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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


東京怪談・草間興信所「Flower Shop of Horrors」

■オープニング■
「絶対に何かがおかしいんですよ。別にあいつがおかしかろうとアタシ的には関係ないんだけど、ほらなんて言うかいい人属性って言うか?」
「それで一体何がおかしいと?」
 尚も言い募ろうとする女を、草間はあっさり遮った。女はテーブルの上に置かれたカップを一気に煽り、めげもせずに口を開く。
「部屋に入れてくれないの、店の奥にもよ? これまではアタシが行くともー壁に激突するような勢いですっ飛んできて上がらせようとしたのによ? アレに冷たくされるなんて思っても見てなかったから気分的にかいか…まあそれはいいんだけど」
 女、大鳥緑(おおどり・みどり)が言うにはこの頃知り合いの陸海(りく・かい)の様子がおかしいらしい。きょときょとと落ち着かずたまに奇声を上げたり行き成り泣き出したりする。だが本人の様子がおかしい割には、
「アイツ店やってるんだけど、そこが妙に繁盛してるのよ。傍目から見てても分かるくらい傾きかけてたはずなんだけど」
 気持ち悪いから調べてくれ、そう依頼して緑は妙にうきうきとした様子で帰っていった。歯医者に行くらしいがそれで何故ウキウキ出来るかは謎だ。
「……どこかで聞いたような話だな」
 草間は緑の書いて行ったいい加減な地図をうんざりと眺めた。そこに駅からの簡単な道筋と店名が記されている。
「花屋、ねえ?」
 フラワーショップ『素喫度楼(すきっどろう)』
 海の経営する花屋の店名を、そう言った。

■本編■
 志堂・霞(しどう・かすみ)は布の下の目を見張った。瞳が隠れているせいで表情が読み辛いのかはたまた別の要因でもあるのか、草間武彦は霞の様子になど気付くことも無く中断した話を再開した。
 現代社会とは未だ折り合いを付けられていない霞だが、金銭感覚と言うものは人並みにある。金銭と物品を交換すると言う週間は、文明社会には基本的に存在する制度だ。つまり色々と崩壊しかかっている未来にも貨幣制度はちゃんとある。そしてごく基本的倫理の問題として、盗みと言うのは言語道断。
 霞はそれなりに仕事をして、折り合ってはいないもののどうにか自力で現代社会で生活しているのだ。
 だが折り合いの付かない霞に出来る仕事となるとこれが実に乏しい。その内の一つである草間興信所を訪ねたところ折り良く依頼に出くわしたのだ。
 様子のおかしくなった花屋の店主を調査して欲しいと。
「まあつまり単なる調査だ」
 短くなった煙草を揉み消し、草間は締めくくった。霞は目を閉じ、瞑目した。無論のこと草間には見えないが。
「そうか……ついに、この時代にも」
 爪が手のひらに食い込む程に強く拳を握り締めた霞は、苦渋に満ちた声で絞り出すようにそう言った。
 言動がおかしくなったと言う花屋の店主の情報は、霞にある記録を思い起こさせていた。
 人の理性を完全消去する麻薬。崩壊を前にそれが世界中に蔓延した記録がある。いや、あったが正しい。崩壊に伴って多くの歴史的情報もまた失われている。僅かに残っていたデータと人の記憶が大体のところを復元させてはいたが、それが正確にいつどこでどんなきっかけで起きたかなどと言う細部までは復元のしようも無かった。
 だからこそ、今草間から得た情報が草間にとって些細なことであろうとも、霞にとってはそうではなかった。
「……おい志堂?」
 黙り込んでしまった霞に、草間が怪訝そうに問い掛けてくる。
 知らないと言うことはある意味では幸せなことなのだろう。
 一度通り過ぎた、その先の時間からきた霞には、この現代で起きる何かの行く末が全てではなくともある程度慮ることが出来る。一人一人の顔や性格は知らずとも、国家の未来や戦争の行く末ならば知っている。大きな物として人類が、このままではどうなってしまうのかと言うことまで。
 霞はふっと口の端に笑みを刻んだ。
 今己の側にかつて共に戦った仲間はいない。それは取りも直さずその花屋に出現しただろう『魔』とまともに戦えるのは自分ただ一人だと言うことを意味した。
 全てを掛けて、もしかしたらようやく互角。相手によって力量はまちまちだが正体が知れぬ以上楽観は禁物だった。
 霞はふっと口の端に笑みを浮かべ、深く頭を下げた。
「世話になった……俺は行くが……万一を考えて出来るだけ遠くへ避難してくれ」
 言って、霞は顔も上げぬままに駆け出した。

 草間は一人事務所に残された。咥えたままだった煙草の先からぼろりと灰の固まりが胸へと落ちたが、そんなことにも気付かなかった。
「……また、何か激しく勘違いしてるなあれは」
 草間の呟きに、答えるものはいなかった。

 件の花屋のある街は、流石に『Skid Row』……貧民窟とまでは行かなかった。日本にはスラムの類いは存在しない。
 だが、どこかその匂いを感じさせる場所ではあった。
 建物と建物の間に建ち、周囲をそこから周囲を見渡すと、嗅ぐつもりなど無くとも強い排気ガスの匂いが微香を刺激する。
 裏繁華街、そんな印象の街だ。表通りは華やかでも一歩路地裏に入ればその夢は夢でしかないのだと一目で知れる。尤も繁華街などというものはどこもそうなのかも知れないが。そんな路地裏の一角に件の花屋はあるのだ。
 件の花屋『素喫度楼(すきっどろう)』は確かについ先日まで潰れかけていた面影をまるで感じさせない店だった。
 商店街の中ほどにある小さな店だったが、いくつもある業務用の花入れは半分程が既に空になっていた。店の前の路上にせり出すようにいくつもの鉢植えや花の苗が並べられており、どれも売り物らしく萎れた様子など欠片もない。開放的な明るい印象のある店である。
 何より目を引いたのはウインドウに飾られた見事なフラワーバスケットだった。
 赤を基調に作られているその花篭は、その赤と言う色の持つ印象を裏切って実に上品に纏められていた。しかも白と言うアクセントを使うこと無く。赤みの強いバラと、明るいオレンジのバラ、そして細長い葉物とだけを使い、華やかにそして上品に、その花篭は作られている。
 だがその見事さも霞の布で覆われた瞳には映らない。ただ、霞は感じるだけだ。
 そこに確かに何かがある。いや居るが正確だろうか。
 瞳を覆っていようとも気配くらいは自在に感じることが出来る。そうでなければこの危険極まりない双眸を外に晒して歩かなければならなくなる。何しろ道を歩いただけで車に激突しかねない。
 必要に応じて身に付いたものか、或いは視覚を封じることによって他の感覚が鋭敏になっているのか、それは分からないが。研ぎ澄まされた霞の感覚は店の中に存在する何かに気付いてしまった。
「……く」
 霞は小さく呻き声を上げた。この期に及んで未だどこかで期待していたことを思い知ったからだ。
 勘違いであればいい、何も無ければいいと。
 打ち砕かれた自分にとって都合のいい希望に追悼を送り、霞は身を翻した。
 まだ日も高い。今行動を起こすことはいくらなんでも無謀というものだろう。
 それに何より、霞にはまだしなければならないことがあった。
 誰にともなく頷いて天を見上げた霞の横を、小さな子供の乗った三輪車が追い抜いていった。

「帰れ病院に」
 玄関先に現れた霞の顔を見るなり、佐藤麻衣はきっぱりとそう言いきった。
 かなりきつい言葉だが言い過ぎかというとそうでも無い。
 ジーンズなのはいいとして、上は合わせ着物に羽織姿。おまけに目元を布で隠している。この姿で学校に現れ、挙げ句教室へ入ってきて真剣に『麻衣がほしい。一緒に来てくれ』などと衆目を前にして言い切ってくれれば怒らない年頃の少女など居ない。
 病院で済んでいるのは麻衣にまだ免疫があったからで、何も知らない女子高生相手なら刃物を持ち出されても文句は言えないところである。
 その麻衣の殺気まで漂いかねない不機嫌に、霞は勿論気付かなかった。何しろ女子高生の殺気程度では霞に毛ほどの傷も付けられない。それでは研ぎ澄まされた霞の感覚も反応などしてはくれないのだ。
「いいか良く聞け麻衣」
「先ずあなたが人の話し聞いてくれない?」
 言うまでもなく勿論聞いてくれない。
「表に出ずあらゆる常世界法則を破滅させ、人同士で殺し合わせるせる魔こそ本当の魔だ。……気付いたからには俺は戦いに行く」
「いやだから先ず病院行かない、この際?」
 言うほどのことでも既に無いが無論行かない。
「何が起こるかは俺にも分からん。勝てるかどうかさえ、俺には分からないんだ」
 悲痛な霞の声に、麻衣は完全にあきらめたように頭を振った。
 なんかこー駄目だ色々。何しろ聞こえてはいても麻衣の言葉の意味は通じていないのだ致命的に。
「それでだから何が言いたいの?」
「逃げてくれ」
 痛いほどの力で麻衣の肩を握り締め、霞は言った。
「何が起こるか分からないとは先刻も言ったな。どんな余波があるかも分からん。だから……今の内に出来るだけ遠くまで逃げてくれ」
「あなたはどうするのよ?」
「俺は……戦いに行く。俺の仕事だ」
 霞は儚い笑みを口の端に刻み、麻衣の肩から名残惜しげに手を放した。麻衣はその顔を見上げ溜息を吐いた。
「何でもいいけど帰ってきたらちゃんと病院行くのよ?」
「俺の帰りを……願ってくれるのか?」
「その無知さのまま学校とかうろつかれると果てしなく迷惑なのよ」
「ありがとう……」
 口の端に刻んだ笑みを深くし、霞はゆっくりと踵を返した。
 麻衣の祈りが、暖かかった。

「……ねえちょっと兄貴」
「ん?」
 麻衣はいつのまにか玄関先に出てきて噛み合わない会話を立ち聞きしていた兄の和明に問い掛けた。
 とりあえず立ち聞きは不問としておく。突っ込む気力が無いとも言う。
「これってやっぱりあの背中に取り縋って行かないでとか無事で帰ってきてとか言うべきシーンなんだと思う?」
「思うが……」
「が?」
 麻衣は漸く振り返り、和明の顔を見上げる。相も変わらずの人を食ったような笑顔で、しれっと和明は言った。
「お前は絶対にそんなことはしないだろうが」
「まーねー」
 麻衣は疲れたようにそう言ってドアを閉めた。
 当然だが逃げる予定を立てる気さえなかった。

 さて日が落ちきってから、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)、真名神・慶悟(まながみ・けいご)、冴木・紫(さえき・ゆかり)の三人は行動を開始した。
 慶悟の式が既に扉を開けているから進入事体は造作も無かった。困ったのは店内に入るなり海を大声で呼ぼうとした緑の方だった。
 全く状況を慮ると言うことの出来ない性格らしい。まあだからこそ言動から他人のシュラインたちでさえ看破できる海の現実を理解することが出来ずにいるのだろうが。
 いいと言うまで絶対に口を開くなと硬く緑に言い含めて、三人は昼間は見ることも出来なかった店の奥へとそろりと進入した。花屋らしい、青い香りがそこかしこに染み付いている。
 作業場らしい部屋の更に奥に明かりの漏れている扉がある。
 紫が先を歩く慶悟の上着を引き、振り返った慶悟に視線で確認すると、慶悟は心得ているとばかりにこくりと頷いた。つまりあのドアも既に開いている、と言うことだ。
 ドアに背中を張り付かせた慶悟が、そっとドアノブに手を伸ばす。慶悟の目配せに、紫とシュラインも軽く頷いた。
「開けるぞ」
 慶悟は声と共に、ガチャリと勢い良くドアノブを回しドアを蹴り開けた。
 まあそんな必要も無いのだが、恐らくはノリとか勢いとか呼ばれるものなのだろう。
 そして一同は部屋の中の光景に同時に言葉になりそうも無い声を上げた。
「え?」
「あ?」
「な…!」
「ひ!」
 海が目を見開き驚愕を露にしてこちらを見つめている。それはいい。海の手にはじょうろが握られている。その先から水がちょろちょろと流れ落ちているが、それもいい。
 問題は、問題はである。
 そのじょうろの水が注がれている先。一抱えもあろうと言う巨大な植木鉢に植えられている何かだった。
 それは一昔前にはやったファミコンゲームの土管から顔を指す植物タイプのモンスターのようだった。ハエを捕食したばかりのハエ地獄のような球体の花(?)の裂け目は、まるで紅でも引いたように赤い。人間の頭部以上に巨大なその花を、チューリップのような細い茎が支えている。細いと言っても紫の脚ほどの太さだ。そして四方に好き勝手に伸びた葉らしきものは、うねうねとした触手状になっていた。しかも形状のとおりうねうねと蠢いている。
 霞の感じた気配の持ち主がこれだった。
「っつ、きゃああああああああっ!!!!」
 耐え切れずに緑が絶叫する。
 硬直していた三人はその声を契機に我に返った。慶悟はすかさず符を構え、シュラインと紫は腰が砕けてしまった緑を部屋の外に出そうと押した。
 びくともしない緑に焦って、シュラインは思わず慶悟を振り返った。最初の一撃の効果如何によっては緑を外に出す必要も無くなるかもしれない。
 慶悟は今しも符を放とうとしていた。
 指先から符が放れるか放れないか。
 狙い澄ましたような刹那に、その絶叫は部屋に轟き渡った。
「僕の緑Uをいじめないでえええええっ!!!!!」
 と。

『それは恋する目だった。
 嘗て私が見たどんな男の目よりもその目は真摯に恋をしていた』
 冴木紫のルポより抜粋。

 海が愛しげに葉を撫でるとその植物モドキは答えるように海の体に葉を……と言うよりも触手を這わせる。
 全神経が麻痺するような光景を前に、一同はきちんと足を揃えて座っていた。
 海は怒涛の語りモードに入っている。
「コイツの苗を見つけたのは偶然でした。出入りの中国商人がビーナスの首飾りとかユニコーンの角笛と一緒に持って来たんです」
 何故中国商人が出入りしているのか、それ以前にその怪しさ大爆発な商品は一体なんだ、もしかして豊胸丸とかもあるのか、突っ込み所は満載だが誰も行動には起こさない。と言うより起こせない。
 謎の巨大植物をその身に絡ませているというのに、海の瞳は熱く潤んでいる。
 そんな男に突っ込みを入れるのは怖い、絶対に怖い。
 一同の恐怖を余所に、海はうっとりと植物モドキを見つめた。
「僕は一目で運命を感じました。僕は商人からコイツの苗を買い取り、大切に大切に育てたのです。振り向いてくれない緑さんの代わりに……緑Uと名をつけて」
「…はあ…」
 そーですか以外、どんな言葉も自分の中から捜せない。
「だけどそれは誤りでした。日に日に大きく花開いていく緑Uを見るうちに、僕は目覚めたんです、真実の愛に!」
 拳を握り締め、滂沱の涙を流しながら海は叫んだ。
「緑Uへの愛を証明する為に、僕は必死で様々な花を探しました。美しい花々の中で緑Uは更に美しく輝きました。毎日違う花を緑Uに奉げ、前日のものを店に出すようにしたんですがこれが大当たりで!」
 ちょっと感動したフラワーバスケットは植物モドキのお下がりなんですか、そうですか。
 植物モドキ……もとい緑Uは花をぱかりと開き海にその端を擦りつける。人で言うならこれは頬擦りをしている状態なのだろう。
「緑Uへの愛は僕に総てを齎してくれました……もう僕は緑U無しでは生きていけないんです! だから、だから彼女を苛めないでくださいっ!」
 ひしと二人(?)は抱き合った。
 スポットライトでも当たりそうな、感動的な光景だった。

 時を同じくして、霞は店の前に立っていた。
 昼間訪ねたときよりも更に、その気配を強く感じる。だが今はそれに恐怖を感じなかった。
 誰かが心配していてくれる。
 それは久しぶりに感じた温かさだった。
 殺伐とした日常は霞の内を抉り続け、いつしかそれに痛みさえも感じないほどに感情を麻痺させていた。
 だが、
「今なら…」
 優しさというものを思い出し、触れた今なら。
 麻痺していた頃よりも、きっと自分は強いはずだ。
 霞の手に光の刃が宿る。それを一閃させ、霞は跳躍した。
 敵は店の中にこそ居るはずだった。

 完全に脳停止してしまった本家緑を尻目に、こうした事態に少しは免疫のある三人は額を突き合わせてひそひそと談合を始めた。
「……視覚的には無害どころか殺害って感じなんだけど」
「店は繁盛。本人は納得。生活も充実しているようだな、無害どころか有益だろう」
「問題は…」
 シュラインは未だに感動の抱擁を続けている二人(?)に少し大き目の声で問い掛けた。
「その……緑U? 肥料はなんなの?」
 生血だの人間だのと言われれば無害も何も無い。だが、海は事も無げに答えた。
「ええ、僕が毎日愛の手料理を! 同じ食卓を囲める…それも幸せなんです! 今夜は秋刀魚の塩焼きでした!」
「雑食と。無害ね」
 うんと、シュラインは頷いた。
 紫が片手を上げた。
「じゃ、決を取りまーす。調伏に賛成の人ー!」
 紫が翳していた手を素早く下ろす。他の二人も手を上げない。
「じゃ、ほったらかすに賛成の人ー!」
 即座に三つの手が上がる。慶悟がふっと息を吐き出す。
「満場一致だな」
「そーねー」
「無害なもの一々どうこうして行っても仕方がないでしょ」
 場が纏まりかけた、そのときそれは訪れた。

 それは写真を引き裂いたような風景だった。
 目の前にある空間が一文字に割ける。何の音も立てずに。
 あるはずなのに無い、無いはずなのにある。確かに裂け目は存在しているのに、それに厚みは無い、存在感がない。
 突如として出現したその入口から現れたのは、殺気を露わにした男。しかもシュライン達に取って見知った顔だった。
「し、志堂!?」
 腰を浮かせかけた慶悟が思わず叫ぶ。紫も、シュラインもそれに続き弾かれたように腰を上げた。
 志堂霞。現代常識とは生き別れているどころかそもそも出会っても居ないこの男がこんな風に現れて、穏便に話が進むはずがない。
 だが、紫もシュラインも、慶悟でさえ、その現出の唐突さに対処する術を持たなかった。
 そして霞みもまた、既知の面子に注意を払うことなど無かった。
 目の前に、あまりにもわかりやすい形で『魔』がある。見過ごすことなどできず、またそんな必要さえも無い。
 霞の手にした光の刃が止める間もなく一閃される。
 そう、緑Uへ向けてと。
「あ、ああああああっ!」
 海が絶叫した。
 刃に薙がれた緑Uは一瞬滑稽な戯曲のようにその巨大な花(?)を傾けた。人で言うならば小首を傾げた。
 次の瞬間、ゴトリと、重い音がした。
 床に、その巨大な花(?)は転がった。茎(?)と葉(?)と、永遠に生き別れて。

「緑Uううううううううっ!!!!!」
 地も割れんばかりの絶叫がフラワーショップ『素喫度楼(すきっどろう)』に響き渡った。

 突然現れて、突然緑Uの殺害を実行した霞は額の汗を拭いつつ旧知の三人を窺った。
「無事か?」
 纏まりかけていたところへ乱入し緑Uを一刀両断にしておいてこの台詞である。それは『堪忍袋の緒』というやつも切れる。
 足元に転がってきていた何かを引っ掴んだ紫がずかずかと霞に近寄った。
「無事じゃないでしょ、無事じゃ! あなた自分が何してくれたかわかってんの!?」
「全くだ」
 霞に詰め寄る紫に、慶悟もまた頷いた。
 そう詰め寄られても霞には意味が分からない。不思議そうに小首を傾げるばかりだ。
「あれは『魔』だ。あんなものを蔓延らせておいては世界が…」
「何処が『魔』よ!? めちゃめちゃ無害だったわよ!」
「何を勘違いしたか知らんが一応は纏まりかけていたんだがな」
 紫が喚けば、慶悟が静かに詰め寄る。
「第一ね、あなた今真実の愛を一つ終わりに導いたのよ、その辺分かってるの?」
「…そうだ真実の…」
 紫に釣られて詰め寄りかけた慶悟の言葉がぶっつりと途中で切れる。紫もまたはたと我に返ったようだった。
 それがどうも本気の愛情だったらしいという事は兎も角。その対象は植物で更に雑食、おまけにモンスターも裸足で逃げ出すか友好条約を締結しようとするだろうあの姿。
 それを見るなり切り付けたとて、何を責める道理があるというのだろう。霞が困惑するのも当然なのだ。
 と、言うかそれ以前に真実の愛ってなんだ、真実の愛って。
 思わず顔を見合わせて沈黙する二人に、シュラインは苦笑して割って入った。
「真実の愛なら芽生えそうな気配よ?」
 紫と慶悟はシュラインの指し示した部屋の片隅を見て、かっぱりと口をあけた。
 号泣する海を、本家緑が必死で宥めている。
「緑U……目を開けておくれ僕の緑U!!!!」
「海……彼女はもう…」
「そんな…!? 緑さんそんな!」
「海…!!」
 涙に濡れながらメロドラマ最高潮の緑と海。どうもこの展開だとこの二人の間になにやら生まれそうではある。
 紫は思い切り脱力した。慶悟もである。二人は困惑したまま立ち尽くしている霞の肩を同時にぽんと叩いた。
「帰りましょ。もういいから」
「ああ、帰るぞ。馬鹿馬鹿しい」
「あ、ああ……?」
 困惑したままの霞を両脇から引きずって紫と慶悟は店を後にした。その後ろをシュラインはクスクス笑いながら付いていった。

 強制連行から開放された霞はまたしても麻衣と和明の住むマンションへとやってきていた。既に深夜を回っていたが、そうした所で一般的常識を発揮できる霞ならそもそも麻衣に殴られたりはしない。
 寝ぼけ眼で玄関に姿を現した麻衣に、霞は一言だけ告げた。
「……ただいま」
 と。

 その後霞は『時間をまず考えなさいっ!』と麻衣に怒鳴られることとなる。
 それでも手を出さずに、ついでにコーヒーなどいれてくれた麻衣は、どうやら和解する心積もりだけはあるようだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0935 / 志堂・霞 / 男 / 19 / 時空跳躍者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。
 今回のお話は……なんか色々と無茶苦茶です。
 真実の愛ってなんなんでしょうねー。まぁ人それぞれですけども行き成り植物モドキに熱烈な愛奉げるってのも人としてどーよとは思います、正直なトコロ。

 今回はありがとうございました。
 また機会がありましたら宜しくお願いいたします。