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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


東京怪談・草間興信所「Flower Shop of Horrors」

■オープニング■
「絶対に何かがおかしいんですよ。別にあいつがおかしかろうとアタシ的には関係ないんだけど、ほらなんて言うかいい人属性って言うか?」
「それで一体何がおかしいと?」
 尚も言い募ろうとする女を、草間はあっさり遮った。女はテーブルの上に置かれたカップを一気に煽り、めげもせずに口を開く。
「部屋に入れてくれないの、店の奥にもよ? これまではアタシが行くともー壁に激突するような勢いですっ飛んできて上がらせようとしたのによ? アレに冷たくされるなんて思っても見てなかったから気分的にかいか…まあそれはいいんだけど」
 女、大鳥緑(おおどり・みどり)が言うにはこの頃知り合いの陸海(りく・かい)の様子がおかしいらしい。きょときょとと落ち着かずたまに奇声を上げたり行き成り泣き出したりする。だが本人の様子がおかしい割には、
「アイツ店やってるんだけど、そこが妙に繁盛してるのよ。傍目から見てても分かるくらい傾きかけてたはずなんだけど」
 気持ち悪いから調べてくれ、そう依頼して緑は妙にうきうきとした様子で帰っていった。歯医者に行くらしいがそれで何故ウキウキ出来るかは謎だ。
「……どこかで聞いたような話だな」
 草間は緑の書いて行ったいい加減な地図をうんざりと眺めた。そこに駅からの簡単な道筋と店名が記されている。
「花屋、ねえ?」
 フラワーショップ『素喫度楼(すきっどろう)』
 海の経営する花屋の店名を、そう言った。

■本編■
 携帯の電源を落とし、真名神・慶悟(まながみ・けいご)は金に近いほどに色の抜かれた髪に手を入れた。
 金髪に真っ赤なスーツ、そして煙草。
 ともすればホストか何かと勘違いされそうな外見ではあるが、その外見とは相容れない雰囲気が何処となくこの男を包み込んでいる。
 緊迫感と眼光。それが示す所は外見の軽佻な雰囲気とはまるで異なっているのだ。
 一種の不思議な魅力を放つこの男の生業は陰陽師。
 切った電話の先の相手は草間武彦。その業界ではそれと知れた、怪奇現象専門探偵だ。当人は否定したがっているが。
 怪奇探偵と陰陽師。
 その電話の内容など一々説明を待つまでもない。
 仕事であり、そして真っ当な一般社会からは少々、逸脱している。
『依頼人の態度と話から総括しても大した仕事じゃなさそうだがな。まあお守りのつもりで行って来てくれ』
 どこか不機嫌そうな草間の声が引っかかったが、慶悟は頓着しなかった。
 引っかかりも、厄介事も、生業からすればあって当然、ないことの方が珍しい。
 短くなった煙草を投げ捨て無造作に踏み消すと、慶悟は告げられた目的地へと向かう為に歩を踏み出した。
 フラワーショップ『素喫度楼(すきっどろう)』
 その店名からして事は既に一般的社会通念から外れている気がした。
 無論だからと言って頓着する事は無かったが。
 ただ一つ、気になることがあるとすれば、
「……お守り?」
 その一言だけだった。

 件の花屋のある街は、流石に『Skid Row』……貧民窟とまでは行かなかった。日本にはスラムの類いは存在しない。
 だが、どこかその匂いを感じさせる場所ではあった。
 建物と建物の間に建ち、周囲をそこから周囲を見渡すと、嗅ぐつもりなど無くとも強い排気ガスの匂いが微香を刺激する。
 裏繁華街、そんな印象の街だ。表通りは華やかでも一歩路地裏に入ればその夢は夢でしかないのだと一目で知れる。尤も繁華街などというものはどこもそうなのかも知れないが。そんな路地裏の一角に件の花屋はあるのだ。
 成る程と妙な納得を覚えつつ周囲を観察していた慶悟はその過程でギクリと身を強張らせた。
 その瞬間に別の納得が慶悟の中を満たす。
 不機嫌そうだった草間。
 その『お守り』と言う発言。
 そして視界に飛び込んできた背の高い細身の女。
 成る程事務所で何か草間を不機嫌にさせるようなことをやらかしてきたのだろう。
 しばしの沈黙の後に、慶悟は苦く笑って片手を上げた。目が合ったまま硬直してしまっているその女に向けて。
「…………真名神?」
「他に何に見える?」
 慶悟は面白くもなさそうにそう言った。女、冴木・紫(さえき・ゆかり)は目を瞬かせ、その姿に間違いが無いことを確認するとすぐ満面の笑みを浮かべた。
「いやなんか幻覚でも見たかと思って」
「なにかキメたのか?」
 口の端を釣り上げて意地悪く言う慶悟に紫はまさかと答えて小さく肩を竦めた。肩を竦めただけだった。
 慶悟は怪訝そうに顔を顰めた。一言言えば倍になって帰ってくる軽口が紫の口から出ない。これまでの記憶に照らし合わせれば中々に異常事態だ。友好関係とは程遠い会話しか、慶悟はこの女とした覚えが無い。
 友好関係とは程遠い相手ではある。だが、今の紫には実のところ慶悟は運命の相手にも等しかった。
 にっこりと実に機嫌良く笑んだ紫はつかつかと慶悟に近寄り至近からその顔を見上げた。慶悟は既に怪訝そうを通り越して不審そうになった顔で紫を見下ろしている。
「また鉢合わせるってことは目的は同じね?」
「ああ多分な。スラッシュな名前の……」
 そこまで言って慶悟は口を噤んだ。慶悟はその双眸を実に疑わしげに紫へと向けた。
「おい」
「なに?」
 にこにことした微笑みが慶悟に更なる確信を齎す。恐らくはそれを理解した上で、紫は表情を崩さずに居るのだ。慶悟がはーっと大きく溜息を落とした。
「言って置くがな。俺は店内に入る気はないぞ」
「なんでよ?」
「式で十分だろう。安全かどうかも分からない店に行き成り入る無謀さの持ち合わせがないだけだ」
 揶揄するように言い切ると、紫はむっと眉根を寄せた。遠まわしに無謀呼ばわりしてやったのだから当然だ。しかし紫はすぐにその表情を打ち消して元の笑顔に戻った。
「ねえ?」
「なんだ?」
「恐いの?」
 紫は、口の端を釣り上げて少し目を見開くように、要はからかうような上目遣いで慶悟の顔を窺ってくる。慶悟はふんと鼻を鳴らした。
「挑発には乗らんぞ」
「まあそうくるだろうと思ったけど」
 紫は今度こそ本心から少しだけ笑んだ。つられて、慶悟もまた顔に少しの笑みを乗せる。この少しだけ具合が現在の二人の友好度を如実に示しているのかもしれない。
「まあ仕方ないわね。別にいいわよ、見える男型の式にしといてくれれば。イイ男希望するわ」
「……何故視認出来る必要性がある?」
 ひくりと慶悟は頬を引き攣らせる。紫が事も無げに言った。
「一緒に行くからに決まってるでしょ」
 勿論財布は預けといてね。
 笑う紫に慶悟は渋面で嘆息した。
「つまりどうあっても俺に花を買わせる気か、あんたは」
「花買う金あったら電話代払うわよ私は」
 間接的に答えた紫は、そのままの勢いで慶悟の袖を引いた。とりあえず引き摺られるより他に、慶悟は取り得る手段を思いつくことが出来なかった。

 件の花屋『素喫度楼(すきっどろう)』は確かについ先日まで潰れかけていた面影をまるで感じさせない店だった。
 商店街の中ほどにある小さな店だったが、いくつもある業務用の花入れは半分程が既に空になっていた。店の前の路上にせり出すようにいくつもの鉢植えや花の苗が並べられており、どれも売り物らしく萎れた様子など欠片もない。開放的な明るい印象のある店である。
 何より目を引いたのはウインドウに飾られた見事なフラワーバスケットだった。
 赤を基調に作られているその花篭は、その赤と言う色の持つ印象を裏切って実に上品に纏められていた。しかも白と言うアクセントを使うこと無く。赤みの強いバラと、明るいオレンジのバラ、そして細長い葉物とだけを使い、華やかにそして上品に、その花篭は作られている。
 紫は感嘆の溜息を落とし、慶悟を見上げてウインドウを指差した。
「あれ買って、あれ」
「子供かあんたは」
「経費で落ちるって草間さん言ってたから大丈夫よ。だからあれ」
「……なんでそうまで困窮してるんだあんた」
「知らないわよ。そんな事はいいからあれ」
「相変わらず仲いいのねえ」
「誰が!?」
 横合いから響いた聞き捨てならない声に、二人は異口同音に怒鳴り返した。そしてやはり同時に目を瞬かせる。
 そこに口元を押さえて必死で笑いを堪えている女の姿がある。
「ほらね」
 目尻に涙まで滲ませながら、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)はそう言って笑った。紫は極力慶悟を見ないように勤めながら、シュラインに向き直った。
「エマさんもあの店に用がある訳ね?」
「まあね。あんた達もだって武彦さんから聞いてはいたけど……あんまり予想通りで面白かったわ」
 まだクックと笑っているシュラインを故意に無視して、慶悟は顎で店を示した。
「見ての通りだ。見たまま判断するなら怪しいところはないな」
「あのバスケットなんかもすごいじゃない? 繁盛しててどこも不思議は無いと思うけど」
 二人の言葉に、シュラインはうーんと唸ってその細い指を唇に当てた。
「問題はそのバスケットなのよ」
「まさか夜になると触手が生えてきて大口開いて人を捕食するとか言わないでしょうね?」
 そうじゃなくてと前置いて、シュラインはウインドウを示した。
「ああいう、アレンジね。全く出来なかったらしいのよ、店主。花束頼んでも大ぶりの花にカスミ草合わせる程度のことしか出来なかったらしくて」
「思いっきりシロウトじゃないの、それじゃ」
 紫が呆れたように言う。大ぶりの花にカスミ草を合わせればまあとりあえず花束に見えるようにはなる。母の日などに子供がよく使う手立てだ。
 慶悟は怪訝そうに眉根を寄せた。
「だが、そんな素人の作ったものには見えないが?」
 そこよ、とシュラインが大きく頷いた。
「特に新しい店員を雇った様子も無いし、カルチャースクールに通った程度でどうにかなるレヴェルでもない。ご近所も不思議がってたわよ」
「その不思議がられるアレンジが受けて、店が繁盛してるのね。……アレンジの出所以外は常識的に判断して構わないわね」
「冴木が欲しがる程だからな」
 紫だとて欲しいと言い出したのだ。腹の足しにも電話代にもならない花になど基本的には全く興味を示さない紫が。それが受けたとしても、それによって店が繁盛しても何の不思議も無いどころか寧ろ当然だ。
 だがわざわざ口に出されて嬉しかろうはずも無い。紫が一瞬だけ頬を引き攣らせたのが見て取れた。
「ってことは店自体より奥の方になにかあるってことよね? とりあえず店の偵察行く?」
「そうね。私もちょっと興味あるわ、あのバスケット」
「けど女二人で花屋ってのも侘しいわよね」
 目の前で女二人が目配せを交わす。紫同様シュラインもまた実に意味ありげに口の端を釣り上げた。合わさった二つの視線がそのままくるりと慶悟へと向けられる。
「……ちょっと待て」
 今更慶悟が慌てても、もう遅い。
 民主主義と言う名の数の暴力により、フラワーバスケットの代金は慶悟の財布から出ることとなった。

 慶悟の式に店の見張りと調査を任せ、三人は連れ立って事務所に戻ってきていた。
「ね、変だったでしょ?」
 事務所のドアを開けるなり嬉々として身を乗り出してくる大鳥緑に三人は面食らった。どうやら調査の結果を心待ちにして、早くから事務所を訪ねてきていたらしい。
 そう問われて、紫はシュラインと顔を見合わせた。シュラインは草間のデスクの上に大きなフラワーバスケット(どれほど見事な出来でも似合わないことこの上ない)を乗せゆっくりと首を振った。
「変って言われても……普通の店だったし普通の対応だったわよ、ええと、陸さん、だったかしら?」
 ね、と話を振られ、紫も曖昧に頷く。
 肯定以外の反応の返しようが無い。
『素喫度楼(すきっどろう)』の店主、陸海は『いらっしゃいませ』と二人と式一体を出迎え、『ありがとうございました』と送り出した。小柄で、気の弱そうな印象の青年だったが、働く姿はきびきびとしていて気持ちのいいものだったし、楽しそうに働いていた。
 いい店であり、いい店主である。
 十人に聞いても十人とも同じ答えを出しそうな店と店主を捕まえて『変』と言われても困るのだ。
 緑は傍目にも分かるほどにぶうっと頬を膨らませた。
「だっておかしいじゃないの! なんでいきなり繁盛し出したわけ、しかも態度激変するし、人の顔見て『ゴメンもう僕たちは終わったんだ』とか奇声発するわけよ?」
「いやそれ単にあなたに飽きた……じゃなくって!」
 実に正直に言葉を紡ぎかけた紫が、その途中ではたと押し黙る。慶悟もシュラインも、それまであしらう気万々だった面倒くさそうな態度はどこへやら、一転して緑の顔を食い入るように見詰めた。
 慶悟は緑の掛けているソファーに近づき、早速口火を切った。
「あんた奇声ってのはまさかそのことか?」
「それだけじゃないわよ。『真実を見つけたんだ』とか『僕は彼女に全てを捧げるんだとか』とか。挙げ句にいきなり泣き出すし」
 なんていうか相手にされないって言うのもちょっと快感だからいいんだけどなんか変じゃない?
 と、聞いてもいないことまで捲くし立てる緑を尻目に、一同は顔を見合わせた。
「……まあ確かに変って言えば変よね、かなり」
「変と言えばまあ、変ではあるが……」
「変って……そうね確かに変、なんだけど、ちょっと……」
 シュラインがごくりと唾を飲み下し、真剣に切り出す。
「……単に恋人が出来たってだけの話よねこれは」
 慶悟と紫は同時にこっくりと頷いた。予想に過ぎないが先ず確実に当たっている。問題はその予想の正誤ではなく、そう指摘したところであからさま過ぎる海の言動を『変』で片付けている緑が納得などするはずが無いと言うことだ。
 シュラインは胸に下げた眼鏡を弄り回しながら溜息を落とした。
「ねえ、真名神くん。式に店の鍵を外させられる?」
「そのくらいなら造作も無いが…どうするつもりだ?」
「本人に説得してもらいましょ」
 シュラインはうんざりと緑を見やった。その本人と言うのが誰を指しているかなど一々確認する必要も無かった。

 日が落ちきってから、一同は行動を開始した。
 慶悟の式が既に扉を開けているから進入事体は造作も無かった。困ったのは店内に入るなり海を大声で呼ぼうとした緑の方だった。
 全く状況を慮ると言うことの出来ない性格らしい。まあだからこそ言動から他人の慶悟たちでさえ看破できる海の現実を理解することが出来ずにいるのだろうが。
 いいと言うまで絶対に口を開くなと硬く緑に言い含めて、三人は昼間は見ることも出来なかった店の奥へとそろりと進入した。花屋らしい、青い香りがそこかしこに染み付いている。
 作業場らしい部屋の更に奥に明かりの漏れている扉がある。
 上着の裾を引かれて、慶悟は振り返った。紫が目配せを寄越してくる。慶悟は心得ているとばかりにこくりと頷いた。つまりあのドアも既に開いている、と言う意味だ。
 ドアに背中を張り付かせた慶悟は、そっとドアノブに手を伸ばした。慶悟の目配せに、紫とシュラインも軽く頷いた。
「開けるぞ」
 慶悟は声と共に、ガチャリと勢い良くドアノブを回しドアを蹴り開けた。
 まあそんな必要も無いのだが、ノリとか勢いとか呼ばれるものなのだろう。
 そして一同は部屋の中の光景に同時に言葉になりそうも無い声を上げた。
「え?」
「あ?」
「な…!」
「ひ!」
 海が目を見開き驚愕を露にしてこちらを見つめている。それはいい。海の手にはじょうろが握られている。その先から水がちょろちょろと流れ落ちているが、それもいい。
 問題は、問題はである。
 そのじょうろの水が注がれている先。一抱えもあろうと言う巨大な植木鉢に植えられている何かだった。
 それは一昔前にはやったファミコンゲームの土管から顔を指す植物タイプのモンスターのようだった。ハエを捕食したばかりのハエ地獄のような球体の花(?)の裂け目は、まるで紅でも引いたように赤い。人間の頭部以上に巨大なその花を、チューリップのような細い茎が支えている。細いと言っても紫の脚ほどの太さだ。そして四方に好き勝手に伸びた葉らしきものは、うねうねとした触手状になっていた。しかも形状のとおりうねうねと蠢いている。
「っつ、きゃああああああああっ!!!!」
 耐え切れずに緑が絶叫する。
 硬直していた三人はその声を契機に我に返った。慶悟はすかさず符を構え、シュラインと紫は腰が砕けてしまった緑を部屋の外に出そうと押した。
 後ろで悪戦苦闘している気配を感じながら、慶悟は今しも符を放とうとしていた。
 指先から符が放れるか放れないか。
 狙い澄ましたような刹那に、その絶叫は部屋に轟き渡った。
「僕の緑Uをいじめないでえええええっ!!!!!」
 と。

『それは恋する目だった。
 嘗て私が見たどんな男の目よりもその目は真摯に恋をしていた』
 冴木紫のルポより抜粋。

 海が愛しげに葉を撫でるとその植物モドキは答えるように海の体に葉を……と言うよりも触手を這わせる。
 全神経が麻痺するような光景を前に、一同はきちんと足を揃えて座っていた。
 海は怒涛の語りモードに入っている。
「コイツの苗を見つけたのは偶然でした。出入りの中国商人がビーナスの首飾りとかユニコーンの角笛と一緒に持って来たんです」
 何故中国商人が出入りしているのか、それ以前にその怪しさ大爆発な商品は一体なんだ、もしかして豊胸丸とかもあるのか、突っ込み所は満載だが誰も行動には起こさない。と言うより起こせない。
 謎の巨大植物をその身に絡ませているというのに、海の瞳は熱く潤んでいる。
 そんな男に突っ込みを入れるのは怖い、絶対に怖い。
 一同の恐怖を余所に、海はうっとりと植物モドキを見つめた。
「僕は一目で運命を感じました。僕は商人からコイツの苗を買い取り、大切に大切に育てたのです。振り向いてくれない緑さんの代わりに……緑Uと名をつけて」
「…はあ…」
 そーですか以外、どんな言葉も自分の中から捜せない。
「だけどそれは誤りでした。日に日に大きく花開いていく緑Uを見るうちに、僕は目覚めたんです、真実の愛に!」
 拳を握り締め、滂沱の涙を流しながら海は叫んだ。
「緑Uへの愛を証明する為に、僕は必死で様々な花を探しました。美しい花々の中で緑Uは更に美しく輝きました。毎日違う花を緑Uに奉げ、前日のものを店に出すようにしたんですがこれが大当たりで!」
 女二人にほとんど脅迫されて買ったフラワーバスケットは植物モドキのお下がりなんですか、そうですか。
 植物モドキ……もとい緑Uは花をぱかりと開き海にその端を擦りつける。人で言うならこれは頬擦りをしている状態なのだろう。
「緑Uへの愛は僕に総てを齎してくれました……もう僕は緑U無しでは生きていけないんです! だから、だから彼女を苛めないでくださいっ!」
 ひしと二人(?)は抱き合った。
 スポットライトでも当たりそうな、感動的な光景だった。

 完全に脳停止してしまった本家緑を尻目に、こうした事態に少しは免疫のある三人は額を突き合わせてひそひそと談合を始めた。
「……視覚的には無害どころか殺害って感じなんだけど」
「店は繁盛。本人は納得。生活も充実しているようだな、無害どころか有益だろう」
「問題は…」
 シュラインは未だに感動の抱擁を続けている二人(?)に少し大き目の声で問い掛けた。
「その……緑U? 肥料はなんなの?」
 生血だの人間だのと言われれば無害も何も無い。だが、海は事も無げに答えた。
「ええ、僕が毎日愛の手料理を! 同じ食卓を囲める…それも幸せなんです! 今夜は秋刀魚の塩焼きでした!」
「雑食と。無害ね」
 うんと、シュラインもまた頷いた。
 紫がぴしと片手を上げる。
「じゃ、決を取りまーす。調伏に賛成の人ー!」
 紫は翳していた手を素早く下ろした。慶悟もシュラインも手を上げない。
「じゃ、ほったらかすに賛成の人ー!」
 即座に三つの手が上がる。慶悟はふっと息を吐き出した。
「満場一致だな」
「そーねー」
「無害なもの一々どうこうして行っても仕方がないでしょ」
 場が纏まりかけた、そのときそれは訪れた。

 それは写真を引き裂いたような風景だった。
 目の前にある空間が一文字に割ける。何の音も立てずに。
 あるはずなのに無い、無いはずなのにある。確かに裂け目は存在しているのに、それに厚みは無い、存在感がない。
 突如として出現したその入口から現れたのは、殺気を露わにした男。しかも紫達に取って見知った顔だった。
「し、志堂!?」
 腰を浮かせかけた慶悟は思わず叫んだ。紫も、シュラインもそれに続き弾かれたように腰を上げた。
 志堂・霞(しどう・かすみ)。現代常識とは生き別れているどころかそもそも出会っても居ないこの男がこんな風に現れて、穏便に話が進むはずがない。
 だが、紫もシュラインも、慶悟でさえ、その現出の唐突さに対処する術を持たなかった。
 霞の手にした光の刃が止める間もなく一閃される。
 そう、緑Uへ向けてと。
「あ、ああああああっ!」
 海が絶叫した。
 刃に薙がれた緑Uは一瞬滑稽な戯曲のようにその巨大な花(?)を傾けた。人で言うならば小首を傾げた。
 次の瞬間、ゴトリと、重い音がした。
 床に、その巨大な花(?)は転がった。茎(?)と葉(?)と、永遠に生き別れて。

「緑Uううううううううっ!!!!!」
 地も割れんばかりの絶叫がフラワーショップ『素喫度楼(すきっどろう)』に響き渡った。

 突然現れて、突然緑Uの殺害を実行した霞は額の汗を拭いつつ既知の三人を窺った。
「無事か?」
 纏まりかけていたところへ乱入し緑Uを一刀両断にしておいてこの台詞である。慶悟はぷつんとどこかが音を立てて切れるのを感じた。俗に言う『堪忍袋の緒』というやつである。
 紫が真っ先に足元に転がってきていた何かを引っ掴んでずかずかと霞に近寄った。
「無事じゃないでしょ、無事じゃ! あなた自分が何してくれたかわかってんの!?」
「全くだ」
 霞に詰め寄る紫に、慶悟もまた頷いた。
 しかし霞は理解した様子は無い。不思議そうに小首を傾げるばかりだ。
「あれは『魔』だ。あんなものを蔓延らせておいては世界が…」
「何処が『魔』よ!? めちゃめちゃ無害だったわよ!」
「何を勘違いしたか知らんが一応は纏まりかけていたんだがな」
 紫が喚けば、慶悟が静かに詰め寄る。
「第一ね、あなた今真実の愛を一つ終わりに導いたのよ、その辺分かってるの?」
「…そうだ真実の…」
 紫に釣られて詰め寄りかけた慶悟はそこでぶっつりと言葉を切った。紫もまたはたと我に返ったようだった。
 それがどうも本気の愛情だったらしいという事は兎も角。その対象は植物で更に雑食、おまけにモンスターも裸足で逃げ出すか友好条約を締結しようとするだろうあの姿。
 それを見るなり切り付けたとて、何を責める道理があるというのだろう。
 と、言うかそれ以前に真実の愛ってなんだ、真実の愛って。
 思わず顔を見合わせて沈黙する二人に、シュラインが苦笑して割って入る。
「真実の愛なら芽生えそうな気配よ?」
 慶悟はシュラインの指し示した部屋の片隅を見て、ひくりと頬を引き攣らせた。
 号泣する海を、本家緑が必死で宥めている。
「緑U……目を開けておくれ僕の緑U!!!!」
「海……彼女はもう…」
「そんな…!? 緑さんそんな!」
「海…!!」
 涙に濡れながらメロドラマ最高潮の緑と海。どうもこの展開だとこの二人の間になにやら生まれそうではある。
 慶悟は思い切り脱力した。紫もである。二人は困惑したまま立ち尽くしている霞の肩を同時にぽんと叩いた。
「帰りましょ。もういいから」
「ああ、帰るぞ。馬鹿馬鹿しい」
「あ、ああ……?」
 困惑したままの霞を両脇から引きずって慶悟と紫は店を後にした。その後ろをシュラインがクスクス笑いながら付いてきた。

「平和的解決かこれは?」
 隣を歩くシュラインにそう問い掛けると、シュラインは苦笑して肩を竦めた。
「怪我人もでてないし、人死にもでてないわよ?」
「そう言う観点で話をしないでくれ」
 大いに脱力したその時、紫がふと足を止めた。手の中にあるものを見据えてなにやら硬直している。霞に詰め寄る時に勢いで何かを拾い上げたようだったがそのまま持って来てしまっていたらしい。その霞はといえば解放されると同時に何処かへとっとと行ってしまったが。
 掌にどうにか収まるほどの大きさの黒くて堅い物体。かぼちゃの種を黒くして巨大化させたような。
 種子に見える。
 そして状況から判断するにこれは……
「…………ねえ」
 紫が手の中の物体を食入るように見つめて言った。
「これ、売ったらいくらになると思う?」
「返してこいっ!」
 慶悟とシュラインは異口同音にそう怒鳴った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0935 / 志堂・霞 / 男 / 19 / 時空跳躍者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。
 今回のお話は……なんか色々と無茶苦茶です。
 真実の愛ってなんなんでしょうねー。まぁ人それぞれですけども行き成り植物モドキに熱烈な愛奉げるってのも人としてどーよとは思います、正直なトコロ。

 今回はありがとうございました。
 また機会がありましたら宜しくお願いいたします。