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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


月とりんご

*
 興信所に一冊の絵本があった。表紙には夜を背景にうさぎの絵。空には満月が描かれていた。

「うさぎは言いました。『満月の夜にだけ実るというりんご。あの金のりんごさえあれば、わたしのこの耳は治るのです』しかし、りんごの木は2頭の竜が守っていました。赤い竜の吐く息は天を焦がし、青い竜の吐く息は地を凍えさせました」
「その絵本が気に入ったようだな」
 草間が絵本を音読していた零に声を掛けた。零は絵本から顔を上げると、そっと微笑んだ。
「はい。続きが気になります」
 絵本はおそらく残り5、6ページ。うさぎが竜に出会ってから先のページが途切れていた。誰かの手によって切り取られたようだった。
「次の満月の晩に、また来るとか言っていたが。あと3日後か。どうしたものかな」
 興信所に少女が訪れたのは2ヶ月ほど前、満月の夜だった。今零が読んでいる絵本を手に、一緒に金のりんごを探してほしい、と。
 2回、少女はやってきたが草間は依頼を受けなかった。少女の体は透けていたのだ。しかも依頼の内容にも首を捻ってしまう。少女が必要なのは、持参した絵本に描かれている、『万病を癒すという金のりんご』なのだろう。しかし。
 今度やって来たらどうしようか、と草間が考えていると興信所のドアがノックされた。
「はい」
 零がドアを開けると少年が立っていた。

「妹を助けてください」
 少年は永田・諒(ながた・りょう)と名乗った。中学2年生だという。どことなく影が薄い印象で、その曇った表情が余計にそう感じさせた。
 草間はとりあえず応接ソファへと案内して、話を聞くことにした。
「妹は、生まれつき心臓が悪くて、3ヶ月前に手術をしました。手術は無事済んで、体力が戻ったら退院するはずだったんですが」
 諒は項垂れた。
「2ヶ月前、急に容態が悪くなって退院が延びました。そのまま様子を見ていたんですが、また1月前に同じように容態が悪化して。このまま衰弱が激しくなると…ってお医者さんが…」
 いつの間にか少年は涙ぐんでいた。草間は首を捻った。
「あのな…ここは病院でもなければ、俺は名医でもないんだ。俺は探偵で、ここは草間『興信所』だ。分かるか?」
 諒は首をふった。
「『草間興信所に助けてもらう』って、綾が、妹がうなされて何度もそう言っていたんです。僕にも良く分かりませんが、ここが『草間興信所』なのでしょう?」
「うなされて…、衰弱…しかも2ヶ月前と1月前か…くそ。計算は合うな」
 心当たりがあった。草間は零に先ほどの絵本を持ってこさせて、諒に見せた。
「この絵本に見覚えは?」
「あ、それ、綾も持っています。入院中よく読んであげました。金のりんごがあれば綾もすぐに元気になるのにね、って言って」
 草間は答えないかわりに舌打ちした。
「生霊か…」


**
 晴れ渡った空が茜色に染まり、やがてうっすらと薄闇が近付いてくる。秋の日はつるべ落としと言うが、夕焼け空から目を放したほんの少しの間に、辺りからは陽の気配が消えてしまう。陽が落ちてしまえば、闇にひっそりと冬の気配が聞こえてくるようだった。
 その日、草間興信所の応接室にはこの時間、めずらしく話し声があった。シュライン・エマと草壁さくらである。シュラインは手に一冊の絵本を持っている。
「これが、例の絵本ね?」
絵本をテーブルに置いた。
「きれいな装丁ですね」
 絵本は青を基調としてデザインされていた。表紙には大きく光る月とそれを見上げるうさぎの絵。絵本自体はひどく年代物のようだった。
「綾さんは今晩いらっしゃるのですね?」
 さくらは絵本から顔を上げると草間に問うた。
「ああ。一応、前2回とも確かに満月の晩に来ていたからな…。おそらくよっぽどの事がない限り、現れると思う」
 よっぽどのこと…。前2回の草間興信所への『訪問』で綾は大分消耗しているらしい。
「そう…。綾ちゃんのためにもこの依頼、成功させたいわ。さくらさんも一緒に来てくれるのね。心強いわ。ありがとう」
「いいえ、お礼なんて…」
 言うとさくらは首を振った。
「お節介かと思いましたが、このような話を聞いては。私もじっとして居られませんでした。シュライン様も、そうなのでしょう?」
 二人は微笑み合った。草間がそんな二人の様子を見遣って口を挟んだ。
「助かるよ。恐らく何らかの危険は伴うことになるだろう。俺は零とここで綾の様子を見ているから…。すまんが二人共、よろしく頼む。一応、他にも何人か手伝いに来てくれる事にはなっているんだが」
「そういえばこの間、悠也にこの話をしたら、手伝いに来てくれるって言ってたわ」
 草間は口元を緩めた。
「そうか。ありがたいな」
「そうですよ。その少女の為、俺にも手伝わせて貰いましょう」
 その時、目隠しから耳障りの良い声が聞こえてきた。斎・悠也である。
「あの…お兄さん。お花を頂きました」
 悠也の後ろから零が話し掛けた。手には花束を抱えている。秋桜と野菊を中心とした、素朴な花束である。どうやら悠也が零にと用意してきたものらしい。
「この野菊も可憐ですが、零さんにはかないませんね」
 悠也は振り返り、そう言うと極上の笑みを零へと向けた。シュラインは目を瞑ると首を振った。ホストはどうやら天職らしい。
 当の零は少し首を捻り、何やら考えこんでいる。
「カレン、ですか?かれん、枯れん…」
「零、さん?」
 なんだか良く分からないが、とりあえず悠也は声を掛けてみる。
「そうです。…人目も草も枯れんと思えば」
「はい?」
 唐突に出てきた言葉に悠也は目を見開いて首を捻った。さくらが二人のやりとりを聞いて苦笑する。
「古今和歌集ですね。ええと。山里は冬ぞさびしさまさりける」
「人目も草も枯れんと思えば」
 上の句を継いでシュラインが下の句を続けた。二人共古典に精通しているようだ。しかし悠也にそれが分かったからと言ってどうだ、ということもないのだが。
「ええと、零さん?」
「『枯れん』とおっしゃいましたので」
 零は不思議そうに悠也を見た。二人の間には目に見えない、しかし大きな河が横たわっているようだ。
「悠也。『野菊』の花言葉は知っている?」
 シュラインがどこか挑戦的に笑いかけた。悠也は少し考えるとシュラインへ片目をつむってみせた。
「『障害』でしたね」
 神をも魅了するその容姿も声も言葉も、草間零には通じないらしかった。草間は苦笑し、二人を交互に見ると声を掛けた。
「零は、まあ尋常ではないからな。…それより、そろそろ約束の時間だな。他の者ももうすぐ来るだろう」
 草間の言葉に皆、事務所の掛け時計を見上げた。



***
 日中、陽が差している間はまだ比較的穏やかな気候であるが、陽が落ちてから気温は急速に冷える。冷たい空気にめずらしく澄んだ夜空にはオリオン座、冬の大三角、そして今日は満月が輝いていた。
「今夜はくっきりとみえるわね」
 シュライン・エマが事務所の窓辺に寄って空を見上げていた。ビルの隙間から月が姿を見せている。その隣に九尾・桐伯も佇んでいた。
「美しい月ですね。その女の子が求めるりんごもこのように輝いているのでしょうね」
「以前に綾さんが現れた時は、何時頃でしたか?」
 草壁・さくらが草間に問いかけた。
「夜、11時をまわってすぐ、くらいだったかな」
「では、まだ少し時間がありますね」
 斎・悠也が零と一緒にお茶を運んで来た。少し冷える夜だから、と暖かい紅茶だ。興信所に居る各人に配っていく。
「どうも、ありがとうございます。ええと君、笹倉君お茶だって…。何ですか?それ?」
 御子柴・荘が笹倉・小暮にお茶を渡そうとして尋ねる。小暮は何やらノートを広げていた。小暮がお茶を受け取る。
「あ、どうもです。いや、まだ時間があるなら明日提出の宿題を、と思ったんです」
 微妙にのんきである。
「じゃあ、こちらも予習、といきましょうか?」
 シュラインが絵本を片手に皆の方へと振り返った。


「…月から来たうさぎは耳を怪我してしまい、大地のうさぎから聞いた金のりんごで耳を治そうとします。耳を使って月から飛んで来たのですね。それで、ええとその肝心のりんごと竜を見つけた場面で絵本は途切れています」
 さくらが皆にあらすじを聞かせていた。
「これは、本自体が古くて、外れてしまったようにも見えますね」
 桐伯が絵本を受け取りぱらぱらと捲った。
「結構文字の多い絵本ですね」
 荘が横から絵本を見ながら言った。悠也も覗き込む。
「小学校中学年用、とかなんでしょうね…ん?」
 悠也の疑問符にシュラインが眉を上げる。
「どうしたの?」
「この、最後の見開き、ここにほら」
 悠也が指差した所、やはり青い地にかすれてスタンプが押されていた。シュラインが読み上げる。
「『星の子の家』」
「なんかの施設みたいですね?綾さんが…ええっとあれ?」
 ノートを片づけながら小暮が言った。草間が小暮の疑問に答えた。
「諒君…永田諒君がここに現れた時に、気になったんで調べたんだが、その二人の兄妹は孤児院にいたんだ。割と裕福で子供に恵まれなかった夫婦に最近、引き取られている」
 言いながら草間が首を回したその時、空間を裂くようにパキッと大きく音がした。
「いらしたようですね」
 悠也が言うと皆、音のした方へ視線を向ける。ふっと辺りに冷気が広がり、次の瞬間には少女が空に浮いていた。少し長いストレートの黒髪を持つ少女、10才くらいだろうか。ひどく痩せていて、もちろんその体は透けている。綾だ。
「草間…さん」
 鈴の音のような声で、少女は草間を呼んだ。
「うん」
 草間は綾を見て、うなづく。
「6人、君の為に集まってくれた。今夜は、君の依頼を受けれそうだ」
 草間の言葉を聞くと、綾はにっこりと笑った。
「…お兄さん、お姉さん、ありがとう…。もう、時間がないみたいなの。お願い、ね?」
 言うと6人の顔を順に見つめ、綾は右手をふりかざした。
 6人は一瞬ぱあっと光ったかと思うと、その光ごと、どこへともなく収束して、消えた。
 空に浮いていた綾は6人を送った反動からか、床へと崩れ落ちる。零が慌てて傍に寄り、支えた。霊気を整えているようだ。
 草間は零が絵本を気に入っていたことを思い出した。
「零も、行ければ良かったな」
 零は草間を見た。
「いいえ。私は綾さんの手助けをしなくては。私の、お仕事です」
「そうか」
 草間は少しだけ笑うと窓から月を見た。そうして月に向かい、ぼそりと呟いた。
「皆、無事に」
 


****
 蒼い。まるでこぽりと水泡の音が聞こえてくるような、世界。空気の代わりに澄んだ水で満たされたような、そんな世界だった。視界も、どことなく滲んでいる。
 天には丸い月が光り、その光を受けて草は蒼く輝いていた。見渡す限りの草原が月に照らされている。時々風が渡っては草達を揺らして行った。

 荘はぼんやりとその異界の風景を眺めて立っていた。草間興信所から気が付くとここへ立っていた。東京にも、いや日本にも世界のどこにもこんな景色はないだろう。
 ただ遥かに蒼い草原が広がっている。空と草原と、そして自分以外の何者も存在しないような、そんな風景。ほんの少しの間だが、本来の目的を忘れて、風景に魅入っていた。
「大平原ね」
 ふいに、隣で声がした。シュラインだった。風に乱れた前髪を手櫛で整えながらやはり遠くを見ている。
「本当に、異界ですね」
 その後ろで悠也もそう言った。魔界でも天国でもない、でも現実ではない世界。三人共見慣れない景色にしばらく無言で立っていたようだった。
 ついさっきまで二人の存在に気付かなかった荘は辺りを見回した。確か、六人でこちらに来た筈だ。
「お二人、だけですか?他のみなさんは?」
「どうやら、はぐれてしまったようね」
 シュラインも辺りに首を巡らせた。
 夜とはいえ、月明かりに照らされて辺りは充分に明るかった。まして草原の他には遮蔽物もない。これで人影がない、ということは、残りの三人はとりあえずここにはいないようだった。
 悠也も周囲に視線をやって人がいないのを確かめ、口を開いた。
「どうしましょうか?目的はりんごの木ですが…」
「そうね。そこで他の皆と落ち合えるといいけれど」
「こちらも、りんごの木の場所は分かりませんけどね」
 シュラインの言葉に荘が言った。シュラインはうなづいた。
「絵本では、月から落ちたうさぎは…ええと、地のうさぎに会ったのよね?」
 興信所でしっかりと絵本を読んでいたはずだったが、記憶が曖昧になっていた。荘が目を瞑る。どうやら思い出そうとしているようだった。
「よく覚えていますね」
「たしか…ここにも、うさぎがいた…と思うのよね」
 首を捻りながらシュラインがそう言った。
「月のうさぎはその耳を怪我して月から落ちて、地に住むうさぎに助けを求める…って感じじゃなかったかしら?」
「そう…でしたっけ?」
 悠也も首を捻る。
「まあ、とりあえず何か見えるところまで、歩いてみませんか?ここは草原があるだけで、木も、そのこちらに居るという、うさぎも見当たりませんから」
 このまま立ち止まっていても何も変わらない。荘の提案に三人は歩き出した。



 どれくらい歩いただろう。かなりの距離を歩いている筈だったが三人とも、不思議と疲労は感じなかった。現実感の乏しい、夢の中を行くような、そんな感覚がする。変わり映えのしない景色に少々の不安を覚えながらも、三人は少しずつ先へと進んで行った。
 三人の上には相変わらず丸い月が輝き、その傍には、ほんのりと月明かりを浴びてオレンジ色の雲が漂っていた。
 そうして、もしかして、このまま永遠に草原を彷徨うことになるのではないか。シュラインがそんなことを考えていた時だった。
「灯りが」
 遠くに月明かりとは違う光を見つけて悠也が小さく声を上げた。
 その声に、他の二人も目を凝らして灯りの辺りを見る。少し先に草原が窪んでいる場所がある。どうやら灯りはその窪みから漏れているようだった。
「何でしょうね?」
 荘が言って息を吸い込む。ここからでは良くわからない。
 さらに近付くとそれはどうやら洞くつらしかった。

 草原が途切れた窪地にはいくつか穴が開いていた。蟻の巣を連想させる。もし、体長2mの蟻がいたらこんな巣を作るのだろうと。
ただ、蟻の巣と違い、それぞれの穴は階段状に地下へと道が続いていた。
 三人は窪地に着くと顔を見合わせた。いかにも奇妙な場所だ。
「どうしましょうか?」
 悠也が他の二人に意見を求めた。
「そうねえ、このまま行ってもまたしばらく草原を歩くことになるのよね」
 シュラインは首を傾けた。
「お邪魔してみましょうか。いざ、と言う時は俺が」
 荘はそう言った。彼は錬気を扱い、戦闘もこなせる。また、錬気によって感覚器の能力を高めることも出来た。
「中に、なにか居るようですしね」
 微かな物音を聞いて荘は二人にうなづいてみせた。
「虎穴に入らずんばってとこかしらね」
 シュラインは言うと笑った。階段があるということは、何者かの住居だろう。よしんば住居でないにしても何かが居る事は確からしかった。悠也も軽くうなづいた。
「じゃあ、先頭は俺、間にシュラインさん。荘さん、後ろを頼みます」
 悠也が言い、三人は一番近くにあった穴へと下りて行った。


 下りると、奥はかなり広い造りになっていることが分かった。土造りの地下室、といったところだろうか。奇妙な発光体の灯りが置かれ、地下ではあったが、しっかりと明るかった。月明かりとはまた違う、人工的な明るさだった。
「何かの気配がするのはまだ先ですか?」
 悠也が荘に聞いた。荘は神経を集中させた。
「…いえ、こちらに来られたようです」
 聞いて、シュラインが荘の視線をやった方向へ目をやると、何か大きな塊がやってきていた。
 こちらへ近付いてくると、それがうさぎの形であることが分かった。茶色い二本足で立つうさぎが、灯りを手にこちらへとやってきたのだ。
 しかしうさぎの形をして動いているそれはどうみても土で出来ていた。土を練った、例えば泥で出来たうさぎ。子供が泥遊びで作ったような、そんな感じだ。しかしどう見ても泥のそのうさぎはなめらかに動いている。それを見て、三人は改めてここが現実の世界ではないことを思い知らされた。
「何をしている?お前達は誰だ?」
 茶色い泥うさぎは口を開くと、優しく、問いかけた。
 人語が通じる。
 三人はお互いの顔を見るとうさぎに事情を説明することにした。


 話を聞くために、うさぎは三人を別の部屋へと案内した。通されたそこは、はじめに入った部屋よりももう少しこちらの感覚から言うと、部屋らしい部屋だった。床には何か敷物が敷かれていて、テーブルと椅子が置かれていた。テーブルと椅子は石材を削って造られているようだった。うさぎはその椅子へと三人を案内した。
 三人と一匹が向かい合うように、一同は腰掛けた。
「俺達の知り合いに、綾さん、という女の子がいるんですけど…」
 悠也が手ぶりを交えながら話しはじめた。合間にシュラインと荘が助け舟を出す。泥のうさぎは真剣に時々うなづきながら、三人の話を聞いた。
 悠也が、綾の体を治すためにここへ来たのだということを説明し終わった時だった。
「体が悪ければもう一度作り直しては駄目か?」
 うさぎは至極不思議そうに悠也の目をみつめるとそう言った。
「作り直すって…」
 シュラインがうさぎに聞く。
「もう一度土に還って、新しく生まれなおすのは駄目なのか?」
 うさぎは当たり前だろう、というように言った。
「土に還っても、実が残る。実があれば新しく生まれても『綾』は『綾』のまま。違うか?」
 うさぎの話はなんだか要領を得なかった。
「実、ってなんですか?」
 荘がうさぎに質問する。うさぎは首を傾げた。
「実は、実。大事な実。私達の心。命。満月の晩に実る大切な命。貴方の中にもきっとある」
「満月に実る…」
 シュラインはその言葉を何度か口の中でくり返すと、やがて当初の目的を思い出した。
「実って、金色のりんごね?」
 確かめるために、うさぎに問いかけた。
「そう。やはり、知っているな」 
 うさぎはうなづいた。
「…!」
 悠也は息を吐いた。
 こちらの世界へと飛ばされてきた時に皆、すこしずつ記憶があやふやになっていた。この泥のうさぎに会ってからはりんごの事など忘れてしまっていたのだ。
 りんごを綾に持って帰らねばならない。
「私達の一族は土から生まれる。満月の晩に実が実る。届いた実を地に埋めればやがて土の子供が出来る。火口に落とせば鋼の子供が、湖に落とせば水の子供が生まれる。実は、命を担っている」
「そのりんごがどうしても、必要なのです」
 荘がうさぎに向かってそう続けた。うさぎは少し驚いたようにその目を見開いた。
「今日は実が実る日…。だが実っている実は皆新しい命のため。『綾』のものでない」
 うさぎは真剣な表情でそう言った。
「どうしても駄目ですか?」
 悠也も引き下がらない。
「その子にりんごを届けたいのです」
 シュラインもうさぎをじっと見つめた。
 うさぎは三人に見つめられて、しばし沈黙した。何かを考えているようだった。じっと動かない。
 三人も静かにうさぎの様子を見守っていた。
 
 何分かが過ぎたころ、ようやくうさぎは口を開いた。
「クオイチシデルグンラ」
 耳慣れない言葉に三人はうさぎを見た。
「何、ですか?」
 荘が聞いた。
「実は、竜が守っている」
「知っています」 
 シュラインがうなづいた。
「氷の竜は恐い。実を守り全ての悪意のあるものを凍らせる。『クオイチシデルグンラ』。この言葉は氷の竜を眠らせる言葉。必ず覚えておけ」
 三人はうさぎを見た。
「お前達に実が与えられるかどうかは、木が決めるだろう。行ってみるといい」
「ありがとうございます」
 悠也が言うと、三人は揃ってうさぎに頭を下げた。

 洞を抜けると泥のうさぎは天に在る月を指差して言った。
「ここから月の在る方向へ進めば、木、ある。気をつけて」
 三人は振り返ると口々にお礼を言い、うさぎに手を振った。いつの間にか他の穴からいくつもの耳が覗いていた。皆、三人の方を見ているようだ。
 やっぱりみんな泥なんですね。
 荘はそう考えると少々首を捻り、やがて歩き出した。


*****
 今日は、…厳密には時間など存在しないのかもしれないが、一体どれくらい歩いたのだろう。集落の灯りが見えなくなるまでに歩くと、輝く月の真下に小高く丘が見えた。丘がぼんやりと金色に光っている。月から何やら光の欠片が降り注いでいるようだった。
「あの丘に、どうやら木がありそうね」
 シュラインは丘に落ちてくる、その光を見ながらそう言った。
「結局、はぐれた三人はどこへ行ってしまったんでしょうね…」
「いや、あれがそうじゃないですか?ほら、丘の反対側」
 悠也の言葉に荘が指差す。分かりにくいが、確かに人影が3つ、向こうに居るようだ。
「とりあえず、合流しましょう」
 シュラインの言葉に三人は丘ではなく、その人影へと歩いた。



 六人はしばしの間無事に再会できたことを喜び、そしてお互いの情報を交換することになった。六人は草むらに腰を下ろした。
「金物のうさぎ、ですか…」
 さくらが話す金属のうさぎの話に首を捻りながら悠也が言った。自分が泥で出来たうさぎに出会っていなければ到底信じられなかっただろう。
「そっちは泥かあ…どうやら水のうさぎってのも居るみたいなんですよ。どうせならそのうさぎに会ってみたかったなあ」
 小暮は泥うさぎの話を聞いてそう言った。
「私はちょっと遠慮したいわ」
 透き通った水がうさぎの形で動き、話すかと思うとぞっとしない。シュラインは首を振った。
「まあ、炎などで出来ているよりかは、ましでしょう」
 さくらが隣で微笑んだ。
「炎、と言えば私達はその銀のうさぎから、炎の竜を眠らせる言葉を教えていただいたのですが」
 桐伯が口を開く。それを聞いて荘もうなづいた。
「俺達も、氷の竜を眠らせるって言葉を教えてもらいました」
 木を守る竜、それぞれを眠らせてしまえる言葉。
 六人はそれぞれ考えた。

 最初に口を開いたのはさくらだった。
「あの…うさぎさんは、大切な実だ、っておっしゃられました。眠らせた隙にもいでくる、というのは良くないと思うのですが…」
 シュラインがさくらの言葉にうなづく。
「そうね。理由がどうあれ、盗みは盗みになるわね。竜に、訳を話して譲ってもらえないかしら」
「ええ。うさぎが話せるくらいです。きっと竜にも言葉が通じるでしょう」
 桐伯も同意した。小暮が横で口添える。
「もしかしたら、良い人(竜?)かも知れないしね」
「念のため、皆を守れるように注意しますよ」
 荘がそう言った。
「よろしくお願いしますよ」
 悠也は微笑んでそう言うと、自らもそっと懐に手を入れ、万一の為の風神の護符を確かめた。


******

 六人が丘へと近付くと二頭の竜が姿を表した。赤灰色の竜が炎の竜、青灰色の竜が氷の竜だろう。二頭共、六人に近付く毎に大きさを増し、その体高は横たわった地面から背まで3m程あった。大きな顎は人ひとり丸のみ出来る程だった。
 六人は輝くりんごの木を背に、右手に赤竜、左手に青竜と挟まれる形となった。その大きな顎から吐き出される炎と冷気を考えて、皆に緊張が走った。
 赤竜がゆっくりと上顎を持ち上げた。皆が身構えるなか、竜は言葉を発した。
「盗人か?」
 その息に微かな熱気を感じ、一番近くにいた小暮が慌てて首を振る。
「実を取りにきたのであろう?」
 今度は反対側から青竜が言った。荘は俯かせていた顔を上げて言った。
「ある、少女の為に、その実が必要なんです。終わるには早すぎるその命の為に…」
「お願いします。代わりに、私達で出来ることなら何でもしますわ」
 シュラインも続けた。ある程度の交換条件はやむを得ない、と思っている。
 さくらも珍しく大きく声をあげる。
「病気で、苦しんでいる女の子にその実を届けたいのです。たしか、万病を癒す実だと」
「この物語を信じている女の子の為に病気を治すというりんごが要るのです。一ついただけませんか?」
 悠也が真摯な目でそう言った。
 赤竜はそれだけを聞くと、六人をゆっくりと見わたした。
「確かに、病は癒せよう。実は、命そのものであるからな」
「お願いします。ひとつだけあればいいんです。一つだけ、いただけませんか?」
 小暮がそっと手を合わせた。
「貴方がたもお二人でいるようだが、いつも一緒に居る相手が不意に居なくなるのは寂しい事ではないですか?一人になったら哀しむのではないでしょうか?」
 桐伯が真剣な表情で青竜にそう言った。
 竜達はお互いにしばらく見つめあった。頭上で交わされる視線に六人は固唾を飲んで審判を待った。

 ふいに、竜達の顎が天へと向けられた。青竜が言葉が聞こえてくる。
「お前達は、その少女の為に、実を取りにきたのだな」
「言いたいことはもう、ないのだな」
 反対側の頭上から赤竜の声が落ちてくる。
 悠也が何やら返事をしようと天を見上げたその瞬間、竜達がゆっくりと、大きく息を吸い込んでいるのに気付いた。急いで結界を準備する
「危ない!早く集まって下さい!」
 悠也が皆に声をかけると他の皆も事態に気がついた。
 シュラインと小暮を守るように、4人が取り囲む。桐伯とさくらはその炎で冷気を弱められるように、悠也は風神の、荘はその気で炎を散じられるようにと身構えた。
 ぴりぴりとした緊張の中、ふと小暮が悪寒がしないのを不思議に思った。
「危険がないってこと、かな?」
「え?何?どうしたの?」
 小暮の言葉にシュラインが振り返ったその時だった。
 竜達はその顎を開け、地が轟くような咆哮を天へとあげた。咆哮はしばらく鳴り響き、やがて収束した。
「やれやれ、心臓に悪いですね」
 何ごともなかったと知り、桐伯が息を吐いた。
「あれを見て…」
 皆が安堵して気を緩めているところへシュラインが声を掛けた。何ごとかと、顔をあげると、月から大きな光がゆっくりと下りてくるところだった。それまで振り続けている細かい欠片ではない、一塊の光。
「行って、もいでくるといい」
 赤竜はそういうと鼻先を木へと向けた。
「良いのですか?」
 さくらが聞く。
「今、新しく実を乞うた。もともとの命をもぐ訳にはいかないが、これから実る実は、お前達の為の実。もがねばこの地に一つ命が溢れてしまう」
 小暮が喜びに顔を輝かせた。
「ありがとうございます」
 礼を言うと、皆りんごの木へと駈けた。


 天から落ちてきた光は、枝に触れるとりんごに変じた。枝に3つのりんごがなる。
「ではお言葉に甘えて」
 シュラインは皆を見回し、皆がうなづくのを確かめると、そっとその実を一つだけもいだ。
 金色に輝くりんご。光を照り返しているのではなく、自ら発光している。
「きれいですね…」
 悠也が覗き込み、息を飲む。まだ二つ枝には残っている。
「ひとつ、で良かったのですよね」
 さくらが皆に確認する。 
「でしょう」
 荘がうなづいた。
「私は…そのりんごを使った果実酒に興味がないわけでもありませんが…。」
 桐伯は言葉を切ると微笑んだ。
「遠慮しおきましょう」
 そう言った瞬間、枝からりんごがかき消えた。
「もしかして、試されたのかしら?」
 シュラインが苦笑した。
 
 シュラインがもいだ実は、順に皆にまわされた。皆は実を手に取り、眺めながらこれまでの道程を思った。
「で、目的は果たした訳ですが…。どうやって戻りましょうか」
 悠也がもっともな事を口にした。こちらから戻してくれ、と連絡がとれるはずはない。
「この際、竜に頼ってしまうのはだめかなあ?」
 小暮が提案すると皆うなづいた。



「帰り道か?」
「はい。どのようにして帰れば良いのか、お知恵を拝借したいと思いまして…」
 さくらがこれまでの経緯を説明した。
「そうか、こちらの者に出会っているのか」
 青竜が言った。
「それなら話は早い。お前達はもう既に帰る方法を知っている筈だ。」
「え?」
 思いも掛けぬ言葉に小暮が首をかしげる。
「既に、ですか?」
 荘も聞き返した。今度は赤竜が答える。
「さよう。お前達が実を求めて彼等を頼ったのなら、必ず我等を眠らせる言葉を聞いたであろう」
「そういえば」
 悠也が声をあげた。結局使わなかった言葉だ。
「小狡い者なら必ず我々を眠らせる言葉を揃えるだろう。赤竜だけでも、青竜だけでもなく、我々両方を眠らせようと」
 赤竜の言葉に青竜が続けた。
「そうして、二つ、言葉を唱えれば元の世界に還されよう」
「二重、三重の罠ですのね」
 シュラインは少し笑って言った。青竜はシュラインの手の中に在るりんごを見ると口を開く。
「真摯な者にしか、その実はあたえられないのだ」
「早く、その実を届けてやるといい」
 赤竜の言葉に桐伯はうなづいた。
「では私は銀のうさぎから聞いた言葉を」
「俺は土のうさぎに聞いた言葉を」
 荘が言う。
 六人が手を繋ぐのを確かめると、二人はその言葉を唱えはじめた。



*******
「おかえりなさいませ」
 シュラインは零の声で目を覚ました。興信所だった。
 ソファや床で、先ほどまで一緒だった者がまだ目を瞑っている。
「お疲れさん」
 起きてきたシュラインに草間が労った。シュラインは草間の言葉に笑みを返すと時計に目をやった。出発してからたった30分しか経っていない。あれほどの事が、30分。
 ぼんやりと辺りを見回してふと、あることに気付く。まず、手元にりんごがないこと。それから、あっちの世界へと皆を送った張本人がいないこと。
「綾、ちゃんは?」
「病院に帰ったよ。君の手にしていたりんごを持って、ね」
「なんだ。綾ちゃんも、りんごも無事だったのね。良かったわ」
 そう言うとシュラインは微笑んだ。

 
 他の者もしばらくすると順次起き出してきた。皆が起きたところで草間がその事を改めて話した。
「では、もう綾さんは元気になるのですね」
 悠也が嬉しそうに微笑む。
「まあ、ある意味では、そうだろうな」
「ある意味、ですか?」
 草間の不可解な言葉に桐伯が首を捻った。
「ああ。…東都病院の503号室、集中治療室」 
「そこに、綾さんがいるのですね?」
 草間はそれにはこたえなかった。
「来週の木曜日に、もし都合が良いようなら、皆で見舞いにいこうと思うが、どうだ?」
「俺は、学校終わってからになりますけど」
 小暮が言う。
「面会時間は4時半までだから、まあぎりぎりで大丈夫だろう。他の者はどうだ?」
「大丈夫です」
 荘もうなづいた。
 シュラインが、無事に綾にりんごが届けられた事を皆に伝えると、結局この場はいったん解散、ということになった。
 来週の木曜、4時に東都病院ロビーに集合、で皆了承した。

 一人だけ興信所に残ったシュラインが草間へ声を掛けた。
「無事に、解決したのじゃないの?」
 依頼者のその後を皆で確かめる必要はない。気になる者は自由にすれば良いが、興信所からシュラインが確認をとれば済むことでもある。
「少し、確かめたいんだ」
 草間は煙草を燻らせてそう言った。
「俺がこの依頼を受けようと思ったのは諒君に会ってしまったからなんだが…」
 シュラインは首をかしげる。草間は何を言いたいのか。
「妹思いのお兄ちゃん、でしょう?」
「妹思いに、兄思いってやつだ」
 言うと草間は目を瞑った。



********
 さくらは洋菓子店に居た。今日は先日の依頼人、永田綾のお見舞いに出かけるのだが、その手みやげに菓子を選んでいるのだ。和菓子、洋菓子と迷ったが、今の子供なら洋菓子を食べ慣れているのだろう、と洋菓子に決めた。
 ショーウインドウには様々な菓子が所狭しと並べられている。見ているだけで楽しくなってくる。
「そうね、ふふふ。これにしましょうか」
 店員を呼ぶと、りんごの焼き菓子を包んでもらった。
 
 さくらが洋菓子の包みを手に病院のロビーへと入ると既に何人かは集まっていた。
「ごめんなさい。遅くなってしまいました」
 そう言うさくらにシュラインは首を振った。
「うううん。こっちこそお使いを頼んでしまって。ありがとう。レシートあるかしら?経費で落とすから」
「ぶっ!」
 シュラインの言葉を聞いて草間がむせた。
「うそうそ。これは皆で買うことに決めたのよ」
 シュラインと草間のやり取りに周りの皆が微笑んだ。
「いや、まあ別に経費でもかまわんがな…」
「あとは、小暮君だけですね。たしか授業があるとか言ってましたか」
 桐伯がロビーの入り口を見遣って言う。
「あの、走ってくるのは小暮君じゃないですか?」
 荘が指差した。
「本当ですね。じゃあ、そろそろ行きましょうか。確か5階でしたね?」
 悠也はそう言うと病棟の方へと向いた。彼はその手に花束を抱えていた。


 面会受付は草間が行った。
「行くぞ」
 皆に声を掛けるとエレベータに乗り込んだ。定員8人。割とぎりぎりだった。
「綾さん、元気になっているといいなあ」
 エレベータに乗り込むと、興信所に現れた少女を思い出し、小暮がそう言った。
「本当に。そうですね」
 荘も微笑んだ。
「でも、集中治療室、ってことは相当悪かったんでしょうね」
 桐伯の言葉にさくらが首を捻る。
「あら、でも手術自体は成功しているのですよね」
「…そうですね」
 悠也が答える。そう聞いていた。
 今まで疑問にも思わなかった事が頭にのぼる。
「確か、手術は成功して、あとは体力が戻るのを待つだけだって…、そう、ですよね?」
 草間に確認を取る。
「ああ。諒君の話ではそうだ」
「手術が三ヶ月前、それから二ヶ月前と一月前に興信所へ現れて、衰弱している…」
 シュラインも考えた。
「りんごが必要だったから…。でも綾さんは何故りんごが必要だったのでしょうか…」
 さくらはそう言い、今になってその不自然さに気付く。本末転倒しているのだ。ただ回復を待つだけの綾が、何故命を削ってまでりんごを必要としたのか。
 チーン、と到着を告げるベルが鳴った。
「その答えはここにある」
 草間は言うと先に進んだ。


 エレベータを降りて廊下を進む。
 503号室。その病室のプレートを前に皆立ちすくんだ。
「永田…諒?」
 それは兄の名ではなかったか。
「どういう…こと?」
 何か隠している風の草間にシュラインは問いかけた。
 草間は微笑すると、質問にはこたえずに草間はドアをノックした。
「はい」
 中から女性の声がして、ドアが開けられた。


「私、こういう者です」
 草間は名刺をその女性に差し出した。
「以前、綾さんのお友達の飼っている猫を探す、というような事をさせてもらいまして」
 これは本当だ。その時の話を聞いて、探し物なら、と綾は興信所に来たのだと言う。
「その時に綾さんとも仲良くなりまして」
 これは嘘だ。
「今回はその縁でお見舞いに行こう、という話になりまして、こうして興信所の面子でお邪魔しました。先にお兄さんの名前が目に入ったので少し寄らせて頂いたのですが」
 女性はまだ少し不審そうに一同を見た。子供の見舞いに見知らぬ大人が来ているのだ。無理もなかった。
「その、お友達の名前は?」
「森、次郎君と言います」
「ああ、小学校のお友達ですね」
 聞き覚えのある名前に母親は警戒を解いたようだった。

「大勢で押し掛けてすみません」
 病室に通されるとシュラインが頭を下げた。
「いいえ、気になさらずに」
 母親は皆にお茶を振るまった。40代くらいだろうか。草間の話では養い親だということだった。
「諒君は…ご病気ですか?」
 お茶を受け取ると、ベッドの上で眠る少年を見、荘が聞いた。
「いえ、事故で。綾の見舞いに、毎日ここへ通って来ていたのですが、2ヶ月程前に、この近くの道で車と接触しまして。外傷はほとんどありませんでしたが、意識だけが戻らない状態でした」
 母親は続ける。
「それが先週、急に意識が戻りまして。もうすぐ一般の病棟へ移れることになりました。今は眠っています」
 皆、笑顔で顔を合わせた。
 その時のことを思い出したのか、母親は少しハンカチで目尻を拭った。
「そうそう。綾のお見舞いということですが、綾ももうすぐこちらへ来るはずですわ」
 時計を見るとそう言った。
「もう、歩いても大丈夫なのですか?」
 さくらが聞いた。
「ええ。諒の意識が戻った先週から急に体調が良くなって。昨日から二人で行き来しています」
 優し気な微笑みを浮かべて諒を見ている。
 やがてドアが開き、綾が現れた。興信所に現れた時よりも少し頬がふっくらとしている。少しではあるが、母親の言うように回復しているようだった。
「あ!」
 皆を病室に見つけて目を丸く見開いた綾は驚いた表情から笑顔を浮かべた。
「お母さん!綾とみんなにジュース頂戴?」
「まあ」
 しかし母親は綾が皆と知り合いだと分かると安心して財布を持った。
「すみませんが、お待ちくださいね」
 言うと病室を出た。

 母親の足音が遠ざかるのを待って、綾は口を開いた。なかなか気転が効く。
「りんご、ありがとうございました」
 言うと頭を下げた。
 悠也はしゃがんで綾と目線を合わせると、持ってきていた花束を綾に手渡した。綾は花束を受け取ると嬉しそうに微笑んだ。
「その笑顔を見れて、苦労した甲斐があります」
 悠也もにっこりと微笑んだ。
「綾ちゃんは、お兄ちゃんの為に、りんごを?」
 小暮が聞くと綾はうなづいた。
「綾、お兄ちゃんにたくさん助けてもらったから」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんで綾ちゃんの為に動いていたようよ?」
 シュラインは言って考える。
 『妹がうなされている』というからには、諒は諒で綾の傍に付いていたのだろうか。
「何にしても二人だけの兄妹ですからね。二人共元気になってください」
 桐伯は綾に優しく微笑みかけた。
「うん。でもお父さんとお母さんも一緒だよ」
 綾は笑って首を振った。
「そうですね」
 さくらも微笑んだ。
 血の繋がりはないのだろうが、荘は先程涙を浮かべた母親を思い出した。そして、この家族が幸せであるようにそっと祈った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/
        翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0134/草壁・さくら  /女/999/ 骨董屋『櫻月堂』店員】
【0164/斎・悠也    /男/21/大学生・バイトでホスト】
【0332/九尾・桐伯   /男/27/     バーテンダー】
【0990/笹倉・小暮   /男/17/        高校生】
【1085/御子柴・荘   /男/21/        錬気士】
※整理番号順に並べさせていただきました。

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■         ライター通信          ■
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 PC名で失礼いたします。
 斎さん、九尾さん、笹倉さん、御子柴さん初めまして。
 草壁さん、再びお目にかかれて嬉しく思います。
 シュラインさん、いつもありがとうございます。
 皆様この度はご参加ありがとうございました。

 各シーンを識別する副題が欲しいと、
 リクエストを頂いたのですが
 名前や題を考える事が本当に苦手なので
 それぞれのシーンを*の数で表しております。
 *の数が同じシーンは同じ時間軸、ということになります。
 他の方の依頼を御覧になる時等に参考にしてください。

 設定や画像、他の方の依頼等参考に
 勝手に想像を膨らませた所が多々あると思います。
 イメージではないなどの御意見、
 御感想、などありましたらよろしくお願いします。
 
 それではまたお逢いできますことを祈って。

                 トキノ