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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


美紀の探偵修行
++ ある日の草間興信所 ++
「ねえねえオジサン探偵なんでしょ!? 美紀のこと弟子にして欲しいんだけど」
「……オジサン……?」
 あなたが草間興信所を訪れると、賢そうな目をした――おそらく小学校高学年か、あるいは中学生か、といった年齢の少女が草間武彦につめよっていた。顔立ちはまるで人形のように整っているといるので、黙っていれば十人が十人、褒めちぎるであろう容姿だが、口調が外見のイメージを良い意味で裏切っている。人形のように従順ではないだろう。だが、精気に満ち溢れた生き生きとした印象は好ましい。
「そもそも、なんで弟子なんだ? そこから説明して欲しいんだが」
「母さまがね、なんだかいろいろ美紀にやらせようとするのね。例えば学習塾とか、ヴァイオリンとか、そんなのいろいろ。いつか美紀の役に立つからちゃんとやりなさいって母さまは言うんだけど、この不況の折にそんなのが役に立つとは思えないじゃない? でもどんなに不況でも、人間って常に『いる』の。で、人間がいるところには絶対に何か揉め事とかはあると思うし、それならそういうことを解決する人っていうのは不況知らずなんじゃないかと思って――将来のための勉強、ね。それに美紀は、自分でやることは人から言われるんじゃなくて自分で選びたいんだもの。将来何をやるのかっていうのも全部」
 通常ならば依頼人に出されるのはお茶くらいなものだ。だが、訪れた美紀の年齢を考慮してか彼女の前にはケーキと紅茶が並べられている。意気揚々とケーキにとりかかる美紀に気づかれないように、草間はため息をつきながら問いかけた。
「で、ここに来ることを――探偵に弟子入りすると家族には言ってきたのかい?」
 フォークを手にしていた美紀の手がぴたりと止まった。
 ゆっくりと、ひどくゆっくりとした――美紀のまるで草間の様子を伺うような仕草の上目遣いに、草間も、あなたも、確信した。
「家族には無断で出てきた、ということか」
「んんー、でもでもちゃんとあとで言うもの美紀は! 子供としては立派になった自分の姿を、こう――まいったかってくらいの勢いで親に見せ付けてやりたいって思うのが親孝行だと思うのね。美紀的には!」
 美紀とあなたの姿を交互に見やった草間が、深いため息をついた。何故か嫌な予感を覚えたあなたの肩を、草間がぽんと――避けがたい力を込めて叩く。


「――ということで、あとはよろしく頼む。一日相手をしてやれば満足するだろう」
 草間はあなたに向かってそういうと、そそくさと席を立とうとした。
「しないわよそんな満足なんて美紀は! 美紀はね、弟子入りするの、弟子入り!」
「適性検査みたいなものだと思うといい。今日一日やってみて、素質がないようなら諦めればいいし、素質があるなら続ければいい」
「美紀の天才っぷりを首をつって後悔したくなるくらいに見せ付けてやるんだから首洗って待ってるといいんだわ!」
 憤然とケーキに手を出す美紀を尻目に、草間は小さく――美紀に聞こえないように小さな声であなた耳打ちする。
「適当に遊んでやって家に送り返してやれば満足するだろう。俺はまだ仕事があるから後は頼む」


 草間はすでにこの件について傍観者としての態度を決め込むことを決意したようだ。
 さて、とあなたは思案する。美紀は歳のわりに賢いし口も達者すぎるほどに達者だ。このまま家に送り届けたとしても満足するとも思えないし、猛然と抵抗するだろう。
 だとすると、一日探偵の真似事をした上で美紀を納得させ、家に送り届けなければならない――。
 少しだけ恨めしそうな目であなたは草間をじっと見やったが、彼はどうやら気づかないふりをしているらしい。そして美紀はわくわくと目を輝かせてあなたを見ている。


 残念なことに、あなたにはもうこの件に関する逃げ道は用意されていないようだ。



++ 探偵と弟子志願と ++
 綺麗にケーキを食べ終わった美紀はミルクティーの入ったカップを両手で包み込むようにして持つと、にこにこと満足げな様子だ。
 応接用のソファには美紀と、その隣に――なげやりな様子で背もたれに顎を乗せ、草間に背を向けている村上・涼(むらかみ・りょう)の姿があった。無言の圧力じみたものを感じた草間は、声をかけるべきかをしばし悩んだ末に、とうとう助けを求めることにしたらしい。
 助けを求められた当の本人であるシュライン・エマ(しゅらいん・えま)も、今回ばかりは困り果てた顔をして小さく首を傾げることしかできなかった。なにせ子供の相手となると、興信所が本来執り行うべき業務とはかけ離れている。草間興信所は興信所であって、決して便利屋などではないのだから。
「…………」
 重苦しい沈黙。それに最も早く根を上げたのは草間だった。
「……煙草を買ってくる」
「……待たんかコラ、おっさん」
 立ち上がり、事務所のドアに向けて足を踏み出しかけた草間の服の裾をしっかりと掴んだ手は涼のものだ。
 二人の様子を一瞥して、これはもめそうだ――と迅速に判断したシュラインは、美紀の長い黒髪を結わえていたリボンがとけかかっているのに目を留めた。柔らかな髪を一房手にとり、リボンで結わえ直してやると美紀がくるりと振り返り笑う。
「――ありがと。これいつも母さまがやってくれるの。自分じゃできないのまだ。だって頭の後ろって自分じゃ見えないんだもの」
「そうね、でもそのうちできるようになるわ」
 和やかなシュラインと美紀の会話とは裏腹に、今草間は危機に瀕していた。
「…………」
「……なんで子守……」
 涼の小さな言葉が耳を打つ。
 そして涼は自分の発言に、さらに怒りのボルテージを上げているようだ。
「……たまによ! それこそ滅多にこないよーなところにバイトを探しにきたら子守ですって子守!? 確かに最近ちょっと人外魔境な生活送ってるなーとは思ったけど、いきなりコレは何デスカ!? 物事にはほどほどってのが大事なのよそれを子守ってナニ!?」
「子守じゃないわよ美紀は弟子だっていってるのにしつこい!!! おじさんちょっと言ってやってよ美紀はちゃんと弟子なのよね?」
「二人とも、ちょっと落ち着いて。これじゃちゃんと話もできないわよ」
 口々に好き勝手なことを言う涼と美紀を、ため息まじりのシュラインの言葉が制した。その隙に、草間がくるりと身を翻して事務所から外に繋がるドアへを歩き出す。
 ドアのノブに手をかけようとしたその時、外側からそれに力が加わった。草間がまるで世界の終わりが間近に迫ったようなため息を吐き出す。
「やっほー、随分にぎやかだね今日は〜。今日も元気に幽霊退治してるかな〜」
 暢気なことを言いながらやってきたのは、印象的な銀色の瞳をした子供だった。くるくると好奇心のままに変化する表情は、見るものを飽きさせない。
 来訪者の名は、与儀・アスナ(よぎ・あすな)という。
 草間が再び漏らしたため息に、シュラインが失笑した。
「何回目になるか分かってる――?」
「数えるのも面倒なくらい、だ」
 なるほどそれは確かにそうだと、シュラインはさらに笑みを深くした。


++ 迷子の犬と迷子の少女 ++
「犬! 犬の分際で人間様の手を煩わせようっていうんだからいい度胸なんだわ! 完璧な感じで探してやるから首洗って待ってなさいよ犬!!!」
「あー、前から思ってたけどまた妙なカンジの日本語を……」
 結局、あれからしばらく美紀にできる仕事を探していた涼たちであったが、たまたまアスナが近所の住人がいなくなった犬を探しているという話を持ちかけ、それに協力してはどうか、ということとなった。
 探しているのは、白い中型の雑種犬。近所の商店街に住む一人暮らしの老人にとって、長く一緒に暮らしているその犬は、もはや家族の一員であった。
 美紀は白い、レース生地をふんだんに使ったワンピースが土で汚れるのも構わず、ベンチの下や、公園内の草むらなどをがさごそとかきわけて犬を探している。その隣にはアスナの姿が見えた。
 犬を探すことに夢中になっている二人をよそに、涼は近くの自動販売機で買ってきたジュースを飲みつつ、だらりとだらしのない格好でベンチに腰を預けていた。
「しかし子供って元気ね……あんな小さいのになんて体力よ」
 公園内を引きずり回された後の台詞である。シュラインは苦笑を返しつつ、涼の隣に腰掛けた。
「彼女のことだけれど、どう思う?」
「結構いいトコロのお嬢さんなんじゃないかしらね。この東京都内の住宅事情で、ヴァイオリン習わせてやれるって、防音の面からしても難しいだろうし。あれって楽器自体かなり高級だもの――」
 美紀に犬探しにつき合わされつつも、涼は彼女なりにいろいろと考えてはいたようだ。シュラインは成程、と頷いた。
「私はね、美紀が探偵になるにしてもならないにしても、今彼女がやっている塾であるとかヴァイオリンであるとかは無駄じゃないってことを知ってもらいたかったの。人と関わる仕事よ――どういう技術が必要になるのかなんてはっきり分かる訳でもないから。それと、案外探偵って地味な仕事が多いってこともね」
「地味な仕事っていうのは、今アスナと美紀が嫌ってほど思い知ってるわよ多分――それと私も。子守に始まって犬探し――どうかしてるわ。まあたまには悪くはないけど、でもいつまでもこれを続けているわけにはいかないでしょ――美紀!」
 手を上げて呼ぶと、美紀は一瞬きょとんとした顔をした。だがすぐに涼たちの方へと走り出す。
 その姿を眺めながら、シュラインはベンチに腰掛けたままの姿勢で問うた。
「どうするつもり。何か考えでも?」
 すると涼は、しばし複雑そうな顔で沈黙した後に突然、シュラインの前で両手を合わせ、怒涛のように言い訳を始める。
「――ごめんっ。本っ当ーにごめん。美紀が本当に探偵やりたいってならいいんだけど、どうしても私にはそう見えないの。多分――美紀は探偵の真似事をしても納得なんてしないわ。真似事くらいで納得できるなら、今までの自分の境遇にも――ううん、自分のためだって強制された習い事にも納得できるはずなんだもの。それができないから、美紀は今ここにいるのよ」
 つまり、涼には美紀が抱える何らかの悩みを解決する手段があるということだ。
 ならば、自分たちに遠慮する必要などありはしない、とシュラインは思う。アスナも自分も、美紀が美紀なりに納得し、悩みを乗り越える手伝いが出来たらと考えて今、こうしてこの場にいるのだから。
「謝る必要なんてないわ。それが、美紀のことを考えてのことならば――」
 答えると、シュラインは不思議そうな顔をしている美紀に、ちょいちょいと手招きをした。
 美紀と一緒に走り寄ってくるアスナの姿。シュラインが立ち上がり、二人がベンチに座った。
 準備万端とばかりに、シュラインが涼に目配せをする。
 話をしようと口を開きかけた涼に、畳みかけるように美紀が言い放つ。
「オレンジ! 美紀は断然オレンジの気分だわ!!」
「じゃあアスナはお茶系かな〜。それも冷たいヤツ」
「それは買ってこいってこと……?」
 一方的に自分の趣向を告げてくる二人に、涼が肩を震わせながら問いかけた。その肩をシュラインが叩く。
「私もお茶系で――」


++ 迷える少女と ++
「……なんか今日はこんな余計な労働してばっかな気がするんだけど……」
「頑張れー。働かざるもの食うべからずって昔の人はいいコト言ってるよねー!」
「それに比べて美紀たちってば勤労少女な訳よつまり!」
 一同お望みの飲み物を調達してきた涼が、疲労困憊といった様子でアスナたちの座るベンチの側にへたり込む。
 するとアスナと美紀の言葉が、さらに涼を脱力へと誘った。
「……あんたたちねぇ……」
「何かやることがあったんじゃないの?」
 話を始める前から逸れ初めてしまった話題を、シュラインが軌道修正した。
 涼もまた立ち上がると、ベンチの背――美紀の隣に軽く手をつき、彼女の顔を覗きこんだ。
「聞きたいの。ねえ、キミのやりたいことってなに?」
「…………」
 それまで、やかましいくらいに騒いでいた美紀が不意に押し黙ると、隣に座っていたアスナがそっと顔を覗き込みながら背中を叩いてやっている。
 缶ジュースをぎゅっと両手で握り締めた美紀が顔を上げた。
「やりたいことなんて分からないもの。だけど、だからって人から『これがそうです』っていうのは違うと思うの」
「じゃ、美紀はやりたくないことをやってるの? 習いごととかはキライ?」
 アスナにそう問われると、美紀はしばし悩んだ末にわかんない……と小声で呟いた。
 やはり、と涼とシュラインが顔を見合わせると、アスナはひょこりと首を傾げる。
「キライとかそういうのじゃないの。ただ、美紀は自分のやりたいことは自分で選びたいの。人から与えられたんじゃ嫌。自分の欲しいものは自分で決めたいって思うのって変なこと? 美紀にとって何が無駄で何が大事なんて、美紀にしか決められないはずなのにどうしてそれを母さまが決めるのかわかんないの」
「なら、それをお母さんにちゃんと言ってみたらいいとアスナは思うな。そうしたら、きっとお母さんだって美紀が『やりたいこと』を探す手伝いをしてくれるよ」
 母親にとっては、おそらくは美紀にやらせている習い事ですらその一環であるに違いないことを、アスナは悟っていた。そう、彼女が見た目通りの年齢の少女であるならば、そんな微妙な母と娘の心のすれ違いには気づかなかったかもしれない。だがアスナはとある家に伝えられた家宝とされる太刀の化身である。五百年以上の時をこの世界で過ごしてきた彼女には、美紀の気持ちも、そしてその母親の気持ちも痛いほどに理解できた。
「そうね――一度でもちゃんとお母さんと話をしてみれば何かが変わると思うわ。ちゃんと、自分の口でね。言葉にすれば、きっと何かが変わるから。少しずつでもね」
 美紀に目線を合わせるために、シュラインがベンチの前にしゃがみ込む。すると美紀はぶんぶんと首を横に振った。
「変わらないかもしれないもの。そんなの美紀だって怖いわ。それに母さまは反対するかもしれないし、美紀のやりたいことが、美紀のできないことだったら美紀はどうすればいいの?」
 誰も、自分の人生においてどの出来事で必要で、どれが無駄などとすかさずより分けることなど出来ないのが普通であることに、美紀は気づいていない。
 考えすぎであると、今そう言ってやることはできるだろう。そもそも、それは美紀よりも長く生きているシュラインにすら即答できる問いではないのだから。
 それを、この年齢の子供が理解しようとすることに無理があるのだ、既に。
 不安そうに揺れる美紀の眼差しを見つめ、何やら考えごとをしているらしい涼の横顔。それを眺めていたシュラインの携帯電話が音を立てた。液晶ディスプレイに表示される名前は草間のものだ。
 少し慌てながら、シュラインは美紀たちから数歩離れたところまで移動し、通話ボタンを押す。
「もしもし――どうかしたの?」
『ああ。大したことじゃないんだが、美紀の母親と連絡が取れた。すぐにそっちにつくだろう』
 シュラインは自分たちが場所を移動するたびに、草間に現在地を連絡していたのだ。
 そして、美紀の母親と連絡を取った草間が、今美紀たちのいる場所を教えたのだろう。
「わかったわ。どうもありがとう」
 それだけ言って電話を切ったシュラインの耳に飛び込んできたのは、涼の言葉だった
「じゃあ、こうしたらいいわ。もしもキミにやりたいことが見つかって、そしてそれがキミ一人ではどうしても出来なかったら――そしたら私を呼んでいい。私たちで出来ることならば協力するから。一人でできないことも、協力してくれる人がいれば、案外なんとかなるものよ」
 涼がそう言うと、アスナも大きく頷いた。
「うん。アスナも約束するよ。美紀が呼んだらどこにいたって必ず行くから!」
 シュラインがふと、公園の入り口できょろきょろと周囲を見回す人影に目を留める。彼女はくるりと美紀たちのほうに振り返ると、ちょうど背中のあたりにあたる入り口付近を親指で指し示した。
「武彦さんから連絡があったわ。お母さんと連絡が取れたそうよ。今こちらに向かっているって」
 美紀が不安そうに、シュラインと涼、そしてアスナを見た。するとアスナがこくりと――まるで美紀を元気付けるようにして頷いてみせる。
「約束するからね。本当に、どこにいたって美紀のためにかけつけるから」
「本当に?」
「うん、絶対に本当」
 アスナの言葉に、ようやく美紀がほっと安堵の息を漏らす。
 人影が、美紀たちの存在に気づいたようだった。夕日に照らされ、その顔までは見えない。だがシルエットからそれが女性のものであるということだけは分かる。シュラインはそっと美紀の背を押した。
「行って、そして話してみるといいわ。もしかしたら変わらないかもしれないけれど、もしかしたら変わるかもしれないんだもの。無理だったら、何度やり直しても誰も美紀を責めたりはしないし、私たちだっているわ。いつでも、行くから」
「……じゃあ、母さまに話しした後で、犬探していい? ちゃんとやりたいの」
「アスナたちはここで待ってるから。お母さんとお話ししておいでよ」
 こくりと頷くと、美紀はとてとてと歩き出した。シルエットの方へと。
 数歩歩き出し、ちらりと美紀が振り返る。
「本当のことを言うとね。私にも分かっちゃいないのよ――今の自分にとって本当に必要なものが何で、そして無駄なものが何かなんて」
 すると、美紀が涼の言葉に対してふわりと笑った。


「なんだ――美紀だけじゃなかったんだ。みんな、探してるってコトなんだ」


 夕焼けに染まる公園で、小さな影が母親のそれに向かって走り出す。


「まあ――とりあえず私達の出会いは、無駄じゃないと思うけどね」
 涼は美紀の姿を見送りながら呟いた。それにシュラインも頷く。
 多分、本当は無駄なことなど何一つとしてありはしないのだと、そう思いながら。


++ 手紙 ++
「本当に戻らなくていいの?」
 言葉に、少し呆れたような響きが混じるのは仕方がないとシュラインは思う。場所はいつか美紀とアスナたちが犬を探した近所の公園。時間は昼間。こんな時間に草間のような人物がベンチに座り、何をするでもなく煙草をふかしているという姿は、ひどく人目をひくようだった。
「戻ってどうする? 子守をおしつけられたと大騒ぎする女と終わらない口論を繰り返すだけだろう」
「一度怒鳴られてやればすぐに忘れてくれるわよ。頭に血が上りやすいところはあるけれど、いつまでも怒りを覚えていられるタイプじゃないもの。素直に諦めたら?」
 草間の隣に座り、シュラインがたしなめるように言うと、彼はしばし思案にふけっているようだった。だが、不意に草間が顔を上げポケットから一通の封書を引っ張り出し、シュラインへと差し出す。
「美紀からの手紙だ。三人に渡してくれと頼まれてな」
「涼にはどうやって渡すの?」
「今頃零が渡しているだろう」
 シュラインは薄い空色の便箋に書かれている文章に目線を落とす。



『あのね、無駄なものとかよくまだ分からないけど、でもちょっとだけ思うのね。美紀がみんなと会ったことは、無駄じゃないと思うの。

 頑張れって言ってくれる人も大事だけど、でも頑張らなくてもいいよって言ってくれる人も、みんな美紀にとっては大事で、無駄じゃないって今は思うから。だからシュラインのことも美紀はけっこう大事だって思うのね。もちろん、涼もアスナもみんな大事。

 だからね、本当は無駄なことってないのかもしれない。
 美紀にとって何が無駄でそうでないのかを決めるのは美紀だわ。なら、美紀が無駄じゃないって思えばそれは無駄じゃないのよね。なら、美紀は大切なものばっかりの生き方がしたいって思う。だから、美紀は全部を大事にしたい。

 ねえ、だから美紀も約束するからね。忘れないで。
 もしもシュラインが一人でどうしても出来なかったりしたことがあったら、その時は美紀のことも呼んでくれていいから。美紀もちゃんと一人で駄目だったら呼ぶから、覚悟しとくといいんだわ』


 手紙を読み終わったシュラインが顔を上げると、草間は新たな煙草に火をつけたところだった。ゆるやかに上っていく紫煙を目で追いかける草間がぽつりと呟く。
「――平和だな」
「ええ、平和ね――」
 のどかな公園で何をするでもなく時を過ごす。
 たまには、こんな日があってもいい――そう思いながらシュラインは草間の言葉に頷いた。

―End―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0381 / 村上・涼 / 女 / 22 / 学生】
【1076 / 与儀・アスナ / 女 / 580 / ギャラリー『醒夢庵』手伝い】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。久我忍です。
 ずっと『幽霊も妖怪も怪異も出てこない、日常的な話をやりたいなぁ』などと思っていたのですが、ようやく実現しました。個人的にはこういったものも大好きなので、これからも少しずつ書いていきたいなどと思っております。

 ではでは、今回は発注どうもありがとうございました。
 またどこかでお会いできるとうれしいです。