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<PCシナリオノベル(シングル)>


希望(対抗手段)
●静かなコーヒーショップ
 近頃はコーヒーショップがとみに増えている。一昔前であればどこへ行っても同じチェーン店しか見かけなかった気もするが、ここ何年かで外資系のコーヒーショップチェーンが一気に街に増えていた。
 店の数が増えても客の数がそれに比例して増えるとは限らない。潜在的な客の掘り起こしは否定しないが、それでも一定数のパイを取り合っている……というのが普通の物の見方かもしれない。
 そんな中、旧来から存在していたとあるコーヒーショップチェーンの店舗の3階窓際のテーブルに、切れ長の目で中性的な容貌を持つ女性と、元気よさげで可愛らしい制服姿の少女が向かい合って座っていた。同じ階には他に数組の客が居た。
 少女は身振り手振りを交えて目の前の女性に話しているが、女性の方はどことなくぼんやりとした様子である。少女の話をきちんと聞いているのか、怪しい物だ。
「ねぇ、聞いてた?」
 その声ではっと我へと返り、シュライン・エマは慌てて目の前の少女にこう答えた。
「えっ? あ……もちろんじゃない。それで?」
 言ってから笑顔を付け加えるシュライン。まさしく取って付けた笑顔だったが、目の前の少女、瀬名雫はそれに気付くことなく先程からの自分の話を続けていった。
「でね、目覚めたらどこかの地下鉄のホームでねっ。んー……何だっけ。誰それを信じるなとかって、壁に書かれてたの」
 楽しそうにシュラインに話す雫。それは雫がこの間見たという夢の話だった。街中でシュラインと久し振りに顔を合わせた雫が、半ば強引にここへ連れてきたのだ。気が付けば奢らされるはめになっていたが、それはさておき。
 シュラインは雫の話に耳を傾けつつも、ぼんやりと窓の外を見下ろしていた。
(あと半日もない……か)
 窓の外を忙しく行き交う人々の姿を見て、シュラインはそう考えていた。そして頭の中にあの言葉がこだまする。
『我らは3日後の午前0時、浅草で作戦を実行する』
 先日の新宿にて――虚無の境界所属の男、ニーベル・スタンダルムに言われた言葉だ。そのニーベルが示した時刻まで……あと半日をとっくに切っていた。
 ニーベルの言葉は話すべき相手――草間や麗香等――には一通り伝えておいたが、ただそれだけだ。
(私に何が出来るのやら……)
 シュライン自身、色々と思う所はあるのだけれども、それゆえにちょっとした思考の迷宮へと入り込んでしまっていた。先程からずっとぼんやりとしていたのはそのせいでもある。到底会話を楽しむ気にはなれやしない。
「本当に大丈夫?」
 雫の声に、シュラインは視線を窓から戻した。見ると雫が心配そうな表情を浮かべて、こちらの顔を覗き込んでいた。
「さっきからぼんやりして変だよ? 熱でもあるの?」
 言うが早いか、雫はシュラインの額にさっと手を当ててきた。
(ああ……そういえば、雫ちゃんにはまだ話してなかったわね)
 自分を心配してくれている雫に対し、きちんと事情を説明すべきかもしれないとシュラインは思った。が、その時、何となく店内の様子が変わっていたことに気が付いた。いつのまにやら、自分たち以外の客が居なくなっていたのだ。
 いや違う。奥の方に少女が1人だけ残っていた。けれども客には見えない。何故ならその少女は、白いパジャマにスリッパ履き。まるでどこかの病院から抜け出してきたような、白い肌に長い黒髪の少女だったからだ。
 しかしシュラインにはその少女に見覚えがあった。以前、草間たちを『誰もいない街』より救出して脱出する際、一瞬だけ姿を見かけた少女と同じ姿だったのだ。
(あの時の?)
 シュラインがそっと視線を向けると、少女と目が合ってしまった。すると少女はすっと席を立ち、こちらへと向かってきた。自然と筋肉が緊張するのが自分でも分かる。
「お話が……あります」
 シュラインたちのテーブルにやってくると、少女は静かに一言だけそう言った。その手には小さな砂時計が握り締められている。
 果たしてこの少女、何者だというのか――。

●駆け引き
 シュラインは再び窓の外を見下ろした。そこでは先程までと何ら変わることなく、人々の行き交う姿を見ることが出来た。
 店内の様子から一瞬『誰もいない街』へ入り込んでしまったのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
「とりあえずどうぞ」
 小さく溜息を吐いてから、シュラインは少女に席を勧めた。すると反対側に座っていた雫が、シュラインの隣へと席を移ってきた。入れ替わりに少女が雫の先程まで居た席へ座る。ちょうど2対1で向かい合う形だ。
「……以前助けてくれたのはあなた?」
 シュラインはまっすぐに少女を見て尋ねた。怪訝な表情を浮かべる少女。
(違うのかしら。それとも隠してるだけ? あるいは二重人格……)
 ちらりと砂時計を見るシュライン。どうも気になってしまう。
(時間差で人格交代が起こるのかしら。それともこの空間が保てる時間か、作戦実行までの残り時間か)
 疑問は色々と浮かんでくるが、自分自身だけでは答えは出てこない。やはり目の前の少女に尋ねる必要があった。
「まあいいわ。ところで、何の話かしら」
 努めて冷静に少女に尋ねるシュライン。ひとまず少女の出方を見るつもりらしい。
「私は……影沼ヒミコといいます」
「影沼?」
 自己紹介を始める少女。それを聞いた隣の雫が、何故か首を傾げていた。何か思う所があるのだろうか。
「間もなく……作戦が行われるのは、あなたもご存知ですよね」
 静かに語る少女。今度は向こうがシュラインの出方を見る番だった。
「知ってるわ」
 シュラインは短くきっぱりと答えた。このような質問を投げかけてきたのだ。ニーベルたちの作戦について、少女が何かを知っているのはもう間違いないだろう。
「ただそれを確認しに来ただけかしら。それとも作戦を止める手立てか何かの話? もっとも、あなたが虚無の境界側じゃないのならだけど」
 今やそのテーブルはお茶を楽しむ場ではなく、駆け引きの場と化していた。
「ねえ、作戦って何? それに虚無の境界とか何とか……」
 小声で話しかけてくる雫。シュラインは目の前の少女にも聞こえるように、今までの経緯を雫に話した。小声で話してみた所で、恐らく少女は全て知っているのだろうから。
「そうですか、彼女に出会ってたんですね……」
 シュラインの話を聞いた少女は、そう言って黙り込んだ。
「彼女って……別人? あなたじゃないのね」
 シュラインが尋ねると、少女は小さく頷いた。
「その彼女にも関係することですが……お話を聞いてもらえますか」
「声をかけたってことは、私たちでも出来る方法があるの、ね?」
 そうシュラインが尋ね返すと、少女はまたもや小さく頷いた。
「なら聞かせて」
 すっかり冷たくなった珈琲を飲み干してから、シュラインは少女に言った。
(少しでもいい……切実に情報が欲しいんだから)

●今夜が山場
「用件は大きく2つあります」
 少女はそう前置きしてから話を続けた。
「1つ目は、虚無の境界の作戦を潰すため、浅草に来てほしいんです」
「潰すため……ね」
 確認するように少女の言葉を繰り返すシュライン。少女の様子をじっと見てはいるが、嘘を吐いているようには思えない。罠である可能性は極めて薄いと思われる。
「多ければ多いほどいいかもしれません」
「……分かったわ。声をかけるだけ、かけてはみるけれど」
 少女の言いたいことも分かる。何しろ相手は組織なのだ。数の上で多大な不安があるのだろう。件の廃屋でさえも、数人の人間が集まっていたのだから。これが作戦実行時となると、どれだけ人数が膨らんでいるか分かったものではない。
「それでもう1つは?」
「その浅草で……私そっくりな少女を探してほしいんです。彼女はきっと……いいえ、絶対にそこに居るはずですから」
 言い切る少女。確信があるのだろうか。
「血縁関係?」
 そっくりな容姿を持つということは、双子である可能性が高い。そうでなくとも、姉妹だとか血縁関係があるのが普通だろう。だからシュラインもそう尋ねたのだ。しかし少女はその質問にはっきりと答えず、変わりに次のような言葉を発した。
「……最後まで戦わないといけないんです。そのために彼女を……」
 少女の表情はとても固く、強い意志を感じられた。同時に、これ以上深く追求しても語ってはくれないだろうこともシュラインは感じていた。
「了解。何をする気かは今は聞かないけど……その様子からすると、何か手がある訳よね。手があるなら……やるわよ、私」
 この瞬間、シュラインは思考の迷宮より抜け出していた。自分が何をすべきか、答えの道筋がはっきりと見えたのだから。
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げる少女。
「それでは今夜……お願いします」
 少女はそう言って席を立とうとした。シュラインは慌てて少女に最後の質問を投げかけた。
「ちょっと待って。その砂時計……何なの?」
 最初から気になって仕方なかった砂時計について、シュラインはダメで元々の気持ちで質問してみた。
「……『誰もいない街』を封じるのに必要な物です」
 少女はそう静かに答えた。そしてそのまま階段の方へと消えてゆく。
「今夜が山場ってとこ、ね」
 少女が姿を消してから、シュラインがぽつりつぶやいた。恐らくは、今までより一層厳しい事態が待っていることだろう。けれどもシュラインは行かなくてはならなかった。
『それではシュライン嬢。願わくば3日後にお会いしよう』
 シュラインの頭に、自分自身の声で話しかけてきたニーベルの顔が浮かんだ。
(能力コピー……それを使いこなす経験すらも写し取る相手……)
 自分自身の能力は何ら人を傷付ける物ではない。しかしもし、そのような能力を持つ者がニーベルのそばへ居たのなら――。それを考えると、シュラインは背筋がぞくりとした。
(手強い相手だわ)
 と、シュラインがそんなことを思っていると、突然雫が素頓狂な声を上げた。
「思い出したぁ!」
 驚き雫の方を見るシュライン。
「あのね、さっき夢の話してたでしょう? そこで、『信じないように』って書かれてた名前を思い出したの!」
「何て名前なの?」
「今の娘と同じだよ! 『影沼』って書いてあったの!!」
 雫の言葉に、シュラインは眉をひそめた。夢の話とはいえ、どうにも気になる話。けれども少女が自分たちを罠にかけようとしている風には見えなかった。
 何にせよ今確実に言えることは、午前0時になれば浅草で作戦が実行されるということだけだ。
 誰を、どの情報を、どこまで信じて動くか。全ては自分自身の心次第であった――。

【了】