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<PCシナリオノベル(シングル)>


罪が支払う報酬
 甲高く闇を裂き、スリップ音が背後から迫り来る。
 人の姿のない夜の街の、滅びた風情で連なる人工物の谷間の底、大上隆之介は闇の向こうを僅かな月光を透かした金の瞳で視てとった。
 ヘッドライトも点けずに疾駆する一台のベンツ…そのボンネットの上、あろう筈のない人影に、隆之介は軽く目を見張った。
「よ、ピュンピュン♪」
歩道とを隔てるガードレールに車体を擦り付けて火花を散らすそれは未だ騒音を撒き散らしながら彼の眼前を擦り抜ける寸前に、そう、呼び掛けてみた。
「誰がピュンピュンだてめぇッ!」
運転席に向かう形で背を向けていた彼…ピュン・フーは速度から考えても認識出来まいと思われたその声に即座に反応し、隆之介の眼前に飛び降り、着弾に追われる形で勢いを殺さずに僅か行き過ぎながら主張は忘れない。
「俺ん名前は『ピュン・フー』で一括りなのッ!『ピュンくん』も『フーちゃん』もまししてや『ピュンピュン』は不可!」
 黒革のコートの裾を翻し、闇よりも黒々しい姿は先に会った印象と変わらず、この深夜にさえサングラスを付けているのにいっそ感心する。
 寸前まで彼が視界を遮っていたベンツは突如として遮蔽物がなくなった為にか却って制動をなくし、派手な破砕音を立てて電柱に正面から衝突した。
 歪んだボンネットの隙間から白い煙を上げるベンツを横目に隆之介は現状に動じた風もなく、軽く裾を払う黒衣の青年へと歩み寄った。
「また会ったな♪」
との隆之介の気易い呼び掛けにピュン・フーは片眉を上げた。
「よぉ、隆之介」
街中で知人に会った際の挨拶として無難だが…如何せん、深夜・銃撃の付加にはそぐわないというより他ない。
「…じゃなくて」
自分からその空気を作っておきながら、隆之介は架空の何かを手で挟んで横に置く仕草で眉を顰めた。
「どうしていっつもそう唐突に現れるんだ?しかも今回はまた物騒なシチュエーションで」
一応、物騒だという認識はあったようだが、それに危機感を覚えている様子はなく、軽く苦笑する隆之介に、受けるピュン・フーも呑気に返す。
「人生イロイロの「イ」の辺りなモンで」
「その男から離れろッ!」
その間に割り込んだ声だけが、実は緊迫した状況を思い出させた。
「それで?」
高圧的な物言いに引っかかりを感じながら隆之介は顎を上げて先を示した。
「このいかにもな黒服のおッさん達誰?」
ようやく車から出たなり銃口をこちらに向けて来る男二人、こちらも見事な黒尽くめでご丁寧にサングラスまで標準装備だ。
「元・職場のどーりょー」
気がなさそうな説明に肩を竦めてピュン・フーは軽く両腕を開いて己の姿を示して見せた…「ホラ、お揃い♪」なんて可愛く言われるような服装ではない。
「何で辞めたトコのヤツと同じカッコしてんだよ?」
「いやー、彼処も長かったからなー…服務規程すっかり身についちまって、持ってる服、全部黒いんだよ」
つい辞めて正解だったな…としみじみする隆之介に、男の一人が苛立った声を上げた。
「そいつは危険なテロリストだぞ!こっちに来い!」
従わぬ筈がない、といった様子に不快感を覚え、隆之介は思わず半眼になる。
「場合によっちゃ加勢するけど?」
「場合、ねぇ」
ピュン・フーがニヤ、と笑う。
「アイツ等が持ってる薬がねェと、死ぬんだよ、俺。だからくれっておねだりしてんのは、隆之介の場合ン内に入る?」
本気か嘘か分からない…こちらの反応を見るようなピュン・フーの言に、隆之介は両者を見比べた。
「…てーかこの場合街中で銃振りまわしてる怪しげな連中と、一緒に茶しばいたことのある怪しげな奴だったら普通後者を選ぶし」
「怪しげなのは取れねぇのかよ」
ズビシ、と裏拳ツッコミをかますピュン・フーと隆之介に場をシリアスに持ち込むのは難しく、黒服達との間の齟齬は深くて暗い川のようである。
「お前も『虚無の境界』のメンバーか!?」
親しげ…というよりも漫才コンビのような様子に、先とは違う方の男が今度は隆之介自身に銃口を固定した。
 冗談の通じなさそうな相手の行動に、隆之介はしばし悩むと「じゃっ!」と爽やかな笑顔で片手を挙げる。
「この場は見なかったとゆーコトで!」
「付き合い悪ィぞ、隆之介ッ」
そのまま立ち去ろうとする隆之介にちょっと拗ねた風でピュン・フーはサングラスを外した…夜目にも鋭い紅が顕わになる。
「一緒にメシ食った仲なのに」
その台詞に、隆之介は軽く手を打った。
「そういや俺あんたに貸しがあったっけ!」
「そーだったっけ?」
と首を傾げるピュン・フーに、隆之介は素早い動きでそのコートの襟を掴んだ。
「そーだよこないだの喫茶店!奢るとか言っといてふけただろ!」
あれ?もう一方に首を傾げるピュン・フーはしばしの黙考の後、「そーだったそーだった」と頷いた。
「ちょーどいい、耳を揃えて…いや利子付きで支払って貰おうか」
目の据わっている隆之介に、抵抗は無駄と、ピュン・フーはその気持ちを表して両手を肩の位置まで上げた。
「カードでいい?」
「いいワケがあるか。俺が欲しいのは金じゃねぇ…」
唸るように即答した隆之介に、如何なる要求が突きつけられるのかと緊張するピュン・フーの掴んだままの襟首を引き、隆之介は顔を寄せた。
「知り合いに可愛い女の子、いねェ?」
こそこそとした耳打ちに、黒服達の事はすっかり忘れて背を向ける。
「こないだ行くっつってた合コンはどうしたんだよ?」
「アレはアレでいい出会いだったんだけどな…」
ニヒルに笑って遠い目をしてみせても、フラれたという事実は動かない。
「可愛い女の子、ね…居るは居るな」
「よっし、決まった♪」
 喜色満面でバシバシとピュン・フーの肩を力任せに叩き、隆之介はようやく黒服へと向き直った。
「ってワケで俺、こっちにつくし♪」
今の今まで放っておかれた末にあっけらかんと言われるのに、男が声高に言い放つ。
「そいつは組織を裏切った化け物なんだぞ!」
あきらかな蔑みの色に、隆之介は不快感に眉を寄せた。
「仮にも同じ仕事してた人間、そこまで悪し様にゆーか?」
諫める隆之介に、黒服は口元を歪めた笑いで答える。
「組織に反した時点で、ジーン・キャリアのお前の寿命は尽きたも同然だ。それを見苦しく長らえようとする位なら、素直に飼われていればよかったろうに、よりによって『虚無の境界』に与するなど…!」
吐き捨てる言葉には悪意しかない。
 思想や行動が絶対多数と同じでないというだけで忌まれるのは、種としての本能なのだろうか?
 ある意味理由のない拒絶は、その異なる部分をひた隠しにやり過ごすしか、耐えるしかない…けれども、人は執拗なまでにそれを暴き立てて踏みにじる。
「…んか、腹立った」
静かな感情は、身の内から深く…それは怒りと呼ぶにはあまりに哀しみに近かったが、胃の辺りに重いようなそれの所以を、隆之介自身でも正体の掴めない感情にそう表するしかなかった。
「今すぐこの場を去ればお前は見逃してやる!」
二つの銃口の内、一方はただ傷つける意を放つ目的で隆之介を標的に定めている。
 隆之介はけれど動じる事なく、その死の矛先を持つ手へ、サングラスに隠された目へと視線を移して静かに笑った。
「悪いけど聞けねぇ」
黒い硝子の向こうに隠された目を透かし見るように、真っ直ぐな瞳は月光を宿したような金に煌めく。
「んじゃ遠慮なく手伝って貰うぜ」
並び立ったピュン・フーがすいと手を翳した…無形の何かを握る形に五指の関節を折り曲げた爪が、不意に伸びた。
 厚みを増して、白みに金属質の光を帯びた鉱質の感触は十分な殺傷力を感じさせる。
 ピュン・フーは横目にチラリと反応を見るが、目を見張りはしたものの、軽く眉を上げる以上に動じた様子のない隆之介の様子に笑みを深めた。
 連続して吐き出された銃弾に、同時に地を蹴って二手に分かれた。
「隆之介は薬の方頼むな!車ん中にあっから!」
未だくすぶった煙を上げるベンツだが、男達はその車体を盾にこちらに発砲している為、近寄りがたく、ただ銃弾を避けるより他ない…が、その速さだけで既に人に有り得ぬ。
「近付けねぇだろ!」
隆之介もその身体能力を遺憾なく発揮するが、連携を取って打ち込まれる弾丸に一定の距離を保ったままである。
「任せとけ…いーモン見せてやる♪」
射竦める強さで、ピュン・フーの瞳が紅い。
 月明かりに出来たピュン・フーの影、その背がぎこちない動きで皮翼を形作り、薄い影の色を闇へと塗り替えた、瞬間。
 その影から、白い靄が吹き出した。
 ピュン・フーを取り巻いて広がる霧は、地からずるりと伸びる無数の手を、繋がる肩を、身体を、まるで地の底から湧き出すような人の姿の朧な輪郭を散らぬようその白さに止める。
「でかい事故でもあったかな?」
理不尽な運命に身を損なったままの姿で…実体を伴った死霊の群は、無言、無表情でゆらりと立ち上がる。
「怨霊化…!?」
男達の驚愕を余所に、己が周囲を生者に有り得ぬ肌のそれ等を眺め回すと、ピュン・フーは背に大きく生えた蝙蝠に似る皮翼を動かして小さく溜息をついた。
「……やっぱお前等、可愛くねェ…」
そういう問題ではない。
 長く伸びた爪の先端を、男達に向ける…それを合図に、己がとうに失った血肉と命とに飢えた死霊の群れは、示された先へずるりと動き出す。
「ピュン・フー…?」
隆之介は背筋から這い上がる悪寒に鳥肌を立てる…靄の冷たさだけでなく、眼前に顕れた生なき人の群れは傀儡の如き動きに息を詰める。
「怖いか?」
男達は向かってくる死霊に対するに必死で、こちらまで気が回らないのが幸いした。
 顔色を失っている彼に対してのピュン・フーの問いに細い息を吐き出すと、何かを振り払うように軽く頭を振り、隆之介は顔を上げた。
「薬がありゃいーだけなら…殺すなよ、絶対」
コートの背を突き破る皮翼、伸びた銀の爪…異形の姿を晒したピュン・フーはニヤ、と笑いで応じた。


 黒のアタッシュケースに並ぶ小さな筒状の注射器は、赤く透明な薬剤の色に紅玉を並べたようだ。
 薬さえ手に入れば用はない、と、とっとと逃走して場を移した二人は入り組んだ小路を抜け、高架の下に出た。
「お陰さんで寿命が延びた。こりゃ奢っただけじゃ足りねーな」
街灯の光の下で軽く口笛を吹くピュン・フーに、隆之介は「だから奢って貰ってねーって」とツッコみを入れるが、顔色は薄く覇気に欠ける。
「どした、隆之介…疲れたのか?」
気遣いを見せるピュン・フーを街灯にもたれ掛かったままで指で呼び、光に透かした瞳で見据える。
「あの幽霊ってなんだよ」
「あれ?」
ピュン・フーは破れたコートの背に腕を回した。
「『怨霊化』っつって、その辺の霊を呼び出すんだよ」
自分の胸を指し。
「ここに埋めた怨霊機ってヤツを使うんだけど、詳しい事はよくわかんねー…隆之介、ホントに大丈夫か?」
気遣う表情は心からのもので、隆之介は内に感じる齟齬が拭えない。
「『虚無の境界』って…何だよ?」
「テロリスト」
あっけらかんと即答したピュン・フーは、だが何も考えていないのかも知れない。
「さっきのヤツ等と同じ『IO2』ってトコで敵対してみてたんだけど思うトコあって転職したらこの薬、貰えなくなっちまって…」
立てた人差し指の爪が瞬時に伸びる。
「俺は『ジーン・キャリア』っつって、バケモンの遺伝子を後天的に組み込んでこういう真似が出来んだけど、定期的にこの薬がねーと吸血鬼遺伝子がおいたを始めるんで命がヤバいワケ」
また両極端な話である…理解より先に疲労を覚えた隆之介に、ピュン・フーはふと思い出した形で手を打った。
「そーいやー、隆之介、なんでまだ東京にいんだよ?運命にまだ出会えねーからって死にたくなった?」
もう一度姿を見せれば殺してやる…前回の別れ際に残した一方的な約束を忘れてはいなかったらしい。
「さっきの女の子紹介するって約束のが優先だろ」
憮然と隆之介は続け、一度きつく目を閉じた。
 内に何かが蠢く感じがする…望もうとしても掴めない、それが僅かに形を得たような。
「命の代償だし…安いもんだろ?」
焦れても仕方がない、と隆之介は己を鎮めていつもの調子で口元に笑みを浮かべた。
 赤く不吉な月の瞳を持つ、この青年は何かしらの変化を誘う者であるかも知れない…漠然とした予感に確証はない。
 けれども隆之介には内と外とで動き出した何かがある事を、疑いはしなかった。