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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:白く光る
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜3人

------<オープニング>-----------------------

 その日、ソファーに身を沈めた客には、影が無かった。白い肌に俯き加減の顔。少女は今にも泣き出しそうだった。
「どうか……助けてください!」
 テーブルにつきそうな程、頭を垂れる。どう見ても実体の無い存在。幽霊だった。草間は厳しい顔で、少女を見つめた。
「最初から話してくれ」
 少女の目から大粒の涙が落ちる。
「彼を救って欲しいんです。あんな……『アレ』はもう彼じゃない」
 池袋。週末の繁華街。二人乗りの自転車が、酔っぱらい運転の若者にはねられるという事故が起きた。二人は飛び出してきた車と、ガードレールとの間に挟まれ即死。加害者の若者は刑を受けている。
 しかし事件は、それだけで終わらなかった。その直後から、現場周辺では奇怪な現象が頻発するようになった。車や自転車が加速したまま停まらなくなる。歩いていると突然、誰かに突き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「全て彼が原因なんです。死んでから得た力……。それが彼を狂わせました」
「力……?」
「ポルターガイストです。彼は触らずに物を自由に操り、そしてそれを壊す事が出来るんです。彼はその力を誇示したくて仕方がないんです。昨日は、猫を……」
 少女は一度、言葉を区切り唇を噛んだ。彼は少女の制止も聞かず、力で猫をひねり潰したと言う。
「彼の力はどんどん大きくなっているんです。このままではいずれ人間の犠牲者が出ます。どうか……彼を!」
 少女、猪瀬佳奈(いのせかな)は恋人──八幡勝(やはたまさる)を、本来向かうべき場所へ向かわせて欲しいと言う。それにはどんな力を使っても構わないと、佳奈は涙ながらに訴えた。それほどに、彼の暴走は激しいと言う。
「引導を渡せ、と言うのならそうしよう。しかし、キミはそれでいいのか?」
「……はい。彼は用心深く、私が一緒じゃないと、きっと現れないでしょう。私も……一緒に逝くつもりです。ここはもう私達のいるべき所じゃない……」
 コチコチと響く壁掛け。草間の気は重かった。
 
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   白く光る
 
 舞い上がる二つの光。キラキラと螺旋を描き、高く空へと登っていく。そして──

 ── 池袋駅東口 二十二時 ──

 豊島区。ジュンク堂書店並び、スターバックス南池袋店。勝達が最後に向かった場所である。
 シュライン・エマは時間潰しと、その店に立ち寄った。平日の繁華街がより静かになるであろう、十一時。それが待ち合わせの時刻だ。
 背に揺れる黒髪。キリリとした立ち居振る舞い。細身に香る女の艶に、店内の視線が集まる。
 シュラインは定番のラテを一つ注文すると、通りに面した一角を選び腰を下ろした。カップから冷えた指先に、熱が伝わってくる。青い瞳はガラス越しの街並を見つめていた。

 勝の家は、事故現場から少し離れた住宅街の中にあった。互いに十九歳になる二人は会社の同僚で、親も公認の仲だったと言う。週末になると勝の家に、佳奈がよく泊まりに来ていたようだ。
──“スタバ”に行ってくる。
 そう言って出ていく後ろ姿が最後になった、と勝の母は言った。二人は駅前にある流行のカフェスタンドへ行く途中で、事故にあったのだ。
「佳奈さんの親御さんにも申し訳が立たなくて……。とてもいい娘だったんですよ。勝にはお嫁さんにするなら、あの子にしなさいって、いつも言ってたくらい。勝もその気だったみたいで。それがこんな事になるなんて……」
 シュラインが案内された勝の部屋の壁には、数枚の写真が貼ってあった。友達とのバーベキュー、ドライブに海水浴。どれも二人は顔を寄せ合い笑っている。
 小さな黒いテーブルの上に、旅行案内が置かれていた。出かける直前まで、二人はここで旅行の計画を練っていたのだろうか。無数に折られたドッグイヤーに、楽しげなやりとりが伺えた。
 勝も佳奈もどこにでもいる平凡な若者だった。それは周囲や家族の話から、よく分かる。大きな悩みも、大きな不安も無い。お互いに起こす小競り合いに愚痴をこぼす事はあっても、今はただ幸せの真っ最中と言えた。
 事故をきっかけに持ち時計の止まった二人。未来は永遠に手の届かない場所となってしまった。
「二人一緒ですもの。あの子達は天国で幸せに暮らしてますよね……」
 勝の母は最後に目頭を潤ませた。

(言えるわけ無いわよね。まだこの世界にいるなんて)
 シュラインは白い湯気の燻るカップを手に、ボンヤリと思いを巡らせていた。
 残された者達。その話しにはやり切れなさが付きまとう。
 トン──と不意に肩を叩かれた。振り返るとそこに長身の黒いスーツ姿。真名神慶悟(まながみけいご)が佇んでいた。
 派手に抜いた金の髪と、着崩しの出で立ちは一見して遊び人のそれだが、漂う雰囲気に浮いた所は見あたらない。
「外から見えたんだが……」
 と、慶悟は窓を首で指し示した。どうやらシュラインはボンヤリしていて、その存在に気が付かなかったようだ。
「あら……。ゴメン」
「いや。それより聞き込みはどうだったんだ」
「目新しい情報は何も。生前の彼がどんな人か知りたかったんだけど、いわゆる“普通“の一言ね。切れて大騒ぎをするようなタイプでも、こもるようなタイプでも無かったそうだし。二人の仲も良かった」
 店員がソワソワと空いたテーブルや、イスを整え始めた。そろそろ閉店が近い。
「豹変の理由はやはり事故から先か」
「そうね。でも、なり立ての霊がどうしてそこまで強力な力を持てたのかしら。場所が良くないのか……それとも佳奈さんが関係してるのか」
「単に面白がっているだけなのかもしれないな」
「それも“あり”ね。どちらにしても彼を正気に戻せないかしら。変なまま無理に成仏させるより、一瞬でも佳奈さんの知る彼に会わせてあげられたらなぁ、って思うんだけど」
「賛成だ。それにはまず説得、か。仕掛ける挑発に乗る耳が残っていればいいが……」
 二人は揃って店を出ると、夜の繁華街へと繰り出した。
 
 ── 力 ──
 
 駅を出て西武に沿い、テアトルの手前を折れ直進。東京有数の繁華街とは言え、南池袋公園周辺は閑静という言葉がふさわしい。道やビル、違法駐車の車にさえ、昼の活気は感じられない。
 十一時を前にして、現場には三つの影が集まっていた。
「本来向かうべき方向、彼自身の本来の姿に戻して欲しい、そういう事だよな?」
 褐色の肌にしなやかで逞しい体つき。楽天的なはずの緑の瞳に、今日は翳りの色が濃い。
 ジュエリーデザイナー、工藤卓人(くどうたくと)の足下には、毛の塊と化した黒い猫が横たわっていた。
 恐怖に見開いた目。あらぬ方を向いた首。手足は力無く踊り、鼻と口元には細く赤い筋が見えた。
 これが勝の『腕試しの成果』なのだ。容赦というものがまるで感じられない、ただ命を弄んだだけの行為に、浄業院是戒(じょうごういんぜかい)の眼差しも厳しい。
 偉容の大阿闍梨は片手で小さく合掌すると、厳つい顔を佳奈へと向けた。真一文字に結んだ是戒の口元には、微かな怒りも浮かんでいる。
 佳奈は葛藤していた。
 優しくて、気のいい勝。いつも変な事を言っては佳奈を笑わせた。
 その勝は得たばかりの異界の力に、我を忘れている。事故を煽り、生き物の命を簡単に奪う。勝は佳奈の忠告を、耳に入れなかった。うるさいと突っぱね、睨み付ける。日に日に勝は壊れていった。
 佳奈は勝のそんな姿を、これ以上見たくは無かった。何としてでも、勝の行為を止めさせたい。だが、佳奈はそれを食い止める術を持ち合わせていなかった。ただ、暴走を見ている事しかできなかった。
 佳奈にとって最後の綱は、勝がまだ佳奈の傍にいるという事だ。手の届かない場所へ行ってしまわぬ内に、手を高じなければ取り返しの突かない事が起きてしまう。今も勝は姿を消し、闇に紛れて様子を伺っている。何故かは分からないが、勝は佳奈から離れる事は考えていないようだった。
『彼をここへ連れてきます。もし彼が逃げだそうとしたら、その時は少しでも長く引き留めておきますので……』
 佳奈は勝と共に逝く覚悟だった。実体を失った以上、身を寄せる場所はここに無い。
 だが──
 力尽くの展開になれば、そこには苦痛が伴うのではないだろうか。佳奈は勝を苦しませる事に不安を感じてもいたのだ。
 勝がどんなに変わろうとも、佳奈にとって大事な存在には変わりなかった。
 是戒はそんな佳奈の心を見抜いていた。
「娘、安心せい。誰も荒事は望んでおらん。お主と二人、無事に来世へ渡れるよう、皆、図るつもりだ」
「ええ。引導を渡せと言われても、このままではどうも気持ちの良いモノではありませんしね」
 遠野和沙(とおのかずさ)も、是戒の言葉に頷いた。やや影のある顔立ちが空を見上げる。浮かぶ満月。それは和沙の力のバロメーターだ。今日は存分に力を発揮できる。
 長身に月光を浴びて、和沙は佳奈を振り返った。
 佳奈はどこかホッとしたような笑みを浮かべている。だが、それも直ぐに消えた。
 パアン!
 頭上。手を大きく打ち鳴らしたような音が鳴り響いた。一斉に振り仰ぐ。そこには冷たく黒い空があるだけだ。何も無い。
 その声は耳の奥に直接話しかけてきた。
『佳奈──ソイツらは一体何だ?』
 佳奈は蒼白な顔で、胸を押さえている。
『勝……。もう、もういいでしょう? この人達の力を借りて、ここから早く』
 是戒、そして卓人と和沙の背後で、セルモーターの回る音がした。路上に停めてあった二台の車が、突然エンジンを唸らせたのだ。勝が低い嫌な笑いを発した。
『佳奈。お前、何を頼んだんだ? まさか俺を成仏させてくれ、とでも?』
『勝』
『図星か! 丁度いい。俺の力を試すいいチャンスだ!』
 それは三人を挟むようにして向かい合った。静かなアイドリング音。ジリジリと三つの影は背を寄せる。
 卓人が困惑顔に笑みを浮かべた。
「こいつは厄介だな」
「私が引き受けましょう」
 和沙が言った。刹那──
『死ねーっ!』
『止めて、勝!』
 二人の絶叫が響き渡った。場に緊張が走る。だが、車は微塵にも動かない。
『何っ?!』
 和沙は力を緩めずに、目を細めた。
 キュルキュルとタイヤは空転し、白煙を上げている。ゴムの焼けた匂いが鼻を突いた。
 勝の一瞬の隙を、是戒は見逃さなかった。
「ナウマクサマンダボダナン、アビラウンケンソワカ!」
『!』
 看破の呪。負の力を払拭する光を浴び、勝は姿を現した。叫びながら悶えのたうち転げ回る姿に、佳奈は耳を塞いで顔を背けた。
『良くも……』
 顔を上げる。
 悲、苦、痛、悔。発する黒い気に混じる感情を読みとって、是戒は恫喝の声を放った。
「死して世に留まっていても何も変わらぬ。お主のその力とてかりそめに過ぎん。悪障を重ね業を積めば、お主とて救われぬ事になるのだぞ!」
『……黙れ』
「娘はお主の事を心より案じ、救いを求めてきた。この先何を望む。果てなく暴挙を振るい、娘を苦しませ続けるか? 娘の事をどう思っている? 強い力に目覚めても、強い意志は目覚めなかったか?」
『黙れ!』
 パンッ、と大気が鳴った。是戒は怯むことなく、ズイと踏み寄る。
「娘自身も、娘の想いも、娘の向かうべき場所も、娘の未来も、何故護ろうとせん! お主は男であろうが! 女子を悲しませて愉悦に浸っておるとは何事か!」
『黙れ────っ!』
 地から起こった強い波動が、ビリビリと辺りを揺るがした。ガードレールの足下に、小さな亀裂が走る。浮き上がりそうになるのを、和沙の念が抑え込んだ。
 勝の力は徐々に強くなっている。佳奈は怯えた目を勝に向けた。
 勝は本当に“ヒト”の命を奪おうとしている。
 狂気の笑みを浮かべる恋人に、佳奈は涙を流した。
 一体、どこで狂ってしまったのか。
 あの事故──薄れ行く意識の中、佳奈は動かない勝を見た。全身を血に汚し、開いた目はどこも見てはいなかった。
 悲しかった。寂しかった。そして怖かった。
 死に行く事が、ではない。一人残されてしまう事が、だ。
 佳奈は勝を愛していた。
 振りしぼるような佳奈の嗚咽を耳に、卓人は思念を封じる器──銀のブレスレットを手に構えた。それを眼前に掲げ、勝に神妙な瞳を向ける。
「事故にあって恨む気持ちが出てしまうのもわかる。やりたい事がいっぱいあったのに、果たせなかった悔しさもよくわかる」
 ギリとそれを握りしめた。
「だが、あんたがやってる事は、ただ彼女を哀しませているだけじゃないのか? 俺なら自分の女を悲しませるような事はしたくないね。彼女の涙、あんたが流させてるんだぜ? それ見て何とも思わないか?」
 勝の顔から表情が消えた。得体の知れない眼差しが、卓人を見つめている。暗い──黒い──。
『止めて! もう止めて!』
『邪魔するな!』
 佳奈の声が集まりかけていた勝の邪気を乱した。均等を失った力は溢れ、帯となってブレスレットに吸収されていく。
 ガクリ、と力無く勝の頭が傾いだ。近寄ろうとする卓人を、是戒が制した。和沙もジッと勝を見つめている。
『これで、終わりだと思うな』
 勝が笑った。
「ム……」
 突然、空気に圧力が加わった。肌を、身を、締め付けてくるそれに是戒は唸る。
 ビシッ。
 ビルに亀裂が走った。和沙が眉根を寄せる。見えない力の攻防が始まったのだ。是戒は咄嗟に印を結んだ。
「ナウマクサマンダバザラダ──」
『させるかあっ!』
 勝が叫んだ。急襲! 縦一閃の鋭い風が、是戒に迫る。是戒は呪で身を覆い、勝の攻撃を正面から受け止めた。
 ドンという衝撃。弾かれた気が上空で塵になった。
 同時に卓人が持っていたブレスレットが砕け散る。逃げ出した黒い念の塊を吸収して、勝は嘲笑した。
『今の俺を止める事は誰にも出来はしない!』
「呆れたな」
 二つの影が勝の背後に近づいた。

 ── 消失 ──
 
『誰だ!』
 振り返った勝を見つめる二つの顔。
 シュラインと慶悟がそこにいた。
「罪悪を重ねる事は己が業を増やし、輪廻を遅らせる。罪は必ず報いという形で己自身に顕れる……それはお前が一番よく知っているだろう? 男は生きてこそいるが、裁かれた」
『どいつもこいつもくだらない! だからどうしたって言うんだ!』
 ゴオッ、と大気が鳴った。
 だが、周囲にある何一つとして動く物は無い。勝は和沙を憎悪のこもった目で睨み付けた。
 俺じゃないさ。
 和沙は肩をすくめる。顔には強気な微笑が浮かんでいた。
 慶悟の腕が静かに上がった。
「無駄だ。結界を張った。外界への干渉を断った以上、お前は何もできはしない。死んだ者にはおとなしく向かうべき場所がある。こんな所で、ましてやこんな胡散臭い陰陽師なんぞと面を付き合わせている場合じゃないだろう?」
 勝は動きを封じられ、もがきながら慶悟を見た。呪わしげな光が浮かんでいる。
『お前ら……能力者に……俺の気持ちが分かって──』
「わからないわ。でも、あなただって佳奈さんや皆の気持ちが分からないでしょう?」
 シュラインの叱咤に、勝は口を噤んだ。
「皆、あなた達二人の死を哀しんでるわ。聞いて」
 そう言ってシュラインは軽く息を吸い込んだ。残された者達の思い。勝にそれを届けたい一心で、声音を変える。
 友の、幼馴染みの、そして家族の、もう届かないはずの言葉達。
「──皆、悔しいのは一緒なのよ。こんな事をしていても前に進む事はできないわ」
 慶悟の鋭い目が勝を射抜く。
「いい加減に目を覚ましたらどうだ。女のエスコートってのは男がするもんだ。可愛い彼女が待っているにも拘わらず、お前ときたら新しく手に入れた玩具で、いつまでも遊んでいるガキそのもの。同じ男として呆れてものも言えない。可愛い彼女をこのまま放っておくのか?」
 勝は哀しげな笑みを浮かべて、一同を順に睨め付けた。
『……温いな』
『勝……もう止めて……』
『さっき言っただろう? お前らのような能力者には、俺の気持ちなんて分からない! お前も! お前も、お前も、お前も、お前も! 皆、分かる訳が無いんだ!』
 慶悟の禁呪を解こうと、勝は激しくもがいた。ギリリと歯を食いしばる。
『アイツは──俺達を撥ねて、まず何をしたと思う? 警察でも無い! 救急車を呼ぶでもない! 友達に電話をかけてオロオロしてたのさ!』
 腹の底から振りしぼるような勝の怒り。それが血の涙となって頬を伝い、声を枯らした。
『俺はっ。俺は確かに即死だった! でも、コイツは生きてたんだ! 血まみれで死にかけて、ガードレールの下に倒れてたんだ! アイツはそれを見てた。電話しながら見てたんだよ! 逃げる事さえ口にした。俺は……コイツが死んで行くのを何も出来ずに眺めてたんだ!』
『もういい……もう済んだのよ』
 佳奈の悲痛な訴え。しかし勝は話続けた。
『悔しい? ッハ、確かに悔しかったさ。呪い殺せるものなら、呪い殺したいとさえ思った。でも、出来なかった! コイツが死んで、事故が片づき、全部終わっても、俺はその間何一つとしてできやしなかったのさ!』
 パーンッ!
 勝は見えない呪縛の輪を、強引に振り切った。ハアハアと息を荒げ、両に垂らした拳を震わせる。
 止めどなく流れる赤い涙が頬を伝った。
『勝、もう十分よ! そんな力、無意味だわ!』
 佳奈の言葉に勝は、闇のような暗い笑みを浮かべた。
『十分? 何が十分だ。これからだろう? 俺がこんなにも強くなれたのも、お前のおかげだ。悔しいと思えば思うほど……見ろよ、この力を!』
 轟っ!
 勝の放った悪しき波動が、そこにいた者全てに襲いかかった。
 突風のように吹き荒れる邪気。足をすくわれないようにするのがやっとだ。腕で顔を庇い、互いの無事を薄目で確認しあった。
『見ろよ! 顔を上げる事さえ出来ないじゃないか! これが……俺の力だ!』
 勝は泣きながら笑っていた。壊れていく心。吠えるように叫び、そして喚き散らした。ここにいるのは勝であり、勝ではなくなっていた。
 佳奈は走った。勝の後ろに回り込むと腕を伸ばし、力一杯抱きついた。
『皆さん、今の内に! 早く! 早く……勝を!』
『止めろ! 離せ!』
『お願い、もういい。もう見たくない。一緒に逝こうよ……マサ』
『ッハ! 冗談じゃない! なら、お前一人で逝け!』
 勝が息を大きく吸い込むのが見えた。佳奈は勝から離れようとしない。
 止める間も無かった。勝の放った気が、佳奈の体を貫いた。見開いた瞳。苦痛さえ感じなかっただろう。佳奈の存在は一瞬にして吹き飛んでいた。
 勝は血走った目で、狂ったように笑った。
『佳奈、お前はいい女だった。もう俺一人でも大丈夫さ!』
「なんて事を──」
 シュラインが険のある眼を細めた。勝はギロリとシュラインを睨む。和沙と卓人が同時にシュラインの前に立ちふさがった。
「もう彼はダメですね」
「後は彼らに任せよう」
 卓人の言葉に、二つの影が動いた。
 僧はザリ、と足場を踏み固めた。
「事を穏便に済まそうと考えていた儂らの過ちか……。娘に済まぬ事をした。もはや許してはおけん」
 陰陽師は静かに言い放った。
「ああ。地獄に身を売ったヤツに手加減は必要無いだろう。これは弔いだ。悪く思うな」
 熱く冷たく燃える二つの眼差し。それが勝に注がれた。
『ヒヒヒヒヒヒ! オレは負けナイ!』
 フワリ。
 小さな光。勝の足下で弱々しく輝いている。
『!』
 微かだがそこから佳奈の気が感じられた。
『マダイキテタノカッ!』
 勝の気が殺がれた一瞬。
 慶悟が印を切り、是戒が呪を唱えた。
「疾く来たれ雷! 闇に身を浸し者、無へと帰せ! 急々如律令!」
「インドラヤソワカ!」
 卓人がシルバーのリングを手に──
『ハハハ! ヒヒヒ、ヒヒ、ガ……ガハ』
 ──佳奈の気を吸収する。
『グワ……ガアアアアアァァ』
 業火。
 勝は身を焼く紅蓮の渦の中、断末魔の悲鳴を上げた。溶けて行く悪しき力。叫ぶ声もか細くなっていく。
 業風にバタバタと服の裾が踊った。
 全てが終わり静寂が戻った時、勝の姿は消えていた。
「……二人は上へ行けるのかしら」
 シュラインは誰にともなくポツリと呟いた。応える者はいない。世界から剥がされた二つの魂は、どこへ辿り着くのだろう。
 不意に、卓人の手の中が輝き始めた。開いた手のひらの上に乗るリング。そこから小さな光の粒が一つ、勝の消えた場所に舞い降りた。
 弱く、優しく、柔らかな点滅を繰り返す光に導かれ、やがて小さな光がアスファルトに生まれた。フワリと浮かび上がり、それは先を行く光の後を追った。
「彼は好きすぎたのね……彼女の事を」
 シュラインの言葉に、誰もが神妙な眼差しを向ける。
「戻って良かったわね……佳奈さん」
 その声は届いたのであろうか。
 舞い上がる二つの光。
 キラキラと螺旋を描き、高く空へと登って行く。
 そして、それは月の光を受け、遠く遠くどこまでも──
 白く光る──。



                        終




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 】

【0086 / シュライン・エマ(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
     
     
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師
     
【0751 / 遠野・和沙 / とおの・かずさ(22)】
     男 / 掃除屋(いわゆるなんでも屋)
     
【0825 / 工藤・卓人 / くどう・たくと(26)】
     男 / ジュエリーデザイナー
     
【0838 / 浄業院・是戒 / じょうごういん・ぜかい(55)】
     男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧

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■         ライターッー信         ■
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 こんにちわ、紺野です。
 大変遅くなりましたが、『白く光る』をお届けします。
 事もあろうに遅筆記録を更新してしまいました。
 お待たせしてしまった事を、お詫び致します。
 精進します……ごめんなさい(滝汗)
 暗いお話ですが、少しでも琴線に触れる事があれば幸いです。
 
 さて、改めましてご挨拶を。
 和沙様、初めまして。
 この度は当依頼に参加して下さって、ありがとうございました。
 卓人様は二度目となりますが、再びお逢いできて嬉しいです。
 シュライン様、慶悟様、是戒様、いつもありがとうございます。
 今回のお話、皆様思う以上にとても優しい方ばかりでした(プレイング)。
 惨無くハッピーエンドではなくてごめんなさい。
 
 感想、批評等、思うことありましたら、
 ぜひ紺野までお願い致します。
 
 それでは今後ますますの皆様のご活躍を祈りながら、
 またお逢いできますよう……
 
 
 
                    紺野ふずき 拝