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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


手紙と猫と親子の絆
「…と、いう訳で喋る猫の正体は霊が猫に乗り移っていた、というのが我々の調査結果です」
草間武彦はソファに座る女性依頼者に調査結果を掻い摘んで言った。
「そうだったんですか。で、その乗り移っていた霊はどうなったんです?」
「成仏しました」
「そうですかぁ…」
どこか安堵したような残念そうな依頼者は、依頼料を払い帰って行った。
が、まだこの依頼は本当に終わってはいない。
「さて、タダ働きはさっさと片付けるか」
目の前の手紙に視線を落とし、草間は煙草に火をつけながら呟いた。
長い時により黄ばんだ白い封筒。
中身は山脇太一郎という死者からの息子、雄一郎への手紙。
喋る猫、というなんとも不可思議な依頼を受けた際にひょんな事から手紙を預かったのだ。
「山脇雄一郎38歳……小説家、脚本家。売り出し中って事で今大きな仕事を抱えてるようだが、どうやら問題があるようだ」
しばらく口を閉じ、草間はやれやれと溜息を吐いた。
「どうやら、俺の関わりたくない問題らしいがな」
本業の情報収集力を生かし集めた山脇雄一郎のデータを応接セットのテーブルの上に放る。
「言っとくが、この依頼はギャラは出ないからな」
少々投げやりとも取れる態度で草間はぷかりと灰白色の煙を天井に向かって吐き出した。

「お金の事は良いわよ。太一郎氏に会って、直接頼まれたのは私たちだもの」
そう言って、シュライン・エマは一銭にもならない依頼の情報を集めてくれた草間に微笑みを浮かべた。
「そうそう。だって気になりますもんね〜」
と、笹倉小暮は自分と同じくソファに座る真名神慶悟と、シュラインに言った。
「…まぁな。タダとはいえ、頼まれたからな」
そう言い苦笑した慶悟に草間も苦笑を浮かべた。
「山脇雄一郎氏……現在は都内のスタジオで舞台稽古の最中なのね」
データをめくりながら言ったシュラインに草間が頷く。
「公演は一ヵ月後。だが、今回の騒動で練習どころか役者の仲も上手く行ってない状態らしい」
「……まずはその怪現象がどんなものかが知りたいな」
慶悟の言葉に草間はにやり、と得意気な笑みを浮かべた。
「そう言うだろうと思ってな、知り合いに話はつけてある。スタジオで待ってるそうだ」
「…何から何までありがとう。武彦さん」
草間からデータ資料を手渡されたシュラインは、感謝の気持ちを素直に口にした。
そんな彼女に草間は軽く手を振る。
心なしか顔が赤いのは気のせい、という事にしておこう。
「じゃあ、さっそく行きましょ〜!」
その長い足を振り子のようにして立ち上がった小暮に頷き、シュライン、慶悟、小暮の三人は興信所を後にした。

「いよっ!来たな」
舞台稽古場として使われているスタジオの外から中を覗いていた三人を見つけ、青色の髪の女性が親しげに声をかけて来た。
「草間の旦那から話は聞いてるよ」
サイデル・ウェルヴァはすっと声のトーンを落とし、三人にだけ聞こえるように続ける。
「あたしの名前はサイデル・ウェルヴァ。こういう世界ってのは何かと煩いからね。あんたらとは知り合いって事になってるから、そこんとこよろしく頼むよ」
そう言い、ちらっと肩越しにスタジオ内へと視線を向けた。
今は休憩中らしく、各々が台本を読んだり、おしゃべりをしたり、飲み物を飲んだりと何気ない光景だったが、目に見えない緊張感のようなものがあった。
「ま、入りなよ。今、監督達に紹介してやるからさ」
そう言ったサイデルの後に続き、三人はスタジオの中へと足を踏み入れた。
「……行け」
小さな呟きと共に、慶悟は式神を放つ。
なんらかの怪現象の痕跡、あるいは原因を探る為である。
「何か言いました?」
「いや……」
振り返って尋ねて来た小暮に軽く首を振り、慶悟はサイデルの側へ歩を広げた。
「ところで、山脇雄一郎ってのは誰だ?」
「焦るなよ。今、紹介するさ……監督!」
サイデルが呼び掛けた先の折りたたみ式テーブルに座っていた三人が、こちらを見た。
サイデルは、その真ん中に座っているおかっぱ頭のボサボサな髪をした中年の男に、片手を上げた。
「話てた三人が来たよ。こっちから、小暮、慶悟、シュラインだ」
「初めまして」
会釈をしたシュラインに監督は小さな目をぱちくりさせ、ほぉ…と唸った。
脇にいる二人も同様、三人を見てへぇ、とかふ〜んとか言っている。
「なんだ?」
訝しげに眉を寄せる慶悟に小暮も首を傾げる。
「う〜ん……いいんじゃないか?うん。良いな」
しきりに頷く監督に、きっちりと整髪料で頭を固めた左隣の男が相槌を打つ。
「えぇ、これなら空いた穴もバッチリですよ!」
「あの……なんのお話ですか?」
話の見えないシュラインの問いに、監督はサイデルを見た。
「なに?言ってなかったの?」
「あ〜…そういえば言ってなかったかな?」
すっ呆けた様に言うサイデルに益々三人は首を傾げる。
「なんですか〜?サイデルさん」
「何、大したことじゃないよ。今、役者が足りなくてねぇ。あんたらにも出てもらおうって訳さ。幸いな事に監督の御眼鏡にはかなった様だし」
にやっと口角の端を上げて笑った顔はテレビで出てくる悪女そのもの。
「いや〜助かるよ!」
サイデルに便乗するように整髪料男が殊更大きな声で言った。
確かに、シュラインは切れ長で中性的な顔立ちだが、美人の類に入るし、またとても舞台栄えしそうでもある。
慶悟は慶悟でそのクールな顔立ち、印象は俳優としても申し分ない。
小暮は……まぁ、一般的な高校生だが、身長がある分これまた舞台向きかと言えよう。
「おいっ…聞いてないぞ!?」
「仕方ないだろ?言ってなかったんだから」
軽く肩を竦めて見せるサイデルに、三人は困惑気味に顔を見合わせた。
三人の目的は山脇雄一郎に父親からの手紙を渡し、遺言を伝える事。
演劇をする為に来たのではない。
監督は右隣の男に言った。
「脚本にあった欠けた役のイメージに、彼等は合うだろ?山脇君」
山脇と呼ばれた人物は、静かに頷いた。
「そうですね……彼女はそのままでも申し分ないですが、彼の方は髪の色をどうにかしてもらわないといけませんね」
と、慶悟を指しそう言った。
シュラインたちは山脇を見た。
細面のやや神経質そうな顔にフレームの無い眼鏡。
煉瓦色のニット帽を被った彼が、この舞台の脚本を手がけ、目的の人物山脇雄一郎だろう。
シュラインがサイデルを振り返ると、彼女は言わんとしている事が分かったのか、小さく頷いた。
「……あんまり似てないんですね〜。んーお母さん似なのかな?」
と、突然脈絡のない事を言い出す小暮。
だが、彼の頭の中には以前会った、山脇太一郎の姿が浮かんでいた。
そして、息子の雄一郎に会い、厳格な雰囲気の太一郎とはあまり似ていない事から出た言葉なのである。
だが、そんな小暮の頭の中を誰が見る事が出来ようか。
山脇は訝しげに小暮を見ていた。
「あの、山脇雄一郎さんですよね?私達はあなたにお会いしたくて来たんです」
シュラインが意を決したようにそう言うと、山脇は眼鏡の奥で目を瞬かせた。
「私に?」
「えぇ。実は……」
シュラインが本題を切り出そうとした時、慶悟の放った式神が戻って来た。
それと同時に、スタジオ内に悲鳴が上る。
「きゃああぁっ!!」
悲鳴のした先には、うずくまる一人の女性とズタズタに切り裂かれた台本の紙片が良く磨かれたフロアの上に散っていた。
「大丈夫ですか?!」
駆け寄った小暮が彼女にそう聞くが、女性は何かに怯えるように頭を抱え、しきりに首を振っていた。
「大丈夫?」
震える女性にシュラインが手を伸ばすと、弾かれたように今まで震えていた女性はシュラインの手を弾いた。
「もう嫌!なんでこんな目に遭わなきゃならないのよ?!嫌よ、イヤ!!イヤっ!!!」
そう叫ぶと、女性はスタジオを飛び出して行った。
「……ねぇ。なんで誰も追いかけないんですか?」
ぐるりを見渡し、小暮は問う。
そう。
女性が悲鳴を上げた時も、スタジオを飛び出す時も誰一人として彼女の側へと駆け寄る者はいなかった。
皆、なるべく関わらないように、自分とは関係ないように遠巻きに見ているだけだった。
「そりゃ、怖いからさ。自分にも呪いが降りかかるんじゃないか、ってね。そうだろ?」
そう言って、周りに首を巡らせたサイデルと目を合わせる者は誰もいない。
「それが人の業というものだ。……それより」
慶悟はシュライン、小暮、サイデルに目配せをし、自分の側へと寄せる。
「怪しい気を捉えた」
放った式神からの連絡により、慶悟は三人に怪しい気―今しがた起きた事件の原因かもしれないものがある場所へと導いた。
そこはロッカールームの片隅。
ひとつのロッカーの前だった。
「…ご苦労」
ロッカーの前で漂っている常人には見えない二体の式神にそう言い、慶悟は後ろの三人を振り返った。
「ここだ」
「ここは……山脇さんのロッカーだよ」
「本当に?」
シュラインの確認の言葉にサイデルは頷きで返す。
「ん〜とりあえず、開けて見ますか?」
小暮の問いかけに慶悟は頷きながら、懐から符を取り出した。
「もちろんだ。何が起こるか分からないぞ……気をつけろ」
互いに視線で頷き合うと、慶悟はロッカーに手をかけた。
「何をしているんですか?」
声に振り返れば、そこにいたのはロッカーの主―山脇雄一郎だった。
「突然、スタジオから出て行ったと思えば、こんな所に……」
「山脇さん……あの、ロッカーの中、見せてもらって良いですか?」
シュラインの突然の申し出に、山脇は訝しげに眉を寄せるも断りはしなかった。
「別に良いですが…何もありませんよ?」
そう言い、無造作に開けた山脇のロッカーの中は本当に綺麗なもので、あるものといえば、ナイロン製のバッグくらいなものだった。
だが、式神はそのバッグの中身に異質なものを捉えていた。
「……中、見るぞ」
今度は許可を受ける間もなく、慶悟はバッグの中身をひっくり返し始めた。
バッグの中身も少なく、タオルに清涼飲料水、食べかけの飴の袋。それから古い一冊の台本だけだった。
ふわり、と宙を浮く式神が台本の周りを飛ぶ。
「ちょっと、一体何なんだ?!あんたたち」
山脇の咎める声を聞き流し、慶悟は台本を手に取った。
「……これか」
「山脇さん。この台本、随分と古いようですけど、あなたの物ですか?」
シュラインの問いにしばし黙る山脇。
「いや……違う」
「えっと…これ、なんて読むんですかぁ?」
慶悟の手の中の掠れた台本の表紙を覗き込みながら、小暮は聞く。
「『虞美人草のこころ』…また、漱石ね」
「虞美人草…それってもしかして。山脇さん、例の台本かい?!」
驚きの声を上げ、振り返ったサイデルに山脇は諦めのような溜息を吐いた。
「何かあるんですか〜?」
「あるも大有りさっ!」
小暮の問いに、サイデルはやれやれと首を小さく振り、ロッカーへともたれた。
「もう二十年以上も前か……若く才能溢れる女優がいたのさ。彼女は演じるという才能だけでなく、脚本家としても一つの作品を残したんだ」
「……それが、その台本。『虞美人草のこころ』だよ」
サイデルの言葉を受け継ぎ、山脇が続ける。
「もちろん、その作品にも彼女は役者として舞台に立つ予定だった。……でも、彼女が舞台に立つ事はなかった」
「一体…どうしたんですか?」
ロッカールームに沈黙が流れ、足元を見つめたまま山脇はぽつりと言った。
「死んだよ。稽古中にね。伝え聞くところによれば、心臓が悪かったらしい。それでも、周りに隠して稽古を続けていたんだ」
「その女優の死後、代役を立てて稽古は続けられたらしいんだが、おかしなことも起こり始めたのさ」
「おかしな事?」
黙って聞いている慶悟の手元に視線を向け、サイデルは苦笑した。
「つまりは、怪現象って事か」
「ご名答。最初は嫌がらせのような程度だったんだがね、だんだん稽古が進むにつれ、エスカレート。終いには原因不明の昏睡者を出す結果に、この台本はお蔵入りって訳」
「でも、なんでその台本がここにあるんです〜?」
首を捻った小暮の疑問に、シュラインが推測を口にした。
「今回の舞台はこの台本のコピーだから。違いますか?」
「………その通りです」
「おいおい、マジかよ?冗談じゃないぜ、まったく」
山脇の頷きに大袈裟な仕草でそう言ったサイデルは、その赤の瞳で山脇を鋭く見た。
「呪いってのはデマじゃないって事か。なんでまた、こんな事をした?」
慶悟の少し強めの口調に、山脇は台本を見た。
「似ていたからさ。…彼女は女優になる為に勘当同然に家を飛び出し、東京へと出てきた。もし、この舞台が成功していれば、彼女は女優としてだけでなく、脚本家としても有名になってただろう」
また、足元へ視線を戻し、山脇は続ける。
「その台本は彼女が喧嘩別れした父に対する後悔と敬愛と畏怖の念を書き表したものなんだ。そして、いつか故郷に戻って仲直りしたいという彼女の気持ち」
山脇雄一郎と若くして死んだ女優。
女優の苦悩に同じく家を飛び出してきた山脇は共感したのだろう。
「でも、何故この台本を使おうと思ったのです?」
「……それが、彼女の供養にもなると思ったからね」
そう言って苦笑した山脇に小暮が呟いた。
「お父さんの事、好きだったんですね〜」
「山脇さん。実は、私達あなたに渡して欲しいと頼まれた物があるんです」
そう言って、シュラインはショルダーバッグから薄黄色く変色した封筒を取り出し、手渡した。
「……お父さんの山脇太一郎さんからです」
その言葉にはっとして、雄一郎は手紙を取り出した。
熱心に視線を走らせ、何度も何度も手紙を読み返しているようだった。
そして、しばらくの後、山脇はゆっくり指で目頭を押さえ、ゆっくりと熱い息を吐き出した。
「お父さんは貴方の事、ずっと待ってましたよ〜」
相変わらず、のんびりとした口調だが、何かを噛締める様に小暮は言った。
そして、静かにシュラインが家の事を伝えた。
「そうですか……あの裏屋を…有難う御座います。これで、決心しました。舞台は成功させます」
決意を秘めた表情で言った山脇にサイデルが待ったをかける。
「まだそんな事を言ってるのかい?!この舞台はもう終わり。こんだけ変な事が続いてるんだ、無理だよ」
「それでもやります。言ったでしょう?偉大な幻の脚本家の供養と…それと、俺の踏ん切りの為ですから」
そう言って、山脇は慶悟から台本を受け取ると、軽く一礼をしてロッカールームから出て行った。
後に残った四人の間を式神がふわりと飛ぶ。
「……聞いていただろう?姿を見せろ」
姿無き者への慶悟の問いかけに、一人の儚げでそして美しい女性の姿が現れた。
「彼の気持ち、あなたは分かるでしょう?」
シュラインの言葉に元女優の霊は静かに頷く。
「だったら、今度は静かに見ていてくれないかい?」
サイデルの言葉に彼女は淋しげに俯いたまま答えない。
「だったらさ〜この舞台の守護霊になったらどうかなぁ?」
小暮の提案に慶悟は笑みを漏らす。
「守護霊とは考えたな。ある意味舞台の総監督ってとこだが、どうだ?」
彼女はしばらく四人の顔を見ていたが、小さく楽しげな笑みを浮かべると、静かに消えていった。
「これで、一件落着ってところかしら?」
「いいや。まだだね」
シュラインの言葉にサイデルが意地悪い笑みを浮かべながら言う。
「あんたたちはこの舞台の『足りない貴重な人員』なんだからね。さっ!稽古が始まるよ!!」
そう言って歩き出したサイデルに三人は顔を見合わせ、小さく笑った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家
                  +時々草間興信所でバイト】
【0990/笹倉小暮/男/17歳/高校生】
【0389/真名神慶悟/男/20歳/陰陽師】
【0024/サイデル・ウェルヴァ/女/24歳/女優】

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■         ライター通信          ■
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サイデル様、初めまして。
へたれライターの壬生ナギサと申します。
シュライン様、小暮様、慶悟様は前回に引き続きの参加有難う御座います。
今回のお話、如何でしたでしょうか?
女優という職業を持つ、サイデル様参加のお陰でスムーズに舞台現場へと入る事が出来ました。
私としては、この後の女優・シュライン。男優・慶悟&小暮を見たいところですが……(笑)
無事、怪現象解決そして手紙も渡す事が出来、良かったと思います。

では、次回もご都合が宜しければご参加して下さいませ。