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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


星と闇と口裂け女の夜

■オープニング
 錦糸町。
 東京にある華やかな繁華街の一つである。
 この街に最近、「口裂け女」が出るという噂があるという。
 
「どう?」
 魅惑的な意思の強い瞳に、至近距離で見つめられ、三下はごくりと喉を鳴らす。
「…ど、どうって…取材してこいってことじゃ…」
「そうよ?」
 碇麗香は、ふぅと溜息をつく。
 
 錦糸町で最近起こっている殺人事件。
 喉をかききられたり、心臓を刺されたり、それは「鎌のような刃物によって切りつけられた死者」だった。
 そして犯人は黒いドレスを着た長い髪の女であるという。

「錦糸町には、錦糸公園という広い公園があるの。そこでの目撃情報が多いみたいね、そして死体もそこで二体発見されているわ」
「確か、錦糸町の口裂け女は外国人という話を聞いたような、三下さん英語は大丈夫?」
 近くのデスクの記者が軽口を叩くように口を出してきた。
 三下はぶんぶんと首を横に振る。
「大丈夫よ。たどたどしい日本語を話すって話もあるから。「シャチョサン…ワタシキレイ?」というそうよ」
 麗香が微笑む。
「危険が伴うからくれぐれも気をつけて行くのよ…」
「いつになく…優しげな碇編集長も怖いです〜〜〜〜」
「あん? 何か言った?」
 ぎろりと見下ろされ、「うきゃぁ」と騒ぎながらも、ちょっぴりほっとする三下だった。

■錦糸町の裏の顔
「すみません、ちょっとお話を聞かせていただけませんでしょうか?」
 シュライン・エマは錦糸町の通りを行く外国人女性に、声をかけていた。長い黒髪を一つに束ねた、端正な顔立ちの美しい女性である。その響きよい声に呼び止められ、立ち止まってくれる女性も少なくはなかった。
 けれど、
「錦糸公園に出る口裂け女のことを調べておりまして・・・・」
 と内容を口に漏らすと、途端に、いそいそと逃げてしまうのである。
「どうしてかしら・・・・」
 シュラインは大きく息をついた。
 皆、知らない、というよりは、その話には関わりたくないという態度なのがさらに気にかかる。
「ん?」
 ふと背後に視線を感じ、シュラインは振り返った。古いビルの間の小道に、背広を着た男性がさっと身を潜める。
 ・・・・見られてた?
 パンチパーマにサングラスの男性だった。明らかに一般人ではない。
 錦糸町は組関係でも、実は有名な場所だ。そういう男性と道ですれ違うことも珍しくない。
 けれど、道に潜んだ男性が、そこから動く気配がないところから見ても、シュラインを監視していたに違いない。
「・・・・何なのかしら」
 シュラインは不安を覚えた。
 国道を渡り、反対側の歩道に行き、再び、道行く人に声をかけ始める。
 監視がばれたことに気づいたのか、先ほどの男性は後をつけてくることはなかった。だが、他にも視線があるような気がして、気になって仕方がない。
「あんた、ちょっと」
 小声で誰かが彼女に向かって叫ぶのが聞こえた。
 シュラインが振り返ると、近くの路地から、赤いどてらを羽織った中年の女性が手招きをしている。
「・・・・こっちおいで、早くっ」
 女性はまるで叱るかのように、シュラインを手招きした。
 時間は正午過ぎだったが、先ほど起きたかのように、彼女の髪には寝癖がつき、化粧もしていない。とてもやせていて小柄で、しかし指には大きなエメラルドをつけていた。
 この女性も夜の世界に生きる者なのだろうか、とシュラインは、彼女の後ろについて行きながら思った。
 彼女は近くのアパートの二階にシュラインを案内した。
「あんなところで、大きな声で事件のこと調べるなんて言っちゃダメだよ。・・・・さあ入って」
「・・・・は、はい」
 知らない人物の家に上がりこむのはどうかと思ったが、シュラインは言われるとおりにした。
 シュラインが上がりこむと、女性は辺りの外を見回した後、ドアを閉めて、窓にかかっていたカーテンを閉めた。彼女の部屋はまだ布団が敷かれていて、化粧台の前にはたくさんの化粧品がところ狭しと並べられている。
 水商売の女性らしい、地味だが、派手な生活の裏側を覗いたような気がして、シュラインは緊張した。
「・・・・なんで、口裂け女のこと調べたいと思ってるんだい」
 シュラインをこたつに座らせると、女性は茶を入れてきて、彼女に出した。
「雑誌のお仕事なんです」
 シュラインは答え、そして恐る恐る尋ねた。
「あなたはどなたですか?」
「・・・・あ、ああ、そういえば名乗ってなかったね。わたしは、沈 春子。在日中国人」
 春子は苦笑するように笑った。
「・・・・雑誌か。・・・・どんな雑誌?」
「えーと・・・・オカルト雑誌です。あまりご存知ではないかも・・・・」
 シュラインも苦笑してみせる。春子はそうかい、と答え、それから溜息をついた。
「あの事件、あまり表だっては報道されないだろう? あれはね、殺された連中がみんなヤクザだからなんだよ」
「ヤクザって・・・・」
「この辺りに事務所のある組の連中がほとんどさ。だから、連中も町ではぴりぴりしてるんだ。あんなところで大きな声で聞いてまわったりしたら、危険だよ」
「・・・・そうだったのですか」
 シュラインは納得して頷いた。
「犯人は外国人の女性と言われてますけど・・・・」
「幽霊にしても、生きてるにしても、奴等には思い当たることが多すぎちゃうんだろうね。この錦糸町で一年間で何人外国人が行方不明になってると思うんだい」
「・・・・どのくらいですか?」
「たくさん」
 春子は笑った。
 そして真面目な表情で呟いた。
「こんな唄、知ってるかい?」
「唄?」
 聞き返すと同時に、女性は小さく中国語で歌を歌い始めた。

 『金春海という少女を知ってるか。
  遠い海を船に潜んでやってきた。
  とても美人で明るい娘。
  王芙蓉という少女を知ってるか。
  夜の街で体を売って
  稼いだお金はみんな郷土にやっていた。

 あの二人はどこへ消えた。
 今は海の底で静かに眠る。
 あの気の毒な少女達を
 どうか忘れないでおくれ』

「この街であいつらを恨むものは多いってわけだよ。口裂け女が外国人だって言い始めたのも、本当かどうかとはわからないが、彼らを殺すほど憎んでいる、生きてる人間も死んでる人間も多いんだ」
 春子はそう言って、とても悲しそうに微笑んだ。

■夜の錦糸公園
 真名神・慶悟(まながみ・けいご)は、錦糸町の駅から歩いて十五分程の大きな公園の中を歩いていた。
 季節は秋を越えて、もう冬の気配だ。ジャケットの上からコートを着込み、慶悟はふわりと立ち煙草をふかす。金色に染めた髪、片耳のピアスは、季節を越えてもいつも通り。
 口裂け女の目撃例の多い公園である。
 錦糸町の駅の周りは華やかだが、錦糸公園は静かな住宅街の中にある。人通りもあまりない公園は、まだそれほど遅い時間ではなかったが、とても静まりかえっていた。
 もしかすると、口裂け女の噂で誰も立ち寄らないのかもしれない。
「静かだな・・・・」
 錦糸公園の中央にあるベンチに腰掛けていた青年が、公園を散策してそこに辿りついた慶悟に話しかける。
「そうだな」
 慶悟は苦笑のような微笑をみせる。
 チェロケースを隣に置き、ヘッドホンで音楽を聴きながら、うつむき加減のまま青年は、口元を微笑ませていた。
 城之宮・寿(しろのみや・ひさし)。金色の髪に深い青色の瞳。黙って腰掛けていると、まるで彫像のように美しい青年だ。
 今日は珍しく何やら機嫌が良さそうに見える。慶悟は心で思った。
 まさか彼が、物騒事に呼ばれたことが嬉しくて、機嫌が良いとまでは気づかなかったが。 
「今夜は出るかな・・・・」
 慶悟は公園の周囲を見回しながらぽつりと呟いた。
 くわえ煙草から、街灯に照らされた白い煙が、闇にゆっくりと流れていく。
 夜の公園はぞっとするほど静かだった。
「出るさ…」
 ベンチで組んだ足を解きながら、寿がくすりと微笑む。
「来てもらわなきゃ困る」
 寿は、この事件現場に来る前のことを思い出した。
 碇麗香の怒ったような、心配しているような微妙な表情。
『あの三下を行かせるのよ。必ずちゃんと世話を見てね。何かあったら困るから』
 長い人差し指をたて、端正な表情を歪めて、彼女は念を押しながら寿に言った。
『頼んだわよ』
「・・・・三下も、シュラインも遅いな」
 白い息を吐きながら、慶悟が腕時計を覗いた。
「そうだな・・・・」
 寿はベンチに深くもたれながら、空を見上げて呟く。
 都会の夜は、黒板の色。チョークでかすれた使いふるしの黒板のような色だ。
 それでも、星は光っている。力強い輝きは、地上のネオンでも消せやしない。
 オリオンの三ツ星を眺めながら、寿は小さく微笑んだ。

 悲鳴が遠くに響いた。
 男性のものだ。
 咄嗟に慶悟が走り出す。
 寿は身を起こし、隣のチェロケースに目を移した。
 
■口裂け女出現
 叫び声は公園の西側の芝生からだった。
 青空のような明るいシャツを着た男が、地面に膝をつき、崩れている。立派な体躯の男である。その男の前には鮮やかな赤いドレスを着た女が、俯きながら立っていた。
 その手には鎌が握られている。その長い鎌の先からは赤い血がぽつりぽつりと滴り落ちているのが見えた。
「・・・・大丈夫かっ」
 慶悟は男に駆け寄った。
 背中に手を伸ばすと、男は大きく呻きながら、そのまま地面に仰向けに倒れる。切り裂かれたシャツは赤く染まり、傷はかなり深く刻まれている。
「・・・・救急車・・・・」
 慶悟は舌打ちして、携帯電話をコートのポケットから取り出そうと右手を突っ込んだ。
 その目の前に、血の滴る鎌の先が伸びてくる。
「・・・・!」
 慶悟は男を支えたまま、女を見上げた。
 長い髪の女は、大きなマスクをつけていた。顔の半分を覆うマスクの上には、淀んだ瞳がじっとこちらを見据えている。
「何でこんなことをする・・・・」
 慶悟は男の両脇に腕を入れた。
 女は黙って見据えている。
 その鎌の切っ先が、彼の鼻先を掠め、宙に舞い上がった。そして、再び空を切って降りてくる。
 ・・・・・・今だっ。
 慶悟は男を引きずるようにして、一気に後退した。鎌で慶悟を傷つけようとしていた女は、一瞬出遅れた後に、猛スピードで追いかけてくる。
「うぉっ・・・っっ」
 慶悟は必死で走った。 
 しかし、重い男を抱え、逃げ切れるものではない。再び長い柄の先の鎌の刃が、彼の体を横殴りに襲ってくる。
 そして、慶悟の体を真っ二つに・・・・・・。

 ひらりと、人の形をした紙が宙に舞った。

『・・・・!?』 
 女は立ち止まり、宙を舞う紙片を見守った。
 その頃、公園の林の中で、慶悟は大きく息をついて、抱えてる男を地面に下ろした。
 形代が役に立った。そういうこともあろうかと、自分のための形代を忍ばせてきたのである。

 芝生の下で、地面に舞い降りた二つに切れた紙片を、じっと見つめていた女は、やがて近づいてくる人影に気がついた。
 それは、金髪の背の高い若者と、長い黒髪を後ろで一つにくくった女性。・・・寿とシュライン,それに三下だ。
 寿は肩にライフルを抱えて、憮然とした表情で彼女に向かって歩いてきた。ベンチでチェロケースに入れたライフルを、のんびりと組み立てているときに、到着したシュラインと合流してきたのだ。
 ライフルを左腕に抱え、右手はこめかみに当てられていた。ひどい頭痛が彼を襲っていた。
 「悪意ある何か」の存在が彼に頭痛を引き起こす。この女が、頭痛の原因なんだろうか。
「Hi」
 寿は女性の数メートル前に立つと、手の平を持ち上げた。
「Do you speak English?」
 なるべくゆっくりと英語で寿は語りかけてみた。女性は首を横に振る。
「ダメみたいだな」
 寿は肩をすくめた。だが、こちらの話は聞こえているということだ。
 シュラインが代わりに前に出て尋ねてみる。
「Pilipino ka ba?」
「・・・・」
 女性はきょとんとしたが、首を横に振った。
「・・・フィリ・・ピーノ・・・違う・・・。我是中国人(うぉんしーちゃうごれん)」
「中国人ね」
「・・・ちゅ、チュウゴクジン・・・と・・・」
 三下が二人の後ろに小さくなりながら、メモ帳に書き込んだ。
 シュラインは続けて、中国語で話しかけた。
『どうしてあなたはここにいるの? 何のためにこんなことを?』
「・・・」
 再び女は黙ってしまう。
 そしてぽつりと呟いた。
「・・・ワタシ・・・キレイ?」
 呟きながら、寿とシュラインの方をとても悲しそうなまなざしで見つめた。
「なんだよ」
 寿は苦笑する。シュラインはぎゅっと拳を握り、彼女を見つめた。
 口裂け女はその答え方で運命が決まるという。綺麗といえば助かる、綺麗じゃないといえば殺される。しかし、綺麗といってもやっぱり殺されるという話も多い。
「ワタシ・・・キレイ・・・デスカ?」
『どうして、そんなこと聞くの?』
 シュラインは中国語で問い返す。
 女はシュラインを見つめ返した。暗く淀んだ瞳から、ぽつりと涙が落ちる。女は、ゆっくりとした動作で自らの顔を覆うマスクに手をかけた。そして、女はマスクを外した。
「!!!」
 そこにあった表情を見て、三人は息を飲んだ。
 マスクの下にあったのは、裂けた口ではなく、赤黒くはれあがった、ひどい暴力を受けた後の顔だった。
 鼻は折れ、歯も欠けて落ち、両頬は青いあざと赤いこぶとで、直視するのもひどい有様の顔立ち・・・。
「!!」
 叫びだしそうな気持ちをこらえて、三人はごくりと唾を飲んだ。三下は既に気絶寸前といった感じで、前にいる寿の袖を握りしめている。
「・・・ワタシ・・・キレイデスカ・・・キレイ・・・・ミンナ、クニヲデルトキハ、キレイ、キレイトイッテクレタデス」
 痛々しい表情を晒しながら、女はこぼした。

 彼女の心が流れてくるように、三人の頭に映像が広がっていく。
 それは口裂け女の、故郷の風景だった。
 村で一番の美人で、幼いときからみんなに可愛がられていた少女は、ダンスと音楽の難しい試験を通った。その試験に通ると、日本に行き、働くことができるのだ。
 夢にまでみた東洋の豊かな国、日本。そこに行く少女は皆、たくさんのお金を得て戻り、家族を幸せにする。
 日本に経つ前の晩、親戚中の人が彼女の家を訪れ、おめでとう、と口々にいい、土産を渡してくれた。
 彼女は一家の誇りであり、その村の誇りでもあると、村長までがやってきて、頭を撫でて頬にキスをしてくれた。全てが希望に満ちて輝いていた。

 彼女が騙されたと知ったのは、日本に着いてすぐのことだった。
 どこからが仕組まれた罠だったのかすらわからない。パスポートを取られ、男客の夜の相手をすることを強要された。
 それでも賃金はもらえたから、実家への送金は出来た。お金が届けば、田舎の家族は喜ぶだろう。悲しませたくなかった。だから頑張った。
 けれど、彼女を雇った男たちはどこまでも横暴だった。彼女や仲間達が言うことを聞かなければ、徹底的に殴ったり蹴ったりした。
 あるとき、彼女の友人が病気になった。熱を出して、咳をしてとても苦しそうだった。彼女はその子を今日は休ませてあげて欲しい、と男に頼んだ。
 拒否する男に、彼女は簡単にはその日は引き下がらなかった。これ以上働かされれば、友人はきっと死んでしまうと思ったからだ。
 だが、死んだのは彼女のほうだった。
 殴られ、蹴られ、おもちゃのように彼女は壊れた。そして海に棄てられた。

「ワタシノカラダ・・・ドコニアリマスカ?・・・・カエリタイ・・・カエリタイ・・・・」
 赤黒く晴れ上がった顔に、次々と涙がこぼれた。彼女の呟きは痛々しく、彼らの胸に届く。
「・・・・」
「・・・帰れるわ・・・・。あなたの故郷へ」
 シュラインは彼女を見つめ返した。
「尊敬するわ。・・・・家族のために、こんな遠い国まで来て働いて・・・・。頭が下がる思い・・・・本当よ」
「・・・・」
「目を閉じて・・・」 
 シュラインは歌うような優しい声で、彼女に告げた。
「・・・カエレル・・・ノ?」
 彼女は答えた。
 そして、瞼を閉じて、両手を組む。そして宙を仰ぎ、息をついた。
「アア・・・ワタシノクニガ・・・ミエマス・・・」

 冷たい風が一つ過ぎていく。
 彼女は、風に流れるようにかき消えた。

「・・・終わったのか?」
 寿はシュラインに尋ねた。片手は右の額を押さえている。
 頭痛はまだ治まっていない。 
「も、もう、き、、きえちゃったし、・・・だ、だ、だいじょうぶなのでは?」
 震え声の三下が、寿の袖にいまだ捕まりながら、希望のように答えた。
 ふと、救急車の音が近づいてくるのに、彼らは気づいた。先ほどの怪我人を迎えに来たのだろう。そしてその方向から、慶悟が三人に向かって、駆けてくるのがわかった。
「・・・」
 しかし、その慶悟の表情はどこか険しかった。
 駆け出しながら、そして叫んでいる。
「後ろを見ろっっ」
「えっ」
 三人は怪訝に思いながら、振り返り、思わず「あっ」と声を張り上げた。
 そこには、先ほどの口裂け女が、横一列に並び、こちらに向かってぞろぞろと歩いてくるのがわかった。
「な・・・なんだっ?」
 寿はずきずきと痛む頭を押さえ、呆れたような声を出す。
 赤いドレスを纏い、顔の半分以上を覆うマスクを被り、長い鎌を構えた長い髪の女たちは、皆揃って同じ格好でどんどん近づいてくる。
 しかも近づくに連れて、どんどんその数が増してきているように思えるのは、気のせいだろうか。
 十人、三十人、五十人、百人・・・もっといるかもしれない・・・・。
「う・・うわあぁぁっっ」
 恐怖に耐えかねたのか、三下が直立不動のまま、倒れ伏す。
 三人の下にたどり着いた慶悟は、懐から符を取り出し、なぎ払うようにその列に向かって投げつけた。
 業火が彼女達を襲う。
「・・・これは思念だっ。この町で無念の思いをして、死んだ女達の心。・・・・浄化する以外に無いっ」
「暴れていいんだな・・・」
 寿は唇の端に、小さく笑みを浮かべた。
 炎に煽られ、女たちは大きな悲鳴を上げる。しかし、反対に鎌をふり上げて、一気に距離を縮めて駆け出してきた。
「任せろぉぉっ」
 寿は叫び、彼の銀の弾丸を込めたライフルで、口裂け女の列に向かってぶっ放す。
 猛烈な響きと共に、弾丸で貫かれた女の姿は、瞬時に消えた。炎に煽られているのも合わせて、どんどん姿を減らしていく。
 しかし、それでもさらに次々に口裂け女は現れていく。 現れていく先から、次々と消していく。
 終わりがないのではないかと思えるくらいに、その戦いは長くかかったのである。

「・・・これは、高くつくぜ」
 息を切らしながら、寿は呟いた。
 背後で、全くだ、と慶悟も頷く。 
 その戦いは実際に、夜明け近くまでかかったのである。

■エピローグ
「まあ、いい記事ね。ほろりときちゃうわ」
 麗香は三下の提出した記事を見て、目元を拭う仕草をした。
「錦糸町で、厳しい環境で働く女性たちの無念の思いが、都市の妖怪と化したのね。おまけに、最近、錦糸町で行方不明になっている外国人女性の情報写真つき・・・。丁寧だわ〜」
 そう呟き、麗香は大きな溜息をついた。
「でも」
「・・・でも?」
 三下はドキドキしながら、麗香を見上げる。
「・・・なんというか、うちオカルト雑誌なのよね。・・・怖くないわ、この書き方だと」
「・・・で、で、でもですね〜・・・」
「書き直し♪」
 有無を言わさずに、唇の端をにいっとゆがめる麗香。
 三下はぱくぱくと口を開き、それから小さく呟いた。
「口裂け女より、よほど・・編集長のほうが・・・怖いような・・・・」
「あん? 何かいった?」
「い、いえ、なんでもないです!!! 書き直してきまーすっっっ」
 三下は大きな声で返事を返すと、まわれ右で自分のデスクへと逃げ帰った。

                                終わり
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ 女性 26 幽霊作家&ゴーストライター+草間興信所でバイト
0389 真名神・慶悟 男性 20 陰陽師
0763 城之宮・寿 男性 21 スナイパー
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■         ライター通信          ■
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 お待たせいたしました。
 「星と闇と口裂け女の夜」をお届けします。
 なんだか色々な意味で危険なお話になってしまいました。うーん、大丈夫かな?
 鈴猫は昔、錦糸町の隣の亀戸という町に長いこと住んでおりまして、お話に出てくる錦糸公園には毎日出かけて、ウォーキングを楽しんでいたりしたので、ちょっぴり懐かしみながら書いてたりしました。
あの頃には大江戸線は開通してなかったので、今の錦糸町駅はどんな感じに変わってるのでしょうね。
 お話の中に出てくる歌がありますが、その頃、そのようなニュアンスの歌を雑誌か何かで目にしたことがありまして、もちろん出てくる人名等は全て架空であります。
 
 すっかり冬の気候になってしまいましたね。
 鈴猫ももはやどてら&こたつ猫と化している毎日です。皆様お風邪など召されぬよう、ご健康には留意してくださいね。
 それではまた別の依頼でお会いしましょう。ありがとうございました。
                             鈴猫 拝