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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ありがとうの伝え方

◇OPENING

 その日、草間興信所には一通の手紙が届いていた。
 宛先の書かれていない真っ白な封筒─…
 草間はそれを手に取り、訝しげな視線を送った。
 というのもこの手紙には、差出人の名前すらなかったのだ。あるのは裏面に一つだけスタンプされている肉球の痕だけ。草間が不信がるのも当然である。
「……イタズラだな。そうだ、イタズラに違いない」
 草間は咥え煙草そのままに、その手紙の封を切ることなくゴミ箱へと捨てる。
 この手紙に関しては、それで終わるはずだった。
 しかし数分後。
 1本の電話により、草間は捨てたはずの手紙を、再度ゴミ箱から拾い上げることとなる…。

「はい、草間興信所…」
『あっ、どうもお久しぶりです。以前お世話になった黒影です』
「黒影……ってその口調から察するに、華月君の方かな?」
『はい。ご名答です』
 草間が脳裏に浮かぶ二つの顔から、一つをチョイスしてみると、どうやら正解だったらしく、電話の向こうからクスっと笑う声が洩れてきた。彼は以前、霊を騙して欲しいと依頼してきた、踊りの家元をしている青年である。
「…んで今日はどうしたんだ?」
 また面倒な依頼なんじゃないだろうな、と内心思いつつも、草間は咥えた煙草から紫煙を吐き出しながら尋ねる。
 すると案の定華月の口から、普通じゃない調査依頼が舞い込んできた。
『えっと…そちらに宛先の書かれていない手紙が届いていると思うんですが、それが今回お願いしたい調査依頼です』
「手紙?…ってあれはイタズラじゃないのか!?」
『イタズラ?いえ、あれは私が草間さんの郵便受けに、直接入れたものですよ?』
 持って来たなら、何故寄って行かない!?…と内心思ってみるが、草間はそのことには触れないで、捨てたはずの手紙をゴミ箱から取り出す。イタズラじゃないと分かった以上、内容を確認しないといけないからだ。
 仕方なしに草間は受話器を肩に挟みながら、乱暴に封を破って開封する。
 ところがそこには真っ白な便箋が入っているだけで、内容は何も書かれていなかった。
「…おい、これで何を調査しろって言うんだ?」
 ペラペラと便箋を振り、草間の問いは華月へと向けられる。
『今から詳しいお話ししますが、今回の依頼主は猫なんです。だから文字が書けなかったんでしょうねぇ』
「猫だと!?」
 人間じゃない依頼主というのは……。
 草間は素っ頓狂な声を上げて正直に驚いてみせた。
 しかし相手は何事もなかったように、依頼内容について語っていく。
『依頼主は黒猫の”シロ”です。野良猫でつい一ヶ月程前に交通事故で死んでしまったんですが、ずっと気になることがあって天に昇れないんだそうです』
「黒猫なのにシロなのか…まぁいい。それで”気になること”というのが依頼なんだな?」
『その通りです。シロさんは生前、高校生くらいの青年に、毎日餌を貰っていたそうなんです。それでその人に、アリガトウと伝えたいみたいですね』
「そこまで分かっているなら、どうして伝えてやらないんだ?華月君だって霊媒体質なんだから、シロの言葉を伝えることは出来るだろうに」
 草間は最もなことを口した。
 けれど華月は電話口で深い溜息を洩らし、それが出来ないんだと言葉にする。
『実は踊りの稽古で忙しくって、私には時間が取れそうにないんですよ。だから草間さんにお願いしたいんです。』
 駄目ですか?と華月は草間に尋ねた。
 こうなっては草間も、駄目と無下に断ることが出来ない。相手は困って自分の所を頼って来ているのだ。
 しかし──猫が…しかも既に死んでしまっている野良猫が依頼主ということは、これはタダ働きってことになるのではないか?
「…………」
 草間は暫く考えた後、これが金持ちの猫だったら…という思いを退け、「判った…」と承諾の意を表した。
『では宜しくお願いします。依頼料は私の方から少しですが、お渡し致しますので』
「別に華月君が気にしないでもいいんだが」
『いえいえ、”先行投資”ですよ♪…あっそうそう。男の子は毎日夕暮れと共に、今もその公園に来ています。その時間帯は、結構高校生が溜まっているみたいなので、相手を間違えないようにして下さい。あとシロですが、野良猫だったためか、フラフラ移動してましてね。シロも探して下さいね』
「…なんだか面倒な依頼だな…。依頼についてはシロを見つけることと、高校生を見つけること。そして最後に、アリガトウって伝えればいいんだな?」
『えぇ、それで合っています。但し「いきなりシロがアリガトウって言ってるよ」なんて男の子に言ったら駄目ですよ?彼の性格をよく考えて、行動して下さい。それと──…』
 そこで華月が言葉を区切って、一呼吸置いた。
『男の子はシロが死んだことを知らないそうですので、それも考慮して下さい。』
 ではお願いします、と言い残し、電話は通話を終了した。

 さてこの依頼、どんな結末になるのだろう──…

◇SCENE.1─月杜雫

 草間興信所に美しい少女が姿を現した。長く艶やかな黒髪をサラリと揺らし、少女は静かに扉を閉める。
「失礼します。こんにちは、草間さん。……草間さん?」
 扉に鍵が掛かっていなかった為、てっきり草間がいると思っていたが、声を掛けて雫は足を止めた。
 雑然とした室内には、人の気配はしている。けれど肝心の人が見当たらないないのだ。
 雫は止めた足を再び動かし、草間がいないか室内を探し始めた。
 そして窓際のデスクに近づいた時、書類の山が独りでに動き出し、更に黒髪がもぞりと顔を出す。
「ん〜…んっ?君は…」
「……えっと…こちらの依頼を受けました、月杜雫です」
 雫が鼓動を早めて少々驚いていると、草間が欠伸と共に「あ〜君か」と背伸びをした。そして椅子から立ち上がり、雫にはお茶を自分にはインスタントコーヒーを淹れてソファーに座る。
「それでどうしたんだ?こっちに来るなんて」
 そう尋ねられ雫は一旦手にした湯のみをテーブルに置き、目の前でまだ眠そうな顔をしている草間へと真剣な瞳を向けた。
「はい。実は依頼の封筒を、お借りしたいと思いまして…」
「あの封筒をか?えっと……どこやったかな?」
 そう口にして自分のデスクをせっせと探す草間を尻目に、雫は一抹の不安を抱きながらもお茶を啜る。
(まさか捨ててるわけもないだろうし、きっと見つかるはず…)
 そう己を納得させ、ふぅと一息呼吸した。
 そして数十分後。漸く草間が一通の封筒を手に戻って来ると、雫へとそれを手渡す。真っ白な封筒には最初に言われた通り、肉球の痕しか残されていない。けれどこれがあれば雫にはシロの霊を呼び出すことが出来るのだ。依頼が成功する確率が一気に上がる。
 雫は受け取った封筒を鞄に仕舞い一礼すると、早々に部屋を後にしようとした。
 けれど背後から草間に、
「あっ、そうだ。君と同じようにシロを探している少年がいるから、彼と合流してくれ。緑の頭に低い身長だから」
 と言われ、雫は体ごと草間へと向き直る。
「緑の頭…ですか?」
「ま〜見ればすぐに判るだろう。それじゃ宜しく頼む」
 出来る事ならシロを呼び出し、早々に解決したいところなのだが、そうも行かないらしい。
 草間に見送られ、今度こそ雫は草間興信所を後にした。
「取り合えず公園に、向かってみましょう」
 シロと高校生の少年が出会った場所。自分ならそこを中心に探すだろうと思いながら、雫は公園に向けて歩き出す。

 夕暮れで辺りの色が変わり始める。
 大通りだった場所から、徐々に住宅街へと景色を変えて歩き続けた雫は、ふいに目の前で座り込む少年に視線を向けた。自販機の横に腰掛け、なにやら一人でブツブツ呟いている。普段の雫なら『触らぬ神にたたりなし』で素通りするところだが、少年の姿を目に捕えた時、脳裏に草間の言葉を思い出した。
(えっと…緑の頭に低い身長…)
 目の前にいる少年は、正にそれだった。けれど万が一違うかもしれないと思うと、中々声を掛けることが出来ない。そもそも雫は内気な性格な為、自分から進んで人に話し掛ける、しかも異性相手なぞしないと言ってもいいだろう。
(どうしよう…でも…)
 雫が声を掛けるべきか迷っていると、目の前の少年から元気のいい声が聞こえてくる。
「しょうがない。地道にシロを探すか!」
 缶をくずかごに投げ捨てたその少年は、言って勢い良く立ち上がった。
 どうやら彼で間違いないようだ。
 しかし少しだけ雫は心臓の鼓動を早めて驚く。
(元気な人みたいだけど、いきなり大声を出さないで欲しい…)
 そう思って少年を見ていた雫は、相手の視線が自分に向けられたのを感じる。相手は「何?」と言いたそうに、自分を見ていた。
 雫は怯えているような表情をしたまま、少年へと近づき声を掛ける。
「貴方が草間興信所で、依頼を請け負った方でしょうか?」
 そう言葉を紡ぎ出した雫に、目の前の少年は不思議そうな顔でこちらを見てきた。

◇SCENE.2─一針・雫

 二人は顔を見合わせたと同時に、簡単な自己紹介をした。
 緑の髪の毛と低い身長の少年は黒磯・一針《くろいそ・いっしん》と名乗り、今まで猫缶片手にシロを探していたと言う。
 そして黒髪の愛らしい少女は月杜・雫《つきもり・しずく》と名乗り、シロの魂を呼び出す前に少年を探していたと言う。
 二人はとりあえず此処ではなんだからと、公園まで十分くらいの距離を歩き始めた。
「へ〜雫ちゃんって霊と話すことが出来るんだ」
「えぇ。私は人だけじゃなく、犬でも猫でも話すことが出来ます。その際言語は問わないので、私にはシロの言葉を理解することが出来るんです」
 普段大人しい雫も、霊的なこととなると巧く言葉が出てくる。それに頭の後ろで手を組んで歩いている一針は「すごいなぁ」と感嘆を洩らした。ビニール袋の中で揺れる猫缶を思えば、一針の思いは当然だったかもしれない。
「けどシロをどうやって呼び出すんだ?このまま公園に行ってやるの?」
「いえ…出来れば公園に付く前に、シロを呼び出しておきたいんです。何処か人に見られないような場所はないでしょうか…」
 公園にはきっと高校生が数人はいるだろう。その中に同じ学校の生徒が、いないとも限らないのだ。そんな中で己の能力を使うということは、今まで隠していた部分を曝け出すことになってしまう。そう思うと、公園でシロを呼び出すのは躊躇われた。
 雫は人知れず行動出来そうな場所がないだろうか、と辺りを見回しながら進んで行くと、今まで隣りにいた一針の足がピタリと止まる。
「黒磯君?」
 どうしたの、と続けようとした雫に、一針はにっこりと笑顔を向けて彼女の手を取り、相手の意思確認することなく走り始めた。腕を引かれ走り出す雫には、何がどうなったのかを知るすべはない。ただ引き摺られるようにして一針と走るだけだ。
「あっ、あの…」
「さっきまでここらへん歩いてたからさ。公園の近くに空き家があるの見つけたんだ。そこなら人に見られないと思うよ?」
「でも勝手に入れないんじゃ…」
 雫が尤もな意見を述べると、一針は更に笑みを深め、一本の長針を走りながら見せる。
「犯罪だけど……まぁ緊急事態ってことで♪」
「………ピッキング…ですか?」
 笑顔の裏で、一体どんな技能を持ち合わせているのだろう、と雫は思った。
 けれど一針は気にすることなく、シロを呼び出す場所を確保したいという思いしかない。
「まっ、あんま時間もないことだし♪」
 一針に言われて時計を確認すれば、確かに悠長にしている暇はないようだ。
 もう太陽の位置は西に傾いている。
 二人は走りながら『これは緊急事態』と自分自身に言い聞かせた。

 そして一針の見事な技能により空き家の扉は簡単に開き、二人はリビングへと移動する。
「ここで大丈夫?」
「えぇ。大丈夫です」
 一針がキッチンに寄り掛かりながら尋ねると、雫は辺りを見回しながら返事をした。どうやら此処で、シロを呼び出すことになるらしい。そしてここからは一針の出る幕ではない。
 それを感じ取った一針は、無言で雫の行動を見守ることにした。
「……ではシロを呼び出します」
 雫はマジックを鞄から取り出し、部屋の中央へ移動する。そしてそのマジックを徐に動かし、床になにやら描き始めた。その動きを目で追えば、そこには『清明桔梗─五芒星─』が描かれている。
 雫は草間から預かってきた封筒を手にすると、そっとその中央に立って手にした封筒を掲げた。
「シロ、これに判(肉球)を押した存在。その名を持って呼び出す鍵となさん。真名への呼びかけに応じざる事、これ存在を捨てる事と同義。己の存在を明かしたくばここへ、来よ、……シロ!」
 雫の呼び掛けに応えるように、五芒星は強く光り輝き、周囲に神聖な空気が漂い始める。黙って見守っていた一針も、初めて見る光景に言葉なく雫を見つめた。
 けれど一針は彼女の右目が、違う色を宿しているのに気付いてしまう。瞳が赤く、表情もさっきまでと違い、とても強いものを感じた。
「……雫ちゃん、右目が」
「シロが霊のまま、まだこの世に存在しているのであれば、この呼び掛けに応える筈です」
 一針の言葉が聞こえなかったのか、己の右目については語ることなく瞳を閉じる。
 そして呼び掛けに応えるべく、二人のいる空間に一匹の猫の魂が現れると、雫は用意していた猫型の形代をポケットから取り出した。
「それは?」
「猫の形に切った形代です。これにシロの魂を憑依させることで、実体を与えることが出来ます」
「へぇ、すごいなぁ。それじゃ実体を与えれば、後は公園に行くだけだな」
「そうですね。でも人が触れると、すぐに魂の状態に戻ってしまうので、注意は必要ですが」
 感心する声に小さく笑みを浮かべて注意を諭し、雫はシロの魂に肉体の代わりを与える。
 そこには草間に聞いていた通り、真っ黒な猫が一匹存在した。
 紛れもなくシロである。
「いいか、シロ。お前が会いたいと思ってる奴に会わせてやる。だからどっかにフラフラ行くんじゃねぇぞ」
 一針は猫に触れないよう注意しながらしゃがみ込むと、シロに向かってニカリと笑った。
 それにシロがにゃ〜んと泣き声を上げる。
「”分かった”…そうですよ」
「えっ?」
 まるで猫の言葉が分かったように雫が口を開いたことに、一針は形代に続きて驚き声を洩らす。
「私は霊の言葉を言霊を使って、人間の言葉に変換することが出来ます。なのでシロの言っていることは、私が代返して伝えたいと思うのですが」
「すごいじゃん♪それならシロの言いたかったことも相手に伝えることが出来るね♪」
 一針は自分がその高校生であるように喜んだ。その姿に雫もにこりと微笑む。
「では公園に向かいましょう」
「そうだな♪」
 そうしてシロを連れ公園に向かおうとした二人だが、軽快なメロディと共に一針の携帯電話が鳴り響く。ディスプレイには、見覚えのない番号が表示されている。一針は出ようか迷いつつも、その電話に出ることにした。
「もしもし…」
『黒磯君?私はシュライン。草間興信所で依頼を受けているわよね?』
 耳障りの良い声が自分に話しかけてくる。どうやらシロの依頼で、高校生を探している人らしい。
「えっと…何?」
 いきなり電話を貰い、なんで携帯電話の番号を知っているのかとか、彼女はどんな人なのかとか聞きたいことはあった気がするが、それは気付いていないことにして一針が聞き返す。その様子に歩を進めていた雫も立ち止まり、どうかしたのかと言わんばかりの表情を向けた。
『シロは見つかったかしら?こっちはもう高校生を見つけたから、後はシロが来るのを待つだけなの』
「こっちも雫ちゃんがシロを呼び出したから、今から公園に向かう途中なんだ」
『なら問題ないわね。それじゃ待ってるわ』
 シュラインと名乗った女性は、手早く用件だけを伝えて電話を切った。
「どうかしたんですか?」
「あっ、なんか高校生が見つかったから、シロを公園に連れてきてくれって」
 依頼に関係している電話だったことに気付いた雫が数歩近寄って訊ねると、一針はポケットに携帯電話を仕舞いながら判ったことを伝える。
 そして雫と一針はシロを見下ろし、
「急ごう♪」
「そうですね」
 シロを連れて、公園へと急いだ。

 ところでリビングにマジックで書かれた五芒星は、ちゃんと消して行ったのだろうか…。

◇SCENE.3─共通

 一針との連絡を終えてから五分。当たりは徐々に暗くなり、周辺に居た高校生達も帰路へと付いた。今公園にいるのは、シュライン、譲、直也の三人だけだ。
 そこへ出入り口から二つの大きな影と一つの小さな影が伸びてくる。
「来たみたいね」
 シュラインの言葉に顔を上げた譲と直也だったが、猫の姿を目にした途端、直也が真っ直ぐに走り出した。譲もシュラインもそんな直也の姿を、一針達の方へ歩きながら見ている。
「シロ〜〜!!」
 しかし直也がシロを抱き上げようと手を伸ばした時、その手は緑の髪の毛をした少年─黒磯・一針《くろいそ・いっしん》─により阻まれた。
「ごめん。残念だけどシロを触らせることは出来ないんだ。ねっ、雫ちゃん」
 そう一針が言うと、一歩引いた位置に居た黒髪の少女─月杜・雫《つきもり・しずく》─が小さく頷く。
「貴方にはとても言いにくいことなのですが…シロは既に肉体を持っていない身。触れば、貴方には見えない存在になってしまいます」
「何…言ってんだよ!?あんたら、シロになんかしたんじゃないだろうな!」
 目の前にシロがいるのに触れないことと、雫の言葉が理解出来ないことが苛立ちとなり、直也は乱暴な言葉を雫に向かって投げ付けた。無論、そんなことは承知の上だったのだが、やはり直に理解してもらうことは難しいらしい。
 後からやって来たシュライン・エマ《しゅらいん・えま》と御堂・譲《みどう・ゆずる》も状況を察知して、二人へと説明を求めた視線を向ける。
「俺達は何もしてないし、シロに触ったらキミに見えないのも本当なんだ。今説明するから、落ち着いて聞いて欲しい」
「そうね。直也君も突然で混乱しているんでしょうけど、話して判らない相手じゃないはずだわ」
「そうだな。それに理解してもらわないと、シロが可哀相だ」
「……判りました。きちんと説明しますので、どうか私の話しを聞いて下さい」
 皆の言葉を代表して、まずはシロを呼び出した雫が説明を始めることにした。
 そこでシロが既に死んでいること、肉体の代わりに雫が形代で仮初の肉体を与えていること、シロの言葉は彼女の言霊で直也に伝えることが説明される。
 それを静かに聞いていた直也は今はシロをじっと見つめて、伸ばした手を引っ込めるを繰り返していた。信じない、けど触って消えたらもう二度と逢えないんじゃないかという不安が、手の動きだけで全員に伝えられる。
「ねぇシロがどうして貴方に逢いたいと思ったか判る?普通動物と会話なんて出来ないの。それが直也君には少しだけど出来る。私達を信じて」
 シュラインが優しい口調で直也に言う。
「僕達、こんなことで担いだりしないからさ」
 続けて譲も口を開いた。
 すると直也が小さく、それは聞き取れないくらい小さな呟きで「お願いします」と口にする。大事にしていた猫の死を受け入れ、今目の前にいるシロはシロではないことを認めたのだ。一針は直也の心情を察して、彼の肩に手を置くことで慰めた。

「それではシロの言葉を、私が言霊を使って直也さんに伝えます」
「よし!それじゃシロ。お前が直也君に言いたかったことを言っていいぞ」
 雫の言葉を聞き、一針がシロに言い聞かすように言うと、シロが直也を見上げ生前と変わりないだろう声で一鳴きする。
「なんて言ってるんだ?」
 それが直也の代弁のように、譲の口から洩れた数秒後、雫が静かにシロの言葉を口にした。
”……直ちゃん、元気だった?”
 続けてシロがにゃーんと鳴き声を上げると、今度は直也が雫を見上げ言葉を求める。その想いに応えるように、雫はシロの言葉を口にした。
”どうしても直ちゃんに、言いたいことがあるんだ”
「なんだ、シロ。お前が死んだ後まで、言いたかったことっていうのは」
 直也がシロに視線を合わせるようにしゃがみ込み、頭を撫でる仕草をしてみせる。こうして直也はシロと、会っていただろうことは想像出来た。
 そして直也に言われたことで、シロが今までで一番元気のある声で一鳴きする。
 シロが直也に伝えたかった、大切な言葉。
 雫はそれを聞いた瞬間、目頭が熱くなり、直には言葉を発することは出来なかった。とてもシンプルで、気持ちの篭った一言。死んでも尚、伝えたかった最後の言葉。判っていても、シロが幸せだったことは感じ取れた。
「雫ちゃん?どうしたの?」
 いつまでも言葉を発しない雫に、一針が小首を傾げて訊ねると、意を決したように彼女の口からシロの言葉が伝えられる。
”………今までありがとう♪”
 伝えた瞬間、直也が思い詰めた表情をして触っては駄目だと言ったシロを抱き締めた。途端シロは姿を消し、直也の腕の中には一枚の猫型に切り取られた白い紙があるだけ。それでも直也は抱き締めた形を解く事はしなかった。
「ごめん…ごめんな。ずっと一緒にいてやれなくて。途中でお前を捨てるようなことになって。お前が死んだことすら、気付いてやれないで」
 頭の中にはシロの生前の姿が巡り、捨ててしまった罪悪感と、それなのにお礼を言うシロの想いに、直也から洩れる声は少しだけ、震えているようだ。
「やばっ…譲ちゃん、ちと背中貸して」
「えっ、ちょっと、一針」
 黙って見守っていた一針はひょいと譲の背中に回ると、貰い泣きしてしまった自分をすっぽり隠してしまった。シュラインも顔を伏せ、自身の表情を見せないようにする。
「シロ…お前のことは一生忘れないからな」
 そう直也が口した後、シロは雫に向かって一泣きした後、直也の腕の中でスゥーっと消えていなくなった。魂は天に召されたのだ。
「直也さん、シロはもう…」
「あぁ…行っちゃったんだ…そっか…」
 猫の形代を見つめ、直也は寂しそうに、でも何かを吹っ切れた表情をしてみせる。
「ありがとう。皆のお陰で、俺はシロの言葉を聞くことが出来た。シロのことは一生忘れない」
「そうね。シロも直也君だから、最後にありがとうって言いたかったのよ」
 シュラインがハンカチを差し出しながら直也に言う。彼の顔は笑顔なのに、涙と鼻水で酷いものだったらしい。

 そして日も暮れシロとの別れを済ませた直也が、公園から帰ろうとした時ふと何かを思い出したように雫の傍に走り寄って来た。
「さっきの猫の形した紙、くれないかな?」
 照れ臭そうに言う直也に、雫は笑顔を浮かべて「どうぞ」と形代を差し出す。
「サンキュー。これは俺が最後に会ったシロだから」
 愛しそうに見つめた直也は、そう言って足早に帰路に着いた。
 その後姿を眺めていた四人も、後味の良い依頼成功に各々笑みを浮かべて帰路に着く。



 その後、草間興信所には代理依頼主だった華月から、ダンボール1箱分の猫缶が送り届けられた。数は15缶。そのダンボールには手紙が入っており、『今回の依頼料として”華月特製猫缶”をお送りします。一人3缶ですので宜しくお願い致します。 華月』と書かれていたらしい。
 草間は見た瞬間、ムスッとして煙草を吹かし、
「俺はいらん!欲しい奴は持って行け!」
 と怒鳴り散らした。
 しかしその猫缶の中身。実は1缶に50万の現金が入っていたのだが、草間は気付いていない。
 こうして依頼料を取れなかった草間は、更に機嫌が悪くなったとか。

 草間興信所では、依頼の余韻に浸ることは……どうやら出来そうにないようだ。
 いつもの日常風景に溜息を付く四人だが、それでもシロと直也のことは忘れないだろう──。

了。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号】PC名/性別/年齢/職業

【1026】月杜・雫(つきもり・しずく)/女/17歳
→高校生
【0086】シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳
→翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【0588】御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17歳
→高校生
【0911】黒磯・一針(くろいそ・いっしん)/男/17歳
→高校生兼針師

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■         ライター通信          ■
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東京怪談「ありがとうの伝え方」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?

今回は捜索隊(?)が見事に分かれた為、とてもスムーズに事が
進んだように思います。
シーンは全部で3シーンですが、今回はあえてエンディングの個別をやめました。
どうか皆様個々に感じて頂ければ幸いです。
最近は動物を飼えなくなる人や途中で放棄してしまう人が多いですが、
直也のように動物に感謝されるくらい、相手を思いやって生活したいものですね。

※シュラインさん、黒磯さん、二回目のご参加ありがとうございました。
※御堂さん、4回目のご参加ありがとうございました。
※月杜さん、初めてのご参加ありがとうございました。
皆さんのPCが描写出来たこと、とても嬉しく思っております。

この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。
それではまたお会いできるよう、精進致します。