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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ミニマム・ミニムマ
<オープニング>
 三下は麗香の本日七度目のため息を聞いた。
「編集長、具合が悪そうですが……」
「そうなのよ。とんでもないことに巻き込まれちゃって」
 麗香は一枚のCDを取り出した。全曲あわせて一時間位のリラクゼーション物だ。
 そのCDをかける。静かな波音のような音楽が部屋を包んだ。
「これよ。このせい」
「CDがですか?」
「眠るのにいいかと思って買ったんだけど……なんだか夢魔に憑かれたみたいなのよね」
「夢魔に?まさか、編集長らしくないですよ」
「そんなこと言ったって本当のことよ、実際問題、ここに夢魔がいるじゃないの」
「え?」
 三下が麗香の指を指した方を見ると、確かに親指ほどの大きさの黒い生き物がいる。
 だが見えたのは一瞬で、すぐに夢魔は別の部屋に逃げて行った。
「ミニ夢魔ね。まいっちゃうわ。三下君、お願いがあるんだけど。至急誰か呼んできてくれる?」
 麗香は三下にハエ叩きを渡した。
「これで夢魔をぶっ叩いて捕まえてきてもらって。ちゃんと人数分のハエ叩きは用意するから。夢魔はこのCDの音楽が聞こえる範囲でしか動けないから、会議室にでもプレイヤーを移してしまいましょう。あそこは防音室だから」
「いいですけど……捕まえてどうするんですか?」
「CDに戻すなり、ゴミの日に出すなり、飼うなり好きにしていいわ。私は毎晩同じ悪夢を見るこの状況から解放されればそれでいいから。それより夢魔は空中でも自由に動けるから気を付けてね。あと、眠らされることもあるわ、変な夢を見たりね」
「わかりました。それにしても同じ悪夢を毎晩見るだなんて嫌ですね……どんな夢ですか?」
「三下君の原稿を、素晴らしいわって褒めている夢」
「編集長……そんな……」


「『はえたたき!』それでミニムマを退治するのですね!すてきですわ」
 ハエ叩きを触ったことのないシュスハ・ロゼは、非常に強く興味を持った。勿論夢魔だって見たことなどない。
 シュスハは胸を躍らせて編集部へと向かった。
 編集部の入り口で、シュスハは麗香に止められた。
「用件はミニムマ退治?」
「そうですわ。興味がありますの」
「それじゃあ頼むわね。はい、ハエ叩き。会議室は突き当りを左に行けばあるわよ」
 麗香はシュスハの小さな掌に小さめのハエ叩きを渡した。
「まぁ、これがはえたたきですのね。初めて見ましたわ」
 シュスハは面白そうにハエ叩きを眺めた。
「でも、はえたたきは蝿を叩くものではありませんの?」
「あら、その気になれば何でも叩けるわよ。蝿でも夢魔でも三下君でも」
「編集長……そんな……」


「あら、あんたも夢魔を叩きに来たの?」
 シュスハが会議室に入ると、二十代前半の女性が声を掛けてきた。ウェーブがかった茶色い髪が元気そうに揺れている。
「そうですわ」
「そっか。あたしもよ。あんた名前は?」
「シュスハ・ロゼですわ」
「あたしは九重京香(ここのえ・きょうか)。よろしくね」
 京香はシュスハの表情を読み取ったのか、
「あんた、蝿叩き持つの初めて?」
 と訊いてきた。
「ええ、そうですわ。ドキドキしていますの」
「あはは、貴重な体験と言えば貴重だからね。あたしもさ、夢魔叩きなんて珍しそうで来たんだよね。だからお気楽にやるわ。向こうはそうじゃないみたいだけどね」
 京香がうながす方を見ると、山伏の服を着て、サラシを腕に巻き刀を持っている妙な男の子がいた。十五歳くらいだろうか。
「なんだか珍しい格好をしてらっしゃる方ですわ」
 お嬢様育ちのシュスハにとってサラシや刀や山伏の服を見るのは初めてだ。
 思わずシュスハは男の子に駆け寄った。
「あの、わたくし、シュスハ・ロゼと申しますの。貴方様のお名前は」
「北波大吾(きたらみ・だいご)だ」
「北波様ですわね。あの。その格好は何と言いますの?」
「山伏の服だ。何だそんなのも知らないのかよ」
「やまぶし……珍しいですわ。さわってもよろしいですか?」
「なっ 駄目に決まってるだろっ。ちゃかすな!!」
 大吾が睨むのと同時に、シュスハは後ろから優しく抱き上げられた。
「シュスハちゃん。そいつは冗談がきかないんだ、いたずらしたら駄目だよ」
「いたずらじゃあ、ありませんわ」
 純粋に興味を示しただけなのに、と少し不満げな顔つきでシュスハは振り返った。二十代前半の男性が微笑している。もっと抗議しようと思っていたのに、この男性の表情が優しそうだったので、何だか怒れなくなってしまった。
「……以後気をつけますわ」
「はは、そうしような。俺は鋼孝太郎(はがね・こうたろう)。よろしくな、シュスハちゃん」
 会議室のドアが開き、麗香が入ってきた。
「全員集まったわね。じゃあ、音楽を流すわよ」
 麗香がCDをかけた。静かなメロディが流れ始める。
「私は邪魔にならないように隣の部屋にいるから、捕まえたら教えて頂戴」
 それだけ残すと、麗香は会議室を後にした。

 孝太郎は部屋中ぐるりと見渡して不思議そうな顔をした。
「見当たらないけど……本当に夢魔なんているのか?」
「いるわよ」
 断定した口調で京香が答える。
「だって、この曲、音が変だもの。きっと夢魔が潜んでいたせいで音が狂っているのよ」
「いる筈だ、いるに決まってる。でなきゃ報酬がもらえないだろ。俺はそのために来たんだ」
 そう言うと大吾は身体をかがめ、床を凝視した。
 それにつられ、シュスハも目を大きくさせてじぃっと床を見る。
「いましたわ!!」
 シュスハが大声を出し、指で示した先には親指ほどのちっぽけな夢魔がちまちまと逃げていた。
「おいおい、こんなちっちゃいのか?こんなのを追いまわすなんて……」
 孝太郎が驚いたような呆れたような反応を示したのに対し、大吾は
「かまわん!!報酬のためだ!!!」
 と怒鳴ると大きく跳び、刀を勢いに任せて振り下ろした。
 部屋中に轟音が響いたが、刀の下に夢魔はいない。ギリギリのところで交わし、壁伝いに逃げていた。
「ちっ 逃がしたか」
 悔しそうにしている大吾に、京香は呆れた声を出した。
「ちょっとあんた蝿叩き使いなさいよ。これじゃあ夢魔を捕まえる前に会議室が壊れるわよ」
「俺は真剣なんだ。真剣なら刀を使うに決まっているだろ。蝿叩き等邪道だ」
「そんなこと言っても会議室を壊したら、報酬もらえなくなるかもしれないぞ。それに蝿叩きの方が面積広いし」
 孝太郎の指摘に、大吾はたじろいだ。
「た、確かに……報酬がもらえなくなるのは困るな……。仕方ないから蝿叩きを使ってやる。だが刀は手放ねぇぞ」
 三人が話している間にも、シュスハは夢魔を目で追い、狙いを定めた。
「え〜いっ」
 ぱちん、と軽い音がした。大吾が焦る。
「しまった、先を越されたか!?」
 だが、蝿叩きから夢魔は上手く逃れていた。だが、シュスハはそこから動かず体を震わせている。孝太郎は少し心配になった。
「どうかしたのか?」
 と声を掛けつつシュスハの顔を覗き込む。
「わたくしが振り下ろしましたらはえたたきが『ぱちん』と音を立てましたの!感動ですわ、珍しいですわ!!」
「……そ、そう……良かったな……」
 心配していただけに、拍子抜けである。
 あはは、と京香が笑う。
「蝿叩きで感動する子を見るのもある意味珍しいけどね。やっぱりミニムマを捕まえるのは難しいのかもね」
 それなら、と大吾が言う。
「罠を仕掛けてやる」

 大吾は意識を集中させるように目を瞑ると何かを唱え始めた。
「破邪」
 大吾が最後にそう呟くと、人魂のようなものが幾つも空中に現れた。
「あれは何ですの?」
 早速シュスハが興味を示す。
「破邪、だ。これに触れると苦痛と言葉に苛まれる。さわるなよ」
 早くもさわろうとしていたシュスハは慌てて手を引っ込めた。
「絶対にさわりませんわ」
 それまで見物のみだった京香が蝿叩きで素振りを始めた。
「んじゃ、あたしもちょっと叩こうかな」
 天井に張り付いている夢魔を追いながら、京香は何度も蝿叩きを振る。
 軽い音を立てながら、夢魔は微妙に交わし、端へ端へと逃げていく。
「捕まえるのは俺だ!!」
 大吾も勢いをつけて夢魔を叩こうと蝿叩きを動かす。こちらは随分と力の入った音で、毎回天井が揺れるようだ。
 その様子を見ていた孝太郎は夢魔に同情を寄せ始めていた。
「おいおい、あんなちっこいのに……ちょっと可哀想じゃないか……」
 孝太郎は、袖を引っ張られたような気がして下を見るとシュスハが何か言いたそうにこちらを見ている。
「シュスハちゃんもそう思っ――」
「わたくし、あそこまで手が届きませんの……かたぐるましてくれませんこと?」
「……そうか」
 やれやれと思いながらも孝太郎はシュスハを肩車してあげた。
「もっと右ですわ」
「はいはい」
「もっとですわ」
「……はいはい」
「そこですわ。止まって下さい」
 シュスハは思い切り蝿叩きを降った。
 が、見事に空振り、そのままバランスを崩した。
「きゃっ」
「危ないっ!!」
 とっさに孝太郎は自分の身体を盾にして、シュスハを抱え込むようにして倒れた。

「ん……」
 さっきとは違い、周りが静かに感じる。
「ここは何処ですの?」
 シュスハが目を開けると、そこはある一つの部屋だった。フローリングの上には何も無く、ただテレビだけがポツンとある。周りには誰もいない。明かりはその部屋の中央だけを照らし、後は暗闇が映るばかりだ。
 シュスハの胸に鋭い痛みが走った。――わたくし、こんな日を知っていますわ。……いつもいつも。
 シュスハは習慣からテレビのスイッチを入れようとした。
 シュスハはテレビ番組など好まない。だがテレビはつける。テレビの傍で本を読むのがシュスハの癖だった。
 一人でいることを一番辛く感じるのは、一般的には暗闇と称されるが体験してみると全く別のことである。
 一番怖いのは、無音だった。
 自分一人、ただただ本の頁をめくる音だけが聞こえてくる……シュスハには耐えられなかった。
 だからテレビをつけるようになった。いつでもいつでもそうしてきた。バラエティ番組は五月蝿くて嫌いだったけれど、人の声がたくさん聞こえた。笑い声が流れていた。それで良かった。
 だが、今つけた筈なのに、テレビはつかなかった。
 もう一度、シュスハはゆっくりとテレビのスイッチを押す。
 カチっという音だけが響く。やたら大きくな音となって。それは虚しさにしかならなかった。
 もう一度押す。今度は早く押す。何度も。
「音の無い世界はいや……」
 カチッ カチッ カチッ カチッ…………。
 シュスハはスイッチを押しつづけた。
 やがて、テレビに映像が映し出された。
 けれど、そこに映っていたのはシュスハの両親だった。
 両親が口を開く。何か言っている。音は無い。相変わらず無音のままだ。
 だがシュスハには判る。両親が何を言おうとしているのか。
 シュスハは悲しみとも諦めともつかない眼差しで、テレビに更に近付き、モニターに映る両親の口に小さな指を当てて、その言葉を口にした。
「行ってきます」「いい子にしているのよ」
 それだけ言うとシュスハは身をちぢこませて肩を震わせた。
 行ってらっしゃい。
 その一言が言えない。
 震えに任せて泣き声が溢れた。
 静かなでちっぽけな部屋に、シュスハの泣き声だけが強く響いた。

「大丈夫か?」
 涙で見えなくなっていた視界に、ぼんやりと人影が映った。
 孝太郎がシュスハを抱きかかえて呼び覚ましてくれたのだ。
「ええ……もう大丈夫ですわ」
「でも泣いてるぞ。夢魔に悪夢を見せられたんだな。えーっとハンカチ、ハンカチ……」
 孝太郎はズボンのポケットからハンカチを取り出した。
「……それハンカチというより、ぞうきんみたいですわ。わたくし自分のを持っていますのでそれを使いますわ」
「あ、そっか。ごめんな、俺どうもズボラで……」
「いえ、『ありがとうございます』ですわ」
 慌ててハンカチをポケットに戻す幸太郎に、シュスハはにっこりと笑って言った。
「あの、ミニムマは……」
「ああ、夢魔ならもう捕まえたよ。ほら、あっちで夢魔の押し付け合いしてるよ」
 孝太郎が言う通り、廊下から話し声が聞こえる。
「それなら、わたくし、お願いしてミニムマをいただいてきますわ」
 シュスハは廊下に駆け寄ると、ミニムマをもらえるように頼んだ。
「ミニムマがほしいんですの」
「あら、そう?じゃあシュスハちゃんにあげる」
 京香が右手を差し出すとシュスハの掌に夢魔を置いた。
「感謝しますわ」
「いいのよ。本当は三下君にあげる予定だったんだけどね」
「いりませんよぉ」
 三下は子供がいやいやをするように顔を左右大きく振っている。夢魔を押し付けられそうになっていたのが余程嫌だったのだろう。
「そんなことより、報酬だ、報酬はくれるんだろ?」
 大吾が半ば強引にせがむ。
 麗香は少々空中に視線を置き、考えていたようだが、すぐに視線を戻した。
「そうね、とりあえず三下君に今日の夕飯おごってもらって」
「編集長……僕がお金出すんですか……」
「それくらいかまわないじゃないの。私の悪夢は三下君が絡んでいるのよ」
「そりゃそうですけど……まぁいいです、わかりました。おごります」
 大吾は最初は嬉しそうな表情を浮かべたが、
「飯!!勿論食うが、あんたからは何ももらえないのか?」
 と少々不満を漏らした。
「そうねぇ、今日の夜眠って夢魔が消えたのがわかったら正式に報酬を出しましょう。ちゃんとお金でね」
「よし!!それじゃあ早速飯おごってくれ!!」
 大吾が待ちきれないと判ると、麗香は明るく言った。
「じゃあ今からみんなで行きましょうか」
「いいわね!!パーッと騒ぎましょ」
「じゃあ俺も」
 京香が楽しそうに賛同し、孝太郎も加わる。
 シュスハは首を横に振った。
「あ、わたくしはいいですわ。したいことがありますの。ここに残りますわ」
 シュスハの視線は夢魔に注がれている。
「そう?……まぁまだ仕事してる人もいるし、平気かしらね」
 麗香は少し心配そうだったが、結局、三下、大吾、京香、孝太郎を連れ外に出た。
 バタン、とドアが閉まるのを見届けると、シュスハは掌を顔のあたりへ持っていき、夢魔に顔を近づけた。
「ミニムマさん、お願いがありますの。ゆめをみさせてほしいんですの」
 夢魔がゆっくりとシュスハの掌の中で動いた。
 ふわり。
 わたあめにふれるように柔らかな思いでシュスハは夢に引き込まれた。

 意識が動いた先にあるのは、さっきと同じあの部屋だった。
 テレビだけがかろうじて見える、この部屋。
 胸が打つ鼓動を聞きながら、シュスハはテレビのスイッチを押した。
 その瞬間、ポンッという軽快な音が響いてテレビが消えた。
 次の瞬間、シュスハの掌に明かりが燈る。
 ポンッ。
 部屋のあちこちに、暗かっただけの場所に明かりが次々に音を立てて燈されていく。
 ポンッ ポンッ ポンッ。
 最後の明かりが燈された場所には、オレンジ色をした扉があった。
「とびら……ですわ」
 シュスハの胸に安心感が広がっていく。同時に鼓動が弾む。
 シュスハは扉に向かって駆けて行った。これから起こることが予測できた。
 その扉が開いた。
「お父様、お母様!!」
 シュスハは二人に抱きついた。
 本当は二人に聞きたいことがたくさんあった。自分をどう思っているのか知りたかった。
 だが、もうシュスハは両親に訊ねる気がしなかった。
 父親はシュスハを強く抱き締め、母親はシュスハの隣で笑っていたから。

 部屋中に燈されたオレンジ色の光が、シュスハを淡く照らしていた。

終。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1064/鋼・孝太郎/男/23/警察官
 1048/北波・大吾/男/15/高校生
 0864/九重・京香/女/24/ミュージシャン
 1112/シュスハ・ロゼ/女/7/小学生

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■         ライター通信          ■
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「ミニマム・ミニムマ」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。

*シュスハ・ロゼ様*
はじめまして。
お嬢様、ということでしたが、お金持ち風のいやらしさは全くない、砂糖菓子のようなイメージを持ちました。
今回、個別の中での鍵となった孤独ですが……別れ、というよりも繰り返されつづける日常の孤独、という書き方にしました。
ですが夢の中で出てくる部屋は、夢の中での心を表す抽象的な部屋です。
広い心の中で、蝋燭に火をつけ照らしてみた範囲、そしてその孤独、というニュアンスです……不安が先立って他の場所(あたたかな景色)を照らせていない(見えていない)という……そして暗闇よりも無音の方に重点を置いています。
なんだかぼやけた説明になってしましたが、文中で情景が伝わっていれば……と願っています。

健康管理という基礎的なことを怠り、締め切りには間に合ったものの、皆様に対し「締め切りに間に合うのだろうか」という不安を抱かせてしまったのではないかと、真に申し訳なく思っております。
せめて話の中で、気に入っていただける個所があれば幸いです。