生忘れないからな」
そう直也が口した後、シロは雫に向かって一泣きした後、直也の腕の中でスゥーっと消えていなくなった。魂は天に召されたのだ。
「直也さん、シロはもう…」
「あぁ…行っちゃったんだ…そっか…」
猫の形代を見つめ、直也は寂しそうに、でも何かを吹っ切れた表情をしてみせる。
「ありがとう。皆のお陰で、俺はシロの言葉を聞くことが出来た。シロのことは一生忘れない」
「そうね。シロも直也君だから、最後にありがとうって言いたかったのよ」
シュラインがハンカチを差し出しながら直也に言う。彼の顔は笑顔なのに、涙と鼻水で酷いものだったらしい。
そして日も暮れシロとの別れを済ませた直也が、公園から帰ろうとした時ふと何かを思い出したように雫の傍に走り寄って来た。
「さっきの猫の形した紙、くれないかな?」
照れ臭そうに言う直也に、雫は笑顔を浮かべて「どうぞ」と形代を差し出す。
「サンキュー。これは俺が最後に会ったシロだから」
愛しそうに見つめた直也は、そう言って足早に帰路に着いた。
その後姿を眺めていた四人も、後味の良い依頼成功に各々笑みを浮かべて帰路に着く。
その後、草間興信所には代理依頼主だった華月から、ダンボール1箱分の猫缶が送り届けられた。数は15缶。そのダンボールには手紙が入っており、『今回の依頼料として”華月特製猫缶”をお送りします。一人3缶ですので宜しくお願い致します。 華月』と書かれていたらしい。
草間は見た瞬間、ムスッとして煙草を吹かし、
「俺はいらん!欲しい奴は持って行け!」
と怒鳴り散らした。
しかしその猫缶の中身。実は1缶に50万の現金が入っていたのだが、草間は気付いていない。
こうして依頼料を取れなかった草間は、更に機嫌が悪くなったとか。
草間興信所では、依頼の余韻に浸ることは……どうやら出来そうにないようだ。
いつもの日常風景に溜息を付く四人だが、それでもシロと直也のことは忘れないだろう──。
了。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号】PC名/性別/年齢/職業
【0086】シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳
→翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【0588】御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17歳
→高校生
【0911】黒磯・一針(くろいそ・いっしん)/男/17歳
→高校生兼針師
【1026】月杜・雫(つきもり・しずく)/女/17歳
→高校生
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■ ライター通信 ■
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東京怪談「ありがとうの伝え方」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?
今回は捜索隊(?)が見事に分かれた為、とてもスムーズに事が
進んだように思います。
シーンは全部で3シーンですが、今回はあえてエンディングの個別をやめました。
どうか皆様個々に感じて頂ければ幸いです。
最近は動物を飼えなくなる人や途中で放棄してしまう人が多いですが、
直也のように動物に感謝されるくらい、相手を思いやって生活したいものですね。
※シュラインさん、黒磯さん、二回目のご参加ありがとうございました。
※御堂さん、4回目のご参加ありがとうございました。
※月杜さん、初めてのご参加ありがとうございました。
皆さんのPCが描写出来たこと、とても嬉しく思っております。
この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。
それではまたお会いできるよう、精進致します。
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