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東京怪談・草間興信所「Flower Shop of Horrors」
■オープニング■
「絶対に何かがおかしいんですよ。別にあいつがおかしかろうとアタシ的には関係ないんだけど、ほらなんて言うかいい人属性って言うか?」
「それで一体何がおかしいと?」
尚も言い募ろうとする女を、草間はあっさり遮った。女はテーブルの上に置かれたカップを一気に煽り、めげもせずに口を開く。
「部屋に入れてくれないの、店の奥にもよ? これまではアタシが行くともー壁に激突するような勢いですっ飛んできて上がらせようとしたのによ? アレに冷たくされるなんて思っても見てなかったから気分的にかいか…まあそれはいいんだけど」
女、大鳥緑(おおどり・みどり)が言うにはこの頃知り合いの陸海(りく・かい)の様子がおかしいらしい。きょときょとと落ち着かずたまに奇声を上げたり行き成り泣き出したりする。だが本人の様子がおかしい割には、
「アイツ店やってるんだけど、そこが妙に繁盛してるのよ。傍目から見てても分かるくらい傾きかけてたはずなんだけど」
気持ち悪いから調べてくれ、そう依頼して緑は妙にうきうきとした様子で帰っていった。歯医者に行くらしいがそれで何故ウキウキ出来るかは謎だ。
「……どこかで聞いたような話だな」
草間は緑の書いて行ったいい加減な地図をうんざりと眺めた。そこに駅からの簡単な道筋と店名が記されている。
「花屋、ねえ?」
フラワーショップ『素喫度楼(すきっどろう)』
海の経営する花屋の店名を、そう言った。
■本編■
件の花屋のある街は、流石に『Skid Row』……貧民窟とまでは行かなかった。日本にはスラムの類いは存在しない。
だが、どこかその匂いを感じさせる場所ではあった。
建物と建物の間に建ち、周囲をそこから周囲を見渡すと、嗅ぐつもりなど無くとも強い排気ガスの匂いが微香を刺激する。
裏繁華街、そんな印象の街だ。表通りは華やかでも一歩路地裏に入ればその夢は夢でしかないのだと一目で知れる。尤も繁華街などというものはどこもそうなのかも知れないが。そんな路地裏の一角に件の花屋はあるのだ。
「案外的を射てるのかしらね」
シュライン・エマ(しゅらいん・えま)はそう呟き、靴の踵を鳴らして歩を踏み出した。
目的地は件の花屋ではなく、同じ街にある別の店ではあったが。
適当な店を物色しながら歩いていると、つい先刻のことが思い起こされて笑いが込み上げてくる。
とりあえず街についたことの報告を雇い主である所の草間武彦に入れたのだが、その機嫌が極めつけに悪かった。
「……武彦さん? どうかしたの?」
電話越しに感じる不機嫌なオーラにそう問いかけると、草間は声だけでそれとわかるほど不機嫌な声で、憮然と言ったのだ。
『経費の前渡を要求されたのは初めてだ』
「は?」
『花ってのはそんなに値段の張るものなのか?』
その問いかけに、シュラインは慌てて携帯を口元から遠ざけた。笑い声を拾わせないためにだ。
経費の前渡を要求した相手というのもいい度胸だが、それよりも花などと言うものとはまるで無縁に生きてきただろう草間の妙に拗ねたような物言いがシュラインのツボにはまった。
どうにか笑いを押さえ『モノによるんじゃない?』と答えたが、笑い声が届かなかったかどうかは謎だ。草間は益々憮然とした声でそのいい度胸の持ち主ともう一人の名を告げ、花など買ってこなくていいときっぱりと告げて電話を切った。
その態度がまた拗ねているようで、思い出すだけで笑いが込み上げてくる。
シュラインはクスクスと笑いながら、一軒の店の扉を開けた。
真面目に仕事に取り組んでこの笑いを追い払わないと、事務所に帰れない。
「これ以上拗ねられたら流石に厄介だわ」
そう言って、シュラインは雑貨屋の看板を掲げた店へと入っていった。
「ああ、あの海くん店ね。最近は随分繁盛してるね」
雑貨屋の店主は人の良さそうな初老の男で、シュラインの問いかけに一々丁寧に答えてくれた。古くからこの辺りで店を営んでおり、件の花屋の店主も子供の頃から知っているのだそうだ。
「前は潰れかけてたって話なんですが」
「ああ、まあ……確かに繁盛はしてなかったね」
少し目を細めながら、思い出すように男は言う。シュラインは軽く身を乗り出した。
「なにか、変わった事でもありました? 以前と、今と」
「うん、まぁ行ってみれば分かるとは思うんだが随分と綺麗な花束を出すようになってねえ」
「花束?」
「あーほらなんだ、フラワー…なんとか? よく習い事してる奥さんがいる」
「アレンジメント、のことかしら?」
そうそうそのアレンジメントと頷き、男は言葉を継いだ。
「そんなものよりよっぽど綺麗な花束とか作るようになってね。それが受けたみたいだよ」
「なにかそう言う教室にでも通ってらしたのかしら?」
いやあ、と、男は首を捻った。
「そんなもんじゃないと思うがなあ」
「それは、どういう?」
「見てみれば分かるがね」
と言って男は苦笑する。小首を傾げたシュラインに、男は嬉しそうに笑んで言った。
「こう……素人がちょいちょいと習い事して作ったってのとは、ちょっと毛色が違うよ、今の海くんの出す花束は。前はチューリップにかすみ草巻き付けただけの花束しか出せなかったもんなんだけどねえ」
子供の頃から知っているというだけに、その成功が本当に嬉しいらしい。目を細めてニコニコと笑う男に愛想笑いを返しながら、シュラインは内心はてと小首を傾げた。
原因があって結果がある。
この場合は見事な花束という原因があって店が繁盛している。それは依頼人が提示した『妙に繁盛している』と言う事柄とは矛盾するのだ。
「最後に一つだけ。なにか……そうね、妙な大声を聞いたとか、そんな事はありません?」
「いやあ、特には?」
嬉しそうな顔から一転眦を下げて考える顔をする男に、嘘らしいものは感じられない。
シュラインは男に礼を言って店を出た。
どうにも依頼人の話と現実には食い違いがある。それを確認した。
件の花屋『素喫度楼(すきっどろう)』は確かについ先日まで潰れかけていた面影をまるで感じさせない店だった。
商店街の中ほどにある小さな店だったが、いくつもある業務用の花入れは半分程が既に空になっていた。店の前の路上にせり出すようにいくつもの鉢植えや花の苗が並べられており、どれも売り物らしく萎れた様子など欠片もない。開放的な明るい印象のある店である。
何より目を引いたのはウインドウに飾られた見事なフラワーバスケットだった。雑貨屋に居た男の言葉を、シュラインは実感していた。
男は言ったのだ『見れば分かる』と。全くそのとおりだった。
赤を基調に作られているその花篭は、その赤と言う色の持つ印象を裏切って実に上品に纏められていた。しかも白と言うアクセントを使うこと無く。赤みの強いバラと、明るいオレンジのバラ、そして細長い葉物とだけを使い、華やかにそして上品に、その花篭は作られている。
「確かにちょっと見事ねこれは」
思わず落ちた溜息に重なるように、聞き覚えのある声がシュラインの耳朶を刺激した。慌てて周囲を見回すと見覚えのある顔が二つ、店の付近に佇んでいる。どちらも草間から聞いた名前と合致した。真名神・慶悟(まながみ・けいご)と冴木・紫(さえき・ゆかり)である。
「あれ買って、あれ」
「子供かあんたは」
「経費で落ちるって草間さん言ってたから大丈夫よ。だからあれ」
「……なんでそうまで困窮してるんだあんた」
「知らないわよ。そんな事はいいからあれ」
こみ上げてきた笑いをどうにか堪えながら、シュラインはその会話に割って入るべく二人に近づいた。何しろ水掛け論に近いので誰かが止めない事にはいつまでたっても終わらないのだ。
「相変わらず仲いいのねえ」
「誰が!?」
二人は異口同音に怒鳴り返した。そしてやはり同時に目を瞬かせる。
シュラインは今度こそ笑いを堪えることが出来なかった。
「ほらね」
目尻に涙まで滲ませながら、シュラインはそう言って笑った。紫は極力慶悟を見ないように勤めながら、シュラインに向き直った。
「エマさんもあの店に用がある訳ね?」
「まあね。あんた達もだって武彦さんから聞いてはいたけど……あんまり予想通りで面白かったわ」
まだクックと笑っているシュラインを、恐らくは故意に無視して、慶悟が顎で店を示す。
「見ての通りだ。見たまま判断するなら怪しいところはないな」
「あのバスケットなんかもすごいじゃない? 繁盛しててどこも不思議は無いと思うけど」
二人の言葉に、シュラインはうーんと唸ってその細い指を唇に当てた。
「問題はそのバスケットなのよ」
「まさか夜になると触手が生えてきて大口開いて人を捕食するとか言わないでしょうね?」
そうじゃなくてと前置いて、シュラインはウインドウを示した。
「ああいう、アレンジね。全く出来なかったらしいのよ、店主。花束頼んでも大ぶりの花にカスミ草合わせる程度のことしか出来なかったらしくて」
「思いっきりシロウトじゃないの、それじゃ」
紫が呆れたように言った。大ぶりの花にカスミ草を合わせればまあとりあえず花束に見えるようにはなる。母の日などに子供がよく使う手立てだ。
慶悟が怪訝そうに眉根を寄せた。
「だが、そんな素人の作ったものには見えないが?」
そこよ、とシュラインが大きく頷いた。
「特に新しい店員を雇った様子も無いし、カルチャースクールに通った程度でどうにかなるレヴェルでもない。ご近所も不思議がってたわよ」
「その不思議がられるアレンジが受けて、店が繁盛してるのね。……アレンジの出所以外は常識的に判断して構わないわね」
「冴木が欲しがる程だからな」
紫だとて欲しいと思ったのだ。腹の足しにも電話代にもならない花になど基本的には全く興味を示さない紫が。それが受けたとしても、それによって店が繁盛しても何の不思議も無いどころか寧ろ当然だ。
だがわざわざ口に出されて嬉しかろうはずも無い。紫が一瞬だけ頬を引き攣らせたのが見て取れた。
「ってことは店自体より奥の方になにかあるってことよね? とりあえず店の偵察行く?」
「そうね。私もちょっと興味あるわ、あのバスケット」
「けど女二人で花屋ってのも侘しいわよね」
紫の送ってくる目配せの意味がわからないほど鈍くはない。シュラインは実に意味ありげに口の端を釣り上げた。合わさった二つの視線がそのままくるりと慶悟へと向けられる。
「……ちょっと待て」
今更慶悟が慌てても、もう遅い。
民主主義と言う名の数の暴力により、フラワーバスケットの代金は慶悟の財布から出ることとなった。
慶悟の式に店の見張りと調査を任せ、三人は連れ立って事務所に戻ってきていた。
「ね、変だったでしょ?」
事務所のドアを開けるなり嬉々として身を乗り出してくる大鳥緑に三人は面食らった。どうやら調査の結果を心待ちにして、早くから事務所を訪ねてきていたらしい。
そう問われて、シュラインは紫と顔を見合わせた。シュラインは草間のデスクの上に大きなフラワーバスケット(どれほど見事な出来でも似合わないことこの上ない)を乗せゆっくりと首を振った。
「変って言われても……普通の店だったし普通の対応だったわよ、ええと、陸さん、だったかしら?」
ね、と話を振られ、紫も曖昧に頷く。
肯定以外の反応の返しようが無い。
『素喫度楼(すきっどろう)』の店主、陸海は『いらっしゃいませ』と二人と式一体を出迎え、『ありがとうございました』と送り出した。小柄で、気の弱そうな印象の青年だったが、働く姿はきびきびとしていて気持ちのいいものだったし、楽しそうに働いていた。
いい店であり、いい店主である。
十人に聞いても十人とも同じ答えを出しそうな店と店主を捕まえて『変』と言われても困るのだ。
緑は傍目にも分かるほどにぶうっと頬を膨らませた。
「だっておかしいじゃないの! なんでいきなり繁盛し出したわけ、しかも態度激変するし、人の顔見て『ゴメンもう僕たちは終わったんだ』とか奇声発するわけよ?」
「いやそれ単にあなたに飽きた……じゃなくって!」
実に正直に言葉を紡ぎかけた紫が、その途中ではたと押し黙る。慶悟もシュラインも、それまであしらう気万々だった面倒くさそうな態度はどこへやら、一転して緑の顔を食い入るように見詰めた。
慶悟が緑の掛けているソファーに近づき、口火を切った。
「あんた奇声ってのはまさかそのことか?」
「それだけじゃないわよ。『真実を見つけたんだ』とか『僕は彼女に全てを捧げるんだとか』とか。挙げ句にいきなり泣き出すし」
なんていうか相手にされないって言うのもちょっと快感だからいいんだけどなんか変じゃない?
と、聞いてもいないことまで捲くし立てる緑を尻目に、一同は顔を見合わせた。
「……まあ確かに変って言えば変よね、かなり」
「変と言えばまあ、変ではあるが……」
「変って……そうね確かに変、なんだけど、ちょっと……」
シュラインはごくりと唾を飲み下し、真剣に切り出す。
「……単に恋人が出来たってだけの話よねこれは」
紫と慶悟は同時にこっくりと頷いた。予想に過ぎないが先ず確実に当たっている。問題はその予想の正誤ではなく、そう指摘したところであからさま過ぎる海の言動を『変』で片付けている緑が納得などするはずが無いと言うことだ。
シュラインは胸に下げた眼鏡を弄り回しながら溜息を落とした。
「ねえ、真名神くん。式に店の鍵を外させられる?」
「そのくらいなら造作も無いが…どうするつもりだ?」
「本人に説得してもらいましょ」
シュラインはうんざりと緑を見やった。その本人と言うのが誰を指しているかなど一々確認する必要も無かった。
日が落ちきってから、一同は行動を開始した。
慶悟の式が既に扉を開けているから進入事体は造作も無かった。困ったのは店内に入るなり海を大声で呼ぼうとした緑の方だった。
全く状況を慮ると言うことの出来ない性格らしい。まあだからこそ言動から他人のシュラインたちでさえ看破できる海の現実を理解することが出来ずにいるのだろうが。
いいと言うまで絶対に口を開くなと硬く緑に言い含めて、三人は昼間は見ることも出来なかった店の奥へとそろりと進入した。花屋らしい、青い香りがそこかしこに染み付いている。
作業場らしい部屋の更に奥に明かりの漏れている扉がある。
紫が先を歩く慶悟の上着を引き、振り返った慶悟に視線で確認すると、慶悟は心得ているとばかりにこくりと頷いた。つまりあのドアも既に開いている、と言うことだ。
ドアに背中を張り付かせた慶悟が、そっとドアノブに手を伸ばす。慶悟の目配せに、紫とシュラインも軽く頷いた。
「開けるぞ」
慶悟は声と共に、ガチャリと勢い良くドアノブを回しドアを蹴り開けた。
まあそんな必要も無いのだが、恐らくはノリとか勢いとか呼ばれるものなのだろう。
そして一同は部屋の中の光景に同時に言葉になりそうも無い声を上げた。
「え?」
「あ?」
「な…!」
「ひ!」
海が目を見開き驚愕を露にしてこちらを見つめている。それはいい。海の手にはじょうろが握られている。その先から水がちょろちょろと流れ落ちているが、それもいい。
問題は、問題はである。
そのじょうろの水が注がれている先。一抱えもあろうと言う巨大な植木鉢に植えられている何かだった。
それは一昔前にはやったファミコンゲームの土管から顔を指す植物タイプのモンスターのようだった。ハエを捕食したばかりのハエ地獄のような球体の花(?)の裂け目は、まるで紅でも引いたように赤い。人間の頭部以上に巨大なその花を、チューリップのような細い茎が支えている。細いと言っても紫の脚ほどの太さだ。そして四方に好き勝手に伸びた葉らしきものは、うねうねとした触手状になっていた。しかも形状のとおりうねうねと蠢いている。
「っつ、きゃああああああああっ!!!!」
耐え切れずに緑が絶叫する。
硬直していた三人はその声を契機に我に返った。慶悟はすかさず符を構え、シュラインと紫は腰が砕けてしまった緑を部屋の外に出そうと押した。
びくともしない緑に焦って、シュラインは思わず慶悟を振り返った。最初の一撃の効果如何によっては緑を外に出す必要も無くなるかもしれない。
慶悟は今しも符を放とうとしていた。
指先から符が放れるか放れないか。
狙い澄ましたような刹那に、その絶叫は部屋に轟き渡った。
「僕の緑Uをいじめないでえええええっ!!!!!」
と。
『それは恋する目だった。
嘗て私が見たどんな男の目よりもその目は真摯に恋をしていた』
冴木紫のルポより抜粋。
海が愛しげに葉を撫でるとその植物モドキは答えるように海の体に葉を……と言うよりも触手を這わせる。
全神経が麻痺するような光景を前に、一同はきちんと足を揃えて座っていた。
海は怒涛の語りモードに入っている。
「コイツの苗を見つけたのは偶然でした。出入りの中国商人がビーナスの首飾りとかユニコーンの角笛と一緒に持って来たんです」
何故中国商人が出入りしているのか、それ以前にその怪しさ大爆発な商品は一体なんだ、もしかして豊胸丸とかもあるのか、突っ込み所は満載だが誰も行動には起こさない。と言うより起こせない。
謎の巨大植物をその身に絡ませているというのに、海の瞳は熱く潤んでいる。
そんな男に突っ込みを入れるのは怖い、絶対に怖い。
一同の恐怖を余所に、海はうっとりと植物モドキを見つめた。
「僕は一目で運命を感じました。僕は商人からコイツの苗を買い取り、大切に大切に育てたのです。振り向いてくれない緑さんの代わりに……緑Uと名をつけて」
「…はあ…」
そーですか以外、どんな言葉も自分の中から捜せない。
「だけどそれは誤りでした。日に日に大きく花開いていく緑Uを見るうちに、僕は目覚めたんです、真実の愛に!」
拳を握り締め、滂沱の涙を流しながら海は叫んだ。
「緑Uへの愛を証明する為に、僕は必死で様々な花を探しました。美しい花々の中で緑Uは更に美しく輝きました。毎日違う花を緑Uに奉げ、前日のものを店に出すようにしたんですがこれが大当たりで!」
ちょっと感動したフラワーバスケットは植物モドキのお下がりなんですか、そうですか。
植物モドキ……もとい緑Uは花をぱかりと開き海にその端を擦りつける。人で言うならこれは頬擦りをしている状態なのだろう。
「緑Uへの愛は僕に総てを齎してくれました……もう僕は緑U無しでは生きていけないんです! だから、だから彼女を苛めないでくださいっ!」
ひしと二人(?)は抱き合った。
スポットライトでも当たりそうな、感動的な光景だった。
完全に脳停止してしまった本家緑を尻目に、こうした事態に少しは免疫のある三人は額を突き合わせてひそひそと談合を始めた。
「……視覚的には無害どころか殺害って感じなんだけど」
「店は繁盛。本人は納得。生活も充実しているようだな、無害どころか有益だろう」
「問題は…」
シュラインは未だに感動の抱擁を続けている二人(?)に少し大き目の声で問い掛けた。
「その……緑U? 肥料はなんなの?」
生血だの人間だのと言われれば無害も何も無い。だが、海は事も無げに答えた。
「ええ、僕が毎日愛の手料理を! 同じ食卓を囲める…それも幸せなんです! 今夜は秋刀魚の塩焼きでした!」
「雑食と。無害ね」
うんと、シュラインは頷いた。
紫が片手を上げた。
「じゃ、決を取りまーす。調伏に賛成の人ー!」
紫が翳していた手を素早く下ろす。他の二人も手を上げない。
「じゃ、ほったらかすに賛成の人ー!」
即座に三つの手が上がる。慶悟がふっと息を吐き出す。
「満場一致だな」
「そーねー」
「無害なもの一々どうこうして行っても仕方がないでしょ」
場が纏まりかけた、そのときそれは訪れた。
それは写真を引き裂いたような風景だった。
目の前にある空間が一文字に割ける。何の音も立てずに。
あるはずなのに無い、無いはずなのにある。確かに裂け目は存在しているのに、それに厚みは無い、存在感がない。
突如として出現したその入口から現れたのは、殺気を露わにした男。しかもシュライン達に取って見知った顔だった。
「し、志堂!?」
腰を浮かせかけた慶悟が思わず叫ぶ。紫も、シュラインもそれに続き弾かれたように腰を上げた。
志堂・霞(しどう・かすみ)。現代常識とは生き別れているどころかそもそも出会っても居ないこの男がこんな風に現れて、穏便に話が進むはずがない。
だが、紫もシュラインも、慶悟でさえ、その現出の唐突さに対処する術を持たなかった。
霞の手にした光の刃が止める間もなく一閃される。
そう、緑Uへ向けてと。
「あ、ああああああっ!」
海が絶叫した。
刃に薙がれた緑Uは一瞬滑稽な戯曲のようにその巨大な花(?)を傾けた。人で言うならば小首を傾げた。
次の瞬間、ゴトリと、重い音がした。
床に、その巨大な花(?)は転がった。茎(?)と葉(?)と、永遠に生き別れて。
「緑Uううううううううっ!!!!!」
地も割れんばかりの絶叫がフラワーショップ『素喫度楼(すきっどろう)』に響き渡った。
突然現れて、突然緑Uの殺害を実行した霞は額の汗を拭いつつ旧知の三人を窺った。
「無事か?」
纏まりかけていたところへ乱入し緑Uを一刀両断にしておいてこの台詞である。それは『堪忍袋の緒』というやつも切れる。
足元に転がってきていた何かを引っ掴んだ紫がずかずかと霞に近寄った。
「無事じゃないでしょ、無事じゃ! あなた自分が何してくれたかわかってんの!?」
「全くだ」
霞に詰め寄る紫に、慶悟もまた頷いた。
しかし霞は理解した様子は無い。不思議そうに小首を傾げるばかりだ。
「あれは『魔』だ。あんなものを蔓延らせておいては世界が…」
「何処が『魔』よ!? めちゃめちゃ無害だったわよ!」
「何を勘違いしたか知らんが一応は纏まりかけていたんだがな」
紫が喚けば、慶悟が静かに詰め寄る。
「第一ね、あなた今真実の愛を一つ終わりに導いたのよ、その辺分かってるの?」
「…そうだ真実の…」
紫に釣られて詰め寄りかけた慶悟の言葉がぶっつりと途中で切れる。紫もまたはたと我に返ったようだった。
それがどうも本気の愛情だったらしいという事は兎も角。その対象は植物で更に雑食、おまけにモンスターも裸足で逃げ出すか友好条約を締結しようとするだろうあの姿。
それを見るなり切り付けたとて、何を責める道理があるというのだろう。
と、言うかそれ以前に真実の愛ってなんだ、真実の愛って。
思わず顔を見合わせて沈黙する二人に、シュラインは苦笑して割って入った。
「真実の愛なら芽生えそうな気配よ?」
紫と慶悟はシュラインの指し示した部屋の片隅を見て、かっぱりと口をあけた。
号泣する海を、本家緑が必死で宥めている。
「緑U……目を開けておくれ僕の緑U!!!!」
「海……彼女はもう…」
「そんな…!? 緑さんそんな!」
「海…!!」
涙に濡れながらメロドラマ最高潮の緑と海。どうもこの展開だとこの二人の間になにやら生まれそうではある。
紫は思い切り脱力した。慶悟もである。二人は困惑したまま立ち尽くしている霞の肩を同時にぽんと叩いた。
「帰りましょ。もういいから」
「ああ、帰るぞ。馬鹿馬鹿しい」
「あ、ああ……?」
困惑したままの霞を両脇から引きずって紫と慶悟は店を後にした。その後ろをシュラインはクスクス笑いながら付いていった。
「平和的解決かこれは?」
隣を歩く慶悟にそう問い掛けられ、シュラインは苦笑して肩を竦めた。
「怪我人もでてないし、人死にもでてないわよ?」
「そう言う観点で話をしないでくれ」
慶悟が大いに脱力したその時、紫がふと足を止めた。手の中にあるものを見据えてなにやら硬直している。霞に詰め寄る時に勢いで何かを拾い上げたようだったがそのまま持って来てしまっていたらしい。その霞はといえば解放されると同時に何処かへとっとと行ってしまったが。
掌にどうにか収まるほどの大きさの黒くて堅い物体。かぼちゃの種を黒くして巨大化させたような。
種子に見える。
そして状況から判断するにこれは……
「…………ねえ」
紫が手の中の物体を食入るように見つめて言った。
「これ、売ったらいくらになると思う?」
「返してこいっ!」
慶悟とシュラインは異口同音にそう怒鳴った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0935 / 志堂・霞 / 男 / 19 / 時空跳躍者】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。
今回のお話は……なんか色々と無茶苦茶です。
真実の愛ってなんなんでしょうねー。まぁ人それぞれですけども行き成り植物モドキに熱烈な愛奉げるってのも人としてどーよとは思います、正直なトコロ。
今回はありがとうございました。
また機会がありましたら宜しくお願いいたします。
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