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<PCシナリオノベル(シングル)>


裏路地にて
◆噂
「どこ行っちまったんだ・・・あいつら・・・」

数日前から行方不明になっている弟たちを探して、御崎 月斗は街を彷徨っていた。
心当たりはこの数日で捜しつくし、手がかりとなる情報は途絶えたかのように思えた。
そんな時、人の噂に月斗の弟を見かけたという噂を聞いた。

噂でもいい。とにかく手がかりが欲しい。

月斗は迷わずその噂があった街へと足を運んだ。
そこは異世界を思わせるような、奇妙な雰囲気に満ちた街だった。
道を歩いていてもすれ違う人影はないのに、其処彼処に人の気配を感じる。
物陰からじっとこちらを見られているような・・・そんな奇妙な気配が溢れている。

『お前の弟を、・・・の裏路地で見かけたぜ。』

そう言われた裏路地が近づいてくる。
奇妙な気配は更に濃厚になり、月斗は無意識に何度も背後を振り返る。
透明人間につけ回されているような・・・そんな気持ちが拭えない。
(このところ、弟のことで歩き回っているから・・・疲れているのかもしれないな。)
そんなことを考えながら道を歩いていると、目的の裏路地へと続く入り口に到着した。

◆暗
建物と建物の間に出来た細い隙間のような路地を覗き込むと、奥は光も届かないのか暗闇にに霞みはっきりと様子を見ることが出来ない。
「・・・んっ!なんだ、この臭い!」
一歩、暗がりの中へと踏み込むと、生臭い・・・なにか腐ったような嫌な臭いが鼻をついた。
ゴミの散らばった足元はジクジクと湿気り、不衛生極まりない。
「こんな所にいるのか・・・?」
疑問が思わず口からこぼれた時、暗がりの奥に人影があることに気がついた。
その人影はじっと月斗の様子を見ているようだ。

「弟を探してるのか?」

人影が不意に口を開いた。
月斗は男の言葉に緊張を走らせる。
月斗がまだ何も言わぬうちから、弟を探していることを言い当てたのだ。
男・・・長石 権兵衛は手に大ぶりな肉切り包丁を持ったまま、月斗に向かって更に声をかける。その包丁には赤いモノがこびりついているのが微かに見て取れた。
「行方が知りたいなら・・・ついて来い。」
月斗は迷う。
弟の情報は喉から手が出るほど欲しい。
だが、この男に素直に従って良いものか?
あまりにも様子が怪しい・・・。
しかし、この男以外に情報も尽きてしまっている。
月斗は躊躇いを振り払って、長石の言葉にうなずいた。
「・・・弟のところに連れて行ってくれ・・・頼む。」
頼む。
月斗のその言葉に長石はニッと笑うと、付いて来るようにと手で招いてから路地の奥へと踵を返した。

◆迷
路地は迷路のようだった。
建物の間を縫うように続く道は、幾つにも分かれ広がっている。
そんな迷路のような道を、長石は迷わず進んでゆく。
背中には大きな箱を背負い、手には血のこびりついた肉きり包丁という出で立ちで、慣れた道を歩くように進んでゆくのだ。
「弟はこの先にいるのか?」
月斗は無言に耐えきれず、長石に声をかけた。
息をするのも苦しいくらい生臭い臭いと濃厚な空気に満ちた場所で、じっと黙っているのは思った以上の苦痛だった。
「俺を疑うのか?」
長石は振り返りも、足を止めもせず、言葉少なに返した。
「そうじゃない。・・・心配なんだ。俺の大事な家族なんだ。」
「・・・そうか。」
会話らしい会話は成立しない。
ぽつりぽつりと言葉を交わしては、また沈黙があたりを支配する。
湿気った地面を踏みしめる音だけが、妙に大きく聞こえる。
暗がりに、長石の背中だけがはっきりと見える。
こんな不安定な中をどこへ行くというのか。
奇妙な雰囲気の満ちた中を歩いていると、なんだか色々と麻痺して来るような気がした。
嗅覚や視覚だけでなく、心の中まで嫌な気配が入り込んで来るようだ。
「俺は、弟たちさえ無事なら、それで良いんだ・・・」
月斗の口から自然と言葉がこぼれた。
それは月斗の本心だった。今までも・・・これから先もそうだ。
「弟たちさえ無事なら・・・俺はどうなっても構わない・・・」
「・・・」
長石はその言葉に返事を返す事はしなかったが、月斗に背を向けたままにやりと笑った。
月斗はその笑みを見ることも無く、その笑みの意味は解らないままとなった。

◆選
「この先に、奴がいる。」
不意に足を止めると、長石が言った。
「奴?」
月斗は問う。
路地はまだ続いている。
しかし、今までのような曲がりくねり入り組んでいるのではなく、通路は真っ直ぐに伸びて、その行き先は闇に覆われ見えない。
生臭い、腐臭めいた臭いが益々強くなったような気がする。
「奴だ。お前の弟も奴のところにいるだろう。」
長石は奥を見据えたまま言った。
月斗には見えていないものが、長石には何か見えているのだろうか?
「この奥へ行けば良いんだな。案内ありがとうよ!」
そう言うと、月斗は通路の奥へと一歩踏み出そうとした。

「待て。」

横を通り過ぎようとした月斗は、長石に呼び止められた。
呼び止められ、振り向いた月斗はその時初めて長石の顔を見た。
顔を覆うような髪の隙間から、奇妙な笑みを浮かべた目が覗いている。
「坊主一人じゃ無理だ。どうしようもない時は助けを呼べ。」
坊主・・・子ども扱いされたことで、月斗はむっとする。
家族を支えるために修羅場をくぐり生きてきた月斗には、それなりの自負があった。
「俺一人でも大丈夫だ。弟たちを救うのは俺だっ!」
月斗は長石の手を振り切るようにして、通路の奥へと飛び込む。
「まだまだ若いなぁ・・・」
そんな月斗を眺めて、長石はそう呟いた。

◆腐
通路を奥へ進めば進むほど、腐肉の臭いは濃くなってくる。
足元は湿気だけではなく、壁沿いから滴った汚水が溜まり、足を進めるたびにビチャビチャと嫌な音を立てる。

「・・・いる!」
まだ通路の奥は見えてこなかったが、月斗は足を止めた。
腐臭に混じり臭う血の臭いと、生き物ならざるものの動く気配。
ズル・・・ズルル・・・と何か重たく湿ったものを引きずるような音。
月斗は咄嗟に懐から符を取り出す。
どう考えても、味方である可能性がある気配ではない。
禍々しい・・・この世界とは反する世界の生物。
攻撃を躊躇いはしない。非情である事は生き抜くための重要な手段だ。
じっと暗闇の奥を見据えると、その暗闇の中に、更に濃い影が蠢いているのが感じられる。
「・・・でかいな・・・」
舌打ちするように呟く。
大きい。
通路の幅一杯に存在し、尚且つその大きさは上までずっと続いている。
そして、もぞもぞと緩慢的に動いていた影は、いきなり襲い掛かってきた。

ひゅうぅんっ!

軽く風を切るような音と共に、暗闇から無数の触手が伸びてくる。
「破っ!」
口の中で短く呪を唱ながら、月斗は符を放つ!
月斗の手から離れた符は、蛍のような燐光の尾を引きながら、次々と触手の先端に張り付きその動きを封じるが、触手は次々と暗闇から襲いくる。
「切りがないな・・・」
この場をしのいでいても切りはない。
本体を絶たねばならない。
月斗は触手が届く範囲から一歩退き、大きく息を吸い込む。
「式、召喚。」
ゆっくりと、しかし、無駄のない動作で的確に印を切ると、月斗は命じた。
「そこにある命無きモノを消し去れ。」
どんな敵を前にしても、無表情に冷酷な判断を下すことができる。
月斗は無表情なまま、静かに暗闇へと飛び込む式の姿を見送った。

「兄ちゃんっ!」

月斗の瞳が驚きに見開かれる。
表情のなかった顔に血の色が戻り、冷や汗が額を伝う・・・。
暗闇から引きずり出された影が、月斗の前に姿をあらわにする。
大きな肉の塊。
その中に見え隠れする人間。
幾人の人間を飲み込んでいるのか・・・人間か集まっているのか。
溶け、交わり、絡み、崩れた人間の塊が、月斗の前に塊となって姿を見せた。
そして、ゆっくりと起き上がった塊の中央に晒すその顔は・・・

「!」

月斗の弟たちの顔だった。
2人はその塊が動くたびに苦しげに顔を歪める。
まだ生きている、そして月斗を兄だと認識することも出来た。
「兄ちゃん・・・苦し・・・」
その唇が僅かに動き、兄に助けを求める。
「戻れっ!」
月斗は慌てて塊に攻撃を仕掛けようとした式を呼び戻す。
式たちは言葉に応じ、その姿を音もなく消した。
「兄ちゃ・・・」
弟たちは身動きを取ることも出来ず、苦しげな表情で月斗を見ている。
(どうするっ・・・)
気を落ち着けようと息をすうが、渇いた喉が痙攣するように動くだけだ。
術をかけて攻撃すれば、弟たちにまで及ぶ。
しかし、このままにしておけばやはり弟たちは死ぬだろう。
「くっ・・・」
強く噛み締めた唇に、紅く血が滲む・・・

「困っているな。」

背後から声が聞こえる。
それと同時に、塊に人影が飛び掛った。
「お、おいっ!やめろっ!」
月斗はその人影を引きとめんと手をのばすが、人影・・・長石は手に持った大ぶりの肉切り包丁を振りかざし塊へ突進する。
「やめろっ!殺すな!弟なんだっ!!」
迷わず肉切り包丁を塊に突き立てる長石を、月斗は悲鳴のような叫びで制止するが、長石は耳も貸さない。
「やめろぉっ!やめてくれぇっ!」
月斗は金縛りにあったように身動きも取れず、その場で絶叫した。

◆解
どのくらいの時間が経過したのか・・・
長かったような気もするが、一瞬だった気もする。
「・・・」
月斗はガックリと肩を落とし、赤い血の染みが広がった地面を見つめていた。
言葉も出ない。
長石は塊をすっかり解体してしまった。
長石の足元には、バラバラになった肉塊がどす黒く汚れて散らばっている。
「あぁ・・・」
月斗の唇から呻き声が漏れる。
「こういう事はプロに任せりゃ良いんだ。」
肩を落とし俯いたままの月斗に、長石が頭上から声をかける。
「俺は肉屋だ。解体は俺の仕事だ。」
その言葉に月斗の心臓がビクンとはねる。
「何を言うっ!この人殺し・・・」
月斗は噛み付くように怒鳴りつけようとしたが、それを見て言葉を失った。
「プロだと言ったろう。」
長石は両手に抱えた2人の子供を、月斗の前にそっと降ろした。
それは紛れもなく月斗の2人の弟だった。
気絶しているようだが、外傷はない。
「あ・・・」
月斗は長石を見上げる。
長石はにやりと笑う。
「もう、こんなモノに取り込まれないようにしろよ。今回は運が良かったな。」
そう言うと、長石は置いてあった箱を背負い、通路の暗闇の中へと姿を消した。

「協力者というのもお前の力のうちだぞ・・・坊主。」

暗闇から聞こえてきたその一言に、月斗は今度は立腹することもなく、黙って感謝の気持ちを抱いたのだった。
腕に暖かな弟たちの体をしっかりと抱きしめながら・・・。

The End.